アンペールの法則

アンペールの法則は電流と磁場の関係を表す式であり、マクスウェル方程式の1つです。マクスウェル方程式の他の3式のように積分形と微分形の両方があり、数式的には微分形は磁場の回転(rot)で含む形をしています。また、時間変動(時間による偏微分)の観点からは電場の時間変動を含む式です。

この記事では、他の電磁場の法則や数学の定理との関係を中心にアンペールの法則の内容と性質について整理してまとめています。

アンペールの法則は、いくつかの条件のもとでビオ・サバールの法則と等価である事が知られています。アンペールの法則は磁場の循環(周回の接線線積分)および磁場の回転と、電流・電流密度・変位電流との関係を表す式ですが、ビオ・サバールの法則は電流または電流密度からベクトル場としての磁場を直接表す形をした法則です。

法則の内容

アンペールの法則の積分形は基本的には磁場の接線線積分(ここでは周回積分であり、循環とも言う)で書かれて、それはストークスの定理によって磁場の回転の法線面積分でも書ける事になります。それに関連して、アンペールの法則の微分形は数式的には磁場の回転を表す式です。

アンペールの法則における閉曲線Cと開曲面S(閉曲面では無く)の関係は、ある閉曲線Cがあった時にそれを外縁(外周)に持つ「任意の開曲線S」になります。つまり閉曲線Cのところで切れて開曲面になっている事を条件に、曲面Sは形状を問わないという事です。ですから1つのCに対してS1とかS2とかのたくさんの開曲面があり得ます。ただしここでは、左辺と右辺の両方に法線面積分の項がある時は積分領域の曲面Sは両辺で同じものを指しています。

以下、\(\overrightarrow{B}\)は磁場、\(\overrightarrow{E}\)は電場、\(\overrightarrow{j}\)は電流密度、\(I\)は電流の大きさ\(\left(=\left|\overrightarrow{j}\right|\right)\)です。

アンペールの法則(積分形)

■一般の形 $$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$ ■特に電場の時間変化が無い時
(これは電流の時間変化が無い時でもあります。) $$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0I$$ これらの式はいずれもストークスの定理を使って、
左辺(周回積分の項)を変形して次のようにも書けます。 $$一般の形\hspace{3pt}\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$ $$\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}=0の時、\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s} =\mu_0\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0I$$ 電場\(\overrightarrow{E}\)の時間微分の項\(\Large\epsilon_0{\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}}\)は変位電流と呼ばれますが、
それは導線に生じている電荷の流れとしての「電流」とは別物なので注意も必要です。
電流に相当するのは、電流を向き付きで単位面積あたりで表した電流密度\(\overrightarrow{j}\)のほうです。
ただし後述するように変位電流とは電荷保存則に由来する量でもあり、具体例によっては電流との関係も確かに深い事が伺えます。

ストークスの定理によって法線面積分で表した形の式を見ると、左辺と右辺がともに法線面積分となっています。先ほど触れたように積分領域の曲面Sは閉曲線Cを外縁とする条件のもとで任意の形状なので、式が成立するには積分の中身が一致していないといけません。そしてそれがアンペールの法則の微分形になります。

アンペールの法則(微分形)

◆一般の形 $$\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)$$ ◆電場の時間変化が無い時または電流の時 $$\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$

これらをナブラを使って書くなら次のようになります。

ナブラを使った場合のアンペールの法則の記述

アンペールの法則には、多くの式にベクトル場の 「回転」が含まれている事が分かります。そこで回転を「∇×」の記号で書いた場合は次のようになります。 $$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\left(\nabla\times\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0I$$ ◆電場の時間変化が無い時または電流の時 $$\nabla\times\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$

定電流の時のアンペールの法則の修正版として一般形を考える場合

アンペールの法則は、基本的に電流が作る磁場の回転についての関係式です。実際、実験から元々分かっていた事は電流がその周囲に環状の磁場を作るという事でした。

上記の一般形の式を見てもらえば分かるように、定常電流(=時間変化が無い電流)の時のほうがもちろん式が簡単で使いやすいものになります。
そのため、電流が作る静磁場を考える時には普通は定常電流の時の形を指してアンペールの法則と呼んでいるわけです。

しかし定常電流である時の式を、時間変動がある場合にそのまま当てはめると理論的に見ておかしいという事が発生します。

そのため、時間変動がある場合も含めたアンペールの法則は定常電流の場合の法則の式を「修正」したものであるとよく表現されます。

定電流の時のアンペールの法則

❖定電流の時の積分形(循環と法線戦面積分の2つの形式) $$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0I$$ $$\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s} =\mu_0I$$ ❖定電流の時の微分形(一般の場合と同じ導出方法) $$\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$

ストークスの定理

ベクトル場(磁場に限らず)に対しては次の関係式が数学的に成立します。 $$\oint_C\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

電流と電流密度の関係式

$$I=\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}$$ この関係式は電流密度ベクトルと電流の定義に深くかかわっています。

この時、微分形のほうの発散を考えると

$$\mathrm{div}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)=0\hspace{5pt}なので\hspace{5pt}\mathrm{div}\overrightarrow{j}=0$$

他方、電荷保存則の微分形に対する発散を考えて、さらに電場に関するガウスの法則の微分形を適用すると次式です。

$$\mathrm{div}\overrightarrow{j}=-\frac{\partial \rho}{\partial t}=\frac{\partial}{\partial t}\left(\epsilon_0\mathrm{div}\overrightarrow{E}\right)=\mathrm{div}\left(-\epsilon_0\frac{\partial}{\partial t}\mathrm{div}\overrightarrow{E}\right)$$

$$\Leftrightarrow\mathrm{div}\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)=0$$

この発散を全体で考えた時の第2項の\(\Large\epsilon_0{\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}}\)を「変位電流」と呼ぶわけですが、話を整理するとこれは電荷保存則から出てきた量です。そのため、この時点ではアンペールの法則に無関係に考える事ができる量であると言えます。

変位電流とは何か?

変位電流とは次の式で表される量です。 $$\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}$$

  • 電荷保存則という基本前提が成立する限りにおいて、
    変位電流は「電荷密度の時間変化」に由来する量として必ず考える事ができる。
  • 変位電流に対して成立する関係式は、発散に対して成立する次式。

$$\mathrm{div}\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)=0$$

電荷保存則

微分形 $$\mathrm{div}\overrightarrow{j}=-\frac{\partial \rho}{\partial t}$$ 電荷密度の時間変化率が0の時(=電流の時間変化率が0) $$\mathrm{div}\overrightarrow{j}=0$$ 電流を電荷の流れと考えた時に基本前提として積分形が存在すると考えて、
ガウスの発散定理を適用すると微分形を導出できます。積分形は次の通りです。 $$ \int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}=-\int_V\frac{\partial \rho}{\partial t}dv\left(=-\frac{\partial }{\partial t}\int_V\rho dv\right) $$ (ここでのSとVは「閉曲面」およびその内部の領域です。)

電場に関するガウスの法則(微分形)

$$\mathrm{div}\overrightarrow{E}=\frac{\rho}{\epsilon_0}\hspace{5pt}\Leftrightarrow\hspace{5pt}\rho=\epsilon_0\mathrm{div}\overrightarrow{E}$$ ρは電荷密度です。

他方で「磁場の回転」の発散は0(これは数学的にベクトル場であれば何でも瀬成立)なので、定常電流におけるアンペールの法則によればそれは電流密度の定数倍です。

ところで電流が定常電流では無い時でも、磁場の回転自体は発散をとると数学的に0になるわけですから、\(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\)を電流に関係する何かで表すとすると、とりあえず「アンペールの法則とは無関係に成立している」\(\mathrm{div}\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)=0\) の関係式は、いかにも関係がありそうであるというわけです。

そこで、定常電流の場合のアンペールの法則の電流側の項に変位電流も加わるとすれば、定常電流の時は「電荷密度の時間変化が無い⇒変位電流は0」なので元々の形の式はそのまま使えて、電流の時間変化がある時は発散を考えた時にも整合性がとれる式ができます。しかもてきとうな項を付け加えたというのではなく、電荷保存則に由来する関係式を使っています。

それで、その形を定常電流の時のアンペールの法則を「修正」したものとして、変位電流の項を加えたものが一般の場合のアンペールの法則の式の形であると考えられているわけです。

話の整理
  • \(\mathrm{div}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)=0\) は電流の時間変化のある無しに関わらず数学的に成立
  • \(\mathrm{div}\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)=0\) も電流の時間変化のある無しに関わらず成立(電荷保存則より)
  • 電流の時間変化が無い場合、
    電荷保存則由来の式では変位電流の項が0で
    \(\mathrm{div}\overrightarrow{j}=0\)
  • 電流の時間変化が無い場合、定常電流に対するアンペールの法則により
    \(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}\)であるので
    \(\mathrm{div}\overrightarrow{j}=0\)(これは電流の時間変動がある場合には電荷保存則により成立しない。)
  • そこでもし、
    \(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\)だとしても
    電流の時間変化があるか無いかに関わらず
    左辺の発散は数学的に0、
    右辺の発散は電荷保存則により0なので、 「矛盾が生じない」式になります。

そのため、アンペールの法則の微分形の一般形を変位電流を加えた形で考える事にすると、定常電流の時の法則の積分形から微分形を導出した時の逆算で磁場の法線面積分を書くと積分形のほうの一般形になります。

$$\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

$$ストークスの定理により\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}なので$$

$$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

ストークスの定理を使っていますので、この時にSは開曲面であるとして閉曲線Cを外縁に持つものとします。アンペールの法則の一般形がまずあると考えてそこから微分形を導出する時と同じです。

コンデンサーにおける変位電流

前述の通り、定常電流におけるアンペールの法則に付け加わる「変位電流」自体は、電荷保存則の成立を前提とする限りはアンペールの法則とは無関係に量として想定できる性質のものです。

そこで、ここでは変位電流とは電荷の流れとしての電流そのものではないけれども「確かに物理的な意味を持つ量である」という事をより明確にするために、交流回路におけるコンデンサーの極板間の電場の時間変化(その1/ε倍が変位電流)を例に考えてみます。

電気回路におけるコンデンサーに電圧をかけると、
極板には電圧(=電位差)に比例する量で電荷がたまり、極板間には電場が生じます。直流電気回路では導線に短時間だけ充電電流・放電電流が発生し、交流電気回路ではそれが短い周期で繰り返されて導線中に常に交流電流が発生します。

1つの極板上の極板間の電圧をV、電荷をQとすると、Q=CVの比例関係があります。
交流回路で V=CVsin(ωt)とするとQ=CVsin(ωt)
【Cは比例定数で、電気容量とかキャパシタンスなどと呼ばれます。】

また、極板間距離が十分距離が小さくて電場の方向がほぼ一定とみなせるとすると、
電場に関するガウスの法則を使って
「電場の大きさEは極板間におけるどの位置でも同じである」と考える事ができます。
(コンデンサーにおいて電場は極板間で「一様である」とも表現されます。)

さらに同じく電場に関するガウスの法則によれば、
その電場の大きさは極板の表面にする分布する電荷の1/ε倍の電気量に等しい事になります。
すると、E=Q/ε=(CV/ε)sin(ωt)です。
【ガウスの法則は時間変化がある場合でも1つ1つの任意の時刻で考える限り成立します。】

「コンデンサーの極板間において電場は一様である」という事

2枚の極板同士の間隔が十分小さいコンデンサーについて、
「無限に広い導体平板」に近似できると考える事で「表面上に一様に分布した電荷が表面から近い位置に作る電場」を計算します。
電荷は表面に1mあたりσ [C]で分布するとします。一般的に導体の内部では電場が0であると考えられ、表面から近い場所で電場の方向は合成されて表面に垂直である事に注意します。閉曲面として平板に垂直な底面積Sの柱体を考えた時に(円柱でも直方体でも何でも可)電場に関するガウスの法則において法線面積分が0にならないのは平板に平行で導体外部にある1つの面だけです。
電場はそれに垂直なのでE S=σS/ε ⇔ E=σ/εつまり、少し妙に思えるかもしれませんが電場の大きさは「平板からの距離に依存しない」という事になります。コンデンサーにおいても極板間の距離が十分小さければ同じ状況に近似できるとする事が「極板間で電場は一様である」と考える理論的な根拠の1つです。
【尚、これがもし平板ではなく直線状の棒であったら、それが無限に長いとみなせても軸の周りに同じ大きさの電場が同心円に垂直な形でできるので、無限に広い平板の時と同じような結果にはなりません。クーロン力から積分で直接計算してもガウスの法則を使っても、電場の大きさは棒からの距離に反比例するという結果を得ます。】

無限に広い平板に電荷が一様に分布している場合は対称性から電場のベクトルの向きが面に垂直になります。コンデンサーの極版も、同じような状況として近似します。

ところでこの場合での「変位電流」については、まず向きが一定である事から大きさだけを考えます。
そして変数は時間tだけである事も考慮すると、変位電流の大きさは次のようになります。
ε(dE/dt)=ε(CV/ε)sin(ωt)=CVcos(ωt)

他方で、電気回路における電流は実測できるものでもありますが、コンデンサーの極板に出入りする電流を理論的にはどのように考えるかというと、実は「電荷の流れ」を電荷の時間変化と考えて、
dQ/dtとして表すのです。すると、Q=CVsin(ωt)でしたので極板に出入りする電流は、
I=dQ/dt=CVcos(ωt)

という事は、ε(dE/dt)=I=CVcos(ωt)となり(※)、
コンデンサーを含む部分については「導線中の電流」と「極板間(絶縁部分)の変位電流」が全く同じ値で計算できる事を意味します。つまり、交流電気回路の平板コンデンサーという特別な場合である事を強調しておく必要はありますが「通常の電流と変位電流とで実質的に1つの閉回路が作られ、各時刻で同じ値として表せる」という物理的な意味を変位電流が持つ例となっています。

(※)ここでの計算は、変位電流とε(dE/dt)と交流電流Iが結果としては「この条件下では同じ値で表せる」という事であって、一般的には同じものではないので注意も必要です。物理的に見ても、極板間には電流は生じておらず表面を除いて電荷も存在しない(つまりQ=0)から電場の時間変化を代わりに考えたわけであって、ε(dE/dt)とI=dQ/dtを一般的に同じ量であるとはみなせません。電荷保存則を考えてみても、電流密度と変位電流の間に所定の関係式は常に成り立つけれども「同じ物理量ではない」わけです。

ここでは極版のプラスの電荷が減少していくので、電場の時間変化としての変位電流をベクトルとして見た時には極板間の電場とは逆向きで、これは極板から電気回路側への放電電流と同じ向きになります。

変位電流と磁場の関係(マクスウェル方程式での意味)

ところで、変位電流をアンペールの法則に組み込む事に関しては確かに数式的な強い関連性は伺えるものの、他の法則と比較すると少々無理やり感もあると言えるかもしれません。

疑問が残るとすれば、やはり「変位電流が、通常の電流と同じように磁場を発生させるのか」という点ではないでしょうか。前述のコンデンサーの例においても、確かに変位電流と通常の電流の数式上の強い関連性について示すものではありますが発生する磁場については何も分かるものではありません。

実の所、単独の変位電流を実験で扱う事はなかなか難しいようで少々うやむやにされている面もあると言えます。「通常の電流を完全に抜きにして、変位電流だけでアンペールの法則が記述する磁場は本当に発生するのか」という問いの解答をはっきりと実測結果で示す研究はあまり多くないようです。

ただし、間接的には変位電流を含んだアンペールの法則の一般的な形が法則として正しい事を示す実験結果は既に存在します。それが電磁波の存在と、その応用および実用です。

マクスウェル方程式から電磁波の定量的な関係式を導出する時には、実はアンペールの法則において変位電流の項がないと上手くいきません。

ここでは簡単にだけ述べますが、アンペールの法則の微分形に対してさらに回転を考えて、電磁誘導の式の微分形を代入する事で電場を含まない形に変形できます。

$$\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)=\mathrm{rot}\left\{\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\right\}$$

$$電磁誘導の式の微分形\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=-\frac{\partial \overrightarrow{B}}{\partial t}を代入して整理すると、$$

$$\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)=\mu_0\mathrm{rot}\overrightarrow{j}-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2\overrightarrow{B}}{\partial t^2}$$

ナブラを使って書いた場合

ここでの式をナブラ記号を使って書いた場合は次の通りです。
どっちの方法が見やすいかは人によって違うと思います。 $$\nabla\times\left(\nabla\times\overrightarrow{B}\right)=\nabla\times\left\{\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\right\}$$ $$\nabla\times\overrightarrow{E}=\frac{\partial \overrightarrow{B}}{\partial t}により、$$ $$\nabla\times\left(\nabla\times\overrightarrow{B}\right)=\mu_0\nabla\times\overrightarrow{j}-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2\overrightarrow{B}}{\partial t^2} $$

計算の続きとしては、今度は左辺のほうを回転に対して成立する式で置き換えて磁場に演算子が作用する形の微分方程式を作ります。

これに相当する式をベクトルポテンシャルで表す方法もありますが、その場合もやはりアンペールの法則の一般形の式は必要です。

アンペールの法則の微分形における「磁場の回転」に対してさらにもう1回「回転」を作用させる式は、実は定常電流が作る静磁場においてベクトルポテンシャルを考える時にも使う式です。
ただし、その場合は変位電流の項が0であると考えますから右辺は電流密度ベクトルだけを考えます。
また、電磁波を導出するためにベクトルポテンシャルを考える時には静磁場の時に使う放射ゲージ条件ではなく、別の条件を使います。

電磁波の式を導出するための式は実は別の式も必要で、それは電磁誘導のほうの微分形の式の回転を考えてから、そこにアンペールの法則の微分形を代入するというものです。参考までに初めの形だけ記しておくと次のようになります。

$$\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\right)=-\mathrm{rot}\left(\frac{\partial \overrightarrow{B}}{\partial t}\right)=-\frac{\partial }{\partial t}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)$$

$$ナブラを使って書くなら、\nabla\times\left(\nabla\times\overrightarrow{E}\right)=-\nabla\times\left(\frac{\partial \overrightarrow{B}}{\partial t}\right)=-\frac{\partial }{\partial t}\left(\nabla\times\overrightarrow{B}\right)$$

アンペールの法則の微分形は最右辺の磁場の回転の部分に代入します。
すると、左辺も右辺も磁場を含まない形の式になるわけです。ここでも、変位電流の項がもし無かったらこの先の計算は上手く行きません。

このような理論のもとで得られる電磁波の定量的な性質と電磁波の実測における性質がよく合っているので、アンペールの法則を変位電流も加えた形で記述した一般形の式も正しいはずであると考えられているわけです。

アンペールの法則による磁場の計算例

アンペールの法則によって磁場を計算できる簡単な例をいくつか挙げます。
(電流が定常電流であるか、変位電流を無視できる状況だけを考えます。)

アンペールの法則を使って磁場を計算する例に多く見られる特徴は、大体が次のようなものです。

  • 経路を単純なものに選ぶことで接線線積分を簡単にする事が多い
  • 話を単純にする仮定や前提が必要な事が多い(長さを無限とする事や、対称性など)
  • より詳細を調べるにはビオ・サバールの法則のほうが適している事がある

直線定常電流が作る磁場

まず、一番簡単な例として直線状の定常電流が作る磁場です。
導線の長さは十分に長い(無限とみなせる)とします。

電流が環状の磁場(導線に対する同心円上で同じ大きさ)を作る事は実験によって知られていたわけですが、その事実も使って計算します。あるいは、磁場の大きさに関しては対称性から同心円上で等しいと仮定します。

磁場が導線を中心とする半径rの円に常に接する方向を向いているとします。
接線線積分において内積はBdlとなり、lを0から2πrまで変化するパラメータとして捉えるか、dl/dθ=r【半径×弧度法の角度=円弧の長さより】と考えると計算ができます。

$$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_0^{2\pi}Brd\theta=[Br\theta]_0^{2\pi}=2\pi Br$$

$$アンペールの法則により\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0 Iなので2\pi Br=\mu_0 I\Leftrightarrow B=\frac{\mu_0I}{2\pi r}$$

同じ結果はビオ・サバールの法則による計算によっても得る事ができますが、いくつかの条件が分かっていればアンペールの法則を使ったほうが計算が簡単になります。いずれにしても十分に長いとみなせる直線電流が作る磁場の大きさは「導線からの距離に反比例する」という事になります。

断面積を持つ導線の場合の定常電流による磁場

同じ事は、導線が無視できない断面積Sを持っていても形状が円柱状で、定常電流である限りは導線の外側においては中心からの半径で測ると同じ結果になります。

他方で、その場合は「導体内部」の磁場を考える事もできます。

今、導体断面における電流密度ベクトルが一様であるとします。
アンペールの法則においては閉曲線の内部を通過する電流だけを考えればよい事になります。
導線の半径をR、考えている半径をr<Rとすると半径rの円内の電流は全体のr/R倍なので導線の断面積全体の電流をIとすれば
2πBr=μI(r/R) ⇔ B=μrI/(2πR) 

つまり、rを増やしていくと導体内では磁場は大きくなっていく計算です。
また、r=Rになった時点でB=μI/(2πr)という導線外部の時の式と同じになり、
そこからは磁場の大きさは距離ごとに減っていく事になります。

この結果は導線外部の磁場の大きさB=μI/(2πr)を考えた時に、
rを減らしていっても実際の所は磁場はそこまで大きくならない事も示しています。反比例の関係という事はrが0に近ければ値はやたらと大きくなり得るわけですが、実際は導線の表面にぶつかる時点からはrを減らすと磁場も小さくなっていくと考えられるわけです。

断面積を持つ場合の、直線定常電流が作る磁場の大きさ

導線の内側(導線の半径:R r≦Rの範囲) $$B=\frac{\mu_0rI}{2\pi R^2}$$ 導体の外側(断面積が無視できる導線の場合と同じ。 r≧Rの範囲) $$B=\frac{\mu_0I}{2\pi r}$$

トロイダルコイル(環状ソレノイド)

トロイダルコイルとは、食べ物のドーナツのような立体的な形(トーラス)をしたコイルです。
環状ソレノイド」と呼ぶこともあります。一見複雑そうにも思えますが、アンペールの法則を適用すると意外に考察がしやすい例の1つとなっています。

トロイダルコイル(環状ソレノイド)が作る磁場

てきとうな半径の円が断面であるトーラスに導線が一様かつ密に巻かれており、 巻数の合計がNで、トーラス全体の中心から断面の中心までの距離がRである隙間が無いトロイダルコイルになっているとします。
巻線に定常電流Iが生じている時、断面の中心における磁場の大きさは次のようになります。 $$B=\frac{\mu_0NI}{2\pi R}$$ また、断面中心を原点とした極座標(r,θ)で、トーラスの外側に向けて基線(角度を0に考える線)を考えると、
断面内における断面中心以外の場所での磁場の大きさは次のように表せます。 $$B=\frac{\mu_0NI}{2\pi (R +r\cos\theta)}$$ また、理想的なトロイダルコイルでは外部の磁場は0である事を示せます。

断面の半径の値は、ここでの計算では使用しない事になります。

トロイダルコイルの断面の中心を結んだ円を考えて、これをアンペールの法則で周回の接線線積分を考える閉曲線Cとします。

すると、閉曲線C内を通過する電流は巻数の合計Nと1本の導線ごとの電流の大きさの積という簡単な式で表せます。つまり電流の合計をISとすると、 IS=NIです。

形状の対称性と、円状の電流は面に垂直な磁場を作る事(これはビオ・サバールの法則で導出するのが普通です)により、磁場の向きは考えている円(閉曲線C)に接する方向であり大きさはその円周上でどの位置でも同じと考えられます。

コイルの1巻き分以外の部分からの影響にも注意する必要がありますが、両隣の電流の向きに注意すると断面に平行な成分はプラスマイナスで打ち消し合って、断面に垂直な成分だけが残る事になります。つまり、閉曲線として考えている円に磁場の向きが接する事は保たれるわけです。

そこで、直線定常電流が作る磁場と同じく、lが0から2πdまでの通常の積分として磁場の大きさが計算ができます。(変数変換して角度で考えても同じです。)

$$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_0^{2\pi R}Bdl=2\pi BR$$

$$定常電流の時のアンペールの法則により2\pi BR=\mu_0NI\Leftrightarrow B=\frac{\mu_0NI}{2\pi R}$$

断面内の任意の位置の場合は、角度のとり方に注意すると閉曲線として半径R+rcosθの円を考えればよい事になります。(断面の中心よりも少し外側であればθが-90°から+90°の範囲、断面の中心よりも少し内側であればθが90°から270°の範囲で、Rに対してrcosθの分だけ少し大きいか小さいかの値になります。)

この場合に磁場ベクトルが常に円に接するかどうかには気を付ける必要がありますが、ビオ・サバールの法則を考えると円電流が作る磁場は円の中心の位置では無くても円の面に垂直になる事が分かります。(磁場を考える点が円と同じ平面にあれば、円の接線ベクトルと円周上から磁場を考える点までのベクトルとの外積ベクトルは円の平面に対して垂直。)

そこでトロイダルコイル全体が持つ対称性も合わせて考えると、接線線積分も断面中心を通る円で考えた時と同様に行う事ができます。

$$2\pi B(R+r\cos \theta)=\mu_0NI\Leftrightarrow B=\frac{\mu_0NI}{2\pi R}(R+r\cos \theta)$$

トロイダルコイルの外部についても接線線積分は同じように考える事ができます。電流に関しては全巻き数について逆向きの電流が加わるので、円として考える閉曲線の半径をRとすると
2πBR=μ(NI-NI)=0より、B=0
この結果は、トーラスの内側の空間に対して適用しても同じ事が言えます。

部分積分の公式

部分積分の公式は「部分積分法」もしくは単に「部分積分」とも言い、置換積分と同じく積分において関数の原始関数(=微分するとその関数が得られる)を探すのに使われる基本公式の1つです。
英語名:integration by parts

公式の内容

関数が次の形をしている時には部分積分の公式を適用して積分の計算ができます。
この公式は不定積分でも定積分でもどちらでも使えて、
具体的な例に適用して計算していく場合はどちらの場合の形も使用します。

部分積分の公式(部分積分法)

不定積分の場合は次式です。 $$\int \left(\frac{d}{dx}f(x)\right)g(x)dx=f(x)g(x)-\int f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$ 定積分の場合は次式になります。 $$\int_a^b \left(\frac{d}{dx}f(x)\right)g(x)dx=\large{[f(x)g(x)]}_a^b-\int_a^b f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$ $$=f(b)g(b)-f(a)g(a)-\int_a^b f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$ 定積分のほうの形は、1つ前の段階として(d/dx){f(x)g(x)} に対する
積分区間 [a, b] での定積分を考えているのでこのような形の式になっています。

部分積分の公式を適用する事を指して「部分積分する」というふうにもよく言います。
文章の表現としては例えば「左辺を部分積分すると次のようになる」などといった具合に使います。

証明については次に述べますが、積の微分公式を変形したものを積分して公式が得られます。

また具体例についても後述しますが、部分積分の公式を実際の計算で適用する時には
まずてきとうなh(x)g(x)の形の関数に対する積分があって、
何か別の関数f(x)を考えると「h(x)=(d/dx)f(x)となるようだ」と気付く事で部分積分の公式を適用してみるといった流れになる事が多いと言えます。

$$計算で使う時は主に、\int h(x)g(x)dxの形の式に対して、$$

$$h(x)=\frac{d}{dx}f(x)となるようなf(x)を見つけて公式を適用します。$$

導出・証明

実は、部分積分の公式を導出する方法は微分の公式を知っていれば非常に簡単です。

置換積分法が合成関数の微分公式を根拠に成立しているのに対して、
部分積分法は積の微分公式を根拠に成立しています。

積の微分公式を書くと次のようになります。

$$\frac{d}{dx}(f(x)g(x))=\left(\frac{d}{dx}f(x)\right)g(x)+f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)$$

微分の書き方が複数ある事などに由来して、例えば次のように書いても同じです。 $$\frac{d}{dx}(f(x)g(x))=\frac{df}{dx}g(x)+f(x)\frac{dg}{dx}$$ $$(f(x)g(x))^{\prime}=f^{\prime}(x)g(x)+f(x)g^{\prime}(x)$$ f(x)=f、g(x)=gと略記するなら次のようにも書けます。 $$(fg)^{\prime}=f^{\prime}g+fg^{\prime}$$

積の微分公式において、
右辺の片方の項(ここでは第2項)を左辺に移行します。

$$\left(\frac{d}{dx}f(x)g(x)\right)-f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)=\frac{d}{dx}(f(x)g(x))$$

これを右辺=左辺の形に入れ換えます。

$$\frac{d}{dx}(f(x)g(x))=\left(\frac{d}{dx}f(x)g(x)\right)-f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)$$

次に両辺をxに関して積分し、(d/dx){f(x)g(x)}のところは積分するとf(x)g(x)になります。

$$\int \left(\frac{d}{dx}f(x)\right)g(x)dx=\int\frac{d}{dx}(f(x)g(x))dx-\int f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$

$$=f(x)g(x)-\int f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$

すると、全体を見ると部分積分の公式になっています。(不定積分の項が残っているので任意定数はここではつけていません。)
ですので、積の微分公式を知っていれば非常に簡単な成り立ちの積分公式であると言えます。

定積分の場合も同じように部分積分の公式の内容を得られます。
不定積分の場合の最後から1つ前の式から考えると比較的分かりやすいかと思います。

$$\int_a^b \left(\frac{d}{dx}f(x)\right)g(x)dx=\int_a^b\frac{d}{dx}(f(x)g(x))dx-\int_a^b f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$

$$=\large{[f(x)g(x)]}_a^b-\int_a^b f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$

