偏微分の応用の例:位置エネルギーと保存力の関係

合成関数に関する偏微分の公式の物理での使用例を、ここでは1つ述べます。

★ このページではベクトル解析で使用する「勾配」という考え方を使用します。
これは、多変数関数(多変数のスカラー関数)に対する偏微分によって表されるものです。

参考(サイト内リンク):接線線積分の定義と考え方

保存力の力ベクトルは、位置エネルギーの勾配ベクトルで表せる

先に結論の式を書きますと、力が「保存力」である場合に、位置エネルギーのxでの偏微分をx成分、yでの偏微分をy成分、zでの偏微分をz成分に持つベクトルは、保存力の力ベクトルに等しいという関係式があります。【※保存力で無い場合は成立しませんので注意。】

保存力の力ベクトルは、位置エネルギーの勾配ベクトルで表せる

まず、「位置エネルギー」(あるいはポテンシャルエネルギー)U(x,y,z) を次のように定義します。これはベクトルでは無く、スカラー関数です。 $$\large U(x,y,z)=-\int_{\overrightarrow{R_O}}^{\overrightarrow{R}}\overrightarrow{F}(x,y,z)\cdot d\overrightarrow{r}$$ $$\large \mathrm{grad} U(x,y,z)=\left(\frac{\partial U}{\partial x},\frac{\partial U}{\partial y},\frac{\partial U}{\partial z}\right)$$ 力ベクトル F(x,y,z) が保存力である場合、次式が成立します:$$\large -\mathrm{grad} U(x,y,z)=\overrightarrow{F}(x,y,z) $$

★ プラスマイナスの符号の関係が、ちょっとごちゃごちゃするので注意。

「勾配」grad (または∇「ナブラ」)については、詳しくはベクトル解析という分野で説明されます。

この関係式は、古典力学の理論としては仕事とエネルギーの関係の話の延長線上にあります。

これは要するに数学的には、
接線線積分の形の多変数関数の勾配ベクトルは、もとのベクトル関数と同じ形になる」
という事を言っています。通常の不定積分(あるいは積分区間に変数が入った定積分)は、通常の微分を考える事で元の関数に戻るという「微積分学の基本定理」がありました。それと似た形の式という事になります。

この関係式の証明のポイントは、合成関数の偏微分公式です。
ベクトルの内積の計算も直接的に関わります。

\(-\mathrm{gradU(x,y,z)}= \overrightarrow{F}(x,y,z)\) の証明

まず通常の微積分学の基本定理を用いたうえで、ベクトルの内積と合成関数の偏微分の公式をうまくかみ合わせます。

位置座標は全て「物体の位置」であるとして、位置座標に対応する時間成分tを考えます。
力ベクトルの成分についても同様に tの関数であると考えます。

$$\large \overrightarrow{F}(t)=(F_X(t),F_Y(t),F_Z(t))$$

$$\large 点\overrightarrow{R} での時刻をt、点\overrightarrow{R_O} での時刻を t_O とします。$$

最初のステップ $$\large -U(x,y,z)=\int_{ \overrightarrow{R_O}}^{\overrightarrow{R}} \overrightarrow {F} (x,y,z) \cdot d\overrightarrow{r}=\int_{t_O}^{t} \overrightarrow {F} (\tau) \cdot \frac{d \overrightarrow{r} }{d\tau}d\tau$$ $$\large =\int_{t_O}^{t}F_X(\tau) \frac{dx}{d\tau} d \tau + \int_{t_O}^{t}F_Y(\tau) \frac{dy}{d \tau } d \tau + \int_{t_O}^{t} F_Z(\tau) \frac{dz}{d \tau } d \tau $$ $$★ 時間についての積分変数の表記はt → \tau (タウ)に変えています。$$

Uの定義(力学での定義です)にマイナス符号があるので、
ここでは最初から「-U」を考えて、積分での表記をプラス符号で考えています。

★ 後述しますが、力が「保存力」であるという条件がないと、じつはまずこの式変形ができません。なぜかというと一般の接線線積分は、2つの端点だけでなく、その2点を結ぶ経路によって値が変わってしまうからです。力が保存力であるという条件は、この値が経路によらず一定の値であるとしてよいという条件です。

★ 古典力学の理論の中では、もともとは一般の力に対して時間で表したほうの式が先にあって、次に「保存力」という位置座標のみで決定するものを考えます。

★ 積分区間にベクトルが入っている部分は、次の意味になります。 $$\large \int_{ \overrightarrow{R_O} }^{\overrightarrow{R}} \overrightarrow {F} (x,y,z) \cdot{d\overrightarrow{r}} $$ $$\large =\int_{x_O}^{x}F_X(x,y,z)dx+ \int_{y_O}^{y}F_Y(x,y,z)dy+ \int_{z_O}^{z}F_Z(x,y,z)dz $$ $$\large \overrightarrow {F}=(F_X,F_Y,F_Z),\hspace{10pt}\overrightarrow{R_O}=(x_O,y_O,z_O),\hspace{10pt}\overrightarrow{R}=(x,y,z)$$ dx の部分は x に関してだけ積分し、yやzは定数同様に扱います。つまり、偏微分と同じような考え方をするわけです。この場合の微積分学の基本定理は、積分と「偏微分」との関係になります。

次に、時間成分tで U(x,y,z) = U(x(t), y(t), z(t)) を微分します。
内積計算で3つの項の和にした部分は共通の積分変数tでの積分になっているので、通常の微積分学の基本定理がそのまま使えます。

この時、積分する対象として $$\large F_X(t) \frac{dx}{dt}$$ を1つの関数と捉える事がポイントです。
積分中の表記では$$\large {F_X( \tau ) \frac{dx}{d\tau}}$$ にしています。

成立する式:その①

$$\large\frac{dU}{dt}= \frac{d}{dt}\left(\int_{t_O}^{t}F_X( \tau ) \frac{dx}{d\tau} d \tau + \int_{t_O}^{t}F_Y( \tau ) \frac{dy}{d \tau } d \tau + \int_{t_O}^{t} F_Z( \tau ) \frac{dz}{d \tau } d \tau \right)$$

$$\large = F_X(t) \frac{dx}{dt} + F_Y(t) \frac{dy}{dt} + F_Z(t) \frac{dz}{dt}=\overrightarrow{F}(x,y,z)\cdot \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt} $$

他方で、合成関数の偏微分公式を使うと U の時間微分の計算を別途に表現できるのです。
この場合、多変数 x、y、z が1つだけの変数tの合成関数になっているという事なので、表記としては$$\large \frac{\partial U}{\partial t}=\frac{dU}{dt}です。$$

ただし、もとの関数が U(x,y,z) という多変数関数なので、偏微分のほうの合成関数の微分公式を使う点に注意しましょう。

成立する式:その②

$$\large \frac{\partial U}{\partial t}=\frac{dU}{dt}= \frac{\partial U}{\partial x} \frac{\partial x}{\partial t}+ \frac{\partial U}{\partial y} \frac{\partial y}{\partial t} + \frac{\partial U}{\partial z} \frac{\partial z}{\partial t} $$ $$\large = \frac{\partial U}{\partial x} \frac{dx}{dt}+ \frac{\partial U}{\partial y} \frac{dy}{dt} + \frac{\partial U}{\partial z} \frac{dz}{dt} =(\mathrm{gradU})\cdot \left( \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt}\right) $$

最後の結果は「Uの勾配ベクトル」と「速度ベクトル」との内積です。
内積はスカラーであり、勾配はスカラー関数をベクトルの関数変換する演算である事を意識すると分かりやすいと思います。

同じものを2通りの数式で表せる事になるので、等号で結ぶ事ができます。
これによって、次の関係式が成立する事になります。

$$\large – \overrightarrow{F}(x,y,z)\cdot \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt} = \mathrm{gradU}\cdot \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt} $$

$$これは、\overrightarrow{A}\cdot \overrightarrow {C} = \overrightarrow{B}\cdot \overrightarrow {C} という関係になっています。 $$

これが証明の根拠になるわけですが、数学的には
\(\overrightarrow{A}\cdot \overrightarrow {C} = \overrightarrow{B}\cdot \overrightarrow {C} \) から直ちに\(\overrightarrow{A}= \overrightarrow{B}\) とは言えない事には注意しましょう。
そうならない場合もあるのです。
しかし、この場合は \(\overrightarrow {R}\) が特定の座標点では無くて「任意の座標点」です
特定の点だけではなく、どんな座標の点を考えたとしてもこの関係式は成り立つ、という意味です。
ですから、\(\overrightarrow {R}\) に対して内積をとると等しい値になる2つのベクトル\(– \overrightarrow{F}(x,y,z)と\mathrm{gradU(x,y,z)}\) は、全く同じ関数でなければならないのです。

$$ つまり 、- \overrightarrow{F}(x,y,z)\cdot \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt} = \mathrm{gradU}\cdot \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt} かつ 「\overrightarrow {R} は任意の(実)ベクトル」なので、$$

$$-\overrightarrow{F}(x,y,z)=\mathrm{gradU}(x,y,z)\Leftrightarrow -\mathrm{gradU}(x,y,z)= \overrightarrow{F}(x,y,z) という事です。【証明終り】$$

「保存力」の物理的な意味

保存力とは力がなす仕事が経路に依存せず、始点と終点の位置だけに依存する力を言います。これは結構強い条件が課されている事になりますが、万有引力、重力(地表面での万有引力を近似したもの)、ばねの力、クーロン力などは保存力になるので、物理の理論の中では結構使い物になります。

逆に、保存力でない力の簡単な例は摩擦力などです。

一般の力ベクトルに対しては、少しだけ上述でも触れましたが、
次の形の時間変数による積分が先にあります。

$$\large T(t)-T(t_O)=\int_{t_O}^{t} \overrightarrow {F} (\tau) \cdot \frac{d \overrightarrow{r} }{d\tau}d\tau$$

ここで、1変数の通常の積分であれば積分変数をtからxに変換できます。

しかし、この場合は「接線線積分」なので、経路は1通りでは無く様々なものがあるのです。

経路によって値が異なりますから、同じ値の定積分になるという意味での積分変数の変換は無条件にはできない・・という事です。

ベクトルに対する一般の接線線積分の場合、値が始点と終点だけでは決定しないので次のように表記します:

$$一般の接線線積分の表記:\int_C \overrightarrow {F} \cdot d \overrightarrow {r}\hspace{10pt}Cは特定の関数で表される経路 $$

ここで、経路によらず「経路の始点と終点だけをしていれば値が定まる」という条件をつけると、もちろん数学的な扱いは簡単になります。
そのような条件がつけられた種類の力が保存力であり、上記のように具体的に当てはまる力も存在するというわけです。

