方向余弦の定義と公式

方向余弦(direction cosine)とはベクトルに対して考えられる補助的な量で、ベクトルの大きさに乗じる事で各成分の値になるような余弦(コーサイン、cos)を指します。(空間ベクトルの平面への射影を考える時の余弦とは一般的に異なるものです。)

この方向余弦の応用として特に重要であるの直交座標同士の座標変換です。
(局所的には直交座標から直交曲線座標への変換もできます。)

■関連記事:ベクトルの内積

■応用例:直交曲線座標系の成分にベクトルを変換する方法

「方向余弦」の定義

方向余弦とは、ベクトルと座標軸とのなす角に対して考える余弦であり、xyzの空間での直交座標なら1つのベクトルに対して3つ定義されます。平面であれば2つです。

方向余弦の定義

大きさが0でないベクトル\(\overrightarrow{A}\) =(A,A,A)に対して
\(\left|\overrightarrow{A}\right|=A\) ( >0)とおくとして、
\(A\cos\theta_x=A_1\),  \(A\cos\theta_y=A_2\),  \(A\cos\theta_z=A_3\) である時、
余弦 cosθ,cosθ,cosθ を特に「方向余弦」と呼ぶことがあります。
本質的に関数としては普通の余弦 cosθと同じものではありますが、
ベクトルに関する性質と組み合わせる事で特有の関係式がいくつか成立するものになります。

「おおきさが0でないベクトル」という条件を付しているのは、ゼロベクトルに対して方向余弦の定義を適用するとベクトルの大きさも0ですが、成分も全て0なので方向余弦は「任意の角度の余弦」であってもよい事になってしまうからです。
そのため、定義自体をできないわけではありませんがゼロベクトルに対する方向余弦は
「あまり意味のないもの」になってしまうので、ここでは除外して考えるという事です。

方向余弦をベクトルの大きさに乗じる事で、ベクトルの成分が計算されます。
具体的で簡単な数値で考えてみると、例えば(1,1,1)のようなベクトルなら
ベクトルの大きさは\(\sqrt{3}\)なので、各軸に対する方向余弦は3つとも等しく1/\(\sqrt{3}\)になります。
\(\sqrt{3}\cdot\frac{1}{\large{\sqrt{3}}}=1\)であり、大きさ×方向余弦=成分となっています。

この時に、具体的な角度の値は必ずしも分かっていなくてもよい事も多くあります。
cosθ=1/\(\sqrt{3}\)に対しては角度は約54.7°、弧度法で0.955≒0.3πとも書けますが、
角度の値よりも「余弦の値」のほうが重要である場合も少なからずあります。
(特にこの記事で見て行く方向余弦の公式や諸性質・応用ではその傾向があります。)

このように方向余弦の定義自体は比較的簡単なものですが、
注意すべき点があるとすれば方向余弦は3次元の空間の場合には一般的に
「ベクトルをxy平面やxz平面に射影する余弦とは異なる」という事です。
平面であれば、方向余弦はx軸あるいはy軸に対してベクトルを射影する余弦でもあります。
空間の場合でも確かに「軸に対する射影」を行うベクトルであるとは言えますが、それはxy平面等の「平面に対する射影」とは異なるのです。

図で見ると、一般的に3次元空間でのベクトルの方向余弦はxy平面等に対して「斜めになった平面」における直角三角形の1つの角に対する余弦となります。

公式1:方向余弦の2乗和に対する公式

方向余弦は普通の余弦と同じく三角比や三角関数の公式が使えますが、特に方向余弦に対して成立する公式として「3つの方向余弦(平面であれば2つ)の2乗の和は1になる」というものがあります。

方向余弦の2乗和に対して成立する公式

3次元空間における3つの方向余弦に対しては次式が成立します。 $$\large{\cos^2\theta_x+\cos^2\theta_y+\cos^2\theta_z=1}$$ 平面では次式です。
(空間で1つの方向余弦だけが0と考えても同じ。) $$\large{\cos^2\theta_x+\cos^2\theta_y=1}$$ この公式は「方向余弦」について成立するものであり、
一般の余弦 cosθで成り立つものではありません。
平面の場合では図を見ると実質的には sinθ+cosθ=1 と同じである事も分かるでしょう。

この公式は式で考えても導出できますし、図による平面幾何的な導出も可能です。
(式で考えたほうが、実はやや簡単かもしれません。)

証明

式で見る場合には、ベクトルの大きさ(の2乗)を成分で敢えて表してみると公式がすぐに出ます。(同じベクトルでの内積で考えても同じです。)

ベクトルの大きさをAとすると方向余弦を使った成分は
(A cosθ,A cosθ,A cosθです。ここでA>0であるとします。
成分を使って敢えて大きさの2乗を計算すると
A cosθ+A cosθ+A cosθです。
しかし考えているベクトルの大きさは A なのですから、その式の値はAです。
A cosθ+A cosθ+A cosθ=A
A>0なので
cosθ+cosθ+ cosθ=1となり、公式が導出されます。

図で見る場合は、平面だと分かりやすくて式で見る場合と同じように三平方の定理で斜辺の長さを見れば数式だけで考えた時と同じ式を得ます。

また、同じ角度で三角比の意味での余弦を2回考えるという方法も可能です。
すなわち長さ A の斜辺に対して A cosθ を考えて、さらにそこを斜辺とする線分を探します。
するとベクトルが作る直角三角形において直角の頂点から斜辺に垂線を下ろした時に、
そこを境にA cosθの長さの部分とA cosθの長さに分かれる部分となる事が分かります。

空間の場合も似た考察ができますが、平面と比べるとどうしても単純さが失われる傾向があります。

三平方の定理を使うのが一番早く、式で考える場合と結局同じになります。
それ以外の方法だと、かえって複雑です。
図形的にはベクトルの辺はA cosθ+A cosθの部分とA cosθの部分に分かれます。

いずれにしても、方向余弦に関しての性質を調べる時には平面の場合は図形的な考察は比較的容易でも、空間の場合では式で取り扱ったほうが見やすい事を示唆しています。

平面の場合は、2つの方向余弦のうち1つはもう片方の角度から見た正弦と実質的には同じです。
平面の場合は図で見ても比較的分かりやすいですが、空間の場合だとやや複雑になる傾向があります。後述していく方向余弦の関係式や公式の証明では基本的に内積などの式による計算を使っています。

公式2:ベクトルの直線に対する射影についての関係式

ベクトル\(\overrightarrow{A}\) =(A,A,Aと始点のみを共有する直線があるとして、
始点からの長さが「その直線への\(\overrightarrow{A}\)の射影に等しい」ベクトルを\(\overrightarrow{B}\) とします。
どちらのベクトルもゼロベクトルではないとします。
その他、次のように設定を考えます。

  • \(\overrightarrow{B}\) =(B,B,Bとします。
  • \(\overrightarrow{A}\)と\(\overrightarrow{B}\) とのなす角をφとします。
  • \(\overrightarrow{A}\)の方向余弦の角度をθ,θ,θとします。
  • \(\overrightarrow{B}\)の方向余弦の角度をω,ω,ωとします。
  • ベクトルの大きさについては\(\left|\overrightarrow{A}\right|=A\)( >0)および \(\left|\overrightarrow{B}\right|=B\)( >0) とおきます。

この時、B=A cosφ ですが、他にも次の公式が成立します。

ベクトルの直線への射影と方向余弦の関係式

上記の設定のもとで、次式が成立します。 $$\large{\cosφ=\cos\theta_x\cos\omega_x+\cos\theta_y\cos\omega_y+\cos\theta_z\cos\omega_z}$$ $$\large{B=A_x\cos\omega_x+A_y\cos\omega_y+A_z\cos\omega_z}$$ これらの式が一体何を言っているのかというと、
最初の式は2つのベクトルのなす角の余弦を互いの方向余弦の積の和で表せる事、
2式目は1つのベクトルの大きさを3つの方向余弦と
「射影のもとになっている別のベクトルの成分」で表せるという事です。
また、1式目は2式目を導出するのに使う式でもあります。

複数の方向余弦が取り扱われる時にはl,m,nなどの文字によって方向余弦が書かれる事もありますが、ここでは普通の余弦として表記しています。

証明

第1式の証明は内積を使います。また、第1式から第2式を証明できます。

ベクトルの成分表示を方向余弦を使って書き、内積をとります。

\(\overrightarrow{A}\) =(A,A,A)=A (cosθ,cosθ,cosθ)
\(\overrightarrow{B}\) =(B,B,B)=B (cosω,cosω,cosω)
\(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B}\)=AB (cosθcosω+cosθcosω+cosθcosω)

他方で\(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B}\)=AB cosφ なので、
AB cosφ=AB (cosθcosω+cosθcosω+cosθcosω)
A>0かつB>0よりAB>0なので
cosφ=cosθcosω+cosθcosω+cosθcosω

次に2式目については、Acosφ=B の関係式に1式目の結果を代入します。
A cosθ=A等の関係を使って途中の変形を行います。

B=Acosφ
=A (cosθcosω+cosθcosω+cosθcosω)
=(A cosθ) cosω+(A cosθ) cosω+(A cosθ) cosω
=Acosω+ A cosω+Acosω

この2式目のほうの式は、次に見て行くように2つの直交座標においてベクトルの成分の変換公式を導出するのに必要です。(直交座標から直交曲線座標への変換も局所的には可です。)

公式3:2つの直交座標系でのベクトル成分の変換公式

原点を共有する2つの異なる直交座標を考えます。1つの直交座標に対して、もう片方の直交座標が原点を共有した状態で回転したような位置関係です。
この時のベクトルの成分に対する座標変換に対して、方向余弦を使う事ができます。

ここで言う「ベクトルの成分に対する座標変換」とは、
1つの直交座標における成分で表されたベクトルが、空間での大きさと向きは同じにしたままで
「別の直交座標から見た時」にはどのような成分で書けるだろうか?という問題です。

得られる公式は形が規則的ではあるのですが、3軸の3軸に対する方向余弦を考える必要があるので合計9個の方向余弦を必要とします。
それらは1~3の番号の組み合わせを使うと処理をしやすい場合もありますが
(線形変換的な式なので、特に行列などを使う場合など)、
ここではx,y,zとX,Y,Zの文字で区別を行う事にします。

原点を共有する2つの直交座標間の変換公式

原点を共有するxyz系とXYZ系の2つの直交座標軸があり、
片方はもう片方に対して原点回りに回転したような位置配置となっているとします。
この時にx,y,zの軸上のベクトルからX,Y,Zの軸への方向余弦を考えます。
x軸上のベクトルに対するY軸への方向余弦を cosθxYのように書く事にすると、
xyz座標系で成分を考えたベクトル\(\overrightarrow{A}\) =(A,A,A)(\(\neq\overrightarrow{0}\))を
XYZ座標系の成分(AX,AY,AX)で書く時の変換の式は次のようになります。

  • AX=AcosθXx +AcosθXy +AcosθXz
  • AY=AcosθYx +AcosθYy +AcosθYz
  • AZ=AcosθZx +AcosθZy +AcosθZz

また、逆にXYZ座標系の成分で書かれた(AX,AY,AX)を
xyz座標系の成分(A,A,A)で書くには次のような変換をします。

  • A=AXcosθXx +AYcosθYx +AZcosθZx
  • A=AXcosθXy +AYcosθYy +AZcosθZy
  • A=AXcosθXz +AYcosθYz +AZcosθZz

後述しますが、2つの異なるベクトルに対してこの変換を適用した時に
2つのベクトルの内積は変換前と変換後で値は同じ(=不変)になります。
(そこから前提である2つのベクトルの大きさも変換の前後で値は同じという事も見れます。)

ここでも考えているベクトルはゼロベクトルを除いていますが、考えている2つの直交座標系は原点を共有しているという設定なので、原点におけるゼロベクトルはそもそも変換の必要はなくどちらの座標系でも同じ成分(0,0,0)として共有されている事になります。

上記の変換の3式は線形結合の形なので、次のように行列の積で表現する事もできます。
また、方向余弦の添え字が一定の規則性を持つので行と列に上手く対応させる事ができます。 $$ \left(\begin{array}{c} A_X\\ A_Y\\ A_Z\end{array}\right) = \left(\begin{array}{lcr} \cos\theta_{Xx} &\cos\theta_{Xy}&\cos\theta_{Xz}\\ \cos\theta_{Yx} &\cos\theta_{Yy}&\cos\theta_{Zy}\\ \cos\theta_{Zx} &\cos\theta_{Yz}&\cos\theta_{Zz}\end{array}\right) \left(\begin{array}{c} A_x\\ A_y\\ A_z\end{array}\right) $$ 3行3列程度ならわざわざ行列にするよりも普通に式で書く方が早いし分かりやすいと見るか、
行列で見たほうが規則性が明らかで書く手間も少し減ると見るかは人それぞれと思われます。

