無限積とは積の因数の数が有限ではなく無限であるものを指します。無限級数が無限個の項の和を考えるものであるのに対して、無限積は無限個の因数の積を考えるわけです。無限積も無限級数と同様に収束する場合と発散する場合があります。
無限積の理論は、実は対数を使う事によって無限級数の理論を当てはめる事ができます。これはやや純数学的な側に偏った理論と言えそうですが、無限積はオイラーのバーゼル問題(π2/6=1+1/4+1/9+1/16+・・・【Basel Problem】の証明)の解決において無限級数を「無限積に因数分解する」という形で、数式的には興味深い数学の問題と深く関わっています。【πは円周率です。】
尚、収束する無限級数に対して因数定理(多項式に数αを代入して0になる時にその多項式はxーαを因数に持つ)を無限積の形で適用できる事を厳密な形で確認するには、個別の関数ごとに解析学的に複素関数論まで含めて詳しく見る必要があり、簡単に一般化できない難しさがあります。
「バーゼル問題」自体は、次の式はどのような値に収束するか?(あるいは発散するのか?)という問題です。 $$1+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{3^2}+\frac{1}{3^2}+\frac{1}{4^2}+\dots\left(=\sum_{n=1}^\infty\frac{1}{n^2}\right)$$ この式が「円周率の2乗を6で割った値」に収束するという解答を初めて得たのがオイラー氏とされます。 $$1+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{3^2}+\frac{1}{3^2}+\frac{1}{4^2}+\dots=\frac{\pi^2}{6} が解答$$
無限積の例:オイラーの「バーゼル問題」の解答と証明
数列{An}がある時、各項それぞれの全ての積A1A2A3・・・Anー1Anに対してn→∞を考えたものが無限積の式になります。
さて、これが一体何に使えるか?という事に関して数学者(理論物理学者等でもある)のオイラー氏は三角関数の sin x が x= 0,±π,±2π,±3π,・・・で0になる事から【特定の場合において】因数定理が利用できる「はず」だと考えたと言われています。すなわち無限積に因数分解するという事です。そんな事ができるのでしょうか?kを定数とします。
$$ とある無限積: k(x-0)\left(x-\pi\right) \left(x+\pi\right) \left(x-2\pi\right) \left(x+2\pi\right) \left(x-3\pi\right) \left(x+3\pi\right)\dots $$
$$= kx\left(x^2-\pi^2\right) \left(x^2-2^2\pi^2\right) \left(x^2-3^2\pi^2\right)\dots $$
とりあえず、このような無限積自体を考える事は可能です。これが三角関数 sin x の「展開」になり得るのかはひとまず置いておきましょう。
ところで、同じ考え方をすると同じ形の無限積は sin x を含む別の関数でも可能な「はず」です。そこでオイラー氏が目を付けたのが (sin x)/x だと言われています。この関数は x→0 で1に収束します。また、sinx をテイラー展開すると (sin x)/x は次式になります。
$$\frac{\mathrm{sin}x}{x}=1-\frac{x^2}{3!}+\frac{x^4}{5!}-\frac{x^6}{7!}+\dots$$
さて、この式を無限積に因数分解「できるとしたら」、x=0で値は1に収束する必要があります。さらに x= ±π,±2π,±3π,・・・でも値が0になる必要があります。
そのような因数は(1ーx/π),(1+x/π),{1+x/(2π)},{1-x/(2π)} ,・・・の形しかあり得ないとオイラー氏は考えたとされます。【※x=0では値が0にならないと分かっているので単独のxは因数には含まれません。】