部分積分によって計算できる積分の例

初等関数の簡単な組み合わせであっても、
原始関数を直接探す事で積分を計算する事は一般的に非常に難しい事が知られています。

ですが、一部の関数については部分積分や置換積分によって原始関数が分かる場合があります。ここでは、部分積分の公式が使える代表的な例をいくつか挙げて説明します。

指数関数や三角関数との積になった関数

以下、指数関数と言ったら自然対数の底 e に対する eを考えるとします。
これは単独では(d/dx)e=eなので積分も直接計算できますが、別の関数がくっついていると話が変わってきます。三角関数についても似た事が言えます。

例えば次のような関数です。

  • xe
  • e
  • xsinx
  • esinx

こういった形の関数の積分は、部分積分の公式を使う事によって原始関数が分かるようになり、それで積分を計算する事ができます。

1つ1つ具体的に見て行きますが、基本的な考え方は「積を構成している個々の関数に着目し、微分を上手く使って原始関数が明らかに分かるような形に変形していく」事になります。

まずxeという関数について見てみましょう。これは部分積分の公式を適用して計算ができます。まず(d/dx)e=eである事から部分積分の公式を使える形である事に着目します。具体的に不定積分を計算すると次の通りです。(最後の結果に加えてあるCは任意定数です。)

$$\int xe^xdx=\int x\left(\frac{d}{dx}e^x\right)dx=xe^x-\int \left(\frac{d}{dx}x\right)e^xdx$$

$$=xe^x-\int e^xdx=xe^x -e^x +C$$

得られた結果が本当にxeの原始関数なのかを確かめると、
(d/dx)(xe-e)=e+xe-e=xe となっていますので大丈夫という事になります。

部分積分の公式自体が積の微分に由来にする関係式であるわけですが、
結果の式も「積の形」の項をを含むものになっています。
部分積分を使って府定積分を計算すると必ずそうなるというわけではありませんが、
元々の積分対象が積の形である時に部分積分法によって原始関数を導出すると、結果の式も積の形を含む場合も少なからずあるという事です。また、公式の形に由来して結果が2項以上の和や差になる事も多いのが特徴です。

定積分の場合は、例えば積分区間が [0, 1] であれば次のようにします。

$$\int_0^1 xe^xdx=\int_0^1 x\left(\frac{d}{dx}e^x\right)dx=\left[xe^x\right]_0^1-\int_0^1 \left(\frac{d}{dx}x\right)e^xdx$$

$$=e–\int_0^1 e^xdx=e-\left[e^x\right]_0^1=e-(e-1)=1$$

不定積分で最後の結果の原始関数を出してから、積分区間の端点を代入して計算しても同じ結果です。
(任意定数の部分は定積分では必ずC-C=0になって無くなります。)

次にxeの不定積分は、部分積分の公式を2回使って計算をします。
あるいは、xeの不定積分が分かっている前提なら、それも途中で直接的に計算に出てくるので結果を利用できます。ここではそれで計算します。もしxeの不定積分の結果が不明な状態であればそこで2度目の部分積分を行うわけです。

$$\int x^2e^2dx=\int x^2\left(\frac{d}{dx}e^x\right)dx=x^2e^x-\int \left(\frac{d}{dx}x^2\right)e^xdx$$

$$x^2e^x-2\int xe^xdx=x^2e^x-2(xe^x -e^x)+C$$

$$=(x^2-2x+2)e^x+C$$

このように見ると、xsinxなども同様に部分積分の公式で計算できる事が分かります。
その場合は、sinx=(d/dx)(-cosx)のように考えます。

$$\int x\sin xdx=\int x\left(-\frac{d}{dx}\cos x\right)dx=x(-\cos x)-\int \left(\frac{d}{dx}x\right)(-\cos x)dx$$

$$=-x\cos x+\int \cos x dx=–x\cos x+\sin x +C$$

結果が合っているか確かめると、
(d/dx)(-xcosx+ sinx)=-cosx+xsinx+cosx=xsinx となります。
よって、大丈夫という事になります。

では、esinxのような場合はどうでしょうか。これに関しては、実は部分積分を複数回行っても原始関数が直接的に分かる形には変形ができません。しかし、sinxとcosxに対して微分を行うとsinx→cosx→-sinx→-cosx→sinxのように周期的に同じ形になるので、部分積分で計算を進めた後に簡単な方程式を解く形で原始関数を導出できます。

$$\int e^x\sin x dx=\int \left(-\frac{d}{dx}\cos x\right)e^xdx=-e^x\cos x-\int (-\cos x)\left(\frac{d}{dx}e^x\right)dx$$

$$=-e^x\cos x+\int e^x\cos xdx=-e^x\cos x+\int e^x\left(\frac{d}{dx}\sin x\right)dx$$

$$=-e^x\cos x+e^x\sin x-\int \sin x\left(\frac{d}{dx}e^x\right)dx$$

$$=-e^x\cos x+e^x\sin x-\int e^x\sin xdx$$

この段階でまだ残っている不定積分の項は「最初の不定積分の符号だけ変えたもの」なので、
「方程式を解く形」で原始関数が分かる形になるパターンなのです。

これを不定積分の項に関して解いて、任意定数(CおよびC)も加えると次のようになります。

$$\int e^x\sin x dx=-e^x\cos x+e^x\sin x-\int e^x\sin xdx\hspace{2pt}となっているので$$

$$2\int e^x\sin x dx=-e^x\cos x+e^x\sin x +C_0$$

$$よって、\int e^x\sin x dx=\frac{e^x}{2}\left(-\cos x+\sin x\right)+C$$

ここでの任意定数の扱い方についてはそんなに気にしなくていい程度の事項ではありますが、
一応詳しく見るのであれば考えている関数の原始関数の1つをF(x)として、
2つの任意定数 CとC(別々の値を取り得る)を考えます。すると、
F(x)+C=-ecosx+esinx+F(x)+Cで、
―Cとおけばそれ自体が任意の実数を表し得る、つまり任意定数となるので
2F(x)=e(-cosx+ sinx)+C というようになります。
また、同じくそれ程気にする事項ではありませんが、最後にC=C/2と考えて
F(x)=(e/2)(-cosx+ sinx)+Cとしています。

結果が合っているか確かめると、
(d/dx){(e/2)(-cosx+ sinx)}=(e/2)(-cosx+ sinx)+(e/2)(sinx+cosx )=esinxとなっていて大丈夫である事が分かります。

「xの微分」が1として隠れている例

同じように部分積分の公式を使って原始関数を探す形で積分を計算する例として、ある関数に「xの微分」つまり(d/dx)x=1が乗じられていると見て部分積分の公式を適用する事があります。

これは一見すると数学上だけの技巧的な手段に思えるかもしれませんが、対数関数などの基本的な初等関数の原始関数を見つけるにあたっても重要な計算ですので知っておくと便利です。

比較的重要な次の2つの例で計算をしてみます。
2つのうち後者のほうの例は、置換積分によっても積分を計算できます。

  • ln x(=logex)
  • \(\sqrt{a^2-x^2}\) (定義域は|a| ≧ |x|の範囲)

ここで扱う対数関数は自然対数として考える対数であり、自然対数関数とも呼びます。
「ログナチュラル」と読む事もある lnxと書く表記方法をここでは使います。

まずln xについて、これをln x={(d/dx)x} lnxと考えるなら。対数関数の微分のほうについては(d/dx)ln x=1/xですので積分は部分積分法により上手く行きそうだと予想するわけです。

$$\int \mathrm{ln}x \hspace{1pt}dx=\int\left(\frac{d}{dx}x\right)\mathrm{ln}x \hspace{1pt}dx$$

$$=x\mathrm{ln}x-\int x\left(\frac{d}{dx}\mathrm{ln}x\right)dx=x\mathrm{ln}x-\int x\cdot\frac{1}{x}dx$$

$$=x\mathrm{ln}x-\int dx=x\mathrm{ln}x-x+C$$

$$\left(\int dx\hspace{2pt}は\hspace{2pt}\int 1 dx\hspace{2pt}の事です。\right)$$

結果が正しいか微分して確認すると、
(d/dx)(xlnx-x)=lnx+x・(1/x)-1=lnx+1-1=lnxとなり、
合っている事が分かります。

次に、比較的計算は込み入りますが後者のほうの例\(\sqrt{a^2-x^2}\) の積分についてです。置換積分でも積分を計算できますが、部分積分を使うと実は一般的な原始関数の形が分かります。結論を先に言うと、この関数の積分は逆正弦関数 Arcsinxを含んだ形で表されます。(逆三角関数の1つです。)
|x| <1のもとで
(d/dx)Arcsinx=1/\(\sqrt{1-x^2}\)であり、
(d/dx)Arcsin(x/a)=1/\(\sqrt{a^2-x^2}\)(a≠0の時)なので、
その形を作れないかどうかを考えると計算が理解しやすくなります。

自然対数関数に対する積分の時と同じく、xの微分としての「1」が隠れていると見ます。

$$\int \sqrt{a^2-x^2}dx=\int \left(\frac{d}{dx}x\right)\sqrt{a^2-x^2}dx=x\sqrt{a^2-x^2}-\int x\left(\frac{d}{dx}\sqrt{a^2-x^2}\right)dx$$

$$=x\sqrt{a^2-x^2}-\int x\left(-2x\cdot\frac{1}{2}\frac{1}{\sqrt{a^2-x^2}}\right)dx$$

$$=x\sqrt{a^2-x^2}+\int \frac{x^2}{\sqrt{a^2-x^2}}dx=x\sqrt{a^2-x^2}+\int \frac{x^2-a^2+a^2}{\sqrt{a^2-x^2}}dx$$

$$=x\sqrt{a^2-x^2}+\int \left(\frac{a^2}{\sqrt{a^2-x^2}}-\sqrt{a^2-x^2}\right)dx$$

a≠0の時は、積分の中の第1項をx/a を変数とする Arcsin(x/a)で表せます。
また、その段階で式を整理すると実は「積分の項に関して移項して解く」タイプの形になっている事が分かるので積分の結果が分かります。

$$a\neq 0 の時、\int \sqrt{a^2-x^2}dx=x\sqrt{a^2-x^2}+a^2\mathrm{Arcsin}\frac{x}{a}-\int \sqrt{a^2-x^2}dxであるので$$

$$2\int \sqrt{a^2-x^2}dx=x\sqrt{a^2-x^2}+a^2\mathrm{Arcsin}\frac{x}{a}+C_0$$

$$よって、\int \sqrt{a^2-x^2}dx=\frac{1}{2}\left(x\sqrt{a^2-x^2}+a^2\mathrm{Arcsin}\frac{x}{a}\right)+C$$

細かい事ですがもしa=0であれば定義域は|a| ≧ |x|でしたから、定義域はx=0となり関数の値も0です。従って、もしそれをxで積分をするとしてもその値も0となります。ですので積分を考える場合には最初から|a|>0として考える、という事もできます。

以上の2例については一応結果をまとめておきましょう。
(結果を覚える必要があるというよりは、「部分積分法を使えばこのように結果を出せる」という事のほうが重要と思われます。)

自然対数関数と\(\sqrt{a^2-x^2}\) の不定積分

自然対数関数の不定積分は次のようになります。 $$\int \mathrm{ln}x \hspace{1pt}dx=x\mathrm{ln}x -x +C$$ \(\sqrt{a^2-x^2}\) の不定積分は a≠0 の時は次のようになります。
(a=0 の時はxも関数値も0となるので、不定積分も0) $$\int \sqrt{a^2-x^2}dx=\frac{1}{2}\left(x\sqrt{a^2-x^2}+a^2\mathrm{Arcsin}\frac{x}{a}\right)+C$$ $$\left(例えばa=1の場合は\int \sqrt{1-x^2}dx=\frac{1}{2}\left(x\sqrt{1-x^2}+\mathrm{Arcsin}x\right)+C\right)$$ これらはいずれも「隠れた1」が関数に乗じられていると見て、
部分積分の公式を適用して計算すると結果が得られるタイプの不定積分です。

\(\sqrt{a^2-x^2}\) の不定積分の結果について、
計算が合っているかの検証用に結果の式を微分するのは少し面倒ですが
最初の項が積の微分で2項に分離し、全体の合計が元の関数になる事を確認できます。 $$\frac{d}{dx}\left\{\frac{1}{2}\left(x\sqrt{a^2-x^2}+a^2\mathrm{Arcsin}\frac{x}{a}\right)\right\}$$ $$=\frac{1}{2}\left(\sqrt{a^2-x^2}+x\cdot(-2x)\cdot\frac{1}{2} \frac{1}{\sqrt{a^2-x^2}}+\frac{a^2}{\sqrt{a^2-\frac{x^2}{a^2}}}\right)$$ $$=\frac{1}{2}\left(\sqrt{a^2-x^2}-\frac{x^2}{\sqrt{a^2-x^2}}+\frac{a^2}{\sqrt{a^2-x^2}}\right)$$ $$=\frac{1}{2}\left(\sqrt{a^2-x^2}+\frac{a^2-x^2}{\sqrt{a^2-x^2}}\right)$$ $$=\frac{1}{2}\left(\sqrt{a^2-x^2}+\sqrt{a^2-x^2}\right)=\frac{1}{2}\cdot 2\sqrt{a^2-x^2}=\sqrt{a^2-x^2}$$

応用例1:テイラー展開を部分積分から導出する方法

関数のテイラー展開と、その特別な場合であるマクローリン展開は微分係数を使った多項式の形により関数を近似する関係式で、数学上も物理等での応用においても非常に有用でよく使われる式です。

例えば自然対数の底による指数関数exのマクローリン展開(「x=0における」テイラー展開)は次のような無限級数になります。(この無限級数は収束します。)

$$e^x=1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\frac{x^4}{4!}+\cdots+\frac{x^n}{n!}+\cdots$$

この式の出し方は色々あるのですが、実は部分積分の公式を使って導出可能です。exの式を見ると3!とか4!とかの階乗の部分が一体なぜ出て来るのか疑問に思われるかもしれませんが、部分積分の観点から言うとその部分の根拠は関数xの微分です。正確に言えばその積分をする事で出てくるので自然数の係数は全て分母についています。

少し工夫は必要ですが、ex =「x=0の値」+「x=0での微分係数」x+「x=0での2階導関数の微分係数」x+「x=0での3階導関数の微分係数」x+・・・のような形にする事を考えます。
つまり、積分の計算をするために部分積分の公式を使う時と違って、式の項をどんどん増やしていきます。以下、少し詳しく丁寧に見ていきます。

まず、e0=1である事を踏まえて次のようにします。

$$e^x=1+\int_0^xe^td=\hspace{5pt}\left(=1+\large{\left[e^t \right]_0^x}=1+e^x-1\right)$$

ここで、積分の項は「xの関数」として扱いたいので変数xと「積分変数t」を敢えて分けて考えています。(この考え方は元々の定積分や不定積分を定義dする段階で実は存在します。)

次に定積分の項に関して部分積分の結果を考えながら、「t=xを代入すると0になり、t=0を代入すると-xになる関数」を考えます。ちょっと妙な気もするかもしれませんが、これはt-xという関数が該当します。これにeが乗じられた(t-x)eが部分積分の結果として出てくる事を予想します。

そこで、積分変数tに関して1=(d/dt)(t-x)が乗じられていると見ます。
ここで、xをtに関する定数とするので(d/dt)x=0です。対数関数の積分を部分積分によって計算する時と同じ考え方です。

「積分に関してはxを定数と考える」というのは少し分かりにくいかもしれませんが、
まずxが「定数」だと考えて積分の結果を出してから
「そのxの値がどの実数値でも成立するので変数としてみなせる」と考える事もできます。
例えばx=3とか7とかいったてきとうな定数を考えてみて、
「0から7までの定積分」などを計算してみるとよいかもしれません。
その場合、定数に対する微分の結果は0ですから、
(d/dt)(t-7)=(d/dt)t=1というふうに確実に計算の過程を見れます。

「隠れた1がある」として考えた時、計算は次のようになります。

$$e^x=1+\int_0^xe^td=1+\int_0^x\left\{\frac{d}{dt}(t-x)\right\}e^tdt$$

$$=1+\large{\left[(t-x)e^t\right]_0^x}-\int_0^x(t-x)\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt$$

$$\large{=1+\{0-(-x)e^0\}-\int_0^x(t-x)e^tdt}$$

$$\large{=1+x+\int_0^x(x-t)e^tdt}$$

さらに、この後も同じような部分積分を続けて項を増やします。
ただし、ここから先は次のように考えます。

  • 部分積分の2項目で必ずマイナス符号が出てくる事をあらかじめ予測する
  • 操作を続けて行くにあたり、「最後の項が0に収束する」事を期待する

そこで、部分積分の操作を続けて行くと「分母の値が大きくなる」事を期待してtではなくtの微分が乗じられている形の項を考えます。そのような項の条件を整理しておきます。

  • xを定数としてtで微分すると-(t-x)=x-tになる
  • t=xで0になる
  • t=0でxの関数になる

すると、具体的には-(x-t)/2の形を考えると、
xを定数扱いとしてtで微分すると
-{-2(x-t)}/2=x-tとなるので、まず微分に関する条件は満たします。
また t=xでは-(x-t)/2=0であり、
t=0としてマイナス符号を付けると-{-(x-0)/2}=x/2です。
そこで、上記の積分の項において
-(x-t)/2のtによる微分とeが乗じられていると見て部分積分を続けます。

$$\large{e^x=1+x-\int_0^x(x-t)e^tdt=1+xe^x+\int_0^x\left\{\frac{d}{dt}\frac{-(x-t)^2}{2}\right\}e^tdt}$$

$$=1+x+\large{\left[-\frac{(x-t)^2}{2}e^t\right]_0^x}-\int_0^x\frac{-(x-t)^2}{2}\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt$$

$$\large{=1+x-\left\{\frac{-(x-0)^2}{2}e^0\right\}-\int_0^x\frac{-(x-t)^2}{2}e^tdt}$$

$$\large{=1+x+\frac{x^2}{2}+\int_0^x\frac{(x-t)^2}{2}e^tdt}$$

定積分の項に対してさらに部分積分を続けます。
微分して(x-t)/2になる関数を考えると-(x-t)/(2・3)が該当するので、
eに対して(d/dt){-(x-t)/(2・3)}=(d/dt){-(x-t)/(3!)}
が乗じられていると見ます。
そしてその次は、eに対して
(x-t)/(3!)=(d/dt){-(x-t)/(4!)}が乗じられていると見ると、
部分積分によりx/(4!)の項が付け加わります。

$$\large{e^x=1+x+\frac{x^2}{2}+\int_0^x\frac{(x-t)^2}{2}e^tdt}$$

$$\large{=1+x+\frac{x^2}{2}+\int_0^x\left\{\frac{d}{dt}\frac{-(x-t)^3}{3!}\right\}e^tdt}$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\left[\frac{-(x-t)^3}{3!}e^t\right]_0^x-\int_0^x\frac{-(x-t)^3}{3!}\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt }$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}-\left\{\frac{-(x-0)^3}{3!}e^0\right\}-\int_0^x\frac{-(x-t)^3}{3!}e^tdt }$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\int_0^x\frac{(x-t)^3}{3!}e^tdt }$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\int_0^x\left\{\frac{d}{dt}\frac{-(x-t)^4}{4!}\right\}e^tdt }$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\left[\frac{-(x-t)^4}{4!}e^t\right]_0^x-\int_0^x\frac{-(x-t)^4}{4!}\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt }$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\frac{x^4}{4!}+\int_0^x\frac{(x-t)^4}{4!}e^tdt }$$

ここでは計算を少し詳しく書いていますが、要所以外は省略してももちろん可です。

これの次は eに (x-t)/(4!)=(d/dt){-(x-t)/(5!)}が乗じられていると見て
これまで同様にしてx/(5!)の項が付け加わります。
その後も部分積分の計算をずっと繰り返していきます。

このようにして
e=1+x+x/2+x/(3!)+x/(4!)+x/(5!)+・・・+「最後の項」
が出てくるわけです。結果だけ見ると不思議な事ですが指数関数を多項式の形に変形できています。
この、有限の値の「最後の項」を含む段階の関係式をテイラー公式と言います。

部分積分法により導出した e の指数関数のテイラー公式

e の x= 0における eのテイラー公式は次式です。$$e^x=1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\frac{x^4}{4!}+\cdots+\frac{x^n}{n!}+\int_0^x\frac{(x-t)^n}{n!}e^tdt $$(他の方法でもテイラー公式を導出した時は最後の項の形だけ異なる形になります。)
部分積分を行う積分範囲をt=aからt=xとした場合は、eの微分は何階の導関数でも形が変わらずeであり、部分積分をした時にt=aを代入した(xーa)ea/k!の形の項が残る事に注意すると、次式です。$$e^x=e^a+e^a(x-a)+e^a\frac{x^2}{2}+e^a\frac{(x-a)^3}{3!}+\cdots+e^a\frac{(x-a)^n}{n!}+\int_0^x\frac{(x-t)^n}{n!}e^tdt $$ $$=e^a\left\{1+(x-a)+\frac{x^2}{2}+\frac{(x-a)^3}{3!}+\cdots+\frac{(x-a)^n}{n!} \right\}+\int_0^x\frac{(x-t)^n}{n!}e^tdt $$ 指数関数以外でも同様の式を作れます。
関数f(x)のx=aにおけるテイラー公式を部分積分で計算すると次式です。 $$f(x)=f(a)+f^{\prime}(a)(x-a)+\frac{f^{\prime\prime}(a)}{2!}(x-a)^2+\cdots+\int_a^x\frac{(x-t)^n}{n!}\frac{d^nf(t)}{dt^n}dt$$ $$\left(\frac{df}{dx}= f^{\prime}(x) \hspace{10pt} \frac{d^2f}{dx^2}=f^{\prime\prime}(x) \hspace{2pt}と表記されます。\right)$$ 最後の項(剰余項)がn→∞で0に収束する時には式全体は収束する無限級数となって、それが関数のテイラー展開と呼ばれ、「x=0におけるテイラー展開」はマクローリン展開とも呼ばれます。指数関数や三角関数は、どの実数の値においても剰余項がn→∞で0に収束するので全実数の範囲でテイラー展開が可能である事を証明できます。

ここでの導出方法における定積分の項の扱いについては、
より正確に 数学的帰納法として証明を書くなら次のようになります。
示すべき命題は任意の自然数nに対して次式が成立する事です。 $$e^x=\left(\sum_{k=0}^n\frac{x^k}{k!}\right)+\int_0^x\frac{(x-t)^n}{n!}e^tdt$$ $$ \left(=1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\frac{x^4}{4!}+\cdots+\frac{x^n}{n!}+\int_0^x\frac{(x-t)^n}{n!}e^tdt\right)$$ シグマ記号で書いた部分について、階乗の定義により0!=1です。
n=1の時には次のようになるので成立しています。(n=0の時から考えても可です。) $$e^x=1+e^x-1=1+\int_0^xe^tdt=1+\int_0^x\left\{\frac{d}{dt}(t-x)\right\}e^tdt$$ $$=1+\large{\left[(t-x)e^t\right]_0^x}-\int_0^x(t-x)\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt$$ $$=1+\frac{x}{1!}+\int_0^x\frac{(x-t)}{1!}e^tdt$$ (n=0から始める場合は\(\large{e^x=1+\int_0^xe^tdt=\frac{x^0}{0!}+\int_0^x\frac{(x-t)^0}{0!}e^tdt}\) であり、証明すべき式は成立しています。 ですが、分かりやすさのためにここではn=1から始めています。)
n=kの時に証明すべき式が成立すると仮定し、
定積分の項に対して部分積分の公式を適用すると次のようになります。 $$\large{ e^k=1+x+\frac{x^2}{2}+\cdots+\frac{x^k}{k!}+\int_0^x\frac{(x-t)^k}{k!}e^tdt }$$ $$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\cdots+\frac{x^k}{k!}+\int_0^x\left[\frac{d}{dt}\left\{\frac{-(x-t)^{k+1}}{(k+1)!}\right\}\right]e^tdt }$$ $$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\cdots+\frac{x^k}{k!}+\left[\frac{-(x-t)^{k+1}}{(k+1)!}e^t\right]_0^x}$$ $$\large{-\int_0^x\frac{-(x-t)^{k+1}}{(k+1)!}\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt }$$ $$ \large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\cdots+\frac{x^k}{k!}+\frac{x^{k+1}}{(k+1)!}+\int_0^x\frac{(x-t)^{k+1}}{(k+1)!}e^tdt }$$ よってn=k+1の時も確かに成立するので、
任意の自然数nに対して証明すべき式(x=0におけるeのテイラー公式)が成立します。

指数関数に限らず、n階までの微分が可能な関数は同じ計算でテイラー公式を導出可能です。
また、部分積分法を使う計算以外にもテイラー公式を導出する方法は存在します。その場合は最後の剰余項が異なる形になりますが、指数関数や三角関数においてはその時の剰余項もn→∞で0に収束し、部分積分で計算した時と同じく全実数の範囲でテイラー展開が可能です。

応用例2:近似式の導出(スターリングの公式での例)

スターリングの公式は、十分大きい自然数に対する階乗N!についての
自然対数 ln(N!)に対する近似式です。

この近似式の導出過程には主に2つあって1つはガンマ関数を使う方法ですが、
もう1つは階乗に対する対数を近似的な「面積」と見て、自然対数関数の積分で近似する方法です。

ところで前述のように、e を底とする単独の自然対数関数の積分は部分積分によって計算するやり方が見やすいのでした。ここでの使用例は、割と普通に定積分の計算を普通にするために部分積分の公式を使うというものになります。

そこで、積分を考えたところから部分積分を使って具体的に導出過程を見てみます。積分区間は、十分大きい自然数Nと、何か小さい実数 a( >0)を使って [a, N +a]で考えます。

$$\mathrm{ln}(N!)≒\int_a^{N+a}\mathrm{ln}x\hspace{2pt}dx=\int_a^{N+a}\left(\frac{d}{dx}x\right)\mathrm{ln}x\hspace{2pt}dx$$

$$=\large{[x\mathrm{ln}x]_a^{N+a}}-\int_a^{N+a}x\cdot\frac{1}{x}\hspace{2pt}dx$$

$$=\large{[x\mathrm{ln}x]_a^{N+a}}-\int_a^{N+a}dx=\large{[x\mathrm{ln}x+x]_a^{N+a}}$$

$$=(N+a)\mathrm{ln}(N+a)+(N+a)-a\mathrm{ln}a-a=(N+a)\mathrm{ln}(N+a)+N-a\mathrm{ln}a$$

ここで、a が小さくてNは十分大きいとするとN+a ≒N と考えて、
また a ln a の項も他項に比べて小さく無視できるとします。

実際の近似ではNをそれほどを大きくとらなくても十分である時もあるのですが、
例えば分かりやすくNが1万で、aが0.1としましょう。
すると、 10000と10000.1の比較になりますが、
このような時には両者の差は十分小さいと見れるわけです。

すると、残った項により式を次のように近似できます。

$$\mathrm{ln}(N!)≒(N+a)\mathrm{ln}(N+a)-a\mathrm{ln}a+N≒N\mathrm{ln}N +N$$

これがスターリングの公式あるいはスターリングの近似式と呼ばれる近似式です。
主に統計力学などで使用されます。

応用例3:変分問題での例
(オイラー・ラグランジュ方程式)

理論物理学で非常に重要となる変分に関する基本的な問題(と言っても決して易しくありませんが)であるオイラー・ラグランジュ方程式(あるいは「オイラー方程式」)の導出過程では、実は計算としては部分積分を使います。しかも、使うと計算が便利というだけでなく関係式を導出するにあたって肝心となる式の変形を担っています。これは数学の問題でもありますが、むしろ物理学等のほうに関連が深い話となります。

部分積分を使う箇所に絞って取り上げると、次のような計算問題です。

積分の計算問題(オイラー・ラグランジュ方程式の導出過程)

xについての閉区間 [a, b]があり、η(a)=η(b)=0を満たす任意の関数η(x)がある。
また、xについての関数F(x) と F2(x)があり、 次の式が成立しているという。 $$\int_a^b\left\{\eta(x)F_1(x)+\frac{d\eta(x)}{dx}F_2(x)\right\}dx=0$$ この時、実はη(x)を含まない形でF(x) と F2(x)に関する微分方程式が成立しますが、
それは具体的にどのような関係式となりますか。

具体的な関数の形が一部の条件以外は何もありませんから、普通に定積分をこのまま計算するという事はできません。しかし、定積分の中身にη(x)という関数の導関数dη(x)/dxと、別の関数F(x)の積の形が含まれている事に注意すると、部分積分の公式を使う事ができるのです。

そこで、(dη(x)/dx)F(x) の項について部分積分の公式に当てはめて計算を進めてみます。

$$\int_a^b\frac{d\eta(x)}{dx}F_2(x)dx=\large{[\eta(x)F_2(x)]_a^b}-\int_a^b\eta(x)\frac{dF_2(x)}{dx}dx$$

$$=\eta(b)F_2(b)-\eta(a)F_2(a)–\int_a^b\eta(x)\frac{dF_2(x)}{dx}dx$$

$$\eta(a)=\eta(b)=0の条件により、\int_a^b\frac{d\eta(x)}{dx}F_2(x)dx=-\int_a^b\eta(x)\frac{dF_2(x)}{dx}dx$$

つまり、積分区間の端点における条件η(a)=η(b)=0がありましたから、
部分積分の行った後の第1項(値を代入する部分)は0となって「消える」わけです。
すると、実質的には元の定積分の中身に対して符号を入れ換えたうえで「微分する対象を入れ換える」
という変形ができた事も意味します。

物理等での部分積分法の活用方法

このようにできたりする事が、物理等で部分積分が要所の計算で意外に活用される大きな理由の1つです。つまり、0になってしまう項や0に近似できる項を分離して「消してしまう」事で、関数の全体の形を変形する手段として部分積分法が使われる事があります。
ここでの例は閉区間内の定積分ですが、無限大で関数が0に収束する条件を使う事で部分積分法を適用した時の1つの項を「消す」という場合もあります。後述の量子力学での波動関数などはその例です。