9つの方向余弦の位置関係を表にして整理すると次のようになります。

方向余弦X軸からY軸からZ軸から
x軸へcosθXxcosθYxcosθZx
y軸へcosθXycosθYycosθZy
z軸へcosθXzcosθYzcosθZz
方向余弦の添え字が規則的で、式が線形結合の形なので行列の積で関係式を書く事もできます。また、ここでのアルファベットの添え字を番号に変えると行列の行と列の番号に対応させる事もできます。

余弦が角度のプラスマイナスで同じ値になる事を考えると、これらの方向余弦は「xyz系の軸からXYZ系の軸への方向余弦」を考えた時と同じ値になります。つまり例えば「z軸からY軸への方向余弦」は「Z軸からy軸への方向余弦cosθZy」と同じものを使ってよいという事です。
ただしxyz系の軸からXYZ系変換への公式は導出過程に由来して、
単純にx,y,zとX,Y,Zの置き換えをすればよいわけではなく
「x軸から考えた場合の3つの方向余弦」を使う必要があります。
表で言うと、
XYZ系への変換では1つの変換につき「縦」の3つを使うのに対して、
xyz系への変換では1つの変換につき「横」の3つを使う事になります。

ここで具体的な角度よりも「余弦の値」自体のほうが基本的に重要となる事を考えて、
方向余弦を cosθXy=CXyのように略記すると次のように書けます。

方向余弦X軸からY軸からZ軸から
x軸へCXxCYxCZx
y軸へCXyCYyCZy
z軸へCXzCYzCZz

さらに、添え字をアルファベットではなく1~3の番号だけで書くと次のようになります。

方向余弦X軸からY軸からZ軸から
x軸へC11C12C13
y軸へC21C22C23
z軸へC31C32C33

変換後の式が線形変換の形になっている事に由来して方向余弦の配列を行列として扱う時には、添え字の組み合わせと行・列の番号が一致するので便利な事もあります。また、和をシグマ記号で表したい時も添え字がアルファベットではなく番号になっているほうが便利です。
ただし2種類の添え字を同じ1~3の番号で表すと、どの軸からどの軸への方向余弦を考えているかといった図的な位置関係は少し見えにくくなります。そのため、この記事では番号ではなくアルファベットによる添え字を使用しています。いずれの表示方法でも表現する事自体は同じです。

この公式の変換は原点を始点として考えていますが、任意の点を始点とする場合でもそこを基準に考えるかベクトルを原点に平行移動して考える事によって変換公式を適用する事ができます。直交座標系ではベクトルの向き(および大きさ)を保ったまま平行移動を行っても軸とのなす角は同じ値に保たれます。つまり方向余弦の値も同じものが使えるので、上記の変換公式を適用できます。

証明

変換公式の証明には前述の「ベクトルの直線への射影と方向余弦の関係式」を使います。本質的には、意味を把握しているならその関係式に当てはめる事で変換の式はそのまま導出できます。

(再掲)ベクトルの直線への射影と方向余弦の関係式

前述の公式を書くと次の通りです。
ここでは射影ベクトルの始点からの距離を表すほうの式だけを使います。 $$\large{B=A_x\cos\omega_x+A_y\cos\omega_y+A_z\cos\omega_z}$$ 変換公式の証明用に変数を対応させると次のようになります。 $$\large{A_X=A_x\cos\theta_{Xx}+A_y\cos\theta_{Xy}+A_z\cos\theta_{Xz}}$$ 実はこれで変換公式の証明に既になってしまっているのですが、
以下もう少し詳しく説明を加えます。

まず、xyz系からXYZ系への変換を考えたいので
「AをA,A,Aと方向余弦で表す」事を考えます。
そこで、ベクトル\(\overrightarrow{A}\)のXYZ系の各軸への射影を1つずつ考えます。
すると、ベクトルの終点から軸に下ろした垂線の足と始点までの距離は、
実はそれがそのまま「XYZ系における座標成分」になっています。

すると「X軸からのx軸」「X軸からのy軸」「X軸からのz軸」への方向余弦を考えて、公式に当てはめればXYZ系でのベクトル\(\overrightarrow{A}\)の「X成分」が得られるという流れです。
それが AX=AcosθXx +AcosθXy +AzcosθXzの式になります。

Y軸についても同様に「Y軸からのx軸」「Y軸からのy軸」「Y軸からのz軸」への方向余弦を考え、
Z軸についても同様に「Z軸からのx軸」「Z軸からのy軸」「Z軸からのz軸」への方向余弦を考えて
AY=AcosθYx +AcosθYy +AcosθYz および
AZ=AcosθZx +AcosθZy +AcosθZz の式を得ます。

逆変換の式の場合

同じ考え方で、XYZ系の成分で表されたベクトルをxyz系の成分で表す逆変換の式も作れます。
ただし「考え方」が同じでも使う方向余弦が違ってくるので注意も必要です。【余弦の値自体はx軸からY軸の方向余弦はY軸からx軸への方向余弦と同じものを使えます。cosθ=cos(-θ)であるため。】

xyz系からの変換を考える時には、使う方向余弦は次のようになります。

Aを表すために使う方向余弦Aを表すために使う方向余弦Aを表すために使う方向余弦
「x軸からX軸」cosθXx
「x軸からY軸」cosθYx
「x軸からZ軸」cosθZx
「y軸からX軸」cosθXy
「y軸からY軸」cosθYy
「y軸からZ軸」cosθZy
「z軸からX軸」cosθXz
「z軸からY軸」cosθYz
「z軸からZ軸」cosθZz

XYZ系からの変換の時とは微妙に違っていて、各変換の式で使用する方向余弦のうち1つは共通していて残り2つは異なっています。(行列表示で言えばcosθXxなどの対角成分は共通していて、残り2つが違うものになっています。)

式で使うベクトル\(\overrightarrow{A}\)の成分についてはXYZ系での成分であるA,A,Aを使用します。
これらによって、xyz系での成分であるA,A,Aを表す式を得るわけです。

すなわち
A=AXcosθXx +AYcosθYx +AZcosθZx
A=AXcosθXy +AYcosθYy +AZcosθZy
A=AXcosθXz +AYcosθYz +AZcosθZz の3式が導出されます。

局所的には直交曲線座標への変換にも適用可能である件

上記の方向余弦による直交座標間のベクトルの変換公式は、
局所的には極座標や球面座標などの「直交曲線座標」にも適用可能です。
その事についてもここで簡単に触れておきます。

ここで「局所的に」というのは、直交曲線座標においては1つ1つの点において2つまたは3つの座標曲線(極座標だと同心円と放射状に伸びる直線)の接線ベクトルが互いに直交するので、そこに限定して見れば「直交座標とみなせる」という事を指します。

ただし直交曲線座標では一般的に、そのような局所的には直交座標の軸とみなせる接線ベクトルも位置を変えれば向きが変わってしまいます。ですので直交曲線座標においては「向きが異なる局所的な直交座標」が至るところに存在するという感じです。

そのため、直交曲線座標に対して上記の変換公式を使う時には方向余弦を微分や偏微分を使って表します。そのようにする事で、変換の式が座標変数による関数として表せるので、結果的に領域全体での変換を表す事が可能になります。これは微分方程式に対して基本ベクトルを変更する形での極座標変換を行う時などに重要になります。

基本ベクトルを変更しない形での微分方程式の極座法変換もあり、その場合には方向余弦を使った公式は不要になります。
方向余弦を使った変換公式を適用する必要があるのは力ベクトルなども含めたベクトル場の成分をx,y,zではなくr,θ,φで表し、rやθによる変化を考えたい場合です。

直交座標から直交曲線座標へのベクトルの成分の変換を行う時には方向余弦を微分や偏微分によって表す事になります。微積分・ベクトル解析的な考察は多少必要ですが、方向余弦による変換の公式自体は直交座標同士の変換の場合と同じ形で考える事ができます。図で、方向余弦はCの文字と添え字によって略記しています。
直交曲線座標への変換での方向余弦の具体的な関数形は表し方が2通りあり、いずれも微分・偏微分によって表されます。

公式4:直交座標変換における方向余弦の関係式

上記は9つの方向余弦を使った「成分についての座標変換の公式」でしたが、
9つの方向余弦自体に対して成立する関係式も公式として存在します。

直交座標の変換における方向余弦同士の関係式

■ J,K =X,Y,Z のそれぞれ(J≠K)に対して次式が成立します。
$$\large{ \cos\theta_{Jx}\cos\theta_{Kx}+\cos\theta_{Jy}\cos\theta_{Ky}+\cos\theta_{Jz}\cos\theta_{Kz}=0 }$$ ■ j=x,y,z のそれぞれに対して次式が成立します。 $$\large{ \cos^2\theta_{Xj}+\cos^2\theta_{Yj}+\cos^2\theta_{Zj}=1 }$$ ■ j, k = x,y,z のそれぞれ(j≠k)に対して次式が成立します。
【j=kの時は第2式になります。】 $$\large{ \cos\theta_{Xj}\cos\theta_{Xk}+\cos\theta_{Yj}\cos\theta_{Yk}+\cos\theta_{Zj}\cos\theta_{Zk}=0 }$$ ■J=X,Y,Z のそれぞれに対して次式が成立します。
(第1式の左辺でJ=Kとした時に相当。) $$\large{ \cos^2\theta_{Jx}+\cos^2\theta_{Jy}+\cos^2\theta_{Jz}=1 }$$ J≠Kおよびj≠kのもとで
第1式の意味は「XYZ系の2つの軸からのxyz系の1つの軸への方向余弦の積の和は0になる」
第2式の意味は「xyz系の1つの軸からのXYZ系の各軸への方向余弦の2乗和は1になる」
第3式の意味は「xyz系の2つの軸からのXYZ系の1つの軸への方向余弦の積の和は0になる」
という事になります。
第3式でj=kとした場合が第2式、
第1式でJ=Kとした場合が第4式であり、値が変わる事になります。
(j=kとj≠kおよびJ=KとJ≠Kの場合分けで全体を2式にまとめる事もできます。)
第2式と第4式は、空間内の直交座標系の任意のベクトルに対して「各軸への方向余弦の2乗和は1になる」という公式と実は同じものであるという見方もできます。

これらの公式は「暗記」するようなものではなく、このような規則的な関係が成立するという認識のもと、もし必要であれば適宜参照すればよいと考えるべきでしょう。後述する「原点を共有する直交座標間の変換の前後でベクトルの内積は不変である」事の証明ではこれらの関係式の一部を使います。

この図での各方向余弦は、略記で記しています。公式が表す結果で考えると、要するに和を考えると0になる関係式と1になる関係式がそれぞれ2つずつ、計4つ存在します。xyz系の軸とXYK系の軸の対応関係から整理すると比較的見やすいかもしれません。

$$ \left(\begin{array}{c} A_X\\ A_Y\\ A_Z\end{array}\right) = \left(\begin{array}{lcr} \cos\theta_{Xx} &\cos\theta_{Xy}&\cos\theta_{Xz}\\ \cos\theta_{Yx} &\cos\theta_{Yy}&\cos\theta_{Zy}\\ \cos\theta_{Zx} &\cos\theta_{Yz}&\cos\theta_{Zz}\end{array}\right) \left(\begin{array}{c} A_x\\ A_y\\ A_z\end{array}\right) =\left(\begin{array}{lcr} C_{11} &C_{12}&C_{13}\\ C_{21} &C_{22}&C_{23}\\ C_{31} &C_{32}&C_{33}\end{array}\right) \left(\begin{array}{c} A_x\\ A_y\\ A_z\end{array}\right)$$ のように方向余弦を略記して、さらに行列の要素に対応する番号で表す時には
上記の公式は次のようにも書けます。 $$\sum_{n=1}^3C_{Jn}C_{Kn}=0\hspace{5pt}(J\neq K)$$ $$\sum_{n=1}^3(C_{nj})^2=1$$ $$\sum_{N=1}^3C_{Nj}C_{Nk}=0\hspace{5pt}(j\neq k)$$ $$\sum_{n=1}^3(C_{Jn})^2=1$$ (J,K=1,2,3は、ここでは行の番号です。j,k=1,2,3はここでは列の番号。)

公式行列要素での表記
 cosθJxcosθKx
+cosθJycosθKy
+cosθJzcosθKz=0
(J≠Kの時)
 cosθXxcosθZx
+cosθXycosθZy
+cosθXzcosθZz=0
【X,Z軸からの方向余弦の積の和】
$$\sum_{n=1}^3C_{Jn}C_{Kn}=0\hspace{5pt}(J\neq K)$$
 cosθXj
+cosθYj
+cosθZj=1

(第3式でj=kの時)
 cosθXy
+cosθYy
+cosθZy=1

【y軸への方向余弦の2乗和】
$$\sum_{n=1}^3(C_{nj})^2=1$$
 cosθXjcosθXk
+cosθYjcosθYk
+cosθZjcosθZk=0

(j≠kの時)
 cosθXxcosθXz
+cosθYxcosθYz
+cosθZxcosθZz=0

【x,z軸への方向余弦の積の和】
$$\sum_{N=1}^3C_{Nj}C_{Nk}=0\hspace{5pt}(j\neq k)$$
 cosθJx
+cosθJy
+cosθJz=0
(第1式でJ=Kの時)
 cosθZx
+cosθZy
+cosθZz=0

