3次方程式の解の公式

3次方程式の「解の公式」の導出方法について説明します。「公式」の導出は、2段階に分けて行います。

一見複雑に見える箇所もあるかもしれませんが、必要な知識は基本的には中学~高校数学程度の式変形です。

①3次方程式の2次の項を、変数の置き換えで消去する

まず、任意の3次方程式は、変数の置き換えによって、ある特別な形の3次方程式に「必ず」変形できる事を示します。(「必ず」というのがポイントです。)

3次方程式の解法①

3次の項の係数はそれで式の両辺を割って1にできるのでその後の事を考えます。

$$x^3+ax^2+bx+c=0$$は変数の置き換えにより必ず$$X^3+Ax=B$$の形変形できる。

要するに「2次の項は必ず消せる」という意味です。

x = X + C とします。X に関しても3次方程式になるという形を保つために、X は x に関する一次式である必要があります。

$$x^3=X^3+3X^2C+3XC^2+C^3,\hspace{10pt}ax^2=a(X^2+2XC+C^2) ,\hspace{10pt} bx=b(X+C)$$

2次の項の係数が0であるとすると、

$$3C+a=0\Leftrightarrow C=-\frac{a}{3}$$

とおけば成立します。

$$x^3+ax^2+bx+c=0, \hspace{10pt} x= X-\frac{a}{3} とすると、$$

$$ \left(X-\frac{a}{3}\right) ^3+a \left(X-\frac{a}{3}\right) ^2+b \left(X-\frac{a}{3}\right) +c=0$$

$$ \left(X^3-X^2a+X \frac{a^2}{3}- \frac{a^3}{27} \right) +a \left(X^2-X\frac{2a}{3}+ \frac{a^2}{9} \right) +b \left(X-\frac{a}{3}\right) +c=0$$

$$X^3+X \left( -\frac{a^2}{3}+b \right)+ \frac{2a^3}{27}-\frac{ab}{3} +c=0 $$

ここで、Xに関する係数部分がごちゃごちゃしてるので別の記号AとBで表します。

$$ A=-\frac{a^2}{3} +b , \hspace{10pt} B= -\frac{2a^3}{27} +\frac{ab}{3} -c $$

このように置く事で、

$$X^3+Ax=B$$

の形として方程式を考察できるわけです。

② 3乗の展開式を利用して、解く

さてしかし、この形にしたからといってうまく「解ける」のかという話になります。

これは、じつは3乗に関する展開式についての簡単な式変形によって解く事ができます。

3次方程式の解法②

任意の2つの実数(複素数でも可)T,Uに対して

$$(T-U)^3=T^3-3T^2U+3TU^2-U^3$$

$$\Leftrightarrow (T-U)^3+3TU(T-U)=T^3-U^3 $$

この式は、恒等式です。つまり、いつでも成立している関係式です。

これは一体何を意味するのでしょうか?
これは、「次の関係が成立すれば」左辺と右辺が必ず等しくなるわけですから「方程式が成立する」という事です。

$$X=T-U$$

$$A=3TU$$

$$B=T^3-U^3$$

すなわち、これらの関係を満たす X が3次方程式の解になるという事なのです。

もっと具体的には、TとUをAとBだけで表し、X=T-Uに代入すれば XをAとBだけで表せて、それによっておおもとの x が係数 a, b, c のみで表せる・・つまり「解の公式」が得られる、というパズルです。

しかし、上の式を見るとBとT、Uの関係には3乗が入ってます。3次方程式の解の公式が得られていない条件でこれをうまく解けるのかというと、じつは解けます。

$$U=\frac{A}{3T}$$

$$B=T^3-\frac{A^3}{27T^3}$$

$$\Leftrightarrow (T^3)^2-B(T^3)-\frac{A^3}{27}=0$$

このように、「『Tの3乗』の2次方程式」ができるので、これは(無理やり)解く事ができるのです。

結果は、次のようになります。

$$T^3=\frac{B}{2}\pm \sqrt{\frac{B^2}{4}+\frac{A^3}{27}}$$

$$U^3=T^3-B= -\frac{B}{2}\pm \sqrt{\frac{B^2}{4}+\frac{A^3}{27}}$$

$$X=T-U= \hspace{5pt} ^3\sqrt{ \frac{B}{2}\pm \sqrt{\frac{B^2}{4}+\frac{A^3}{27}} }- \hspace{5pt} ^3\sqrt{ -\frac{B}{2}\pm \sqrt{\frac{B^2}{4}+\frac{A^3}{27}} }$$