部分積分を行っていない項と合わせると、次のようになります。

$$\int_a^b\left\{\eta(x)F_1(x)+\frac{d\eta(x)}{dx}F_2(x)\right\}dx=\int_a^b\left\{\eta(x)F_1(x)-\eta(x)\frac{dF_2(x)}{dx}\right\}dx$$

$$=\int_a^b\eta(x)\left(F_1(x)-\frac{dF_2(x)}{dx}\right)dx$$

$$今、\int_a^b\left\{\eta(x)F_1(x)+\frac{d\eta(x)}{dx}F_2(x)\right\}dx=0という条件であり、$$

$$\eta(x)は端点での条件を満たす「任意」の関数形なのでF_1(x)-\frac{dF_2(x)}{dx}=0$$

つまり、F(x)-(d/dx)F(x)=0が、η(x)を含まない形でのF(x)とF(x)が満たす微分方程式である、という事になります。(※η(x)が「任意」でなかったら、積分全体が0であるからといって被積分関数またはその一部が0だとは言えませんので注意も必要です。)

変分問題とオイラー・ラグランジュ方程式

上記の問題の元の形を一応記しておくと次のようになります。
比較関数η(x)を使わないで内容としては同じ問題を考える場合もあります。
■問題:
閉区間 [a, b] において関数y=y(x)があって、sを実数としてy(x)にsη(x)という関数を付け加えたものを考える。(関数形自体を自由に変形するという事。)
y(a) および y(b) は定数で、η(a)=η(b)=0の条件のもと、 x,y,y’(=dy/dx)を変数として表される別の関数F(x,y,y’)があるという。
その条件下で [a, b] におけるF(x,y,y’)に対するxでの定積分I[y]を最小にするyの関数形が存在する時、F(x,y,y’)についてη(x)を含まない形で成立する式は何ですか。
【答え:微分方程式 ∂F/∂y-d/dx(∂F/∂y’)=0】 $$y(a)およびy(b)が定数であり、\eta (a)=\eta (b)=0の条件のもと、$$ $$I[y]=\int_a^bF(x,y,y^{\prime})dxを最小にするy(x)の関数形に対して次式が成立します。$$ $$\frac{\partial F}{\partial y}- \frac{d}{dx}\left(\frac{\partial F}{\partial y^{\prime}}\right)=0$$ この「オイラー・ラグランジュ方程式」は式に偏微分を含みますが、微分方程式としてはxに関する「常微分方程式」になります。yもdy/dxも、最終的にはxの関数として表せるためです。ただし実際問題としてはyなどをそのままの形で残して扱う場合も多いです。

応用例4:遠方で0になる関数の積分(量子力学など)

変分問題と同部類の部分積分の応用例としては、他にも
無限遠で0に収束する関数の積に対する(-∞,+∞)の範囲で行う積分などがあります。
量子力学で扱う波動関数(あるいは「状態」を表す関数)に対する積分計算はその例です。

波動関数の場合で言うと、無限遠と言っても正確には「ミクロのスケールから見て十分遠方の位置」を指しており、つまりメートル単位の遠方はそのような「十分な遠方」に該当します。ただし数式的にはとりあえず、それを無限大として扱うわけです。

そのような時、2つの波動関数ΨとΨがあるとします。(あるいは波動関数でなくても、遠方での条件が類似するような関数。)そのうちの片方の位置による微分(偏微分)による導関数と、もう片方の積(∂Ψ/∂x)Ψを考えて積分を(-∞,+∞)で行うとしましょう。部分積分に関しては積の微分を根拠にした公式ですので、偏微分で行っても1変数の微分でも同じ形になります。また、量子力学では波動関数は一般的には複素数関数ですが、やはり部分積分は適用可能です。

(∂Ψ/∂x)Ψに対する積分を、部分積分によって変形すると次のようになります。

$$\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\partial \psi_1}{\partial x}\psi_2 dx=\large{[\psi_1\psi_2]_{-\infty}^{\infty}}-\int_{-\infty}^{\infty}\psi_1\frac{\partial \psi_2}{\partial x} dx$$

$$=-\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\partial \psi_2}{\partial x} \psi_1dx$$

無限遠方でΨとΨは0と考えているので、部分積分を行った後の第1項は0になって「消える」わけです。すると、符号の入れ替えはありますが「微分する対象が入れ替わった積分」として式を変形できるという結果を得ます。

これを利用して近似式を考えたり、微分を含む演算子の作用の関係を考察できたりします。
量子力学における波動関数でなくても、類似の条件の関数に対する積分を計算する時は部分積分による近似計算は全く同じように可能となります。ただしそういった条件の関数に対して上記のような積分を行う典型例としては、量子力学の波動関数を挙げる事ができるという事です。

ここでは簡単のために上記のような例で考えましたが、先ほど触れたように波動関数は一般に複素数関数ですので多くの場合では波動関数Ψに対する「共役」\(\overline{\psi}\)(概略としてはいわゆる複素共役)も考えて理論を展開します。

応用例5:ガンマ関数の関係式の導出

より数学的な話ですが、ガンマ関数(特殊関数の1つ)に対して成立する関係式
Γ(x+1)=xΓ(x)は、実は部分積分の公式を使った比較的簡単な直接計算によって導出されます。

ガンマ関数は次のようにそもそもが積分で表される関数です。定義域はx>0として必ず考えます。
そのため、積分区間の端点の「0」のほうも「0への極限を考える」という意味になります。

$$\Gamma(x)=\int_{0}^{\infty}t^{x-1}e^{-t}dt$$

ガンマ関数に対して成立する関係式

定義域であるx>0における任意の実数xに対して、次の関係式が必ず成立します。$$\Gamma(x+1)=x\Gamma(x)$$ この関係式においてxが自然数である場合を敢えて考えて少し計算をすると、自然数に対するガンマ関数の値は階乗の形で表される事が分かります。

変数をx+1に置き換えたΓ(x+1)について、積分中の指数関数のほうに対して部分積分を考える事で変形ができます。(前述のxeのような関数の積分に対して部分積分を行う時と同じ考え方です。)

$$\Gamma(x+1)=\int_{0}^{\infty}t^xe^{-t}dt=\int_{0}^{\infty}t^x\left(\frac{d}{dt}-e^{-t}\right)dt$$

$$=\large{\left[-e^{-t}t^x\right]_0^{\infty}}-\int_{0}^{\infty}\left(\frac{d}{dt}t^x\right)\left(-e^{-t}\right)dt$$

$$=-\lim_{t\to\infty}\frac{t^x}{e^t}+\lim_{t\to 0}\frac{t^x}{e^t}+\int_{0}^{\infty}xt^{x-1}e^{-t}dt$$

$$\lim_{t\to\infty}\frac{t^x}{e^t}=0\hspace{2pt}であり、\hspace{2pt}\lim_{t\to 0}\frac{t^x}{e^t}=0\hspace{2pt}なので$$

$$\Gamma(x+1)=\int_{0}^{\infty}xt^{x-1}e^{-t}dt=x\int_{0}^{\infty}t^{x-1}e^{-t}dt=x\Gamma(x)$$

最後の箇所では、xはここでの積分においては定数扱いとなるので積分全体に乗じられる定数としています。(テイラー公式を部分積分で導出した計算と同じ考え方です。)

このような計算によって導出がされるわけで、Γ(x+1)=xΓ(x)の関係において
「1」という自然数がどこから出てくるのかというと、xを定数扱いする時に
「tによる微分計算でtの指数が1減る事」つまり(d/dt)t=tx-1という、微分の計算方法を知っていれば非常に単純な式に由来する事が分かります。

ここでも「xは定数扱い」としている事が重要で、
(d/dt)t は (d/dx)tとは異なるのです。
(d/dx)t をもし計算するなら、それは指数関数の微分になるので異なる結果となります。 $$\frac{d}{dt}t^a=t^{a-1}の計算をしていて、これは\frac{d}{dx}a^x=\mathrm{log}_ea^xとは異なります。$$

また、この計算では部分積分の公式を適用した時の第1項が0になる事(ここでは極限値として0)を利用しているとも言えるので、広い意味では前述の変分問題や波動関数に対する積分での部分積分法の使い方と同部類のものであるとも言えるでしょう。

上記の計算で少し分かりにくい所は、途中の極限の項が0に収束するという箇所でしょうか。
t→∞(無限大)だけでなくt→0の極限も考えている(定義域がx>0でt>0でもあるので)わけですが、いずれの場合も、t/e(=te-t)という関数についての
「任意の実数x>0に対する」t→0とt→∞の極限を考えています。
ただし、t→0の極限のほうは実質的に「tに0を代入」で済む話となり、xがいかなる値であっても極限値は0であるとすぐに分かります。
他方でt→∞の極限のほうも結論から言うと極限値は0となりますが、
数式的にはt/e(=te-t)という関数において
任意の実数x>0に対してt→∞の時 t/e →0かどうか?を少し考える必要があります。
これは例えばx=2でもx=100でも、
t→∞の時に t/e →0でありt100/e →0であるかという問題です。
この極限は、直感的にはtに対する指数がいかに大きくても、分母の指数関数のほうが最終的には圧倒的に大きくなるので「t→∞で0に収束する」と理解できます。
数式でそれを明確にする方法はいくつかありますが、例えばロピタルの定理という微積分での計算法を使うと、比較的簡単な計算によって任意のx>0についてt/e のt→∞での極限が0になる事を示せます。

電流密度ベクトル

電流は向きを持っていますが、電磁気学において3次元の空間の中での向きを持つベクトルとして扱う時にはむしろ電流密度ベクトルが扱われる場合が多いと言えます。「電流密度ベクトル」あるいは単に「電流密度」とも言われますが、いずれにしてもベクトルで表される量です。

電流は \(I\) の記号で書く事が多いですが、電流密度ベクトルは一般的に\(\overrightarrow{j}\) で表され、空間内の位置ごとに各成分がx,y,zの関数で表されるベクトル場です。(従って電流密度ベクトルに対する発散や回転も考える事ができ、成立する諸式が存在します。)

※電流の記号との紛らわしさを避ける目的で複素数の虚数単位 i をjで書く場合もありますが、ここで扱う\(\overrightarrow{j}\)は電流密度を表すので別物です。電流密度ベクトルの「大きさ」を表す時にはこのサイトでは\(|\overrightarrow{j}|\)として表記するか、もしくは\(J\)の文字を使う事にします。

電磁気学の中での位置付け

普通、電気回路における電流の向きは導線に沿って「片方向とその逆」だけを考えてプラスとマイナスで表します。これは、電圧との関係や電気エネルギーの消費に関して「導線の空間的な向き」というものが一般的にはほとんど影響しないためです。そのため、電気回路を考えるうえでは普通は電流を空間的な意味でのベクトルとしては扱わず、スカラー量として扱うのが基本です。

例外はあります。例えばコイルのように非常に狭い範囲でぐるぐる巻きになった形状の導線は交流の電気回路においてインダクタンスを持ち逆起電力を発生させる「素子」として扱われます。
しかし通常の導線部分に関しては、電線を地面に対して水平に設置しても垂直に設置しても斜めにしても、電流や電圧の量に基本的に影響しないのです。(これが水などが流れる流体回路であれば重力の影響がありますから話が変わってきます。)
また、あくまで数式的な問題ですが電気回路においても交流電流で位相(正弦関数の角度)と実効値の関係を模式的に表す方法として「ベクトル」を使用する事はあります。しかしそれは空間的な方向を表すベクトルではないのです。

他方で、より電磁気学的に見た時には電流も「空間的な意味での向き」を持つものとして扱う事は可能であるし、理論的な整合性のために必要な事でもあります。電場や磁場などと同じく、電流もベクトル場として扱う事は可能という事です。

ただし電磁気学では普通は「電流のベクトル」は敢えて考えずに、
代わりに「大きさが単位面積当たりの電流」であり、
向きは空間的な意味での電流の向きに等しい「電流密度ベクトル」を考えます。
(電流「密度」と言いますが大きさは「単位面積あたり」で考えます。)
この「電流密度ベクトル」は、電磁気学においては特に電荷保存則の式とアンペールの法則の微分形において重要です。それら2つについてはこの記事内でも解説をします。

電流密度ベクトルは、どちらかというと電気だけの考察ではなく、磁気のほうも合わせて考える事項に対して使われる事が比較的多いと言ってもよいかもしれません。

「電流をベクトルとして扱う方法」としては電流密度ベクトルを使う以外に、空間内の導線の接線ベクトルと電流の大きさを合わせた「電流要素」または「電流素片」をベクトルとして扱う事もあります。電流が作る磁場をベクトルとして直接表すビオ・サバールの法則では電流素片と電流密度ベクトルの両方での形が存在します。

電流密度ベクトルの定義と意味

電流密度ベクトルには一見すると2つの捉え方がありますが、それらは互いに無関係では無く、電磁気学では両方の考え方を組み合わせて考察がされます。

「単位面積あたりの電流」としての電流密度ベクトル

まず向きが空間的な意味で電流と同じで、
大きさが単位面積あたりの電流になるものを「電流密度ベクトル」と呼ぶ考え方から見てみます。

電流密度ベクトルの意味

ある位置における電流密度ベクトル(あるいは単に「電流密度」)\(\overrightarrow{j}\)は
次のようなベクトル場です。

  • 向き :電流の空間的な向き
  • 大きさ:電流の空間的な向きに対して垂直な平面 での単位面積あたりの電流の大きさ

ただし、その面積を考える平面についてなのですが
電流の空間的な向きに対して「垂直な平面」で考えるというのは、要するに電流の向きに対して断面積を考えるという事です。電気回路での考察でもそうですが普通は導線の「断面積」と言ったら導線の向きに対して真っすぐ切れ目を入れて面積を考えるわけで、斜めに切って考えてはいけないわけです。ですからここでは、電流の向き空間的に対して斜めの平面ではなく「垂直な平面」である事を強調しています。この事は、のちの考察でも重要となります。
(※考えている面が電流密度ベクトルの向きに対して「斜め」になっている場合の考察も重要で、計算の考え方は後述します。)

後述しますように、電流密度ベクトルは「法線面積分」を考えたいので使っているというところもあり、さらにそれによって「電流」に対して電流密度ベクトルの形で発散や回転を考えていく事も可能になるという計算上の利点が生じます。

電流を電荷の流れとして考えた時の電流密度ベクトル

電流密度ベクトルには上記の意味はあるのですが
他方で電流が「電荷の流れ」であると考えると、
電流密度ベクトルは次のように表す事もできます。

電流密度ベクトルの別の表し方:電荷密度と速度を使う方法

電荷密度がρ[C/m3]で、分布する電荷全体の速度ベクトル\(\overrightarrow{v}\)がである場合には
電流密度ベクトルは次のようにも表せます。 $$\overrightarrow{j}=\rho\overrightarrow{v}$$ この捉え方での電流密度ベクトルは、実は次のようなベクトルです。

  • 大きさ: ある面を単位面積あたり、単位時間あたりに通過する電荷の電気量
  • 向き :空間的な意味での電流の向き(前述の定義と同じ)
この電流密度ベクトルの捉え方は、
電流の大きさとは「ある面を単位時間に通過する電荷の電気量」であるという考え方がもとになっています。
その観点から考察すると、実は上記の式で表した電流密度ベクトルの大きさに「ベクトルに垂直な面の面積」を乗じると「電流」になるという関係が成立します。これは、最初に考えた「単位面積あたりの電流」として電流密度ベクトルの大きさを考えた事と同じになっています。

このように電荷密度と速度で考えた場合には電流密度の単位に時間(秒[s])が含まれるはずですが、単位の決め方としてはむしろ電流のほうにそれが含まれると考えます。
すなわち、電流の単位について [A]=[C/s]と考えて、
電流密度の大きさの単位は [A/m2]で表します。[A/m2]=[C/(m2・s)]と変換はできます。
ところで、そもそも「電流」と呼んでいる量が何かの「流れ」である根拠は何か?という事については、後述にて簡単に触れます。

この考え方はある電荷密度の分布に存在する電荷の塊が動くという感じなのですが、一定の質量や体積を持った物体の運動と違って少しイメージが沸きにくいかもしれません。
そこで、次に見るように1つの位置の面(電流密度ベクトルに垂直とします)を基準にして
「1秒間で電荷の塊が、電気量の合計に換算してどれほどがそこを通過したか」という捉え方をすると少しは分かりやすくなります。

今、速度ベクトルの大きさ(=速さ)をvとします。
考えたい「面」はこの速度ベクトルに対しても垂直なものとしています。

そして面積Sの面のすぐ後ろに接した形で控えている電荷の分布が、
塊として面に対し垂直に「面を貫通する方向」に動くとします。
すると、1秒当たりに面を境に反対側に移動する電荷の電気量(これがすなわち電流です)は
「電荷密度ρ × 体積(vS)」としてρvSとなるわけです。
(単位は「1秒当たり」まで単位に含めれば [C/s]です。)

1秒間だけ電荷の塊を動かして、
止めた後に塊の先端がどこまで移動したかを計る事で「電荷密度×体積」の計算によって
面を通過した電気量の合計」を電流は表していると捉える事ができます。

話を整理しますと、まず電流密度ベクトルを改めて次のように考えたわけです。

$$\overrightarrow{j}=\rho\overrightarrow{v}$$

この式のもとで、電流密度ベクトルの大きさは次のようになります。

$$\left|\overrightarrow{j}\right|=\rho v$$

そしてこの式の右辺ρvは先ほどの考察により、速度ベクトル面積を乗じる事により「電流」を表すと考える事ができるのでした。そこで上式の両辺に面積Sを乗じると次のようになります。

$$\left|\overrightarrow{j}\right|S=\rho vS$$

つまり「電流密度ベクトルの大きさ」×「ベクトルに垂直な平面における面積」=「電流
の関係であり、最初に考えた電流密度ベクトルの定義の場合と同じ関係式が成立しているわけです。

面が速度ベクトルに対して斜めの時

ところで、そのように考えた時には
実は面に対して斜め方向に速度ベクトルが向いている時も同様に考える事ができます。

ややこしいようですが、
「電流密度ベクトルの大きさ」×「面積」=「電流」と考える時の面積は
電流密度ベクトルに対して垂直な面のものを考えますが、
電流の定義として「面を通過する電気量」と言う時は必ずしも垂直でなくてもよいと考えます。

その場合には、面に分布している電荷が一斉に次々にそこから斜め方向に移動していくと考えます。
すると、その場合は移動した電荷の電気量は「電荷密度×面積S×斜めの立体の高さ」です。
電荷密度ρと速度ベクトルの大きさ(=速さ)vの情報は電流密度ベクトルに含まれている事に注意すると、1秒間に面を通過した電荷の電気量は実は面積要素ベクトルと電流密度ベクトルとの内積で表す事ができます。「面積要素ベクトル」とは「微小領域の面に垂直で、大きさは微小面積dSである」というベクトルです。

これは、内積で使う余弦 cosθを速さvに乗じる事により1秒後に電荷の塊が通過してできる体積の「高さ」が計算できて、さらに底面積のdSに乗じれば体積が計算されるためです。
そして、体積が分かれば電荷密度ρを乗じて「1秒当たりに面を通過した電気量」すなわち電流が分かる事になります。

面を単位時間あたりに「通過」する電荷の電気量(=電流)

電荷密度ρで分布する電荷が一斉に速度\(\overrightarrow{v}\)で運動しているとします。
この時に面積がdSの微小面を1秒あたりに通過する電荷の電気量(つまり電流)は、
面の向きに関わらず電流密度ベクトルと面積要素ベクトルの内積を使って次式で表せます。 $$Q=\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{S}=\left|\overrightarrow{j}\right|\hspace{2pt}\left|d\overrightarrow{S}\right|\cos\theta$$ $$=\rho (v\cos\theta)dS$$ 面積要素ベクトルは微小面に対して「垂直」なベクトルなので、角度θの位置関係には注意。
この式は電流密度ベクトル(および速度ベクトル)が面に垂直な場合も含めて使えるので、
一般に微小面を単位時間当たりに通過する電荷の電気量(=電流)を表す式になります。

ここで、内積計算では余弦を電流密度の大きさと面積要素のどちらに乗じても結果は同じです。

すると上式は数式上、
「電流密度ベクトルの、面に対する垂直成分とdSの積をとる(面に垂直な体積として計算)」
「面を電流密度ベクトルに対して垂直な平面に射影して、その射影面積とvρの積をとる」
といった解釈をしてもよい事になります。

$$Q=\left|\overrightarrow{j}\right|\hspace{2pt}\left|d\overrightarrow{S}\right|\cos\theta=
\left(\left|\overrightarrow{j}\right|\cos\theta\right)
\left|d\overrightarrow{S}\right|
$$

$$=\left|\overrightarrow{j}\right|
\left(\left|d\overrightarrow{S}\right|\cos\theta\right)
$$

電流とはそもそも何なのか?「電荷の流れ」とみなせる根拠は

ここで、そもそも電流とは「電荷の流れ」なのか?という疑問も生じるかもしれません。その話はまた長くなりますが興味深い議論でもあります。ここではそのように見なせる事を支持する実験事実や理論的根拠をいくつか列挙しておくに留めます。

  • 陰極線の実験:真空中でつながっていない電極間に高電圧をかけると、光の筋が見える。この光の筋は電場をかけると曲がり、磁場によっても曲がる(ローレンツの力を受ける)ので「電荷を持った運動する」であると解釈できる。正確にはこれは電極から飛び出した電子線の流れだが「電荷を持つ粒子の流れ」の実例となっている。
  • コンデンサーの放電電流:静電気を帯びた物体は、短い時間だけだが電流が生じさせる事ができ、電流発生後では物体が帯びていたはずの静電気が無くなっている。
    これは蓄えられていた電荷が「流れ出た」のではないかと見れる。コンデンサーとは2枚の電極で薄い絶縁物を挟んだ電気回路の素子で、電荷を蓄えたり放出したりする。
  • 導線中の電流は導線の空間的向き以外の「導線に沿った一方向とその逆向き」の2方向の「向き」を持つ。電流の向きが異なれば発生する磁場の向きも逆転する、また、電流を発生させる電源につなぐ2つの端子を入れ換える事で、電流の向きが逆になる事が確認できる。
    水などの流体も管の中での流れは一方向とその逆向きの2方向ある。
  • 電気回路においてはキルヒホッフの法則として、導線の分岐があった場合には電流も「分岐前の電流=分岐後の電流の総和」となる事が確認できる。これは水などの「流体の流れ」で見られる性質。(電流の量は発生する磁場の大きさから確認可能。一般的な電流計もそのようにして電流を測定しています。)
  • 化学電池では化学反応が必ず起きていて、電荷の流れが「電子の流れ」に由来するものであると捉えると、化学反応における理論との整合性もとれる。

電流密度の法線面積分と、電流の総和との関係の式

特定の曲面を通過する電流の総和を考える時、
電流密度ベクトルによる法線面積分を使う方法があります。

これは、曲面上のある微小領域を通過する電流は、電流密度ベクトルと面積要素ベクトル(微小領域に垂直な向き)との内積で表せるという事を根拠にしています。ここでの微小領域は電流密度ベクトルに対して一般的には垂直ではなく「斜め」になっている事に注意が必要となります。

電流及び電流密度ベクトルが曲面上で連続的に分布しているとして、曲面全体で法線面積分を考える事によって曲面を通過する電流の総和を表す事ができます。

曲面を通過する電流の総和と電流密度ベクトルの関係

ある曲面Sを「通過する」(=貫通する)電流が連続的に分布している時、
その電流の総和は電流密度ベクトルの法線面積分によって表す事ができます。 $$I_S=\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}$$ この式を考える曲面は開曲面でも閉曲面でも可です。
「電流が連続的に分布している」と書きましたが、
「電荷の流れが生じている」と考えても同じです。
(ここでは渦電流のように表面上をまわるような電流ではなく、「面を貫通する向き」の電流の分布を想定しています。曲面に接する向きの電流も考える事はできますが、その分の量に関してはここでは内積計算により0として扱われます。)
法線面積分では、面積要素ベクトルは大きさは微小領域の面積であり、向きは微小領域に対して垂直な向きのベクトルとして考えます。

この式は、内積の見方によって2つの見方ができます。

すなわち余弦を微小面積に乗じて射影面積を考えていると見るか、電流密度ベクトルの大きさに乗じると見るかの違いですがどちらで考えても結果は同じというのが本質です。

どちらにしても、\(\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}\) という量は微小領域における電流を表します。

まず、積分を行う曲面を多数の微小平面に分割します。(例えば曲面上の3点を結ぶと確実に三角形状の微小な平面領域ができるので多数の点を考えて分割します。)

微小領域の射影を考える場合

微小領域において一般的には面が電流密度ベクトルに対して垂直ではないので、単純に微小面積を乗じても正しい電流の値が出ません。しかし、前述の考察で見たように内積を考える事で、
位置関係的に微小面積dscosθは電流密度ベクトルに垂直な平面への射影面積になります。

よって、\(\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{S}==\left|\overrightarrow{j}\right|
\left(\left|d\overrightarrow{S}\right|\cos\theta\right)\)は曲面上の微小領域あたりの電流を表します。

ただし、曲面の領域の分割を十分多くしないと微小領域を平面に近似する事はできませんから、極限をとって積分として考える必要があります。それによって曲面上に分布する(ベクトルの向きを考えれば「通過する」)電流の総和を得るわけです。

面を通過する電気量として考える場合

次に、電流密度ベクトルに対して垂直ではなく斜めになっている面に対して
「単位時間あたりに通過する電荷の電気量」を考えても同じ結果を得ます。

前述の「電流を電荷の流れと考える」時の考察により、
電流密度ベクトルと面積要素ベクトルの内積は「微小面(角度を問わず)を単位時間あたりに通過する電荷の電気量」です。すなわちそれはその微小領域における電流の大きさだと考えられるわけです。

$$\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{S}=\left|\overrightarrow{j}\right|\hspace{2pt}\left|d\overrightarrow{S}\right|\cos\theta$$

$$=
\left(\left|\overrightarrow{j}\right|\cos\theta\right)
\left|d\overrightarrow{S}\right|=\rho (v\cos\theta)dS$$

法線面積分の内積の部分については「余弦が電流密度ベクトルの大きさに乗じられている」と見ます。
さらに、余弦が速度ベクトルの大きさ(速さ)に乗じられていると見れば、\(v\cos\theta\) が1秒あたりの電荷が通過した体積の「高さ」になっています。さらに電荷密度と面積を乗じれば電流になるわけです。

曲面全体で微小領域における電流の合計を考えて、分割を十分多くとった極限として積分を考える必要があるのは先ほどと同じです。

このようにして、\(I_S=\large{\int_S}\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}\)が成立します。

電荷保存則の式

電流を電流密度ベクトルの法線面積分で表す方法において、閉曲面を考えます。
そこで、電流を電荷の流れの量として見る時には曲面の外に出ていく電気量もあるけれども内側に入って行く電気量もあり得るわけです。

いずれにしても、単位時間あたりに曲面の内側の領域全体の電荷の量には変化が生じます。
(その変化が「合計すると0」という事もあり得ますが、それも含めて「変化」としておきます。)

そこで、曲面の内側の全電荷を電荷密度で表します。
(これは電場に関するガウスの法則で行うやり方と同じです。)

$$閉曲面S内部の全領域Vの電荷の合計値は、Q_S=\int_V\rho dv$$

その量の単位時間当たりの変化量を微分によって考えます。
これは偏微分になりますが、積分変数(dv=dxdydz)とは異なる変数なので、「積分全体」を微分したものと「微分したものを積分」したものは同じ結果になります。(※積分領域に関数の不連続点が無ければ、これは数学的にやってよい計算です。領域の形や電荷密度の分布と関数形については不連続点が生じるような変なものを考えない必要はあります。)

$$\frac{\partial }{\partial t}Q_S=\frac{\partial }{\partial t}\int_V\rho dv=\int_V\frac{\partial \rho}{\partial t}dv$$

この式は「曲面の内部で電荷が増えたらプラス」としています。他方、電流密度の法線面積分で電流を表す方法では「曲面の外部で電荷が増えたらプラス」としています。
そのため、両者は「符合を入れ換えて」から等号で結ぶ事ができます。

$$\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}=-\int_V\frac{\partial \rho}{\partial t}dv$$

これは電荷の保存を表す式であり、「電荷保存則」のように呼ぶ事もあります。
要するに、内部で減ったものは外部では増えており、逆に内部で増えたものは外部では減っており、
「内部と外部の合計では一定値が保たれる」事を意味します。

もっとも、この「電荷の保存」自体(つまり2式を等号で結んだ事)に関しては何かから導出したというよりは、基本法則として考えて式で表したという性質のものと言えます。

次に、ガウスの発散定理を使って電荷保存則の式を書き替えます。(これは「ガウスの法則」ではなく、法線面積分と体積分の関係を表す「ガウスの発散定理」です。単に「ガウスの定理」「発散定理」とも言います。)ここでの曲面は「閉曲面」としているので定理が適用できる事に注意。

$$ガウスの発散定理により、\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}=\int_V \mathrm{div}\overrightarrow{j}dv$$

よって電荷保存則は次のようにも書けます。

$$\int_V \mathrm{div}\overrightarrow{j}dv=-\int_V\frac{\partial \rho}{\partial t}dv=\int_V\left(-\frac{\partial \rho}{\partial t}\right)dv$$

ここで、領域Vは条件を満たす範囲で(先ほどの連続に関する事など)任意の形状であり得るので、積分の中身も一致する事になります。よって、電荷保存則の微分形の形が得られます。

$$\mathrm{div}\overrightarrow{j}=-\frac{\partial \rho}{\partial t}$$

この形の式は流体力学でも使われ、一般的に「連続の方程式」とも言います。

閉曲面内部の電荷の時間変化が無い場合、すなわち∂ρ/∂t=0の時(外部への電流の出入りについても大きさに時間変化が無いので定常電流の時)には電流密度ベクトルの発散も0です。
つまり電流が定常電流である時には、電流密度ベクトルはベクトル場としては「湧き出しが無い」事が式で表現されます。