保存力がなす仕事の値(仕事量)は始点と終点の位置だけで決まります。これを「位置エネルギー」あるいは「ポテンシャルエネルギー」などと呼びます。
これは運動エネルギーに対する用語です。位置エネルギーと運動エネルギーの合計を、力学的エネルギーと呼びます。
尚、保存力ではない摩擦力などの力に対しては、位置エネルギーは考えないのです。

これを数学的に取り扱った場合、上述いたしましたように、合成関数に対する偏微分の公式などが重要な役割を担っているというわけです。

ベクトル解析と勾配・回転・発散・・grad, rot, div

このページでは、電磁気学などで使われる「ベクトル解析」という数学の分野について説明します。
その中でも特に、勾配・発散・回転と呼ばれるものについての説明を行います。

これは「ベクトルの微積分・力学での応用」の延長線上にある理論です。純粋数学よりも、応用数学の色彩の濃い微積分学の分野になります。(もちろん、純粋数学的・解析学的に考察する事も可能です。)

スカラー関数の変数が特に位置座標である事を強調する場合には「スカラー場」と言う事もあります。このページではスカラー場という名称を使います。

はじめに:「場」という考え方とベクトル解析

勾配(grad)、発散(div)、回転(rot)は「スカラー場」や「ベクトル場」というものに対して考えます。それらはいずれもスカラーやベクトルの仲間なのですが、特にどのようなスカラーやベクトルをそのように呼ぶのかを最初に述べておきます。

ベクトル場
スカラー場
電磁気学でのベクトル場とスカラー場の例 

ベクトル場

てきとうな電荷があって、まわりに別の電荷を持ってくると、電荷同士に力が働きます。この時に、後から持ってきたほうの電荷を置く場所によって働く力が変わってきます。これは数式で表すと、電荷が受ける力が座標上の点ごとに異なると考える事もできて、力を座標変数の関数で表されたベクトルで表せます。このように表されるベクトルを、「ベクトル場」と呼びます。ベクトル場の各成分は、座標成分による多変数関数になっています。(必要に応じて時間変化もするとして時間成分も加えます。)

このようなベクトル場の微積分を扱う数学の分野をベクトル解析と呼んだりします。後述するスカラー場の微積分も合わせて考えます(スカラーをベクトルに変換する操作などが含まれます) 。

★ ベクトル場の事を「ベクトル界」と言う事もあります。ベクトル界という呼び方は工学系で使われる事が多いとも言われます。
どちらが正しいかの基準はありませんが、このサイトでは、「ベクトル場」の呼び方を使用します。
「場(field)」という語は、「遠隔力」という考え方に対する概念として物理学で単独でも使う事があります。他方、『界』という語は単独では普通は使わない事が多いので、用語としては「場」という語でこのサイトでは統一します。

「ベクトル場」の意味

x, y, z の直交座標上で、
次のように各成分が x, y, z の関数として表される空間ベクトルを「ベクトル場」と呼びます: $$\overrightarrow {F}(x,y,z)=(\hspace{3pt}F_1(x,y,z),F_2(x,y,z),F_3(x,y,z)\hspace{3pt})$$ $$ベクトルの各成分\hspace{3pt}F_1(x,y,z)などは、x,y,z の多変数関数(スカラー関数)$$ 平面ベクトルで考えたとしても、成分が1つ減るだけで同様にベクトル場を考える事ができます。4成分以上の場合も理論的には考える事は可能ですが、普通はあまり考えません。ここでは基本的に3成分の空間ベクトルのベクトル場を考えます。

ベクトル場自体は多変数関数を成分とする「ベクトル」とも言えるので、上記の形が「ベクトル場の『定義』」であるというよりは、ベクトルのうち「このような形で表されるものを特にベクトル場と呼ぶ」という感じだと言えます。

物体の軌道をベクトルで表す時に、物体の位置座標を「時間の関数」として表す方法があったわけですが、それとの違いは、成分となる関数の変数に「座標成分が含まれている」という事です。

$$\overrightarrow {X}(t)=(x(t),y(t),z(t)) といったベクトルとは少し区別されるのです。$$

2つの電荷プラス同士であれば反発し、プラスとマイナスであれば引き合います。
向きは2つの電荷を結ぶ直線に沿い、遠くに離れるほど力の大きさは弱くなります。
「電荷に働く力を「場」として見る場合は「電場」と呼びます。

スカラー場

もう1つ、ベクトル解析では「スカラー場」というものも考えて、ベクトル場との使い分けを上手に行う事が理解のポイントになっていきます。

スカラー場とは、数式的には座標成分 x, y, z を変数とする多変数関数の事です。意味としては何ら難しくないのですが、電磁気学等の理論ではベクトル場と入り乱れる形で使われるので、物理の理論の中では慣れないと少し難しく感じると思います。

「スカラー場」の意味

x, y, z の直交座標上で、
次のように x, y, z の関数として表される多変数関数を「スカラー場」と呼びます: $$\phi= \phi (x,y,z)$$ 記号はここでは「\(\phi\)ファイ」を用いていますが、別に何でも構いません。 これは数学的に見れば通常の多変数関数であって、これをスカラー場と呼ぶのは基本的には x, y, z が空間上の直交座標の成分である事が明確であって物理等で用いられる場合、特にベクトル場と区別する場合です。

電磁気学でのベクトル場とスカラー場の例

+1[C] の電荷をある場所に置いたときに、その電荷が受ける力ベクトルを位置座標の関数で表したものはベクトル場であり、特に電場と呼びます。電気だけでなく磁気についても同じ考え方ができます。磁気の場合は単独の「磁荷」は存在しないと言われていますが、仮想的に単独の「磁荷」を考えて、磁荷が受ける力のベクトル場の事を磁場と呼びます。

電磁気学では、これを総称して電磁場と呼んだりもします。磁場は電流によって作られ、電流を生じさせる電圧(起電力)は磁場の変化によって作られるという関係が知られています。電磁気学は、観測によって得られたそれらの関係を定量的に表せるように数式で整理する物理学の分野です。

ベクトル場の具体例として、+1[C] の電荷のまわりの電場は次のように表せます(その付近に、別の+1[C] の電荷を持ってくると考えます。k は比例定数です。 ):

$$\overrightarrow {E}(x,y,z)=\left(\frac{kx}{r^3}, \frac{ky}{r^3}, \frac{kz}{r^3} \right)= \left (\frac{kx}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{3}{2}}}, \frac{ky}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{3}{2}}}, \frac{kz}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{3}{2}}} \right )$$

$$r= \sqrt{x^2+y^2+z^2} = (x^2+y^2+z^2)^{\frac{1}{2}}の関係で処理しています。 \frac{kx}{r^3} =\frac{k}{r^2}\cdot \frac{x}{r}という事です。 $$

$$詳細は別途に記しますが、ここでの電場の「大きさ」は| \overrightarrow {E} |=\frac{k}{r^2}になります。$$

ただし、このように具体的な座標成分で記すと計算が面倒なので、大枠となる理論ではベクトル場という事だけ踏まえて数式的な処理を加えていく事が行われます。個々の具体的な事例の考察では具体的な関数にして考えたりします。

このようなベクトル場である電場に対して、ある位置での+1[C]の電荷が持つ事になる位置エネルギー(または「ポテンシャル」)を電位と言います。これは日常でもよく耳にすると思われる電圧と本質的には同じものです。電位は、ベクトルでは無く、スカラー場になります。つまり、x, y, z という3つの変数によって決まる1つの値が決まるという3変数関数になります。

$$「電位」V(x,y,z) はべクトル場ではなく、スカラー場です。$$

これらのベクトル場やスカラー場の微積分を考えられる時に使われるのが、次に記す「勾配」「発散」「回転」というものです。

ベクトル場の発散(div)と回転(rot)、スカラー場の勾配(grad)

ではここで、ベクトル解析で重要な 勾配、発散、回転 と呼ばれるものの説明をします。

div, rot, grad ・・定義と考え方
図形的にはどのような意味を持つ?

※ここでの「発散」は、「無限大に発散」という意味ではなく、また別のものです。少々分かりにくいかもしれませんが、同じ用語を使う習慣があります。
※「回転」は「循環」と呼ばれる場合もあります。

勾配、発散、回転の定義には偏微分を用います。
ベクトル場、スカラー場ともに多変数関数である事が直接的に関わっています。

div, rot, grad ・・定義と考え方

あるベクトル場 \(\overrightarrow {F}\) があったとき、それに対する発散、回転を考える事になります。(成分が x, y, z の関数になっていない通常の「ベクトル」に対しては基本的に考えないので注意。)

他方、勾配についてはスカラー場に対して定義します。

$$ベクトル場\overrightarrow {F}(x,y,z)に対して、発散:\mathrm{div} \overrightarrow {F},\hspace{10pt} 回転:\mathrm{rot} \overrightarrow {F},\hspace{10pt} を定義します。$$

$$また、スカラー場\phi (x,y,z)に対して、 勾配:\mathrm{grad} \phi ,\hspace{10pt} を定義します。$$

定義
勾配(gradient)【グレディエント】
  • スカラー場 \(\phi (x,y,z)\)に対して次のベクトル(関数)を勾配(勾配ベクトル)と呼びます。
    $$\mathrm{grad} \phi=\left(\frac{\partial \phi}{\partial x},\frac{\partial \phi}{\partial y},\frac{\partial \phi}{\partial z}\right)$$
  • \(\mathrm{grad}\phiの代わりに\nabla \phi とも書きます。\)
発散(divergence)【ダイヴァージェンス】
  • ベクトル場 \(\overrightarrow {F}(x,y,z)=(F_1,F_2,F_3)\) に対する次のスカラー(関数)を発散と呼びます。
    $$\mathrm{div} \overrightarrow {F}=\frac{\partial F_1}{\partial x}+\frac{\partial F_2}{\partial y}+\frac{\partial F_3}{\partial z}$$
  • \(\mathrm{div}\overrightarrow {A}の代わりに\nabla \cdot \overrightarrow {A} とも書きます。\)
    \((F_1,F_2,F_3)=(F_1(x,y,z),F_2(x,y,z),F_3(x,y,z))\) です。
回転(rotation,curl)【ローテイション、カール】
  • ベクトル場 \(\overrightarrow {F}(x,y,z)=(F_1,F_2,F_3)\) に対する次のベクトル(関数)を回転と呼びます。$$\mathrm{rot} \overrightarrow {A}=\left(\frac{\partial F_3}{\partial y}-\frac{\partial F_2}{\partial z}, \frac{\partial F_1}{\partial z}-\frac{\partial F_3}{\partial x}, \frac{\partial F_2}{\partial x}-\frac{\partial F_1}{\partial y}\right)$$
  • \(\mathrm{rot}\overrightarrow {A}の代わりに\mathrm{curl}\overrightarrow {A}、あるいは\nabla × \overrightarrow {A} とも書きます。\)