$$x= X-\frac{a}{3}= \hspace{5pt}^3\sqrt{ \frac{B}{2}\pm \sqrt{\frac{B^2}{4}+\frac{A^3}{27}} }- \hspace{5pt} ^3\sqrt{ -\frac{B}{2}\pm \sqrt{\frac{B^2}{4}+\frac{A^3}{27}} } -\frac{a}{3} $$

ただし、ここでの3乗根の記号は複素数の範囲も含めた3つの数を取りえるものとします。3次方程式は、複素数範囲まで考え、重解を2解と数えると必ず3解を持ちます。 その事が、3乗根によっても表現されるわけです。

■ 補足:
尚、A=3TU の関係も成立していますから、T か U のどちらかが決定すればもう片方も決定します。これによって、「3×3=9通り?」の解ではなくて、確かに「3通り」の解が存在する事が公式でも表せているというわけです。3解のうち2つが重解として等しい値になる場合は、上記で『Tの3乗』に関する2次方程式が重解を持つ場合に対応します。

3次方程式の解の公式を知る意味:数学史的な価値

さて、このようにして「解ける」事は確かに言えるわけですが、色々置き換えがあって、公式としては代入するだけでもすごく面倒ですね。そういうわけで、物理や工学で仮に3次方程式を解く場面があったとしても、できる事ならこの公式使いたくないわけです。実質的には「手計算で解くなら2次方程式まで」と、基本的には思ってよい理由です。

このように、公式が存在する事と、それが応用の場面等で使いやすいものか・便利なものかという事は、別問題である事もあるわけです。

では、純粋数学的に考察した場合はどうかというと、この3次方程式の解法は、4次方程式については似た事ができます。しかし、5次以降は使えないのです。つまり、「3次や4次については適用できる」という特別なものになります。多項方程式について純粋数学的に一般的に考察する時は、より抽象的な考察が必要であるという事です。

この3次方程式の「解の公式」の解法の話は、大学数学においてはむしろ数学史の中で扱われる事が多いです。というのも、西欧で「複素数」というものが考察されるきっかけになったのがこの3次方程式の解法であると言われているからです。(※2次方程式ではなく3次方程式の解法というところに、数学史的に指摘しておくべきポイントがあるという事です。)

ちなみに数学史的には、この3次方程式の解の公式が「発見」されたのは16世紀という意外に遅い時期であり、しかし4次方程式の解の公式はその後に割とすぐ見つけられて、その後「5次方程式の解を一般的に係数のベキ根によって表す事はできない」という事が示されたのは19世紀まで飛びます。
歴史というか数学の研究史としては、そのような事も1つの教養的知識として多少知っておいてもよいのではないかと思います。

また、数学史的な事についてもう1点補足しますと、16世紀に「解の公式」が見出された時には、解法の流れは上記の方法と同じですが考え方として別の考察の仕方をしていました。それは、上記のように式を展開して関係式を導出するよりも、図形的な考察から関係式を導出していたという点です。

この場合、図形は図形でも、平面図ではなく立体の体積に関する考察です。立体ですから、体積に関して3乗を使うというわけです。参考までに、次図を記しておきます。

この図で大きい立方体の体積がTの3乗、小さい立方体の体積がUの3乗です。
直方体部分は、TU(T-U)などによっても計算できます。

行列の基礎知識② 【行列の種類】

このページでは、高校数学程度の行列の知識のうち、特定の種類の行列の呼び名について説明します。

数学で言う行列の定義と行列の演算(足し算、引き算、掛け算)については別途にまとめています。

行列は、行と列の数がそろっているものに限りませんが、多くの行列の用語は行と列の数が等しい正方行列に対してのものが多いです。そのため、このページで扱う行列の多くは正方行列になります。

$$例:3次の正方行列\left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a _{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) $$