アンペールの法則で使う電流密度ベクトル

アンペールの法則は、マクスウェル方程式の中でも電流密度ベクトルとの関係が深い式です。それは元々、電流と磁場の関係を表す法則である事に由来するのですが、ベクトルとしては「電流」をそのまま扱うのではなく、「電流密度ベクトル」で考えたほうが都合が良い事が式を表しやすいのです。

アンペールの法則の微分形の導出の概要

アンペールの法則の周回積分の形を変形して、
法則の微分形を導出する過程で電流密度ベクトルを考える方法があります。まず、時間変化しない定常電流の範囲でアンペールの法則の周回積分側の式をストークスの定理で書き換えます。

$$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}(=\mu_0 I)$$

Sは開曲面で、閉曲線Cを外縁に持つ条件のもと「任意の開曲面」になります。このような形になるので、法則の微分形を得るために電流を「何かの法線面積分で書けないか」と考えるわけですが、ここで電流を電流密度ベクトルの法線面積分で表す式が使えます。

$$I=\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}であるので、$$

$$\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0 I=\int_S\left(\mu_0\overrightarrow{j}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

$$Sは任意の開曲面なので\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$

このように、静磁場の回転が電流密度ベクトル定数倍に等しいという結果が得られました。
これが「定常電流における」アンペールの法則の微分形です。

この場合に発生する静磁場は直線電流に垂直な平面にだけ成分を持ちますが、
実際に具体的な計算をすると\(\overrightarrow{B}\cdot \overrightarrow{j}=0\) となる事や、電流の向きをz軸にとった時には磁場の回転がz成分以外の成分が0になる事などが確かめられます。

電荷保存則にしてもアンペールの法則の微分形にしても、電流をベクトルとして直接的に扱うよりも「電流密度ベクトル」で考えたほうが計算がしやすいという事情が見えてくるのではないでしょうか。

電流の時間変化がある時のアンペールの法則の概要

ところで電流の時間変化がある時のアンペールの法則はどうなるのかというと、電場の時間変化を含む項(変位電流)が加わります。アンペールの法則の「修正」ともよく言われます。

この変位電流とは電場の変化であって「電荷の流れ」ではないので普通の電流とは区別されるものではありますが、例えば電気回路でコンデンサーによって電流としては絶縁部分になっているところの電場の変化などを指します。

簡単にだけ述べると、まず先ほどの電荷保存則の微分形において、電荷密度の部分をガウスの法則の微分形によって電場に書き換えます。(これは「ガウスの発散定理」ではなく「ガウスの法則」です。)

$$\mathrm{div}\overrightarrow{j}=-\frac{\partial \rho}{\partial t}=–\frac{\partial}{\partial t}\left(\epsilon_0\mathrm{div}\overrightarrow{E}\right)$$

最右辺を左辺に移行して、発散を2つの項に作用させると考えると次式です。

$$\mathrm{div}\overrightarrow{j}+\frac{\partial}{\partial t}\left(\epsilon_0\mathrm{div}\overrightarrow{E}\right)=0\Leftrightarrow \mathrm{div}\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)=0$$

「磁場の回転」に対する発散は必ず0である事に注意して、定常電流におけるアンペールの法則の微分形にこの式を使い、さらに積分形のほうもこの式で書き直したものが電流の時間変化がある時のアンペールの法則の式です。

電流の時間変化がある時のアンペールの法則の微分形と積分形を書くと次のようになります。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)$$

$$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

積分形のほうに関しては、電流密度ベクトルの部分を積分すると電流の大きさになるのでその項が定常電流の場合のアンペールの法則の電流の部分になります。

補足事項

説明した式の一部のナブラ表記

以上で説明した電流密度ベクトルを含む式で、
div, rot の記号の代わりにナブラ記号で書いたものを補足としてまとめておきます。

電荷保存則の式(微分形)

電荷保存則の微分形 $$\nabla\cdot\overrightarrow{j}=-\frac{\partial \rho}{\partial t}$$ 特に、領域内の電荷の変化が無い場合(電荷の流れ=電流は一定値)には
電流密度ベクトルは発散が0で、湧き出しがありません。 $$\nabla\cdot\overrightarrow{j}=0$$ 定常電流の場合において\(\nabla\cdot\overrightarrow{j}=0\)である事は、アンペールの法則からも導出可能です。

アンペールの法則の微分形

電流の時間変化が無い時 $$\nabla\times\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$ 電流の時間変化がある時 $$\nabla\times\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)$$

マクスウェル方程式から電磁波の式を導出する過程などでは、電流密度ベクトルの回転を考える事もあります。それは回転を含む式であるアンペールの法則と電磁誘導の式に対して改めて回転を考える計算に由来します。

補足2:その他の電流密度ベクトルの使用例

この記事では扱っていませんが、
静磁場のベクトルポテンシャルは電流密度ベクトルを使って表されます。

また同じく、磁場に関する法則のビオ・サバールの法則は電流を使った形と
電流密度ベクトルを使った2つの形があります。

(参考)その他の電流密度ベクトルの使用例

静磁場のベクトルポテンシャル(発散が0の条件のもとでの式) $$\overrightarrow{A}=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j}}{R}dv$$ ビオ・サバールの法則の形の1つ
(積分の中の「×」記号は「回転」ではなく外積ベクトルを表す記号) $$d\overrightarrow{B}=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{\overrightarrow{j}\times \overrightarrow{r}dv}{r^3}$$

これら2つの関係式・法則はいずれもアンペールの法則との関わりがあります。

置換積分の公式

置換積分は「ちかんせきぶん」と読みます。
「置換積分の公式」「置換積分法」とも言い、1変数の積分における公式の1つです。定積分にも不定積分にも、どちらにも使えます。微積分学の基本定理および部分積分と並んで、置換積分は定積分の計算法としてよく使われる公式です。

積分の理論全般について言える事ですが、積分の逆演算である微分のほうについて計算をある程度知っておくと分かりやすくて便利です。また、この記事の説明では三角関数や対数関数の公式なども比較的多く使用します。

置換積分は「1変数での定積分」に対して適用できる公式です。すなわち「2変数以上で積分を行う重積分においては適用できない」ので、その点は注意が必要です。
ただし、物理等での応用では一般論としては2変数・3変数の関数を扱っても具体的な事例を考察する時にはモデルを工夫して「計算は1変数で実行できる」ようにする事も少なくないのです。ですから1変数の定積分に関する公式も、初歩的だからといって役に立たないという事では無く、むしろ可能であれば積極的に使用される性質のものではあります。

公式の内容と意味

置換積分の「置換(ちかん)」とは「置き換える」という意味で、
被積分関数(積分の対象となっている関数)の「積分変数を別の変数に変換する」という事を意味します。つまり置換積分とは、積分における積分変数に対する変数変換を行う時に成立する公式です。

置換積分の公式は不定積分に対しても定積分に対しても成立します。

置換積分の公式(不定積分)

連続関数f(x)に対してx=g(w)がwで微分可能である時、
その積分区間でのf(x)のxを積分変数とする定積分はxをwで変数変換し、
積分変数をwとして次式で計算できます。 $$\int f(x)dx=\int f(g(w))\frac{dx}{dw}dw$$ この時、普通はあまり気にする必要はないですが\(\Large{\frac{dx}{dw}}\)は連続関数になっている必要があります。

この式で\(\Large{\frac{dx}{dw}}\)はx=g(w)をwで微分して得られる導関数を表します。

ここでは変数変換を行う対象をwとしてますが、文字としてはtでもsでも、変数だと分かるもので何かの誤解を生じないものであれば何でも構いません。後述する具体例では、xを角度θに変数変換して置換積分を行う場合の計算例を説明しています。

「覚え方」としては見かけ上「dx=(dx/dw)・dw」としたようになっており、微分の元々の意味から言うと必ずしも間違った捉え方でもありませんから、そのように理解してもよいと思います。ただし、1変数の時以外ではその考え方は一般的には使えませんので注意も必要です。
(特別な場合では、多変数でも同様の考え方を適用できます。)
数学上の定義では(dx/dw)はひとまとまりで微分により得られる導関数を表し、
「積分と一緒に使うdxやdwという記号」はあくまで積分変数を表す記号になります。

代入操作以外に「微分」がかならずくっついてきます。

次に、定積分の場合です。
この場合には変数変換をする時に、積分区間も変換される事に注意が必要となります。
その時に普通は2つの端点だけを変換すれば十分で、
例えばx=w+2のような変換の場合には、xに関する [0,1] の閉区間はwに関する [2.3] の閉区間となって積分区間が変更されるのです。(そうしないと計算の結果は合いません。)

置換積分の公式(定積分)

連続関数f(x)に対してx=g(w)がwで微分可能であり、
xに関する積分区間 [α,β] をwによって [a,b] = [g(p),g(q)] で表せるとします。
(つまりwでの積分区間は [p, q] となる。)
その積分区間でのf(x)に対するxを積分変数とする定積分は、
xをwで変数変換し、積分変数をwとして次式で計算できます。 $$\int_a^bf(x)dx=\int_{g(p)}^{g(q)}f(x)dx=\int_p^qf(g(w))\frac{dx}{dw}dw$$ 不定積分の時同様に、普通はそんなに気にする必要はないですが
\(\Large{\frac{dx}{dw}}\)は考えている区間において連続関数になっている必要があります。
例えばxに関する閉区間 [-1,1]が積分区間の時に、x=1/wのような変換をしたいと思ったら(あまりそういう変換はしないのですが)x=0となるwの値は存在せず、不連続点が発生するわけです。そういった変換をしてしまうと計算が変になります。
(x=1/wのような場合、w→∞での極限ではx→0に収束するので、強いて言えば積分区間を分けて端点での極限を考える「広義積分」として捉える事自体は可能です。しかしそういった場合にはまた別の数学的な考察も必要になります。)

置換積分の公式を適用する時に行う操作を整理し、列挙すると次の事です。

  1. y=f(x)に対してx=g(w)である時、
    wで表される式をf(x)に代入してy=f(g(w))の形にする。
  2. x=g(w)について、xをwで微分する。
    (なので、微分可能な関数による変換でないと公式は使えません。)
  3. 積分の中のy=f(g(w))に対してxに対するwによる微分(導関数)を掛け算し、積分変数をxからwに変える(dxからdwに変える)。それからwで積分をする。
  4. 特に定積分の場合にはxでの積分区間が [a, b] であったら、
    a =g(p),b=g(q) となるようなw=pとw=qを見つけて、積分区間を [p, q]に変更する。
    一応、不連続点が発生するような変換をしていないかどうかに少し注意。
  5. 不定積分の場合は、wで出された結果をxに戻す事も多い。
    (定積分であれば結果は基本的には数値の事が多いです。)

ただしこの手順の2番目でx=g(w)と考える事については、後述する具体例で見るようにw=h(x)の形で置き換えをしてから、その逆関数としてx=g(w)を考えるような場合もあります。(微分については、公式dw/dx=1/(dx/dw)を使えます。)ただしそのような変数変換のパターンでも、逆関数を考えずに積分を計算できるといった場合もあります。それらの事については、具体例を見たほうが多分分かりやすいでしょう。

「置換」という言葉は数学で単独の意味で使われる事もあって、それは順序を持つ集合の要素を「並べ替える」事を指します。1つの順列を、別の順列に変換する事であると言っても大体同じです。もう少し詳しく言うとそのような「写像」を指して「置換」と呼ぶことがあります。
他方で、1変数の定積分での「置換積分」はあくまで「変数変換」という意味での「置き換え」を行う時に成立する公式を指しています。ですので「置換積分」という呼び名は基本的にはその言葉全体でひとまとまりの意味を持っています。

公式の証明

置換積分の公式は、覚え方や理解の仕方としては「dx=(dx/dw)dw」と考える事に差し支えはないけれども、それを数学的な証明とする事はできません。ですのであのような公式が成立する事は自明な事であるとは言えず、証明が必要となります。

証明は、微積分学の基本定理および合成関数の微分法などの微分の演算を組み合わせる事で行えます。(これは数学の解析学的に見た場合も同じで、極限や積分の大元の定義に戻って考える必要はありません。微分の演算等を利用して「解析学的に見ても厳密な証明」になっています。)

最初に不定積分のほうの置換積分の公式を証明します。

まず、「微分すればf(x)になる」という意味でのf(x)の「原始関数」を考えます。この原始関数自体は、任意定数(微分すると0)を加える事で一意的に定まらず無数に存在しますが、そのうちの特定の1つをF(x)とおきます。原始関数全体が不定積分に該当します。(不定積分は、1つの原始関数があった時にはそれに定数を加えたF(x)+Cの形しかとり得ないという定理があります。)

$$Cを任意の実数定数として\int f(x)dx=F(x)+C$$

$$この時、\frac{d}{dx}\int f(x)dx=\frac{d}{dx}\left(C+F(x)\right)=f(x)が成立$$

今、x=g(w) がwで微分可能とすると f(x) の原始関数F(x) はwでも微分可能で、合成関数の微分公式により F(x) をwで微分して得られる導関数は次のように書けます。

$$\frac{d}{dw}F(x)=\frac{dF(x)}{dx}\frac{dx}{dw}=f(x)\frac{dx}{dw}=f(g(w))\frac{dx}{dw}$$

という事は、最右辺の形の関数に対するwに関する原始関数の1つはF(x)である事になります。あるいは、微分方程式を解くと捉えてwで積分すると考えても同じです。

$$Cを任意定数として、\int f(g(w))\frac{dx}{dw}dw=F(x)+C$$

$$\int f(x)dx=F(x)+Cであったから、\int f(g(w))\frac{dx}{dw}dw=\int f(x)dx$$

定積分の場合は、「不定積分の場合とほぼ同じ」としてもそんなに問題はないのですが、積分区間に関して「端点の部分だけ対応させればよい」事を明確にするために次のような形で証明を行います。

x=g(w)のもとで、g(p)= a でありg(q)= bであるとして、F(x)を先ほどと同じくf(x)の原始関数の1つであるとします。F(x)をwの関数として見る(wだけの式で書く)事を強調するならF(x)=F(g(w))です。不定積分の時の結果は得られているというもとでwに関してf(g(w))(dx/dw)の定積分を計算すると次式になります。

$$\int_p^qf(g(w))\frac{dx}{dw}dw=\large{[F(g(w)) ]}_p^q=F(g(q))-F(g(p))$$

$$=F(b)-F(a)=\int_a^bf(x)dx=\int_{g(p)}^{g(q)}f(x)dx$$

つまり、定積分を行う時には不定積分の時の結果と合わせて、積分区間の端点についてだけxとwとで対応させれば確かに同じ計算結果を得るという事が言えるわけです。

計算例1:円と楕円の面積計算

おそらく、置換積分が「計算に有効な事もある」という事が非常に分かりやすい例の1つは
円や楕円の面積を定積分で計算する場合ではないかと思われます。

円の面積に関しては平面幾何的な考察で「半径×円周率」という事が分かるほかに、積分を使うにしても実は円周の長さを表す「半径×2×円周率」の式で半径rに関して積分すればよいという方法もあるのですが、ここでは直交座標上でxに関して積分する場合を見てみます。

原点を中心とする円を考えて、半径はrであるとします。(r>0)
そして、xとyがともにプラスの範囲における4分円(円の1/4の部分だけ考えたもの)の面積についてだけ考えてみます。円全体の面積はその4倍です。

円を表す式はx+y=rです。yについて解くとy≧0のほうの解は\(y=\sqrt{r^2-x^2}\)となります。これをxに関して0からrまで積分すれば「πr/4になるはず」ですが、実際のところは一体どうなのだろうという話です。

そのタイプの関数の不定積分は実は直接的に逆三角関数を使っても表せるのですが、置換積分を使うと計算がより簡単であり、「角度」を使って積分できるようになるので図形的なイメージがしやすくなる利点があります。
(参考:逆三角関数を使う方法は、部分積分による計算です。)

そこで、x=rcosθという変数変換をします。rは定数(円の半径)でθは変数です。この変数変換は「極座標変換」でもありますが、置換積分を行うという積分の計算だけに着目する場合には、変数変換は図形的な意味を持つ必要は必ずしもありません。
例えば、ここでの計算ではx=rsinθとする事も可能で、同じ積分の結果を得ます。(ただし、図形上の考察であれば図と対応させたほうが分かりやすい場合というのはあります。)

この変換のもとで置換積分を考えると、三角関数の公式 sinθ+cosθ =1により平方根を除いて計算できるようになるので積分の見通しが良くなるのです。積分区間はxについて の[0,r]をθについての [π/2,0]に変えます。数の大小について一見妙に見えるかもしれませんが、余弦が0から1に増える時は角度は小さくなっていきます。それをそのまま公式に当てはめて計算します。

$$x=r\cos\theta および\frac{dx}{d\theta}=-r\sin\theta を置換積分の公式に当てはめると、$$

$$\int_0^r\sqrt{r^2-x^2}dx=\int_{\large{\frac{\pi}{2}}}^0\sqrt{r^2-r^2\cos^2\theta}\frac{dx}{d\theta}d\theta$$

$$=\int_{\large{\frac{\pi}{2}}}^0r\sin\theta(-r\sin\theta)d\theta =-r^2\int_{\large{\frac{\pi}{2}}}^0\sin^2\theta d\theta=r^2\int_0^{\large{\frac{\pi}{2}}}\sin^2\theta d\theta$$

$$=r^2\int_0^{\large{\frac{\pi}{2}}}\frac{1-\cos 2\theta}{2}d\theta(加法定理か倍角の公式より)$$

$$=\frac{r^2}{2}\large{\left[\theta -\frac{1}{2}\sin 2\theta\right]_0^{\large{\frac{\pi}{2}}}}=\frac{r^2}{2}\cdot\large{\frac{\pi}{2}}=\frac{\pi r^2}{4}$$

つまり、確かに円の4分の1の面積を表す結果となりました。(最後の部分で原始関数に値を代入する箇所では、1次式の θ にπ/2を代入した項以外は全て0となります。)
途中計算での sinθの積分を行う時には余弦関数の加法定理を変形して(もしくは倍角の公式を適用)計算を行っています。

楕円の場合も同様に原点を中心としてx≧0,y≧0の範囲で全体の1/4を考えて計算できます。
楕円を表す式はx/a+y/b=1です。aもbもプラスの数であるとします。この式をyについて解くとy≧0のほうの解は次のようになります。

$$y=\sqrt{b^2-\frac{b^2x^2}{a^2}}=\frac{b}{a}\sqrt{a^2-x^2}$$

この式の形を見ると、円の時の式でr=aとして全体をb/a倍にしたものになっています。
ですので円の場合と同様に置換積分で計算する事ができますが、
楕円(の4分の1)において積分する区間もxについて[0, a]なので
「半径aの円の、積分によって導出した面積のb/a倍」を考えても同じ結果になります。

$$楕円全体で計算すると、4\cdot\frac{\pi a^2}{4}\cdot\frac{b}{a}=\pi ab$$

これが楕円の面積を表す式になります。図形的には、2aおよび2bはどちらが長いか短いかで「長径」と「短径」を表します。また、a=bであれば円になりますが、面積の式もきちんとそれに対応している事が分かります。さらに円を「縦や横の一方向にだけ拡大縮小した場合」にはその倍率の分だけ面積も増加または減少する事が、数式的に見れるわけです。(a=bの状態から例えばa=2bとすれば面積もa=bの時の2倍になります。)

計算例2:物理・電磁気学での使用例

物理での計算で、考察の対象によっては置換積分が計算に使える事があります。

例えば電磁気における特定の場合などです。ここでは電気のほうで例を見てみましょう。
静電気力と電場に関する1つの計算例です。
長さが2L[m]の直線状の棒が、線密度λ[C/m]で一様に帯電している(1mあたりの電荷がλ[C])とします。この棒の中心から棒に対して垂直にr[m]の位置において、電場の大きさ(1[C]の電気量の電荷が受ける力)はいくらになるでしょうか。

棒の中心を原点にとり、そこからの距離を向きを含めてx[m]とします。それぞれの微小な区間における電気量はλdx[C]で、電場を考える位置までの距離は三平方の定理を使って(x+r)1/2[m]です。クーロン力が働くと考えるとそれの逆2乗に比例するので(x+r)-1が式に乗じられます。

棒に帯電している電荷が対称的な分布である事を考えると、棒の中心を通る垂線上では電場のベクトルの「合計」の向きは棒に対して垂直です。(棒の平行な向きの成分はプラスマイナスで打ち消して0です。1つ1つの電場ベクトルの向きは基本的に斜め方向。)そこで、成分の比率を考えると棒に対する垂直方向成分の割合は図形的な関係からr/(x+r)1/2になります。比例定数をkとすると、電場は微小区間による帯電が作る電場(ベクトル)の合計なので、棒に対する垂直成分の合計は積分で考える事ができて次のようになります。(ここで変数はxのみです。)

$$E=\int_{-L}^{L}\frac{k\lambda}{(x^2+r^2)}\frac{r}{\sqrt{x^2+r^2}}dx=k\lambda r\int_{-L}^{L}\frac{1}{\large{(x^2+r^2)^{\frac{3}{2}}}}dx$$

それで、この積分は原始関数を探す事で計算できるのかという話なのですが、
これは実は置換積分を行う事で計算できる部類の式です。

図で、x=rtanθとなるように角度θをとります。棒の端点ではθ=θLおよび-θLであるとします。これはx=Lとx=-Lに対応するわけです。すると、dx/dθ=r/cosθである事を使って置換積分を行うと次のようになります。

$$\frac{dx}{d\theta}=\frac{d}{d\theta}(r\tan\theta)=\frac{r}{\cos^2\theta}であり、$$

$$x^2+r^2=r^2(\tan^2\theta +1)=r^2\frac{1}{\cos^2\theta}にも注意して$$

$$E=k\lambda r\int_{-\theta_L}^{\theta_L}\frac{1}{\large{(r^2\tan^2\theta+r^2)^{\frac{3}{2}}}}\frac{dx}{d\theta}d\theta=k\lambda r\int_{-\theta_L}^{\theta_L}\left(r^2\frac{1}{\cos^2\theta}\right)^{\large{-\frac{3}{2}}}\frac{r}{\cos^2\theta}d\theta$$

$$=k\lambda r\int_{-\theta_L}^{\theta_L}r^{-3}\cos^3\theta\frac{r}{\cos^2\theta}d\theta=\frac{k\lambda}{r}\int_{-\theta_L}^{\theta_L}\cos\theta d\theta=\frac{k\lambda}{r}\{\sin\theta_L-\sin(-\theta_L)\}$$

$$=\frac{2k\lambda}{r}\sin\theta_L=\frac{2kL\lambda}{r\sqrt{r^2+L^2}}$$

電場の大きさの単位は [N/C] になります。最後の変形は図形的に見て正弦を辺の比で表しています。物理的な考察としては、単独の点電荷の場合とは距離の影響が異なってくる事や、L→∞とした場合はどうなるかといった事を見れます。

少し長ったらしい計算ではありますが、このように結果を出せるわけです。一見複雑な積分でも置換積分を行うと、角度θでの積分だと意外と単純な定積分計算に変わった事が分かります。この例では、置換積分で使う変数変換を図の関係にも合わせる事によって、図で平面幾何的に成立する関係も使えるようになっています。(例えば三角関数を辺の比で表す事など。)このように上手く行く事ばかりではないのですが、置換積分の公式を応用計算に使える事もあるという例の1つです。

力のベクトルを2方向に分解して考える事はこの例の状況に限らず、どんな時でもできます。ここでの例の状況下では、棒の中央に引いた垂線上では静電気力の「帯電した棒に対して平行な成分」は常に0であり、棒に対する垂直方向の成分のみを考えればいいという事です。

似た計算は磁場に関しても可能で、ソレノイドが作る磁場や、直線電流が作るビオ・サバールの磁場を具体的に計算する時なども似た感じの積分計算を行います。

計算例3:数学上の色々な不定積分の計算

微分に関しては多少複雑な形の関数であっても、公式を組み合わせて丁寧に計算すれば導関数を計算できるのが普通です。しかし、積分のほうに関してはそれほど複雑でない形の関数に対してでも原始関数の具体的な形を直接見つける事は難しい場合のほうが多いのです。そこで、部分積分や置換積分を使うと原始関数が分かる場合があります。

以下の例はどちらかというと数学上の理論的な計算が中心になりますが、一部は応用にも使えます、

具体的な積分に対して置換積分を使える場合というのは、実際のところは2パターンあります。

  • x=g(w) の形で置き換えをすると式が簡単になる場合
  • xで表される式についてh(x)=wとおいてから逆関数としてx=g(w)を計算して公式を適用するか、もしくはdw/dxを計算した式を使うという場合

前者の場合は公式通りの使い方です。前述の円の面積を積分で計算する方法や、電場の大きさを計算する過程での置換積分の使用においてはこちらのパターンです。すなわち例えばx=rcosθ やx=rtanθのように変数変換をしたのでした。

他方で後者のほうは、一般的には面倒な形になっているxの式を別の1つの変数としてしまってから、何らかの方法で置換積分ができるところまで持って行くというものです。
これは例えば、w=xであるとかw=tanxとする事を指しており、それでもあくまでxの代わりにwによる変数変換で置換積分を行うという例です。多少分かりにくいと思うので後ほどw=tan(x/2)とする例などで具体的に説明していきます。

原始関数がいくつかの和や差の項に分離するパターン

まず、「微妙に定数分だけ値がずれた項を含む」関数の原始関数を計算する場合です。
例えば\(x\sqrt{x+2}\) などの積分です。

もしこれが\(x\sqrt{x}\)であれば、平方根の部分はx1/2ですので
全体をx3/2として考えて原始関数は(2/5)x5/2+Cとなるわけです。

この考え方のみでも一応計算はできて、
それは\(x\sqrt{x+2}=(x+2)\sqrt{x+2}-2\sqrt{x+2}\) とする事で可能になるのです。

$$\int x\sqrt{x+2}dx=\int\{(x+2)\sqrt{x+2}-2\sqrt{x+2}\}dx$$

$$=\int(x+2)^{\frac{3}{2}}dx-\int2(x+2)^{\frac{1}{2}}dx$$

$$=\frac{2}{5}(x+2)^{\frac{5}{2}}-\frac{4}{3}(x+2)^{\frac{3}{2}}+C$$

この積分は実は置換積分で考えてもよくて、x=w-2と置く事で、置換積分の公式を使えます。
\(x\sqrt{x+2}=(w-2)\sqrt{w}=w\sqrt{w}-2\sqrt{w}\) となります。つまり、若干の違いではありますが「差で表される2つの項に分離する」事が少しばかり自然な形で計算されます。置換積分を行う時にはさらに微分の計算も必要なわけですが、この場合はdx/dw=1ですので簡単に済みます。

$$\frac{dx}{dw}=\frac{d}{dw}(w-2)=1に注意して、$$

$$\int x\sqrt{x+2}dx=\int(w-2)\sqrt{w}\frac{dx}{dw}dw=\int(w\sqrt{w}-2\sqrt{w})dw$$

$$=\frac{2}{5}w^{\frac{5}{2}}-\frac{4}{3}w^{\frac{3}{2}}+C=\frac{2}{5}(x+2)^{\frac{5}{2}}-\frac{4}{3}(x+2)^{\frac{3}{2}}+C$$

最後にwをxに戻す操作ではx=w-2 ⇔ w=x+2を使っています。

置換積分を行う時に、まずw=x+2とおいてから計算を進めても結果は同じです。
この場合は、どちらの方法で最初に考えてもそんなに手間は変わらないと思います。
他方で、平方根の部分を丸ごとwに置き換えて\(\sqrt{x+2}=w(\Rightarrow x+2=w^2)\)と考えてもこの場合は計算は可能で、同じ結果を得ます。

いずれにしても、このようなちょっとした初等関数を組み合わせた関数に対してでも、原始関数は結構面倒な形である事が分かります。計算はやりやすい方法でやればよいのですが、2通り以上のやり方を知っておくと片方を検算用に使えるというちょっとした利点はあります。

三角関数に変換すると上手く計算できるパターン

「見事に上手く行く」例は限られていますが、
xを三角関数に変数変換すると原始関数が分かり、積分を計算できる場合があります。

例えば、1+xという項が含まれる関数では、
x= tanwと変数変換すると上手く計算できる場合があります。
というのも、(d/dw)tanw=1+tanw=1/(cosx)といった計算ができるためです。
前述の電磁気学での電場の計算例で使用した変数変換は、このパターンに属する置換積分です。
被積分関数の分母に含まれる式が1+xではなくr+xでしたから、変数変換はx= rtanθとする事によって、代入するとr(1+tanw)のようにできる工夫をしていたわけです。

また、同じく前述の円の面積計算のところで考察した (1-x)1/2などの式の場合は
x=coswとすれば(1-cosw)1/2=(sinw)1/2=|sinw|などとできます。
【wの範囲によっては(sinw)1/2=sinwで、前述の例では定積分の積分区間がその範囲です。】

x= tanwと変数変換して上手く行く他の例は、例えば次のようなものです。不連続点が発生しないようにするために-π/2<w<π/2の範囲で考えるものとします。(その範囲では cosw>0です。)
(1+x)1/2=(1+tanw)1/2={1/(cosw)}1/2=1/cosw
1+tanw=1/(cosw) ⇔ cosw=1/(1+tanw)
およびdx/dw=1/coswの計算を使います。

$$\int\frac{x}{(1+x^2)\sqrt{1+x^2}}dx=\int\frac{\sin w\cos^3w}{\cos w}\frac{dx}{dw}dw=\int\frac{\sin w\cos^3w}{\cos w}\frac{1}{\cos^2w}dw$$

$$=\int\sin wdw=-\cos w+C=-\frac{1}{\sqrt{1+\tan^2 w}}+C=-\frac{1}{\sqrt{1+x^2}}+C$$