【Z軸からの方向余弦の2乗和】
$$\sum_{n=1}^3(C_{Jn})^2=1$$

証明

証明はいずれも内積計算を使いますが、2乗和の形の式はそれ以外の方法でもできます。
ここで考えるベクトルは任意のベクトルではなく「始点と終点が軸上にあるベクトル」です。
以下、そのようなベクトルを「軸に重なるベクトル」と呼ぶ事にします。
1つの座標系における軸に重なるベクトルであっても、別の座標系から見た成分で書くと通常のベクトルとして扱われる事になり、その事をここでの証明でも使います。

第1式

第1式については、X,Y,Z軸の異なる2つの軸は直交しますから、それらの軸上のベクトル同士の内積は0です。そこで、ベクトルの成分で内積を計算して0に等しいとする事で証明されます。(同じ1つの軸同士【公式でJ=K】であれば当然直交はせず、内積は大きさの2乗になります。それは第4式の証明です。)

J≠Kの時に J 軸と K 軸(例えばX軸とZ軸)は直交するので、
大きさが P(>0)のJ軸上のベクトル\(\overrightarrow{P}\)について成分はxyz系での座標で書ける事に注意すると
\(\overrightarrow{P}\)= P (cosθJx,cosθJy,cosθJz)
同じように大きさがQ(>0)であるK軸に重なるベクトル\(\overrightarrow{Q}\) は次のように書けます。
\(\overrightarrow{Q}\)= Q (cosθKx,cosθKy,cosθKz)
2つのベクトルは直交するので内積は0であり、
\(\overrightarrow{P}\cdot\overrightarrow{Q}\)=PQ(cosθJxcosθKx+cosθJycosθKy+cosθJzcosθKz)=0
PQ≠0なので J≠K であれば
cosθJxcosθKx+cosθJycosθKy+cosθJzcosθKz=0

第2式

第2式については、xyz系の軸に重なるベクトルから見て考えます。
xyz系のj軸(例えばy軸)に重なる大きさ(p>0)のベクトル\(\overrightarrow{p}\)を考えて、
成分をXYZ系の座標として書きます。
方向余弦はXYZ系からxyz系へのものを選んで使う事ができ、
k軸からX,Y,Zに向かうものを選ぶ事に注意すると次のように書けます。
\(\overrightarrow{p}\)= p (cosθXj,cosθYj,cosθZj)
同じベクトル同士の内積\(\overrightarrow{p}\cdot\overrightarrow{p}\)を考えるか、
成分で計算したベクトルの大きさ=pと考える事で結果の式を得ます。
\(\overrightarrow{P}\cdot\overrightarrow{P}\)=p(cosθXj+cosθYj+cosθZj)=p
p>0なので
cosθXk+cosθYk+cosθZk=1

この式は第3式でj=kとして考えた場合でもあります。

第3式

第3式はxyz系から見て、第1式の時と同じように考えます。
j,k=x,y,zでj≠kのもとで、p>0およびq>0が大きさである
j軸とk軸に重なる2つのベクトルを考えると、2つのベクトルは直交します。
両者をXYZ系の座標で書き、内積を成分で計算して0になるとおくと結果の式を得ます。
\(\overrightarrow{p}\)= p(cosθXj,cosθYj,cosθZj)
\(\overrightarrow{q}\)= q (cosθXk,cosθYk,cosθZk)
\(\overrightarrow{p}\cdot\overrightarrow{q}\)=pq(cosθXjcosθXk+cosθYjcosθYk+cosθZjcosθZk)=0

p>0かつq>0なのでj≠kであれば
cosθXjcosθXk+cosθYjcosθYk+cosθZjcosθZk=0

第4式

第4式は、第1式において大きさがP (>0)の1つのベクトル同士の内積か大きさを成分で計算する事で結果の式を得ます。
\(\overrightarrow{P}\cdot\overrightarrow{P}\)=P(cosθJx+cosθJy+cosθJz)=P
P>0なので
cosθJx+cosθJy+cosθJz=1

第2式と第3式はxyz系から見て計算を考えましたが、得られた方向余弦の関係式はXYZ系をxyz系に変換する場合でも成立しているので必要があれば使ってもよい事になります。
また、第2式と第4式に関しては成分を考えている座標系だけから見れば「ある1つのベクトル」を考えている事になります。そのため、前述の「方向余弦の2乗和は1になる」という公式と実は同じものであるという見方もできます。

方向余弦を使った直交座標の変換の前後において内積は不変である事の証明

座標変換をした時に値が変わらない量(「不変量」)についての考察は数学的に重要で、扱う対象によっては物理学でも重要となる場合もあります。

ところで前述の原点を「共有する直交座標同士のベクトルの成分の変換」は、ベクトル自体はいじっていないはずなので変換前と変換後で大きさは「同じはず」です。もしも、現に計算したらベクトルの大きさの値が変わってしまうなどという結果が出たら整合性がとれず困った事になります。
しかし実際は計算をしてもベクトルの大きさは同じ値に保たれる事が数式でも分かります。
そして実は、変換前と変換後ではベクトルの大きさだけでなく内積が同じ値に保たれているのです。

方向余弦を使った座標変換の前後における内積

2つのベクトルの成分を、原点を共有する2つの直交座標間で変換するとします。
\(\overrightarrow{A}\) =(A,A,A)および\(\overrightarrow{B}\) =(B,B,B)を考えて、
変換後の座標はそれぞれ
(AX,AY,AZ)および(BX,BY,BZ)であるとします。
この時に2つのベクトルの内積\(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B}\) の値は、変換前のxyz系の座標成分で計算しても、
変換後の座標成分で計算しても同じ値になります。 $$\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B}=A_xB_x+A_yB_y+A_zB_z=A_XB_X+A_YB_Y+A_ZB_Z$$ 同じベクトル同士の内積を考える事により、
変換の前後でベクトルの大きさも同じ値に保たれる事も確認される事になりす。
(外積ベクトルについては変換によって異なるベクトルに変化してしまいます。)

証明

変換後の成分で内積を計算し、変換前の内積の値に等しくなる事を示します。

2つのベクトルの変換について、使用する方向余弦は「座標軸から座標軸へのもの」なので共通して使う事ができます。

  • AX=AcosθXx +AcosθXy +AcosθXz
  • AY=AcosθYx +AcosθYy +AcosθYz
  • AZ=AcosθZx +AcosθZy +AcosθZz
  • BX=BcosθXx +BcosθXy +BcosθXz
  • BY=BcosθYx +BcosθYy +BcosθYz
  • BZ=BcosθZx +BcosθZy +BcosθZz

さて、これの内積を計算するとなるとX成分だけで見ても9つの項ができる事になりますが
規則性があるので全体としても3項の和の塊が9つという形です。
さらに前述の座標変換時の方向余弦に関する関係式を使うと、実は多くの部分が0になるのです。

  1. ABcosθXx+ABcosθYx+ABcosθZx=AB
    【∵cosθXx+cosθYx+cosθZx=1】
  2. ABcosθXxcosθXy+ABcosθYxcosθYy+ABcosθZxcosθZy=0
    【∵cosθXxcosθXy+cosθYxcosθYy+cosθZxcosθZy=0】
  3. ABcosθXxcosθXz+ABcosθYxcosθYz+ABcosθZxcosθZz=0
    【∵cosθXxcosθXz+cosθYxcosθYz+cosθZxcosθZz=0】
  4. ABcosθXy+ABcosθYy+ABcosθZy=AB
    【∵cosθXy+cosθYy+cosθZy=1】
  5. ABcosθXycosθXx+ABcosθYycosθYx+ABcosθZycosθZx
    【∵cosθXxcosθXy+cosθYxcosθYy+cosθZxcosθZy=0(2番目の計算と同じ)】
  6. ABcosθXycosθXz+ABcosθYycosθYz+ABcosθZycosθZz=0
    【∵cosθXycosθXz+cosθYycosθYz+cosθZycosθZz=0】
  7. ABcosθXzcosθXx+ABcosθYzcosθYx+ABcosθZzcosθZx=0
    【∵cosθXxcosθXz+cosθYxcosθYz+cosθZxcosθZz=0(3番目の計算と同じ)】
  8. ABcosθXzcosθXy+ABcosθYzcosθYy+ABcosθZzcosθZy=0
    【∵cosθXycosθXz+cosθYycosθYz+cosθZycosθZz=0(6番目の計算と同じ)】
  9. ABcosθXz+ABcosθYz+ABcosθZz=AB
    【∵cosθXz+cosθYz+cosθZz=1】

ここでは一応全部記してみましたが、
「2番目と5番目」「3番目と7番目」「6番目と8番目」は
掛け合わせる方向余弦の順番が違うだけで実質的に同じ計算であり、しかも値が0になります。
つまり6式については実は3組のほぼ同じ計算の式で、しかも0になって消えるわけです。
残るのは他の3つだけで、それらは方向余弦の部分が上手い具合に1になります。
よって、XYZ系に成分を変換後の内積の値は
AB+AB+ABとなり、
これは変換前の内積の値に一致するわけです。

シグマ記号で計算する場合、1~3の番号を使った処理も可能です。

XYZ系からxyz系への逆変換の式でも、内積の不変性は同様に証明も同様に可能です。

乗じる項の順番が異なるだけで実質的に同じ計算になる2組の箇所が3つあったのはあながち偶然ではなくて、実は行列の非対角部分でC12とC21のような転置の配置にある要素の組がそれらに該当します。
また、計算結果が0にならなかった部分は対角部分の3つです。
ここでの変換の場合に方向余弦が行列の要素に対応するような結果の式であったので、そのような規則性が見れるわけです。

上記の証明について、シグマ記号を使った証明も記します。
番号を使ってやる事も可能ですが、ここではアルファベットのままやる方法を書きます。
方向余弦はcosθXz=CXzのような略記号を使います。$$\large{\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B}=\sum_{J=X,Y,Z}A_JB_J}$$ $$\large{=\sum_{J=X,Y,Z}\left\{\left(\sum_{j=x,y,z}C_{Jj}A_j\right)\left(\sum_{k=x,y,z}C_{Jk}B_k\right)\right\}}$$ $$\large{=\sum_{J=X,Y,Z}\left(\sum_{j,k=x,y,z}C_{Jj}C_{Jk}A_jB_k\right)}$$ $$\large{=\sum_{j,k=x,y,z}\left\{A_jB_k\left(\sum_{J=X,Y,Z}C_{Jj}C_{Jk}\right)\right\}}$$ この式をよく見ると、1つのJを決めてj,k=x,y,zについて加え合わせた時に、
前述の公式によりj=kの場合以外は0になる事が分かります。 $$j\neq kの時、\large{ \cos\theta_{Xj}\cos\theta_{Xk}+\cos\theta_{Yj}\cos\theta_{Yk}+\cos\theta_{Zj}\cos\theta_{Zk}=0なので、 }$$ $$j\neq kの時、\large{A_jB_k\left(\sum_{J=X,Y,Z}C_{Jj}C_{Jk}\right)=0}$$ よって内積はk=jの項だけ考えればよい事になりますが、
k=jの時は同じ形の式が1になるので結局、方向余弦は全て式から無くなります。
整理すると、次のようになります。 $$ \large{\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B}=\sum_{j=x,y,z}\left\{A_jB_j\left(\sum_{J=X,Y,Z}C_{Jj}C_{Jj}\right)\right\}} $$ $$\large{=\sum_{j=x,y,z}\left(A_jB_j\right)}$$ これによってXYZ系の成分による内積の結果と、
xyz系の成分による内積の結果が等しい事が示されます。

平行四辺形の面積【ベクトルでの公式】

平行四辺形の面積は「底辺×高さ」です。(参考:台形の面積公式と同じ考え方)
他方で、「直交座標上の2つのベクトルが作る平行四辺形」の面積を、
「ベクトルの大きさと内積」あるいは「ベクトルの成分」で表す方法と公式があります。

(ベクトルが作る「三角形」の面積については、単純に平行四辺形の面積を半分個を考えます。)

ベクトルが作る平行四辺形の面積

原点を始点とする2つのベクトル\(\overrightarrow{a}=(a_1,a_2)\) と \(\overrightarrow{b}=(b_1,b_2)\) があり、なす角度がθであるという。
その時に、2つのベクトルを組み合わせて作られる平行四辺形の面積Sは次の公式で計算できます: $$S=|\overrightarrow{a}||\overrightarrow{b}||\sin\theta|=\sqrt{|\overrightarrow{a}|^2|\overrightarrow{b}|^2-(\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b})^2}=|a_1b_2-a_2b_1|$$