★ 正方行列の行の数(=列の数)をnとする時、その正方行列をn次の正方行列と呼ぶ事があります。例えば3×3行列は、3次の正方行列です。

★ 行列の中の各数値等を成分と言い、m行n列目の箇所にある成分を(m,n)成分などと言ったりします。

単位行列・零行列・対角行列

ここでは、行列は正方行列とします。

まずは簡単なものから見ていきましょう。

単位行列 ■ 零行列(ゼロ行列) ■ 対角行列
参考:虚数単位の行列表現

単位行列

まず、これは簡単です。ある行列Aに掛け算をした時に、掛け算の結果がAそのものになる行列を単位行列と言います。通常の掛け算で言う1に相当します。

★ 多くの場合、単位行列はIかEで表します。

行列の掛け算を行えるとき、A×I=I×A=Aが成立します。

一応ちょっとした注意点として、「行列の掛け算の定義」を何かてきとうに考えた時に、そのような「単位行列」の存在は必ずしも自明とは言えません。そのような行列が存在する事を示しておく必要があります。

もっとも、そのような単位行列は確かに存在し、次のようなものです。

$$例:3次の単位行列 I=\left(\begin{array}{ccc}
1 & 0 & 0\\
0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1\end{array}\right) $$

このように、正方行列の「対角線」に相当するところ(これを対角成分と言います)が全て1であり、残りの成分は全て0である行列が単位行列です。何次の正方行列であっても、単位行列は「対角成分が全て1で、残りの成分は全て0」である行列として表せます。

簡単な計算例を見てみましょう。

$$\left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a _{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) \left(\begin{array}{ccc}
1 & 0 & 0\\
0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1\end{array}\right) $$

$$= \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} \cdot 1+ a_{12} \cdot 0 + a_{13} \cdot 0& a_{11} \cdot 0+ a_{12} \cdot 1 + a_{13} \cdot 0 & a_{11} \cdot 0+ a_{12} \cdot 0 + a_{13} \cdot 1 \\
a_{21} \cdot 1+ a_{22} \cdot 0 + a_{23} \cdot 0 & a_{21} \cdot 0+ a_{22} \cdot 1 + a_{23} \cdot 0 & a_{21} \cdot 0+ a_{22} \cdot 0 + a_{23} \cdot 1 \\ a_{31} \cdot 1+ a_{32} \cdot 0 + a_{33} \cdot 0 & a_{31} \cdot 0+ a_{32} \cdot 1 + a_{33} \cdot 0 & a_{31} \cdot 0+ a_{32} \cdot 0 + a_{33} \cdot 1 \end{array}\right) $$

$$= \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a _{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) $$

掛け算の順番を入れ替えてI×Aを計算しても同様の結果になります。

一般の行列の掛け算では、A×Bは、ものによってB×Aに等しくなる事もあるし、等しくない事もあります。

零行列(ゼロ行列)

零行列とは、行列の全ての要素が0である行列です。これは正方行列でなくてもそのような行列は当然あり得ますが、通常は正方行列を考えます。

★ 零行列の記号は、O(アルファベットの「オー」)で表す事が多いです。

例えば3次の零行列は、次の通りです。

$$例:3次の零行列 O=\left(\begin{array}{ccc}
0 & 0 & 0\\
0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0\end{array}\right) $$

零行列については、行列の演算の方法さえ知っていればすぐに分かるかとは思いますが、
A+O=A、A-O=A、A×O=O×A=Oが成立します。

少し気を付ける必要があるのは、行列の場合は仮に2つの行列の掛け算の結果が零行列だったとしても、もとの行列のいずれも零行列だとは限らないという事です。

零行列に関して注意が必要な事

$$AB=O\hspace{5pt}であったとしても、\hspace{5pt}A\neq O\hspace{2pt}かつ\hspace{2pt}B\neq O\hspace{5pt}の場合がある$$

簡単な例として2次の正方行列で、零行列でない2つの行列の掛け算が零行列になる場合を挙げておきます。

$$ \left(\begin{array}{cc}
1& 0 \\
0& 0 \end{array}\right) \left(\begin{array}{cc}
0& 0 \\
0 & 1 \end{array}\right)= \left(\begin{array}{cc}
1\cdot 0+0 \cdot 0& 1 \cdot 0+0 \cdot 1 \\
0 \cdot 0+0 \cdot 0 & 0 \cdot 0+0 \cdot 1 \end{array}\right)=O $$

