光の二重スリット干渉実験【ヤングの実験】

ヤングによる実験をもとにしている二重スリットを使った光の干渉実験は光の波動性を確認できるとともに、可視光の波長の概算的な測定ができる実験です。
また、光の干渉を利用した種々の干渉計のもとになっているという意味での重要性も持ちます。
数式的には三角比も含めた平面幾何的な考察によって、光の異なる2つの経路の長さの差(光路差)を計算する事により波長を含んだ関係式を導出できます。

この実験では光のコヒーレンス可干渉性)の考え方も、重要な要素の1つとなっています。

模式図としては、分かりやすさのためにスリットの並びとスクリーン上の干渉縞が画面や紙面に対して縦方向に現れるように書かれる事が多くこの記事でもそうしていますが、実際の実験ではその方向が地面に対して平行であるようにする事がどちらかというと多いと思われます。

この記事では古典論での光の波動性を示す干渉実験について説明しています。
量子力学的な意味での二重スリット干渉実験もありますが、そちらでは粒子(とみなせる塊)を1つずつ、ある程度の時間の間隔をあけて二重スリットに向けて打ち出すという手法がとられます。ただしスリットのどちらかを狙い打ちするように打ち出すのではなく、スリットを通過する際に「どちらのスリットを通過したか不確定である」ようにします。そこがヤングによる干渉実験と異なる部分となります。量子力学的な二重スリット干渉実験は20世紀後半以降、電子や光子、一部の分子(比較的分子量が大きいものも含む)などについて行われています。

人の目に見える領域の光である「可視光線」の波長は実は非常に短く、
「ナノメートル」や「マイクロメートル」の単位のスケールでの長さとなります。
単位についてのメートルとの関係は次の通りです。
【nm】・・・「ナノメートル」 1【nm】=10-9【m】
【μm】・・・「マイクロメートル」 1【μm】=10-6【m】
【mm】・・・「ミリメートル」 1【μm】=10-3【m】
「センチメートル」【cm】は10-2【m】(百分の1メートル)になります。

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スリットとは【実験の概要】

スリット(slit)は物理の実験用に使われる板などに開けた非常に細い隙間の穴の事であり、
二重スリットあるいはダブルスリット(double slit, double-slit )は非常に近い間隔でスリットが2つある構造を指します。

slit とは英語において通常の語としても使われており、
「(刃物等による)切れ目」とか「切れ目を入れる」という意味で使われます。
「スリット」という言葉は実は現代日本語でも使われる時があり、パンや服、その他の色々なものに施された切れ目や溝、細い穴を指してスリットと言う事があります。

光の干渉(「かんしょう」)を調べる実験では、二重スリットにおけるそれぞれのスリットから光を出してスクリーン上に当てて波が強め合う位置(明るくなる)と弱め合う位置(光がなく暗く見える)が現れる事を見ます。それが縞模様のように見える事が多いので明暗のパターンの模様を干渉縞(「かんしょうじま」)と呼ぶ事もあります。
また、ある位置で2つ以上の光の重ね合わせの事を干渉光と呼ぶ事があります。

干渉は波動一般に対して起こる現象です。
ある位置で2つ以上の波の波形がぴったりと重なっていると合計として1つの大きな振幅の波となって強め合い、逆に波の最大値(プラスの値)と最小値(マイナスの値)が重なってしまうと波がつぶれて振幅が任意の時刻で0になってしまい弱め合います。
ここでは2つの光線の干渉を考えますが、3つ以上の光線の干渉を考える事もできます。

光には結論から言うと波動性がありますが、もし波動性が無くて「粒子(の集まり)としてだけ」振る舞うとしたらそのような縞模様ができる必然性がないので、干渉縞が現れる事が波動性を持つ事の根拠であるとして物理学的には解釈されているわけです。

実験用に使う二重スリットには色々なものがあり得ますが例としては、
1つのスリット自体の幅は0.1【mm】程度(光が回折するのに必要なおおよその細さ)、
2つのスリット間の距離は0.1~1.0【mm】程度のものがあります。
(スリットが開けられているスリット板の大きさは、例えば横10cm,縦5cm程度など。)

水面の波が平面波として進行しているような場合は位相が揃っている波が隙間に入ります。
基本的に、光の干渉を調べる時にも同じ状況を作る必要があります。
スリットから出た波が広い範囲に広がっていくようにするには波の回折の現象を利用します。
可視光線の干渉の場合、波が強め合う位置は明るい点や線となって見えて、波が弱め合う位置は明るさが無く暗く見えます。

1つ1つのスリットからは1方向だけに光線が出るのではなく、非常に広い範囲にたくさんの光線が広がって行く形になります。これは波の回折現象を利用しており、波動性がなければ干渉同様に発生しない現象でもあります。

そのためにスクリーン上の各点では2つのスリットから出た光線のあらゆる重ね合わせが連続的に映し出される事になり、その中で特に光が同位相で強め合う部分と、半波長だけずれて弱め合う部分が目立って見えて干渉縞が形成されるわけです。

光は非常に細いスリットを通過する事ができます。
ただし、二重スリットの実験においてはスリットは意図的に細いものを使います。それはスリットにおいて波の回折を起こさせるためです。
回折とは波が小さい隙間に入り込み、そこから出る時に同心円か同心球状に大きく広がっていく現象です。イメージとしては水面に何か物が落ちた時に波紋が広がっていくような事が波が隙間から出る時に起きる事を指します。しかし回折はどんな波に対してどのような隙間に対しても起こるわけではなくて、基本的には波の波長が短いほど短い隙間が必要になります。
そして結論から言うと可視光線(色として人に見える領域の光)の波長はおおよそ
400【nm】~700【nm】の範囲であり、標準的な音波と比較しても非常に短い波長です。
光の干渉に使うスリットに「細さ」が求められるのはそのためであり、基本的に可視光線のて回折を起こさせるためには0.1ミリメートル程度かそれ以下の細さのスリットを使う必要があると言われます。

模式図としては、分かりやすさのためにスリットの並びとスクリーン上の干渉縞が画面や紙面に対して縦方向に現れるように書かれる事が多くこの記事でもそうしていますが、実際の実験ではその方向が地面に対して平行であるようにする事も多いです。
光源としては広がりが十分狭い「点光源」とみなせるものを使う必要があります。
単色光に近い光の干渉縞の明線の間隔はほぼ一定値です。
ただし、スクリーンの原点部分から離れるにつれて光の強度は小さくなっていくので明線の明るさも少しずつ減っていきます。

波動が正弦波であるとすると、干渉の効果を式で表す事もできます。
2つの光路の大きさをそれぞれRとRとすると2つの波はそれぞれ y=Asin(kR-ωt),y=Asin(kR-ωt)で表され、それらの波の重ね合わせは三角関数の和積の公式または加法定理により次式で計算できます$$A\sin(kR_1-\omega t)+A\sin(kR_2-\omega t)$$ $$=2A\sin\left\{\frac{k(R_1+R_2)}{2}-\omega t\right\}\cos\frac{k(R_1-R_2)}{2}$$この式で余弦の部分は時間に依存しないのでRとRの値によって決まる「振幅」の一部だと見なせます。余弦の部分は時間に依存せず、光路差(の絶対値)| R-R|にのみ依存して干渉光が強め合ったり弱め合ったりする事を表します。

公式を使った後の余弦の部分は(A-B)/2の代わりに(B-A)/2を考えても余弦の値は同じになります。

光の波長と干渉縞に対して成立する関係式

スリット板の中央から垂直に線を引いて、
その線とスクリーンとの交点をここでは「スクリーン上の原点」と呼んでおきます。
スクリーンとスリット板は平行になるようにきちんと立てます。(片方だけ傾いていると結果がおかしくなります。)

光の干渉に関する二重スリットの実験の結果に使う数値は次の通りです。波長を除くと、使用する記号は他のものが使われる事もあります。

  • λ【m】光の波長(可視光ではおおよそ400【nm】~700【nm】の範囲)
  • L【m】スリット板中央からスクリーン原点までの距離(数十【cm】~3【m】の範囲等)
  • d【m】スリット板における2つのスリット間の距離(0.1~1.0【mm】程度)
  • y【m】スクリーン上における、原点部分からの距離。(スリット板に平行な方向。)
    (座標のようにプラスマイナスの値で考える事もあります。)
  • Δy【m】スクリーン上に現れる明線間の距離(数ミリメートル~数センチメートル程度)

その他に、整数nや奇数2n+1などを式中で使います。具体的な数値は色々な場合があり得ますが、光の波長の範囲を考えると特定の数値を極端に大きくしたり小さくし過ぎたりすると上手く測定ができない事につながります。
以下に示す関係式を使う時にはスリットとスクリーン間の距離Lは、yやdと比べて十分大きい値になっている必要がありますが、それについても、極端にLが大きすぎてもおかしくなります。

スリット間の距離については「d」の文字が使われる事が多いのでここでもそうしていますが、微分や微小量とは直接的に関係はありません。ただしそれなりに短い間隔ではあります。

光源としてはレーザー光線のように単色とみなせて位相が揃っている(コヒーレントである)ものを使うのが望ましく、
白色光を使う場合は小さい穴に通して点光源化し、色フィルタ等を置いて多くの波長の光を除外して単色に近くなるようにします。そこから回折により同じ位相の揃った単色に近い波が広がって進行し、二重スリットに至るようにします。

二重スリット実験での測定で光の波長を表す式

二重スリットによる光の干渉実験において、
上記の量と光の波長の関係式は次のように表されます。
■波長をL,d,Δyで表す式 $$\lambda = \frac{(\Delta y)d}{L}【波長を表す式】$$ $$\Leftrightarrow \Delta y=\frac{\lambda L}{d}【明線の間隔を表す式】$$ ■光路差が波長の整数倍になる事および明線の位置を表す式
(nは整数。n=0の時はスクリーン中央、n=1の時はΔyを使った式と同じです。) $$n\lambda=\frac{yd}{L}$$ $$\Leftrightarrow y=\frac{n\lambda L}{d}$$ ■y/L=tanθ を使った場合の表記
(θが小さい値の時に成立。)
$$n\lambda=d\tan\theta≒d\sin\theta≒d\theta$$

波が弱め合う条件を考える場合にはmを「奇数」としてmλ/2を考えて
yd/L≒mλ/2とするか、
あるいは「波長の整数倍に半波長が加わっている」と考えて
yd/L≒(n+1/2)λのようにします。
奇数mをm=2n+1と書けば
mλ/2=(n+1/2)λとなるので、上記2式は同じものです。

可視光の波長のおおよその範囲が
400【nm】~700【nm】=4×10-7【m】~4×10-7【m】なので、
上記の関係式Δy=λL/dから判断すると
Lやdの値によってはΔyの値が小さくなり過ぎて
「干渉縞がつぶれてしまって測定できない」という事もあり得る事が分かります。

仮にd=0.10【mm】=1.0×10-4【m】でL=1.0【m】であるとします。
この時にλ=500【nm】=5.0×10-7【m】の光を光源に使うとすると
Δy=λL/d=5.0×10-3【m】=5.0【mm】となり、
おそらく目視で干渉縞を確認できるだろうという計算になります。
(n=1~4くらいまではL がyに対して十分大きいという前提条件も確認できます。)

可視光の波長はいわゆる「色」(普通の赤、青、紫などの色)で特徴づけられます。白色に関しては色々な波長の光が混ざったものです。
(黄寄りの赤・紫寄りの青・緑の光を混ぜると大体白色になるとされます。)
また「物体の色」に関しては白色光等から特定の波長の光が吸収されて、
残りが反射される事で「補色」が見えているというのが一般的に言われる事です。

おおよその波長
特に光では幅がある
備考
紫色の光約400
~450【nm】付近
約380【nm】を下回ると紫外光
(基本的に人の目では見えない)
青色
水色の光
約450
~500【nm】付近
紫色・緑色との境界は曖昧
緑色の光約500
~550【nm】付近
水色・黄色との境界は曖昧
黄色
橙色の光
約550
~600【nm】付近
緑色・赤色との境界は曖昧
赤色の光約600
~700【nm】付近
約780【nm】を超えると赤外光
(基本的に人の目では見えない)
音波約1.715【m】空気中,20【℃】200【Hz】で
音速約343【m/s】の場合
空気中の音波に比べると可視光の波長は非常に短いという観測結果が得られています。
ただし光でも目に見えない領域では種類によっては波長が長く、
例えばラジオ波と呼ばれる領域だと波長が1【m】を超える事もあります。
逆に紫外線やX線の領域だと波長は可視光よりもさらに短くなります。

可視光のそれぞれの「色」にも幅があるわけで、例えば「紫色」は大体400【nm】付近の色と言う事はできても「ぴたりと397ナノメートルの色」のようにはなかなか言えません。しかし物理的には同じ紫色でも具体的な測定対象の光に対して「どのような紫色なのか」を波長によって定量的に表す事ができて(それに意味があるのか、活用の仕方は何かという事はまた別の議論として)、その測定方法の1つとして二重スリットによる干渉実験があるわけです。

関係式の導出(図形的考察)

スクリーン上の原点からy【m】の位置に向かう2つのスリットからの光線に着目して、
「1つの光線に対するスリットからスクリーン上の点までの距離(光路の長さ)」の差
である光路差を図から計算する事を考えます。
この計算はいくつかやり方があって、ここではそのうちの2つを説明します。

図の見た目は一見単純なのですが意外と結構くせもので、
スリット板~スクリーン間の距離Lがyやスリット間距離dに対して十分大きい」という条件から近似(角度や平行関係含む)を行わないと関係式の導出がうまくできないので注意が必要です。

三角比を使う場合

三角比を使う場合は式の構造は単純ですが、図において厳密に成立する関係と近似によってほぼ成立すると見てよいものを区別する必要がある事に注意が必要です。

まず厳密に成立する関係を見るために図の下側のスリットからの光線に注目して、
「スクリーン上の原点とスリット板中央を結ぶ直線」とのなす角をθとします。
(あるいはスリット板に垂直な任意の直線とのなす角と考えても同じです。)

ここではθθという2つの角度を考えて、それらが近似的にほぼ等しいとみなせるという形で関係式を導出しますが、最初から2つを同一視して話が進められる事も多いです。得られる結果は同じです。

次に図の下側のスリットからの光線に対して、上側のスリットから垂線を引きます
その垂線とスリット板とのなす角はθに等しくなります

ここでLが十分大きいとして近似を行います。まず、2つの光線は平行ではありませんが
「ほぼ平行」と考えて光路差はdsinθであると考えます

さらに2つの光線は平行とみなせるほどになす角が小さいとします
すると、スリット板中央から「スクリーン上の原点よりyの距離の位置」に対して引いた直線も2つの光線とほぼ平行と見なせます。

今、θを tanθ=y/Lを満たす角度とすると、上記の近似によりθ≒θとできるので、
光路差はdsinθdsinθと書く事ができます。θの値が小さい時にはさらにsinθ≒tanθの近似式も成立するのでdsinθ≒dtanθ=yd/Lの関係が近似的に成立します。
【cosθ≒0のもとでtanθ=(sinθ)/(cosθ)≒sinθ】

そこで、スクリーン上で波が強め合う条件としては光路差が「波長の整数倍」になっている事を考えればよいので、nを整数として次の関係式を導出できる事になります。

  • dsinθ≒nλ
  • dtanθ=yd/L≒nλ
  • y≒nλL/dにより、Δy=λL/d
    【Δy=(n+1)λL/d-nλL/d=λL/d】
    【単純にn=1の時を考えてΔy=λL/dとしても同じです。】
  • λ=Δyd/L

以上の方法は、近似を認めるなら非常にシンプルで分かりやすいとも言えますが、肝心の近似が本当に成立するのかが図だけからは分かりにくい(図では説明の都合上、拡大して描かれる事が多いので)という事も同時に言えるかもしれません。

上記の近似を本当にしてもよいのかという事に関する考察は平面幾何的に考える事も可能ですが、次に見て行く光路差の別の導出方法から計算される結果の一部を使って後述する事にします。