この積分に関しては、計算に慣れていると置換積分を行わなくても直接計算で最後の式を最初から出せるかもしれません。

三角関数による有理関数の積分

xをwによる変数変換で置換積分する時に変数変換として「wをxで表すパターン」には、例えばw=tan(x/2)という形の変数変換があります。
その変換のもとでは
dw/dx=1/{2cos(x/2)}={1+tan(x/2)}/2=(1+w)/2により
dx/dw=2/(1+w)
【※普通、逆関数の微分公式を使うと計算後に変数の入れ替えが必要ですが、ここではdw/dxの結果をxではなく「wで表せる」のでそのまま逆数としたものがdx/dwを表す式になります。】
さらに、加法定理や倍角の公式にも注意すると正弦、余弦、正接のいずれをも、
wの有理関数(分子と分母が多項式の形の分数で表される関数)で表す事ができます。

三角関数を置換積分で有理関数として計算する方法

三角関数の有理関数となっている関数の積分を考える時には、
w=tan(x/2)による変数変換を行って置換積分を行うと有理関数の積分の形に必ずできます。 $$w=\tan \frac{x}{2}とする事により、$$ $$\sin x=\frac{2w}{1+w^2}\hspace{15pt} \cos x =\frac{1-w^2}{1+w^2}\hspace{15pt}\tan x =\frac{2w}{1-w^2}$$ $$\frac{dw}{dx}=\frac{1+w^2}{2}\hspace{15pt}\frac{dx}{dw}=\frac{2}{1+w^2}$$ 変数変換を行った後でも、tanθ=(sinθ)/(cosθ)の基本的な三角関数の関係は成立し続けます。

そして有理関数は部分分数展開などをする事により、「(別の)有理関数」「lnx」「Arctanx(逆正接関数)」およびそれらの合成関数のみで表せるという定理が実は存在します。そのため、三角関数の有理関数(つまり三角関数のベキ乗と係数で作られる多項式)は理論上は有限回の操作で原始関数を導出できるという事になるのです。

w=tan(x/2)の変数変換のもとで、正接・正弦・余弦のうち2つを計算すると、もう1つは三角関数の基本的な関係から変数変換後の形を得る事もできます。これを使った置換積分によって、一応理論上は「三角関数による有理関数」の積分は、全て通常の有理関数の積分に置き換える事が可能です。

ただし有限回の操作で計算の実行が可能という事と、
その具体的な計算の効率が良いかどうかは別問題ですので一応注意は必要です。
しかし、比較的単純な三角関数の有理関数の積分であれば、
w=tan(x/2)の形の変数変換による置換積分は積分の計算に活用できます。
例えば1/cosx=(1+w)/(1-w)のようになるので、
これはdx/dw=2/(1+w)と掛け合わせると
(1/cosx)(dx/dw)=2/(1-w)=2/{(1+w)(1-w)}となります。
この形の式は実は部分分数展開で2項の和に分ける事ができるパターンなので、
原始関数を対数関数と三角関数(最後にwをxに戻す)の組み合わせで表す事ができます。

$$\int\frac{1}{\cos x}dx=\int\frac{1+w^2}{1-w^2}\frac{dx}{dw}dw=\int\frac{1+w^2}{1-w^2}\frac{2}{1+w^2}dw$$

$$=\int\frac{2}{(1+w)(1-w)}dw=\int\frac{1}{1+w}dw+\int \frac{1}{1-w}dw$$

$$=\mathrm{ln}\left|1+\tan\frac{x}{2}\right|-\mathrm{ln}\left|1-\tan\frac{x}{2}\right|+C=\mathrm{ln}\large{\left|\frac{1+\tan\frac{x}{2}}{1-\tan\frac{x}{2}}\right|}+C$$

このように、三角関数の逆数を積分すると原始関数には対数関数が含まれて来る事が分かります。
置換積分なしでこの結果を予想するのは少し難しいと言えそうです。

ここで使っている対数は自然対数です。
lnx=logexで、\(\large{\frac{d}{dx}\mathrm{ln}x=\frac{1}{x}}\)であり、
x<0のとき\(\large{\frac{d}{dx}\mathrm{ln}(-x)=\frac{1}{x}}\)なのでまとめて\(\large{\frac{d}{dx}\mathrm{ln}|x|=\frac{1}{x}}\)とも書きます。

1/sinxの不定積分も同じように計算できて、計算はより簡単です。

$$\int\frac{1}{\sin x}dx=\int\frac{1+w^2}{2w}\frac{dx}{dw}dw=\int\frac{1+w^2}{2w}\frac{2}{1+w^2}dw$$

$$=\int\frac{1}{w}dw=\mathrm{ln}|w|+C=\mathrm{ln}\left|\tan\frac{x}{2}\right|+C$$

合成関数の利用によっても原始関数が分かるパターン

ある形をしている関数の積分は、原始関数を直接見つける事は可能だけれども、
もし分かりにくければ置換積分を使うとよいという部類のものです。

具体的には、\(\large{xe^{x^2}}\)や、\(\Large{\frac{1}{x\mathrm{ln}x}}\) などの関数です。
あるいは、正接関数 tanxの原始関数も実は同じ部類のものです。
これらは置換積分で計算する事もできますが、もし合成関数の微分に慣れていると原始関数は直接計算でも導出可能と言える部類の関数です。

1.合成関数の微分を考慮して直接計算で積分する場合

上記の関数の積分を直接計算する時には、例えば次のようにします。

$$\frac{d}{dx}\large{e^{x^2}}=2x\large{e^{x^2}}なので\int\large{xe^{x^2}}dx=\frac{1}{2}\large{e^{x^2}}+C$$

$$\frac{d}{dx}\mathrm{ln}(|\mathrm{ln}x|)= \frac{1}{x}\frac{1}{\mathrm{ln}x}=\frac{1}{x\mathrm{ln}x}なので\int\frac{1}{x\mathrm{ln}x}dx=\mathrm{ln}(|\mathrm{ln}x|)+C$$

正接関数 tanxについても、実は対数関数を使って原始関数を導出できます。

$$\frac{d}{dx}\mathrm{ln}|\cos x|=-\frac{\sin x}{\cos x}=-\tan xであるから\int\tan x dx=-\mathrm{ln}|\cos x|+C$$

つまり、(dg/dx)f(g(x))の形になっている関数は、
合成関数の微分を考える事で原始関数を見つけて積分を直接計算できるわけです。

ところで(dg/dx)f(g(x))という関数の形は、変数を取り換えると(dg/dw)f(g(w))となり、x=g(w)とすれば(dg/dw)f(g(w))=(dx/dw)f(g(w))です。
つまり、置換積分の公式の「積分の中身」の形になっています。
その事が、置換積分によっても計算が可能である事と関係しています。

2.置換積分を使う場合

直接計算が少し分かりにくければ置換積分を使う事もできます。
ただし、ここでの例のような場合はいずれもw=h(x)の形をまず考えるタイプの計算になります。

例えば、上記の指数関数の例ではw=x,対数関数の例ではw=lnx、
正接関数の場合はw=cosxと置きます。

ここでx=g(w)の形の逆関数を考えると、例えばlnx=wに対してはx=eですが、逆三角関数などを考えるのは微分の計算もある事を考えるとちょっと面倒そうです。

このような場合、微分に関してはxに関して行ったほうが最初の計算は簡単です。

$$\frac{d}{dx}x^2=2x\hspace{15pt}\frac{d}{dx}\mathrm{ln}x=\frac{1}{x}\hspace{15pt}\frac{d}{dx}\cos x=-\sin x$$

すると、ここでの例は「特別な場合」である事は強調される必要はありますが、
xでの微分の結果(つまりdw/dx)が原始関数を導出したい関数の一部に実は含まれています。
例えば\(\large{xe^{x^2}}\)において、xはxの微分を定数係数を乗じた形です。
(※そこまで分かると前述の直接計算も可能になます。)
さらに、逆関数の微分公式によりdw/dx=1/(dx/dw)ですから、
置換積分を行う時に「掛け算で1にする」事ができます。

上記の指数関数が含まれる例では次のようになります。

$$\large{w=x^2 とおくとxe^{x^2}}=\frac{1}{2}\frac{dw}{dx}e^wなので、$$

$$\int\large{xe^{x^2}}dx=\frac{1}{2}\int\frac{dw}{dx}e^w\frac{dx}{dw}dw=\frac{1}{2}\int e^wdw=\frac{1}{2}e^w+C=\frac{1}{2}\large{e^{x^2}}+C$$

式の途中計算で分かるように、置換積分の公式で使用するdx/dwがdw/dxに乗じられる事で1になって積分計算が簡単になっているわけです。もちろん、この関数はそのようになる「特別な形」をしているのでそのようにできます。

対数関数の逆数が含まれる例では次の通りです。

$$\large{w=\mathrm{ln}x とおくと\frac{1}{x\mathrm{ln}x}}=\frac{dw}{dx}\frac{1}{w}なので、$$

$$\int\frac{1}{x\mathrm{ln}x}dx=\int\frac{dw}{dx}\frac{1}{w}\frac{dx}{dw}dw=\int\frac{1}{w}dw=\mathrm{ln}|w|+C=\mathrm{ln}(|\mathrm{ln}x|)+C$$

正接関数では次のようになります。

$$w=\cos x とおくと\tan x=\frac{\sin x}{\cos x}=-\frac{dw}{dx}\frac{1}{w}なので、$$

$$\int\tan x dx=-\int\frac{dw}{dx}\frac{1}{w}\frac{dx}{dw}dw=-\mathrm{ln}|w|+C=-\mathrm{ln}|\cos x|+C$$

これらの場合においては、置換積分を使ったほうが分かりやすいかどうかは人によって感じ方が違うでしょう。分かりやすいほうで理解したほうがよいと思われます。

ビオ・サバールの法則【電流素片が作る磁場の式】

ビオ・サバールの法則とは電流が作る磁場の大きさと向きを表す法則です。
電流が作る磁場を表現する法則としてはアンペールの法則もありますが、特定の条件下でビオ・サバールの法則とアンペールの法則は等価である法則となります。

数式的には外積ベクトル(ベクトル積)を使って表現されるものであり、向きも含めて電流の向きと発生する磁場の関係が表現されます。(電流・磁場・力の関係を表す「ローレンツの力」も同様に外積ベクトルを使って表現されます。そしてその事は、ビオ・サバールの法則と無関係では無いという物理学的な見方があります。)

※ビオ・サバールの法則で表されるBという量は、電磁気学では
「磁束密度」と考える方式と、「磁場」と考える方式の2つが混在しています。
当サイトでは、後者の「磁場」と捉える方式で説明しています。
これは電場や磁場等の「場」を力として定義する考え方に由来しています。
前者のBを磁束密度とする方式では、真空中の「磁場」をH=B/μと定義します。(ベクトルの場合も同じです。)

電磁気学での位置付け

ビオ・サバールの法則は磁場に関する法則ですが、電場で言えばクーロンの法則に対応する法則です。

磁場についてもクーロンの法則というのは実はあるのですが(後述します)、磁場に関する法則としてはビオ・サバールの法則が基本的な法則であると考えられる事が多いです。

しかしビオ・サバールの法則は、クーロンの法則(電場、磁場に関して共に)と比較すると式の形が複雑でなかなか計算もしづらいともよく言われます。実際、数式としての表され方も外積ベクトルを含む形になっており、他の電磁気学の諸法則と比べると直接的には少し扱いにくい面はあると言えます。
しかしビオ・サバールの法則には、直線電流に限らず「任意の形状」の電流が作る回路による磁場を向きも含めて表現するという意味合いががあります。

それに対して、アンペールの法則も磁場に関する法則ですが「磁場の回転(および閉曲線上での接線線積分)と電流の関係」を表す式になります。ビオ・サバールの法則そのものには回転の情報は入っておらず。むしろ「ベクトルとしての磁場を電流を使って直接計算する形」をしています。また、磁場に関するガウスの法則もやはり磁場についての法則ですが、そちらは磁場の「発散(div)」に関する法則です。

磁気と磁場に関する諸法則の中での位置付け
  • 磁場に関するクーロンの法則:磁気を帯びた物体同士に働く力を記述
  • アンペールの法則:磁場の回転および閉曲線の接線線積分と、電流との関係を表す
  • 磁場に関するガウスの法則:磁場(静磁場)の発散を表現(ゼロになる)
  • ビオ・サバールの法則:任意の形状の電流が作る回路による磁場を、向きも含めてベクトルとして表現する

これらの他に磁場に関係する重要な法則の例としては磁場中で動く電荷に働くローレンツ力や、磁場の変化により起電力が生じる電磁誘導などがあります。
ビオ・サバールの法則に特に関連が深いのはアンペールの法則です。
ただし他の法則に対しては全く無関係かというとそうではなく、つながりは持っています。
例えば磁場に関するクーロンの法則とビオ・サバールの法則の間接的な関係は、数式的に考察する事が可能です。

ビオ・サバールの法則は物理学での「法則」ですので、本質的にはそれを1つの「事実」と考えて必要に応じて使えばよいという性質のものです。
ただし、この法則は単独で実験データのみから得られる式であるというよりは、別の実験事実や理論を数式的に整理して改めて1つの法則と考える見方もできます。

そこで、この記事の後半ではビオ・サバールの法則を「導出」する2つの考え方も紹介します。そこではローレンツ力、磁場に関するクーロンの法則、ベクトルポテンシャル(間接的にアンペールの法則とガウスの法則)とビオ・サバールの法則との関係を物理学的な見方も含めて数式で説明します。

ビオ・サバールの法則の式

ビオ・サバールの法則とは数式としては次のように電流とそれによって作られる磁場(基本的には静磁場)の定量的な関係を、外積ベクトルを使って表現したものです。

ビオ・サバールの法則(基本の形)

大きさ\(I\)[A]の定常電流と、
向きも含めた導線の微小部分の長さ\(d\overrightarrow{l}\)による「電流素片」\(Id\overrightarrow{l}\)を考えます。
電流素片から磁場を考える位置(x,y,z)までの距離と大きさを表す\(\overrightarrow{r}\)、
および(x,y,z)に作られる磁場\(d\overrightarrow{B}\)の関係は次のように表される事が分かっています。 $$d\overrightarrow{B}=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{Id\overrightarrow{l}\times \overrightarrow{r}}{r^3}$$ 電流密度ベクトル\(\overrightarrow{j}\)(大きさの単位は[A/m2])および
体積要素dvを使っても書けて、次のようになります。 $$\overrightarrow{j}dv=Id\overrightarrow{l}\hspace{5pt}により、$$ $$d\overrightarrow{B}=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{\overrightarrow{j}\times \overrightarrow{r}dv}{r^3}$$ $$\left(いずれの場合も\left|\overrightarrow{r}\right| =r\hspace{5pt}と表記しています。\right)$$

電流素片\(Id\overrightarrow{l}\)の事は「電流要素」と呼ぶ事もあります。

ビオ・サバールの法則には見かけ上分母に距離の3乗が入っていますが、1つは位置ベクトルを「方向だけを表す単位ベクトル」として表すために付けているだけなので本質はrの「2乗」です。もしベクトルの大きさ(「強度」とも言う)だけに着目するなら、電流素片のベクトルと位置ベクトルのなす角をΘとして次の形になります。

$$\left| \frac{\overrightarrow{r}}{r}\right|=1\hspace{5pt}に注意して、\hspace{5pt}\left|d\overrightarrow{l}\times \frac{\overrightarrow{r}}{r}\right|=dl\sin\theta\hspace{5pt}であるから$$

$$dB=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{Idl\sin\theta}{r^2}=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{j\sin\theta dv}{r^2}$$

参考1:外積ベクトル(「ベクトル積」「クロス積」)の図での位置関係
参考2:平行四辺形の面積をベクトルで表したときの式

また、後述する事にも関係しますがビオ・サバールの法則の係数μ/(4π)は磁場に関するクーロンの法則の比例定数や、静磁場のベクトルポテンシャルを積分で表した式における係数と同じものになっています。

実際にこの法則を使って具体的な計算をする時には基本的に積分の形にします。
電流素片を集めて積分にする場合には
「曲線状の積分路に対して外積を微小量とした積分(内積ではなく)」を考えて、
電流密度を使った式の場合には体積積分を考えます。

いずれの場合も、ビオ・サバールの法則の基本の形に積分を付けて考えればよいのですが積分変数が何であるかには注意する必要もあります。磁場を考える座標は基本的には「積分の中では定数扱い」です。積分変数として考えるのは、積分の経路となる導線等における接線ベクトル(あるいはその始点の座標)を区別する必要があります。

混乱しやすい点をあらかじめ整理しておくと次のようになります。

  • 磁場に関しては「磁場を表すベクトル場」と、
    その始点となっている位置座標の2つを考えている。
  • 電流が生じている導線等においても「電流素片のベクトル」(向きは導線の接線ベクトル)と、
    その始点となっている位置座標の2つを考えている。電流密度ベクトルを考えている場合も同じです。
ビオ・サバールの法則(積分にした形)

考える磁場\(\overrightarrow{B}\)の始点となる位置を\(\overrightarrow{R_B}=(x,y,z)\)とおき、
\(d\overrightarrow{l}\)および\(\overrightarrow{j}\)の始点となる位置を\(\overrightarrow{R_L}=(X,Y,Z)\)として
積分変数を\(X,Y,Z\)とする時、\(\overrightarrow{r}=\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_L}\) であるもとで
ビオサバールの法則に対する積分は次式で書けます。 $$\overrightarrow{B}(x,y,z)= \frac{\mu_0I}{4\pi}\int_C \frac{d\overrightarrow{l}\times \overrightarrow{r}} {r^3}$$ 電流密度ベクトルを使った場合の式も、\(dv=dXdYdZ\) のもとで次のように積分を書けます。 $$\overrightarrow{B}(x,y,z)= \frac{\mu_0}{4\pi}\int_V \frac{\overrightarrow{j}\times \overrightarrow{r}} {r^3}dv$$ $$\left(\left|\overrightarrow{r}\right| =\left|\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_L}\right|=r\hspace{5pt}と表記しています。\right)$$ 電流は大きさがI[A]で一定の定常電流であるとしています。
電流密度ベクトルは各位置で異なるベクトルになります。
前者の電流素片から作ったほうの積分(積分の経路をCとしているほう)は、
「接線線積分ではない」のでストークスの定理による直接変形はできないので注意。

変数の表記については\(\overrightarrow{B}(x,y,z)=\overrightarrow{B}\left(\overrightarrow{R_B}\right)\)のようにも書けます。

多少煩雑になりますが変数などをより明確にして書くなら次のようになります。

$$\overrightarrow{B}\left(\overrightarrow{R_B}\right)=\overrightarrow{B}(x,y,z)=
\frac{\mu_0I}{4\pi }\int_C
\frac{d\overrightarrow{l}\left(\overrightarrow{R_L}\right)\times \left(\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_B}\right)}
{\left|\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_L}\right|^3}$$

$$=\frac{\mu_0I}{4\pi }\int_C
\frac{d\overrightarrow{l}(X,Y,Z)\times \left(x-X,y-Y,z-Z\right)}
{\left(\sqrt{(x-X)^2+(y-Y)^2+(z-Z)^2}\right)^3}$$

(※ただし、もしこの形の積分を普通の定積分として具体的に計算するなら基本的に3変数としてではなく曲線Cの各位置に対応するパラメーターとしての1つの実変数が必要になります。)

電流密度を使った場合も、「敢えて書くと」次式です。
(積分の区間の端点についてはてきとうな文字で置いています。)

$$\overrightarrow{B}(x,y,z)=
\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V
\frac{\overrightarrow{j}\left(\overrightarrow{R_L}\right)\times \left(\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_B}\right)dv}
{\left|\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_L}\right|^3}$$

$$=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_a^b\int_c^d\int_u^w
\frac{\overrightarrow{j}(X,Y,Z)\times \left(x-X,y-Y,z-Z\right)}
{\left(\sqrt{(x-X)^2+(y-Y)^2+(z-Z)^2}\right)^3}dXdYdZ$$

しかし次に具体例で説明するように、なるべく簡単なモデルを考えて変数の撮り方も工夫する事によって積分は3変数ではなく1変数で計算できる事もあります。

具体的にビオ・サバールの法則で計算をする例

実際問題としてビオ・サバールの法則から積分で直接的に磁場のベクトルを計算する場合には、できるだけ分かりやすい図のモデルを用意して「方向」と「大きさ」も分けて考えて、角度を変数として考えれるように変数変換する事で(1変数の積分で)計算をするといった工夫をしたりします。

比較的簡単な例として、直線状の導線上における定常電流が導線の周囲に作る磁場をビオ・サバールの法則を使って計算してみます。積分する範囲も「曲線」ではなくて直線で考えて、さらに電流も当然それに沿った向きなので、積分に関してはベクトルではなくて1変数の積分区間として考えてしまうわけです。(図での位置関係に関してはベクトル的な関係も考慮する必要があります。)

積分をする前に、法則の基本となる形のほうで状況を整理します。電流の向きを画面上の左から右に向かう方向にとると、ビオ・サバールの法則が言うには磁場の方向は「電流素片のベクトル×導線から磁場の位置までのベクトル」という外積ベクトルの方向であるから、「画面奥から画面手前」の向きです。そこで、向きは確定したので次は大きさだけを見るという流れになるのです。

  1. まず磁場の「向き」を確定させます。(ビオ・サバールの法則により外積ベクトルの向き。)
  2. 次に、磁場の大きさだけを積分で計算します。

磁場を考える位置から導線に向かって垂線をおろして、その足(交点)を原点とします。そして、そこから磁場を考える位置までの距離をRとします。このRは定数です。

大きさだけに着目すると、平面幾何的な角度の関係に注意すると次の式が成立します。これは前述の、ベクトルの大きさだけに着目した場合のビオ・サバールの法則の式です。法則の外積ベクトルに由来する角度をΘとして、計算をしやすくするために補足的に考えた「原点・磁場を考える位置・電流素片(の始点)の位置」で作られる角度ωとしています。

$$dB=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{Idl\sin\theta}{r^2}=\frac{\mu_0I}{4\pi r^2}\sin\left(\omega+\frac{\pi}{2}\right) dl=\frac{\mu_0I}{4\pi r^2}\cos\omega\hspace{3pt} dl$$

途中計算には三角関数の公式を使用しています。

この電流の向きと磁場を考える位置(画面において直線電流の上側)を決めると、磁場の向きがまず「画面に対して垂直に、画面奥から画面手前」に確定します。
残りの積分計算は磁場ベクトルの「大きさ」に関してだけ考察する事になります。

ここで、積分する時の変数は導線の長さを表す位置ですが、これは1変数として扱えます。しかし図の位置関係から、ωやrは変数\(l\)に対して独立ではないので定数扱いはできない事になります。
この場合では、ωやrを\(l\)に変換するよりも、統一してωの関数に変換して積分をするほうが簡単です。ただし、この変換をする時は最初から微小量で考えるのではなく、普通の関数として考えてから微分をする必要がありますので注意。

定積分を\(l\)=aからbまで行うとして、対応するωをω1 とω2とします。

\(\left|\overrightarrow{B}\right|=B\) とすると、計算は次のようになります。

$$\cos\omega=\frac{R_0}{r}\Leftrightarrow \frac{1}{r}=\frac{\cos\omega}{R_0}\hspace{15pt}l=R_0\tan\omega\hspace{15pt}\frac{dl}{d\omega}=\frac{R_0}{\cos^2\omega}\hspace{3pt}であるので、$$

$$B=\int_a^bdB=\int_a^b\frac{\mu_0I}{4\pi r^2}\cos\omega dl=\frac{\mu_0I}{4\pi }\int_{\omega 1}^{\omega 2}\frac{\cos^2\omega}{R_0\hspace{1pt}^2}\cos\omega\frac{dl}{d\omega}d\omega$$

$$=\frac{\mu_0I}{4\pi }\int_{\omega 1}^{\omega 2}\frac{\cos^3\omega}{R_0\hspace{1pt}^2}\frac{R_0}{\cos^2\omega}d\omega=\frac{\mu_0I}{4\pi R_0}\int_{\omega 1}^{\omega 2}\cos\omega d\omega$$

$$=\frac{\mu_0I}{4\pi R_0}(\sin\omega_2 -\sin\omega_1)$$

使用した微分に関する公式等は次の2つです。

式が一見込み入るようですが丁寧に計算すると単独の余弦関数を積分すればよいだけになり、このように結果を出せるわけです。この結果でω→-π/2とω→π/2の極限を考えると、
「導線が無限に(十分に)長いとみなせる場合」の結果となり、またアンペールの法則から計算した結果にも一致するようになります。

このように、想定するモデルを工夫すると一見複雑であるビオ・サバールの法則の式の計算を、通常の1変数の定積分にまで簡略化できたりするわけです。こういった手法は電磁気学で(あるいは物理学全般で)使用され、物理現象の考察に活用されます。

法則の由来①:ローレンツ力や磁場に関するクーロンの法則等の組み合わせによる帰結と解釈する方法

電流と磁場の関係については次のような事実が実験によって知られています。

  • 直線電流の周りには環状の磁場が作られる。(エールステッドによる実験)
  • 電流が生じている2本の平行導線には互いに力が働く。
    2つの導線の電流が同じ向きなら引力であり、
    向きが互いに逆なら力は斥力(反発する力)。(アンペールなどによる実験)
  • 磁場の中で運動している電荷は力を受ける。(「ローレンツの力」)
  • 磁気を帯びた物体同士には電気を帯びた物体同士同様の力が働く。
    (磁場に関するクーロンの法則)

直線電流が作る環状の磁場は、アンペールの法則から得られる結果の1つと捉える事が可能です。

これらの実験事実やその理論の組み合わせの帰結としてビオ・サバールの法則の式が得られるという物理学的な解釈の方法があります。ここではその導出過程を詳しく見ます。

電流が生じている平行な導線(以下、簡単のために「平行電流」と書きます)の相互に働く力は、2つの電流の大きさのそれぞれに比例し、導線の長さにも比例し、さらに平行電流間の距離dに反比例するというデータが得られていました。

平行電流に働く力は、電流による環状磁場とローレンツの力の組み合わせで生じるという見方ができます。さらに、そこに磁場に関するクーロンの法則を組み合わせて少し考察するとビオ・サバールの法則を積分したものと同じ形の式ができます。そしてそれがビオ・サバールの法則の電流素片による表記の由来となっていて、法則が成立する理論的な裏付けの1つであるという見方も可能であるわけです。

平行電流に互いに働く力(実験事実)

大きさ\(I_1\)[A]の\(I_2\)[A]の定常電流が2本の平行導線にそれぞれ生じている。
(片方の向きの電流をプラス、その逆方向の電流をマイナスとします。)
これらの平行電流の間隔をR[m] とする時、それぞれの導線のdl[m] 部分に働く力 dF[N] は次のようになります。 $$dF=\frac{\mu_0}{2\pi}\frac{I_1I_2dl}{R}\left(=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{2I_1I_2dl}{R}\right)$$ 2つの電流の符号が同じなら力はプラス(引力)、異符号なら力はマイナス(斥力)です。
これは電荷に働く電気力(クーロン力)と同じ考えです。
比例定数については他の法則等との整合性等の理由でこのような形になっていますが、もちろん実験値がもとになっています。

ローレンツの力

磁場中の電気量\(q\)[C]の電荷が速度\(v\)[m/s]で動いている時には電荷は力を受け、次式で表されます。 $$\overrightarrow{F}=q\overrightarrow{v}\times\overrightarrow{B}$$ 電荷は電場からも力を受けるので、より一般的には次式で書けます。 $$より一般的な形:\overrightarrow{F}=q\left(\overrightarrow{E}+\overrightarrow{v}\times\overrightarrow{B}\right)$$ 電場と磁場を「力」によって定義するやり方は、このローレンツの力を基本に場を定義していく方法です。

磁場に関するクーロンの法則

磁気量\(q_1\)[Wb]および\(q_2\)[Wb]の磁気を帯びた2つの物体に働く力の大きさfは互いの距離r[m]の2乗に反比例し、次のように書けます。 $$大きさ:f=\frac{kq_1q_2}{r^2}=\frac{\mu_0q_1q_2}{4\pi r^2}$$ 1[Wb]の仮想的な「磁荷」がq[wb]の磁気量の磁気から受ける力(=磁場)は、ベクトルで書くと次のようになります。 $$\overrightarrow{F}=\frac{kq\overrightarrow{r}}{r^3}=\frac{\mu_0q\overrightarrow{r}}{4\pi r^3}$$ 磁気量の単位は、ここでのビオ・サバールの法則に関する考察ではそれほど重要ではありませんが「ウェーバー」[Wb]になります。

まず電荷密度ρがある速度で動いている時に、これを電流密度として解釈します。ローレンツの力は磁場中で導線自体が動いている時に働く力でもありますが、導線に沿って電荷が動いて流れになっている(すなわち電流が発生している)時にも同様に成立すると見るわけです。

$$\overrightarrow{j}=\rho\overrightarrow{v}$$

これを、単位体積(1m)当たりで考えたローレンツの力の磁場だけの式に代入します。

$$\overrightarrow{F}=\rho\overrightarrow{v}\times\overrightarrow{B}=\overrightarrow{j}\times\overrightarrow{B}$$

これは1mの式なので、S [m]×dl[m]=Sdl[m](これは外積ではなく普通の掛け算)の場合を書きます。ここではSdlという量はスカラー扱いになりますから、特に順番も気にせずに単に乗じれば良い事になります。その場合の力を\(d\overrightarrow{F}\)とします。

$$d\overrightarrow{F}=\overrightarrow{j}\times\overrightarrow{B}Sdl=\left(S\overrightarrow{j}\right)\times\overrightarrow{B}dl$$