後述するように、考え方は3次元での2つの空間ベクトルが作る平行四辺形にも適用できます。

平面ベクトルの場合

まず、考え方としては単純に「底辺×高さ」で行きます。

そして、「底辺」の長さについては1つのベクトルの大きさを使います。

次に、もう1つのベクトルの大きさの正弦が「高さ」になるのです。

そこで、三角比の公式 sinθ+cosθ=1を使って正弦を余弦で表します。
(この公式は三角関数の範囲の一般角でも成立します。)

$$底辺:|\overrightarrow{a}|$$

$$高さ:|\overrightarrow{b}|\sin\theta$$

$$公式から【0<\theta <\piの時】:\sin\theta=\sqrt{1-\cos^2\theta}$$

$$\left(-\pi<\theta <0の時は\sin\theta=-\sqrt{1-\cos^2\theta}ですが、面積を考える時はその絶対値を考えます\right)$$

平面ベクトルが作る平行四辺形の面積

さらに余弦をベクトルの内積と大きさで表せる事に注意すると、
平行四辺形の面積を「ベクトルの大きさと内積」だけで表せます。ここで、もし2ベクトルが成す角が直角であれば直ちに長方形で面積は確定するので、直角でない時を考えます。

$$\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b}=|\overrightarrow{a}||\overrightarrow{b}|\cos\theta$$

$$\cos\theta=\frac{\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b}}{|\overrightarrow{a}||\overrightarrow{b}|}$$

以上の事を代入しながら繋げていって、平行四辺形の面積を計算できるわけです。
一見すると無理やり計算しても滅茶苦茶な式になってしまいそうですが、実は分母と分子がうまく噛み合って比較的単純な形になります。(sinθが負になる場合も考慮して絶対値の|sinθ|を考えますが、要するにプラスの値だけ考えるという意味になります。)

$$S=|\overrightarrow{a}||\overrightarrow{b}||\sin\theta|=|\overrightarrow{a}||\overrightarrow{b}|\sqrt{1-\cos^2\theta}$$

$$=|\overrightarrow{a}||\overrightarrow{b}|\sqrt{1-\frac{(\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b})^2}{|\overrightarrow{a}|^2|\overrightarrow{b}|^2}}=\sqrt{|\overrightarrow{a}|^2|\overrightarrow{b}|^2\left(1-\frac{(\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b})^2}{|\overrightarrow{a}|^2|\overrightarrow{b}|^2}\right)}$$

$$=\sqrt{|\overrightarrow{a}|^2|\overrightarrow{b}|^2-(\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b})^2}$$

平方根の根号(√)の中にベクトルの大きさを2乗の形で入れてしまう事で、このようになるわけです。
この式は、平面でも3次元の空間でも成立します。

ここで、さらにベクトルの成分を使うと別の公式を導出できます。

$$\overrightarrow{a}=(a_1,a_2)\hspace{10pt}\overrightarrow{b}=(b_1,b_2)のもとで、$$

$$|\overrightarrow{a}|^2|\overrightarrow{b}|^2=(a_1\hspace{2pt}^2+a_2\hspace{2pt}^2)(b_1\hspace{2pt}^2+b_2\hspace{2pt}^2)=(a_1b_1)^2+(a_1b_2)^2+(a_2b_1)^2+(a_2b_2)^2$$

$$(\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b})^2=(a_1b_1+a_2b_2)^2=(a_1b_1)^2+(a_2b_2)^2+2a_1b_1a_2b_2$$

一見ちょっと面倒な形になっていますが、引き算するとなくなる項が出てきます。

$$|\overrightarrow{a}|^2|\overrightarrow{b}|^2-(\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b})^2=(a_1b_1)^2+(a_2b_1)^2-2a_1b_1a_2b_2=(a_1b_2-a_2b_1)^2$$

このように上手く2乗の形になるので、平行四辺形の面積は次のようにも書けるわけです。

$$S=\sqrt{|\overrightarrow{a}|^2|\overrightarrow{b}|^2-(\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b})^2}=\sqrt{(a_1b_2-a_2b_1)^2}=|a_1b_2-a_2b_1|$$

最後に絶対値記号をつけているのはabーabという値がプラスかマイナスかはその時々によって違うので、どちらにせよ絶対値を考えれば面積になるという意味です。

この公式は、重積分の変数変換の公式の中で使ったりもします。

空間ベクトルの場合

3次元の空間ベクトルの場合でも、同じくベクトルの成分で平行四辺形の面積を表せます。
この場合にはまとめ方がちょっと面倒で、2乗の形の3つの式の和が平方根の中に入る形になります。

$$S=|\overrightarrow{a}||\overrightarrow{b}||\sin\theta|が空間ベクトルでも成立する事に注意して、$$

$$\overrightarrow{a}=(a_1,a_2,a_3)\hspace{10pt}\overrightarrow{b}=(b_1,b_2,b_3)のもとでは、$$

$$S=\sqrt{|\overrightarrow{a}|^2|\overrightarrow{b}|^2-(\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b})^2}$$

$$=\sqrt{(a_1b_2)^2+(b_1a_2)^2+(a_1b_3)^2+(b_3a_1)^2+(a_2b_3)^2+(a_3b_2)^2-2(a_1b_1a_2b_2+a_1b_1a_3b_3+a_2b_2a_3b_3)}$$

$$=\sqrt{(a_1b_2-b_1a_2)^2+(a_1b_3-b_3a_1)^2+(a_2b_3-a_3b_2)^2}$$

この表示は、3次元ベクトルの外積(ベクトル積、クロス積)を使用する時に使う場合もあります。

◆外積の計算で使う場合には、上記の面積の式は$$S=\sqrt{(a_2b_3-a_3b_2)^2+(a_1b_3-b_3a_1)^2+(a_1b_2-b_1a_2)^2}$$のように順番だけ並び替えたほうが外積ベクトルの成分との対応が明確になります。
平方根の中の2乗になっているそれぞれの項が、実は2次元平面上の「平行四辺形」の形になっている事に注意。これは、3次元空間の中でのちゃんとした幾何的な意味も持っていて、外積ベクトルを使う計算で重要になります。

3次元空間での平行四辺形の面積

行列式の基本公式

行列式について成立する基本公式をまとめてます。
一般のn次の行列式の定義だけでも大変面倒であるわけですが、ここで述べる公式によって特定の条件のもとでの行列式の値を計算するのが容易になる、行列式を含む理論計算が簡易になる等の利点があります。

行列式については、次のような基本性質が成立します。扱う行列は全て正方行列とします。

  1. 列ベクトルに対する線型性
    1. 1つの列ベクトルが和・差の形の行列の行列式は和・差の形に分解できる。
    2. 行列式の1つの列に定数を乗じたものは全体にその定数を乗じた値に等しい。
    3. 2つ以上の列における和・差・定数倍に関しても所定の規則で行列式を分割できる。
  2. 列の置換に関する性質
    1. 列を置換した行列の行列式は、もとの行列式にその置換の符号を乗じたものに等しい。
    2. 行列式の中に全く同じ要素が並ぶ列が2つあれば行列式は0になる。
  3. 積に関する性質
    1. 行列の積に対する行列式は、個々の行列の行列式の積になる。
    2. 逆行列の行列式と、もとの行列の行列式の積は1に等しい。

(これらのうち、列に関する性質は行についても同様に成立します。)

尚、高校数学の範囲や、行列の理論を限定的にのみ使う工学等の分野で2次の正方行列や3次の正方行列のみを扱う場合には、上記の公式は全て行列の成分の直接計算で示す事ができます。(2次の場合は計算は簡単ですが、一般性は分かりにくいでしょう。)

よく使われる行列の簡易表記として、行列の列の部分を一括して「列ベクトル」とみなすやり方があります。例えば3次の正方行列であれば次のように表す感じです。

$$\left(\begin{array}{ccc} a_{11} & a_{12} & a_{13}\\ a_{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) =(\overrightarrow{a_1},\overrightarrow{a_2},\overrightarrow{a_3})$$

$$\overrightarrow{a_1}=\left(\begin{array}{ccc} a_{11} \\ a_{21}\\ a_{31} \end{array}\right),\hspace{10pt} \overrightarrow{a_2}=\left(\begin{array}{ccc} a_{12} \\ a_{22}\\ a_{32} \end{array}\right),\hspace{10pt}\overrightarrow{a_3}=\left(\begin{array}{ccc} a_{13} \\ a_{23}\\ a_{33} \end{array}\right)$$

以下、証明も含めて詳しく見てみきましょう。

列ベクトルに対する線型性

式による表現(1つの列の場合) ■ 証明 ■ 一般の列ベクトルに対する線型性 

式による表現(1つの列の場合)

次のように、行列式の「列ベクトルに関する線型性」が成立します。c は定数(実数、複素数)とします。

$$A=(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{a_k},\cdots\overrightarrow{a_n})\hspace{5pt}のとき、$$

行列式の列ベクトルに対する線型性
  1. 列ベクトルが和・差の形の行列の行列式は和・差の形に分解できる。$$\mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{a_k}+\overrightarrow{b_k},\cdots\overrightarrow{a_n})=\mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{a_k},\cdots ,\overrightarrow{a_n})+\mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{b_k},\cdots ,\overrightarrow{a_n})$$
  2. 行列式の1つの列に定数を乗じたものは全体にその定数を乗じた値に等しい。$$\mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,c\overrightarrow{a_k},\cdots ,\overrightarrow{a_n})=c\hspace{3pt}\mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{a_k},\cdots ,\overrightarrow{a_n})=c\hspace{3pt}\mathrm{det}A$$

和と差に関する性質のところは、「もとの行列と『1つの列だけ』別の列ベクトルに入れ替えた行列」の
行列式の和や差になるという事です。

列ごとの和になっているとか列ごと定数倍になっているとかいうのは、具体的には3次の正方行列で言うと次のような事です。

$$\mathrm{det}\left(\begin{array}{ccc} a_{11}+1 & a_{12} & a_{13}\\ a_{21} +3 & a_{22}& a_{23} \\ a_{31}-2 & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) =\mathrm{det}\left(\begin{array}{ccc} a_{11} & a_{12} & a_{13}\\ a_{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) +\mathrm{det}\left(\begin{array}{ccc} 1 & a_{12} & a_{13}\\ 3 & a_{22} & a_{23} \\ -2 & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) $$

$$\mathrm{det}\left(\begin{array}{ccc} a_{11} & 4a_{12} & a_{13}\\ a_{21}& 4a_{22}& a_{23} \\ a_{31} & 4a_{32} & a_{33}\end{array}\right) =4\hspace{3pt}\mathrm{det}\left(\begin{array}{ccc} a_{11} & a_{12} & a_{13}\\ a_{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) $$

証明

列ベクトルに関する線型性は、要するに行列式を構成する各項には1つの列の要素が必ず入っている事に起因します。

$$\mathrm{det}A = \sum_{\sigma}\mathrm{sgn(\sigma)}\left(\prod_{i=1}^na_{\sigma(i)i}\right) $$

行列式は行列の成分を使うとこのように表せるので、式で示す場合には次のようになります。

まず和・差のほうから見ると、あるk列目のそれぞれの行の成分に何らかの数が加えられている状況なので、積になっている部分のk番目のところだけを和の形にすればよい事になります。
すると全体を2つの和に分けて、それぞれ行列式の形になるというわけです。

$$\sum_{\sigma}\left\{\mathrm{sgn(\sigma)}\cdot a_{\sigma(1)1}a_{\sigma(2)2}\cdots (a_{\sigma(k)k}+b_{\sigma(k)k})\cdots a_{\sigma(n)n}\right\}$$

$$=\sum_{\sigma}\left(\mathrm{sgn(\sigma)}\cdot a_{\sigma(1)1}a_{\sigma(2)2}\cdots a_{\sigma(k)k}\cdots a_{\sigma(n)n}\right)+\sum_{\sigma}\left(\mathrm{sgn(\sigma)}\cdot a_{\sigma(1)1}a_{\sigma(2)2}\cdots b_{\sigma(k)k}\cdots a_{\sigma(n)n}\right)$$

結果の式では、積のk番目のところだけが別々になって2つの和になっています。
(積の部分は、積の記号\(\Pi\)を使用せずに直接各項を書き下す形にしています。省略部分「・・・」のところは掛け算が続きます。)

定数倍のほうも同じで、積のk番目のところがc倍で、これは和全体に乗じられる定数倍とみなせます。

$$\sum_{\sigma}\left(\mathrm{sgn(\sigma)}\cdot a_{\sigma(1)1}a_{\sigma(2)2}\cdots ca_{\sigma(k)k}\cdots a_{\sigma(n)n}\right)=c \sum_{\sigma}\left(\mathrm{sgn(\sigma)}\cdot a_{\sigma(1)1}a_{\sigma(2)2}\cdots a_{\sigma(k)k}\cdots a_{\sigma(n)n}\right)$$

一般の列ベクトルに対する線型性

1箇所の列ベクトルについて和や定数倍の項が増えた時には線型性の式を繰り返し使って、
シグマ記号を使って1つにまとめる事もできます。
これは、1つの列のところについて \(c_1\overrightarrow{a}+c_2\overrightarrow{b}+c_3\overrightarrow{d}\) のようになっている場合です。