★ 見ての通り、いずれも偏微分を用いて定義されます。
偏微分とは、1つの変数だけに着目し、他の変数は定数扱いにして微分操作を行う演算です。
★ \(\nabla \cdot \overrightarrow {A},\nabla × \overrightarrow {A}\) という表記について:これらの定義による式の形が、ベクトルの内積や外積の計算規則と似ている事からそのようにも書く習慣があります。この逆三角形の記号∇は「ナブラ」と呼ばれます。
★ 勾配・発散・回転自体も x, y, z を変数とするベクトルや実関数ですからベクトル場とスカラー場という事になりますが、勾配・発散・回転自体に対してはあまり「場」とは言わない事が多いです。

このように定義した時、
勾配と回転はベクトルであり、発散はスカラーである事に、少し注意してみてください。

同時に、勾配を考える対象はスカラー場であり、
発散と回転を考える対象はベクトル場であるわけです。少し整理しましょう。

対象の関数 勾配・発散・回転 ベクトル・スカラーの区別
スカラー場\(\phi (x,y,z)\) \(\mathrm{grad}\phi \) 勾配:ベクトル(成分は関数)
ベクトル場 \(\overrightarrow {F}(x,y,z)\) \(\mathrm{div}\overrightarrow {F}\) 発散:スカラー(関数)
ベクトル場 \(\overrightarrow {F}(x,y,z)\) \(\mathrm{rot}\overrightarrow {F}\) 回転:ベクトル(成分は関数)

★ 尚、発散と回転については、上記で定義した数式を「積分した形」を発散および回転と呼ぶ場合もありますが、このサイトでは一貫して上記の形の定義を用いる事にします。

図形的にはどのような意味を持つ?

こういった色々見慣れない記号をなぜ考えるのか?という話にもなるかと思いますが、これらに関しては基本的に「3次元の空間」の中のベクトルの理論ですので、図形的を持っている事が理解の1つのポイントです。

まず勾配については、偏微分を考えている事に注目すると、あるスカラー場が x方向、y方向、z方向に対して、その向きだけの変化率をベクトルで表したものになります。

次に、ベクトル場の発散についてです。これは位置が微小変化した時に、特定の量が全体として「周りからどれだけ出入りするか」の変化率を表します。単位体積から出入りする流量(※1)を表すとも言えます。
ベクトル場の発散に体積要素(dv = dxdydz)を掛け算すると、微小な領域に出入りする流量を表します。発散を面積分と重積分(※2) を結びつける公式(発散定理、ガウスの定理)もあり、それも物理で重要です。

(※1)もう少し詳しく言いますと、電磁気学の理論の一部は、流体力学の理論とのアナロジー(類似性)から類推して組み立てられています。「流量」とは流体力学で使われる用語であり、ある断面を1秒間あたりに通過する流体の体積を表します。
(※2)この場合、dv = dxdydz を考えるので体積積分とも言います)

回転については、定義式からは少し分かり辛いと思いますが、じつはこれを積分(「法線面積分」という種類の積分)をした時に文字通りの意味を表します。公式(「ストークスの定理」)を用いる事で、あるベクトル場の回転の面積分は、そのベクトル場に対して閉曲線を1周するように接線線積分したものに等しくなるのです。ベクトル場の回転は流体力学では「渦」を表現するのに使い、電磁気学などの領域でも使用します。

これらの図形的な意味を捉える時は、積分を考える必要がある場合もあります。

勾配・発散・回転に関するいくつかの公式

最後に、いくつかの公式について紹介をしておきましょう。

勾配・発散・回転の公式①:色々な組み合わせによる関係式
勾配・発散・回転の公式②:積分を含む公式 

勾配・発散・回転の公式①:色々な組み合わせによる関係式

ベクトル場の勾配・発散・回転を使ってどういう理論が展開されるのかを軽く見るために、いくつかの公式を挙げてみます。これらは、一般的には暗記するほど重要ではないと思いますが、簡単なものや特徴的なものは知っておくと物理学全般を学ぶ時に便利です。

勾配・発散・回転のいくつかの公式

\(\phi\) などはスカラー場、\(\overrightarrow {F}\) などはベクトル場であるとします。

  1. \(\mathrm{grad}(\phi_1\phi_2)=\phi_1(\mathrm{grad}\phi_2)+\phi_2(\mathrm{grad}\phi_1)\)
  2. \(\mathrm{div}(\phi\overrightarrow {F})=\mathrm{div}(\overrightarrow {F}\cdot \mathrm{grad}\phi)+\phi\mathrm{div}\overrightarrow {F}\)
  3. \(\mathrm{rot}(\mathrm{grad}\phi)=0\)
  4. \(\mathrm{div}(\mathrm{rot}\overrightarrow {F})=0\)
  5. \(\mathrm{rot}(\mathrm{rot}\overrightarrow {F})=\mathrm{grad}(\mathrm{div}\overrightarrow {F})-\left(\frac{\partial ^2F_1}{\partial x^2}+\frac{\partial^2 F_2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2 F_3}{\partial z^2}\right)\)

\(\phi_1\phi_2\) は2つのスカラー場の積(普通の掛け算)であり、\(\phi\overrightarrow {F}\) はベクトル場の各成分に(同一の)スカラー場を掛け算したものです。\(\overrightarrow {F}\cdot \mathrm{grad}\phi\) は、内積です。
電磁気学の理論では、3番目と4番目の関係は特に重要です。
5番目の形の式は、回転はベクトル場から別のベクトル(場)を作る操作であるために考える事ができる点に注意。(勾配や発散では同じような事はできません。)

これらの公式の証明は、基本的には定義に直接当てはめて、積の微分公式などの基本公式を使って丁寧に計算する事で得られます。例えば、1番目の公式は各成分ごとに積の微分公式を使うだけです。
(偏微分の場合も通常の微分の場合と同じ形の積の微分公式が成立します。)

$$\mathrm{grad}(\phi_1\phi_2)=\left(\frac{\partial (\phi_1\phi_2) }{\partial x},\frac{\partial (\phi_1\phi_2) }{\partial y},\frac{\partial \ (\phi_1\phi_2) }{\partial z}\right)$$

$$= \left( \phi_1 \frac{\partial \phi_2}{\partial x}+ \phi_2 \frac{\partial \phi_1}{\partial x} , \phi_1 \frac{\partial \phi_2}{\partial y}+ \phi_2 \frac{\partial \phi_1 }{\partial y} , \phi_1 \frac{\partial \phi_2 }{\partial z}+ \phi_2 \frac{\partial \phi_1 }{\partial z} \right) $$

$$= \left( \phi_1 \frac{\partial \phi_2}{\partial x} , \phi_1 \frac{\partial \phi_2}{\partial y} , \phi_1 \frac{\partial \phi_2 }{\partial z}\right) + \left(\phi_2 \frac{\partial \phi_1}{\partial x} , \phi_2 \frac{\partial \phi_1 }{\partial y}, \phi_2 \frac{\partial \phi_1 }{\partial z} \right) $$

$$=\phi_1(\mathrm{grad}\phi_2)+\phi_2(\mathrm{grad}\phi_1)【1番目の公式の証明終り】$$

2番目の公式も、積の微分公式を用いるだけです。

$$\mathrm{div}(\phi\overrightarrow {F})=\frac{\partial (\phi F_1)}{\partial x}+\frac{\partial (\phi F_2)}{\partial y}+\frac{\partial (\phi F_3)}{\partial z} $$

$$ = \left( \phi \frac{\partial F_1}{\partial x}+ F_1 \frac{\partial \phi }{\partial x} \right) + \left( \phi \frac{\partial F_2}{\partial y}+ F_2 \frac{\partial \phi }{\partial y} \right) + \left( \phi \frac{\partial F_3}{\partial z} +F_3 \frac{\partial \phi }{\partial z} \right) $$

$$ = \phi \left( \frac{\partial F_1}{\partial x}+\frac{\partial F_2}{\partial y}+ \frac{\partial F_3}{\partial z}\right) + F_1 \frac{\partial \phi }{\partial x} + F_2 \frac{\partial \phi }{\partial y} + F_3 \frac{\partial \phi }{\partial z} $$

$$= \phi \mathrm{div} \overrightarrow {F}+ \overrightarrow {F} \cdot \mathrm{grad}\phi 【2番目の公式の証明終り】 $$

3番目と4番目の式は、2つの変数で続けて偏微分を行う時には偏微分の順番は関係なく同じ結果になる(※)という事を使って示します。【※解析学的に厳密に言うと条件がありますが、通常の連続関数であれば基本的に問題ありません。】

3成分のそれぞれについて0になる事を示す必要がありますが、変数が入れ替わるだけで同じ形・同じ計算ですので、第1成分(x成分)についてのみ記します。

$$\mathrm{rot}(\mathrm{grad}\phi)の第1成分=\frac{\partial}{\partial y} \left(\frac{\partial \phi}{\partial z}\right)- \frac{\partial}{\partial z} \left (\frac{\partial \phi}{\partial y} \right) = \frac{\partial^2 \phi}{\partial z \partial y }- \frac{\partial^2 \phi}{\partial y \partial z }=0 $$

$$【3番目の公式(第1成分)証明終り】 $$

$$\mathrm{div}(\mathrm{rot}\overrightarrow {F})の第1成分= \mathrm{div} \left(\frac{\partial F_3}{\partial y}-\frac{\partial F_2}{\partial z},
\frac{\partial F_1}{\partial z}-\frac{\partial F_3}{\partial x},
\frac{\partial F_2}{\partial x}-\frac{\partial F_1}{\partial y}\right)$$

$$= \frac{\partial}{\partial x} \left(\frac{\partial F_3}{\partial y}-\frac{\partial F_2}{\partial z} \right) + \frac{\partial}{\partial y} \left( \frac{\partial F_1}{\partial z}-\frac{\partial F_3}{\partial x} \right) + \frac{\partial}{\partial z} \left( \frac{\partial F_2}{\partial x}-\frac{\partial F_1}{\partial y}\right) $$

$$= \left( \frac{\partial^2 F_3 }{\partial x \partial y }- \frac{\partial^2 F_3 }{\partial y \partial x } \right) + \left( \frac{\partial^2 F_1 }{\partial y \partial z }- \frac{\partial^2 F_1 }{\partial z \partial y } \right) + \left( \frac{\partial^2 F_2 }{\partial z \partial x }- \frac{\partial^2 F_2 }{\partial x \partial z } \right) =0 $$

$$【4番目の公式(第1成分)証明終り】(最後の式では消える項ごとにまとめました。) $$

5番目の公式に関しては少々計算が面倒ですが、定義に当てはめて丁寧に計算する事で結果が得られます。特別な定理や計算技巧は必要ありません。

この他にも、勾配・発散・回転の組み合わせによる色々な公式が存在します。

勾配・発散・回転の公式②:積分を含む公式

勾配・発散・回転のいずれも微分(偏微分)を使って定義されるものであるわけですが、発散と回転に関してはそれらに対する積分を考える事で独特な形の公式が成立します。しかも、それらは物理の理論の中でも重要です。