ここでの電流密度は「電荷密度×速度」で最初考えましたが、これを「電流ベクトル×面積」で表します。普通、電流はベクトルでは考えませんがここでは敢えて電流密度ベクトルに合わせたものを考えるという事です。

$$\overrightarrow{j}=\frac{\overrightarrow{I}}{S}\Leftrightarrow \overrightarrow{I}=S\overrightarrow{j}により、$$

$$d\overrightarrow{F}=\left(S\overrightarrow{j}\right)\times\overrightarrow{B}dl=\overrightarrow{I}\times\overrightarrow{B}dl$$

ここでdlはスカラーとしてきたわけですが「大きさはdlで方向は電流ベクトルに等しいベクトル」を改めて\(d\overrightarrow{l}\)とします。これを使うと「電流ベクトル」の向きはそのベクトルに含めてしまって、電流をスカラーとして扱えます。

$$d\overrightarrow{F}=\overrightarrow{I}\times\overrightarrow{B}dl=\left(dl\overrightarrow{I}\right)\times\overrightarrow{B}ですが、$$

$$dl\overrightarrow{I}=Id\overrightarrow{l}となるd\overrightarrow{l}を考える事ができるので$$

$$d\overrightarrow{F}=\left(dl\overrightarrow{I}\right)\times\overrightarrow{B}=Id\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{B}$$

この式は、途中で考えていた「断面積S」が小さい値であるとすると一般的な導線における状況と解釈する事ができて、「電流素片が磁場から受ける力」と捉える事ができます。

次に、これを磁場に関するクーロンの法則と組み合わせます。

電流が生じている導線があって、曲線Cの形をしているとします。そこから離れた位置に磁気量q[Wb] の磁気を帯びた小さな物体があるとして、近似的に点とみなせるとします。この物体は周囲に磁場を作り、大きさ等は磁場に関するクーロンの法則を使うとします。そこで物体から曲線C上のある電流素片の位置までのベクトルを\(\overrightarrow{R}\)とすると、電流素片が受ける力は次のように書けます。

$$d\overrightarrow{F}=Id\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{B}=Id\overrightarrow{l}\times\frac{kq\overrightarrow{r}}{R^3}=kqI\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{R}}{R^3}$$

$$曲線C全体では、積分して\overrightarrow{F}=kqI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{R}}{R^3}$$

形としてはかなりビオ・サバールの法則に近くなったように見えます。しかし、ここで考えている磁場は磁気を帯びた物体が作る磁場であって、電流が作る磁場ではないので注意。また、得られている式が表す量も「磁場によって電流素片が受ける力」です。磁場は、1[Wb] の磁気量を持つ試験磁荷(仮想的ですが)が他の物体由来の磁気から受けるです。

では次にどのように考えるのかというと、電流が磁場を発生させる事はエールステッドの実験や平行電流に関する考察から事実と受け取れるので、曲線C上の電流素片もまた周囲に磁場を作ると考えられます。さらにその磁場は、磁気を帯びた物体に力を及ぼすはずです。

ここで、数学ではなく物理的な見方になりますが力学の作用反作用の法則が、ここでも成立するはずだと見ると「電流素片がq[wb]の磁気量の物体に及ぼす力」は「q[wb]の磁気量の物体が電流素片に及ぼす力」と大きさは同じで向きが逆の力ベクトル(数式ではマイナス符号が付く)になっていると予想できます。電流素片が作る磁場を\(\overrightarrow{B_I}\)とすると、磁気を帯びた物体が受ける力は\(q\overrightarrow{B_I}\)となります。そこで、これがさきほどの「q[wb]の磁気量の物体が電流素片に及ぼす力」にマイナス符号を付けたものだとして式を作ると次式です。

$$q\overrightarrow{B_I}=-kqI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{R}}{R^3}$$

$$\Leftrightarrow \overrightarrow{B_I}=-kI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{R}}{R^3}$$

さらに、\(\overrightarrow{R}\)は「物体から電流素片」へのベクトルでしたから、「電流素片から物体」に向けてのベクトルとして\(\overrightarrow{r}=-\overrightarrow{R}\)に置き換えます。

$$ \overrightarrow{B_I}=-kI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{R}}{R^3}=-kI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\left(-\overrightarrow{r}\right)}{r^3}=kI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{r}}{r^3}$$

$$=k\int_C\frac{Id\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{r}}{r^3}=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_C\frac{Id\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{r}}{r^3}$$

つまり、電流素片に関するビオ・サバールの法則を曲線Cに関して積分した式と全く同じものが得られました。この事から、もとのビオ・サバールの法則の式が成立する事の「理論的根拠」も得られたと捉える事もできるわけです。

この捉え方のもとでは、ビオ・サバールの法則の「距離の2乗に反比例」(ベクトル表記の時に書かれる3乗というのは形式上なので本質は2乗)という部分は磁場におけるクーロンの法則と同じ由来のものであり、外積の形になっている事はローレンツの力に由来すると考える事ができます。

ところで、この考察のもとで得られた「ビオ・サバールの法則の式」に含まれる比例定数は磁場に関するクーロンの法則における比例定数由来のものです。他方で、ビオ・サバールの法則を使うと直線電流が作る磁場の理論値を計算できて、実験によって得られた定量的な数値を再現できます。
そしてこの事から、磁場に関するクーロンの法則の比例定数と直線電流が作る磁場の比例定数は偶然にも値が等しくなるというよりは、そのようになる理論的な根拠もあるという解釈もできるようになります。

法則の由来②:ベクトルポテンシャルから導出する方法

他方で、アンペールの法則のほうがまず成立していると考えて、静磁場のベクトルポテンシャルからビオ・サバールの法則の式を導出するという事もできます。電流密度を使ったほうのビオ・サバールの法則を積分で書いた式は、ベクトルポテンシャルを表す式に何となく形が似ています。そしてそれは偶然ではなくきちんと関係があると解釈できるという事です。

まず(静磁場の)ベクトルポテンシャルの式は次のような形です。

$$\overrightarrow{A}(x,y,z)=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j}}
{r}dv$$

$$\left(\overrightarrow{R_B}=(x,y,z),\hspace{5pt}\overrightarrow{j}の各始点\overrightarrow{R_L}=(X,Y,Z)\hspace{3pt}のもとで\hspace{3pt}r=\left|\overrightarrow{r}\right| =\left|\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_L}\right|\right)$$

次に「ベクトルポテンシャルの回転が静磁場になる」ので、回転 rot を考えます。ただし、偏微分を行う対象はベクトルポテンシャルのほうですからここでの変数で言うと(x,y,z)のほうです。積分変数として考えている(X,Y,Z)ではありません。
そこで、ここではその事を強調して回転の記号を rotA と書いておきます。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}であり、x,y,zでの偏微分を行う事を強調し回転を\mathrm{rot_A}と書くと$$

$$\overrightarrow{B}=\mathrm{rot_A}\overrightarrow{A}=\mathrm{rot_A}\left(\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j} }{r}dv\right)$$

$$\mathrm{rot_A}=\left( \frac{\partial A_3}{\partial y}-\frac{\partial A_2}{\partial z},\hspace{3pt}\frac{\partial A_1}{\partial z}-\frac{\partial A_3}{\partial x},\hspace{3pt}\frac{\partial A_2}{\partial x}-\frac{\partial A_1}{\partial y}\right)\hspace{10pt}dv=dXdYdZ$$

前述のように、回転における偏微分を行う変数は積分変数ではなく「ベクトルポテンシャルを考えている位置を表す3変数」です。
そこで、積分を考える範囲で電流密度の分布と関数形が連続的なものであれば、積分変数でない変数で「積分の中身」を微分しても結果に影響を与えません。(※数学の解析学的な補足説明は後述。)

$$\overrightarrow{B}=\mathrm{rot_A}\left(\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j} }{r}dv\right)=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\mathrm{rot_A}\frac{\overrightarrow{j} }{r}dv$$

さてそこで、ベクトル解析における簡単な公式を2つほど使用して変形を行います。

使う公式2つ

スカラー場φ(x,y,z)と定ベクトル\(\overrightarrow{c}\)の積に対する回転に対して次式が成立します。 $$\mathrm{rot}\left(\phi\overrightarrow{c}\right)=\mathrm{grad}\phi\times\overrightarrow{c}=-\overrightarrow{c}\times\mathrm{grad}\phi$$ $$ナブラを使うなら\nabla\times\left(\phi\overrightarrow{c}\right)=\nabla\phi\times\overrightarrow{c}=-\overrightarrow{c}\times\left(\nabla\phi\right)$$ この公式における右辺側のクロス「×」は外積(ベクトル積)であり、
ナブラ記号を使った場合には左辺のクロスはあくまで「回転の意味」の記号の一部です。
また、外積の計算では順序を入れ換えると符号が反転する事に注意。

そしてもう1つの公式として、\(\overrightarrow{R}=(x,y,z)\)で\(r=\left|\overrightarrow{r}\right|\)とする時、次式が成立します。 $$\mathrm{grad}\frac{1}{R}=-\frac{\overrightarrow{R}}{R^3}$$ $$あるいは\nabla\frac{1}{R}=-\frac{\overrightarrow{R}}{R^3}$$ この公式は、各変数に定数を加えた形の\(\overrightarrow{r}=(x+c_1,y+c_2,z+c_3)\)に対しても成立します。
証明に関しては、いずれも丁寧に直接計算をすれば結果の式を得ます。
またこれら2つの公式はいずれも、もう少し一般的な別の特別な場合とみなす事もできます。

公式の証明では、外積ベクトルを成分で書く時の順番に注意。

さきほどの計算に戻ると、まず電流密度ベクトルは定ベクトルとみなせます(変数はX,Y,Zであり、これらはx,y,zから見ると定数とみなせるので。)そして分母のrについては計算上x,y,zに関するスカラー場と見なせますので1つ目の公式を適用できます。この時の外積の順序は電流密度ベクトルを先にしておきます。つまり公式で言うとマイナス符号が付いたほうを使います。

$$\mathrm{rot_A}\frac{\overrightarrow{j} }{r}dv=-\overrightarrow{j}\times\mathrm{grad}\frac{1}{r}$$

つまり、式の演算としては回転がなくなって外積に変わっているわけです。

ビオ・サバールの法則の式の形に近づいていますが、代わりに勾配 grad が入ってしまっています。
そこで\(\overrightarrow{r}=(x-X,y-Y,z-Z)\)において同じくX,Y,Zを定数とみなせば、公式を適用できて次式が成立します。

$$\mathrm{grad}\frac{1}{r}=-\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}$$

これによって数式上、勾配もなくなります。
整理すると、磁場が電流密度を用いたビオ・サバールの法則を積分で書いた形で表せる事になります。

$$\overrightarrow{B}=\mathrm{rot_A}\overrightarrow{A}=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\mathrm{rot_A}\frac{\overrightarrow{j} }{r}dv$$

$$=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V- \overrightarrow{j}\times \mathrm{grad}\frac{1}{r}dv= \frac{\mu_0}{4\pi}\int_V- \overrightarrow{j}\times \left(-\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\right)dv$$

$$=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V \overrightarrow{j}\times \frac{\overrightarrow{r}}{r^3}dv= \frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j}\times\overrightarrow{r}}{r^3}dv$$

この式で表される磁場はベクトルポテンシャルと同じくx,y,zによるベクトル場です。
つまり\(\overrightarrow{B}=\overrightarrow{B}(x,y,z)\)です。

以上の事は、アンペールの法則(変位電流を含まない形)が成立する→静磁場のベクトルポテンシャルを放射ゲージ条件のもとで式で表せる→ビオ・サバールの法則を積分した形の式が成立するという流れです。そのため、ビオ・サバールの法則をアンペールの法則から導出するという見方とも言えます。
また、ベクトルポテンシャルを考えるうえでは磁場に関するガウスの法則も前提条件でしたから、上記の導出方法によれば磁場に関するガウスの法則も間接的に関わっていると言えます。

【※数学の解析学的な事項に関する補足】
「積分変数でない変数に関する微分は、積分全体で行っても積分の中身でも行っても結果に影響しない」という命題は数学では積分記号下の微分とかパラメータを含む積分に関する微分とか呼び名がいくつかありますが、数学的には自明な事ではなく本来はちょっとした考察が必要です。
これは基本的には2変数の場合の次の命題がもとになっています。
■命題:
xの定義域が閉区間[a,b]であり、yの定義域が[u,w]であるとする。
その領域内の任意の点(x,y)で関数f(x,y)が多変数における意味で連続であるならば
(その時関数は領域内で一様連続でもあって)次式が成立する。 $$\frac{\partial }{\partial y}\int_a^bf(x,y)dx=\int_a^b\frac{\partial }{\partial y}f(x,y)dx$$ より本質的にはこの命題は、
「有界な(=有限の範囲にある)閉集合内で連続な関数 は、その閉集合内で一様連続でもある」
という別の定理から得られる帰結になっています。
この定理は1変数でも多変数でも成立し、より一般的な線形変換の写像に対しても成立します。
同じ数学的議論は変数が増えた場合でも同様です。全ての変数に関して数学的な領域が有界閉集合であり、その任意の点において関数が連続であればよい事になります。(ただし、積分する範囲の端点に無限大などの不連続点がある広義積分の場合はさらに考察が必要になります。)
ところでベクトルポテンシャルの関数の形を見ると、分母に関してはベクトルポテンシャルの位置(x,y,z)と電流密度の分布(X,Y,Z)は重ならないように考えるのが普通ですから、
そのようにすればまず分母由来の不連続点はありません。そして電流密度の分布と関数形についても、領域内で連続であるものを想定する限りにおいては問題が発生しないという事になります。

階乗(数式の「!」記号)の意味と使われ方

数学では、数式中にいわゆるびっくりマーク(感嘆符)の「!」が使われる事があります。これは階乗(factorial)を表す記号です。意味としてはすごく簡単なのですが、この記事では「具体的にどのような時に階乗を使うのか」という例も多く挙げる事で詳しく解説をします。

※プログラミングでは感嘆符「!」の記号が「否定」の意味で使われる場合があります。例えばプログラミング言語の1つである C# では「!=」は「等しくない」つまり一般の数学で使う「≠」を表します。他に論理演算での否定を表す事もできて、例えば「!(a >0)」は 「a >0」の否定(つまり a ≦0, プログラム上は a <=と書く)を表します。
しかしこの記事では、そういったプログラミングでの用法ではなく一般的な数式で使われる階乗の意味としての「!」記号について説明します。

階乗の定義と計算方法

階乗は自然数(および0)に対して考えるもので、
自然数nに対して「1からnまでの全ての自然数を掛け算したもの」を表します。
記号でそれを「n!」と書きます。

階乗と「!」記号の定義

階乗は0または自然数である数nに対して定義し、「nの階乗」をn!と書きます。
nの階乗は次のようなものです。

  • n≧1に対して、n!は1からnまでの自然数のそれぞれを乗じたもの。
    n!=n(nー1)(nー2)(nー3)・・・×3×2×1
  • n=0の時は0!=1と定義する。

(英語読みの場合、階乗そのものの事を factorial と呼び、n!のひとまとまりで n’s factorial と読みます。factor は「因数」(積の形になっている数を構成する各項)の事です。)

階乗は(n-1)!のような書き方も可能で、
(n-1)!=(n-1)(n-2)(n-3)・・・×3×2×1です。
ここでは少し大きめのnを想定していますが意味としては1からnまでの自然数を全て掛け合わせるという事なので、3!=3×2×1=6であり、2!=2×1=2であり、1!=1です。
【「1の掛け算」の×1の部分はもちろん計算結果に影響しないので書かなくても問題ありませんが、ここでは意味の分かりやすさのために敢えて書いています。】

階乗を「積の記号」を使って定義する事もできます。ただしかえって表記が面倒になるので、
むしろこのような「積の記号の代わり」に「!」記号という簡便な表記方法が使われていると言ってもよいかもしれません。 そう考えると「n!」という表記の便利さも少し見えるでしょうか。

積の記号を(敢えて使った)階乗の定義

nの階乗n!を次の形の式として定義する事もできます。 $$n!=\prod_{k=1}^{n}(n+1-k)$$ $$=n(n-1)(n-2)\cdots 3\cdot 2\cdot 1$$ 積の記号は、文字としては「パイ」のキャピタル(大文字)です。
和の記号であるシグマΣと同類の記号です。
k=1から始まってk=nまで、記している形の項の積(掛け算)を表します。
0!=1と定義する事は先ほどと同じです。

小さい自然数の階乗についていくつか具体例を記しますが、計算結果は何回やっても毎回同じですので、n=5くらいまでは結果を覚えられるのであれば覚えてしまってもよいかもしれません。

  • 5!=120 【5・4・3・2・1=120】
  • 4!=24  【4・3・2・1=24】
  • 3!=6   【3・2・1=6】
  • 2!=2
  • 1!=1
  • 0!=1【定義】

ところで、階乗は「nから1までの自然数の積」であるわけですが数が途中から始まるような、例えば「4から10までの自然数の積」を表す記号はあるのでしょうか。そのような場合は、階乗の記号を使って少し工夫をして表記するのが普通です。

「4から10までの自然数の積」であれば、それは「1から10までの自然数の積」を「1から3までの自然数の積」で割ったものに等しくなります。つまり、4×5×6×7×8×9×10=10!/3!と書けるわけです。

そのようにして「階乗同士の割り算」を考える事で3以上の自然数から始まる一連の積を表す事ができます。より一般的に、自然数mから自然数nまでの自然数のそれぞれの積は2つの階乗を考えて割り算する事で表現できます。

自然数mから自然数nまでの積を階乗で表す式

2つの自然数mとn(0<m<n)があった時
mからnまでの自然数のそれぞれに対する積は次のように書けます。 $$m\cdot(m+1)\cdot(m+2)\cdots(n-2)\cdot(n-1)\cdot n=\frac{n!}{(m-1)!}$$ 積の記号を使って次のようにも書けます。
(k=1に対する因数はnで、k=nーm+1が因数mに対応。) $$\prod_{k=1}^{n-m+1}(n+1-k)=\frac{n!}{(m-1)!}$$ 右辺における式の分母のほうでm!ではなく(m-1)!と書いているのは自然数の数え方の都合上、そのようにする必要があります。
例えば「1から20」を何かで割って「8から20」までの積としたい時には「1から20」を「1から7」で割る必要があります。つまり「mから1を引いた自然数」に対する階乗を考えなくてはいけません。つまり(m-1)!で割る必要があるわけです。

数学の諸理論と応用における階乗の使われ方

では次に、階乗は「何に使われるのか」「どういった数式の考察で役に立つのか」を見て行きましょう。後半の内容は高校では覚える必要のない事項ですが高校等の人にも参考にはなるかと思います。

例1:順列と組み合わせ

いわゆる「場合の数」として並び方や選び方を表す順列組み合わせは、階乗を使って一般的な式を表して理解するのが便利です。

区別されるn個の「物」の並べ方が順列(パーミテーション)で、同じく区別されるn個の物からm個選び取る組の個数が組み合わせ(コンビネーション)です。これは、もう少し数学的に考えると何個かの要素数の集合があった時に順番を区別した場合や、何個かを抜き取って新しい集合を考える事を表します。

順列では例えば要素が4つあるなら次のように考えます。
4つの中から1つ選び、残り3つの中では3通り、
残り2つから2通りで4!=24通りの並べ方があるというわけです。
{A,A,A,A}という集合があった時に、順番も区別すると
{A,A,A,A}とか{A,A,A,A}とか様々なものがあって、全部では計算すると意外と多くて24通りもあるという事です。

このように順列は一般的に階乗を使って表されます。5!=120ですから、5つの要素を並び替えるなら120通りも方法がある事を意味します。

より一般的には、n個の要素からm個を取って並び替える事も順列に含めて考えて、と書きます。これは「n-m+1からnまでの自然数の積」に等しく、階乗を使って表現できます。(前述の「mからnまでの自然数の積」の考え方を使います。)例えば7個から2個選ぶなら7×6通りですが、階乗を使うなら5!で割ってP=7!/5!=7×6=42のようになるわけです。

全ての要素を並び替えるなら=n!通りです。

他方、組み合わせの場合には例えば4つの中から2つを選ぶ場合の数をCのように書き、これはn個からm個を取って並べたPの順番の区別をなくした場合の数に等しいのでP=m!で割ります。

順列と組み合わせを表す式

n≧m≧0のもとで、
順列と組み合わせは階乗を使って式で次のように表す事ができます。 $$順列\hspace{5pt}_n\mathrm{P}_m=\frac{n!}{(n-m)!}$$ $$特にn=mの時は\hspace{5pt}_n\mathrm{P}_n=n!$$ $$組み合わせ\hspace{5pt}_n\mathrm{C}_m=\frac{_n\mathrm{P}_m}{m!}=\frac{n!}{m!(n-m)!}$$ 順列のほうの式で分母については (nーm)!=(nーm+1-1)!です。
これはn=mの時に0!となりますが定義により0ではなく「1」として計算上扱えます。にn個の物を全て並び替える時はそもそもn!通りになると考えもよいのですが、
0!=1と定義されている事によって計算式にn=mを代入するという形でも整合性がとれるようになっています。
順列と組み合わせの双方について、形式上m=0の場合を考える事もできて値は1になります。

このような形で、階乗を計算に使う事ができます。これらを1つ1つn(n-1)(n-2)・・・と書いたり積の記号を使って書いたりすると非常に大変です。それを比較的簡潔に済ます表記方法として階乗の記号を使えるわけです。

例2:二項定理(二項展開)

上述の「組み合わせ」と直接関連して、二項定理(または二項展開)でも係数を階乗を使って表します。

二項定理とはnを自然数として(a+b)の形の式を直接に展開して各項の係数を「a と b の組み合わせの数」に着目して表すものです。

二項定理における「階乗」

nを自然数として、二項定理における各項の係数は組み合わせで表されます。 $$(a+b)^n=\sum_{k=0}^{n}\hspace{1pt}_n\mathrm{C}_ka^kb^{n-k}$$ $$=\hspace{1pt}_n\mathrm{C}_0a^n+\hspace{1pt}_n\mathrm{C}_1a^{n-1}b+\hspace{1pt}_n\mathrm{C}_2a^{n-2}b^2+\cdots+\hspace{1pt}_n\mathrm{C}_ka^kb^{n-k}+\cdots+\hspace{1pt}_n\mathrm{C}_nb^n$$ $$=a^n+na^{n-1}b+\frac{n(n-1)}{2!}a^{n-2}b^2+\cdots+\frac{n!}{k!(n-k)!}a^kb^{n-k}+\cdots+nab^{n-1}+b^n$$

この二項定理によれば例えば(a+b)や(a+b)などに関する「展開の公式」の暗記の必要は無くて、
(a+b)におけるabの係数などは=3と計算できます。
必要性は無いかもしれませんが(a+b)のように指数が大きい場合でも、例えばa3b4の係数は
C=7!/(3!4!)=7・6・5/(3・2・1)=35と計算できるわけです。

実は式としては二項定理の指数は自然数に限らず実数でもよく、
その事を指して一般二項定理と言います。一般二項定理において自然数でない実数で展開をすると組み合わせに似た形の項で係数を表せますが、計算を進めても係数が0にならずにずっと続く無限級数となるのが普通です。

例3:初等関数の高階微分

個数や方法の数などを数える時以外にも自然数や整数が計算式で扱われる事があります。その代表的なものの1つが微分です。例えば2次関数の2次の項がxであったとして、これを微分するとd/dx(x)=2xとなって明確に自然数が係数として結果に表れます。(参考:初等関数の微分公式

の形の式(単項式)や自然対数関数に関しては微分操作をm回行った時の一般的な式を階乗を使って書く事ができます。これは、xを微分するとnxn-1となる事に由来します。つまりその操作を続けるとn(n-1)(n-2)・・・という形ができるわけです。2回以上に渡って微分を行う操作を「高階微分」と言い、得られる導関数を高階導関数と言います。(具体的にm回の微分なら「m階」のように当てはめて使います。)

単項式と自然対数関数の高階微分

nとmを自然数としてn≧m>0とします。
微分をm回行って得られるn階導関数について次式が成立します。 $$\frac{d^m}{dx^m}x^n=(n-1)(n-2)\cdots(n-m+1)x^{n+m}=\frac{n!}{(n-m)!}x^{n+m}$$ $$\frac{d^m}{dx^m}\mathrm{ln}x=(-1)^{m-1}\frac{(m-1)!}{x^m}$$

いずれの式も基本的に微分を繰り返す事で規則的な係数が得られますが、数学的帰納法を使うとより明確に式を証明できます。

単項式の微分については指数が実数でも同じ形の導関数が得られます。そのため高階微分についても同じ形の項式が得られますが、xに対してrが自然数でなく(整数でもない)場合は階乗の記号は使わずに(d/dx)x=r(r-1)(r-2)・・・(r-m+1)xr-mという形に留める事が普通です。

他の初等関数の高階微分に関しては、三角関数については周期的に同じ形の導関数が現れ、
自然対数の底に対する指数関数 eでは何回微分しても同じ形の関数が得られます。
(eaxのような場合はn階導関数は aeaxです。)

例4:テイラー展開とマクローリン展開

何回でも微分可能などの諸条件を満たした関数について関数の形を問わず多項式による無限級数で表す方法があり、テイラー展開と言います。(どの座標の位置で微分を考えるかで形が変化し、原点で行うテイラー展開を特にマクローリン展開と言います。)

テイラー展開においては、関数の具体的な形によらずに係数に必ず階乗の形が含ます。導出・証明方法として部分積分を使う方法を考えると、その数学的根拠は比較的見やすくなります。部分積分では微分と積分が逆演算の関係にある事(微積分学の基本定理)を利用します。そして規則的に「階乗」の形になって各項の係数に現れる自然数も単項式の微分に由来するというわけです。

テイラー展開とマクローリン展開

考えている閉区間で関数f(x)に対して諸条件(※)が成り立つ時には f(x)を各点で無限級数展開できます。
x= a におけるテイラー展開は次式です。 $$f(x)=f(a)+f'(a)(x-a)+\frac{f^{(2)}(a)}{2!}(x-a)^2+\frac{f^{(3)}(a)}{3!}(x-a)^3+\cdots$$ $$+\frac{f^{(n)}(a)}{n!}(x-a)^n+\frac{f^{(n+1)}(a)}{(n+1)!}(x-a)^{n+1}+\cdots$$ $$(1階の微分による導関数をf'(x)と書きn階微分による導関数をf^{(n)}(x)と表記)$$ x=0における展開(マクローリン展開)は次のようになります。 $$f(x)=f(0)+f'(0)x+\frac{f^{(2)}(0)}{2!}x^2+\frac{f^{(3)}(0)}{3!}x^3+\cdots+\frac{f^{(n)}(0)}{n!}x^n+\cdots$$ ※閉区間内で微分が何回でも可能である、
テイラー公式における剰余項がn→∞で0に収束するなどの条件。
それら一部の条件が満たされていなくても、テイラー公式を作る事や漸近展開を行う事は可能である場合があります。

マクローリン展開のうち、三角関数や指数関数に対するものは形が規則的で考えやすいので特に重要で、他にもマクローリン展開は平方根の展開と近似に応用できる事もあります。

例5:統計力学での例とスターリングの公式

物理学での使用例としては、前述のマクローリン展開で特定の関数を多項式で近似する他に統計力学での使用があります。数式としての「階乗」がどのような形で使われるかを見るという点に絞って要点だけ述べるに留めますが、統計力学の中で分配関数という理論上重要となる関数の導出などで階乗についての取り扱いが必要になります。

考え方としてはマクロな状態の中に多くのミクロな状態が存在していて、ミクロな状態の数は
「N個の要素をM個の組に分ける場合の数」に等しいと仮定します。その分け方は場合の数の数学上の問題なのですが、W 通りであるとすると次式になります。

$$W=\frac{N!}{N_1!N_2!N_3!\cdots N_M!}$$

理論の流れとしてはこのWが最大になるような組み合わせを考えてマクロな状態量(熱力学的な)として扱えると考えていくのですが、そのために数式の扱いとしては上式の対数(底は e )を考えます。対数の基本的な性質により、積は和に、商は差に変換できます。

$$\mathrm{ln}W=\mathrm{ln}\frac{N!}{N_1!N_2!N_3!\cdots N_M!}=\mathrm{ln}(N!)-\mathrm{ln}(N_1!)-\mathrm{ln}(N_2!)-\mathrm{ln}(N_3!)-\cdots -\mathrm{ln}(N_M!)$$

ここで数式としてはさらに階乗の部分を和の形でそのまま分解する事も可能ではありますが、分配関数を導出するための理論ではむしろスターリングの公式というものを使って ln(N!) などの項の展開と近似を考えます。

スターリングの公式とは漸近展開の一種なのですが、ln(N!) に対してNが十分大きい自然数であれば連続的な自然対数関数 ln x の積分で近似できるというのが基本的な発想と考え方です。スターリングの近似式などとも言います。

簡単にだけ述べますが、まず次のようにします。

$$\mathrm{ln}(N!)=\mathrm{ln}1+\mathrm{ln}2+\mathrm{ln}3+\cdots+\mathrm{ln}N$$

これをグラフ上での長方形の面積の集まりと考える事で「Nが十分大きい時」という条件のもとで、
同じくグラフ上の「面積」でもある定積分との差を十小さくできると考えます。

ある程度小さい実数を a として、ln(N!) を次のように近似します。
(計算しやすいようにa =1/2などにする事が多い。)

$$\mathrm{ln}(N!)≒ \int_a^{a+n}\mathrm{ln}xdx$$

これを部分積分で計算し、いくつかの項を他の項と比べて著しく小さいので無視できるとしたものがスターリングの公式になります。

スターリングの公式(十分大きい自然数Nに対する近似式)

Nが十分大きい自然数である時、次式を近似式として使える場合があります。 $$\mathrm{ln}(N!)≒ N\mathrm{ln}N-N$$ 対数ではなくて指数で書いた場合は次式になります。 $$N!≒ N^Ne^{-N}=\frac{N^N}{e^N}$$ このスターリングの公式で実際にはどれくらいの誤差が出るのかという問題に関しては別の議論も必要ですが、参考までにNの値が数十~200程度であると誤差は4未満ほどになります。

統計力学の理論の流れの続きとしては、スターリングの公式で近似を行った後に主に未定乗数法という方法(物理学では時々使う方法)を使って分配関数を導出します。

スターリングの公式は少し異なった考え方のもとで別の形で書かれる事もあって、そちらを使うと近似が少し良くなる傾向があります。

スターリングの公式の別の形

次の形のものをスターリングの公式、スターリングの近似式と飛ぶ場合もあります。 $$n!≒\sqrt{2\pi n}N^Ne^{-N}=\frac{\sqrt{2\pi n}N^N}{e^N}$$ これは、実は次に述べる「ガンマ関数」の近似として導出する事が多い式です。

スターリングの公式の別バージョンの形をよく見ると
N!≒NNe-N の式にさらに乗じる項を付けて値を大きくしたものになっています。
しかし対数にすると実はその項はそれほど大きな変化をもたらすものではなく、誤差を縮める程度の補正になっています。

例6:ガンマ関数(特殊関数の1つ)での例

ガンマ関数とは「特殊関数」の1つで、初等関数に属さない関数です。

基本的には次のように積分での定義になります。
端点に不連続点があり極限値として定義される「広義積分」です。(積分自体も極限値として考えるものですが、定積分を行う時にさらに極限を考えるという事です。)

ガンマ関数(広義積分での定義)

次の形のx>0の範囲で定義される特殊関数をガンマ関数と言います。 $$\Gamma (x)=\int_0^{\infty}t^{x-1}e^{-t}dt=\int_0^1(\mathrm{ln}t)^{x-t}dt$$ 多くの場合は広義積分の形で書かれ、最右辺の形との関連はt→lntの変数変換になります。

また、ガンマ関数には次の定義も存在します。

ガンマ関数の別定義

x>0の範囲でガンマ関数は次の形でも定義されます。 $$\Gamma (x)=\lim_{r\to\infty}\frac{r!r^x}{x(1+x)(2+x)(3+x)\cdots(r+x)}$$ (2つの定義が同等である事は自明ではなく、証明するのは結構面倒です。)

ガンマ関数には少し変わった性質があって、例えば変数として自然数を代入すると結果は自然数で、しかも階乗の形で規則的に表されます。

$$x=n\in\mathbb{N}の時、\Gamma (n)=(n-1)!$$

また、Γ(x+1)=xΓ(x)という関係も実は成立しています。
(この関係式は部分積分の公式によって導出できます。)
他にも、別の特殊関数のゼータ関数との関係など、様々な性質を有しています。実関数としてだけでなく、複素関数として考える事もあります(その場合には実部はプラスの数とします)。

前述のスターリングの公式の別バージョンとの関係ではまずt-xlntという関数を考えて「最小値(微分で導出)におけるテイラー展開」を計算します。そこで3次以降の項を小さいものとして無視し、ガンマ関数の積分の中身に当てはめてから積分を普通に計算するとΓ(x+1)の形でスターリングの公式の別版(変数はx)が得られます。

さらに、変数が自然数である場合にはΓ(n)=(n-1)!である事とΓ(x+1)=xΓ(x)の関係を合わせてΓ(n+1)=nΓ(n)=n・(n-1)!=n!という事でスターリングの公式の別バージョンの式になるという流れです。

こうして見ると階乗の意味と計算の仕方を知っておく事で、理論物理学から純粋数学まで、考察できる事の幅が広がる事が分かるのではないかと思います。

数学的帰納法とは?証明が簡単になる場合

数学的帰納法(「すうがくてききのうほう」)は数学の命題や定理の証明を行う手段の1つで、整数や数列的な内容が含まれる命題や定理を証明する時に使える場合があります。

「帰納」とはどのような意味?