2箇所以上の列ベクトルで和や差の形になっている場合は少し注意が必要です。1箇所だけのときの証明のやり方を見てもらうと分かりやすいと思うのですが、2箇所ある場合には行列式は2項に分かれるのではなく、2×2=4項に分かれます。n箇所に2項ずつある場合には2項に分かれます。これを直接書くのは大変面倒ですが、シグマ記号を使うとより簡潔に表せます。

行列式の線型性・一般の場合
  1. 1つの列ベクトルにおける一般の場合:$$\mathrm{det}\left( \overrightarrow{a_1},\cdots ,\sum_{j=1}^m(c_j\overrightarrow{b_j}),\cdots\overrightarrow{a_n} \right)=\sum_{j=1}^mc_j \mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{b_j}\cdots ,\overrightarrow{a_n})$$
  2. 2つ以上の列ベクトルにおける一般の場合 $$\mathrm{det} \left( \overrightarrow{a_1},\cdots ,\sum_{i=1}^{m1}(c_{pi}\overrightarrow{b_{pi}}),\cdots ,\sum_{j=1}^{m2}(c_{sj}\overrightarrow{b_{sj}}),\cdots ,\sum_{k=1}^{m3}(c_{tk}\overrightarrow{b_{tk}}),\cdots\overrightarrow{a_n} \right)$$ $$=\sum_{i,j,k \cdots =1}^{m1,m2,m3,\cdots}c_{ki}c_{pj}c_{tk} \mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{b_{pi}},\cdots ,\overrightarrow{b_{sj}},\cdots,\overrightarrow{b_{tk}},\cdots,\overrightarrow{a_n})$$

2番目のほうの式の和の記号のところは、i,j,k,・・のそれぞれについて、
1~m、1~m、1~m、・・まで動かすという意味です。
そのため、和の項数は合計でそれぞれを掛け合わせたm・・個 になります。

一般的に手計算では手に負えない事は見て明白だと思うので、「形」を把握しましょう。

例として、2箇所の列ベクトルについて2項ずつの和になっている時は、要するに行列式を表す積の中の2箇所で (a+b)(a+c)=a+ab+ac+bcの形になるので4つに分割されるという事です。
もし3箇所の列ベクトルについて2項の和になっているのであれば2=8つに分割されます。

2箇所の場合について証明の式を具体的に書くと次のようになります。
途中で「・・・」で略してる部分は全て掛け算が続いています。

$$\sum_{\sigma}\left\{\mathrm{sgn(\sigma)}\cdot a_{\sigma(1)1}a_{\sigma(2)2}\cdots (a_{\sigma(k)k}+b_{\sigma(k)k})\cdots(a_{\sigma(m)m}+d_{\sigma(m)m})\cdots a_{\sigma(n)n}\right\}$$

$$=\sum_{\sigma}\left(\mathrm{sgn(\sigma)} a_{\sigma(1)1}\cdots a_{\sigma(k)k}\cdots a_{\sigma(m)m}\cdots a_{\sigma(n)n}\right) +\sum_{\sigma}\left(\mathrm{sgn(\sigma)} a_{\sigma(1)1}\cdots b_{\sigma(k)k}\cdots a_{\sigma(m)m}\cdots a_{\sigma(n)n}\right)$$

$$+\sum_{\sigma}\left(\mathrm{sgn(\sigma)} a_{\sigma(1)1}\cdots a_{\sigma(k)k}\cdots d_{\sigma(m)m}\cdots a_{\sigma(n)n}\right)+\sum_{\sigma}\left(\mathrm{sgn(\sigma)} a_{\sigma(1)1}\cdots b_{\sigma(k)k}\cdots d_{\sigma(m)m}\cdots a_{\sigma(n)n}\right)$$

このように、4つに分割されるわけです。

列の置換に対する性質

式による表現 ■ 証明(列の置換) ■ 証明(同一の列が2つ以上の時) 

式による表現

行列の特定の列と別の要素を入れ替えたり、列の順番を並び替えたした行列の行列式は、もとの行列の行列式と絶対値は必ず同じであり符号だけが異なるという結論になります。

その性質の派生物として、行列内の2つの列ベクトルの要素の値が全く等しい場合には行列式の値は必ずゼロになるという結果も示せます。

列の置換に関連する行列式の性質
  1. 列を置換 \(\tau\) によって並び替えた行列の行列式は、
    もとの行列式にその置換の符号 \(\mathrm{sgn}(\tau )\) を乗じたものに等しい。 $$\mathrm{det}(\overrightarrow{a}_{\large{\tau (1)}},\cdots ,\overrightarrow{a}_{\large{\tau (k)}},\cdots\overrightarrow{a}_{\large{\tau (n)}}) =\mathrm{sgn}(\tau) \mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{a_k},\cdots ,\overrightarrow{a_n})$$
  2. 正方行列の異なる2つの列ベクトルについて \(\overrightarrow{a_k}=\overrightarrow{a_m}\) となるk、mが存在するならば
    その行列式の値は必ず0になる。 $$A=(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{a_k},\cdots ,\overrightarrow{a_m},\cdots,\overrightarrow{a_n})で、\overrightarrow{a_k}=\overrightarrow{a_m}となる時$$ $$\mathrm{det}=0$$

これは理屈としては難しくないのですが、式による証明では少々込み入ります。ここで挙げている行列式の公式の証明の中では最も難しく、しかし重要(積に関する性質の証明に必要なため)という厄介な箇所です。

例えば、1列目と2列目を入れ替えた場合、互換の符号はマイナスなので行列式は「もとの行列式にマイナス符号をつけたもの」になります。

$$\mathrm{det}\left(\begin{array}{ccc} a_{12} & a_{11} & a_{13}\\ a_{22} & a_{21} & a_{23} \\ a_{32} & a_{31} & a_{33}\end{array}\right) =-\mathrm{det}\left(\begin{array}{ccc} a_{11} & a_{12} & a_{13}\\ a_{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) $$

2つの列の要素が全く同じ場合とは、2つの列について1行目の値が互いに同じ、2行目の値も互いに同じ、・・・以下、何行目であっても全部互いに等しいという事です。この時、行列式の値はゼロになります。証明を見ると分かる通り、じつはこの性質は列ベクトルの置換に関係します。

$$\mathrm{det}\left(\begin{array}{ccc} 2 & 2 & a_{13}\\ 5 & 5 & a_{23} \\ 1 &1 & a_{33}\end{array}\right)=0 $$

証明(列の置換)

置換 \(\tau\) によって列ベクトルの要素が並び替えされている時、逆置換(より一般的には逆写像)に相当する \(\tau\)-1 を考える事が1つの重要ポイントです。
これは、例えば(1→2, 2→3, 3→1)という置換を逆にたどった(2→1, 3→2, 1→3)の事です。

【1つの例】
\(\tau\) :1→2, 2→3, 3→1
\(\tau\)-1:2→1, 3→2, 1→3

さてしかし、そんなものをなぜ唐突に考えるのかというと、もちろん理由はあります。

まず、\(\tau\) によって列の配列が変わっている行列A’ の成分をbijとおきます。
この置き換えの文字を使うと、行列式はとりあえず通常の形で表せます。
この段階では置換\(\tau\) はまだ式の中には出てきません。

$$\mathrm{det}A^{\prime} = \sum_{\sigma}\mathrm{sgn(\sigma)}\left(\prod_{j=1}^nb_{\sigma (j)j}\right)$$

ここで、列だけ入れ替えて行はいじっていないという設定なので、行列成分bijの添え字の列部分だけを 置換\(\tau\) で変化させるともとの行列成分の形に直す事が可能で、次のように表せます。

$$\large{b_{\sigma (j)j}=a_{\sigma (j)\tau (j)}}$$

これは例えば1列目と2列目が入れ替わっていて、入れ替えたあとの2行1列目を考える時、そこにある要素をbijで表すとb21ですがもとのaijで表すなら列が入れ替わってますからa12になるという意味です。今の例ではb21=a12 であり、\(\tau\)(1)=2です。

式で表すとかなり分かりにくいかと思いますが、bijの積をaijで表した時に、
「列の順番が左から1,2,3・・になるように」書き換える事ができます。
例えば、a223113という積はa312213と書いても同じ値であるという意味です。

つまり、\(\large{b_{\sigma (j)j}=a_{\sigma (j)\tau (j)}}\) において、
「積の並び替え」をする事で \(\tau (j)\) の部分はjに書き換える事が可能である「はず」です。

列を順序通りに「並び替え」するという事は「列の番号の置換」を行うと見なす事もできます。
しかもここでは「置換\(\tau\)」によって配列が変わったものを「もとに戻しているという」操作に相当するので、
積の順序並び替えに相当する置換は列に関しては \(\tau\) の逆置換である \(\tau\)-1になるのです。

しかしその場合、行の番号はどう表すのかという話になります。これは、次のようにします。

ijの列の番号から\(\tau\)-1でbijの列の番号をたどり、そこに\(\sigma\)を作用させて行の番号を得ます。
ijで見た時の列の番号がkのとき、これのもとになっていたbijの列の番号は\(\tau\)-1(k) ですが、
行の番号はそれをさらに置換 \(\sigma\) で変えて \(\sigma\)( \(\tau\)-1(k) ) = \(\sigma\) \(\tau\)-1(k) となるという事です。

少し分かりにくいパズルかもしれませんが、\(\large{b_{\sigma (j)j}}\) の行部分は、列の番号を基準にして何に置き換わったかを指しています。例えばb22に対してb32のようなものを考えるわけです。

つまり、bijの列の番号が分かればi= \(\sigma\)(j) という具合に行の番号が判明します。
ijとbijとでは列の置換だけがなされて行はいじっていないのでbijのほうの行の番号が分かればそれがaijの行の番号に一致する、という事です。

そこで、行列式は次のように変形できるという事になります。

$$\mathrm{det}A^{\prime} = \sum_{\sigma}\mathrm{sgn(\sigma)}\left(\prod_{j=1}^nb_{\sigma (j)j}\right)=\sum_{\sigma}\mathrm{sgn(\sigma)}\left(\prod_{j=1}^na_{\sigma \tau ^{-1}(j)j}\right)$$

ここで、sgn(\(\sigma\))=sgn(\(\sigma \tau ^{-1}\tau\))=sgn(\(\sigma \tau ^{-1}\))sgn(\(\tau\)) と変形できる事に注意します。

また、\(\sigma \tau ^{-1}\) という写像も置換であり(\(\sigma \) を動かす事で)n次の置換の要素全てに対応しています。
という事は、次のようにもとの行列Aの行列式を含んだ形に式を変形できるという事です。

$$\mathrm{det}A^{\prime} =\sum_{\sigma}\mathrm{sgn(\sigma)}\left(\prod_{j=1}^nb_{\large{\sigma \tau ^{-1}(j)j}}\right)=\sum_{\large{\sigma \tau ^{-1}}}\mathrm{sgn(\sigma)}\left(\prod_{j=1}^na_{\large{\sigma \tau ^{-1}(j)j}}\right)$$

$$=\sum_{\large{\sigma \tau ^{-1}}}\mathrm{sgn}(\sigma \tau ^{-1})\mathrm{sgn}(\tau)\left(\prod_{j=1}^na_{\large{\sigma \tau ^{-1}(j)j}}\right)$$

$$=\mathrm{sgn}(\tau)\sum_{\large{\sigma \tau ^{-1}}}\mathrm{sgn}(\sigma \tau ^{-1})\left(\prod_{j=1}^na_{\large{\sigma \tau ^{-1}(j)j}}\right)$$

$$=\mathrm{sgn}(\tau)\mathrm{det}A$$

和の記号の中で\(\sigma\) は置換全体を動かしますが、\(\tau\) はある特定の「1つの置換」です。
(例えば前述の例のように\(\tau\):1→2, 2→3, 3→1)
そのため、sgn(\(\tau\) ) はシグマ記号に乗じる形にできて、残った部分は(合計で)Aの行列式に等しくなります。

証明(同一の列が2つ以上の時)

上記の関係式が成立するのであれば、もしも互いに一致する列ベクトルが2つ以上あった場合には行列式の値が0になる事を示せます。

k列目とm列目が等しくなる時、この2列だけを入れ替えた行列式は、もとの行列式にマイナス符号をつけたものになります。(互換の符号はマイナス。)

$$すると、\mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{a_k},\cdots \overrightarrow{a_m},\cdots\overrightarrow{a_n})=-\mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{a_m},\cdots \overrightarrow{a_k},\cdots\overrightarrow{a_n})より、$$

$$\mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{a_k},\cdots \overrightarrow{a_k},\cdots\overrightarrow{a_n})=-\mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{a_k},\cdots \overrightarrow{a_k},\cdots\overrightarrow{a_n})$$

$$\Leftrightarrow \mathrm{det}(\overrightarrow{a_1},\cdots ,\overrightarrow{a_k},\cdots \overrightarrow{a_k},\cdots\overrightarrow{a_n})=0$$

ここで使っているのは、実数(あるいは複素数でも)について符号がプラスでもマイナスでも同じ値になる数、「x=-x」が成立する数は0だけであるという事を使っています。