$$因数が\left(1- \frac{x}{\pi}\right)\left(1+ \frac{x}{\pi}\right)\left(1- \frac{x}{2\pi}\right)\left(1+ \frac{x}{2\pi}\right)\left(1- \frac{x}{3\pi}\right)\left(1+ \frac{x}{3\pi}\right)\dots だとすると、$$
$$1-\frac{x^2}{3!}+\frac{x^4}{5!}-\frac{x^6}{7!}+\dots$$
$$=\left(1- \frac{x}{\pi}\right)\left(1+ \frac{x}{\pi}\right)\left(1- \frac{x}{2\pi}\right)\left(1+ \frac{x}{2\pi}\right)\left(1- \frac{x}{3\pi}\right)\left(1+ \frac{x}{3\pi}\right)\dots$$
$$=\left(1- \frac{x^2}{\pi^2}\right)\left(1- \frac{x^2}{2^2\pi^2}\right)\left(1- \frac{x^2}{3^2\pi^2}\right)\dots$$
ここで、x2の項だけに着目します。この式がx=0以外の任意の実数で成立するとするとx2の係数は一致しなければなりません。すると、次式が成立するはずです。
$$-\frac{1}{3!}=- \frac{1}{\pi^2}- \frac{1}{2^2\pi^2} -\frac{1}{3^2\pi^2}-\dots$$
$$すなわち、\frac{\pi^2}{6}=1+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{3^2}+\frac{1}{4^2}+\dots$$
これが無限積を使ったバーゼル問題の解答 π2/6=1+1/4+1/9+1/16+・・・(および導出過程・証明)になります。

対数による無限積の無限級数への変換
さて、有限のnの値で止めてある積A1A2A3・・・Anー1Anに対して対数を考えると、積は和の形に変形されます。対数の底は本質的には何でも良いのですが、微積分との相性から自然対数を考えるとします。(対数の底はe=2.718・・・であり、その時の log e を ln【ログ ナチュラル】で略記する慣例をここでは使います。)
ln(A1A2A3・・・Anー1An)= lnA1+lnA2+lnA3+・・・+lnAnー1+lnAn ですから、n→∞の時に右辺の無限級数が収束する【極限値との差をいくらでも小さくできる】のであれば左辺も収束し、対数の真数であるA1A2A3・・・Anー1Anについてn→∞とした時の無限積も収束する事になります。
そのため、無限級数lnA1+lnA2+lnA3+・・・の収束性が分かれば無限積の収束性も分かるという理論となっているわけです。
$$\prod_{n=1}^{\infty}a_n =a_1 a_2 a_3 a_4 \dotsに対して、$$ $$\mathrm{ln}\left(\prod_{n=0}^{\infty}a_n\right) =\sum_{n=1}^{\infty}\left(\mathrm{ln}a_n\right)= \mathrm{ln}a_1 +\mathrm{ln}a_2 +\mathrm{ln}a_3 +\mathrm{ln}a_4 +\dots を考える。$$
ちょっとした注意点として、「そもそもの無限積が0である時には無限積は発散するという事にする」という定義上の決まりがあります。これは、0に等しい無限積の対数をとると無限大に発散してしまう事が関係しています。
関連する事として、無限積にマイナスの数が無限個含まれる場合には収束しませんので無限積に含まれるマイナスの数は最初から有限個として考えるのが普通です。あるいは、符号が全てプラスとしてもし収束するなら後から有限個のマイナスの符号を乗じても収束しますので最初から無限積の因数は全てプラスであるとして考えます。

さて、対数で考えるとかえって難しくなるのでは?とも思えますが、実は次の便利な関係式があります。
$$有用な式:x>0 において、0<\mathrm{ln}(1+x)<x$$
【x=ln exで、1+xとexの大小を比較します。微分をすると導関数はそれぞれ1とexで、x=0でともに1です。(グラフはx=0で接する事になります。)他方、任意のx>0では1+xの導関数は定数1で一定であるのに対し、exの導関数は単調増加です。そのため、x>0の範囲においては
