コーシーの積分定理

複素関数論の積分の理論における、コーシーの積分定理と、コーシーの積分公式について述べます。両者は名称が似ていて実際極めて近い関係にありますが、式の内容と使い方が少しだけ違うので名称が微妙に分けられているのです。

複素関数の微分複素関数の積分の基本的な考え方は別途にまとめています。

定理の内容 ■ 証明 ■ コーシーの積分公式 

定理の内容

コーシーの積分定理とは、積分経路が閉曲線である場合に成立する次の関係式です。

コーシーの積分定理

閉曲線Cで囲まれた領域内でf(z)が正則である時、$$\int_Cf(z)dz=0$$ ☆ここで、「領域内」とはC上の点も含むものとします。

この定理が適用できる条件として領域内で正則であるという事がじつは重要で、1点でも正則でない部分があれば適用はできないのです。

正則でない・・実質的には「微分可能でない」という点は、多くの場合は分母が0になって関数自体定義できないパターンです。しかし、そのような正則でない点が有限個の場合などは、その周囲だけを除いてあげた領域を考えてコーシーの積分定理を適用できたりしいます。その考え方は後述する「コーシーの積分公式」に深く関わります。

しかしこの公式が確かに成立すると分かった時点で、あとは比較的速やかに話が進むのです。

積分定理と積分公式の違い
コーシーの「積分定理」と「積分公式」は一応違うものなので注意しましょう。

定理の証明

複素数の積分については「積分経路を閉曲線にとった場合」には次の式が成立します。

グリーンの公式

$$\int_Cf(z)dz=\int\int_D\left(i\frac{\partial}{\partial x}-\frac{\partial}{\partial y}\right)f(x,y)dxdy$$

グリーンの公式
「グリーンの公式」は、コーシーの積分定理に直結するという意味で重要な公式です。

このグリーンの公式が成立する根拠については、別途に詳しく述べています。積分の経路が閉曲線であるという事がポイントです。複素関数論の初歩の中で、ここが一番難しい・理解しにくいという人も多いのではないかと思います。

グリーンの公式が成立するという条件のもとでは、「コーシーの積分定理」の証明はそれほど難しくはないのです。

グリーンの公式において、関数f(z)が「正則である」という条件をつけます。これは、大雑把には領域内の任意の点で微分可能であるという感覚です。

この時には、グリーンの公式に加えて、複素数の微分のほうについて「コーシー・リーマンの関係式」が成立します。f(z)=u(x,y)+ i v(x,y)とした時の、uとvに対する偏微分についての関係式です。

これを使う:コーシー・リーマンの関係式

$$f(z)=u(x,y)+iv(x,y)が正則である時、\frac{\partial u}{\partial x}=\frac{\partial v}{\partial y},かつ\frac{\partial u}{\partial y}=-\frac{\partial v}{\partial x}$$

グリーンの公式の積分の中身を、uとvで表してみます。

$$\left(i\frac{\partial}{\partial x}-\frac{\partial}{\partial y}\right)f(x,y)=\left(i\frac{\partial}{\partial x}-\frac{\partial}{\partial y}\right)(u+iv)$$

$$=i\frac{\partial u}{\partial x}-\frac{\partial u}{\partial y}-\frac{\partial v}{\partial x}-i\frac{\partial v}{\partial y}$$

$$=-\left(\frac{\partial u}{\partial y}+\frac{\partial v}{\partial x}\right)+i\left(\frac{\partial u}{\partial x}-\frac{\partial v}{\partial y}\right)$$

こういうふうになるので、経路Cが閉曲線でf(z)が正則という条件なら、関数と経路の形によらず定積分の「積分の中身」の値がうまい具合に必ずゼロになるので、定積分の値もゼロになるという事です。

$$f(z)が正則ならば\left(i\frac{\partial}{\partial x}-\frac{\partial}{\partial y}\right)f(x,y)=-\left(\frac{\partial u}{\partial y}+\frac{\partial v}{\partial x}\right)+i\left(\frac{\partial u}{\partial x}-\frac{\partial v}{\partial y}\right)=0$$

$$したがって、f(z)が正則ならば\int_Cf(z)dz=\int\int_D\left(i\frac{\partial}{\partial x}-\frac{\partial}{\partial y}\right)f(x,y)dxdy【証明終り】$$

この定理は、別に魔法によって不思議に成り立つのではなくて「積分経路Cが閉曲線で領域内でf(z)が正則」という、言ってみれば特殊な条件を課して限定する事によって成立するのです。

コーシーの積分公式

もう1つ重要なものとして、名称が少し紛らわしいのですが「コーシーの積分公式」というものがあります。これは、コーシーの「積分定理」のほうから導出されるものです。

コーシーの積分公式

$$f(z)=\frac{1}{2\pi i}\int_C\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}d\zeta$$ この公式の積分の中身の中のzは、積分変数に対しては定数扱いであり、積分変数(複素数)としては「ゼータ」を文字として使っています。
この関係式の詳細について、次に述べていきましょう。