2つの公式を、ごく簡単にですが挙げておきます。上記でも少し触れた「発散定理(ガウスの定理)」と「ストークスの定理」です。これらは積分を含む公式であり、通常の積分ではなく「法線面積分」「接線線積分」「体積積分」という種類の積分が含まれます。

$$発散定理:\int_V \mathrm{div}\overrightarrow{F} dv = \int_S \overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{s}$$ $$ストークスの定理:\int_S \mathrm{rot}\overrightarrow{A}\cdot d\overrightarrow{s} = \int_C \overrightarrow{A}\cdot d\overrightarrow{r}$$

ここでは、C:閉曲線、S:閉曲面の表面、V:閉曲面内の領域 を表しています。

接線線積分については力学でも使う考え方ですが、法線面積分については初歩的な運動の解析にはあまり使わないかもしれません。基本的な考え方は共通していて、微小な領域において内積の計算をしてから積分をする(合計する)というものです。

体積積分は重積分で表す事もでき、法線面積分も内積の処理をした後に重積分として表す事もできます。(しかも、その事が証明で重要です。)

閉曲線上の接線線積分の積分方向は、xy平面などの平面上で考える場合には反時計回り(曲線の内部が左側に来る向きであり、閉曲線の「正方向」とも言います)として考えます。
空間上に閉曲線がある場合には、閉曲線を外周とする曲面の表側を決めたうえで、接線線積分の積分方向を定めます。

このベクトル解析の領域は、物理の電磁気学や流体力学と合わせて学んでみる事がおすすめです。数学的に詳しい考察が必要な部分と、応用で重要になる部分との関連がよく分かるようになると思います。

重積分の理論と計算

重積分の定義と計算法、累次積分、変数変換と関数行列式について説明します。
微積分の中では、微分方程式無限級数偏微分の理論と並んで、応用数学でも重要です。

高校数学での1変数の積分の定義と公式は別途に詳しく説明しています。

重積分の物理学での応用としては、例えば電磁気学等で使うガウスの発散定理があります。

重積分とは「多変数関数に対する積分」

重積分とは、多変数関数に対する積分です。定積分・不定積分の両方があります。2変数の時を2重積分、3変数の時を3重積分、n変数の時をn重積分(あるいは「多重積分」)・・と、言う事もあります。

重積分の定義と表記方法
積分領域が長方形ではない場合の考え方と処理
重積分の簡単な計算:累次積分による例
重積分と面積・体積との関係 

重積分の定義と表記方法

多変数関数F(x,y,z,・・)をx、y、z、・・のそれぞれで積分する計算を重積分と言います。
単純化のため、ここでは2変数関数F(x,y) を例にします。

計算の仕方の結論を先に言ってしまいますと、まずxだけで積分の計算を行い、その後でyについて積分の計算を行います。yの積分を先に行ってからxで積分しても同じ結果になります。

  1. まず最初は、yなどの変数は定数とみなしてxで積分計算。
  2. xに関して定積分の値を代入したら、今度はyで積分計算。
重積分の表記と計算 $$\int_{y1}^{y2} \int_{x1}^{x2}F(x,y)dxdy=\int_{y1}^{y2}\left(\int_{x1}^{x2}F(x,y)dx\right) dy$$

このような計算の仕方を「累次積分」とも言います。
xの次にyと、続けて逐次的に計算するという意味合いです。
1つの積分変数に着目して積分計算する時は、他の変数は定数扱いにします。
不定積分として表記するなら次のような形になります。

$$\int\int F(x,y)dxdy$$ この時に、後述するように積分領域が長方形ではない場合には、積分区間として定数ではなく関数を代入する場合があります。

変数を増やした場合でも表記方法は2変数の場合に準じます。
例えば3変数なら次のようになります。

$$ 定積分:\int_{z1}^{z2} \int_{y1}^{y2}\int_{x1}^{x2}F(x,y,z)dxdydz \hspace{10pt}不定積分\int \int\int F(x,y,z)dxdydz$$

積分領域が長方形ではない場合の考え方と処理

◆積分区間について、積分を行うxy平面の領域が「長方形」であれば積分区間は
定数を端とする閉区間になります。(例えば [0,1])
他方、領域が座標軸に対して斜めになっていたり、曲がっていたりする場合には次のようにします。

まず、いずれかの変数をもう1つの変数の関数として表して、それを区間とします。
つまり、xとyの2変数で重積分をする時に、まずxで積分をするとすれば領域の端を構成する曲線をyの関数x=x(y)、x=x(y)として区間としておきます。

次に、yを定数とみなして原始関数を式で表せたとします。
その式のxの部分に、通常の定積分計算のようにx=x(y)とx=x(y)を代入をして引き算します。
【例えばx=2yであるとかx=yであるといった形を直接代入します。】
その計算の結果、変数xは全て消えてyだけの関数になります。

最後に残った変数については、定数の区間の定積分を実行します。

3変数以上の場合でも考え方は同じで、変数をx、y、zとして積分する場合には、最初に積分をする変数の区間は2変数関数として表され、2番目に積分する変数は区間が1変数関数で表され、最後に残った変数は区間が定数という形になります。

長方形でない領域の重積分の例
yから先に積分する場合には、yをxの関数で表して先に計算します。

例えば、x=yとx=2yで囲まれる領域を積分範囲を考えたとしましょう。この時に、yに関しては閉区間 [0,2]を考えるとします。その領域上でてきとうな2変数関数F(x,y)があったとして、まずxで積分をする前提であるなら重積分は次のように計算します。

$$\int_{y1}^{y2}\int_{x1}^{x2}F(x,y)dxdy=\int_0^2\int_{\large{y^2}}^{\large{2y}}F(x,y)dxdy$$

一度そのように具体的な関数を区間に代入して表した場合には、積分の順番はx→yのようにきちんと決めて計算を行います。

$$つまり、\int_0^2\left(\int_{\large{y^2}}^{\large{2y}}F(x,y)dx\right)dyのような形で計算を行います。$$

重積分の簡単な計算:累次積分による例

もう少し簡単な例として、てきとうな2変数関数としてF(x, y) = xy というものを考えて、重積分してみましょう。

この時、定積分の場合は x の範囲と y の範囲の両方が指定される必要があります。ここでは、例として x の積分区間は [0, 1]、y の積分区間は [4, 5] という範囲であるとします。【つまり積分する領域が長方形である場合です。】
【★数学では、この2つの範囲を表記する為に [0, 1] × [4, 5] と書く場合があります。この場合の「×」記号は、掛け算ではなくて「直積集合」を表すための記号です。】

では、その設定で重積分してみます。

$$ \int_{4}^{5}\int_{0}^{1} F(x, y) dxdy= \int_{4}^{5}\int_{1}^{2} xy dxdy = \int_{4}^{5} \left[\frac{yx^2}{2}\right]_0^1dy= \int_{4}^{5} \frac{y}{2}dy=\left[\frac{y^2}{4}\right]_4^5=\frac{9}{4} $$

まずyを定数とみなして計算を進める事がポイントです。
1変数の積分の計算さえできれば、計算の考え方としては難しくないはずです。

重積分と面積・体積との関係

1変数の関数の積分には、グラフで表した関数の「面積」という意味がありました。

では多変数の重積分には何の意味があるかというと、2変数関数の重積分には「体積」としての意味があります。この時、積分変数の側のdxdyを面積要素と呼ぶ事があり、物理などで用いる場合はdSと書く場合もあります。(S は surface の頭文字です。)
◆参考:ベクトル解析における法線面積分の考え方

xとyが直交座標の変数であるとき、dxdyは(微小な)長方形の面積というわけです。累次積分によって重積分を計算する場合は、1回目にxで積分することで、各dyに対する非常に薄い板のような立体ができあがり、それをyで積分して全体の体積になるというイメージです。

他方、3変数関数の重積分の場合は、空間上に分布する何らかの値を、特定の領域全体に渡って合計したものという意味があります。この場合、dxdydzを体積要素と呼ぶ事があり、物理などではdvで表記する事もあります。(vは volume の頭文字。)

1変数の積分にも言える事ですが、多変数の重積分においても、不定積分がうまく導出できない場合があります。しかし、積分は「和」の極限値であり、近似できるという考え方によって、コンピュータ(プログラミング)による「数値計算」で積分値を計算する事が可能です。

変数が増えても、物理的な意味付けができる場合には dX1dX2dX3dX4・・・といった積分変数の積を考えて重積分を行う場合もあります。

重積分の変数変換論

重積分の積分変数の変換は、偏微分の理論と深い関係があります。

変数変換の公式と、基本的な考え方:曲線に沿った積分
変数変換の理論と関数行列式:2変数の場合
3変数以上の場合の重積分の変数変換 

変数変換の公式と、基本的な考え方:曲線に沿った積分

通常の重積分を累次積分で計算する時には、まずx軸に沿って関数の積分値を、各yの値に対して計算し、次にy軸に沿って積分をするわけです。

そこで、x=2u+v, y= u+3v のような変数変換をするとします。この時、xとyではなくてuとvで積分する事を考えてみます。

この場合、 じつはxy平面上の「u曲線」と「v曲線」に沿って積分を行う事になります。上記のように変数変換がuとvの1次式である場合は曲線ではなく直線になりますから斜交座標のようなります。

物理などで使われる変換の代表的なものは、極座標変換です。この場合、x=rcosθ, y=rsinθ という変換を行いますが、rとθで積分をする場合には θ 曲線(rが一定:つまり同心円)とr曲線(θが一定:つまり原点から伸びる放射状の直線)に沿って重積分を行うというわけです。

ただし、変換の式を直接代入するだけではじつは不十分で、次に述べますように「関数行列式」と呼ばれるものを掛け算しないと、計算がうまく行かないのです。

変数変換の理論と関数行列式:2変数の場合

1変数の積分での x=x(t) という変数変換では、積分時に(dx/dt)というオマケが必ずついてきました。では、多変数の重積分の場合は、このオマケの部分はどうなるのでしょうか?