1+x<exであり、 ln(1+x) <xです。】
$$もう1つの式:a_n >0 の時には1+\sum_{n=1}^{\infty}a_n<\prod_{n=1}^{\infty}(1+a_n)$$
【右辺を展開すると、左辺+プラスの数の形になるので成立します。】
これらの式を使うと、次の定理を証明できます。
$$任意の自然数nに対しa_n >0 のもとで、$$ $$\prod_{n=0}^{\infty}(1+a_n)が収束する\Leftrightarrow \sum_{n=1}^{\infty}a_nが収束する$$
つまりこの形の場合には、最初は対数を考えるけれども収束性は対数がない無限級数の形を調べればよいという事になります。
$$証明:0<1+\sum_{n=1}^{\infty}\mathrm{ln}(1+a_n)<1+\sum_{n=1}^{\infty}a_n<\prod_{n=1}^{\infty}(1+a_n)$$ $$まず、-1<\sum_{n=1}^{\infty}a_n<-1 +\prod_{n=1}^{\infty}(1+a_n)$$ これによって無限積が収束⇒無限級数側は有界な単調増加数列となり収束。 $$次に、-1<\sum_{n=1}^{\infty}\mathrm{ln}(1+a_n)<\sum_{n=1}^{\infty}a_n$$ 無限級数側が収束⇒無限積の対数も有界な単調増加の数列なので収束し、もとの無限積も収束する事になります。
さて、バーゼル問題を無限積によって解く方法はこれに当てはまりそうで、微妙に当てはまりません。負の項が含まれるからです。しかし条件を追加すると別の定理が成立します。
バーゼル問題と無限積の収束性
無限積に関する2つめの定理を適用すると、バーゼル問題での無限積は少なくとも「収束する」事は言えます。しかし、実は無限積の収束性はより一般的には単純ではなく複雑です。特定の形をしている場合にのみ、比較的容易に収束性の判定ができます。無限を含む場合に因数定理がいつでも成立するのか?という問題も単純ではありません。バーゼル問題の解答は「天才的・画期的」な発想であるとともに、無限を含む場合の解析学的な複雑さと難しさも含んでいるものと言えるのです。
無限積に関する定理がもう一つ存在します。条件追加をする事で、もう少し広い範囲の関数の収束性が分かるというものです。
$$ある自然数nに対しa_n <0となる項を含んでいても、$$ $$\sum_{n=1}^{\infty}{a_n}^2が収束する時には、\prod_{n=0}^{\infty}(1+a_n)が収束する\Leftrightarrow \sum_{n=1}^{\infty}a_nが収束する$$
この定理の証明は、|x|<1/2の時に次の式が成立する事を示す事によって行われます。
$$不等式:|\mathrm{ln}(1+x)-x|\le x^2$$
左辺で絶対値を考えるのは、無限級数が「絶対収束」する事を示すためです。(絶対収束する無限級数は収束するため。)少し面倒ですが、不等式の関数を微分して導関数を調べると証明できます。
バーゼル問題に話を戻しますと、任意のx≠0において無限積の因数を2組ごとに乗じて1つの因数にした形を見てみると、無限積ではなく無限級数を考えた場合には次式を見れば良い事になります。
$$-\frac{x^2}{\pi^2}\left(1+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{3^2}+\frac{1}{4^2}+\dots\right)$$
このうちの後者の無限級数の因数は、バーゼル問題とは別の方法で値は「収束する」事が実は分かります。【公比が1/2の等比級数(幾何級数)の極限値より小さい事が示せて、有界な単調増加数列となるため。】ですので(sinx)/x を「因数分解」した無限積は少なくとも収束するという妥当性は持っているわけです。他方で sinx を同じ方法で無限積にできるかというと、話がややこしくなります。(sin x)/x を無限積に展開できるならば両辺にxを乗じればそれが解答という事になりそうですが、どのような時にでも無限積が収束するかといえばそうではないので注意が必要になるのです。バーゼル問題の解答の導出は「鮮やか」であるだけに、無限に関する厄介で面倒な問題が含まれているのは残念な事実ではあります。