通常の実数などであれば、ab = 0 ⇒ a = 0 または b = 0 が成立します。
行列の場合にはこの関係が成立しないという事です。

対角行列

単位行列のように対角成分以外の成分は全て0で、対角成分に何らかの数(全て1とか全て0の場合を除く)があるものを対角行列と言います。

これは、具体的には様々なものがあり、総称として対角行列と呼びます。

$$3次の対角行列の例: \left(\begin{array}{ccc}
2 & 0 & 0\\
0 & -1 & 0 \\ 0 & 0 & 4\end{array}\right) $$

この形の行列は、もちろん通常の行列よりも計算が簡単になります。

参考:虚数単位の行列表現

それほど重要ではないので参考程度に述べますが、虚数単位 i に相当する行列も存在します。これを、虚数単位の行列表現と呼ぶ事があります。どういうものかというと、2乗すると単位行列の「-1」倍になる行列という意味です。

$$虚数単位の行列表現:A×A=A^2=-1 を満たすA$$

具体的にはどういうものかというと、2次の正方行列では次のようなものです。

$$A= \left(\begin{array}{cc}
0& 1 \\
-1 & 0 \end{array}\right) $$

試しに2乗を計算してみると、次のようになります。

$$ \left(\begin{array}{cc}
0& 1 \\
-1 & 0 \end{array}\right) \left(\begin{array}{cc}
0& 1 \\
-1 & 0 \end{array}\right) = \left(\begin{array}{cc}
0\cdot 0+ 1\cdot -1 & 0\cdot 1+ 1\cdot 0 \\
-1\cdot 0+ 0\cdot -1 & -1\cdot 1+ 0\cdot 0 \end{array}\right) = \left(\begin{array}{cc}
-1&0 \\
0 & -1 \end{array}\right) =- I $$

関連する事項としては「回転行列」というものがあります。2次の正方行列の要素に三角関数を上手に配置するとうまい具合に加法定理の形になり、「回転」を表せる事に関係します。複素数を極形式で表すと虚数単位 i は複素平面上で「90°回転」を表せるわけですが、その対応として上記の虚数単位に対応する2次の正方行列も回転行列としては90°回転を表すものです。

$$回転行列: \left(\begin{array}{cc}
\cos \theta&\sin \theta \\
-\sin \theta & \cos \theta \end{array}\right) $$

この回転行列で角度部分が90°の時を考えて2乗すれば加法定理によりうまい具合に180°になり、行列としては – I になります。

転置行列・対称行列

続いて、色々な種類の行列を見ていきましょう。

分かりにくい時には具体的な数値を入れてみた行列を考えるとよいと思います。

転置行列 ■ 対称行列 ■ 交代行列と直交行列 

転置行列

ある正方行列の(m,n)成分と、(n, m)成分を全て入れ替えた行列を転置行列(transposed matrix)と言います。ある行列と、その行列の対角成分は全て同じです。

★記号は、行列の左肩にtの文字を書いて表される事が多いです。

3次の場合の例を記すと、次のようになります。

$$A=\left (\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a _{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right),\hspace{10pt} ^tA = \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{21} & a_{31}\\
a _{12} & a_{22} & a_{32} \\ a_{13} & a_{23} & a_{33}\end{array}\right) $$

$$B=\left(\begin{array}{ccc}
1 & 0& 3\\
2& 4 & -1\\ -2 & 0 & 1\end{array}\right) ,\hspace{10pt} ^tB = \left(\begin{array}{ccc}
1 & 2 & -2\\
0 & 4 & 0 \\ 3 & -1 & 1\end{array}\right) $$

この転置行列は行列の理論の中の計算上、よく出てくるので名称と記号を設定してあります。

転置行列に関して、少し間違えやすくてしかも重要な公式として、掛け算の形の行列の転置行列を考えた時に次の公式が成立します。

転置行列に関して成立する公式

$$^t(AB)=(^tB)(^tA)$$

ABはA×Bの事です。

行列の積の転置を考えるときには個々の行列の転置行列を掛け算すればよいという事ですが、掛け算する順番がひっくり返る事に注意が必要です。

対称行列

ある正方行列の(m,n)成分と(n, m)成分が同じである行列を対称行列と言います。

例えば次の形の行列です。

$$\left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a & b\\
a & a_{22} & c \\ b & c & a_{33}\end{array}\right)$$