この図では2つの角度を分けて記していて、両者はスリット~スクリーン間の距離が十分大きい条件下で近似的には「ほぼ同じ」とみなせます。他方で、その近似を最初から行うと考える場合もあり、図でも2つの角度を同一視して説明がなされる事があります。

また、この時に sinθ≒θである事もよく強調されます。(θは弧度法での角度とします。)
これはマクローリン展開からsinθ=θ-θ/(3!)+θ/(5!)-・・・
と書けるので、θが0に近い値の時にはベキ乗の項は全て0に近似できるとするものです。
例えばθ=0.01であればθ/(3!)=0.000000166・・・となるので、
θ=0.01に対して「ほぼ無視できる
測定の結果にほぼ無影響と考えてよい)とするわけです。
あるいは、θ=0における正弦関数の微分係数は1であるので、θが0に近ければ
近似1次式として1・θ=θがsinθに非常に近い値になると考える事もできます。
また余弦に関してはcosθ=1-θ/(2!)+θ/(4!)-・・・が成立します。
ここで先ほどと同じように例えばθ=0.01の時には
cosθ≒1-0.000025+・・・≒0999975なので、
tanθ=(sinθ)/(cosθ) の関係から
θが小さい時のtanθ≒sinθの近似式も成立しているとみてよい事が分かります。

一般二項定理で平方根を展開する方法

光路差を計算方法としては、平方根を展開して直接計算するというものもあります。

まず近似のない状況下で三平方の定理によって2つの光路の大きさを計算しておきます。それは平方根を使って書けるわけです。

次に少し式を変形してから、
(1+P)1/2の形の式に対する一般二項定理による展開を使って光路の大きさを表す式を変形します。(マクローリン展開と考えても同じです。)

近似を使うのはそこからで、yやdに対してLが十分大きいという条件から展開式の第3項以降は0に近い数値であるとみなす事で、式が簡単になります。

それから光路差を丁寧に直接計算(単純な引き算)すると、光路差がほぼyd/L(≒tanθ)に等しいという事を導出できます。波が強め合う条件から波長を含んだ関係式を作るのは三角比を使った導出の時と同じになります。

具体的な計算は次のようになります。
2式の違いは、y-d/2を考えるかy+d/2を考えるかの所だけです。

図の上側のスリットからの光路の長さ\(\sqrt{L^2+\left(y-\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2}=L\sqrt{1+\frac{\Large 1}{\Large L^2}\left(y-\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2}\)
図の下側のスリットからの光路の長さ\(\sqrt{L^2+\left(y+\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2}=L\sqrt{1+\frac{\Large 1}{\Large L^2}\left(y+\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2}\)

これらを一般二項定理で展開します。(1/L) (y-d/2)=y/L-d/(2L)が0に近い値である条件のもとで 3項目以降はほぼ0と考えて、2項目まで残したものに近似すると次のようになります。

図の上側のスリットからの光路の長さ\(L\sqrt{1+\frac{\Large 1}{\Large L^2}\left(y-\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2}≒L+\frac{\Large 1}{\Large 2L} \left(y-\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2\)
図の下側のスリットからの光路の長さ\(L\sqrt{1+\frac{\Large 1}{\Large L^2}\left(y+\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2}≒L+\frac{\Large 1}{\Large 2L} \left(y+\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2\)

光路差はマイナスの値になっても別に構わないのですが、分かりやすさのために下側の光路の長さから上側の光路の大きさを引く事で光路差を計算すると次のようになります。光路差が波長の整数倍であるとおけば光が強め合う位置での関係式が導出されます。

光路差
の近似式
\(\left\{L+\frac{\Large 1}{\Large 2L} \left(y+\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2\right\}-\left\{L+\frac{\Large 1}{\Large 2L} \left(y-\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2\right\}\)
\(=\frac{\Large 1}{\Large 2L}\left(2\cdot\frac{\Large yd}{\Large 2}\right)-\frac{\Large 1}{\Large 2L}\left(2\cdot\frac{\Large -yd}{\Large 2}\right)=\frac{\Large yd}{\Large L}\)
波が強め合う
条件
\(\frac{\Large yd}{\Large L}=n\lambda\), \(\frac{\Large \Delta y d}{\Large L}=\lambda\)【三角比を使って導出した時と同じ】

この導出方法だと、途中計算が少し複雑に思える部分もあるかもしれませんが、yやdに比べてLが十分大きい時にどの項を0に近似しているかが比較的明確になるとも言えます。

計算でたくさん「2」が出てきてややこしいですが、丁寧に計算すると光路差について三角比を使った時と同じ近似式を導出できます。
一般二項定理とここでの使い方

(x+y)aに対する二項展開は指数が任意の実数値でも自然数の時と同じ形の式として書く事ができて次式のようになります。(一般的には無限級数です。)
■一般の式
【厳密には、a が自然数でない時には式が収束する事が保証されるのは(1+P)a の形で|P|<1の時なので、一般の場合には式変形をしてその形にする事が必要。】 $$(p+q)^a=p^a+ap^{a-1}q+\frac{a(a-1)}{2!}p^{a-2}q^2+\frac{a(a-1)(a-2)}{3!}p^{a-3}q^3+\cdots$$ ■上式で a =1/2とした場合は平方根の展開式の1つ $$\sqrt{p+q}=(p+q)^\frac{\large 1}{\large 2}$$ $$=p^{\frac{\large 1}{\large 2}}+\frac{1}{ 2}p^{-\frac{\large 1}{\large 2}}q+\frac{\frac{\large 1}{\large 2}\cdot\left(-\frac{\large 1}{\large 2}\right)}{2!}p^{-\frac{\large 3}{\large 2}}q^2+\frac{\frac{\large 1}{\large 2}\cdot\left(-\frac{\large 1}{\large 2}\right)\cdot\left(-\frac{\large 3}{\large 2}\right)}{3!}p^{-\frac{\large 5}{\large 2}}q^3-\cdots$$ $$=p^{\frac{\large 1}{\large 2}}+\frac{1}{ 2}p^{-\frac{\large 1}{\large 2}}q-\frac{1}{8}p^{-\frac{\large 3}{\large 2}}q^2+\frac{1}{16}p^{\frac{\large 5}{\large 2}}q^3-\cdots$$ ■特にp=1かつa =1/2の場合の式は次式です。 $$\sqrt{1+q}=(1+q)^\frac{\large 1}{\large 2}$$ $$=1+\frac{1}{ 2}q-\frac{1}{8}q^2+\frac{1}{16}q^3+\cdots$$ ■さらに、qが0に近い値なら次式に近似できます。 $$\sqrt{1+q}=(1+q)^\frac{\large 1}{\large 2}≒1+\frac{1}{ 2}q$$

■さらにq=\(\frac{\Large 1}{\Large L^2}\left(y\pm\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2\)とした時
\(\sqrt{ 1+\frac{\Large 1}{\Large L^2}\left(y\pm\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2} =\left\{ 1+\frac{\Large 1}{\Large L^2}\left(y\pm\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2 \right\}^{\frac{\large 1}{\large 2}} \)
\(=1 +\frac{\Large 1}{\Large 2L^2}\left(y\pm\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2- \frac{\Large 1}{\Large 8}\frac{\Large 1}{\Large L^4}\left(y\pm\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^4 +\cdots【ここで3項目以降は0に近似可能】\)
\(≒1 +\frac{\Large 1}{\Large 2L^2}\left(y\pm\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2\)
よって、\(L\sqrt{ 1+\frac{\Large 1}{\Large L^2}\left(y\pm\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2} ≒L+\frac{\Large 1}{\Large 2L}\left(y\pm\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2\)

上記では平方根を展開して第2項まで近似した状態で関係式を導出しましたが、
第2項もじゅうぶん0に近いとして近似すれば
斜辺の長さを底辺とほぼ同じ L として考える事もできます。
そこまで近似するとやり過ぎ感もあるかもしれませんが、実際のところは
それが「θが小さい値の時に tanθ≒sinθ」とする近似に他なりません。
【三角比の定義から考えてみてもb/a≒b/cつまり a≒cという近似です。】
上記の計算からは、考えている諸量(L,dなど)がどのような値の時にその近似をしてよいかがより具体的に分かるとも言えます。
斜辺を底辺とほぼ同じとみなす近似のもとで
前述の三角比による計算でのsinθを数式で書いてみると、$$\sin\theta_0 =\frac{y+\frac{\Large d}{\Large 2}}{L+\frac{\Large 1}{\Large 2L} \left(y+\frac{\Large d}{\Large 2}\right)^2}≒\frac{y+\frac{\Large d}{\Large 2}}{\large L}$$ところで sinθ≒tanθ=y/Lですから、sinθ≒sinθ≒tanθ=y/Lの近似が成立するには
「yに対してd/2がじゅうぶん小さい時」
つまりy+d/2≒yと見なせる時
であると言えます。
実の所それは図で見てもそうであるわけですが、数式的に考えるのであれば例えばこのような方法もあるという事になります。
例えばd=1.0×10-4【m】,L=1.0【m】,λ=5.0×10-7【m】であれば、
三角比を使わない方法でもΔy≒λL/dの関係式は導出できた事にも注意して
Δy≒λL/d=5.0×10-3【m】なので
「n=1の時のy」(=Δy) とd/2は100倍の大きさの違いという事になります。
これもまた図形的にも見る事ができますが、n=2,3の時には
yの値は2倍,3倍になるのでyとd/2の倍率の違いはさらに大きくなる事が分かります。
以上の計算は考察の方法の1つであり、考え方は他にもあります。

干渉光の強度の式

干渉縞の明線の間隔Δyは一定値となりますが、yが大きくなると光の重ね合わせの「強度」は小さくなっていきます。それに対応する形で、明線の明るさはスクリーン中央で最大であり、中央から離れていく(yおよびnが大きくなっていく)ほどわずかに薄く弱い輝きになっていきます。

光を正弦波で表せると仮定した時、光の強度定量的に表すと次のようになります。

波が正弦波である時の干渉光の強度

正弦波の「強度」は定量的には「波の振幅の2乗」として定義されます。
【振幅の2乗に比例する量として考える事もありますがここではその比例係数を1とします。】
重ね合わさる前のもとの光の振幅がともに A【m】で、
強度もともに等しくA2=I0であるとすると
スクリーン上での2つの光の重ね合わせ(「干渉光」)の強度は次式で表されます。 $$I=4I_0\cos^2\left(\frac{\pi yd}{\lambda L}\right)$$ $$=4A^2\cos^2\left(\frac{\pi yd}{\lambda L}\right)$$yが増えて行くと余弦の値が小さくなり、強度も小さくなるという計算になります。 この式の余弦の中身は実験で使っている諸量に由来しますが、「余弦自体」は二重スリット実験における図形的な位置関係に由来するものではない事に少し注意が必要です。つまり、二重スリット干渉実験で波長を表す近似式で使っている三角比とは別物です。
強いて表すなら、近似式で使った三角比は強度を表す式の「余弦の中身」に入ります。 $$I=4I_0\cos^2\left(\frac{\pi yd}{\lambda L}\right)≒4I_0\cos^2\left(\frac{\pi d\sin\theta}{\lambda }\right)≒4I_0\cos^2\left(\frac{\pi d\tan\theta}{\lambda }\right)$$

光の波が正弦波であると仮定した時の干渉光の強度に関する式は、この記事内でも少し触れた加法定理による重ね合わせの式から導出できます。すなわち、正弦と余弦の積になった形の式において時間変動を含まない部分を余弦も含めて振幅とみなして2乗する事で上式が導出されます。整理してまとめると次のようになります。

スクリーン上の1つの点で
正弦波で表された2つの光
Asin(kR1-ωt)
Asin(kR2-ωt)
重ね合わせて加法定理
により得る干渉光の式
\(2A\sin\left\{\frac{\Large k(R_1+R_2)}{\Large 2}-\omega t\right\}\cos\frac{\Large k(R_1-R_2)}{\Large 2}\)
光路差を表す式\(R_1-R_2≒d\tan\theta=\frac{\Large y d}{\Large L}\)
波数の定義\(k=\frac{\Large 2\pi}{\Large \lambda}\)
干渉光の振幅
(時間変動を含まない部分)
\(2A\cos\frac{\Large k(R_1-R_2)}{\Large 2}=2A\cos\left(\frac{\Large \pi yd}{\Large \lambda L}\right)\)
干渉光の強度
(振幅の2乗)
\(4A^2\cos^2\left(\frac{\Large \pi yd}{\Large \lambda L}\right)=4I_0\cos^2\left(\frac{\Large \pi yd}{\Large \lambda L}\right)\)
この干渉光の強度についての式の導出においては、数式的には
波長λは波数の定義から式に入っている事になります。

同じように正弦波で表せる仮定のもと、波動を敢えて複素数で表す場合でも(指数関数表示・極形式による表示では三角関数を含む形になるので)同じ式を導出できます。
その場合には強度は複素数で表した波の絶対値の2乗として定義し、
波を重ね合わせた時の強度は形式的に余弦定理を使った形の式で表されます。
その式において2つの波の振幅は同じであるとして加法定理、半角の公式、倍角の公式のいずれかを適用する事で上記と同じ形の式が得られます。

光源に要求されるコヒーレンス(可干渉性)

ところで、光の二重スリット干渉実験では光源として使用する光の種類についての考察も重要な実験の要素の1つと言えます。

波の干渉を調べる場合、2つ以上の波が強め合うかつぶれて弱め合うかを解析して計算をするにはどこか最初の位置で「位相を同じ値にしておく」という制御が必要です。

その事は、二重スリットの部分においては波の回折を起こさせる事で実現しています。つまり元々位相がそろった波面の波を2つのスリットに進入させる事によって、その2点から進む「同時刻で同位相の2つの光」の光路の長さと波形のずれの関係を適切に計算できるわけです。

他方で、二重スリットに入る光のもとになっている光源の光の種類にも実は注意する必要があります。光の二重スリット干渉実験の光源としては結論としてはレーザー光を使うのが最も好ましいわけですが、逆にそれ以外の光ではだめなのかという話にもなります。

太陽光やいわゆる「白色光」には実は多くの波長の光が混ざっています。
そのため、そのような光をそのまま光源に使って直接的に二重スリットに通しても干渉縞が発生しないか、干渉縞が観測できても上手く測定ができないという事があるのです。

光の干渉実験に白色光を使う場合には
①光源からの光を小さい穴に通して回折を起こさせて位相を揃えた波を作る
②色フィルタ等をおいて単色光に近い光にする
という工夫が必要になります。
もし①だけ行って②を行わない場合、虹のようなたくさんの色の干渉縞が現れます。そのような干渉縞は、測定があまりしやすくない事があります。

光の二重スリット干渉実験にもとになっているのはイギリスの人ヤングによる実験(19世紀初め頃)で、当時は光源として太陽光を使って光の干渉を確かめる実験が行われたと言われます(当時はレーザー光は利用不可能)。その時に干渉縞はしっかりと確認されて、光の波動性が確認された最初の実験であるとされます。また、残っている講演の資料等によるとヤングは光の干渉を上手く起こすためのコヒーレンシーの考え方(用語自体ではなく)についても当時から指摘していたとされます。

それに対してレーザー光は単色とみなせるほどに波長の幅が小さい光であり、また位相もそろっている光です。レーザー光のように波動(主に光)の位相が揃っている事を指して可干渉性あるいはコヒーレンスと呼び、そのような性質を持った光をコヒーレント光あるいはコヒーレントな光であると分類する事があります。太陽光や白色光は一般的にコヒーレンスを備えていません。

レーザー光線は基本的に人工的に形成される光ですが、光の干渉を調べる時に使う光源としては最適です。重要な特徴を整理すると次のようになります。

  • 単色性:非常に近い値の波長の光だけで構成され、ほぼ単色とみなせる。
  • 可干渉性(コヒーレンス):位相がほぼそろっている光で構成されており、精度の高い干渉縞を観測可能。単に「干渉性」と言ったり、コヒーレンシーと呼ぶ場合もあります。
  • 指向性(収束性):長距離を光があまり広がる事がなく進行し、非常に狭い範囲に光を集める(収束させる)事が可能。
  • 高出力性および高輝度性:時間あたりに放出するエネルギーが非常に大きい光(材料加工などに使用)であり得る。光の干渉実験で使うレーザー光は、出力としては弱いものを使用します。