この場合は、x=x(u、v), y=y(u, v)である時の長方形の面積 dudvと、それに対応するxy平面での領域の面積比が、積分計算の時に必ず乗じられるのです。この計算を行うには、偏微分を用います。

平面の領域にてきとうにたくさんの点を打って結び合わせる事で、領域を小さな三角形の集まりに近似できます。(もちろん数学的には、正確な領域の面積との差を無限に小さくできるという事です。)

今、それらの点がxy平面上のu曲線、v曲線上に打たれていると考えます。 u曲線とv曲線を、非常に細かい「折れ線」であると考えます。
ここでのポイントは、1つ1つの微小な線分を「偏微分係数」であると考える事です。duに対してx方向には (∂x/∂u)du 、y方向には(∂y/∂u)duの変化があるベクトルが伸びるわけです。【具体的な点では偏導関数の変数に値を代入。】これは図で考えたほうが分かりやすいと思います。

重積分の変数変換と関数行列式
三角形(あるいは平行四辺形)の面積については次のように考えます:
底辺×高さの計算で、高さは「1つのベクトルの長さ×正弦(sinθ)」で表せます。
これについて 成分計算を行うと、ベクトルの成分を用いて簡単に表せるのです。

すると、各点から始まる微小三角形の面積は、平面ベクトルの公式(ベクトルによる平行四辺形の面積公式)により、次のように表せる事が分かります:

微小三角形の面積比 $$dS=\frac{1}{2}\left(du\frac{\partial x}{\partial u}dv\frac{\partial y}{\partial v}-dv\frac{\partial x}{\partial v}du\frac{\partial y}{\partial u}\right)=\frac{1}{2}dudv\left(\frac{\partial x}{\partial u}\frac{\partial y}{\partial v}-\frac{\partial x}{\partial v}\frac{\partial y}{\partial u}\right)$$ これはuv平面の三角形領域(1/2)dudvの面積と、それに1対1に対応するxy平面上の(三角形)面積の関係を表しています。
うしろにくっついてくる偏微分で表される部分が面積比であり、
この形は行列に対する「行列式」の形になっているので「関数行列式」とも言います。
「関数行列式」の定義(2変数関数の場合)

x=x(u、v), y=y(u, v)である時、 $$\frac{\partial x}{\partial u}\frac{\partial y}{\partial v}-\frac{\partial x}{\partial v}\frac{\partial y}{\partial u}\hspace{5pt}を「関数行列式」と呼び、$$ $$\left|\frac{\partial (x,y)}{\partial (u,v)} \right|\hspace{5pt}と表記します。$$

この関数行列式は、某学者のイニシャルをとってJで表記する事もあります。

行列式の定義については、2変数は簡単ですが3変数以上は多少込み入った考え方をします。ただし、そのように定義する事によって、いくつかの行列式の公式が成立したりします。

十分小さな微小三角形の面積と、その領域上のある関数の値を掛け合わせて全て加え合わせたものが定積分の値であり、その値は積分を微分の逆演算と考えて計算した値と等しくなるという事は、1変数の積分と全く同じです。まとめると、2変数の場合の重積分の変数変換の公式は次のようになります:

2変数の場合の重積分の変数変換の公式

x=x(u、v), y=y(u, v)である時、 $$\int_{y1}^{y2}\int_{x1}^{x2} F(x,y)dxdy= \int_{v1}^{v2}\int_{u1}^{u2} \left|\frac{\partial (x,y)}{\partial (u,v)} \right|F(x,y)dxdy$$ 具体的な定積分を行う時には、関数行列式の計算を忘れない事と、
xy平面の領域と、uv平面の領域を1対1にきちんと対応させる事が重要になります。

尚、証明はやや複雑になりますが、三角形ではなく「平行四辺形」で考える事も可能です。

3変数以上の場合の重積分の変数変換

さて、では3変数の時に x=x(u, v, w), y=y (u, v, w) , z= (u, v, w ) という変換をする場合や、4変数、5変数になった場合はどうなるのでしょうか。

この場合、式自体は変数が増えるごとにどんどん複雑になっていって手計算では手に負えなくなりますが、じつは一応規則性はあるのです。結論を言いますと、「n変数→別のn変数」の変換に対しては、n次の関数行列式を乗じればいいのです。2変数の場合は2次の関数行列式というわけです。

n変数の場合の重積分の変数変換の公式

n変数に対して別のn変数に変換する時、つまり $$X_1=X_1(u_1,u_2,u_3,\cdots,u_n),X_2=X_2(u_1,u_2,u_3,\cdots,u_n),\cdots,X_n=X_n(u_1,u_2,u_3,\cdots,u_n)の時$$ $$\int_{x11}^{x12}\int_{x21}^{x22}\cdots\int_{xn1}^{xn2} F(X_1,X_2,\cdots,X_n)dX_1dX_2dX_3\cdots dX_n$$ $$= \int_{u11}^{u12}\int_{u21}^{u22}\cdots\int_{un1}^{un2} \left|\frac{\partial (X_1,X_2,\cdots,X_n)}{\partial (u_1,u_2,u_3,\cdots,u_n)} \right|F(X_1,X_2,\cdots,X_n)du_1du_2du_3\cdots du_n$$ が成立します。
一般のn変数の場合だと式が少々込み入りますが、要するに変換の式を代入して関数行列式を掛けてから積分の計算を行えばいい、という意味です。

この場合の関数行列式の作り方は、行列の行の部分にx、y、z、・・を対応させ、列の部分に対して偏微分する変数u、v、w、・・を対応させ、行列式を作るという形になります。
3変数の場合は、次の形の行列式を考える事になります:

$$\left|\frac{\partial (x,y,z)}{\partial (u,v,w)} \right|=\Large{\left| \begin{array}{ccc} \frac{\partial x}{\partial u}&\frac{\partial x}{\partial v}&\frac{\partial x}{\partial w}\\ \frac{\partial y}{\partial u}&\frac{\partial y}{\partial v}&\frac{\partial y}{\partial w}\\ \frac{\partial z}{\partial u}&\frac{\partial z}{\partial v}&\frac{\partial z}{\partial w}\end{array}\right| }$$

3変数の場合には空間上の4点を結ぶ事で4面体の集まりとして近似する事が(必ず)できますが、じつは3次元空間での「平行6面体の体積」が行列式の形でうまく表現できるという命題があります。
そこで、dudvdwという「立方体」の体積と、対応するxyz空間上の領域の体積比がうまい具合に関数行列式で表せるというわけです。4変数以上の場合は図にはうまく描けなくなりますが、考え方としては同じで、dudvdwdtといった量と、対応する領域の量の比を考えるわけです。

ただし、これは数学的な理論としてはそうなるという事であり、実際問題として4次以上の重積分の変数変換を「手計算」でひたすらやるという作業は、応用上も純粋数学上もほとんどないと言ってよいかと思います。他方で、関数行列式を展開せずにそのままの形で数学的な議論を進める場合や、数値計算を行う場合にはn変数の重積分の変数変換が使われる事もあります。

物理では重積分はどう使われる?

物理で重積分を累次積分で計算する時は、変数変換してから計算する事が比較的多いかもしれません。ただし、変換の仕方は、基本的には極座標や円柱座標などの分かりやすいものが多いです。
(※理論を複雑にしてしまうと応用上の変数変換のメリットがないので、基本的に、式と計算を簡単にするために変数変換を行います。)

また、具体的な定積分の数値の計算はせずに種々の公式や命題を用いて延々と式変形を進めて、最終的には積分の計算が必要なくなる式を理論的に得てから、計算をするという事もよくあります。

例えば、電磁気学では重積分の形の式が非常に多く用いられますが、直接的に重積分を計算するというよりは、モデルの作り方を工夫 する (例えば領域を球面に選ぶなど)事によって、場面に応じて使える公式を得る目的で用いられます。
コンデンサーやソレノイドに対して成立する式などは平易なものですが、おおもとの形には多変数の微分や積分が含まれており、特別な場合をうまく考える事によって式を簡単にしているのです。

全微分の考え方とその応用

今回は、全微分という、少し聞きなれないかもしれない考え方について説明します。これは、前回の偏微分の理論と直接的に関係するものです。全微分の考え方を述べた後に、物理の熱力学での応用について述べます。

英名では、全微分は exact differential あるいは total differential と言います。

★ このページでは、「関数」と言ったら全て(偏)微分可能な関数の事を指す事にします。そのため、「連続な」「偏微分可能な」といった表現は基本的に省略いたします。解析学的に見る場合は、それらの考察も重要になります。

「全微分」とは何か?定義と考え方・偏微分との関係

初めに、数学的な定義と考え方です。本質的に、偏微分と深い関わりがあります。

全微分の定義 単独で表れるdF、dx、・・
全微分と「合成関数に対する偏微分の公式」との関係
1変数の場合の dF や dx の元々の数学的意味は? 

このように、dF/dxといった通常の微分演算(により得られる導関数)ではなく、dF といった単独の表記で表されるものが全微分と呼ばれるものです。

全微分の定義 単独で表れるdF、dx、・・

全微分とは多変数関数について定義されます。多変数関数に関しては偏微分を考える事ができますが、この偏微分による偏導関数を用いて全微分は定義されます。

定義:(多変数関数の)「全微分」

多変数関数 F(x,y,z,・・) の全微分とは、次のように定義します。 $$dF=\frac{\partial F}{\partial x}dx+\frac{\partial F}{\partial y}dy+\frac{\partial F}{\partial z}dz+\cdots$$ このように、単独でdFというものを定義し、別の単独のdxやdyを偏微分(偏導関数)と組み合わせて定義するものが全微分です。(※単に「微分」と呼ぶ事もありますが、当サイトでは避けます。)
物理では、良く使われます。意味については後述していきましょう。

この「dF」が単独で表現される事に違和感を覚えるかもしれません。実際、このままでは具体的な関数の微分計算はできません。例えば、具体的な関数 \(F(x) =e^x\) に対して dF というものを考えたとしても、それは \(dF=d(e^x)\) とだけしか表現のしようのない物でそれ以上計算はできません。導関数として計算できるのは、あくまでdF/dxです。

では、上記定義で表される「全微分」とは何の意味があるのでしょう?この定義の計算としての意味は、じつは合成関数に対する偏微分の公式です。

全微分と「合成関数に対する偏微分の公式」との関係

全微分の定義には偏微分が含まれていますが、本質的に、偏微分について成立する公式と直接的な対応を持っています。合成関数に対する偏微分の公式は、x、y、z・・の各変数が、別の1つだけの変数の関数である場合は次のようになります。

合成関数に対する偏微分の公式

多変数関数 F(x,y,z,・・) の各変数が別の変数t(のみ)の関数である時: $$\frac{dF}{dt}=\frac{\partial F}{\partial x}\frac{dx}{dt}+\frac{\partial F}{\partial y}\frac{dy}{dt}+\frac{\partial F}{\partial z}\frac{dz}{dt}+\cdots$$ x、y、z、・・が、t、u、v、・・などの多変数関数になる場合は、
ここでのdF/dt、dx/dtなどは偏微分∂F/∂t、∂x/∂tなどになります。

さて、これを全微分の定義の式と見比べてみましょう。
すると、形式的には「全微分の定義」の式について「両辺をdtで割った」形を考えてみるとぴったりと偏微分の公式に一致する事が分かるでしょうか?
じつは全微分の定義にはこのような「意味」があるわけなのです。

!ちょっとだけ注意

★ これは形式的に対応するという事であり、数学的に厳密にはdxをdtで「割って(除算して)」dx/dtにするという演算は行わない事に注意してください。後述もしますが、dx/dtと書いた場合はあくまで「導関数」を指し、極限値として得られる関数です。
ですから、全微分の定義式は偏微分のほうの公式から「導出・証明されるもの」ではなく、あくまで定義になります。

多変数関数が常に合成関数として扱えるという保証はないわけですが、具体的な計算を考える時に意味を持つのは合成関数に対する偏微分の公式のほうです。

それを踏まえたうえで、多変数関数に対する全微分を考える事は割と多くあり、特に物理では使用する事が多いです。

1変数の場合の dF や dx の元々の数学的意味は?