この形の行列も対角行列などと同じく計算が簡単になるので、理論で好んで使われます。

対称行列は、転置行列がもとの行列に等しいものとしても表せます。

$$対称行列の別の表し方:^tA=A を満たす行列$$

交代行列と直交行列

交代行列とは、転置行列がもとの行列の-1倍になる行列です。この行列も、そのような性質を満たす色々な行列の総称ですが、対角成分は全て0になるという特徴があります。

$$交代行列の定義:^tA=-Aを満たす行列$$

同じく転置行列を使って定義される行列として、直交行列があります。これは、もとの行列と転置行列を掛け算すると単位行列になるというものです。これに関しては、掛け算の順序を入れ替えても同じく単位行列になるという条件がつきます。

$$直交行列の定義:(^tA)A=A(^tA)=Iを満たす行列$$

複素行列

行列の成分として複素数も許容するものを複素行列と言い、なおかつ正方行列の場合は複素正方行列などと呼ばれたりします。

これは、高校の範囲では問題として問われたとしても単なる計算問題なのでさほど重要でないと思いますが、物理の量子力学では行列と複素数の両方を考える都合上、このタイプの行列を一応理論上扱う事になります。そのため、物理を学ぶのであれば後々のために知っておいたほうがよいものです。

いくつか重要な用語としての行列の名称を挙げておきます。

複素共役行列 ■ 随伴行列 ■ エルミート行列・ユニタリ行列・正規行列 

複素共役行列

ある複素行列に対して、成分を全て共役複素数にしたものを複素共役行列と呼びます。

記号は、通常の複素数の共役と同様に、文字の上にバーを添えます。

$$A= \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a _{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) \hspace{10pt}\overline{A}= \left(\begin{array}{ccc}
\overline {a_{11}} & \overline {a_{12}} & \overline {a_{13}}\\
\overline {a _{21}} & \overline {a_{22}} & \overline {a_{23}} \\ \overline {a_{31}} & \overline {a_{32}} & \overline {a_{33}}\end{array}\right) $$

手でノートに書くといちいち面倒ですが、意味は難しくないと思います。

随伴行列

複素正方行列に対して、共役と転置を両方考えたものを随伴行列と言います。これは、全て要素を共役にして、(m,n)成分を(n,m)成分と入れ替えるという事です。

随伴行列を表す記号は、行列の右肩にアスタリスク*を添えて表す事が多いです。

$$複素正方行列Aの随伴行列:A^*=^t(\overline{A})$$

エルミート行列・ユニタリ行列・正規行列

随伴行列を使って、いくつかの行列の名称が定義されます。

$$エルミート行列: A^*= Aを満たす行列$$

$$歪エルミート行列: A^*= -Aを満たす行列$$

$$ユニタリ行列: A \hspace{3pt}A ^* = A ^* \hspace{2pt} A= Iを満たす行列$$

$$正規行列: A \hspace{3pt}A ^* = A ^* \hspace{2pt} A を満たす行列$$

定義から、ユニタリ行列は全て正規行列です。
エルミート行列は、エルミット行列などと書かれる事もあり、日本語表記だと多少幅があります。

これらの行列の名称は、量子力学などで使う事があります。

逆行列と可逆行列

正方行列Aに掛け算すると単位行列になる行列を逆行列と言います。この逆行列は、必ず存在するわけではなく、存在しない場合もあります。この逆行列が存在する行列を可逆行列と言います。

記号は、行列を「-1乗」した形として表します。ただし、「割り算」とは言わいません。あくまで、行列の積の逆演算という意味合いです。

$$正方行列A の逆行列A^{-1}:AA^{-1}=A^{-1}A=Iをみたす$$

この他に、1つの正方行列に対して決まる数値(実数や複素数)で重要なものもあります。

例えば、次の3つは数学の理論上も、物理等への応用でも重要になります。

  • 行列式(デターミナント、determinant):行列式が0でなければ正方行列は可逆行列になる
    (※一般のn次の正方行列の行列式の定義は少し面倒)
  • 跡(トレース、trace):正方行列の対角成分を全て合計した値。行列を群としてみなした場合の理論で使ったりする。応用だと量子化学の理論で使う事もある。
  • 固有値:正方行列Aと、列の数が1だけの行列 x(列ベクトルと言います)を使って、Ax = cx を満たす値(実数、複素数)c が存在する時、この c を A の固有値と言う。量子力学でこのタイプの関係式を扱う事があります。