詳しく見ると、コヒーレンス(coherence)には波の位相の波数および位置座標を含む項に由来する「空間的なコヒーレンス」と、角周波数および時間を含む項に由来する「時間的なコヒーレンス」があります。レーザー光は空間的にも時間的にもコヒーレントな光ですが、それが特定の物質を通過して拡散する事で、時間的なコヒーレンスだけを備えた光になるという事もあり得ます。
coherent という語は少し聞き慣れない語かもしれませんが一応普通に使われる語でもあり、密着しているとか結合しているといった意味合いが元々あって、転じて「話や議論の筋が通っている、理路整然としている」 といった意味などとして使われます。

波動の式と用語【正弦波】

波を表す具体的な形として最も基本的な「正弦波」は関数としては三角関数の正弦関数 sinθですが、波動を表す関数として考える時の変数としては位置座標と時間の両方を考えるのが普通です。

「振動」も波動に関連が特に深い物理現象であり、波動においても個々の位置では振動が起きているとみなせる事もあります。ただしここではバネの振動現象などは除いて、特に波動のほうに注目して見て行きます。

水面の波、あるいは数学では三角関数の sinθのグラフのイメージで上下方向の振動(グラフだとy方向)を特に「変位」と呼ぶ事あり、ここでもその言い方を使います。横に進んでいく方向(グラフだとx軸方向)を波が「進行」する方向と呼ぶ事にします。

物理的な「波」の種類

波動は基本的には何かの物質が個々の位置で時間変化により振動していて、その振動が周囲にも伝わっていく事を指します。その振動して波を構成する物質は媒質(「ばいしつ」)と呼ばれます。例えば海の潮の満ち引きの「波」の媒質は水であり、音の場合は基本的には媒質は空気で、水中やそれ以外の物質でも音は伝わるので色々な物質が媒質になり得ます。

他方で「媒質が無くても媒質による波と同じように振る舞うもの」は物理上、普通は「波」として扱われてそのようにも呼ばれる事が一般的です。例えば光(および電磁波)は、実は何かの媒質が直接的に振動しているわけでは無い事が知られています。
また同じく、一般的にミクロのスケールでの量子力学的な「波」は定量的には波動と同じように振る舞うという事を意味し、何かの媒質が直接的に振動しているわけではないという考え方がなされます。(光も、より詳しく見る場合には量子力学的に解析されます。)
他方で正弦波に近い形の電圧である交流電圧は、人工的に起電力をそのような形で発生させ続ける事によって波と同じ関数形として扱うという類のものです。
しかしいずれにしても、数式的に波の形として扱える物理量には、媒質の振動による波動の用語や考え方の多くを適用できます。特に光および電磁波に関しては普通に代表的な波動の現象の1つとして捉えられる事が一般的です。

実際に目で見える波の形や、物理量をグラフとして描いた時の形は波形と呼ばれます。
正弦波の波形はそのまま正弦関数のグラフの形ですが、波形は一般的には他の形状もあります。
例えばグラフ上で長方形状になる波形は
方形波あるいは矩形波【矩形:「くけい」長方形の事。矩とは直角の意味。】などと呼ばれます。
また、一般的に正弦波の波形が微妙に歪んでいたり台形状や三角形状の波形になっている波を総称してひずみ波と呼ぶ事もあり、矩形波等を含めてそのように呼ぶ事もあります。

数学的には、実は正弦波以外の波は周期関数でないものも含めて
「振動数が異なる複数の正弦波の合計(重ね合わせ)」として表現できます。
そのように解析した場合には波を構成する正弦波のうち振動数が最も小さいものを基本波と呼び、残りの物を高調波と呼ぶ事があります。

波動は進行方向に対する振動の向きの方向によっても分類され、一般的に横波と縦波の2つに大別されます。(ただし、数式的に「波として扱える」だけの場合はどちらにも含めない事もあります。)
正弦関数のグラフの形が実際の波の波形として観察できるようなものは「横波」のほうで、水面や弦を伝わる一般的なイメージの波や、光および電磁波は横波に相当します。
横波は、より詳しくは「各位置での振動が波の進行方向に対して垂直である波」を指します。

他方で、ばねを多数連結させた構造や、音波などは「縦波」です。これは、各位置での振動の向きが波の進行方向に対して平行(そして重なっている)である事を意味していて、媒質の密度が大きくなったり小さくなったりを繰り返すので「疎密波」とも呼ばれます。

数式的には縦波も横波と同様に扱う事ができます。
以下では、比較的イメージしやすい横波を想定して説明をしていきます。

また、まずは基本的な考え方となる「進行方向が1次元の波」を正弦波として扱います。(進行方向が1つの軸方向という意味で1次元であり、振動による「変位」も含めれば2次元です。)

波の進行が平面や空間で行われる場合には波の振動の変位が一定となっている波面を想定し、
波面が平面状である平面波や波面が球面状(球対象)である球面波をなどを考えます。
また、平面波において平面電磁波のように波(として扱える物理量)の変位の向きが平面の特定の方向であるものは偏波とも呼ばれます。(光の場合は特に「偏光」とも言います。)
偏波における波の振動の変位の方向が変化しないものは特に直線偏波と呼ばれ、
振動の変位の方向が平面内で変化する場合の偏波を回転偏波と呼ばれる事があります。
さらに細かく見ると回転偏波には特定の規則性を持った円偏波などがあります。

波を構成する物理量

規則的にうねる波を正弦関数で表す事を考える時に、
「波と言ってもどのような波なのか」を表す物理量として次のものがあります。
便宜上ここでは、1回転して元の状態に戻る事をさして「1サイクル」と表現しておきます。

  • 周期:何秒で正弦波が1サイクルするのか
  • 波長:波形で見た時に1サイクルが何メートルあるか(時刻は固定して見た時)
  • 振動数:1秒間で考えた時に何サイクルしているのか。周波数とも言います。
  • 速さ:波形が1秒当たり何メートル進行していくのか。(時間を進めながら位置も見る。)
  • 振幅:波の高さが0から最大値まで何メートルあるのか。

正弦関数 sinθの変数は「角度」です。しかし位置や時刻などの物理量は普通はπの倍数で表しませんから、それを補正して正弦関数に反映されるようにします。

  • 波数:考えている位置や距離が「波長の何倍か」を表す係数です。
  • 角周波数:「1秒当たり角度は何ラジアン進むのか」を表します。角振動数とも言います。回転運動等で使う「角速度」と数式的には同じです。
  • 位相:sinθのθの部分を合成関数になっている場合も含めて特に指す量。
    基本的に弧度法(2πを360°とする)で表します。「引数」と呼ばれる事もあります。
    位置座標や時刻は、波数や角周波数を乗じる事によって位相としての量に変換されます。
    「2つの波は位相がπずれている」などと言う場合には角度全体で言うと sinθとsin(θ+π)の関係である事を表します。普通は位相は0から2πまたは-2πから2πまでの値とします。

また、波のy座標方向の値をここでは「変位」と呼んでおきます。

これらに対して多く使われる記号や関係式を整理すると次のようになります。

波動を表す正弦波は A sin (kx―ωt) を基本形として表されます。【あるいはA sin (ωt―kx)】
A:振幅 k:波数 x:位置座標 ω:角周波数 t;時刻 kx―ωt:位相

波動を表す基本的な物理量
物理量記号関係式備考単位
周期TT=1/f=λ/vperiod, time period【s】秒
波長λλ=vT=v/fwave length【m】メートル
振動数ff=1/T=v/λfrequency 別名:周波数【Hz】ヘルツ
速さvv=λ/T=λfwave speed 波の進行の速さ【m/s】
振幅色々0からの最大値amplitude 【m】メートル
波数kk=2π/λwave number 1波長で2π【rad/m】
角周波数ωω=2πf=2π/T
ω=kv
angular frequency
別名:角振動数
【rad/s】
λ「ラムダ」 ω「オメガ」
単位については「ラジアン」の代わりに無単位とする事もあります。
v は速度(velocity) から。通常は速度ベクトルの大きさを「速さ」と呼びます。
振幅の記号は用途ごとに変えるのが普通です。(一般論ではAが多い。)
光に対しては振動数をν(ニュー)で表す事もあり、光の速さはcで表します。

波動を正弦波として考える時には基本的に角度を弧度法で扱います。すなわち円周率πの何倍であるかで正弦関数の変数を表して、2π で1サイクルして0の時と同じ関数の値に戻ると考えます。

物体の位置関係や傾き具合を三角比として表すような場合であれば、
物理現象を表す時でも「斜面に対して45°の傾きなので cos45°を乗じて・・」といった表現でも全く支障は無いと言えます。
しかし波動や振動においては周期関数としての三角関数を扱う必要がある事に加えて、
微分や積分を行う観点からも三角関数の位相部分を弧度法で扱っていく必要があります。
例えばy=A sin (kx―ωt)をxやωで偏微分すると
合成関数の微分(ここでは1変数の時と同じ)となるので
(∂y/∂x)=kA cos (kx―ωt)
(∂y/∂t)=-ωA cos (kx―ωt)
のような計算になりますが、
もし位相の部分を度数法で表していたら同じ計算にはなりません。
そのため物理学の中でも特に波動や振動を扱う時には、三角関数の角度は度数法ではなく弧度法で統一的に表す事が理論的にも重要であると言えるわけです。
合成関数に対する偏微分の一般式は、ここでは不要ですが項が1変数の時よりも増えます。

周期と振動数の関係

振動数の単位には普通【Hz】(「ヘルツ」)を使いますが、
これは無単位(正確には「1」)を秒で割った【/s】にも等しいものです。

周期と振動数の関係T=1/fについては、
例えば1秒間に50サイクルの振動を繰り返す場合には
1サイクルあたり0.02秒という事になり、
これは50【Hz】の振動数に対して
1/50=0.02【s】という計算をしているわけです。

T=1/fという事はTf=1が必ず成立する事を意味しますが、
Tは「1サイクルするのにT秒かかる」事を意味し、
fは「1秒間にfサイクルする」事を表すので
要するにTf=1は「T秒間で1サイクルする」という事を表します。
先ほどの具体例で言うと50【Hz】の振動数のもとでは1秒間に50サイクルですから、
1サイクルあたりの時間(=周期)は0.02【s】です。
その時間あたりに1サイクルするという関係式が
0.02【s】×50【/s】=1というわけです。

振動数は、波の速さと波長との関係f=v/λもあります。意味は「1秒間に進む距離は何波長分か」という事で、それは1秒間あたりに何サイクルしているかに等しくなるわけです。

周期は振動数の逆数なのでT=λ/vとなります。これは1サイクルの波長に対して何秒で進行できるかを表し、それは1サイクルに要する時間である周期に等いというわけです。

波の進行方向の速さvは、進行方向(x軸)に向かって同じ変位(y座標)の部分が進んでいく速さを表します。「y方向の変位の速さ」はまた別物となります。

また、後述する角周波数がω=2π/Tである事からT=2π/ωです。
その事はy=A sin(kx-ωt)の正弦波があった時に角周波数だけn倍したy=A sin(kx-nωt) は周期が1/n倍となっている事を意味します。

光や音波は一定の条件下で一定であるかほぼ一定とみなせるので、
その場合は振動数と波長は反比例の関係にあります。
光や音波の性質は振動数で大きく決まります。紫外線などの光や「高い音」は振動数が大きくて波長が短く、逆に赤外線などの光や「低い音」は振動数が小さくて波長が長い波動となっています。
可視光で言うと紫色の振動数が大きく、青、緑、黄色と小さくなって赤が振動数が一番小さい領域です。波長では逆に赤のほうが紫よりも大きくなります。
さらにより詳しく見ると一般的に振動数が高い波動ほどエネルギーが高く、紫外線などの振動数が高い光はエネルギーが高い光でもあります。

正弦波の波長

波の波長は基本的には時刻を固定した時の、
進行方向に対する「1周期分の波の長さ」を測ったものと言えます。

位置や距離を位相に換算する波数がk=2π/λで表され、
位置座標に由来する位相の部分はkxで表されます。
1周期分の距離(=波長)は2πに換算されます。
波長の1/2の「半波長」であればπに換算されるという計算です。

ただし時間を動かした時にも波長を考える計算はできます。
例えば波の進行の速さが200【m/s】である時、
1周期が0.1秒であるなら「1秒間に200メートル」は1秒が10周期分です。
つまりこの時、1周期分の0.1秒あたりは20メートルの進行があります。
さらに波の振動方向も見るとその間に1サイクルの振動が完了しているわけで、
進行方向の長さは波長です。
これは200【m/s】×0.1【s】=20【m】という計算です。

もし1周期が4秒だったら、波長は200【m/s】×4【s】=800【m】です。

これらの計算が「波長、速さ、周期の関係」を表すλ=vTの関係の意味です。
周期の代わりに振動数を使えばλ=v/fの関係になります。

もし光のように一定条件下で速さが常に一定であると考えられる場合にはλ=cTであり、波長と周期は比例関係にあります。(cは非常に大きい値なので短い周期でも波長は長くなり得ます。)

波の波長は、波同士を重ね合わせた時の波の干渉を分析する時に重要な量です。同じ物理量で表される2つの波が微妙に位相がずれた状態で重ね合わさると、波長の整数倍だけずれていると波は強め合い、波長の整数倍に半波長が加わると弱め合うという現象が起きます。
光が波動であるという実験的な根拠は、光に対して波の干渉が起きるという事(ヤングによる実験)です。(光は同時に粒子でもあります。その粒子が多数集まった時に波動性を表すようになります。ただし粒子同士が相互作用して波になっているという事では無く、より量子力学的な現象としてです。マクロなスケールでは光の波動性は電磁波としても扱われます。)

正弦波の速さ

波動が生じている時、
媒質は各位置で上下に振動しているだけだったとしても
見た目は波形が横に進行していくようにも見えます。

波の速さとは、そのような「波形が移動していく速さ」を指します。
波長および周期との関係式があり、λ=vTおよびλ=v/fが成立します。

そのため、質量を持った媒質の一部分に対して運動方程式を考えるような時には加速度はあくまで媒質の変位方向(波の進行方向に対して垂直方向など)を考える必要がある場合もあります。

時刻がt=0の時に波形がy=A sin(kx)で表されている正弦波が、
速さvでx軸方向に移動しているとすると
一般の時刻tではy=A sin{k(x―vt)}=A sin{2π(x/λ―vt/λ)}で表されます。
【sin(kx-vt)ではない事に注意。vtメートル進むのはx軸での距離です。】

しかし正弦波の基本形はy=A sin(kx―ωt)であったはずです。
すると速さを考える時にはそれとは違った形になってしまうのか?というと、実はそうでは無く
ω=2π/T=2πv/λによりωt=2πvt/λとなるので、
A sin{k(x―vt)}=A sin (kx―ωt)の関係があります。

もう少し詳しく見ると波動において進行方向の速さがvであるという事は、
1つの時刻を固定した時に(例えばt=tと指定)
xを変数とする2つの関数f(x)とg(x)があって、
f(x)=g(x+vt)が任意の位置xと時間tに対して成立する事を指します。
この関係式は「波がvt【m】進行した」という事を見やすい式です。
しかし、ではその時にy=g(x)はどのような関数形かというと、
x=X+vtとおくと、f(X)=g(X+vt)ですが
X=x-vtなのでf(x-vt)=g(x)であり、
y=f(x)をx軸方向にpだけ平行移動した関数y=g(x)はg(x)=f(x-p)で表される
という関数とグラフ上の平行移動についての一般的な関係式が得られます。
図形的にも物理的にも、y=Asin(kx)の波形全体がx軸のプラス方向に移動する時には
まず最初にx=0の位置においてyの値は小さくなっていきます。
関数は正弦関数ですから位相の値も0の状態からまず小さくなっていくわけで、
y=Asin(kxーωt)におけるーωtの項の意味を表しています。