数学的「帰納」法と言いますが、
実は帰納という言葉自体は元々数学用語ではなくもっと一般的な語です。

「帰納」は「演繹(演繹)」と対になる語です。

  • 帰納:個々の具体的事実から一般的・普遍的な法則や命題を導く事
  • 演繹:一般的・普遍的な法則等から、より具体的な結論を導く事

ですので、例えばA=nであるという事からA=1,A=4,A=9といった計算をする事は一般的に言うなら「演繹」に該当します。(ただし数学や理学系の学問ではその言葉は基本的に使用しません。)

では逆に、A=1,A=4,A=9,A4=16であれば「自然数nに対してA=n」と言えるでしょうか?

数学ではそのように「予想」するところまではOKで、
「証明」として断定する事はNGになります。

1,4,9,16という数が続いていたら「次は25かな」という事は「予想」できるわけで、これは具体例からnという一般的な式を予想している事に他なりません。
実際、「nが自然数でn≦4の範囲」ではその予想は実際に正しいので「証明」にもなります。

しかし、nの範囲が1以上の全ての自然数であるなら、もしn=1からn=4まで「A=n」が正しくても、n=5以降においてはそれが正しい事は無条件には保証されないと数学では考えます。

例えば数学では極端な話「n≦4の時はA=nでn≧5の時はA=n」などという数列を考えても構わないのです。つまり何の条件もなくて1,4,9,16という数が続いているだけなら
「n=1からn=4まではA=nとなり、n≧5以降はそれが成立しない数列」は無限に多く考える事ができます。

そこで「数学的帰納法」ではそういった「予想」をもう少し発展させた考え方をして、命題について任意の自然数nに対して確かに成立する事を「証明」する方法と手順を明確にしています。

数学的帰納法による証明の手順

自然数を含む命題において、n=1,2,3・・・の全ての番号において命題が成立する事、つまり任意の自然数において命題が成立する事を数学的帰納法で証明する場合には次の事を行います。

数学的帰納法で証明を行う時の手順

数学的帰納法で命題の証明を行う時には次の事を行います。

  1. n=1において命題が成立する事を具体的な計算などで示す。
  2. n=kの時に命題が成立すると仮定して、
    n=k+1の時も同様に命題が成立する事を示す。
  3. そこまでできたら「任意の自然数に対して命題が成立する事が証明された」と言ってよい。

数列の番号に0が含まれる場合や自然数ではなく整数である場合も考え方は同じです。初項の番号が0であればまずその場合を示してから上記の2番目の手順「n=kの時・・」に移ります。番号が0以下に減少していく場合は、「n=kの時命題が成立すると仮定して、n=k-1の時も正しい事を示す」という形になります。

「n=kの時に命題が成立すると仮定してn=k+1の時も成立する事を示す」というのは一体何をする作業なのかというと、「n=1の時に成立 ⇒ n=2の時も成立 ⇒ n=3の時も成立 ⇒n=4のときも・・・」という連鎖的な論理式をまとめて作る事に該当します。【⇒ は数学的な記号で「ならば」と読みます。参考:十分条件と必要条件

文章表現としては「n=kの時に命題が正しいと仮定すると」「n=kの時に命題が真であると仮定すると」「n=kの時に・・である(命題の内容)と仮定すると」など、その一般的な番号で命題が正しい事を仮定するという意味が分かれば何でも構いません。

もう少し詳しく見ると任意の自然数kに対して「n=kで命題が成立する⇒n=k+1で命題が成立する」という「命題」を示して、もう1つ「n=1で命題が成立する」という事も示す事でn=1で命題が成立する⇒n=2で命題が成立する⇒n=3で命題が成立する⇒・・・つまり「任意の自然数nにおいて命題が成立する」と言えて証明が完結する事になるわけです。

数学的帰納法を使ったほうがよい場合とは?

数学的帰納法は便利な証明方法ですが、数列的な式が含まれる命題なら何にでも使えばよいというわけではありません。例えば次の命題は数学的帰納法を使わずに直接証明をする事ができます。(これは自然対数の底 e の存在を証明する時に使う命題です。)

$$A_n=\left(1+\frac{1}{n}\right)^nとする時、任意の自然数nに対してA_n<3であり数列\{A_n\}は単調増加数列$$

この式の単調増加性を調べる時には数列の番号がn+1の時の場合を考えますが、それは数学的帰納法における「n=kで正しいとしてn=k+1でも正しい事を示す」事とは異なるのです。
この命題の単調増加性をもし数学的帰納法で証明するならA-A1>0を示してから
「Ak+1-A>0を仮定した時にAk+2-Ak+1>0となる事を示す」というようになります。(それをしなくても実際はAn+1-Aを直接計算すればAn+1-A>0を示せます。)

では、数学的帰納法を使用したほうが明らかによいと言える命題はどのようなタイプのものなのでしょうか。それは一概に方法論としては決められるものではないのですが、例えば次のような命題は数学的帰納法を使用したほうが良いと言えます。

$$f(x)=\mathrm{ln}xにおいて任意の自然数nに対して\frac{d^nf}{dx^n}=(-1)^{n-1}\frac{(n-1)!}{x^n}$$

つまり「n階導関数」(微分をn回行った時の関数)が提示されている式である事を示すという命題です。lnxは自然対数関数であり、 log e x の事です。
また、式中の「!」記号は「階乗」の意味で、数を1ずつ減らして1になるまで掛け算し続ける操作を指します。例えば5!=5×4×3×2×1=120です。

このような命題の場合、具体的な微分を仮に頑張って数十回手計算で行ったとしても提示された式の形になると「予想」しかできません。考えている自然数nが微分という操作を行う「回数」であるために一般性を直接的に持たせにくいわけです。

そこで数学的帰納法を使うとこの手の命題は証明がしやすくなります。

まずn=1の時はd/dx(ln)=1/xであり、これ自体が自明な式ではなく証明が必要ですがそれはできているものとします。(微分の公式・対数関数の微分

提示されている式に対してn=1を代入してみて正しい事を確認します。

$$n=1の時、(-1)^{n-1}\frac{(n-1)!}{x^n}=\frac{1}{x}なので正しい。(0!=1という定義)$$

次に、n=kの時に正しいと仮定します。そのもとでn=k+1の時にも正しい事をどのように言えばよいのでしょうか。ここでの場合はnは微分を行う回数です。つまり、n=kの時の導関数を「もう1回微分」すればよいのです。

$$n=kの時命題が成立すると仮定すると\frac{d^kf}{dx^k}=(-1)^{k-1}\frac{(k-1)!}{x^k}$$

$$両辺をxで微分すると\frac{d}{dx}\left(\frac{d^kf}{dx^k}\right)=(-k)\cdot(-1)^{k-1}\frac{(k-1)!}{x^{k+1}}=(-1)^k\frac{k!}{x^{k+1}}$$

$$同時に\frac{d}{dx}\left(\frac{d^kf}{dx^k}\right)=\frac{d^{k+1}f}{dx^{k+1}}であるから、$$

$$\frac{d^{k+1}f}{dx^{k+1}}=(-1)^k\frac{k!}{x^{k+1}}=(-1)^{(k+1)-1}\frac{(k+1-1)!}{x^{k+1}}$$

よって、n=k+1の時も命題は成立しているので、任意の自然数nに対して命題は成立します。証明終わり、とするわけです。

本質的には前述のように「n=1の時に命題が成立」⇒「n=2の時に命題が成立」⇒「n=3の時に命題が成立」⇒・・という連鎖的な論理式が任意の自然数について成立する事が数学的に保証される事を証明したという事です。

この「自然対数関数の高階微分の公式」の証明の計算の説明をすると、簡単に言うと
最初の微分で1/xという形の導関数が得られるので、
それ以降は 1回微分するごとに
「1/x(=x-n)」の微分に由来する係数である次の2つ
①マイナス1と
②指数(nの部分)に等しい自然数
が掛け算され、それが1回ごとに増えて行くという事です。
同じような命題で、話が簡単であればそういった「1回の操作ごとに付け加わる結果」を繰り返す事で結論を得るという事を証明の代わりにする事は可能です。
しかしそれを「具体的に式で表してより明確にする方法」として数学的帰納法があるわけです。
「1回微分するごとに」という部分は
「n=kとした時に実際に微分してみる」
という形で式としてより明確にできます。
係数が乗じられて項として付け加わっていくという事も、数学的帰納法の中でn=kの時に実際に微分してみる事で式で表せて、その次の番号のn=k+1の時も確かに命題が成立するという事を確実に表現できるという利点があるわけです。

静磁場のベクトルポテンシャル

静磁場では電場の場合のようにスカラーポテンシャルに相当する量を考えても統一的な物理的意味を与える事が難しくなります。(特に静磁場が電流により作られる場合。)

しかしその代わりに静磁場は発散が0になります(磁場に関するガウスの法則)。
そのため、任意の「ベクトル場の回転」の発散は0になるという公式と合わせて「回転が静磁場になるようなベクトル場」を考える事ができます。一般にそれをベクトルポテンシャルと呼びます。これはスカラーポテンシャルに対する用語というわけです。

■サイト内関連記事:

磁場に関するベクトルポテンシャルは計算を便利にするという意味合いもありますが、量子論などのように物理量としてポテンシャルのほうが重要になる場合などには本質的な重要性も持つようになったりします。

ベクトルポテンシャルとスカラーポテンシャルの関係

静磁場に対するベクトルポテンシャルを作れる数式的根拠

静電場の場合は、電位という「スカラーポテンシャル」を考えて「+1[C]の電気量の試験電荷の位置エネルギー」として物理的な意味付けもする事ができます。

それに対して静磁場の場合はポテンシャルを考える場合には普通、次のように考えます。

磁場に関するガウスの法則の微分形と、「任意のベクトル場の回転に対する発散は0になる」という公式をそれぞれ書きますと次のようになります。

$$(磁場に関するガウスの法則)\mathrm{div}\overrightarrow{B}=0$$

$$(公式)\mathrm{div}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{A}\right)=0$$

これらの式を見比べて、「回転が静磁場に等しくなるようなベクトル場」を考えます。それをベクトルポテンシャルと呼びます。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}となるような「ベクトルポテンシャル」\overrightarrow{A}を考えます。$$

「回転の発散はゼロになる」公式の証明

上記で使った公式の証明はベクトル場\(\overrightarrow{F}=(F_1,F_2,F_3)\) の回転と発散を直接計算すると得られます。ただし、F1, F2, F3 は対象の領域でそれぞれ2階まで偏微分可能であるとします(偏微分の順序を入れ換えてよい条件。通常の関数であればあまり気にしなくて問題無し)。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{F}=\left(\frac{\partial F_3}{\partial y}-\frac{\partial F_2}{\partial z},\frac{\partial F_1}{\partial z}-\frac{\partial F_3}{\partial x},\frac{\partial F_2}{\partial x}-\frac{\partial F_1}{\partial y}\right) なので$$

$$\mathrm{div}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\right)=\frac{\partial^2 F_3}{\partial x\partial y}-\frac{\partial^2 F_2}{\partial x\partial z}+\frac{\partial^2 F_1}{\partial y \partial z}-\frac{\partial^2 F_3}{\partial y\partial x}+\frac{\partial^2 F_2}{\partial z\partial x}-\frac{\partial^2 F_1}{\partial z\partial y}=0$$

静磁場に対するベクトルポテンシャルを考える場合は、偏微分を行う対象はベクトルポテンシャルのほうなので多価関数などの通常と異なる関数などを考えない限りは問題なくこの公式も成立します。

ベクトルポテンシャルの任意性(ゲージ不変性)

ところで、上記のように想定したベクトルポテンシャルは1つだけに定まるとは限らず、むしろ何の制限もなければ非常に多くのものが存在できるのです。

例えば次のようなものです。
あるベクトル \(\overrightarrow{A}\)が静磁場のベクトルポテンシャルになる事が分かったとしましょう。次に、そのベクトル場に渦無しの条件を満たす(つまり回転が0となる)別のベクトル場\(\overrightarrow{P}\)を加えます。すると、両者の合計\(\overrightarrow{A}+\overrightarrow{P}\)もまた「回転が静磁場を表す」ベクトル場となります。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}かつ\mathrm{rot}\overrightarrow{P}=0である時$$

$$\mathrm{rot}(\overrightarrow{A}+\overrightarrow{P})=\mathrm{rot}\overrightarrow{A}+\mathrm{rot}\overrightarrow{P}=\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}$$

すなわち、\(\overrightarrow{A}\) はベクトルポテンシャルであるけれども
\(\overrightarrow{A}+\overrightarrow{P}\)もまたベクトルポテンシャルであると言えるわけです。

「回転が0になる」ベクトル場の具体例は意外と簡単に見つける事ができます。普通の3変数関数を使う限りスカラー場に対しては公式 rot(gradφ)=0が成立するためです。(証明は成分ごとの直接計算により可能で、偏微分の順序入れ換えを使用。)「渦無し」の条件を満たすベクトル場としてはスカラー場の勾配と考えたほうが見通しがよくなる場合があります。

このようにベクトルポテンシャルを考えた時には複数の多くのベクトル場がそれに該当し得るわけで、言い換えると無条件では1つに限定できないという事も意味します。

上記の例のようにベクトルポテンシャルに対し1つのベクトル場を付け加える「自由度」がある時(回転=0となるものを加える場合は実質的に1つのスカラー場)、その事を指して「ゲージ不変性」と呼ぶ事があります。また、一定の条件のもとでゲージ不変性を利用してベクトルポテンシャルの変換を行う事をゲージ変換と呼びます。

$$「ゲージ変換」の1つ:\mathrm{rot}\overrightarrow{A}→\overrightarrow{A}+\mathrm{grad}\phi$$

$$(変換前と変換後とで、どちらも回転をとる操作で同じ静磁場を表します。)$$

関連して、ベクトルポテンシャルそのものに対して\(\overrightarrow{B}=\mathrm{rot}\overrightarrow{A}\) 以外に課す具体的な条件をゲージ条件と呼ぶ事があります(後述の「放射ゲージ条件」のように名前を付けて使う事が多い)。普通は、ゲージ条件を課す事によってゲージ変換の自由度が制限され、ベクトルポテンシャルも特定の形に制限されるようになります。

放射ゲージ条件(発散が0の条件)

様々なベクトル場がポテンシャルとしてあり得てしまうと理論的にかえって扱いにくくなる事もあるので、静磁場の理論においては「発散が0である」というゲージ条件を課します。
この条件を放射ゲージ条件、あるいはクーロンゲージ条件などと言います。
(「クーロンゲージの条件」のように言う事も。)

放射ゲージ条件(クーロンゲージ条件)

ベクトルポテンシャルに対して課す「発散が0である」という条件を
「放射ゲージ条件」または「クーロンゲージ条件」と言います。$$放射ゲージ条件:\mathrm{div}\overrightarrow{A}=0$$普通、静磁場のベクトルポテンシャルを考える場合にはこの放射ゲージ条件を付けて考えます。

放射ゲージ条件を考える場合もそうですが、基本的にはそれ以外の場合でもベクトルポテンシャルに対しては「回転が0」という条件は付けません。「ベクトルポテンシャルの回転が静磁場に等しい」という条件をまず大前提として考えていますから、ベクトルポテンシャルの回転が0であったらそれは「磁場が無い(ゼロベクトルである)」事を表すものでしかないためです。

$$静磁場においては\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}の条件も、そもそも存在します。$$

静磁場に対しては発散が常に0(静磁場に関するガウスの法則)であるわけですが、放射ゲージ条件は静磁場と同じ条件をベクトルポテンシャルに対しても考えていると見る事もできます。尚、大元の静磁場の発散が0になるという条件(物理的には「湧き出しを持たない事」)は数学上は実は重要で、ベクトルポテンシャルがベクトルとして存在できる事を保証する条件になっています。

放射ゲージ条件のもとでのベクトルポテンシャルの式

放射ゲージ条件を課した状態でベクトルポテンシャルに関する式を作ると、各法則による条件等から解を出せる微分方程式を作る事ができ、その解としてベクトルポテンシャルを具体的な式で表せます。(ただしそれでも式に積分が入ってしまいます。)

電流の周囲に同心円ごとに一定の静磁場ができる事を表すアンペールの法則を考えます。これは微分形で書くと磁場の回転が電流密度ベクトルに等しいという式になります。マクスウェル方程式全体を考える時には変位電場を考える必要がありますがそれは0であるものを考えます。

$$アンペールの法則(微分形):\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$

電流密度ベクトルとは、定量的には「単位面積当たり」の電流を
向きも含めて考えたベクトルです。【大きさで言うとj=I/S[A/m]】
普通、電気回路などでは電流の向きは電線に沿った1方向とその逆だけをプラスマイナスで表現すればよいのですが、電磁場も含めて電流を扱う場合にはまずは一般の3次元ベクトルとします。

アンペールの法則の式に、静磁場をベクトルポテンシャルで表した式を代入します。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}に\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}を代入すると$$

$$\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{A}\right)=\mu_0\overrightarrow{j}$$

ところで、この場合においてはナブラを使って式を書いたほうが左辺を展開するうえで見通しがよくなります。「『ベクトル場の回転』の回転」に対する公式は存在するのですが、実は外積ベクトルの計算「『ベクトル同士の外積』との別のベクトルとの外積」に対する公式と形が一致するのです。
(ただし計算の順番に注意。\(\overrightarrow{P}\times\left(\overrightarrow{Q}\times\overrightarrow{R}\right)\) の順番での場合の公式に対応します。)

外積ベクトル(ベクトル積、クロス積)とベクトル場の回転の対応

ベクトル場の回転に対して、次の公式が成立します。 $$\nabla\times(\nabla\times\overrightarrow{A})=\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{A}\right)-\nabla^2\overrightarrow{A}$$ $$\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{A}\right)=\mathrm{grad}(\mathrm{div}\overrightarrow{A})\hspace{20pt}\nabla^2\overrightarrow{A}= \frac{\partial^2\overrightarrow{A}}{\partial x^2}+ \frac{\partial^2\overrightarrow{A}}{\partial y^2}+ \frac{\partial^2\overrightarrow{A}}{\partial z^2} $$ 対応する外積ベクトルの公式は次のようになります。 $$\overrightarrow{P}\times\left(\overrightarrow{Q}\times\overrightarrow{R}\right)=\overrightarrow{Q}\left(\overrightarrow{P}\cdot\overrightarrow{R}\right)-\left(\overrightarrow{P}\cdot\overrightarrow{Q}\right)\overrightarrow{R}$$ $$\overrightarrow{P}=\overrightarrow{Q}の時には\overrightarrow{P}\times\left(\overrightarrow{P}\times\overrightarrow{R}\right)=\overrightarrow{P}\left(\overrightarrow{P}\cdot\overrightarrow{R}\right)-\left|\overrightarrow{P}\right|^2\overrightarrow{R}$$

※「ベクトルであるという状態を保ちながら」各成分に対して
「2階の偏微分を3変数で行い和をとる」操作を表す記号は慣例としては∇しかなく、無理に grad, div 等で表す事も不可能ではないですがかえって式が複雑になります。
ただし、もし計算対象がスカラー場であれば∇φ= div(gradφ) として書けます。ベクトル場についても、成分ごとに見るなら例えば∇A= div(grad A1)のように書けるのです。

そこでナブラ記号を使って計算を進めると次のようになります。

$$\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{A}\right)=\nabla\times(\nabla\times\overrightarrow{A})=\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{A}\right)-\nabla^2\overrightarrow{A}=-\nabla^2\overrightarrow{A}$$

$$\left( 放射ゲージ条件\nabla\cdot\overrightarrow{A}=0により\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{A}\right)=0\right)$$

$$よって、-\nabla^2\overrightarrow{A}=\mu_0\overrightarrow{j}\Leftrightarrow\nabla^2\overrightarrow{A}=-\mu_0\overrightarrow{j}$$

この式は成分ごとに見れば3つの偏微分方程式です。
これを数学的に解析する手段はありますが、物理学的に考える時はむしろ次のように解釈します。

今は静磁場について考えていますが、静電場のスカラーポテンシャル(電位)についても実は同じ形の式が成立するのです。具体的には、電場が電位の勾配を使って表される式をガウスの法則の微分形に代入します。

$$\overrightarrow{E}=-\mathrm{grad}\phi\hspace{5pt}かつ\hspace{5pt}\mathrm{div}\overrightarrow{E}=\frac{\rho}{\epsilon_0}\hspace{5pt}により、$$

$$-\mathrm{div}(\mathrm{grad}\phi)=\frac{\rho}{\epsilon_0}\Leftrightarrow\nabla^2\phi=-\frac{\rho}{\epsilon_0}$$

$$\left(\mathrm{div}(\mathrm{grad}\phi)=\mathrm{div}\left(\frac{\partial\phi}{\partial x},\frac{\partial\phi}{\partial y},\frac{\partial\phi}{\partial z}\right)=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+
\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+
\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}=\nabla^2\phi\right)$$

ところで無限遠(電荷から十分離れた位置)を基準にすれば電位φは点電荷に対して普通に計算ができて次のようになります。

$$\phi=\int_0^{\infty}\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{r}=\int_0^{\infty}\left|\overrightarrow{E}\right|dr=\frac{kQ}{r}$$

接線線積分の段階で見れば、点電荷が複数あってそれらが作る電場の合計\(\overrightarrow{E_1}+\overrightarrow{E_2}+\overrightarrow{E_3}+\cdots\) を考えたとしても項別の積分を行って加えれば良い事が分かります。つまり複数の点電荷による電位は個々の点電荷による電位の「重ね合わせ」(スカラーの和)で計算して良い事になります。そこで、電荷が連続的に分布しているとみなせて電荷密度ρで表せるとすると次のように積分を使って書けます。

$$\phi=k\int_V\frac{\rho}{R}dv$$

この積分において R は「電位を考える点(x,y,z)」と個々の微小領域dv(=dXdYdZ)の座標との距離です。

さて、そのように電位が表せるわけですが、
この直接計算によるφは同時に先ほどの微分方程式∇φ=-ρ/εを満たすわけです。
言い換えると「微分方程式の解になっている」という事になります。そして静磁場のベクトルポテンシャルに関しても成分ごとに見れば∇A=-jμという形であるわけですから、定数の違いを除くと「同じ形の微分方程式」であり、解も「電位を電荷密度で表す式と同じ形になる」と見るのです。
(これらのような∇u(x,y,z)=-v(x,y,z) の型の微分方程式を総称して「ポアソン型の微分方程式」とか「ポアソン方程式」などと呼ぶ事もあります。)

$$ベクトルポテンシャルの成分ごとにA_1=K\int_V\frac{j_1}{R}dvの形になるはずであり、$$

$$ベクトルでは\overrightarrow{A}=K\int_V\frac{\overrightarrow{j}}{R}dv$$

これが放射ゲージ条件のもとでの静磁場のベクトルポテンシャルを表す式になります。より具体的な関数形は、電流密度の関数形と分布領域によって変わってきます。
(数式だけでポアソン型の微分方程式を解く場合には、ガウスの発散定理から証明できる「(実関数についての)グリーンの定理」を使用します。)

上式では比例定数はkおよびKなどと書きましたが、真空の誘電率と透磁率を使って改めて書いて整理すると次のようになります。

静磁場のベクトルポテンシャルと静電場のスカラーポテンシャル

静電場がスカラーポテンシャル(電位)を持つのに対して、
静磁場はベクトルポテンシャルを持ち、それぞれの式は次のように書けます。 $$静電場のスカラーポテンシャル:\phi=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_V\frac{\rho}{R}dv$$ $$静磁場のベクトルポテンシャル:\overrightarrow{A}=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j}}{R}dv$$ εは真空の誘電率、μは真空の誘磁率です。 ρは電荷密度、\(\overrightarrow{j}\)は電流密度ベクトルでいずれも「分布」の意味での位置の関数(x,y,zの3変数関数)です。
Rはポテンシャル(スカラー・ベクトルともに)を考える位置と
微小領域dv(dxdydzと考えても同じ)を代表する位置との距離で、より数式的にそれを明示するならそれぞれの位置を\(\overrightarrow{r}\)および\(\overrightarrow{R}\) として\(R=\left|\overrightarrow{r}-\overrightarrow{R}\right|\) のように書きます。それぞれの位置を表す座標は、式に積分が含まれている事に由来して上式では互いに独立した3変数の組として扱うので注意。例えば(x,y,z)と(X,Y,Z)のように何らかの表記で区別します。(その場合 dv =dXdYdZ として計算し、積分の結果は x, y, z の関数になります。)

静電場の渦無しの法則

静止した電荷あるいは電荷の分布が作る静電場(時間による値の変動がない電場)についてはクーロンの法則と、その一般的な形であるガウスの法則が成立します。そしてもう一つ、「渦無しの法則」というものも成立します。

渦無しの法則とは

ここで言う電場の「渦」というのは数式としては流体力学等で想定されるものと同じ形の式です。すなわち、数式的にはベクトル場の「回転」(「カール」「ローテーション」とも)によって表す量です。

静電場を構成するものが静電荷あるいはその分布であるときには、電場が定義される任意の位置において電場の回転\(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\)はゼロベクトルになる事が数式的に証明できます。それが静電場の渦無しの法則と呼ばれるものです。

また、それと同時に循環と呼ばれる量も0になる事が示されて、それを静電場の渦無しの法則と呼ぶ事もあります。この循環という量は、数式的にはベクトル場の閉曲線に対する接線線積分です。2つの事実関係はストークスの定理によって結び付けられるので、どちらの事を渦無しの法則と呼んでも同じ事になります。

静電場の渦無しの法則

静止した電荷(またはその分布)がある時、
それによる電場が定義できる任意の位置で次式が成立します。 $$\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=0$$ ナブラ記号を使って書けば次のようになります。 $$\nabla×\overrightarrow{E}=0$$

また、同じく静止した電荷が作る電場の循環(circulation)について
電場が定義される範囲で任意の閉曲線Cに対して次式が成立します。$$\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=0$$

実は電場の循環は、閉曲線Cに沿って単位電荷が1周分する時の「電場が行った仕事」です。渦無しの法則は、静電荷が作る静電場においてはそれが任意の閉曲線で0になる事を言っています。その事は電磁誘導によって回路等に起電力と誘導電場が生じる時には渦無しの法則が成立しない事との関係が大いにあります。

また、後述する事に関係しますが定電流によって作られる静磁場の場合には回転も循環も0にはなりません。つまり点電荷による静電場では渦無しの法則が成立し、逆に定電流による静磁場では渦無しの法則は成立せず「渦」がある状態になります。

渦無しの法則における回転と循環の関係

渦無しの法則における回転と循環の関係について先に示しておきましょう。
ストークスの定理により次式が成立します。

$$\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}$$

ここで、まず回転に関して渦無しの法則が成立するならストークスの定理の右辺(法線面積分の項)は0ですから、左辺の循環もそのまま0になるわけです。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=0であるとき\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=0$$

次に循環に関して渦無しの法則が成立する時にはストークスの定理の右辺が0という事になりますが、これは法線面積分が0という事であって積分対象の\(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\)が0という事を直ちには示しません。しかし、渦無しの法則が意味するところは閉曲線Cが特定のものではなく「任意」であるという事なので、積分対象の関数が高等的に0である事を意味します。

$$\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=0の時には\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=0$$

$$この式は「任意の」閉曲線Cで成立するので\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=0$$

(ストークスの定理における曲面Sは、閉曲線Cを外縁に持つ任意の開曲線。)

この論法はガウスの発散定理を使って静磁場の発散について積分形から微分形を導出する時のやり方に似ています。

これにより、点電荷が作る静電場の回転が0である事と、循環が0である事のどちらを指して渦無しの法則と呼んでも数式的には同じであると言えるわけです。

静電場の回転の直接計算による導出

静止した点電荷が作る電場について渦無しの法則が成立すれば電荷が複数あってもベクトル場は重ね合わせ(ベクトルの和)で計算されるので同じく渦無しの法則が成立する事になります。

考え方や導出・証明方法はたくさんあるのですが、実は電場の回転を定義に従って普通に計算しても意外に簡単に結果が出ます。そこで、まず偏微分の直接計算によって回転が0になる事を示し、次にそれが「偶然なのか必然だったのか」について考察してみましょう。

点電荷の電気量をQ【C】、比例定数はまとめてkとして、座標を使った電場ベクトルを成分で書きます。見やすくするようにkで割ったものを考えると次のようになります。

$$\frac{1}{k}\overrightarrow{E}=\left(\frac{x}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{3}{2}}},\frac{y}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{3}{2}}},\frac{z}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{3}{2}}}\right)$$

他方、電場の回転\(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\)は次のようなベクトルです。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=\left( \frac{\partial E_3}{\partial y}-\frac{\partial E_2}{\partial z} ,\hspace{5pt} \frac{\partial E_1}{\partial z}-\frac{\partial E_3}{\partial x} ,\hspace{5pt} \frac{\partial E_2}{\partial x}-\frac{\partial E_1}{\partial y} \right)$$

一見計算するにならないかもしれませんが、商の微分公式と合成関数の微分公式を使って回転の第3成分を計算してみると次のようになります。上記と同じく比例定数kで割った状態で計算します。

$$\frac{1}{k}\mathrm{rot}\overrightarrow{E}の第3成分\frac{\partial E_2}{\partial x}-\frac{\partial E_1}{\partial y}$$

$$=\frac{-2x\cdot\frac{3}{2}\cdot(x^2+y^2+z^2)^{\frac{1}{2} } y}{(x^2+y^2+z^2)^3}+\frac{2y\cdot\frac{3}{2}\cdot(x^2+y^2+z^2)^{\frac{1}{2} } x}{(x^2+y^2+z^2)^3}$$

$$=\frac{-3xy}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{5}{2}}}+\frac{3xy}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{5}{2}}}=0$$

このように、意外にそこまで複雑というわけでもなく第3成分は0になると言う結果を得ます。
全く同じように計算すると第1成分と第2成分も0になるので、渦無しの法則の式 \(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=0\) が導出されます。

勾配と回転の関係からの導出

さて「計算したら上手い具合に0になった」というのは偶然でしょうか?

