このページでは「行列」について、高校で教わる内容程度の基礎知識を記します。この知識自体は大学数学や物理等への応用でも使用します。
数学で言う「行列」とは?
行列(英:matrix)は、次のように数を並べたものであって、
後述する所定の計算規則を行う事ができるものを指します。
$$\left(\begin{array}{ccc} 3 & 1 & 4\\ 1 & 2 & 0\\ 5 & 0 & -1\end{array}\right) $$
この「行列」には横方向に3つ、縦方向に3つ数が並んでいるので、
「3×3行列」あるいは「(3,3)型行列」と呼ばれる種類の行列です。
上から何個目かを示す段を行(row)と言い、
左から何個目かを示す段を列(column)と言います。
上記の行列は、3つの「行」と3つの「列」がある行列です。
行と列が必ず3ずつである必要はなく、2つずつとか4つずつでも、いくつずつでもいいですし、行と列の数が違っていても構いません。
例えば次の行列は2×2行列、4×4行列です。
このようにn×nの形である行列を、特に「正方行列」と言います。
$$\left(\begin{array}{cc} 1 & 2 \\ 5 & 0 \end{array}\right) \hspace{10pt} \left(\begin{array}{cccc} 3 & 1 & 4 & 1\\ 1 & 2 & 0 & 0\\ 5 & 0 & -1 & 1\\ 3 & 1 & 4 & 2\end{array}\right) $$
行と列の数が違う場合は、「行の数」×「列の数」の順番で「2×3行列」「(2,3)型行列」などと表記します。例えば次のようになります。
$$\left(\begin{array}{ccc}
1 & 2 & 0\\
5 & 0 & -1\end{array}\right)$$
行列自体を、1つの文字で表記する事もよくあります。この場合、別に何の文字を使ってもよいのですがアルファベットの大文字(キャピタル)を使う事が多いです。例えば次のように書いたりします。
$$A=\left(\begin{array}{cc} 1 & 2 \\ 5 & 0 \end{array}\right) \hspace{10pt} B=\left(\begin{array}{cccc} 3 & 1 & 4 & 1\\ 1 & 2 & 0 & 0\\ 5 & 0 & -1 & 1\\ 3 & 1 & 4 & 2\end{array}\right) \hspace{10pt} Y=\left(\begin{array}{ccc} 3 & 1 & 4\\ 1 & 2 & 0\\ 5 & 0 & -1\end{array}\right)$$
ここでの例では具体的な数を入れていますが、変数を入れても構いません。
例えばてきとうに、次のような行列を考える事もできます。
$$X=\left(\begin{array}{ccc} x & 1 & 4\\ 1 & y & 0\\ 5 & x & z+1\end{array}\right) $$
行列の演算・・足し算、引き算、割り算
次に、行列同士の演算です。
行列の演算には次の3つがあります。特に重要なのは行列同士の掛け算です。
- 足し算(加法、和)
- 引き算(減法、差)
- 掛け算(乗法、積)
割り算(除法、商)はない事に注意してください。特定の行列の掛け算に対して逆の演算をできる場合もありますが、これは「逆行列」というものを掛け算するという形で行われます。
通常の数の演算のように、足し算引き算には+、-の記号を使い、掛け算は×、・の記号を使うか2つの行列を横に並べる事で表します。
続いて具体的にどういう計算をするのかの定義です。
まず、足し算と引き算については、2つの行列の行と列の数がそろっている場合にのみ考えます。
具体的には、例えば2×3行列同士の足し算は次のようにします。
$$ \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a_{21} & a_{22} & a_{23}\end{array}\right)+ \left(\begin{array}{ccc}
b_{11} & b_{12} & b_{13}\\
b_{21} & b_{22} & b_{23}\end{array}\right) = \left(\begin{array}{ccc}
a_{11}+b_{11} & a_{12}+ b_{12} & a_{13}+ b_{13} \\
a_{21} + b_{21} & a_{22}+ b_{22} & a_{23}+ b_{23} \end{array}\right) $$
要するに、行と列の対応する数同士を足し合わせるだけという演算です。
引き算の場合も同様です。
$$ \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a_{21} & a_{22} & a_{23}\end{array}\right)- \left(\begin{array}{ccc}
b_{11} & b_{12} & b_{13}\\
b_{21} & b_{22} & b_{23}\end{array}\right) = \left(\begin{array}{ccc}
a_{11}-b_{11} & a_{12}- b_{12} & a_{13}- b_{13} \\
a_{21}- b_{21} & a_{22}- b_{22} & a_{23}- b_{23} \end{array}\right) $$
次に、掛け算に関しては、A×Bという行列の掛け算を考える時には「行列Aの『列の数』」と「行列Bの『行の数』」が同じであるという条件がある時のみに演算を考えます。
具体的には次のようにします。
2×3行列と、3×3行列の掛け算です。
$$ \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a_{21} & a_{22} & a_{23}\end{array}\right)×\left(\begin{array}{ccc}
b_{11} & b_{12} & b_{13}\\
b_{21} & b_{22} & b_{23} \\ b_{31} & b_{32} & b_{33}\end{array}\right) $$
$$= \left(\begin{array}{ccc}
a_{11}b_{11}+ a_{12} b_{21} + a_{13} b_{31} & a_{11}b_{12}+ a_{12} b_{22} + a_{13} b_{32} & a_{11}b_{13}+ a_{12} b_{23} + a_{13} b_{33} \\
a_{21}b_{11}+ a_{22} b_{21} + a_{23} b_{31} & a_{21}b_{12}+ a_{22} b_{22} + a_{23} b_{32} & a_{21}b_{13}+ a_{22} b_{23} + a_{23} b_{33} \end{array}\right) $$
これは一体どういう計算をやっているのかというと、A×Bの「Aのn行目」と「Bのm列目」について、1つずつ対応する数同士を掛け合わせて加え、「それをn行m列目の数とする」という操作です。
a × b 行列と b × c 行列の掛け算の結果は、必ず a × c 行列になります。上記で言うと、2×3行列と、3×3行列の掛け算の結果は2×3行列になります。
この掛け算の定義は一番面倒ですが、行列の計算で一番肝心でもある所です。
行列の掛け算においては、A×BとB×Aは一般には違うものになる(同じ場合もあるが同じになる保証はない)事は、行列の重要な性質の1つです。
n×n行列のような正方行列の場合は、足し算・引き算・掛け算のいずれの場合も必ず計算を行えます。
行列は何のために「定義」している?何に使う?
さて、このように行列というものを「定義」すると、それを何のために定義するのか?定義すると、計算をどういう事に使えるのか?という疑問が沸くでしょう。
特に掛け算の定義は面倒で初見だと分かりにくい部分があると思います。しかし、じつはこの掛け算の計算規則が重要で、この形の積と和の組み合わせの式の形を線型結合と言い、主にそれの計算と理論を扱う数学の領域を線型代数と言います。大学数学の中で言うと、行列は線型代数の領域の中で特に重要な位置を占めている・・という位置付けになります。
また、一般の代数学で行列を扱う事もあり(例えば可逆な複素正方行列全体の集合は「群」になるので群論の中で)、その他の分野でも行列を使う事があります。例えば、連立一次方程式を考える時には理論を行列として扱ったほうが便利である事があります。
物理等で行列が直接的に重要になる分野は、例えば量子力学です。これは、先ほど述べた「線型結合」の形によってある種の量が表され、さらに行列の積の形に対応する量も存在する事が大きな理由の1つです。量子化学などの場合は、行列の「群」としての性質を使って物質の構造を調べる手段の1つとして使う場合があります。