行列の基礎知識① 定義と演算

このページでは「行列」について、高校で教わる内容程度の基礎知識を記します。この知識自体は大学数学や物理等への応用でも使用します。

数学で言う「行列」とは?

行列(英:matrix)は、次のように数を並べたものであって、
後述する所定の計算規則を行う事ができるものを指します。

$$\left(\begin{array}{ccc} 3 & 1 & 4\\ 1 & 2 & 0\\ 5 & 0 & -1\end{array}\right) $$

この「行列」には横方向に3つ、縦方向に3つ数が並んでいるので、
「3×3行列」あるいは「(3,3)型行列」と呼ばれる種類の行列です。

上から何個目かを示す段を(row)と言い、
左から何個目かを示す段を(column)と言います。
上記の行列は、3つの「行」と3つの「列」がある行列です。

数学の行列の「行」と「列」
英語だと行列の「列」の事は column と言い、これは「柱」を連想させるので縦方向のほうの並びを表すものとして、覚えやすい用語になっているように思われます。

行と列が必ず3ずつである必要はなく、2つずつとか4つずつでも、いくつずつでもいいですし、行と列の数が違っていても構いません。

例えば次の行列は2×2行列、4×4行列です。
このようにn×nの形である行列を、特に「正方行列」と言います。

$$\left(\begin{array}{cc} 1 & 2 \\ 5 & 0 \end{array}\right) \hspace{10pt} \left(\begin{array}{cccc} 3 & 1 & 4 & 1\\ 1 & 2 & 0 & 0\\ 5 & 0 & -1 & 1\\ 3 & 1 & 4 & 2\end{array}\right) $$

行と列の数が違う場合は、「行の数」×「列の数」の順番で「2×3行列」「(2,3)型行列」などと表記します。例えば次のようになります。

$$\left(\begin{array}{ccc}
1 & 2 & 0\\
5 & 0 & -1\end{array}\right)$$

行列自体を、1つの文字で表記する事もよくあります。この場合、別に何の文字を使ってもよいのですがアルファベットの大文字(キャピタル)を使う事が多いです。例えば次のように書いたりします。

$$A=\left(\begin{array}{cc} 1 & 2 \\ 5 & 0 \end{array}\right) \hspace{10pt} B=\left(\begin{array}{cccc} 3 & 1 & 4 & 1\\ 1 & 2 & 0 & 0\\ 5 & 0 & -1 & 1\\ 3 & 1 & 4 & 2\end{array}\right) \hspace{10pt} Y=\left(\begin{array}{ccc} 3 & 1 & 4\\ 1 & 2 & 0\\ 5 & 0 & -1\end{array}\right)$$

ここでの例では具体的な数を入れていますが、変数を入れても構いません。
例えばてきとうに、次のような行列を考える事もできます。

$$X=\left(\begin{array}{ccc} x & 1 & 4\\ 1 & y & 0\\ 5 & x & z+1\end{array}\right) $$

行列の演算・・足し算、引き算、割り算

次に、行列同士の演算です。

行列の演算には次の3つがあります。特に重要なのは行列同士の掛け算です。

  • 足し算(加法、和)
  • 引き算(減法、差)
  • 掛け算(乗法、積)

割り算(除法、商)はない事に注意してください。特定の行列の掛け算に対して逆の演算をできる場合もありますが、これは「逆行列」というものを掛け算するという形で行われます。