ある正弦波y=A sin(kx―ωt)があってその進行方向を進行波として基準に考える時、同じ波形と物理量を持って「進行の向きだけが逆向き」の波はy=A sin(kx+ωt)で表され、反射波と呼ばれます。(物理的に見て、そのような波は多くの場合にどこかの端で反射して戻ってくるものなので。)

反射波のほうの式をvを使って書く事を考えると、
ここでは後述するω=kvの関係式を使う事にして
y=A sin(kx+ωt)=A sin(kx+vkt)=A sin {k(x+vt) } であり、
y=A sin(kx) の波形全体を「x軸のマイナス方向にvtだけ平行移動させた関数」に一致します。

角周波数

角周波数あるいは角振動数ωは、ωtの形で位相の時間部分を表す量です。

「角速度」(angular velocity)は回転運動を表すのに使う量ですが1秒間あたりの角度の変化量という意味では角周波数と同じであり、記号も同じωを使う事が多いです。
ただし角速度は波動以外の一般の運動に対して使う量ですから、波動における関係式は一般的には成立しません。

ω=2π/Tは、1周期分の時間で位相がπになるようにする換算の計算です。
例えばある時刻から0.5周期分だけの時間が経っているなら位相の変化(「位相差」)は
ωt=(2π/T)×0.5T=πとなる計算です。

ω=2πfの関係式も成立します。
例えば50【Hz】の振動数に対しては1秒間あたり100πの位相差が生じる事を意味します。
(※ただしその場合は100πは2πの整数倍ですから位置を固定すれば正弦関数の値は変化せず、実質の位相差は0と同じです。)
0.01秒間ではωt=2πft=100π×0.01=πの位相差が生じる計算になります。

基本となるA sin (kx―ωt)の形を見ると波数kと角周波数ωは一見全く別々の物理量かとも思えるわけですが、速さvによってkとωの関係式を作れます。
k=2π/λで、ω=2π/T=2πv/λなのでω=kvの関係が実はある事が分かります。

時刻を固定してから波の進行を考えてA sin (kx-ωt)の形を導出できるのと同様に、最初に位置を固定して時間による振動から考える事もできます。

t=0の時にx方向に関してはsin (kx)の波形があるとします。
この時に波がプラス方向に進行する時にはy方向の変位はx=0においてマイナス方向に現れ始めるので、敢えて「x=0でA sin (-ωt)の振動がある」と考えます。

プラスの値のxの位置で
「x=0の時と同じyの変位が現れる時刻」は波の速さを考慮してx/v秒後です。
よって、任意のxの位置における振動はω=kvの関係式も使って
y=A sin {-ω(t-x/v)}=A sin (-ωt+ωx/v)=A sin (kx―ωt)の形を得ます。

波数と平面や空間での波数ベクトル

波数はk=2π/λで表され、速さvを使うとk=2π/(vT)=ω/vとも表せます。

いずれにしても意味としては
「1波長分(1周期分)がいくつ含まれているかを位相に換算する量」という事になります。

平面や空間では、波の進行方向を表すベクトルとして波数ベクトルが使われる事があります。

波数ベクトルの表し方はいくつかありますが、
その1つは個々の位置での波の進行についての速度ベクトルを使う方法です。

速度ベクトルを(v,v,v)として、その大きさ(速さ)をvとします。
すると、速度ベクトルを「大きさが1である」単位ベクトルにした
(1/v) (v,v,v)というベクトルを考えると
これは各点において波の進行方向を向く単位ベクトルです。

それにkを乗じたものを波数ベクトルとして考える事ができます。
すなわち、\(\overrightarrow{k}\)=(k/v) (v,v,v)として考えます。
波数ベクトルの大きさは波数kに等しくなります。

特に平面波では同じ位相の平面が波を作っており
それらの平面間の距離によって位相差が決まるので、
原点から個々の点(x,y,z)から波の進行方向への射影を図形的に考えると距離の変化による位相の変化は波数ベクトルとベクトル(x,y,z)の内積で表す事ができます。
【原点を通る波面は必ず存在し、平面波においてその波面上での位相は等しいので統一的に波面と波面の位相差を「距離に波数kを乗じる」という式で表す事ができて、さらにそれは波数ベクトルを使うと内積により表現可能であるという事です。】

波数ベクトル

波の進行についての各点での速度ベクトルを\(\large{\overrightarrow{v}=(v_x,v_y,v_z)}\)として、
その大きさをvとすると 波数ベクトルは次式で表されます。 $$\overrightarrow{k}=k\frac{\overrightarrow{v}}{v}$$ $$\left|\overrightarrow{k}\right|=k=\frac{2\pi}{\lambda}$$ ■特に空間内の平面波において各点の変位 u(x,y,z,t) を正弦波で表せる場合には、
\(\large{\overrightarrow{r}=(x,y,z)}\)として次式が成立します。 $$u(x,y,z,t)=A\sin\left(\overrightarrow{k}\cdot\overrightarrow{r}-\omega t\right)$$ ωtの部分は進行方向が1次元の場合と同じです。
また、平面波であれば実は正弦波でなくても
より一般的に \(u(x,y,z,t)=f\left(\overrightarrow{k}\cdot\overrightarrow{r}-\omega t\right)\)と表す事が可能です。

波を正弦ではなく余弦で表す事と「位相のずれ」の関係

ところで正弦波を通常の三角関数として考えた時に、正弦ではなくて余弦で表してもよいのではないか?と思われるかもしれませんが、実際その通りで正弦波で表される波は余弦関数で表しても何ら支障はありません。

つまりy=A cos (kx―ωt)として波を表してもよいわけです。

ただし同じ物理量の波を正弦波で表した場合との関係には注意するべきで、
y=A cos (kx―ωt)=A sin (kx―ωt+π/2)の関係があります。
y=A sin (kx―ωt)とy=A cos (kx―ωt)との間には位相差があって、2つの関数を同時に使う時は正弦と余弦の関係からも分かるように同一の関数ではありません。

また同様に、正弦波をy=A sin (kx―ωt)ではなくy=A sin (ωt―kx)で表したとしてもそれ自体は波動の現象を考察するうえで基本的に問題は無いわけですが、やはり同じくy=A sin (kx―ωt)の波とは位相のずれがあり、
y=A sin (ωt―kx)=A sin (kx―ωt+π)=の関係があります。
今度は位相のずれはπになっているわけです。
【+πを-πとしても同じです。三角関数は2πを周期とするためです。
y=A sin (ωt―kx)=―A sin (kx―ωt)に等しいと見る事もできます。】

y=A sin (kx―ωt)は、より正確には定数θを使って
y=A sin (kx―ωt+θ)の正弦波でθ=0としたものです。
【通常はそれで問題は起きません。】
x=0,t=0の時の値がy=A sinθとなります。
そしてそのθは必要があればπ/2でもπでもよいわけで、
そのような場合には波はy=A sin (kx―ωt+θ)は
A cos (kx―ωt)やA sin (ωt―kx)に直接的に変形できます。
言い換えるとx=0,t=0の時のy=A sinθの値の設定次第で、
あるいは現に存在する波に対して
「進行方向のどこを原点にとっていつを時刻t=0に設定するか」により
A sin (kx―ωt),A cos (kx―ωt),A sin (ωt―kx)の形は実は自由に選べるわけです。

このグラフ上で正弦で表した式の位相にπ/2を加えると、
k=2π/λなのでkx-ωt+π/2=k(x+λ/4)-ωtとなり、
x軸のマイナス方向にλ/4【波長の1/4】だけもとの波形を平行移動させた形になっています。
正弦波の位相にπを加えた時は、同様にして
x軸のマイナス方向にλ/2だけもとの波形を平行移動させた形になっています。

正弦波の位相の表し方の整理

正弦波y=A sin (kx―ωt)において位相の形kx―ωtを見ると、位置座標と時刻の両方が変数になっています。つまり、同じ位置で時間による変動を見てもよいし、時刻を固定して波形の様子を見る事もできるようになっています。

つまり、いずれにしても位相に対する正弦関数の値として統一的に波の様子を表現できるようになっているわけです。

この事は、時刻を固定してx軸とy軸の関係でグラフを正弦関数として描けるだけでなく、位置xを固定して時刻tとy軸の関係におけるグラフも同じく正弦関数として描ける事を意味します。なぜならばどちらを変数としても、もう片方を固定すればy=A sin θの形の関数になっているためです。

正弦波の位相部分に対してはk=2π/λ,ω=2π/Tの関係を使って
y=A sin (kx―ωt)=A sin {2π(x/λ―t/T)}のように書く事もできます。
これは関係式を使って書き直しただけと言う事もできますが、
「位置や距離が波長の何倍か」「時刻や時間が周期の何倍か」で位相の変化を考えている事をより明確にするならこのようになるという事です。
もちろん、同じ意味をより簡潔に記せばy=A sin (kx―ωt)であるわけです。

さらに振動数fなどを使って書く事もできて、整理すると次のようになります。

使用する物理量の例正弦波の位相備考
k,ωkx―ωt基本形【ωt-kxでも可】
λ,T2π(x/λ―t/T)位置は波長の何倍か、
時間は周期の何倍かで位相を見る
λ,f2π(x/λ―ft)時間を2πが何個分かで見る
v,T,λ2π{x/(vT)―vt/λ }λ/v=Tよりλ=vT,
1/T=v/λ
k,vk(x―vt)x軸方向にvt平行移動した形
【kx―ωtに等しい】
ω,tω(x/v-t)x=0での振動から考えるか、
ω=kvの関係から

単位を利用した関係式の理解の仕方【次元解析】

波動に関する物理量の関係式は基本的ないくつかの式(T=1/fなど)を除くとそもそも覚え込むような性質のものではありませんが、それにしても分母と分子の関係がごっちゃになったりする事もあるかもしれません。微積分の計算等とはまた違った難しさがあると言えます。

そこで、あくまで補助的なものである事は強調されるべきかと思いますが、単位の関係を利用して理解に役立てたり、関係式を思い出す際に混乱した時などに使える事があります。
(物理では「次元解析」とも言います。この「次元」とは平面を2次元、空間を3次元と呼んだりする「次元」とは直接的には無関係です。)

例えばλ,v,Tの関係を考えてみましょう。
これらの単位はそれぞれ【m】【m/s】【s】です。
すると、もし例えばλvとかv/Tといった値を考えるとそれらの単位は【m/s】とか【m/s】(後者は加速度の単位)といったものになってしまいますが、いずれもλ,v,Tの単位に該当せず、波動に関する他の物理量の単位にも当てはまりません。

すなわちλvとかv/Tといった量は少なくとも基本関係式で使う事は無いという判断が可能であるとも言えるわけです。

もし関係式を忘れてしまって必要なのに急に思い出せないとして、
単位の関係からλ,v,Tに対して成立する正しい関係式を推測するとしましょう。

すると、【m】と【s】から【m/s】が作れるはずであり、
λ【m】/T【s】=v【m/s】の関係が推測できます。実際、それは正しい関係式になっています。
同じように単位の関係だけからT【s】=λ【m】/v【m/s】の式を推測しても
実際にT=λ/vは正しい関係式です。

続いて、λ【m】=v【m/s】T【s】の推測からもλ=vTも正しい関係式を得ます。
λ=vTの式の右辺についてvTなのかv/Tなのか混乱した時には
単位として【m】となる前者が正しく、
【m/s】すなわち加速度の単位になる後者は波長λを表す量としてあり得ない事を判定できます。

同様に、前述の波動に関する物理量の関係式は単位の関係からも理解可能です。
(下表で、振動数の単位は【Hz】ではなく【/s】で書いています。)

物理量関係式次元解析による理解の補助
周期T=1/f
T=λ/v
【s】=1/【/s】
【m】/【m/s】=【s】
波長λ=vT
λ=v/f
【m】=【m/s】・【s】
【m】=【m/s】/【/s】
振動数f=1/T
f=v/λ
【/s】=1/【s】
【/s】=【m/s】/【m】
速さv=λ/T
v=λf
【m/s】=【m】/【s】
【m/s】=【m】・【/s】
波数k=2π/λ
k=2π/(vT)
k=ω/v
【rad/m】を基本形として、
【rad/m】=【rad】/(【m/s】・【s】)
【rad/m】=【rad/s】/【m/s】
角周波数ω=2πf
ω=2π/T
ω=kv
【rad/s】を基本形として、
【rad/s】=【rad】/【s】
【rad/s】=【rad/m】・【m/s】

このような関係は単に式を覚えやすくなるという事に留まらず、物理学一般において異なる物理量の関係を調べる時に整合性がとれてるかの確認等を含めて考察の対象になる事があります。

また、物理量の単位というのは「1秒当たりに何メートル進むか」を【m/s】で表すといったように、それ自体に物理的な意味が含まれている事もあると言えます。
λ=vTの関係では速さに時間を乗じているから距離となるわけで、
そこに波動現象に特有の1サイクルあたりという意味が加味されるわけです。

物理的な意味(図的な意味も含めて)や数式的な意味に加えて、単位を使った理解の仕方も補助的に知っておくと便利な事があります。

波動方程式の解としての正弦波

一般的に、波動を表す式は次の波動方程式の解として得られます。

波動方程式

u(x,y,z,t)に対する次の微分方程式は波動方程式と呼ばれます。 $$\nabla^2u=\frac{1}{v^2}\frac{\partial^2 u}{\partial t^2}$$ $$\nabla^2=\frac{\partial^2 }{\partial x^2}+\frac{\partial^2 }{\partial y^2}+\frac{\partial^2 }{\partial z^2}$$ 右辺の定数項の分母でvの文字を使っていますが、
実は波動方程式の解から得られる波動の速さはこの式中のvで表されます。
▽の記号はナブラと言います。

正弦波の式は1次元の場合の波動方程式の解の1つとなっています。
【ただし解の「1つ」であって、解の全て(一般解)ではありません。】
1次元の場合は関数に対するyの偏微分、zの偏微分は0であるとして波動方程式は、
対象の関数をy=y(x,t)を使って次式になります。

$$\frac{\partial^2 y}{\partial x^2}=\frac{1}{v^2}\frac{\partial^2 y}{\partial t^2}$$

y=Asin(kx-ωt)がこの式の解であるかどうかは実際に偏微分を行う形で確認できます。
合成関数の微分(1変数)に注意して計算をまとめると次のようになります。

y=Asin(kxーωt)xによる偏微分tによる偏微分
偏微分1回目kAcos(kx-ωt)-ωAcos(kx-ωt)
偏微分2回目-kAsin(kx-ωt)-ωAsin(kx-ωt)

tによる偏微分の2回目では、cos の微分由来のマイナスと-ωtの微分由来のマイナスの2つが乗じられるので結果的に符号は1回目の偏微分の時から変わらない事になります。

y/∂x∂y/∂tの計算結果を見比べてみると、
y/∂x=(k/ω)(∂y/∂t) となっています。

つまり、v=ω/k であると考えると確かに上記の波動方程式を満たしています。
さらに、波の関係式においてω=vkでしたから波動方程式を満たす定数としての
v=ω/kは正弦波の進行の速さのvと同一の量である事を確認できます。

直交曲線座標系の成分にベクトルを変換する方法

物理学などでは、微分方程式を座標変換して考える時があります。
例えば極座標における運動方程式や波動方程式を考えてみるといった事です。

そのような場合で特にベクトルを含む微分方程式を考える時には、
x=rcosθ等の関係の代入だけでなくベクトルの基本ベクトルを変更する事まで行う事があります。
普通はベクトルを成分で表す時には(x座標,y座標,z座標)で考えるわけですが、
それを(r座標,θ座標,φ座標)で表す事を意味します。
例えば運動方程式であれば加速度ベクトルや力ベクトルをそのように扱うという事です。

以下、微分も使いながら具体的な変換の方法などを詳しく説明します。

■この記事に特に関連が深い数学的な事項は方向余弦に関する内容と、極座標および球面座標に関する内容です。その他、記事の後半では微分に関する基本公式のいくつかを使用しています。ベクトルと三角関数に関する基本的な事項も使います。