積に関する性質

式による表現 ■ 証明(行列の積に対する行列式) ■ 証明(逆行列の行列式) 

式による表現

2つの行列AとBの積ABに対して、行列式 det(AB) はどのような値になるでしょう?普通に考えるといかにも収拾のつかない複雑な式になりそうですが(実際、直接計算すると手に負えません)、これはAの行列式とBの行列式の積になるのです。

その結論の派生物の1つとして、『逆行列の行列式』=1/『もとの行列式』という公式を導出できます。また、逆行列の存在の可否と行列式の値の関係の一部についても分かります。

積に関する行列式の性質
  1. 行列の積に対する行列式は、個々の行列の行列式の積になる。 $$\mathrm{det}(AB)=(\mathrm{det}A)\hspace{3pt}(\mathrm{det}B)$$
  2. 逆行列の行列式と、もとの行列の行列式の積は1に等しい。 $$\mathrm{det}A\hspace{3pt}\mathrm{det}(A^{-1})=1$$

2番目のほうの性質は「Aの逆行列が存在するならば」という前提です。
(最後に触れますが、そもそも逆行列が存在しない場合があり得るためです。)

結果自体はシンプルですが、証明はやや込み入ります。
ただし、前述の列ベクトルの線型性や、置換に関して成立する関係式を使うと証明可能です。

証明(行列の積に対する行列式)

「行列の積に対する行列式」の状況を調べる時、定義通りに要素の計算をすると一般のn次の正方行列に対しては非常に面倒な式になってしまうので工夫が必要です。

ABの1行1列目の要素はa1111+a1221+a1331+・・・+a1nn1 で、2行1列目の要素はa2111+a2221+a2331+・・・+a2nn1のようになりますが、同一の列で見た場合、Bの要素の1列目は共通して使い回されています。これを利用して、まずABの要素を列ごとに整理します。

ABの1列目の要素を列ベクトルで表す事ができて、次のようになります。

$$b_{11}\left(\begin{array}{ccc} a_{11} \\ a_{21}\\\cdots\\ a_{n1} \end{array}\right)+b_{21}\left(\begin{array}{ccc} a_{12} \\ a_{22}\\\cdots\\ a_{n2} \end{array}\right)+\cdots +b_{n1}\left(\begin{array}{ccc} a_{1n} \\ a_{2n}\\\cdots\\ a_{nn} \end{array}\right) =b_{11}\overrightarrow{a_1}+b_{21}\overrightarrow{a_2}+\cdots +b_{n1}\overrightarrow{a_3}=\sum_{j=1}^{n}(b_{j1}\overrightarrow{a_j})$$

そこで、AB全体を列ベクトル表記すると次のようになります。
省略している「・・・」の部分にもシグマ記号で表された各列ベクトルがあります。

$$AB=\left(\sum_{j=1}^{n}(b_{j1}\overrightarrow{a_j}),\hspace{5pt}\sum_{k=1}^{n}(b_{k2}\overrightarrow{a_k}),\cdots,\hspace{5pt}\sum_{z=1}^{n}(b_{zn}\overrightarrow{a_z})\right)$$

これの行列式を、一般の場合の列ベクトルの線型性によって分割します。

この場合には、各列に関して「全く同じ要素を持つ列」になる項が含まれます。
例えば、上記でj=1のときとk=1のときでは全く同じ形の \(\overrightarrow{a_1}\) の形が1列目と2列目に生じます。
(定数倍は行列式全体に掛ける形になるので、この件に関して影響を与えません。)
すると、その部分の行列式の項は0になります。
そのため、和の記号のj, k, ・・・,zの部分は、必ずそれぞれ違う番号を代入した項だけが残るわけです。
j, k, ・・・,zのそれぞれは1~nの範囲を動く事は共通しており、
j, k, ・・・,zの個数自体もn個ある事に注意します。
すると、j, k, ・・・,zの中身は、1~nの番号を置換したものになるのです。
これは、和をとるときに各々1~nではなく、
j, k, ・・・,z全体で「1~nの番号の『置換』」に渡って動くと捉えてよい事を意味します。

具体的に、n=4の場合、各列のシグマ記号の変数について例えば(i,j,k,z)=(2,3,4,1) のような組み合わせの項だけが残ります。(i,j,k,z)=(3,3,4,1)のようになる場合は、その行列式の項は0になるので考えなくていいという事です。

すると、上式の行列式は次のように書けるのです。

$$\mathrm{det}(AB)=\large{ \sum_{j,k,\cdots z=1}^{それぞれnまで} \left\{ b_{j1}b_{k2}\cdots b_{zn}\mathrm{det}(\overrightarrow{a_j},\overrightarrow{a_k},\cdots,\overrightarrow{a_z}) \right\} }$$

$$=\large{ \sum_{\sigma} \left\{ \left(\prod_i^n b_{\sigma (i)i}\right) \mathrm{det} (\overrightarrow{a}_{\sigma (1)} , \overrightarrow{a}_{\sigma (2)} , \overrightarrow{a}_{\sigma (3)} , \cdots , \overrightarrow{a}_{\sigma (n)}) \right\} } $$

$$=\large{ \sum_{\sigma} \left\{ \left(\prod_i^n b_{\sigma (i)i}\right) \mathrm{sgn}(\sigma) \mathrm{det} (\overrightarrow{a}_1 , \overrightarrow{a}_2 , \overrightarrow{a}_3 , \cdots , \overrightarrow{a}_n) \right\} }$$

$$=\large{ \sum_{\sigma} \left\{ \left(\prod_i^n b_{\sigma (i)i}\right) \mathrm{sgn}(\sigma) \mathrm{det}A \right\} }$$

$$=\large{ (\mathrm{det}A) \sum_{\sigma} \left\{ \mathrm{sgn}(\sigma) \left( \prod_i^n b_{\sigma (i)i} \right) \right\} }$$

$$=\large{ (\mathrm{det}A)( \mathrm{det}B) }$$

このようにして det(AB)=(detA) (detB) が確かに成立する事になります。

証明(逆行列の行列式)

上記の性質を単位行列に適用する事で、逆行列に関する行列式の関係式も分かります。

すなわち、単位行列IはI=A(A-1)と表せて、単位行列の行列式の値は1になるので detI=det{A(A-1)}= det A det A-1 ⇔ 1=det A det A-1

このとき、もちろん行列式が0でないという前提はあります。
あるいはむしろ、
ある行列が可逆(逆行列が存在する)ならば、
I=A(A-1) ⇔ 1=det A det A-1
となるので必ず det A≠0である、と言う事もできます。
「正方行列Aが可逆である(逆行列が存在する) ⇒ det A≠0」という事です。
その対偶命題をとると、
「detA=0ならば行列Aは可逆でない(逆行列は存在しない)」という事も分かります。

では「detA≠0ならばAは可逆で逆行列が存在する」という命題はどうかというと、結論から言うとこれも成立しますがこれまでの議論ではここまではまだ示せません。(もう一工夫必要で、余因子行列というものと行列式の関係を調べる事で証明できます。)

逆行列と可逆性の関係

結論を言うと次の同値関係が成立します。
「detA≠0 ⇔ 正方行列Aは可逆で、逆行列A-1が存在する。」
(detA=0ならばAは可逆でなく、逆行列は存在しない。)

行列式の定義

行列式(英:determinant)の定義を述べます。これは、正方行列に対して定まる実数(複素行列であれば複素数)を指します。

行列自体の定義や計算については別途に詳しくまとめています。

定義の式

行列がAだとすると、行列式は |A| あるいは det Aなどと記します。

式で書いた場合の行列式の定義

n次の正方行列A=(\(a_{ij}\))に対して行列式 det Aは次のように定義されます。 $$\mathrm{det}A = \sum_{\sigma}\mathrm{sgn(\sigma)}\left(\prod_{i=1}^na_{\sigma(i)i}\right) $$ ここで \(\sigma\) は1~nの番号の並びに対する「置換」の1つで、
和は置換全体【n!個ある】に対してとるとする。
\(\sigma\)(\(i\)) は番号\(i\) が置換 \(\sigma\) によって変わった後の番号。
【例えば番号1が3に変わるなら sgn(1)=3】
\(a_{\sigma(i)i}\) は具体的には \(a_{11}\) や \(a_{23}\) などを指す。
【「行」の番号のところに置換された数字を入れる。】
sgn(\(\sigma\)) は置換の「符号」と言い、+1か-1の値だけをとり、次式で定義される: $$\mathrm{sgn}(\sigma)=\prod_{i<j}\frac{\sigma (j)-\sigma (i)}{j-i}$$

これが一般の行列式の定義ですが、文章で書いても数式で書いても複雑に見えるかもしれません。

そこでこの行列式の定義は一体何を言ってるのかという事を、1つ1つの特徴や具体例を見ながら確認していきましょう。

定義の説明図
行列の要素を選び出して積の形にして、プラスかマイナスの符号を定めて、n!個加え上げる(マイナス符号の部分は引き算)というのが「行列式」の定義の内容です。置換は順列とも言います。

特徴と具体例

行列式の定義式について、どのような特徴があるのかを見てみましょう。
まず、①正方行列について定義され、②実数や複素数などの「値」であり、③何次の行列式かによって構成の仕方が異なる という特徴があるのです。

行列式の特徴①
  • 正方行列にのみ定義される
  • 0、-1、1+i といった実数や複素数などの「値」である
    (適用する理論によっては関数を考えますが、とにかく「行列」ではないという事です。)
  • 正方行列によって2次、3次、4次・・の行列式の構成は異なる
    (統一的な規則は一応あり)
3次の行列式
3次の行列式には6つの項があり、それぞれの項は行列の3つの要素の積です。

行列式は、行列の要素を組み合わせて掛け算を作り、それを1つの項として複数足したり引いたりする事で定義します。この時、対象の行列が何次であるかによって項の数が変わります。

結論を言うとn次の行列式は「n!(nの階乗)個」の数の項の足し算・引き算で構成されます。
これは、n個の数の並び替え方(順列・置換)の総数という事です。
そして行列式の中のそれぞれの項は、行列の中のn個の要素の掛け算で構成されます。

行列式の特徴②
  • n次の正方行列の行列式の項数はn!個である。
    【n個の数の並べ方の総数】
  • 行列式の各項は、行列の要素によるn個の数の掛け算で構成されている。
    例えばa211233
  • 基本的にはa211233のように「列」の番号は(1,2,3)の順番で並べて、
    「行」の部分に置換によって入れ替えた番号を入れる。
    【この場合は(2,1,3)】

項数がn!個という事は5次の正方行列の場合には5!=120個の項があるという事で、
もちろんこれは一般的には手計算で扱うものではありません。

とりあえず、まずここまで性質を見たところで、具体的な行列式を見てみましょう。ただし、行列の要素はa12のように、まだ具体的な値ではなく一般的な表記としておきます。

$$A_2=\left(\begin{array}{ccc} a_{11} & a_{12} \\ a _{21} & a_{22}\end{array}\right) \hspace{10pt}A_3=\left(\begin{array}{ccc} a_{11} & a_{12} & a_{13}\\ a _{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) \hspace{10pt}A_4=\left(\begin{array}{ccc} a_{11} & a_{12} & a_{13}& a_{14}\\ a _{21} & a_{22} & a_{23}& a_{24} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}& a_{34}\\a _{41} & a_{42} & a_{43}& a_{44} \end{array}\right)$$

の時、行列式は次のようになります。

2次の行列式

$$\mathrm{det}A_2=a_{11}a_{22}-a_{21}a_{12}$$

3次の行列式

$$\mathrm{det}A_3=a_{11}a_{22}a_{33}-a_{11}a_{32}a_{23}+a_{21}a_{32}a_{13}-a_{21}a_{12}a_{33}+a_{31}a_{12}a_{23}-a_{31}a_{22}a_{13}$$

4次の行列式

$$\mathrm{det}A_4$$ $$=a_{11}a_{22}a_{33}a_{44}-a_{11}a_{22}a_{43}a_{34}+a_{11}a_{32}a_{43}a_{24}-a_{11}a_{42}a_{33}a_{24}+a_{11}a_{42}a_{23}a_{34}-a_{11}a_{32}a_{23}a_{44}$$ $$+a_{21}a_{32}a_{13}a_{44}-a_{21}a_{12}a_{33}a_{44}+a_{21}a_{12}a_{43}a_{34}-a_{21}a_{32}a_{43}a_{14}+a_{21}a_{42}a_{33}a_{14}-a_{21}a_{42}a_{13}a_{34}$$ $$+a_{31}a_{42}a_{13}a_{24}-a_{31}a_{42}a_{23}a_{14}+a_{31}a_{22}a_{43}a_{14}-a_{31}a_{22}a_{13}a_{44}+a_{31}a_{12}a_{23}a_{44}-a_{31}a_{12}a_{43}a_{24}$$ $$+a_{41}a_{12}a_{33}a_{24}-a_{41}a_{12}a_{33}a_{24}+a_{41}a_{32}a_{13}a_{24}-a_{41}a_{32}a_{23}a_{14}+a_{41}a_{22}a_{33}a_{44}-a_{41}a_{22}a_{43}a_{34}$$

これを見ると、手計算で具体的に式を書いて扱ってもよいのはせいぜい3次までという事はおおよそ分かるかと思います。4次の行列式の項数は4!=24個で、見ての通り書き下すと結構長い式になってしまいます。

5次の場合は120項あるので、ここに書くのはやめます。

いずれにしても、行列式とはどういうものなのかは、これで大体の雰囲気はつかめるかと思います。このように、一定の規則に基づいて行列の要素の積を足し算引き算で連結したものなのです。

置換の符号に対するプラスマイナスの決め方

具体的な書き下された行列式を見ると、各項のプラスマイナスの符号が入れ替わっている事が目につくと思います。これはどういう基準で決めているのでしょうか?