考え方

コーシーの「積分定理」が適用できる複素関数と領域があったとします。そこで、領域内のてきとうな複素数z=wを考えて、関数をz-wで割ります。

$$\frac{f(z)}{z-w}を考えます。$$

f(z)が微分可能なら、それをz-wで割った関数も微分可能です。

ただし、z=wを除きます。

z=wにおいては、関数が定義されないので、当然微分不可能というわけです。
このように、わざと「微分不可能で正則でない点」を考えて、関数にくっつけているのです。

こういう場合に積分はどう考えるのかというと、もとの積分経路に、z=wを囲む(小さな)円を経路として付け足した別の経路を考えてみるのです。なぜ「円」を考えるのかというと、これは閉曲線の中では最も計算しやすいためです。

その円周の経路をC1としましょう。もとの経路をCとし、合わせた経路をC+C1とここでは書く事にします。積分する時には、次のように経路ごとに項を分ける事ができます。

このとき、小円の経路C1はその円に関して言えば時計回りに積分が行われています。つまり、小円の経路だけで定積分を考えた場合、本来の符号とは逆であり、そのためマイナス符号をつけます。

$$\int_{C+C1}\frac{f(z)}{z-w}dz=\int_C\frac{f(z)}{z-w}dz-\int_{C1}\frac{f(z)}{z-w}dz$$

ここで、経路C+C1に対してコーシーの積分定理を使います。
(その領域においてz=wは除外されていて、含まれていない事に注意します。)

$$0=\int_C\frac{f(z)}{z-w}dz-\int_{C1}\frac{f(z)}{x-w}dz\Leftrightarrow \int_C\frac{f(z)}{z-w}dz=\int_{C1}\frac{f(z)}{x-w}dz$$

ここで、小円の経路C1のほうについて、z=w+reと置きます。これは、z=wを中心とした円周上の点を媒介変数表示したものです。rは何かてきとうな(小さい)実数であり、媒介変数はθです。

このとき、z-w=reですから、分母が簡単になるという1つのカラクリがあります。変数変換をしていますので微分も必要になりますが、この場合指数関数の微分ですから計算は容易なのです。

$$\frac{dz}{d\theta}=rie^{i\theta}と合わせて、\int_{C1}\frac{f(z)}{x-w}dz=\int_0^{2\pi}\frac{f(w+re^{i\theta})}{re^{i\theta}}\frac{dz}{d\theta}d\theta$$

$$=\int_0^{2\pi}\frac{f(w+re^{i\theta})}{re^{i\theta}}rie^{i\theta}d\theta =\int_0^{2\pi}if(w+re^{i\theta})d\theta$$

このように上手い具合に分母と、変数変換による微分の項が打ち消して消えます。

ここでr→0の極限を考えます。すると、f(w+re) → f(w)です。(これは、より厳密には上限で上から抑える不等式で示します。)

すると、次のようになるような、じゅうぶん小さいrを必ず考える事ができるという事です。

$$\int_{C1}\frac{f(z)}{x-w}dz=i\int_0^{2\pi}f(w)d\theta=if(w)\left[\hspace{3pt}\theta \hspace{3pt}\right]_0^{2\pi}=i(2\pi-0)f(w)=2\pi if(w)$$

定積分の計算の最後のところは、f(w)が(θに関して)定数であるのでこのようにできるという事です。

整理しますと、結局次のように言えます。

$$\int_C\frac{f(z)}{z-w}dz=2\pi if(w)\Leftrightarrow f(w)=\frac{1}{2\pi i}\int_C\frac{f(z)}{z-w}dz$$

ここで、もとの閉曲線Cで囲まれた領域内の点wは、何か特別な点ではなく、領域内の任意の点でよかったわけです。wを変数zに置き換えて、積分の中の変数を何か別のてきとうなものを使っても同じ意味になります。このように、領域内の任意の複素数zにおけるf(z)を積分で表したものがコーシーの「積分公式」です。

改めてコーシーの積分公式

$$f(z)=\frac{1}{2\pi i}\int_C\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}d\zeta$$ この公式の積分の中身の中のzは、積分変数に対しては定数扱いです。
また、上記の「コーシーの積分定理」との違いに注意してみてください。「コーシーの積分公式」は、複素関数の値自体を積分で表す公式です。

積分の中の変数の記号は別に何を使ってもよいのですが、「複素数の」変数である事を強調するためにギリシャ文字の「ゼータ」を使う事が多いようです。ここでもその表記を使っています。tなどを使っても別によいのですが、これは媒介変数として実数の変数を表す事が多いので、積分変数としてゼータを使用する事は、なるべく誤解を避けるための習慣であろうかと思います。

複素数の微積分の理論はこの先も続いていきますが、初歩的な理論としてはここまで理解していればそれほど難解な理論は少ないと思います。