通常の数の演算のように、足し算引き算には+、-の記号を使い、掛け算は×、・の記号を使うか2つの行列を横に並べる事で表します。

続いて具体的にどういう計算をするのかの定義です。

まず、足し算と引き算については、2つの行列の行と列の数がそろっている場合にのみ考えます。

具体的には、例えば2×3行列同士の足し算は次のようにします。

$$ \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a_{21} & a_{22} & a_{23}\end{array}\right)+ \left(\begin{array}{ccc}
b_{11} & b_{12} & b_{13}\\
b_{21} & b_{22} & b_{23}\end{array}\right) = \left(\begin{array}{ccc}
a_{11}+b_{11} & a_{12}+ b_{12} & a_{13}+ b_{13} \\
a_{21} + b_{21} & a_{22}+ b_{22} & a_{23}+ b_{23} \end{array}\right) $$

要するに、行と列の対応する数同士を足し合わせるだけという演算です。

引き算の場合も同様です。

$$ \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a_{21} & a_{22} & a_{23}\end{array}\right)- \left(\begin{array}{ccc}
b_{11} & b_{12} & b_{13}\\
b_{21} & b_{22} & b_{23}\end{array}\right) = \left(\begin{array}{ccc}
a_{11}-b_{11} & a_{12}- b_{12} & a_{13}- b_{13} \\
a_{21}- b_{21} & a_{22}- b_{22} & a_{23}- b_{23} \end{array}\right) $$

次に、掛け算に関しては、A×Bという行列の掛け算を考える時には「行列Aの『列の数』」と「行列Bの『行の数』」が同じであるという条件がある時のみに演算を考えます。

具体的には次のようにします。
2×3行列と、3×3行列の掛け算です。

$$ \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a_{21} & a_{22} & a_{23}\end{array}\right)×\left(\begin{array}{ccc}
b_{11} & b_{12} & b_{13}\\
b_{21} & b_{22} & b_{23} \\ b_{31} & b_{32} & b_{33}\end{array}\right) $$

$$= \left(\begin{array}{ccc}
a_{11}b_{11}+ a_{12} b_{21} + a_{13} b_{31} & a_{11}b_{12}+ a_{12} b_{22} + a_{13} b_{32} & a_{11}b_{13}+ a_{12} b_{23} + a_{13} b_{33} \\
a_{21}b_{11}+ a_{22} b_{21} + a_{23} b_{31} & a_{21}b_{12}+ a_{22} b_{22} + a_{23} b_{32} & a_{21}b_{13}+ a_{22} b_{23} + a_{23} b_{33} \end{array}\right) $$

これは一体どういう計算をやっているのかというと、A×Bの「Aのn行目」と「Bのm列目」について、1つずつ対応する数同士を掛け合わせて加え、「それをn行m列目の数とする」という操作です。

a × b 行列と b × c 行列の掛け算の結果は、必ず a × c 行列になります。上記で言うと、2×3行列と、3×3行列の掛け算の結果は2×3行列になります。

行列の積の計算

この掛け算の定義は一番面倒ですが、行列の計算で一番肝心でもある所です。

行列の掛け算においては、A×BとB×Aは一般には違うものになる(同じ場合もあるが同じになる保証はない)事は、行列の重要な性質の1つです。

n×n行列のような正方行列の場合は、足し算・引き算・掛け算のいずれの場合も必ず計算を行えます。

行列は何のために「定義」している?何に使う?

さて、このように行列というものを「定義」すると、それを何のために定義するのか?定義すると、計算をどういう事に使えるのか?という疑問が沸くでしょう。

特に掛け算の定義は面倒で初見だと分かりにくい部分があると思います。しかし、じつはこの掛け算の計算規則が重要で、この形の積と和の組み合わせの式の形を線型結合と言い、主にそれの計算と理論を扱う数学の領域を線型代数と言います。大学数学の中で言うと、行列は線型代数の領域の中で特に重要な位置を占めている・・という位置付けになります。

また、一般の代数学で行列を扱う事もあり(例えば可逆複素正方行列全体の集合は「群」になるので群論の中で)、その他の分野でも行列を使う事があります。例えば、連立一次方程式を考える時には理論を行列として扱ったほうが便利である事があります。

物理等で行列が直接的に重要になる分野は、例えば量子力学です。これは、先ほど述べた「線型結合」の形によってある種の量が表され、さらに行列の積の形に対応する量も存在する事が大きな理由の1つです。量子化学などの場合は、行列の「群」としての性質を使って物質の構造を調べる手段の1つとして使う場合があります。