その決め方は、次のようになります。

行列式を構成する項のプライスマイナスの符号の決定
  • 112233のように行列の要素を掛け算の形で並べておく。
  • 行列の要素の「列」の番号は固定して
    「行」の番号(つまり添え字の1番目)だけの並び替えを考える
  • 順番通りに並んだ(1,2,3,・・・,n)の並びの場合、符号はプラス(+)とする。
    112233 の符号はプラスになる。
  • (1,2,3,・・・,n)の2つの数を入れ替える【「互換」を行う】と
    符号が反転し、マイナス(-)になるとする。
    例えばa112233の符号はプラスなので、
    行部分の添え字の2と3を入れ替えた a113223 の符号はマイナスです。
    行列式の中ではa112233-a113223+・・・のように続ける事になります。
  • 以降、「行」の数の入れ替えを行う(互換を行う)ごとに符号は反転する。

この規則を、より一般的に書くと次のようになります。
冒頭の「定義」に段々と近づく表記になります。

行列式の各項の符号の決め方(置換による表現)

一般に、(1,2,3,・・・,n)の配列に対して、
奇数回の互換を行った並び替えの配列(「奇置換」)の符号はマイナスであり、
偶数回の互換を行った並び替えの配列(「偶置換」)の符号はプラスになる。
(恒等置換は0回の互換であるとして偶置換であると考えます。)

冒頭の定義では「置換の『符号』」sgn(σ) というものが書かれ計算式が定義されていましたが、これは上記のプラスマイナスの符号の決め方を式だけで書くとあのようになるという事です。いまいちど sgn(σ) の定義式を見てみましょうか。

置換の「符号」の定義式の意味

ある置換σに対する「符号」sgn(σ) の定義式を改めて記すと次のようになります: $$\mathrm{sgn}(\sigma)=\prod_{i<j}\frac{\sigma (j)-\sigma (i)}{j-i}$$ n=3の場合に(1,2,3)→(2,3,1)なるσについて具体的に計算してみると、 $$\prod_{i<j}\frac{\sigma (j)-\sigma (i)}{j-i}=\frac{1-2}{3-1}\cdot \frac{1-3}{3-2}\cdot\frac{3-2}{2-1}=+1$$

sgn(σ) の定義式において分母の値には次の特徴があります。

  • i<j という条件があるのでj-i>0 ・・分母は必ずプラスの値になる。
    つまり全体の積の符号に対して分母は影響を与えない。
  • 絶対値としては分子に必ず同じ大きさのものが積の中に1つ含まれており、
    分母分子で打ち消し合って積全体の絶対値は必ず1にする。

置換の符号に対しては、さらに次の2つの公式が成立します。

置換の符号 sgn(σ) に対して成立する公式
  1. 任意の互換τに対して sgn(τ)=-1
  2. 任意の2つの置換 σ と σ に対して、sgn(σσ)=sgn(σ)sgn(σ)

σσ は、σを行った後にσを行う置換です。
sgn(σ)sgn(σ)は、2つの符号の積です。

恒等置換に対する符号は+になるので、1回互換をすると-になり、上記の2つ目の公式によりもう1度別の互換をすると+に転じます。

要するに結果は「偶置換の時プラス符号、奇置換の時マイナス符号」という事で、その事を式で表現したいがために上記 sgn(σ) の定義式を考えていたというわけです。

偶置換と奇置換の符号

置換の符号 sgn(σ) について、次の事が成立します。

  1. σ が偶置換の時、sgn(σ)=+1 【恒等置換も含める】
  2. σ が奇置換の時、sgn(σ)=-1

行列式は、一般の連立一次方程式や、抽象化された一般の体積を考える時など、線形結合で表される式を複雑に組み合わせる時に式を整理するのに役立ちます。ただし2次や3次の行列に関しては普通に行列内の要素ごとの計算を考えたほうが速い場合もあり、行列式を使える場面であっても使ったほうが良いかどうかは考察の対象によって異なってきます。

行列の基礎知識② 【行列の種類】

このページでは、高校数学程度の行列の知識のうち、特定の種類の行列の呼び名について説明します。

数学で言う行列の定義と行列の演算(足し算、引き算、掛け算)については別途にまとめています。

行列は、行と列の数がそろっているものに限りませんが、多くの行列の用語は行と列の数が等しい正方行列に対してのものが多いです。そのため、このページで扱う行列の多くは正方行列になります。

$$例:3次の正方行列\left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a _{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) $$

★ 正方行列の行の数(=列の数)をnとする時、その正方行列をn次の正方行列と呼ぶ事があります。例えば3×3行列は、3次の正方行列です。

★ 行列の中の各数値等を成分と言い、m行n列目の箇所にある成分を(m,n)成分などと言ったりします。

単位行列・零行列・対角行列

ここでは、行列は正方行列とします。

まずは簡単なものから見ていきましょう。

単位行列 ■ 零行列(ゼロ行列) ■ 対角行列
参考:虚数単位の行列表現

単位行列

まず、これは簡単です。ある行列Aに掛け算をした時に、掛け算の結果がAそのものになる行列を単位行列と言います。通常の掛け算で言う1に相当します。

★ 多くの場合、単位行列はIかEで表します。

行列の掛け算を行えるとき、A×I=I×A=Aが成立します。

一応ちょっとした注意点として、「行列の掛け算の定義」を何かてきとうに考えた時に、そのような「単位行列」の存在は必ずしも自明とは言えません。そのような行列が存在する事を示しておく必要があります。

もっとも、そのような単位行列は確かに存在し、次のようなものです。

$$例:3次の単位行列 I=\left(\begin{array}{ccc}
1 & 0 & 0\\
0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1\end{array}\right) $$

このように、正方行列の「対角線」に相当するところ(これを対角成分と言います)が全て1であり、残りの成分は全て0である行列が単位行列です。何次の正方行列であっても、単位行列は「対角成分が全て1で、残りの成分は全て0」である行列として表せます。

簡単な計算例を見てみましょう。

$$\left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a _{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) \left(\begin{array}{ccc}
1 & 0 & 0\\
0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1\end{array}\right) $$

$$= \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} \cdot 1+ a_{12} \cdot 0 + a_{13} \cdot 0& a_{11} \cdot 0+ a_{12} \cdot 1 + a_{13} \cdot 0 & a_{11} \cdot 0+ a_{12} \cdot 0 + a_{13} \cdot 1 \\
a_{21} \cdot 1+ a_{22} \cdot 0 + a_{23} \cdot 0 & a_{21} \cdot 0+ a_{22} \cdot 1 + a_{23} \cdot 0 & a_{21} \cdot 0+ a_{22} \cdot 0 + a_{23} \cdot 1 \\ a_{31} \cdot 1+ a_{32} \cdot 0 + a_{33} \cdot 0 & a_{31} \cdot 0+ a_{32} \cdot 1 + a_{33} \cdot 0 & a_{31} \cdot 0+ a_{32} \cdot 0 + a_{33} \cdot 1 \end{array}\right) $$

$$= \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a _{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) $$

掛け算の順番を入れ替えてI×Aを計算しても同様の結果になります。

一般の行列の掛け算では、A×Bは、ものによってB×Aに等しくなる事もあるし、等しくない事もあります。

零行列(ゼロ行列)

零行列とは、行列の全ての要素が0である行列です。これは正方行列でなくてもそのような行列は当然あり得ますが、通常は正方行列を考えます。

★ 零行列の記号は、O(アルファベットの「オー」)で表す事が多いです。

例えば3次の零行列は、次の通りです。

$$例:3次の零行列 O=\left(\begin{array}{ccc}
0 & 0 & 0\\
0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0\end{array}\right) $$

零行列については、行列の演算の方法さえ知っていればすぐに分かるかとは思いますが、
A+O=A、A-O=A、A×O=O×A=Oが成立します。

少し気を付ける必要があるのは、行列の場合は仮に2つの行列の掛け算の結果が零行列だったとしても、もとの行列のいずれも零行列だとは限らないという事です。

零行列に関して注意が必要な事

$$AB=O\hspace{5pt}であったとしても、\hspace{5pt}A\neq O\hspace{2pt}かつ\hspace{2pt}B\neq O\hspace{5pt}の場合がある$$

簡単な例として2次の正方行列で、零行列でない2つの行列の掛け算が零行列になる場合を挙げておきます。

$$ \left(\begin{array}{cc}
1& 0 \\
0& 0 \end{array}\right) \left(\begin{array}{cc}
0& 0 \\
0 & 1 \end{array}\right)= \left(\begin{array}{cc}
1\cdot 0+0 \cdot 0& 1 \cdot 0+0 \cdot 1 \\
0 \cdot 0+0 \cdot 0 & 0 \cdot 0+0 \cdot 1 \end{array}\right)=O $$

通常の実数などであれば、ab = 0 ⇒ a = 0 または b = 0 が成立します。
行列の場合にはこの関係が成立しないという事です。

対角行列

単位行列のように対角成分以外の成分は全て0で、対角成分に何らかの数(全て1とか全て0の場合を除く)があるものを対角行列と言います。

これは、具体的には様々なものがあり、総称として対角行列と呼びます。

$$3次の対角行列の例: \left(\begin{array}{ccc}
2 & 0 & 0\\
0 & -1 & 0 \\ 0 & 0 & 4\end{array}\right) $$

この形の行列は、もちろん通常の行列よりも計算が簡単になります。

参考:虚数単位の行列表現

それほど重要ではないので参考程度に述べますが、虚数単位 i に相当する行列も存在します。これを、虚数単位の行列表現と呼ぶ事があります。どういうものかというと、2乗すると単位行列の「-1」倍になる行列という意味です。

$$虚数単位の行列表現:A×A=A^2=-1 を満たすA$$

具体的にはどういうものかというと、2次の正方行列では次のようなものです。

$$A= \left(\begin{array}{cc}
0& 1 \\
-1 & 0 \end{array}\right) $$

試しに2乗を計算してみると、次のようになります。

$$ \left(\begin{array}{cc}
0& 1 \\
-1 & 0 \end{array}\right) \left(\begin{array}{cc}
0& 1 \\
-1 & 0 \end{array}\right) = \left(\begin{array}{cc}
0\cdot 0+ 1\cdot -1 & 0\cdot 1+ 1\cdot 0 \\
-1\cdot 0+ 0\cdot -1 & -1\cdot 1+ 0\cdot 0 \end{array}\right) = \left(\begin{array}{cc}
-1&0 \\
0 & -1 \end{array}\right) =- I $$

関連する事項としては「回転行列」というものがあります。2次の正方行列の要素に三角関数を上手に配置するとうまい具合に加法定理の形になり、「回転」を表せる事に関係します。複素数を極形式で表すと虚数単位 i は複素平面上で「90°回転」を表せるわけですが、その対応として上記の虚数単位に対応する2次の正方行列も回転行列としては90°回転を表すものです。

$$回転行列: \left(\begin{array}{cc}
\cos \theta&\sin \theta \\
-\sin \theta & \cos \theta \end{array}\right) $$

この回転行列で角度部分が90°の時を考えて2乗すれば加法定理によりうまい具合に180°になり、行列としては – I になります。

転置行列・対称行列

続いて、色々な種類の行列を見ていきましょう。

分かりにくい時には具体的な数値を入れてみた行列を考えるとよいと思います。

転置行列 ■ 対称行列 ■ 交代行列と直交行列 

転置行列

ある正方行列の(m,n)成分と、(n, m)成分を全て入れ替えた行列を転置行列(transposed matrix)と言います。ある行列と、その行列の対角成分は全て同じです。

★記号は、行列の左肩にtの文字を書いて表される事が多いです。

3次の場合の例を記すと、次のようになります。

$$A=\left (\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a _{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right),\hspace{10pt} ^tA = \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{21} & a_{31}\\
a _{12} & a_{22} & a_{32} \\ a_{13} & a_{23} & a_{33}\end{array}\right) $$

$$B=\left(\begin{array}{ccc}
1 & 0& 3\\
2& 4 & -1\\ -2 & 0 & 1\end{array}\right) ,\hspace{10pt} ^tB = \left(\begin{array}{ccc}
1 & 2 & -2\\
0 & 4 & 0 \\ 3 & -1 & 1\end{array}\right) $$