注意すべき大事な事は、バーゼル問題の解答は「素晴らしく正解」ですが、同じような無限積の適用を一般化できるかというと遺憾な事ながら必ずしもそうではない、という事かと思われます。
正弦関数の無限積展開と複素関数論
さて、バーゼル問題の解答の「証明」や正弦関数の無限積の「因数分解」についてもっと式で厳密に表せないかというと、実は方法があります。ただしその導出の途中で複素関数論の少し面倒な理論を挟むので、その点に注意が必要です。
まず正弦関数の「因数分解」ですが、結論を言うと厳密にできます。結論は次式です。
z は実数だけでなく複素数でも成立します。 $$\sin(\pi z)=\pi z\prod_{n=1}^{\infty}\left(1-\frac{z^2}{n^2}\right)$$ この式でπz=xと置き直すと、z=x/πに注意して、次式が成立します。 $$\sin x=x\prod_{n=1}^{\infty}\left(1-\frac{x^2}{\pi^2n^2}\right)$$ すなわち、(sin x)/x が「因数分解できるはず」 と考えた式からの導出結果に一致します。
証明を簡易的にですが述べます。
結論の無限積の「対数微分」が直接的に重要な部分となります。対数微分の公式(本質的には合成関数の微分){ln f(x)}’=f ‘(x)/f(x) を使用します。
まず無限積の対数を考えて無限級数の項別微分をする(項別微分可能です)と次式です。
$$\frac{d}{dx}\mathrm{ln}\left\{x\prod_{n=1}^{\infty}\left(1-\frac{x^2}{\pi^2n^2}\right)\right\}= \frac{1}{x}+\sum_{n=1}^{\infty}\left(\frac{-2x}{\pi^2n^2}\cdot \frac{\pi^2n^2}{\pi^2n^2 -x^2}\right)$$
$$=\frac{1}{x}+\sum_{n=1}^{\infty}\frac{2x}{x^2-\pi^2n^2 }$$
無限積の各項を1つの分数にまとめてから対数微分の公式を使っています。(積の微分公式の使用ではなく、対数で和の形にしてから各項で対数微分している事に注意。)
この式の結果が、実は余接関数 cot x =(cos x)/(sinx) の無限級数展開に定数を乗じたものに等しいのです。
0以外の複素数z(実数含む)に対して次式が成立します。 $$\pi\mathrm{cot}(\pi z) =\frac{1}{z}+\sum_{n=1}^{\infty}\frac{2z}{z^2-n^2}$$ この式で再びπz=xと置き直すと、z=x/πに注意して、次式が成立します。 $$\pi\mathrm{cot}x =\frac{\pi}{x}+\sum_{n=1}^{\infty}\frac{2\pi x}{x^2-\pi^2n^2}$$ $$両辺を\piで除すると、\mathrm{cot}x =\frac{1}{x}+\sum_{n=1}^{\infty}\frac{2x}{x^2-\pi^2n^2}$$
【証明は?:この式の証明には複素関数論を使うのが一般的ですので、別の記事にて改めて紹介したいと思います。】
ところで、余接関数の分母は余弦関数で、これは正弦関数の導関数です。
つまり、cot x =(cos x)/(sinx) =(sin x)’/(sinx)=(ln sinx)’ とも書けます。
無限積の対数微分と正弦関数の対数微分が一致するので元の無限積は定数k を使って k sin x となり、(sinx)/x のx→0での極限値が1である事からk=1で無限積は sin x に等しい事になります。
正弦関数の無限積展開が証明されれば、(sinx)/x の無限積展開も正当化され、バーゼル問題の解答の導出も厳密に「正しい」という事になります。
オマケとして、余弦関数 cos x も無限積展開する事ができます。次式です。 $$\cos x =\prod_{n=1}^{\infty}\left\{1-\frac{4x^2}{\pi^2(2n-1)^2}\right\}$$ これも基本的に複素関数論の観点から導出されます。