基本ベクトルの変更をする必要がある場合と無い場合

極座標変換等をする場合の微分方程式については、
基本ベクトルを変更する必要がある場合と無い場合があります。

まず、変更の必要が無い場合を見てみましょう。

例えば「等速円運動をしている物体には常に中心力が働いている」という事を
運動方程式を使って示そうとするような場合です。
この時には物体の座標に対して極座標変換を行ってから時間微分を2回行って、
普通に運動方程式に当てはめて力ベクトルを計算する事には何の問題もありません。
このような場合は、極座標変換を使っていても基本ベクトルの変更が必要ない場合です。

少しややこしいようですがそのような場合には、
x=rcos(ωt) のような極座標変換は確かに行ってはいるけれども、
ベクトルの座標成分としては直交座標によるものを考えている
」のです。
ですので極座標による値によって計算をするとしても、
その結果は「xyz直交座標系のx軸で測った値」を出しているわけです。

もう少し詳しく見ると、そのような場合には極座標変換を使用していますがベクトルとして考えている加速度ベクトルや力ベクトルは成分を「x成分」「y成分」「z成分」として考えています。図的にはx軸、y軸、z軸に平行なベクトルの合計として1つの加速度ベクトルや力ベクトルを構成します。

では、加速度や力のベクトルを直交座標ではない成分表示で「r成分」「θ成分」「φ成分」のように表して、図的にも「ある点での曲線の接線方向」を向いたベクトルの合計として1つの加速度ベクトルや力ベクトルを構成できるのか?
という事を考えると、結論を言うと「それは可能である」という事になるのです。

そのような場合の運動方程式は「力が質量と加速度に比例する」という関係は直交座標の時と同じですが、成分ごとに見るとある曲線の接線方向の加速度成分と力の成分を考える事になるわけです。

そのように考える時の具体的なベクトルの成分の変換方法を以下述べていきますが、
一般の曲線座標系への変換は話が複雑過ぎるので、物理学等で使われる事があって数学的にも比較的話が穏やかで済む直交曲線座標系への変換に限定して話を進めていきます。
(と言っても、それでも多少複雑になります。)

直交曲線座標とは、聞き慣れない事も多いかと思いますが
具体的には極座標や球面座標、円柱座標のようなものを指します。
これらの座標系では、座標軸に相当する「座標曲線」が任意の点で直交します。
通常のxyzの直交座標系も、直交曲線座標系の特別な場合であるという見方もできます。

他方で、物理の法則を数式で表す時に座標系ごとに形を変換しないといけないというのでは一般論として議論する時に不便であるという考え方があります。
その考え方のもとで、変分原理による計算で導出する「座標系に依存しない運動方程式等の形」というものも存在します。(ラグランジュ型の運動方程式などとも呼ばれます。)
力学の分野である「解析力学」では、そのような考察を計算によって行います。

基本ベクトルと成分の直交曲線座標系への変換方法

ベクトルを含む微分方程式を座標系ごとの形に変換する時に、まず第一に重要となるのがベクトルを構成する基本ベクトルに対する成分の変換方法です。ここではその具体的な方法について説明します。

直交座標上のベクトルは、
(1,0,0)と(0,1,0)と(0,0,1)という
3つの基本ベクトルの線形結合で表す事ができます。
それらをそれぞれ\(\overrightarrow{e_x}\),\(\overrightarrow{e_y}\),\(\overrightarrow{e_z}\) と表す事にすると
任意のベクトルは実数a,b,cを使って\(\overrightarrow{A}=a\overrightarrow{e_x}+b\overrightarrow{e_y}+c\overrightarrow{e_z}\)と書けます。
そして、ここで使った実数a,b,cはそれぞれベクトルの成分であるわけです。
(数学の理論上はこれらの成分は複素数を使っても可です。)

曲線座標でも実は同じような考え方ができて、直交座標からの変換を考える時は基本ベクトルは「向きが座標曲線の勾配ベクトルである単位ベクトル」であり、ここで言う勾配ベクトルはx,y,zで考えたものを指しています。
【■参考:ベクトル解析の概論の記事(勾配ベクトルの微分による定義など)】

より具体的には1つの座標曲線をxyz直交座標でu=F(x,y,z)で表せるとして grad u により表されますが、実際に直交曲線座標で考える時には「r方向」「θ方向」「φ方向」といった形で図形的に把握していればよい事も多いと言えます。そこで、曲線座標における基本ベクトル \(\overrightarrow{e_r}\),\(\overrightarrow{e_\theta}\),\(\overrightarrow{e_{φ}}\) は分かっているものとして次に成分のほうを考えます。

直交座標系曲線座標系
$$\large{\overrightarrow{A}=A_x\overrightarrow{e_x}+A_y\overrightarrow{e_y}+A_z\overrightarrow{e_z}}$$$$\large{\overrightarrow{A}=A_r\overrightarrow{e_r}+A_{\theta}\overrightarrow{e_\theta}+A_{φ}\overrightarrow{e_φ}}$$

ここで、曲線座標系が直交曲線座標であるならば
ベクトルの成分の変換は局所的には方向余弦を使った線形結合の形で表す事ができます。

方向余弦とはその名の通り三角関数の cosθの形で表される量ですが、ここでは角度の値はあまり重要でないのでCの文字と添え字を使って表す事にします。
直交曲線座標系の3つの各基本ベクトルからの、直交座標系のx軸、y軸、z軸への9つの方向余弦を次のようにここでは表記します。

ここでの方向余弦の
記号の表
x軸に対してy軸に対してz軸に対する
r曲線の基本ベクトル
\(\overrightarrow{e_r}\)から
CrxCryCrz
θ曲線の基本ベクトル
\(\overrightarrow{e_\theta}\)から
CθxCθyCθz
φ曲線の基本ベクトル
\(\overrightarrow{e_{φ}}\)から
CφxCφyCφz

これらの方向余弦を使う事で、各点における基本ベクトルと個々のベクトルの成分を直交曲線座標系のものに変換できます。

方向余弦を使ったベクトル成分の変換公式

上記の9つの方向余弦と、xyz直交座標系での成分を使う事で
直交曲線座標系でのベクトルの3つの成分は次のように表されます。 $$\large{A_r=C_{rx}A_x+C_{ry}A_y+C_{rz}A_z}$$ $$\large{A_{\theta} =C_{\theta x}A_x+C_{\theta y}A_y+C_{\theta z}A_z}$$ $$\large{A_φ=C_{φx}A_x+C_{φy}A_y+C_{φz}A_z}$$ この式は、元々は「原点を共有する2つの直交座標におけるベクトルの成分の変換公式」です。
ただし直交曲線座標では基本ベクトルとなる3つのベクトルが互いに直交するので、
各点での方向余弦を関数として表すという前提のもと、同じ変換公式を適用できます。

そこで次は、これらの方向余弦は具体的にどのような数式で表されるのかが問題になります。
それが分れば一般の変換公式を作れるわけです。

変換で使う「方向余弦」を微分により表す公式

方向余弦とは基本的には「余弦」なので「底辺/斜辺」の関係を使います。ただし基本ベクトルは座標曲線の接線ベクトルとして考えていますから方向余弦も微分偏微分で考える必要があります。また、直交曲線座標系の基本ベクトルからxyz直交座標系の軸への方向余弦の表し方は実は2つあって、どちらを使っても同じ結果を得ます。

直交曲線座標系におけるxyz軸への方向余弦の2つの表現方法

座標曲線をu,v,wとして、u=u(x,y,z)に対する
j軸(x,y,z軸のいずれか)の方向余弦は、 u の弧長をl(u)とした時に
次の2通りの表し方があります。
■勾配ベクトル(xyz直交座標系で表したもの)を使う方法
勾配ベクトルは grad u=(∂u/∂x,∂u/∂y,∂u/∂z)で表されるベクトルであり
(ナブラ記号を使うと grad u=∇u)、gradj uは勾配ベクトルのj成分で∂u/∂jの事です。
直交曲線座標系で成立する|gradu|=du/dlの関係式も使っています(証明と説明は後述)。lはu曲線の弧長で、「u増加する向き」にlが増える方向で考えます。(その時du/dl≧0) $$ C_{uj}=\frac{\mathrm{grad}_ju}{|\mathrm{grad}u|}=\frac{dl}{du}\frac{\partial u }{\partial j} $$ ■弧長を斜辺とする方法
(u曲線上では、他の座標曲線の変数は一定でdv/dl=0およびdw/dl=0) $$ C_{uj}=\frac{dj}{dl}=\frac{\partial j}{\partial u}\frac{du}{dl}+\frac{\partial j}{\partial v}\frac{dv}{dl}+\frac{\partial j}{\partial w}\frac{dw}{dl}$$ $$ =\frac{\partial j}{\partial u}\frac{du}{dl}$$ 弧長に対するuによる微分での導関数dl/duは次のように表されます。 $$\frac{dl}{du}=\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial u}\right)^2}$$ また、dl/duは1変数の導関数なのでdu/dlを次のように表せます。
逆関数の微分公式によります。) $$\frac{du}{dl}=\frac{1}{\Large{\frac{dl}{du}}}=\frac{1}{\large{\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial u}\right)^2}}}$$

極座標や球面座標への基本ベクトルおよび成分の変換を行う時には
具体的にはx=rcosθなどと表す事から∂x/∂θなどが計算しやすい場合が多くあります。その時には上記の「弧長を斜辺とする方法」を使ったほうが比較的分かりやすくなります。(この記事の後半でもそちらの形の公式を使用。)

dl/dθ や dθ/dlを表す事になる弧長の式については、次に見て行くように球面座標であればr,θ,φの3つ分計算しておく必要があります。平面の極座標であればrとθの2つ分です。

勾配を使った表す方は、直交曲線座標系で成立する |grad θ|=dθ/dlの関係を使ってさらに変形できます。ただし、
曲線の弧長を表す式の元の形

曲線の弧長については元々は定積分で次のように書く事ができて、
上記ではそれを微分した導関数を使用しています。$$l(u)=\int_0^u\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial u}\right)^2}dt$$ 微分は、ここでの変数で言うとuで行います。 この式は曲線を折れ線に近似して図的に見る事でも理解可能ですが、解析学的に証明もできる式です。

同じ方向余弦の表し方が2つ存在する事と、
|grad u|=du/dlの関係式についての証明と説明

勾配ベクトルについて一般的に成立するのは、スカラー場の値が一定値となっている「等位面」に対して必ず垂直であるというものです。(以下、等位面に含まれる曲線を「等位線」と呼んでおきます。)
極座標のθ曲線である「原点を中心とする同心円」の円周上では
半径が一定であり同心円は「rが一定値である等位線」を構成しています。
球面座標ではrが一定値の球面が等位面として存在します。
スカラー関数F(x,y,z)と弧長がlで表される曲線があるとして、曲線上の座標を成分とするベクトルを\(\overrightarrow{r}=(x(l),y(l),z(l))\)とします。
曲線上でdF/dlを計算すると次式になります。(合成関数に対する偏微分の公式を使用。)$$\frac{dF}{dl}=\frac{\partial F}{\partial x}\frac{dx}{dl}+\frac{\partial F}{\partial y}\frac{dy}{dl}+\frac{\partial F}{\partial z}\frac{dz}{dl}=(\mathrm{grad}F)\cdot\frac{d\overrightarrow{r}}{dl}$$ $$ここでもし\frac{dF}{dl}=0であるなら、(\mathrm{grad}F)\cdot\frac{d\overrightarrow{r}}{dl}=0$$ つまり「Fの値が変化しない曲線」=「Fの等位線」においては
「Fの勾配ベクトルは曲線の接線ベクトルに常に垂直」という事になります。
ところで、直交曲線座標においては1つの座標曲線上では他の変数の値が一定であり、r曲線とφ曲線上でθは一定値です。
また、θ曲線上の任意の点ではr曲線およびφ曲線との交点が存在します。
【より詳しく言えばこれらの曲線は「曲面」を構成しています。】
ところで直交曲線座標系であればr曲線およびφ曲線はθ曲線との交点で直交します。
これは具体的には任意の点での「曲線の接線ベクトル」同士が直交するという意味です。
先ほどの考察から、勾配ベクトル gradθ は
「θが一定値であるφ曲線およびθ曲線上の任意の点」での接線ベクトルに直交します。
よって、gradθ はu曲線上の任意の点において、その点でu曲線と交わるφ曲線およびθ曲線に直交しています。
そして、u曲線自体もφ曲線およびθ曲線に直交しているのでした。 という事はその点においてu曲線の接線ベクトルとgradθは平行なベクトルである事になり、それはすなわちgradθがその点におけるθ曲線の接するベクトルの1つである事を示しています。
先ほどのdF/dlの式においてFの代わりにθを考えると $$\frac{d\theta}{dl}=\frac{\partial \theta}{\partial x}\frac{dx}{dl}+\frac{\partial \theta}{\partial y}\frac{dy}{dl}+\frac{\partial \theta}{\partial z}\frac{dz}{dl}=(\mathrm{grad}\theta)\cdot\left(\frac{dx}{dl},\hspace{2pt}\frac{dy}{dl},\hspace{2pt}\frac{dz}{dl}\right)$$ と表せるわけですが
dx/dl等は、大きさがΔlであるベクトル(Δx,Δy,Δz)における
方向余弦 であるΔx/ΔlのΔl→0の極限値でもあります。
すると、方向余弦についての関係式により、
θ曲線の接線ベクトル(dx/dl,dy/dl.dz/dl)方向の
gradθの成分はdθ/dlである事になります。
よって、何らかの余弦cosω()を使って|gradθ|cosω=dθ/dlと表せる事になりますが、
θ曲線の接線ベクトルと gradθは同じ点でθ曲線に接するのでcosωの値は1か-1です。
上式でF=u(x,y,z)で表す場合【より正確にはこれは曲面を表します】には、弧長であるlは「u増加する向きにlが増えて行く方向」で考えます。
そのためdu/dl ≧0であるので、
cosω=1であり(-1ではなく、という意味)|gradθ|=dθ/dl
するとgradθとθ曲線の接線ベクトルは同じ向きのベクトルであるのでx軸,y軸,z軸への方向余弦は「直角三角形の底辺/斜辺」=「直交座標系でのベクトルの成分/ベクトルの大きさ」として同じ値を持ちます。
(向きは同じでも、ベクトルの大きさは異なります。|gradθ|=dθ/dlですがこれは接線ベクトルの大きさとは一般的に異なります。)
以上の事は直交曲線座標系の任意のu曲線で成立します。

補足として、ベクトルの「方向余弦」自体は余弦 cosθ であるので、軸に対する向きが同じであれば大きさはどのようなベクトルであっても底辺/斜辺の関係で方向余弦を表す事ができます。
つまり数学的には1つの方向余弦の表し方は無限にあるわけですが、ここでの一般的な変換に使えるような微分による方向余弦の表し方の方法としては上記の2通りがあるという事になります。

変換の具体例1(平面の極座標変換の場合)

ベクトルの基本ベクトルと成分に対して具体的に平面での極座標変換をしてみます。平面なので必要な方向余弦は4つで、それを表すために偏微分が4つと弧長の式が2つ必要になります。

まず、xとyに対するrとθの偏微分です。

極座標変換の時∂/∂r∂/∂θ
x=rcosθcosθ-rsinθ
y=rsinθsinθ rcosθ

次に弧長の計算です。∂x/∂rなどを計算してあるので、公式に代入します。
dr/dlなどを使う事になりますが、まずはdl/drの形で記しておきます。

$$\frac{dl}{dr}=\sqrt{(\cos\theta)^2+(\sin\theta)^2}=1$$

$$\frac{dl}{d\theta}=\sqrt{(-r\sin\theta)^2+(-\cos\theta)^2}=\sqrt{r^2}=r$$

このように意外と簡単な式になります。
さらに、θのほうの弧長の式で出てきたrは∂x/∂θの式にあるrと打ち消して方向余弦の値には含まれなくなります。(そのように計算が簡単になる事は一般的に保証されるわけではありませんが、球面座標の場合でも同じ事が起こります。)