この転置行列は行列の理論の中の計算上、よく出てくるので名称と記号を設定してあります。

転置行列に関して、少し間違えやすくてしかも重要な公式として、掛け算の形の行列の転置行列を考えた時に次の公式が成立します。

転置行列に関して成立する公式

$$^t(AB)=(^tB)(^tA)$$

ABはA×Bの事です。

行列の積の転置を考えるときには個々の行列の転置行列を掛け算すればよいという事ですが、掛け算する順番がひっくり返る事に注意が必要です。

対称行列

ある正方行列の(m,n)成分と(n, m)成分が同じである行列を対称行列と言います。

例えば次の形の行列です。

$$\left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a & b\\
a & a_{22} & c \\ b & c & a_{33}\end{array}\right)$$

この形の行列も対角行列などと同じく計算が簡単になるので、理論で好んで使われます。

対称行列は、転置行列がもとの行列に等しいものとしても表せます。

$$対称行列の別の表し方:^tA=A を満たす行列$$

交代行列と直交行列

交代行列とは、転置行列がもとの行列の-1倍になる行列です。この行列も、そのような性質を満たす色々な行列の総称ですが、対角成分は全て0になるという特徴があります。

$$交代行列の定義:^tA=-Aを満たす行列$$

同じく転置行列を使って定義される行列として、直交行列があります。これは、もとの行列と転置行列を掛け算すると単位行列になるというものです。これに関しては、掛け算の順序を入れ替えても同じく単位行列になるという条件がつきます。

$$直交行列の定義:(^tA)A=A(^tA)=Iを満たす行列$$

複素行列

行列の成分として複素数も許容するものを複素行列と言い、なおかつ正方行列の場合は複素正方行列などと呼ばれたりします。

これは、高校の範囲では問題として問われたとしても単なる計算問題なのでさほど重要でないと思いますが、物理の量子力学では行列と複素数の両方を考える都合上、このタイプの行列を一応理論上扱う事になります。そのため、物理を学ぶのであれば後々のために知っておいたほうがよいものです。

いくつか重要な用語としての行列の名称を挙げておきます。

複素共役行列 ■ 随伴行列 ■ エルミート行列・ユニタリ行列・正規行列 

複素共役行列

ある複素行列に対して、成分を全て共役複素数にしたものを複素共役行列と呼びます。

記号は、通常の複素数の共役と同様に、文字の上にバーを添えます。

$$A= \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a _{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33}\end{array}\right) \hspace{10pt}\overline{A}= \left(\begin{array}{ccc}
\overline {a_{11}} & \overline {a_{12}} & \overline {a_{13}}\\
\overline {a _{21}} & \overline {a_{22}} & \overline {a_{23}} \\ \overline {a_{31}} & \overline {a_{32}} & \overline {a_{33}}\end{array}\right) $$

手でノートに書くといちいち面倒ですが、意味は難しくないと思います。

随伴行列

複素正方行列に対して、共役と転置を両方考えたものを随伴行列と言います。これは、全て要素を共役にして、(m,n)成分を(n,m)成分と入れ替えるという事です。

随伴行列を表す記号は、行列の右肩にアスタリスク*を添えて表す事が多いです。

$$複素正方行列Aの随伴行列:A^*=^t(\overline{A})$$

エルミート行列・ユニタリ行列・正規行列

随伴行列を使って、いくつかの行列の名称が定義されます。

$$エルミート行列: A^*= Aを満たす行列$$

$$歪エルミート行列: A^*= -Aを満たす行列$$

$$ユニタリ行列: A \hspace{3pt}A ^* = A ^* \hspace{2pt} A= Iを満たす行列$$

$$正規行列: A \hspace{3pt}A ^* = A ^* \hspace{2pt} A を満たす行列$$

定義から、ユニタリ行列は全て正規行列です。
エルミート行列は、エルミット行列などと書かれる事もあり、日本語表記だと多少幅があります。

これらの行列の名称は、量子力学などで使う事があります。

逆行列と可逆行列

正方行列Aに掛け算すると単位行列になる行列を逆行列と言います。この逆行列は、必ず存在するわけではなく、存在しない場合もあります。この逆行列が存在する行列を可逆行列と言います。

記号は、行列を「-1乗」した形として表します。ただし、「割り算」とは言わいません。あくまで、行列の積の逆演算という意味合いです。

$$正方行列A の逆行列A^{-1}:AA^{-1}=A^{-1}A=Iをみたす$$

この他に、1つの正方行列に対して決まる数値(実数や複素数)で重要なものもあります。

例えば、次の3つは数学の理論上も、物理等への応用でも重要になります。

  • 行列式(デターミナント、determinant):行列式が0でなければ正方行列は可逆行列になる
    (※一般のn次の正方行列の行列式の定義は少し面倒)
  • 跡(トレース、trace):正方行列の対角成分を全て合計した値。行列を群としてみなした場合の理論で使ったりする。応用だと量子化学の理論で使う事もある。
  • 固有値:正方行列Aと、列の数が1だけの行列 x(列ベクトルと言います)を使って、Ax = cx を満たす値(実数、複素数)c が存在する時、この c を A の固有値と言う。量子力学でこのタイプの関係式を扱う事があります。

行列の基礎知識① 定義と演算

このページでは「行列」について、高校で教わる内容程度の基礎知識を記します。この知識自体は大学数学や物理等への応用でも使用します。

数学で言う「行列」とは?

行列(英:matrix)は、次のように数を並べたものであって、
後述する所定の計算規則を行う事ができるものを指します。

$$\left(\begin{array}{ccc} 3 & 1 & 4\\ 1 & 2 & 0\\ 5 & 0 & -1\end{array}\right) $$

この「行列」には横方向に3つ、縦方向に3つ数が並んでいるので、
「3×3行列」あるいは「(3,3)型行列」と呼ばれる種類の行列です。

上から何個目かを示す段を(row)と言い、
左から何個目かを示す段を(column)と言います。
上記の行列は、3つの「行」と3つの「列」がある行列です。

数学の行列の「行」と「列」
英語だと行列の「列」の事は column と言い、これは「柱」を連想させるので縦方向のほうの並びを表すものとして、覚えやすい用語になっているように思われます。

行と列が必ず3ずつである必要はなく、2つずつとか4つずつでも、いくつずつでもいいですし、行と列の数が違っていても構いません。

例えば次の行列は2×2行列、4×4行列です。
このようにn×nの形である行列を、特に「正方行列」と言います。

$$\left(\begin{array}{cc} 1 & 2 \\ 5 & 0 \end{array}\right) \hspace{10pt} \left(\begin{array}{cccc} 3 & 1 & 4 & 1\\ 1 & 2 & 0 & 0\\ 5 & 0 & -1 & 1\\ 3 & 1 & 4 & 2\end{array}\right) $$

行と列の数が違う場合は、「行の数」×「列の数」の順番で「2×3行列」「(2,3)型行列」などと表記します。例えば次のようになります。

$$\left(\begin{array}{ccc}
1 & 2 & 0\\
5 & 0 & -1\end{array}\right)$$

行列自体を、1つの文字で表記する事もよくあります。この場合、別に何の文字を使ってもよいのですがアルファベットの大文字(キャピタル)を使う事が多いです。例えば次のように書いたりします。

$$A=\left(\begin{array}{cc} 1 & 2 \\ 5 & 0 \end{array}\right) \hspace{10pt} B=\left(\begin{array}{cccc} 3 & 1 & 4 & 1\\ 1 & 2 & 0 & 0\\ 5 & 0 & -1 & 1\\ 3 & 1 & 4 & 2\end{array}\right) \hspace{10pt} Y=\left(\begin{array}{ccc} 3 & 1 & 4\\ 1 & 2 & 0\\ 5 & 0 & -1\end{array}\right)$$

ここでの例では具体的な数を入れていますが、変数を入れても構いません。
例えばてきとうに、次のような行列を考える事もできます。

$$X=\left(\begin{array}{ccc} x & 1 & 4\\ 1 & y & 0\\ 5 & x & z+1\end{array}\right) $$

行列の演算・・足し算、引き算、割り算

次に、行列同士の演算です。

行列の演算には次の3つがあります。特に重要なのは行列同士の掛け算です。

  • 足し算(加法、和)
  • 引き算(減法、差)
  • 掛け算(乗法、積)

割り算(除法、商)はない事に注意してください。特定の行列の掛け算に対して逆の演算をできる場合もありますが、これは「逆行列」というものを掛け算するという形で行われます。

通常の数の演算のように、足し算引き算には+、-の記号を使い、掛け算は×、・の記号を使うか2つの行列を横に並べる事で表します。

続いて具体的にどういう計算をするのかの定義です。

まず、足し算と引き算については、2つの行列の行と列の数がそろっている場合にのみ考えます。

具体的には、例えば2×3行列同士の足し算は次のようにします。

$$ \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a_{21} & a_{22} & a_{23}\end{array}\right)+ \left(\begin{array}{ccc}
b_{11} & b_{12} & b_{13}\\
b_{21} & b_{22} & b_{23}\end{array}\right) = \left(\begin{array}{ccc}
a_{11}+b_{11} & a_{12}+ b_{12} & a_{13}+ b_{13} \\
a_{21} + b_{21} & a_{22}+ b_{22} & a_{23}+ b_{23} \end{array}\right) $$

要するに、行と列の対応する数同士を足し合わせるだけという演算です。

引き算の場合も同様です。

$$ \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a_{21} & a_{22} & a_{23}\end{array}\right)- \left(\begin{array}{ccc}
b_{11} & b_{12} & b_{13}\\
b_{21} & b_{22} & b_{23}\end{array}\right) = \left(\begin{array}{ccc}
a_{11}-b_{11} & a_{12}- b_{12} & a_{13}- b_{13} \\
a_{21}- b_{21} & a_{22}- b_{22} & a_{23}- b_{23} \end{array}\right) $$

次に、掛け算に関しては、A×Bという行列の掛け算を考える時には「行列Aの『列の数』」と「行列Bの『行の数』」が同じであるという条件がある時のみに演算を考えます。

具体的には次のようにします。
2×3行列と、3×3行列の掛け算です。

$$ \left(\begin{array}{ccc}
a_{11} & a_{12} & a_{13}\\
a_{21} & a_{22} & a_{23}\end{array}\right)×\left(\begin{array}{ccc}
b_{11} & b_{12} & b_{13}\\
b_{21} & b_{22} & b_{23} \\ b_{31} & b_{32} & b_{33}\end{array}\right) $$

$$= \left(\begin{array}{ccc}
a_{11}b_{11}+ a_{12} b_{21} + a_{13} b_{31} & a_{11}b_{12}+ a_{12} b_{22} + a_{13} b_{32} & a_{11}b_{13}+ a_{12} b_{23} + a_{13} b_{33} \\
a_{21}b_{11}+ a_{22} b_{21} + a_{23} b_{31} & a_{21}b_{12}+ a_{22} b_{22} + a_{23} b_{32} & a_{21}b_{13}+ a_{22} b_{23} + a_{23} b_{33} \end{array}\right) $$

これは一体どういう計算をやっているのかというと、A×Bの「Aのn行目」と「Bのm列目」について、1つずつ対応する数同士を掛け合わせて加え、「それをn行m列目の数とする」という操作です。

a × b 行列と b × c 行列の掛け算の結果は、必ず a × c 行列になります。上記で言うと、2×3行列と、3×3行列の掛け算の結果は2×3行列になります。

行列の積の計算

この掛け算の定義は一番面倒ですが、行列の計算で一番肝心でもある所です。

行列の掛け算においては、A×BとB×Aは一般には違うものになる(同じ場合もあるが同じになる保証はない)事は、行列の重要な性質の1つです。

n×n行列のような正方行列の場合は、足し算・引き算・掛け算のいずれの場合も必ず計算を行えます。

行列は何のために「定義」している?何に使う?

さて、このように行列というものを「定義」すると、それを何のために定義するのか?定義すると、計算をどういう事に使えるのか?という疑問が沸くでしょう。

特に掛け算の定義は面倒で初見だと分かりにくい部分があると思います。しかし、じつはこの掛け算の計算規則が重要で、この形の積と和の組み合わせの式の形を線型結合と言い、主にそれの計算と理論を扱う数学の領域を線型代数と言います。大学数学の中で言うと、行列は線型代数の領域の中で特に重要な位置を占めている・・という位置付けになります。

また、一般の代数学で行列を扱う事もあり(例えば可逆複素正方行列全体の集合は「群」になるので群論の中で)、その他の分野でも行列を使う事があります。例えば、連立一次方程式を考える時には理論を行列として扱ったほうが便利である事があります。

物理等で行列が直接的に重要になる分野は、例えば量子力学です。これは、先ほど述べた「線型結合」の形によってある種の量が表され、さらに行列の積の形に対応する量も存在する事が大きな理由の1つです。量子化学などの場合は、行列の「群」としての性質を使って物質の構造を調べる手段の1つとして使う場合があります。