物理などの応用で使う場合は、dF や dx という表記を単独で用いる場合は「微小量」を表す事が多いです。ただし、じつは数学の解析学的にもきちんと意味があります。

上記のように 多変数関数F(x,y,・・)に対する「全微分」dFが定義されるわけですが、じつは1変数関数F(x)に対しても同様にdFという単独の表記にも解析学での定義があります。

解析学的には、dFやdxというのは、
じつは本来は、ある点を新しい原点として設定した時の座標軸の変数です。

その新しい原点での、関数F(x)に対する接線の傾きをAとして、
dF=A(dx)
という1次式を考えます。この1次式は、近似1次式とも呼ばれます。
解析学的に厳密には、この時のdFの事を1変数関数におけるF(x)の微分と言うのです。
この意味では、接線の傾きは「割り算」によって「A=(dF)/(dx)」という事になります。

ただし、導関数として dF/dxと書く時は、あくまで極限値としての導関数として、
dF/dx という表記全体で1つの意味を持つ事にしています。
(導関数に具体的な値を代入したものを微分係数と呼ばれます。)
こういった事が、決め事として少々分かりにくいところかもしれません。

★ 数学において、特に解析学・微分積分学においてdF/dxの事を「導関数」と呼ぶ事にこだわって、慣習的な俗称である「微分」という言葉で呼ぶ事を極力避けようとする傾向があるのはこういう理由があると言えます。本来、数学の用語として区別する事に決めているものであるためです。
ただし応用ではその区別があまり重要でないため(近似的にほぼ同じものとみなせるという解釈を前提におくため)、慣習的に導関数と言わずに「微分」と言ってしまう事が多いわけです。

じつは全微分の定義とは、この意味で用いられているものなのです。すなわち、多変数関数に対しても同様に、dF=A(dx)+B(dy)+C(dz)+・・を考えるという意味です。2変数関数の場合は、3次元座標での「接平面」を考えている事になります。
★ 上記でも触れましたが、多変数の場合でも「微分」と言ってしまう場合もあります。しかしこのサイトでは、基本的に多変数の場合は「全微分」と呼ぶ事にします。

平面と3次元空間の場合の接線と接平面の考え方は、変数の数が増えても同様に使えます。

この時に、1変数関数の場合には接線の傾きと考えていたものについて、多変数関数の場合は各変数に沿った傾きとするわけです。座標上の具体的な点においては、偏導関数に特定の値を代入した偏微分係数が各傾きになります。
すなわち上の式で、A=∂F/∂x、B=∂F/∂y、C=∂F/∂z、・・という事です。
意味としては、こういう事なのです。

重要公式:積の形の関数に対する全微分

2つの多変数関数F(x,y,z,・・)と G(x,y,z,・・)の積【掛け算】FGに対する全微分d(FG)を考えてみます。結論を先に言うと、1変数の微分の時の積の微分の時と同じ形の式が成立します。これも、物理での応用で使われます。

積の形の関数に対する全微分の公式
証明に必要な事: 積の形の関数に対する偏微分
積の形の全微分の式の証明 

これに関する理屈はごく簡単ですが、物理などでの応用では重要になります。

積の形の関数に対する全微分の公式

積の形の関数に対する全微分については、通常の1変数関数の場合の、積に関する微分公式同様の式が成立します。
これは数学の解析学ではそれほど重要な式ではありませんが、物理では使う事があるので述べておきましょう。

積の形の関数に対する全微分 2つの多変数関数 F(x,y,z,・・)と G(x,y,z,・・)の積 FG に対する全微分です
次のように、2つの項の和の形で表されます。 $$d(FG)=(dF)G+(dG)F$$ $$=\left(\frac{\partial F}{\partial x}dx+\frac{\partial F}{\partial y}dy+ \frac{\partial F}{\partial z}dz+\cdots\right)G+\left(\frac{\partial G}{\partial x}dx+\frac{\partial G}{\partial y}dy+\frac{\partial G}{\partial z}dz+\cdots \right)F$$ これは全微分の定義から導出もできますし、積の形の合成関数の偏微分公式に対応させても可です。

この公式が成立する事を示すには、「積の形の関数に対する偏微分」がどのように表されるかという事が問題になります。ただ、この問題はじつは難しくなくて、1変数の時と同じように考える事が出来ます。

証明に必要な事: 積の形の関数に対する偏微分

偏微分に関して、積の形に対する計算は通常の微分の場合と同じく次式が成立します。

$$\frac{\partial }{\partial x}(FG)= \frac{\partial F }{\partial x} G+ \frac{\partial G } {\partial x} F$$

これに対する証明は、(合成関数の場合とは違って)1変数の場合の積に対する微分公式と全く同じです。プラスマイナスでゼロになる2つの項を加える事で証明できます。式の形を見ると、本質的に1変数の時と同じである事が分かります。
2変数の場合を記しますが、何変数でも同じです。

$$ \frac{\partial }{\partial x}(F(x,y)G(x,y))= \lim_{h\to 0}\frac{F(x+h,y,)G(x+h,y)-F(x,y)G(x,y)}{h}$$

$$= \lim_{h\to 0} \frac{F(x+h,y)G(x+h,y)-F(x,y)G(x+h,y)+\{ F(x,y)G(x+h,y)- F(x,y)G(x,y)\}}{h} $$

$$= \lim_{h\to 0} G(x+h,y) \frac {F(x+h,y) – F(x,y)}{h}+ \lim_{h\to 0} F(x,y) \frac {G(x+h,y) – G(x,y)}{h}$$

$$= \frac{\partial F }{\partial x} G(x,y)+ \frac{\partial G }{\partial x} F(x,y)【証明終り】 $$

このように、1変数の時と同じです。

★ 合成関数の時に通常の微分と偏微分とで追う式の形が変わるのは、1つの変数tなどに対してx、y、z、・・の全ての変数に関して x+h, y+h, z+h,・・を考える必要があり、プラスマイナスゼロになる項を複数加える必要があるからです。

積の形の全微分の式の証明

では、関数が積の形の場合の全微分の式の「証明」について見てみましょう。
こういう場合、上記の定義のFの部分に(FG)という積の形をそのまま入れて、計算が可能であれば進めていって公式を得るという方法をとります。すると、よく見ると積の部分は偏微分の計算さえできればよい事が分かります。

積の形になっている部分の偏微分を、1変数の時と同じ要領で計算していきましょう。すると・・・・。

$$d(FG)=\frac {\partial (FG) }{\partial x}dx+ \frac {\partial (FG) }{\partial y}dy$$

$$= \left(\frac{\partial F }{\partial x} G+ \frac{\partial G }{\partial x} F\right) dx+ \left(\frac{\partial F }{\partial y} G+ \frac{\partial G }{\partial y} F\right) dy$$

$$ = \left(\frac{\partial F }{\partial x}dx + \frac{\partial F }{\partial y}dy \right)G+ \left(\frac{\partial G }{\partial x}dx + \frac{\partial G }{\partial y}dy \right)F=(dF)G+(dG)F 【証明終り】$$

このように、偏微分に関して積の計算をした後、上手にFとGに関してまとめると、dFとdGの定義の形が出てくるので d(FG)=(dF)G+(dG)F という形にまとまるわけです。

つまり、結果として、多変数関数に対する全微分も、積の形の関数に対しては
1変数関数や偏微分の場合と同じ形になる、という事です。

じつは、合成関数の偏微分に対して積の形の場合を計算して対応させると考えても同じ結果を得ます。
その場合の計算も記しておきましょう。
(上記と同じく、x,y はtだけの関数とします。つまり∂x/∂t=dx/dtです。)

$$\frac{d(FG)}{dt}=\frac {\partial (FG) }{\partial x}\frac{dx}{dt}+ \frac {\partial (FG) }{\partial y}dy$$

$$= \left(\frac{\partial F }{\partial x} G+ \frac{\partial G }{\partial x} F\right) \frac{dx}{dt} + \left(\frac{\partial F }{\partial y} G+ \frac{\partial G }{\partial y} F\right) \frac{dy}{dt} $$

$$= \left(\frac{\partial F }{\partial x} \frac{dx}{dt} + \frac{\partial F }{\partial y} \frac{dy}{dt} \right)G+ \left(\frac{\partial G }{\partial x} \frac{dx}{dt} + \frac{\partial G }{\partial y} \frac{dy}{dt} \right)F= \frac{dF}{dt} G+ \frac{dG}{dt} F $$

得られた式から形式的にdtの部分を除くと、積の形に対する全微分の式にちょうど対応します。

物理での使い方:熱力学での例

全微分の形で議論を進める分野の1つの例として、初歩的な熱力学の理論について述べます。

熱力学での色々な変数
内部エネルギー変化dUの計算 全微分と偏微分の関係の利用
エンタルピーHの変化量dH と積に対する全微分の式 

熱力学の理論における、全微分の使用例を見てみましょう。
この理論はさらに、化学反応に対する物理化学的な考察に使われたりします。

熱力学での色々な変数

熱力学とは、通常の力学や電磁気学とは少し性質が異なり、どちらかというと物理化学などの分野と相性がよい領域です。熱力学では、ある「系」(例えば容器に入った気体)について、まず次の量を考えます。