方向余弦はCrx=(∂x/∂r)・(dr/dl)=cosθ のように計算します。
θについては例えばCθx=(∂x/∂θ)・(dr/dl)=(-rsinθ)・(1/r)=-sinθです。
先ほど述べたようにrは打ち消して式から無くなるわけです。

4つの方向余弦は具体的には次のような形になります。

  • Crx=(∂x/∂r)・(dr/dl)=cosθ
  • Cry=(∂x/∂r)・(dr/dl)=sinθ
  • Cθx=(∂x/∂r)・(dr/dl)=-sinθ
  • Cθy=(∂x/∂r)・(dr/dl)=cosθ

よってrθ極座標系での基本ベクトルでの\(\overrightarrow{A}\)の成分は
=CrxA+Cry=Acosθ-Asinθ
θ=CθxA+Cθy=Asinθ+Acosθ であり、

\(\overrightarrow{A}\)=(Acosθ-AsinθAθ ,Asinθ+Acosθ)となります。

ところでこれらについて運動方程式等に適用するために微分を考える場合などはどうなるのか?という事については後述します。時間微分に関しては得られた変換の結果の式をそのままtで微分すればよいのですが、元の座標系の値であるAに関する処理が必要となります。

極座標による基本ベクトルと成分の変換公式

xy直交座標系からrθ極座標系に基本ベクトルと成分を変換する式は次のようになります。 $$A_r=\hspace{7pt}A_x\cos\theta+A_y\sin\theta$$ $$A_{\theta}=-A_x\sin\theta+A_y\cos\theta$$ 平面極座標への変換の場合には、直交座標を原点回りに回転させる形で
各点での局所的な変換を行うものとして図から導出する事もできます。

変換の具体例2(球面座標変換の場合)

次に球面座標の場合を見てみます。角度のとりかたはθとφの2箇所がありますが、ここでは平面極座標との関連を見やすくするためにθをxy平面での角度にとり、Φをr曲線(と言っても直線ですが)とz軸のなす角にとって考えます。

9つの偏微分と3つの弧長をまとめると次の通りです。

球面座標変換の時∂/∂r∂/∂θ∂/∂φ
x=rsinφcosθsinφcosθ-rsinφsinθrcosφcosθ
y=rsinφsinθsinφsinθrsinφcosθrcosφsinθ
z=rcosφcosφ-rsinφ
弧長逆数(dr/dlなど)
dl/dr
dl/dθrsinφ1/(rsinφ)
dl/dΦ1/r

弧長の式に関する具体的な計算は次のようになります。 $$\frac{dl}{dr}=\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial r}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial r}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial r}\right)^2}=\sqrt{(\sin φ\cos\theta)^2+(\sinφ\sin\theta)^2+(\cos φ)^2}$$ $$=\sqrt{\sin^2φ(\cos^2\theta+\sin^2\theta)+\cos^2φ}=\sqrt{\sin^2φ+\cos^2φ}=1\hspace{60pt}$$ $$\frac{dl}{d\theta}=\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial \theta}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial \theta}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial \theta}\right)^2} =\sqrt{(r\sin φ\sin\theta)^2+(r\sinφ\cos\theta)^2+0^2}\hspace{15pt}$$ $$=\sqrt{r^2\sin^2φ(\sin^2\theta+\cos^2\theta)}=\sqrt{r^2\sin^2φ}=r\sin φ\hspace{105pt}$$ $$\frac{dl}{dφ}=\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial φ}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial φ}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial φ}\right)^2}\hspace{200pt}$$ $$ =\sqrt{(r\cos φ\cos\theta)^2+(r\cosφ\sin\theta)^2+(r\sin φ)^2}\hspace{115pt}$$ $$=\sqrt{r^2\cos^2φ(\cos^2\theta+\sin^2\theta)+r^2\sin^2 φ}=\sqrt{r^2(\cos^2φ+\sin^2φ)}=\sqrt{r^2}=r\hspace{0pt}$$ dl/dθの計算では、角度φは正弦sinφが0以上の値をとる範囲で考えるとします。それは0≦φ≦πの範囲になりますが、図的に見てもその範囲だけで考えても十分である事になります。それは球面座標においてはθの変化もあるからです。

以下、上記の結果と公式を適用して計算をしていく事で
基本ベクトルを直交座標から球面座標に変換した時のベクトルの変換の公式を得ます。

$$
方向余弦の式\hspace{5pt}C_{uj}=\frac{\partial j}{\partial u}\frac{du}{dl}\hspace{5pt}【u=r,\theta,φ\hspace{3pt}j=x,y,z】$$ $$(具体例)C_{\theta y}=\frac{\partial y}{\partial \theta}\frac{d\theta}{dl}=(r\sinφ\cos\theta)\cdot\frac{1}{r\sinφ}=r\cos\theta$$

方向余弦x軸y軸z軸
r 曲線Crx=sinφcosθCry=sinφsinθCrz=cosφ
θ 曲線Cθx=-sinθCθy=cosθCθz=0
φ 曲線Cφx=cosφcosθCφy=cosφsinθCφz=-sinφ
球面座標による基本ベクトルと成分の変換公式
r 成分 ACrxAx+CryAy+CrzAz= Axsinφcosθ+Aysinφsinθ+Azcosφ
θ 成分 AθCθxAx+CθyAy+CθzAz=-Axsinθ+Aycosθ
φ 成分 AφCφxAx+CφyAy+CφzAz= Axcosφcosθ+Aycosφsinθ-Azsinφ
θはxy平面での角度、φはz軸とr曲線のなす角です。

φ=π/2の時、すなわちr曲線が常にxy平面にある時には
sinφ=1および cosφ=0を代入し、
さらにもとの直交座標でz成分A=0とすれば平面極座標の時の変換公式になります。
(θ成分への変換式はφもAも含んでおらず、実は極座標の時と同じ式です。)

これらの式は
「xy平面での角度をΦとしてz軸とr曲線のなす角をθとした場合」には、
θとφを入れ換える事になります。

「xy平面での角度をΦ、z軸とr曲線のなす角をθとした場合」の変換公式
r 成分 A CrxAx+CryAy+CrzAz = Axsinθcosφ +Aysinθsinφ +Azcosθ
φ 成分 Aφ CφxAx+CφyAy+CφzAz =-Axsinφ+Aycosφ
θ 成分  AθCθxAx+CθyAy+CθzAz = Axcosθcosφ+Aycosθsinφ-Azsinθ

これらの式は単なるθとφの文字の置き換えをしただけであり、
何か新しい変換を行ったという事ではありません。

球面座標の特別な場合として平面の極座標を考える時に、運動方程式におけるような場合では
図のφ=π/2と合わせて「ベクトルのφ成分の時間微分が0である」という条件も考えると一般論としての球面座標から移行を考える事ができます。

運動方程式の球面座標系での成分表示の導出

各成分に対する時間微分を考える時には、直交座標での「ベクトルの時間微分」を1つのベクトルと考えて上記の変換公式を適用します。考え方は、1階の微分でも2階の微分でも同じになります。

  1. 直交座標の成分に対する時間微分dA/dtなどを計算します。
    (2階微分をする時はd/dtを計算します。)
    ただし、計算結果は変換後の変数であるrやθで表す必要があります。
  2. ベクトルの時間微分(d/dt)\(\overrightarrow{A}\) は1つのベクトルであるので、変換の公式を適用して基本ベクトルの変換を行います。
  3. 変換の式に含まれる「直交座標で考えた時の成分」に、直交座標で考えた時間微分dA/dtなどを代入します。

一番簡単な例(と言っても多少複雑ですが)で、
尚且つ重要なベクトルは物体の位置を表す\(\overrightarrow{r}\)=(x,y,z)です。
何の断り書きもなければ直交座標の成分で表されています。

次に、\(\overrightarrow{r}\)=(x,y,z)に対する
1階の時間微分を表す速度ベクトル\({\overrightarrow{v}=\Large\frac{d\overrightarrow{r}}{dt}}\)=(v,v,v)と、
2階の時間微分である加速度ベクトル\(\overrightarrow{a}=\Large{\frac{d^2\overrightarrow{r}}{dt^2}}\)=(a,a,a)について
基本ベクトルを球面座標系に変化した場合の成分はどうなるかを見てみます。
(その特別な場合として平面極座標への変換も分かります。)

=dx/dt,v=dy/dt,v=dz/dtおよび
a=dx/dt,a=dy/dt,a=dz/dt
r,θ,φの時間微分については2階微分のほうの式が少し複雑なので「ドット」で表すのがここでは便利です。ドットが2つ付いていたら2階での時間微分を意味します。
dr/dt=\(\dot{r}\)dθ/dt=\(\dot{\theta}\)dφ/dt=\(\dot{\varphi}\)
r/dt=\(\ddot{r}\)θ/dt=\(\ddot{\theta}\)φ/dt=\(\ddot{\varphi}\)
の表記で式を整理します。

xとyについては積の微分公式を2回使う形で計算をします。
また、θやφをtの関数として考えているので
合成関数の微分公式も同時に使っていく事になります。
例えば sinθやcosφなどの項の時間微分は
(d/dt)sinθ=(dθ/dt)cosθ=\(\dot{\theta}\cos\theta\)
(d/dt)cosφ=-(dφ/dt)sinφ=\(-\dot{\varphi}\sin\varphi\) のようになります。

等速円運動の時のようにx=Rcos(ωt)などとする例ではr=Rは定数であり、θ=ωtの時間微分だけを考えれば良い事になります。(また、平面運動なのでφは式に含まれません。)
しかしここではr,θ,φがいずれもtの関数であるとして一般的な式の形を書きます。

\(\overrightarrow{r}\)=(x,y,z)d/dt
x=rsinφcosθ\(\dot{r}\sin\varphi\cos\theta+\dot{\varphi}r\cos\varphi\cos\theta-\dot{\theta}r\sin\varphi\sin\theta\)
y=rsinφsinθ\(\dot{r}\sin\varphi\sin\theta+\dot{\varphi}r\cos\varphi\sin\theta+\dot{\theta}r\sin\varphi\cos\theta\)
z=rcosφ\(\dot{r}\cos\varphi-\dot{\varphi}r\sin\varphi\)

次に、理論的には1階微分をさらに時間微分する形で2階微分を計算して変換の公式に当てはめれば良い事になりますが、その直接計算は実はかなり面倒です。

具体的な計算式は補足・参考用の資料として記事の最後に載せるとして、計算結果の式は次のようになります。

基本ベクトルを球面座標系に変更した時の加速度ベクトル

2階の時間微分を計算後、
加速度ベクトルに変更の公式を適用するとr,θ,φ成分は次のようになります。 $$a_r=\ddot{r}-\dot{\varphi}^2r-\dot{\theta}^2r\sin^2\varphi$$ $$a_{\theta}=2\dot{r}\dot{\theta}\sin\varphi+2r\dot{\varphi}\dot{\theta}\cos\varphi+r\ddot{\theta}\sin\varphi$$ $$a_{\varphi}=2\dot{r}\dot{\varphi}+r\ddot{\varphi}-r\dot{\theta}^2\sin\varphi\cos\varphi$$ また、θ成分に関しては次のようにも書けます。 $$a_{\theta}=\frac{1}{r\sin\varphi}\frac{d}{dt}\left(r^2\dot{\theta}\sin^2\varphi\right)$$ ここではxy平面の角度をθとしているので、
もしその角度をφとおくなら上式はθとφの文字を入れ替えた形になります。

上式でφ=π/2とおき、時間によるφの変化はないなら平面の極座標での変換を表します。
φ成分がなくなり、r成分とθ成分の式中でsinφ=1となるので式は比較的簡単になります。

平面の極座標の場合

球面座標系への加速度ベクトルの変換の式においてφ=π/2かつdφ/dt=0であれば
平面における極座標での加速度ベクトルの変換の式になります。 $$a_r=\ddot{r}-\dot{\theta}^2r$$ $$a_{\theta}=2\dot{r}\dot{\theta}+r\ddot{\theta}=\frac{1}{r}\frac{d}{dt}\left(r^2\dot{\theta}\right)$$ ここではxy平面の角度をθとしているので、
もしその角度をφとおくなら上式はθとφの文字を入れ替えた形になります。

これらの結果から、球面座標系での運動方程式を作る事ができます。

運動方程式は「力ベクトル=加速度ベクトルと質量の積」という形です。そこで、成分に分けた時に加速度ベクトルの成分として上記の式を使えばよいわけです。それらの成分とはx成分やy成分ではなく、r成分やθ成分であるわけです。

球面座標系における運動方程式の成分表示

球面座標系で運動方程式はr成分、θ成分、φ成分ごとに次のように表されます。 加速度ベクトルに変更の公式を適用するとr,θ,φ成分は次のようになります。 $$F_r=m\left(\ddot{r}-\dot{\varphi}^2r-\dot{\theta}^2r\sin^2\varphi\right)\hspace{5pt}(=ma_r)$$ $$F_{\theta}=m\left(2\dot{r}\dot{\theta}\sin\varphi+2r\dot{\varphi}\dot{\theta}\cos\varphi+r\ddot{\theta}\sin\varphi\right)\hspace{5pt}(=ma_\theta)$$ $$F_{\varphi}=m\left(a_{\varphi}=2\dot{r}\dot{\varphi}+r\ddot{\varphi}-r\dot{\theta}^2\sin\varphi\cos\varphi\right)\hspace{5pt}(=ma_\theta)$$ 平面の極座標においては次のようになります。 $$F_r=m\left(\ddot{r}-\dot{\theta}^2r\right)$$ $$F_{\theta}=m\left(2\dot{r}\dot{\theta}+r\ddot{\theta}\right)=\frac{m}{r}\frac{d}{dt}\left(r^2\dot{\theta}\right)$$ このように運動方程式を書く時には、
力ベクトルの成分も加速度ベクトル同様にr成分、θ成分、φ成分として表されます。
「力」は任意の方向にベクトルと同じ規則で分解できるので(実験で示されます)、
自由な方向での成分を考える事ができます。

これを見ると、一応そのように表せるといっても結構複雑です。直交曲線座標の中では比較的構造が単純で分かりやすい球面座標系であっても、加速度ベクトルや運動方程式をその座標系で考えるとなると直交座標系からの基本ベクトルと成分の変換はそれほど容易でない事が分かります。

平面上の極座標で見れば比較的形は簡単にはなりますが、直交座標での形と比べるとやはり複雑さは増しています。運動方程式の極座標系での成分表示は、回転を伴う運動の一部の解析では有効に機能します(例えば万有引力だけが働く物体の軌道を調べる時など)。

参考:球面座標に変換後の加速度ベクトルの成分計算

参考資料として、非常に地味ですが
速度ベクトルの加速度ベクトルの各成分を直接計算した場合の式を記します。

ここでの計算では、積の微分の規則から式全体は \(\ddot{r}\)の項や\(\dot{r}\dot{\theta}\)の項に分けて、変換の公式を適用までした値を1つずつ計算して最後に合計値を出します。それら自体は単なる微分と三角関数の計算問題なので、「確かに結果の式が直接計算でも得られる」という事を見るための参考用資料です。

(再掲)球面座標における基本ベクトルと成分の変換
r 成分 ACrxAx+CryAy+CrzAz= Axsinφcosθ+Aysinφsinθ+Azcosφ
θ 成分 AθCθxAx+CθyAy+CθzAz=-Axsinθ+Aycosθ
φ 成分 AφCφxAx+CφyAy+CφzAz= Axcosφcosθ+Aycosφsinθ-Azsinφ
θはxy平面での角度、φはz軸とr曲線のなす角
\(\overrightarrow{r}\)=(x,y,z)d/dt(1階微分)
x=rsinφcosθ\(\dot{r}\sin\varphi\cos\theta+\dot{\varphi}r\cos\varphi\cos\theta-\dot{\theta}r\sin\varphi\sin\theta\)
y=rsinφsinθ\(\dot{r}\sin\varphi\sin\theta+\dot{\varphi}r\cos\varphi\sin\theta+\dot{\theta}r\sin\varphi\cos\theta\)
z=rcosφ\(\dot{r}\cos\varphi-\dot{\varphi}r\sin\varphi\)