実の所、「ある程度は必然の結果であった」と言えるのです。これは、スカラー場の勾配ベクトルに対する回転は必ず0(ゼロベクトル)になるという公式が存在するためです。

公式:条件を満たした「スカラー場の勾配」の回転は0になる

勾配が定義できるスカラー場について、
3変数のそれぞれで2階までの連続な偏導関数が存在する時には次式が成立します。$$\mathrm{rot}(\mathrm{grad}\phi)=0$$

この公式の証明は直接計算でできます。これも、意外と複雑ではないのです。

$$\mathrm{grad}\phi=\left(\frac{\partial \phi}{\partial x},\frac{\partial \phi}{\partial y},\frac{\partial \phi}{\partial z}\right)なので$$

$$\mathrm{rot}(\mathrm{grad}\phi)= \left( \frac{\partial^2 \phi}{\partial y\partial z}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial z\partial y} , \frac{\partial^2 \phi}{\partial z\partial x}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial x\partial z} , \frac{\partial^2 \phi}{\partial x\partial y}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial y\partial x} \right)$$

$$= \left( \frac{\partial^2 \phi}{\partial y\partial z}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial y\partial z} , \frac{\partial^2 \phi}{\partial z\partial x}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial z\partial x} , \frac{\partial^2 \phi}{\partial x\partial y}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial x\partial y} \right)=(0,0,0)$$

つまり、回転ベクトルの成分の構成が規則的である事と、偏微分を複数回行う時には順序によらず同じ結果となるという条件のもとで公式が成立するわけです。

偏微分の順序については「なめらかな関数」に対しては普通はあまり気にしないでよいのですが、特定の点や領域で微分可能性が怪しくなる場合には注意が必要な事があります。
複数の変数での偏微分において順序によらず同じ偏導関数が得られる保証があるのは
「偏微分を行う階数Nに対していずれの変数でもN階以下の連続な偏導関数が全て存在する事」になります。
このNは、例えばxとyで1回ずつ偏微分する場合には「2回」と数えます。

さて、公式 rot(gradφ)=0の意味を考えてみると、
あるベクトル場が「何らかのスカラー場の勾配ベクトルになっていて偏微分に関する条件も満たす」のであれば回転ベクトルは0になるという事になります。さらに言い換えると、そのようなスカラー場が存在するならば\(\mathrm{rot}\overrightarrow{F}=0\) が成立すると言えるのです。

静電場の渦無しの法則に戻ると、点電荷が作る電場に対してはそのようなスカラー場が存在する事ができて、それがいわゆる「電位」です。静電場においては電位は「単位電気量(1[C])の電荷の位置エネルギー」であるという意味付けができます。(2地点の電位の差である「電位差」がいわゆる「電圧」です。)

静電場から電位を計算する時には接線線積分を考えますが、無限遠を基準にとれば点電荷からの距離を変数とする変数の定積分として計算ができます。その結果として得られるスカラー場の勾配ベクトルを考えると、それはもとの静電場に戻るのです。ですので、実は成分の直接計算をしなくても、点電荷が作る静電場には電位が存在する事から渦無しの法則も成立すると言う事もできるのです。

$$\mathrm{grad}V=\overrightarrow{E}となる電位Vが存在し、これは所定の条件を満たすので\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=0$$

また、静止した点電荷に対する電位を具体的に計算すると点電荷からの距離r【m】に反比例する形になりますので、その関数は点電荷自身の位置を除けば任意の点で何回でも偏微分可能ですから先ほど少し触れた「偏微分の順序」についても気にしなくてよい事になります。

電磁場で「渦」がある場合

逆に渦無しの法則が成立しない状況は電磁場においてどのようなものがあるかというと、ここでは簡単にだけまとめておくと代表的なものとして次のようなものがあります。

  • 磁場の時間変動がある場合のおける電場(電磁誘導の法則により起電力が発生します。)
  • 定常電流および変位電流が作る静磁場(アンペールの法則によります。特に電流が生じている導線を囲む閉曲線に対して。)

まず磁場の時間変動がある場合には電場にの回転はゼロではなくなります。これが電磁誘導の法則の内容であり、起電力が生じる事を意味しています。

次に、定電流が作る静磁場についても電流が生じている導線まわりの閉曲線においてはアンペールの法則により接線線積分の値はゼロにならず、渦ができていると考えられます。(ただし、この時の回転ベクトルと接線線積分に関する数学的な扱いには少し注意する必要もあります。)この場合には、アンペールの法則の意味としては電流もそうですが電場の時間変化(変位電流)にも起因して磁場の回転が発生する事を意味します。その事を指して起磁力と言う言葉が使われる事もあります。(起電力に対応する語)。

つまりごく簡単に言うと電場の時間変動(あるいは電流)によって磁場が作られて、磁場の時間変動によって電場(あるいは電流)が作られる関係があります。そしてその時に、循環の形の接線線積分で表される「渦」が生じるという体系になっていると言えます。

また電流の種類で「渦電流」というものも存在しますが、それはまた別の扱いが必要になってきます。

ナブラ記号の使い方

ベクトル解析などで使う grad, div, rot (または curl) の代わりに∇(「ナブラ」nabla, del)という記号を演算子として使って表記する方法があります。

この記事ではそれらの書き換えの方法と、ナブラ記号を使って作られる別の2つの演算子について詳しく説明します。

■サイト内参考記事(主に応用・ナブラを使う例など)
物理学全般で使用され、例として電磁気学で使う事ができます。

ナブラを使う利点は何か?

grad, div, rot の代わりにナブラ記号を使う利点は、特に式が複雑になる時などです。記述する文字数が少なくなるので比較的見やすくるといった事などの利点があります。

また数式の記述に統一性が出るために意味で好んで使われる場合もあるのです。後述していくように、grad, div, rot などの計算はベクトルの演算に類似性が見られるのでそれをナブラ記号によって統一的に整理する事も可能になるからです。

ただし grad, div, rot の置き換えとしての使用ではあくまで記号の「書き換え」なので数学的な意味が変わってしまうという事ではありません。

ナブラ記号を使わない grad, div, rot の表記法ではイメージ的な意味がつかみやすいという利点があります。言い換えると、一度イメージがつかめたのであれば数式的な形の簡便さや統一性を重視してナブラ記号での表記を行うという考え方もあると言えるでしょう。

尚「ナブラ」という言葉自体は元々楽器の「竪琴」の意味らしく、逆三角形の記号の形∇として見立てたというのが通説のようです。

ナブラを使うと、記述量が減るという利点の他に計算方法の統一性を見れるという利点もあります。他方で図形的なイメージはあらかじめ知っておかないと捉えにくいものとなります。

勾配(grad)の書き換え

まずスカラー場に対して「勾配」を表す grad の書き換えです。

スカラー関数f(x,y,z)に対して gradfの代わりに∇fと書いても同じ意味を表す約束になっています。

gradf=∇fはベクトルなので成分を持ちますが、個々の成分を表す時には下に添え字を付けて表記する時があります。すなわち、∇fのx成分は∇f,y成分は∇f,z成分は∇fのように書いたりします。

$$\large{\mathrm{grad}f(x,y,z) =\nabla f=(\nabla_x f,\nabla_y f,\nabla_z f)}$$

例としては、ベクトル場がポテンシャル(スカラーポテンシャル、位置エネルギー)の勾配で表される式を書く時には記号として grad の代わりに∇を使えるわけです。

$$\overrightarrow{F}=-\mathrm{grad}\phiの代わりに\overrightarrow{F}=-\nabla\phiとも書けます。$$

この意味で使うナブラ記号はハミルトン演算子と呼ばれる時もあり、
形式的には「ベクトルとスカラーの積」として捉えられます。
※これは量子力学におけるハミルトン演算子もしくはハミルトニアンとは別物です。

あくまで形としての話ですが∇を数式上ベクトルとみなし(ベクトルそのものではない)、スカラー場との「積」のように考えるわけです。この考え方は、次に見るように発散や回転の書き換え時には「内積」や「外積」との数式上な類似性に着目する事との統一性を持っています。

$$形式的に、\nabla=\left(\frac{\partial}{\partial x},\frac{\partial}{\partial y},\frac{\partial}{\partial z}\right)ともみなせます。$$

あるいは
xyz直交座標における基本ベクトル(軸方向の単位ベクトル)である
\(\overrightarrow{e_x}\)=(1,0,0)
\(\overrightarrow{e_y}\)=(0,1,0)
\(\overrightarrow{e_z}\)=(0,0,1)
を使う事によって、 $$\nabla=\overrightarrow{e_x}\frac{\partial}{\partial x}+ \overrightarrow{e_y}\frac{\partial}{\partial y}+ \overrightarrow{e_z}\frac{\partial}{\partial z}$$と書く事もできます。
この場合においてもナブラはあくまで「演算子」であるという考え方になります。

発散(div)の書き換え

次に、ハミルトン演算子としてのナブラ記号を使ってベクトル場の「発散」div を書き換える方法を見ます。(※極限における「無限大への発散」は別物です。)

この場合には、発散 div がハミルトン演算子とベクトル場との「内積」のような形をとる事に着目します。そこで形式上の「∇とベクトル場の内積」を考えてベクトル場の発散を表すものと約束します。

$$\mathrm{div}\overrightarrow{F}の代わりに\nabla\cdot\overrightarrow{F}とも書けます。$$

$$\mathrm{div}\overrightarrow{F}=\nabla\cdot\overrightarrow{F}=\frac{\partial F_1}{\partial x}+\frac{\partial F_2}{\partial y}+\frac{\partial F_3}{\partial z}$$

形式上という事は強調されるべきですが
勾配 grad は「スカラー場からベクトル場を作る」操作であり、
発散は逆に「ベクトル場からスカラー量を作る」操作である事を考えると
「ベクトルとスカラーの積はベクトル」であり
「ベクトルとベクトルの内積はスカラー」という、ベクトルの基本演算との類似性や統一性を見れるわけです。

例としてはガウスの発散定理は次のように書いてもよいわけです。

$$\int_V\nabla\cdot\overrightarrow{F}dv=\int_S \overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{s}$$

ここで、左辺の積分の中身は\(\mathrm{div}\overrightarrow{F}\)であり、それに対して右辺の内積記号は図形的にも内積を考えますので数式的な形は同じでも意味が異なるわけです。この事に対して意味的に紛らわしいと見るか、数式上の統一性があって好ましいと見るかは人それぞれの考え方によるでしょう。

規則性に類似点は見られるとはいえ勾配と発散は異なる数学的な操作を表しますから、単独のナブラ「∇」とドットがついた「∇・」はそれぞれ意味としては別々の操作を表す事になります。

また、後述しますが少し紛らわしい表記として「∇・」ではなくナブラ記号とベクトル場の「内積の順序を変えたもの」は別の意味を表す演算子とみなす場合があります。通常のベクトルの場合は内積は順序を変えても同じスカラーになりますが、ナブラ記号を演算子として考えた場合には「∇・」の順番で書いて「発散 div」の意味になります。

$$\nabla\cdot\overrightarrow{F}=\mathrm{div}\overrightarrow{F}ですが、\overrightarrow{F}\cdot\nablaは別の演算子です。$$

回転(rot, curl)の書き換え

ベクトル場の回転をハミルトン演算子としてのナブラ記号で書き換える場合には3次元ベクトルの外積(クロス積、ベクトル積)の記号を使います。
つまり\(\nabla\times\overrightarrow{F}\)のように書くわけです。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{F}=\nabla\times\overrightarrow{F}$$

3次元ベクトルの外積はまた1つの3次元ベクトルですが、ベクトル場の回転もまた別のベクトル場ですから記述上の統一性があります。

通常のベクトルの場合、外積あるいはクロス積の成分での計算は次のようになります。

$$\overrightarrow{E}\times\overrightarrow{F}=(E_2F_3-E_3F_2,\hspace{5pt}E_3F_2-E_2F_3,\hspace{5pt}E_1F_2-E_2F_1)$$

この外積における最初のベクトル\(\left(\overrightarrow{E}のほう\right)\)をハミルトン演算子としてのナブラ記号で置き換えると、数式の形としてはベクトル場の回転になるわけです。

$$\nabla=\left(\frac{\partial}{\partial x},\frac{\partial}{\partial y},\frac{\partial}{\partial z}\right)のもとで$$

$$\nabla\times\overrightarrow{F}=\left( \frac{\partial F_3}{\partial y}-\frac{\partial F_2}{\partial z} ,\hspace{5pt} \frac{\partial F_1}{\partial z}-\frac{\partial F_3}{\partial x} ,\hspace{5pt} \frac{\partial F_2}{\partial x}-\frac{\partial F_1}{\partial y} \right)$$

見た目としては、∇を先に書いて偏微分する変数が「下側」に書かれますので順番を間違えないように注意。「偏微分の演算子」をベクトル場の各成分に付けると考えたほうが順番的には通常のクロス積との見た目の整合性が取れます。

$$\frac{\partial }{\partial y}F_3=\frac{\partial F_3}{\partial y}に注意して$$

$$\nabla\times\overrightarrow{F}の第1成分は\frac{\partial }{\partial y}F_3-\frac{\partial }{\partial z}F_2と考えます。$$

使用例としてストークスの定理をナブラ記号で書くと次のようになります。

$$\oint_C\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\left(\nabla\times\overrightarrow{F}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

この式の右辺のように、ベクトル場の回転に「内積」が続くような場合には括弧をつけて\(\left(\nabla\times\overrightarrow{F}\right)\) のように書く事が多いです。そのまとまりで1つのベクトルである事を強調するわけです。括弧を付けないで内積を書く事もありますが、意味としては「ベクトル場の回転」と別のベクトルとの内積です。式の形から紛らわしい場合には括弧を付けておいたほうが無難かとは思われます。

「外積」という用語やその計算規則についてはベクトル場の回転を含む事項(例えばストークスの定理)を純粋に数学の解析学的に取り扱う場合にも重要になってきます。

2階の偏微分を扱う「ラプラス演算子」

以上の3例の他に「3変数の各々により2階の偏微分を行い加え合わせる」という操作が行われる時があります。つまり、ベクトル場の発散を1階ではなく2階の偏微分で行うような場合です。これは、スカラー場に対して行う場合とベクトル場に対して行う2つの場合があるので区別して説明します。

いずれの場合もナブラ記号を使って書く方法があります。
あるいは∇・∇と書いて1つの演算子としてみなし、「ナブラ2乗」と読むかラプラス演算子と呼びます。∇φのようにスカラー場やベクトル場に作用させて使います。

スカラー場に対する場合の例は次のようなものです。

$$\nabla^2\phi=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}のような量を考えます。$$

ラプラス演算子の表記上の注意点

ラプラス演算子について∇という記号の代わりに、単独の三角形の記号「△」を使う事もあるので注意する必要があります。つまり、ナブラ記号を使わず、grad, div のような名称を元にした記号とも異なった、全く別の記号が改めて使われる事もあるという事です。

$$例:\nabla^2\phi=△\phi=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}$$

さらにはラプラス演算子としての△記号は、書籍によっては微小量を表す「デルタ」Δ(これはギリシャ文字の1つ)との表記上の区別もつけられない場合もあります。そのため、書籍によっては記号の意味をきちんと押さえていないと数式の読み取りが非常に難しくなる場合があります。

デルタとラプラス演算子の記号が区別されない表記方法の場合、基本的にデルタはΔx(デルタエックス)などのように「変数」に付ける事が多く、ラプラス演算子は3変数の関数に付ける事からおおよその区別は可能です。つまり微小量の議論の文脈が無い箇所で唐突に3変数関数に対して△φなどと式に書かれたらそれは普通はラプラス演算子による計算を表します。

スカラー場に対するラプラス演算子

スカラー場の各成分に対して「2階の偏微分を行って加え合わせる」量は、スカラー場から始めて発散と勾配を組み合わせて作る事ができます。すなわち、あるスカラー場φに対してgradφを考え、その発散をとればよい事になります。

$$\mathrm{div}(\mathrm{grad}\phi)=\mathrm{div}\left(\frac{\partial\phi}{\partial x},\frac{\partial\phi}{\partial y},\frac{\partial\phi}{\partial z}\right)=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}$$

この事自体をナブラ記号で書く事もできるのです。

$$\nabla\cdot(\nabla\phi)=\nabla\cdot\left(\frac{\partial\phi}{\partial x},\frac{\partial\phi}{\partial y},\frac{\partial\phi}{\partial z}\right)=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}$$

そこで、ナブラ記号による演算の組み合わせである∇・∇を考えます。注意点として、これは∇・(∇φ)のナブラをくっつけてしまうというよりは、ハミルトン演算子同士の形式上の「内積」を考えて、それをスカラーのように考えてスカラー場φに乗じるという考え方に近いものです。(後述するスカラー演算子と同じ考え方です。)

また、そのように考えた∇・∇を∇と書く事もあります。いずれにしてもこれを1つの演算子とみなしてラプラス演算子と呼ぶわけです。

$$\nabla=\left(\frac{\partial}{\partial x},\frac{\partial}{\partial y},\frac{\partial}{\partial z}\right)同士の形式上の「内積」を考えます。$$

$$\nabla\cdot\nabla=\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}$$

$$あるいは\nabla\cdot\nablaを\nabla^2と表記して\nabla^2=\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}$$

∇・∇と∇を同じ意味で使う事に関しては、普通のベクトル同士の内積をとる時にはそれは「自乗」とはみなしませんので注意は必要です。(ベクトル同士の内積は「ベクトルの絶対値」の2乗にはなります。また、細かい点ではありますが曲線座標をもし考える場合には∇・∇と∇は同一視しません。)

このスカラー的な演算子(内積はスカラーである事にも注意)をスカラー場φに乗じるように作用させる事で∇・(∇φ)と同じ結果を得るというわけです。

$$\nabla^2\phi=\left(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}\right)\phi=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}$$

スカラー場に対してラプラス演算子を作用させる例としては微分方程式としての波動方程式があります。(解が周期関数のような「波動」になる。)また、演算子の部分だけをとって波動演算子と呼ぶ事もあり、そこにラプラス演算子が使われるというパターンもあります。

$$例:\left(\nabla^2-\frac{1}{c^2}\frac{\partial^2}{\partial t^2} \right)\phi=-\frac{\rho}{\epsilon_0}$$

$$\left(\Leftrightarrow \nabla^2\phi-\frac{1}{c^2}\frac{\partial^2\phi}{\partial t^2} =-\frac{\rho}{\epsilon_0}\right)$$

この例は、電場に関するガウスの法則で電場の代わりにスカラーポテンシャル(これはスカラー場)を使って変形したものです。c は光の速さでtは時間、右辺の記号は電荷密度と真空の誘電率。
ポテンシャルを使わず電場のままでも同様の式を導出できますが項などが増えて少しばかり複雑さが増します。同じ型の式を磁場についても導出できて、合わせて電磁波の式を導出できます。

ベクトル場に対するラプラス演算子

ラプラス演算子∇は、スカラー場だけでなくベクトル場にも作用させる事ができます。勾配はスカラー場に対して、発散と回転はベクトル場に対して必ず作用させるものである事と比較すると少し特殊であるとは言えます。しかし、通常の微分や偏微分の操作を演算子として考えると同じくスカラー場にもベクトル場にも作用させる事ができますからそれほど不思議な考え方ではないとも言えます。

そして、考え方自体はラプラス演算子をスカラー場に作用させる時と同じなのです。つまり、∇あるいは∇・∇はスカラー的な演算子と言えるからベクトル場にも作用できると考えるのです。そのため、ラプラス演算子をベクトル場に作用させたものもまたベクトル場になります。演算子がスカラー量の乗法のように「ベクトルの各成分に対して作用する」と考えるためです。

計算上は演算子の作用により一度3つのベクトルができて、合計して結果的に1つのベクトルになると考える事も可能です。いずれにしても最終的にはベクトル場の成分に対して作用する計算です。具体的には次のようになります。

$$\nabla^2\overrightarrow{F}=\left(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}\right)\overrightarrow{F}=\frac{\partial^2}{\partial x^2}\overrightarrow{F}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}\overrightarrow{F}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}\overrightarrow{F}$$

$$=\small{\left( \frac{\partial^2F_1}{\partial x^2}+\frac{\partial^2F_1}{\partial y^2}+\frac{\partial^2F_1}{\partial z^2},\hspace{5pt} \frac{\partial^2F_2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2F_2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2F_2}{\partial z^2},\hspace{5pt} \frac{\partial^2F_3}{\partial x^2}+\frac{\partial^2F_3}{\partial y^2}+\frac{\partial^2F_3}{\partial z^2} \right)}$$

$$=\left(\nabla^2F_1,\hspace{5pt}\nabla^2F_2,\nabla^2F_3\hspace{5pt}\right)$$

ここで最後の式の各成分については∇Fなどはスカラー場に対してラプラス演算子が作用する形をとっています。

ベクトル場に対してラプラス演算子を作用させる場合には注意点もあります。
=∇・∇と考える事には問題ありませんが、
例えば\(\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{F}\right)\neq(\nabla\cdot\nabla)\overrightarrow{F}\)です。

ベクトル場の発散はスカラー場になりますから、それに対してハミルトン演算子を作用させると結果は再びベクトル場になります。
しかし結果は、\(\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{F}\right)\)の例えば第1成分には「Fをxとyで偏微分した関数」が生じるのです。これは∇\(\overrightarrow{F}\) の結果とは異なるものになっています。

この事はスカラー場に対するラプラス演算子の作用の考察において結果的には
「∇=∇・(∇φ)」として扱うけれども単純に括弧を外してナブラをくっつけるのとは違うと考えられる事に関連しています。

通常のベクトルの場合でも、3つのベクトル対して
\(\overrightarrow{C}\left(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B}\right)と\left(\overrightarrow{C}\cdot\overrightarrow{A}\right)\overrightarrow{B}\) は一般的に異なるベクトルです。
そのように、演算の結果同士で等号で結べるものとそうでないものがある事には注意が必要となります。

ナブラで作る「スカラー演算子」

最後に、ナブラ記号を使って発散を表した時の「内積の順番」を入れ換えた形の演算子についても触れておきます。これはスカラー演算子などと呼ばれる事もあります。あるベクトル場とナブラ記号が結び付いて「1つの演算子」として機能します。

$$スカラー演算子:\overrightarrow{A}\cdot\nabla(これでまとめて演算子扱い。)$$

$$\left(\nabla\cdot\overrightarrow{A}であれば\mathrm{div}\overrightarrow{A}の事\right)$$

スカラー演算子はラプラス演算子と似ていてスカラー場とベクトル場の両方に作用させる事ができます。(ラプラス演算子はスカラー演算子の1つであるという見方をする場合もあります。)

より具体的には、ハミルトン演算子(スカラー場に作用する単独の∇)との内積的な計算はしますが偏微分の操作自体はいじらず、3つの偏微分に対して1つのベクトル場の対応する成分が乗じられているというものです。例えば次のようになります。

$$\overrightarrow{A}\cdot\nabla=A_1\frac{\partial}{\partial x}+A_2\frac{\partial}{\partial y}+A_3\frac{\partial}{\partial z}$$

これをスカラー場に演算子として作用させると、別のスカラー場になります。次のようになります。

$$\left(\overrightarrow{A}\cdot\nabla\right)\phi=A_1\frac{\partial\phi}{\partial x}+A_2\frac{\partial\phi}{\partial y}+A_3\frac{\partial\phi}{\partial z}$$

ベクトル場に作用させる場合にはラプラス演算子と考え方は同じで、それぞれの成分に対して演算子が作用するという計算になります。計算結果はベクトルのままです。

$$\left(\overrightarrow{A}\cdot\nabla\right)\overrightarrow{B}=\left(A_1\frac{\partial\phi}{\partial x}+A_2\frac{\partial\phi}{\partial y}+A_3\frac{\partial\phi}{\partial z}\right)\overrightarrow{B}$$

$$=\small{\left( \frac{\partial B_1}{\partial x}+\frac{\partial B_1}{\partial y}+\frac{\partial B_1}{\partial z},\hspace{5pt} \frac{\partial B_2}{\partial x}+\frac{\partial B_2}{\partial y}+\frac{\partial B_2}{\partial z},\hspace{5pt} \frac{\partial B_3}{\partial x}+\frac{\partial B_3}{\partial y}+\frac{\partial B_3}{\partial z} \right)}$$

ラプラス演算子の時と同様に、まず3つのベクトル場ができてから合わさるという考えでも、ベクトル場の各成分にスカラー演算子が作用すると考えても結果は同じです。

このようなスカラー演算子を作用させる例としては、実は3変数関数(スカラー場としてみなせる)に対する全微分がその形を作っています。(2変数の全微分でも考え方自体は同じです。)

スカラー場を3変数のそれぞれによって偏微分し、各項にはdx,dy,dzが乗じられている形ですから(dx,dy,dz)というベクトルとナブラ記号を組み合わせたスカラー演算子を考えれば全微分の形になるわけです。

$$\overrightarrow{R}=(dx,dy,dz)によるスカラー演算子\overrightarrow{R}\cdot\nablaを考えると$$

$$\overrightarrow{R}\cdot\nabla=dx\frac{\partial}{\partial x}+dy\frac{\partial}{\partial y}+dz\frac{\partial}{\partial z}であり、$$

$$スカラー場の全微分d\phi=dx\frac{\partial\phi}{\partial x}+dy\frac{\partial\phi}{\partial y}+dz\frac{\partial\phi}{\partial z}=\left(\overrightarrow{R}\cdot\nabla\right)\phi$$

スカラー場に対して全微分を作る演算子をベクトル場に対して作用させた場合には各成分が全微分の形になり、これをベクトルの全微分と呼ぶ事があります。

$$同じく\overrightarrow{R}=(dx,dy,dz)によるスカラー演算子\overrightarrow{R}\cdot\nablaを考えて$$

$$ベクトル場の全微分d\overrightarrow{F}=(dF_1, dF_2,dF_3)=\left(\overrightarrow{R}\cdot\nabla\right)\overrightarrow{F}$$

$$第1成分だけ記すとdF_1=dx\frac{\partial F_1}{\partial x}+dy\frac{\partial F_1}{\partial y}+dz\frac{\partial F_1}{\partial z}$$