  • 体積V
  • 圧力P
  • 温度T【これは、いわゆる絶対温度で、0[℃]を298[K]とします。】
  • 内部エネルギーU

また、これらを組み合わせた量や、系に出入りする「熱」(温度とは別)も考えます。

  • 熱 q
  • 仕事 w【本質的には力学での仕事と同じものです。】
  • エンタルピー H=U+PV【主に発熱・吸熱として観測できる量です。】
  • エントロピーS ・・dS = Δq /T なるSとして定義

これらの変化量を dV 、dP などの全微分の形で表記して議論を進めます。物理でこれらを考える場合には時間という変数で微分・積分が可能と考えられますからdv/dtなどを考えても同じ事ですが、導関数ではなくて全微分の形で話を進めてしまう事が普通です。

上記の量のうち、「エントロピー」(記号S)というものだけが妙な定義のされ方をされているように見えるかと思いますが、これで計算を行うという理論になります。意味としては、系の「乱雑さ」の度合いを表す量です。

$$積分によりS=\int_{T1}^{T2 } \frac{Δq}{T} dTとも表せます。【このページでは、あまり関係ありません。】$$

「エンタルピー」という量(記号H)も少し分かりにくいかもしれませんが、定圧条件(dP=0)で dH=Δq となり、発熱・吸熱として比較的観測しやすい量なので敢えて定義されるものになります。

参考:系の「状態量」であるものは体積・圧力・温度・内部エネルギー・エントロピーであり、熱や仕事は「非状態量」です。「非状態量」という語には、系にされる仕事と形に出入りする熱の比は条件によっていくらでも変えれるので系自体の状態の量を表さない・・という意味合いが含まれています。熱力学では重要な考え方です。微小量を考える時、状態量については全微分としてdVなどで表し、非状態量についてはΔqなどと書いて区別する事が多いです。

内部エネルギー変化dUの計算 全微分と偏微分の関係の利用

まず、内部エネルギーの「変化」を考えます。つまり、Uに対してdUを考えるわけです。このdUは、全微分です。しかし最初は、上記の全微分の定義は直接的には使わずに少しだけ計算を進めます。いくらか変形した後で適用する箇所があります。

物理的な考察から、dU=Δq + Δw  と書いておきます。※dw、dqと書いてもよいのですが、非状態量である事を強調して区別する事が多いです。

意味としては、外部からの圧力で仕事がされた、外部から熱が入ってきたという状況です。(あるいは膨張などで外部に仕事をした・熱が外に出て行ったなど。)

ここで、まずΔw=- (dV)P の関係があります。
これは、等圧(dp=0)の条件下で、次の仮定でのモデルを考える事によります:

  • 系が外部に仕事をした時は体積が増える。
  • その分、内部エネルギーは減る。(温度は下がる。)

逆に、逆に外部から仕事をされた場合は体積は減りますが内部エネルギーは増えます。

また、熱の変化Δqに関しては、
dS=Δq/T ⇔ Δq=(dS)T
の関係からエントロピーでの表記に直します。

組み合わせて、dU=(dS)T -(dV)P という関係式を作っておきます。

数学的な全微分の定義の式を直接使って考察をするのはここからです。

ここで、Uが多変数関数U(S,V,・・)であるとして、
さらに「等圧条件」dP=0と「等温条件」dT=0という場合を考えます。
(このように所定の条件を加えて考察する事が多いです。)
すると、全微分としては次のようにります。

$$dU=\frac{\partial U}{\partial S}dS+\frac{\partial U}{\partial V}dV+\frac{\partial U}{\partial T}dT+\cdots= \frac{\partial U}{\partial S}dS+\frac{\partial U}{\partial V}dV $$

普通に全微分を考える際にはdP、dTを含めた項も含まれますが、dP=0、dT=0【圧力、温度の変化は無し】という条件を設けるので式が簡単になるわけです。

成立する2式を並べて書くと次のようになります。

得られる2式 $$ dU=T(dS) -P(dV)  かつ$$ $$ dU = \frac{\partial U}{\partial S}dS+\frac{\partial U}{\partial V}dV $$

この事から何が言えるでしょう?
結論を言いますと、Uに対するS,Vの偏導関数がそれぞれT、Pであると解釈がなされるのです。

得られる解釈$$すなわち、等温・等圧条件のもとでは\hspace{10pt}\frac{\partial U}{\partial S} =T,\hspace{10pt} \frac{\partial U}{\partial V}=-P\hspace{10pt}という解釈がなされます。 $$

ここから先も計算による考察が続くのですが、このページではここで止めておきます。

エンタルピーHの変化量dH と積に対する全微分の式

次の例として、エンタルピーHの変化量dHを考えてみましょう。
これに対しては、積に対する全微分の式を用いるのです。

「エンタルピー」Hの定義は、H=U+PV です。も考えておきます。

次に、Hの変化量(全微分)を考えます。
これは dH=dU+d(PV) になります。

ここで上記の「積の形に対する全微分」の公式を適用しましょう。
PVという、圧力と体積の積になっている部分に対して適用します。すると、
dH=dU+d(PV) = dU+(dP)V+(dV)P
という形になるわけです。

参考:等圧条件dP=0の時、dH= dU+(dP)V+(dV)P = dU+(dV)Pになります。
他方、dU=Δq+Δw=Δq-(dV)Pなので、dU+ (dV)P=Δq
つまり、dP=0 ⇒ dH=Δq という事であり、
等圧条件下ではエンタルピーの変化は熱の変化(系への出入り)として表される
・・という解釈が、理論的に成立するというわけです。

前述でも触れましたように、この部分の計算は1変数関数の積に対する微分公式と同じ形になるので「通常の微分(変数は時間)」と捉えて計算しても結果的に差し支えない箇所です。
ただし、本質的にこれらのP、V、U、Sなどは多変数関数である事に注意も必要です。そのため、一応多変数関数の全微分と捉えたほうがよいとは思います。

この他に、A=U-TS、G=H-TSといった量を考えます。(いずれもエネルギーとして考えられます。)dAやdGも、dHと同じく積に関する全微分の式を考えて変形を行う事ができます。

熱力学というのは決して分かりやすい分野ではなく、この他にも色々な面倒な計算の理論があったりします。しかし、数学の偏微分や全微分の理論を踏まえておくと、初歩的な部分に関しては大分分かりやすくなるのではないかと思います。

参考文献・参考資料

■ 参考文献のリンクは、外部リンクになります。

偏微分とは?【定義・計算・公式】

この記事では、偏微分について説明します。

★ 英名は、「偏微分」の演算の事を partial differentiation、
偏微分によって得る「偏導関数」を partial derivative と言います。

この偏微分の考え方は、解析学・微分積分学的にも重要ですが、特に物理での応用で重要です。大学の物理学では割と初歩的な理論の中でも偏微分を普通に使いますので、ぜひ知っておきましょう。まずは記号に慣れていただく事が大事かと思います。
合成関数に対して成立する偏微分の公式も、
物理学の種々の分野の要所で用いられる重要公式です。

偏微分の定義と使い方

では、まず偏微分の定義と簡単な計算方法、物理等での基本的な使い方を見てみましょう。「偏『微分』」という名の通り、微分の仲間です。

偏微分の定義 ■ 偏微分の簡単な計算例 ■ 物理での偏微分の使われ方の例 

2つ以上の変数を含む関数について、「1つの変数だけで微分の計算」を行うのが「偏微分」です。
偏微分に対して、通常の微分を「常微分」とも言います。

偏微分の定義

偏微分の定義自体は非常に簡単で、要するに、多変数の関数において、「1つの変数だけに着目し、他の変数は定数とみなして微分の計算をする事」です。

偏微分の定義

多変数関数F(x,y,z,・・)【てきとうな例:F(x,y,z)= xy + z】に対して、
を1つの変数に着目して、
演算「xでの偏微分」を次のように定義し、偏微分によって新しくできた関数を偏導関数と呼びます。
変数yやzに対しても同じように定義します。 $$ \large \frac{\partial}{\partial x}F(x,y,z,\cdots)=\lim_{h\to 0}\frac{F(x+h,y,z,\cdots)-F(x,y,z,\cdots)}{h}$$ $$記号「\partial」は、「ラウンド・ディー」という名で呼ばれます。$$ 通常の微分の時と同じく、偏微分によりできた偏導関数の事を単に「偏微分」と 呼んでしまう事も多くあります。また、∂/∂xなど、基本的には通常の微分と同じく種々の表記方法が認められています。

偏導関数に特定の値を代入した「偏微分係数」は
$$\large \frac{\partial F}{\partial x}(a,b,c)\hspace{5pt}や\hspace{5pt}\partial xF(a,b,c)$$のように書きます。

偏微分の簡単な計算例

例として、てきとうな関数 F(x,y,z)= xy + z をxで偏微分してみましょう。この時、yとzは定数扱いにしてxだけで「微分」すればよいのです。

$$\frac{\partial}{\partial x}F(x,y,z)=\frac{\partial}{\partial x} (xy + z) =y $$

この場合、xy の部分はxでの偏微分ではxの部分だけ微分してyは定数係数扱いです。
z項の部分はxに関しては定数と考えて、
zをxで偏微分すると0になるわけです。(∂/∂x)z=0 という事です。
基本的な考え方は簡単ではないでしょうか?