具体的なr,θ,φ成分の計算

tによる2階導関数(2階微分)はr,θ,φ成分のいずれにも共通して使えます。
異なるのは変換公式における方向余弦になります。
この表は、例えば式中の\(\ddot{r}\)の項の係数は
2階微分を行った時点の変換前でxにおいては\(\ddot{r}\)sinφcosθであり、
r成分への変換用の方向余弦sinφcosθを乗じるとsinφcosθとなっている事を記しています。
yとzについても同様に計算し、例として\(\ddot{r}\)の項については合計すると係数の値は1になります。

sinθ+cosθ=1の関係などで三角関数の大部分は式から消えて、
プラスマイナスで打ち消して無くなる項も多くあるために
最終的な結果で残る項は比較的少なくなります。

\(\ddot{r}\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来sinφcosθsinφcosθ-sinφsinθcosθsinφcosφcosθ
y由来sinφsinθsinφsinθsinφsinθcosθsinφcosφsinθ
z由来cosφcosφ-sinφcosφ
合計・・・
\(\dot{r}\dot{\theta}\)係数r成分θ成分φ成分
x由来-2sinφsinθ-2sinφsinθcosθ-2sinφsinθ-2sinφcosφ
sinθcosθ
y由来2sinφcosθ2sinφsinθcosθ2sinφcosθ2sinφcosφ
sinθcosθ
z由来なしなしなしなし
合計・・・2sinφ
\(\dot{r}\dot{\varphi}\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来2cosφcosθ2cosφsinφcosθ-2cosφcosθsinθ2cosφcosθ
y由来2cosφsinθ2cosφsinφsinθ2cosφcosθsinθ2cosφsinθ
z由来-2sinφ-2cosφsinφ2sinφ
合計・・・
\(\ddot{\varphi}\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来rcosφcosθrsinφcosφcosθ-rcosφcosθsinθrcosφcosθ
y由来rcosφsinθrsinφcosφsinθrcosφcosθsinθrcosφsinθ
z由来-rsinφ-rsinφcosφrsinφ
合計・・・
\(\dot{\varphi}^2\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来-rsinφcosθ-rsinφcosθrsinφcosθsinθ-rcosφsinφcosθ
y由来-rsinφsinθ-sinφsinθ-rsinφcosθsinθ-rcosφsinφsinθ
z由来rcosφ-rcosφrcosφsinφ
合計・・・-r
\(\ddot{\theta}\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来-rsinφsinθ-rsinφcosθsinφrsinφsinθ-rcosφsinφ
cosθsinθ
y由来rsinφcosθrsinφcosθsinφrsinφcosθrcosφsinφ
cosθsinθ
z由来なしなしなしなし
合計・・・rsinφ
\(\dot{\theta}^2\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来-rsinφcosθ-rsinφcosθrsinφcosθsinθ-rcosφsinφ
cosθ
y由来-rsinφsinθ-rsinφsinθ-rsinφcosθsinθ-rcosφsinφ
sinθ
z由来なしなしなしなし
合計・・・-rsinφ-rcosφsinφ
\(\dot{\theta}\dot{\varphi}\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来-2rcosφsinθ-2cosφsinφcosθsinθ2rcosφsinθ-2rcosφ
cosθsinθ
y由来2rcosφcosθ2cosφsinφosθsinθ2rcosφcosθ2rcosφ
cosθsinθ
z由来なしなしなしなし
合計・・・2rcosφ

成分ごとに合計すると、加速度ベクトルの変換後の各成分は
\(a_r=\dot{r}-\dot{\varphi}^2r-\ddot{\theta}^2r\sin^2\varphi\)
\(a_{\theta}=2\dot{r}\dot{\theta}\sin\varphi+2\dot{\theta}\dot{\varphi}r\cos\varphi+\ddot{\theta}r\sin\varphi\)
\(a_{\varphi}=2\dot{r}\dot{\varphi}+\ddot{\varphi}r-\dot{\theta}^2r\cos\varphi\)
になります。

他の計算の仕方としては、変換の公式を先に使って例えばv=vxsinφcosθ+vysinφsinθ+vzcosφの形で表して、その式の時間微分をするという方法もあります。その場合でも計算式は多少長くなります。

ベクトル場に対する接線線積分の定義

接線線積分は曲線を積分経路とする積分で、
ベクトル場(座標成分を変数とするベクトル関数)に対して定義されます。

☆接線線積分の事を、ベクトル場に対する「線積分」と呼ぶ事もあります。 これに対して、スカラー場(座標変数を変数とするスカラー関数)に対する「線積分」の定義も別途に存在します。
その場合には積分の仕方および積分の方向に対する定義の仕方が、ベクトルに対する接線線積分とは少し異なります。

「ベクトル場に対する接線線積分」と「スカラー場に対する線積分」のいずれも、積分経路を平面または空間内の曲線とする定積分という事は共通します。また、後述しますように、両者は座標成分による内積計算によって関連し合っています。

☆サイト内リンク:参考・より初歩的な内容

接線線積分の英名は、 curvilinear integral と表記される事が多いです。
(「線積分」は line integral 。ただし英名表記でもこの語が接線線積分を指す事もあります。)

ベクトル場に対する接線線積分は、曲線が開曲線である場合と、閉曲線である場合とで、基本的な考え方は同じですが表記方法や積分方向に関する定義が微妙に異なります。

開曲線(open curve)と閉曲線(closed curve)とで、接線線積分の積分の方向に関して定義が微妙に変わります。基本的・本質的な考え方自体は両者で同じです。

開曲線に対する接線線積分
【定義・考え方・表記方法】

まず、積分経路が閉じていない曲線(開曲線)の場合を考えます。
開曲線とは、図形的には単純に両端がどこにも結び付けられていない曲線の事で、例えば2次関数のグラフのような曲線です。(曲線と言いますが直線も含みます。)

そこで、ベクトル場を\(\overrightarrow{F}\)として、
ある曲線の点Pから点Qまでの接線線積分を考えるとします。
また、各点での接線ベクトル\(d\overrightarrow{l}\)を考えます。
接線ベクトルの大きさは、曲線上の微小な弧状の区間の長さであるとします。
(※各点での接線ベクトル自体は互いに逆向きの2方向がありますが、
PからQに向かう方向を考えます。)

経路における孤状の各区間についてベクトル場と接線ベクトルとの内積を考え、その総和を考えます。経路の分割を増やしていった時の極限値が接線線積分です。

接線線積分の定義と表記法

曲線上の各点でのベクトル場と接線ベクトルの内積とその合計を考え、
経路の分割を増やした極限値を曲線に沿った点PからQまでの
ベクトル場\(\overrightarrow{F}\)の接線線積分と呼びます。 $$曲線上のPからQまでの接線線積分$$ $$\int_{PQ}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}$$

あるいは、PやQは点(位置としてのベクトルと考えても同じ)という事をことわったうえで、通常の積分のように積分記号の上下に積分範囲の端点を分けて記す場合もあります。
また、曲線の範囲を指定して名前をつけて(例えばL)、
それを積分経路の範囲として記す事もあります。 $$P,Qを点として\int_P^Q\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}と書く場合もあります。$$ $$端点をベクトルとした場合:\int_{\overrightarrow{P}}^\overrightarrow{Q}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}$$ $$L を曲線上の特定の部分として\int_L\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}と書く場合もあります。$$

接線ベクトルに使う文字自体は何でもよく、
l(エル)ではなくr,s,t等を使う事もあります。

また、接線単位ベクトル(大きさが1の接線ベクトル。\(\overrightarrow{l}\)とします。)と
微小な弧長(\(ds\)とします)を分けて、次のように書く事もあります。 $$接線線積分の別表記:\int_{PQ}\overrightarrow{F}\cdot \overrightarrow{l}ds$$

ここで、各微小区間の弧において考えている内積は通常のベクトルに対して考えるものと同じであり、それぞれのベクトルの大きさと、なす角の余弦との積を考えます。

曲線上に沿ったベクトル場の接線線積分は、微小区間での内積を考えて合計した定積分です。

尚、曲線上の各点を結んだ折れ線が、点の数を無限に増やした時に極限値を持つ事は三角不等式を使って確かめる事ができます。基本的には円周率の値を極限値として図形的に計算するやり方と考え方は同じです。

通常はそのままの形では接線線積分の具体的な値は計算できない事が多いので、余弦の値が確定するようなモデルを考えるか、積分を変形して計算できる形にして考える場合があります。

開曲線に対する接線線積分の基本となる考え方をまとめると次のようになります。

  • 積分経路となる曲線の端点を決める(例えば点Pと点Q)
  • 積分の方向を決める(例えばP→Q,あるいはQ→P)
  • 曲線上の接線ベクトルは、積分の方向を向くと約束する
    【曲線上のある点での接線は、
    ある1つの方向とその逆向きの2方向があり得る → 片方に定める。】
  • 曲線を、微小な区間で構成される折れ線であると考える
  • 各区間で、ベクトル場と「微小区間の長さを大きさとする接線ベクトル」との内積を考え、積分経路全体での合計を接線線積分と定義

後述しますように、接線線積分の内積の部分を座標成分によって計算して、全体としてはスカラー関数の線積分として計算を進める方法もあります。

閉曲線に対する接線線積分

曲線が閉曲線(例えば円や楕円など)の場合にも、基本的な積分の方法は開曲線の場合と同じです。
ただし、積分方向に関する約束が開曲線の場合と異なるのです。

接線線積分の積分経路が閉曲線全体の場合、積分の「方向」が問題になります。

問題となるのは閉曲線に対して1周回転する形で接線線積分を行う場合であり、2通り存在する向きを1通りに確定させるための定義の仕方が存在します。

閉曲線全体が積分区間の場合には、ある点Pから積分を始めて同じ点Pに戻ってくる時に向きが2通りあり得ます。そのため閉曲線上の接線線積分を考える時には、積分の方向を約束して1通りに確定させておく必要があるわけです。

☆なお、閉曲線上であっても積分区間が閉曲線全体ではなく部分的な弧である場合には積分区間を開曲線とみなせばよいので、向きに関する約束は必要なく2点PとQに対してP→QなのかQ→Pなのかを決めておけば良い事になります。

周回積分と組み合わせた表記法

積分区間となる曲線が閉曲線(長方形や多角形も含みます)の全経路である場合、周回積分の記号と組み合わせて次のように接線線積分を書く表記法があります。

閉曲線に対する接線線積分の表記

閉曲線をCとして、1周まわる形でC全体を経路として接線線積分を行う場合は、
次の表記をする事があります。 $$\oint_{C}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}あるいは\oint_{C}\overrightarrow{F}\cdot \overrightarrow{l}ds$$

閉曲線上を積分する向きは、次のように約束します。

  • 平面上の場合:接線線積分の向きは、反時計回りと約束。
  • 空間内の場合:接線線積分の向きは、
    「閉曲線で構成される面の法線ベクトルのプラス方向側(どちらがその方向か決めておく)から閉曲線を見た時に、『閉曲線の内側が左に来る向き』」と約束。

閉曲線を表す記号としてCを使う事が多いですが、これは英名 closed curve 等の頭文字を意味する事が多いと思われます。

周回積分である事を表す記号は省略される事もありますが、その場合でも閉曲線全体の接線線積分を考えているのであれば、積分の方向に関する約束は同様に適用されます。

接線積分の方向の約束①:平面上の閉曲線の場合

平面上だけで周回積分として接線線積分を考える時には、
積分する向きは反時計回りとして約束します。
この場合の「平面上」とは、
例えば、数学上のxy平面を考えて、そこでの閉曲線を考える場合などです。

$$周回積分の記号を省略して\int_{C}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}と書いても向きに関する約束は同じ$$

平面上で閉曲線全体を積分する場合には、積分の向きは反時計回りとして約束し、ベクトル場と接線ベクトルとの内積を考えます。

平面上で閉曲線を考える場合のこの考え方は、図形が描かれている画面を見ている構図で考えると、空間内の場合での約束の仕方を理解する時に便利です。

接線積分の方向の約束②:空間内の閉曲線の場合

空間内での閉曲線を考える場合、閉曲線で構成される面の表側から見るか裏側から見るかによって、時計回りか反時計回りなのかが逆になってしまいます。

そのため、その場合にはまず、閉曲線で構成される面の「表側」(法線面積分において法線ベクトルがプラスになる側の面)を決めておきます。

そして、
「曲面の表側から曲面を見て、曲線上をたどった時に『閉曲線の内側が左側になる』向き」
を、接線線積分の積分方向であると約束します。

その方向を閉曲線Cの「正方向」とも言います。

この考え方のもとで、平面だけで考える場合の閉曲線上の積分方向は、
「図が描かれた画面を面の表側であると考えた場合」であると言う事もできます。

接線線積分の積分方向を考えるうえでの曲面は、閉曲面を考えずに開いた形の曲面を必ず考えます。

「右ねじ」の考え方

上記の、閉曲線に対する接線線積分の積分方向の約束は、より直感的な理解の方法もあります。

それは工具の「ねじまわし(ドライバー)」を使った考え方です。

まず、曲面の表面から出るベクトル(例えば法線ベクトル)の矢印の先を「一般的なねじまわしの先端」と考えます。そして、「『ねじを締める方向』が接線線積分の積分する向き」であると捉えると、これは前述の定義の仕方と一致するのです。

ねじ回しを上に向けて締める場合に上から見ると反時計回りで、
逆にねじ回しを下に向けて締める場合に上から見ると時計回りであり、
空間内の任意の閉曲線に対してこの考え方は適用できます。
これは一種の例えによる表現ですが、物理学で多く使われます。「右ねじの方向」「右ねじをまわす方向」など、いくつか呼び方があります。

一般的なネジは、ネジまわしを時計回りに回す事で締まるように作られています。
その事を、回転の向きを表すものとして比ゆ的ですが数学や物理学でも使用する場合があります。

接線線積分の座標成分による内積計算
【スカラー場に対する線積分との関係】

さて、接線線積分の表記の中における内積で表されている部分については座標成分によって表す事もできます。これは、法線面積分における考え方と似ています。
この時に、ベクトル場の個々の座標成分はスカラー関数ですから、そのように表記した時には接線線積分は、「x,y,zを変数とするスカラー関数に対する線積分」に変化します。

まず、接線ベクトルを座標成分で次のように書きます。

$$d\overrightarrow{l}=(dx,dy,dz)$$

そこで、ベクトル場に対する内積の計算をすると次のようになります。

$$\large{A_1=A_1(x,y,z),\hspace{5pt}A_2=A_2(x,y,z),\hspace{5pt}A_3=A_3(x,y,z)\hspace{5pt}}のもとで$$

$$\overrightarrow{A}=\large{(A_1,A_2,A_3)}\hspace{5pt}である時、$$

$$\large{\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{dl}=A_1dx+A_2dy+A_3dz}$$

さてしかし、じつはこのように表記した時には積分をする時に、
どういった積分変数で積分を行うのかといった問題が起こる事があります。
この段階ではベクトル場の成分はx,y,zに関する多変数関数であるという前提があります。
そのため、それらをそのままの形で、例えばx単独で積分してしまうと問題が発生するのです。

また、この内積の計算は、曲線上の各点における接線ベクトルごとに行っています。
従って、積分変数を単独のx,y,zとしようとする時に、もともとの積分経路が閉曲線である場合や、開曲線であっても例えば曲がりくねって1つのx座標に対して対応するy座標が2つ以上ある場合には、全体の積分経路を個々の積分変数ごとに1つの積分区間で表せないという問題もあります。

この段階では、ベクトル場のx成分、y成分、z成分はそれぞれ、
x,y,zに関する多変数のスカラー関数として考えています。
従って、これらをx,y,zで積分しようとする時には注意が必要になります。

そこで、次のように考えます。
曲線という積分経路が指定されている場合には適切に経路を区切る事によって、その区切られた経路の範囲においては1つの変数の値を定めると1つの曲線上の点が定まる事を利用します。
その区切られた経路ごとにA,A2,Aのそれぞれを、
xのみ、yのみ、zのみの関数として表します。

$$適切に区切った経路ごとに次の形で表現:\large{A_1=A_x(x),\hspace{5pt}A_2=A_y(y),\hspace{5pt}A_3=A_z(z)\hspace{5pt}}$$