★ zがxに対する「独立した」変数である場合にこのような計算になります。もし、zがxの関数であったら、後述する合成関数の偏微分公式を使う必要があります。いくつかの変数が互いに「独立」であるか「従属」であるかは、場合によっては結構重要になります。

もう1つ例として、極座標の形で表した関数の偏微分を考えてみます。F(r,θ)=rcos θ とします。これに対するrの偏微分と、θの偏微分を考えてみましょう。

$$ \frac{\partial}{\partial r}F(r,\theta)= \frac{\partial}{\partial r} (r\cos \theta)= \cos \theta $$

$$ \frac{\partial}{\partial \theta}F(r,\theta)= \frac{\partial}{\partial \theta} (r\cos \theta)= -r\sin \theta $$

偏微分のラウンドディーの記号に慣れてないと難しく見えるかもしれませんが、やってる事は通常の微分と計算と同じなので、じつは単純なのです。

物理での偏微分の使われ方の例

物理では、関数が座標成分と時間の両方の関数である場合に、「時間だけの変化率」を考えたい時に時間による偏微分を行います。

例えば電磁誘導は磁場の変化(時間微分)によって起電力が発生するというものですが、
電場は時間以外に位置座標 x, y , z の関数でもあるので「時間変化」という事を明確にするために時間による偏微分で表現します。

$$電磁誘導の式:\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=-\frac{\partial \overrightarrow{B}}{\partial t}\hspace{10pt} \overrightarrow{E} :電場  \overrightarrow{B}:磁場【あるいは磁束密度】 $$

時間ではなくて位置座標による変化という事を明確にするのであれば、位置座標による偏微分を考えます。
例えば、磁場に関しては次の式が必ず成立します。 「単独で存在する磁荷」は無い事を表現します。

$$ \large \frac{ \partial B_X}{\partial x}+ \frac{ \partial B_Y}{\partial y} + \frac{ \partial B_Z}{\partial z} =0 \hspace{10pt} \overrightarrow{B}=(B_X,B_Y,B_Z) $$

このように、意味としては「どの変数に着目してるのか?」それを明示しているのが偏微分というものです。使われ方としては、基本的には単純なのです。
(※微分方程式の解き方も含めて、計算は面倒になる場合も確かにありますが、偏微分そのものが複雑な演算というわけではないという事です。)

工学の場合は、分野によってはそれほど偏微分の理論を使わずに通常の微分で大体足りるものも中にはありますが、物理では力学などの基礎的な部分も含めて、偏微分の考え方は非常に多く用います。

重要公式:合成関数に対する偏微分

合成関数を考える場合、じつは合成関数に対する偏微分の公式は、通常の1変数の時の合成関数の微分公式と形が異なります。この点を誤解すると物理などの理論で混乱を招くので、公式の形が変わるという点は偏微分の基礎理論の重要ポイントの1つです。

多変数関数の合成関数の考え方 ■ 合成関数に対する偏微分の公式 ■ 公式の証明 

1変数の時とは形が異なるので注意しましょう。
偏微分の時の形の特別な場合が常微分の場合の合成関数に対する微分公式であるとも言えます。

多変数関数の合成関数の考え方

1変数の場合、例えば F(x) に対して x = G(t) であれば F(G(t)) という合成関数になります。

これに対して、多変数の場合は、例えば F(x,y) について、xとyのそれぞれについて、別の多変数 u, v を用いて x = X(u, v) , y = Y(u, v) で表し、
F(x,y) = F( X(u, v) , Y(u, v) ) となるという考え方をします。これは、慣れないと少し分かりにくいかもしれません。

考え方としては、3変数を2変数による合成関数として考えたり、2変数を3変数による合成関数と考える事もできます。

これは、例えば位置座標 x, y, z で表される関数を3次元の極座標で表すために r, θ, φ という別の3つの変数を用いた合成関数として表す事が可能です。(計算は、一般的に結構面倒くさくなります。)

合成関数に対する偏微分の公式

公式は、次の通りです。変数を1つだけと考えると、通常の合成関数の微分公式になります。

公式:合成関数に対する偏微分

多変数関数F(x,y,z,・・)に対して、x, y, z, ・・・のそれぞれが u, v, w, ・・の多変数関数である時、
つまり x = X(u,v,w,・・), y = Y(u,v,w,・・), z = Z(u,v,w,・・),・・の時、
F(x,y,z,・・) に対して u, v, w, ・・のそれぞれで偏微分して得る偏導関数は次のようになります: $$\frac{\partial}{\partial u}F(x,y,z,\cdots)=\frac{\partial F}{\partial x}\frac{\partial x}{\partial u}+\frac{\partial F}{\partial y}\frac{\partial y}{\partial u}+\frac{\partial F}{\partial z}\frac{\partial z}{\partial u}+\cdots$$ $$\frac{\partial}{\partial v}F(x,y,z,\cdots)=\frac{\partial F}{\partial x}\frac{\partial x}{\partial v}+\frac{\partial F}{\partial y}\frac{\partial y}{\partial v}+\frac{\partial F}{\partial z}\frac{\partial z}{\partial v}+\cdots$$ $$\frac{\partial}{\partial w}F(x,y,z,\cdots)=\frac{\partial F}{\partial x}\frac{\partial x}{\partial w}+\frac{\partial F}{\partial y}\frac{\partial y}{\partial w}+\frac{\partial F}{\partial z}\frac{\partial z}{\partial w}+\cdots$$ $$\cdots$$ $$★これらの式において、\frac{\partial F}{\partial x}\frac{\partial x}{\partial u}は、2つの偏導関数の掛け算です。$$ u, v, w, ・・のそれぞれでの偏微分について、このような和の形になります。

何変数でも同じ事ですが、例えば2変数に対して2変数による合成関数を考える時、つまり F(x,y) に対して x = X(u,v), y = Y(u,v) の時に、F に対して u, v で偏微分する時は次のようになります。

$$\frac{\partial}{\partial u}F(x,y)=\frac{\partial F}{\partial x}\frac{\partial x}{\partial u}+\frac{\partial F}{\partial y}\frac{\partial y}{\partial u}$$

$$\frac{\partial}{\partial v}F(x,y)=\frac{\partial F}{\partial x}\frac{\partial x}{\partial v}+\frac{\partial F}{\partial y}\frac{\partial y}{\partial v}$$

1変数に対して別の1変数の合成関数であれば、次のように、通常の1変数の合成関数の公式と一致します。

$$1変数の場合は \frac{\partial}{\partial t}F(x)= \frac{\partial F}{\partial x}\frac{\partial x}{\partial t}=\frac{dF}{dx} \frac{dx}{dt} $$

公式の証明

合成関数に対して偏微分を考える場合、なぜ和が出てくるのか?という話ですね。基本的の証明の方法は、1変数の場合の、積や商の微分公式の証明と似ています。プラスとマイナスがゼロになって「隠れている」項があるわけです。

証明は、偏微分の定義の式に戻って計算を進めます。1つの変数 u で偏微分する時は、v, w,・・等は計算に影響しないので、ここでの証明では v, w 等の記載を省かせていただきます。本質的には、それらの変数もあると思ってください。

$$F(X(u+h),Y(u+h),Z(u+h))-F(X(u),Y(u),Z(u))に対して、$$

$$F(X(u),Y(u+h),Z(u+h))- F(X(u),Y(u+h),Z(u+h)) および$$

$$F(X(u),Y(u),Z(u+h))- F(X(u),Y(u),Z(u+h)) を加えます。 $$

すると、Fに対する u の偏導関数は次の和の形になります。
途中で平均値の定理を用いていて、xに対して特定の値を代入している部分があります。

$$ \large \frac{\partial}{\partial u}F(x,y,z) $$

$$= \large \lim_{h\to 0}\frac{F(X(u+h),Y(u+h),Z(u+h))-F(X(u,v),Y(u,v),Z(u,v))}{h} $$

$$ \large =\lim_{h\to 0} \frac{F(X(u+h),Y(u+h),Z(u+h))- F(X(u),Y(u+h),Z(u+h))}{h} $$

$$ \large + \lim_{h\to 0} \frac {F(X(u),Y(u+h),Z(u+h))- F(X(u),Y(u),Z(u+h))}{h} $$

$$ \large + \lim_{h\to 0} \frac{F(X(u),Y(u),Z(u+h))- F(X(u),Y(u),Z(u))}{h} $$

$$ \large =\lim_{h\to 0} \frac {\{X(u+h)-X(u)\} \partial x F(\phi_X,Y(u+h),Z(u+h))}{h} 【平均値の定理】$$

$$ \large +\lim_{h\to 0} \frac {\{Y(u+h)-Y(u)\}\partial y F(X(u),\phi_Y,Z(u+h))}{h}$$

$$ \large +\lim_{h\to 0} \frac {\{Z(u+h)-Z(u)\} \partial z F(X(u),Y(u), \phi_Z) }{h}$$

$$ \large =\lim_{h\to 0} \left\{\frac {X(u+h)-X(u)}{h} \partial x F(\phi_X,Y(u+h),Z(u+h))\right\} $$

$$ \large +\lim_{h\to 0} \left\{\frac {Y(u+h)-Y(u)}{h} \partial x F(X(u),\phi_Y,Z(u+h))\right\} $$

$$ \large +\lim_{h\to 0} \left\{\frac {Z(u+h)-Z(u)}{h} \partial x F(X(u),Y(u),\phi_Z)\right\} $$

$$ \large = \frac{\partial x}{\partial u} \frac{\partial F}{\partial x} + \frac{\partial y}{\partial u} \frac{\partial F}{\partial y} + \frac{\partial z}{\partial u} \frac{\partial F}{\partial z}= \frac{\partial F}{\partial x}\frac{\partial x}{\partial u}+\frac{\partial F}{\partial y}\frac{\partial y}{\partial u} + \frac{\partial F}{\partial z}\frac{\partial z}{\partial u} 【証明終り】$$

一番最後のところは掛け算の順番を入れ替えて書き直しただけです。

$$ \large \partial x F(\phi_x,Y(u+h),Z(u+h))などは、y=Y(u+h),z=Z(u+h)に値を固定して$$ $$ \large xで偏微分し、x=\phi_x を代入したものです。\phi_x \in [X(u),X(u+h)]$$ $$ \large また、\lim_{h\to 0}\phi_X =X(u) であり、\phi_Y,\phi_Zについても同様です。$$ ここではX(u,v,w,・・)を略記してX(u)と書いているので、 $$ \large \lim_{h\to 0}\frac {X(u+h)-X(u)}{h} の部分は偏微分 \frac{\partial X(u,v,w,,\cdots)}{\partial u} =\frac{\partial x}{\partial u} です。$$ 平均値の定理は使用しなくても別にいいのですが、hの処理を見やすくするために使用しました。

1変数の場合は上記のようにプラスマイナス0を利用した項の付け加えが必要なかったので、和の形ではなく1項だけになります。

★ x,y,z,・・の側の変数がn個の場合も、同様の形のn個の和として表せます。
例として、4変数の場合を考えてみましょう。つまり、F(x,y,z,t) に対して、x,y,z,s が u, v,・・・の関数である場合です。
この場合、次のものを加えて定義の極限を考えればいいのです。 $$F(X(u),Y(u+h),Z(u+h),T(u+h))- F(X(u),Y(u+h),Z(u+h),T(u+h)) $$ $$+F(X(u),Y(u),Z(u+h),T(u+h))- F(X(u),Y(u),Z(u+h),T(u+h))$$ $$+F(X(u),Y(u),Z(u),T(u+h))- F(X(u),Y(u),Z(u),T(u+h))$$ このような感じで、u と u+h の組について、1つずつずらしていく形で組み合わせれば、何変数であっても上記の証明と同じ手順で合成関数に対する偏微分の公式を証明できます。

n変数に関して同様に証明可能です。

合成関数の偏微分は物理の中では様々な箇所で用いられますが、例えば全微分というものとの関連で熱力学や流体力学の理論で用いたり、リーマン幾何学との関連で相対論で計算を考える時もあります。また、基本分野の古典力学の理論でも使用する事があります。得られた結果は電磁気学等でも使用します。

★ 関連記事:偏微分の応用の例:位置エネルギーと保存力の関係