※特に空間においての場合は、曲線上の特定の経路間という条件のもとで、スカラー場の関数を1変数のみで表す事ができます。

これによって、経路の区切り方に注意したうえで接線線積分をx,y,zそれぞれの1変数関数の積分の合計として表す事が可能になります。もちろん、具体的な値を1変数の定積分の合計値として計算するには、具体的な関数の形が明らかである事が必要です。

例として、平面上で接線線積分の積分経路が原点を中心とした半径1の円である場合に、内積を計算してから積分する事を考えてみましょう。

この例では、積分経路を区切って分割したうえで、2つの経路のそれぞれについて、
ベクトル場のx成分を「xのみの変数で表した関数」として考えて積分を行っています。
この場合、y成分について同様の事を考える場合には、別の区切り方が必要になります。

この時に、x方向の通常の定積分をしようとすると [-1,1] という1つの積分区間だけでは、元々の全体の積分経路である円周の半分についてしか内積のx成分についての項の合計を表せません。
そこで、xに関する定積分を2つに分けます。
まず点(1,0)から始めて(※)、
「x=1からx=-1に向かう」積分区間について、xを積分変数とする定積分をします。
この区間は、ここで考えている円の上半分に該当します。

※どこの点から積分を行っても、最終的に積分経路の全体に渡って積分を行っているなら同じ結果を得ます。

$$式で書くと\large{\int_1^{-1}A_xdx}を計算します。$$

そして次に、今度は(-1,0)から始めて(1,0)に戻る積分区間 [-1,1] の積分をします。この区間は、ここで考えている円の下半分に該当します。
同じ経路をたどって戻るのではなく、別の経路をたどって戻っています。

$$式で書くと\large{\int_{-1}^1A^{\prime}_xdx}を計算します。$$

ここで、元々の接線線積分の積分対象となっているベクトル場は円の上半分と下半分の経路上で一般的には異なるベクトルになっていますから、
その座標成分も一般的に異なるスカラー関数で構成されているわけです。
そのために、上記の積分の中ではAx とA’ xという形で、異なるスカラー関数である事を強調して書いています。(ここでは後者は微分という意味ではありません。)
xに関して「1→+1」の積分区間と「-1→+1」の積分区間の積分は、xに関して陽に表される関数(y=f(x)の形で表される関数。陽関数とも言います)としては異なるものに対する積分です。

ここでの例では具体的には、
\(\large{A_x}=\sqrt{1-x^2}\)
\(\large{A^{\prime}_x}=-\sqrt{1-x^2}\) として表せます。

y成分についても同じように考えます。

このように、接線線積分を内積計算によって「スカラー場に対する線積分」の計算にする時には、場合によっては積分する範囲等について注意が必要となります。ただしその事は、スカラー場に対する線積分の定義に組み込まれているものになります。

積分する範囲ごとの関数の形の混同を避けるために、スカラー場に対する線積分においても、接線線積分における積分経路をPQのように端点で表す表記方法もあります。

例えば上記の例の円において、(1,0)を点Aとして、(-1,0)を点Bとしたときに、ベクトル場の成分であるスカラー関数は共通のAおよびAyで表して、線積分を次のように書く事もできます。

$$\large{\oint_{C}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_{AB}A_xdx+\int_{BA}A_xdx+\int_{AB}A_ydy+\int_{BA}A_ydy}$$

この場合には、平面上の閉曲線(ここでは円)を反時計回りに回る約束で積分をする時に
A→BとB→Aの経路は異なる曲線(異なる2つの開曲線)と考えられるので、
「同一の1変数関数を同じ積分区間で行って戻って積分して合計は0 ??」・・・といった事には、一般的にはならない事を表現できるわけです。

接線線積分に関する定理とその応用

応用例として、ベクトル場に対する接線線積分は物理学の力学や電磁気学で使われます。特に、数学上成立する定理で応用でも重要なものとして、ストークスの定理と呼ばれる関係式が存在します。

応用例①:積分経路が開曲線の場合…仕事と位置エネルギー

力学における「仕事量」は、接線線積分として定義されます。積分の対象となる関数は力ベクトルです。接線線積分による定義と計算から、別途に運動エネルギー、力学的エネルギーなどの概念が理論的に定義されます。

$$力\overrightarrow{F}によるPからQまでの「仕事量」:W=\int_{PQ}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}$$

(「仕事」\(\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}\) の合計が「仕事量」)

◆補足:Fという記号は、数学では function(関数) の頭文字という意味合いで使う事が多いですが、力学では force(力)の頭文字という意味合いにする事が多いです。

この場合の積分経路は基本的には任意ですが、特に必要がなければ開曲線として考える場合が多いのです。これは、単純に「位置Pから位置Qまで物体が移動したとき」といった場合をモデルとして考えるためです。

力ベクトルの向きと物体の変位ベクトルとの向きは異なる事を踏まえ、内積を考えます。それを(微小な)各区間で考えて合計した接線線積分が仕事量になります。

力のうち、保存力がなす事が可能な「仕事」は、特に位置エネルギーポテンシャルエネルギー)とも呼ばれます。これも「仕事」ですから、数式的には接線線積分を考えるわけです。

静電場(時間変動の無い電場)による位置エネルギーは特に電位とも呼ばれ、これは「仕事」ですから力学におけるものと同じく接線線積分で表されるのです。ただし、位置エネルギーの積分範囲は基本的には「『無限遠』からある点まで」とする事が多いです。

$$静電場\overrightarrow{E}による点Pにおける「電位」:V_P=-\int_{\infty}^P\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}$$

それに対して、無限遠でない特定の2点間PとQの電位の差(QからPまで単位電荷を運ぶのに必要な電場の仕事量)を電位差あるいは電圧と言い、こちらは2点間の接線線積分として書かれます。

$$静電場\overrightarrow{E}による点Pと点Q間の「電圧」:V_{PQ}=\int_P^Q\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}\left(=-\int_Q^P\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}\right)$$

この「電圧」という語は、電線や電池、発電機等に対して使われる「電圧」と同じものです。
ただし、接線線積分で表される電圧の式は「電場をもとに計算する場合の式」ですから、別の要素によって電圧を決定できるか、あるいはそのように決定できるように状況を整えた場合には積分計算は不要になります。後述で簡単に触れている電磁誘導の法則はその例です。

応用例②:積分経路が閉曲線の場合…電磁気学、流体力学におけるストークスの定理

閉曲線に対する接線線積分に関する数学上の定理で、物理学・工学への応用上も重要なものとしてはストークスの定理があり、流体力学や電磁気学の理論計算で使われます。

ストークスの定理は、閉曲線に対する接線線積分と法線面積分を結びつける事ができる定理として知られています。ベクトル場の「回転」(記号では rot あるいは curl)を使用し、その回転という名称をつけている由来にも関係します。

ストークスの定理

閉曲線をCとし、Cで囲まれるS(閉曲面では無い)に対して次の関係が必ず成立します。 $$\oint_C \overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{s}$$ 左辺は接線線積分、右辺は法線面積分です。 ※空間内の任意の閉曲線Cに対して、
「それぞれのCに対して定まる任意の『閉曲面では無い』曲面S」についてこの式が成立する
という事です。

つまり、閉曲線自身と閉曲線で囲まれる面を考えると、数学上定義される「ベクトル場の『回転』」の法線面積分の値は、面の縁に相当する閉曲線を文字通り「回転」するように接線線積分した値に必ず等しくなる、という事です。

ストークスの定理は、例えばアンペールの法則の積分形(「アンペールの周回積分の法則」とも。電流によって発生する環状の磁場を記述)を微分形に変換できる数学的な根拠となります。
逆に、アンペールの法則の微分形を積分形に変換できる事もストークスの定理により証明できます。

また、同様に電磁誘導の法則の微分形と積分形の変換もストークスの定理によって証明できます。電磁誘導の法則の積分形は、前述の「電圧」を発生させる状況を記述するものになります(※)。

(※)補足:電磁誘導の法則の積分形は電場の仕事量を接線線積分で計算するという形をとりますが、それは「磁場の時間変化によって決定できる」というのが法則の内容です。
従って、工学等で応用する場合には磁場の変化から計算するほうが簡単で電場から計算する必要は無い場合もあるわけです。

ストークスの定理は、もちろん自明に成立しているとは言えません。その証明方法はガウスの発散定理の証明に似ていて、関数をその偏微分の定積分とみなす事で証明を行います。定理の内容はベクトルの成分に関する3式の組み合わせになりますが、それら3式のそれぞれについて個別でも成立するという点でも似ています。

角運動量の数学

物理学で考える「角運動量」は回転運動を表す物理量です。外積ベクトルを使って表します。

◆関連:ベクトルの基本事項と内積

角運動量ベクトル

角運動量ベクトル(angular momentum)の定義

角運動量ベクトルは、次のように外積ベクトルによって定義されます。 $$角運動量ベクトル:\overrightarrow{L}=\overrightarrow{r}×\overrightarrow{p}$$ $$物体の位置ベクトル:\overrightarrow{r}=(x,y)$$ $$運動量ベクトル:\overrightarrow{p}=m\overrightarrow{v}$$ $$\left(物体の質量:m\hspace{10pt}速度ベクトル:\overrightarrow{v}=\left(\frac{dx}{dt},\frac{dy}{dt}\right)\right)$$

◆これに対して、「角速度ベクトル」(あるいは「回転ベクトル」)は
「物体が回転軸周りの同一平面内で回転運動をしている時に、向きは物体の回転方向が右ねじを締める向きに一致するの軸方向で、大きさは角速度ω【rad/s】に等しい」というベクトルです。$$角速度ベクトルの大きさ:|\overrightarrow{\omega}|=\omega【rad/s】$$$$角速度ベクトルの向き:\overrightarrow{\omega}の向きは軸方向で、右ネジを締めた向きが回転方向に一致する向き$$ 回転面の中心を基準点とした場合には、角速度ベクトルと角運動量ベクトルの向きは一致します。

角運動量を外積ベクトルで表す事には幾つかの意味があります。

まず、回転の向きに関しては時計回り(順方向)と反時計回り(逆方向)という事もありますが、回転している「面」の事も含みます。例えば、空間内にxyzの直交座標を考えた時に、同じ速さで同じの形の軌道を描いて回転している場合であっても、「xy平面での回転」「yz平面での回転」は当然「異なる運動」であると言えます。

そこで外積ベクトルの向きは、回転面の「軸」の向きに相当する方向を表す事になります。物体の運動方向が基準点から見て時計回り方向なのか、それとも反時計回り方向なのかも外積ベクトルの向きで表す事ができるわけです。(外積ベクトルの符号が反転すると運動量ベクトルの符号が反転し、全く反対の方向への運動を表す事になります。)

角運動量ベクトルと外積
角運動量ベクトルは外積ベクトル(ベクトル積、クロス積)で表します。
角速度ベクトルと角運動量ベクトル
角速度ベクトルと角運動量ベクトルの違いに注意。

また、ある点を基準として同じ角速度で回転をしていても、その点の近くを回転している時と遠くを回転している時とでは、物体の速度は異なります。
「物体の位置ベクトル」\(\overrightarrow{r}\) は、回転の中心からの「距離」も情報として含むので角運動量ベクトルを構成する要素として使わます。(この事は「力の能率(モーメント)」と関係します。)

外積ベクトルで表されているという事は、2つのベクトルが平行である場合(成す角度が0または \(\pi\)である場合)には値が0である事になります。これは、物体の運動がある点から直線状に遠ざかっていく、あるいは直線状に近寄ってくるような場合であり、「回転」の様子がない事を表しています。

力の能率(モーメント)

力の能率(あるいは「力のモーメント)」moment of force)は角運動量ベクトルの時間微分として表されます。ベクトルに対する微分は、具体的には成分に対する微分として定義されます。

ここで角運動量ベクトルの定義通りの式に時間微分をすると考えると、外積ベクトルに対する微分をするいう事になりますが、これは通常の積の形に対する微分公式と同じ形が成立します。【証明は外積の成分表示を使うと比較的簡単です。】

すなわち、次式のように書けます。

$$\frac{d}{dt}\overrightarrow{L}=\frac{d}{dt}\left(\overrightarrow{r}×\overrightarrow{p}\right)=\frac{d\overrightarrow{r}}{dt}×\overrightarrow{p}+\overrightarrow{r}×\frac{d\overrightarrow{p}}{dt}$$

【ここで、位置ベクトルの時間微分は速度ベクトル\(\overrightarrow{v}\)である事に注意します。】

$$=\overrightarrow{v}×\overrightarrow{p}+\overrightarrow{r}×\frac{d\overrightarrow{p}}{dt}=m\left(\overrightarrow{v}×\overrightarrow{v}\right)+\overrightarrow{r}×\frac{d\overrightarrow{p}}{dt}=\overrightarrow{r}×\frac{d\overrightarrow{p}}{dt}$$

【最初のtで微分した後の第1項は0になり、第2項だけが残るという事です。】

ところで、運動量ベクトルの時間微分とは何であったかというと「力ベクトル」\(\overrightarrow{F}\)であったわけです。(それが運動方程式が表現している事そのものです。)

という事は、角運動量ベクトルの時間微分は結局「位置ベクトル」と「力ベクトル」との外積という事になるわけです。

$$\frac{d}{dt}\overrightarrow{L}=\overrightarrow{r}×\overrightarrow{F}$$

この外積ベクトルの事を、「力の能率」あるいは「力のモーメント」と呼びます。

積の形に対する微分公式と同じ形の公式が外積ベクトルを構成するベクトルにも成立します。

力の能率は、意味としては「大きさを持つ物体に力を働かせる時、ある支点から距離が離れているほど回転させる効果は大きい」というものですが、より詳しくは角運動量ベクトルの時間変化という事になるわけです。

力の能率(モーメント)
「てこ」(レバー)を使う時などに、支点からの距離があったほうが回しやい事を表現します。

角運動量の保存則

物体に働く力が「中心力」で、原点を中心にとった時には角運動量は保存量となります(角運動量保存則)。

この時には、角運動量ベクトルがどちらに向いているかはその時々によって異なりますが、
「力」の向き――つまり「運動量ベクトルの時間微分」の向きは、常に中心を向いている事を意味します。

従って、角運動量ベクトルが具体的にどう表されるかはその時々により異なりますが、
力の能率は中心力のもとでは常にゼロベクトルである」と言えるわけです。

$$中心力が物体に働く時:\overrightarrow{r}×\overrightarrow{F}=0【ゼロベクトル。\overrightarrow{F}=C\overrightarrow{r}と書けるから。】$$

ところで、力の能率は角運動量ベクトルの時間微分であったわけですから、中心力のもとではそれが0になる事を意味します。

$$\frac{d}{dt}\overrightarrow{L}=\overrightarrow{r}×\overrightarrow{F}=0$$

時間微分が0であるという事は、「時間によって変化しない」事を意味します。(実際、ベクトルの各々の成分に対して、その形の微分方程式の解は時間に関して「定数」という事になります。「時間に依存しない」形となるわけです。)

$$\frac{d}{dt}\overrightarrow{L}=0\Leftrightarrow \overrightarrow{L}は定ベクトル(時間に依存しない。「保存」する)$$

この事を、「中心力のもとで角運動量は保存する」と表現します。
その事を、力学では角運動量保存則とも言います。

中心力と角運動量の保存

中心力のもとで軌道が円ではなく楕円のようになる場合にでもこの角運動量保存則は成立するので、中心力の発生源に近い場所では物体の運動量(および速さ)が大きくなり、発生源から離れているほど物体の運動量(および速さ)は小さくなる事を表しています。

剛体の角運動量

さて、では大きさを持った立体的な球とか円盤とか(変形しない事を仮定した場合に剛体と呼びます)が、
中心に立てた軸周りに「自転」している形式の回転の場合にはどうなるでしょうか。

この場合には、微小な体積領域で通常の角運動量を考えて、質量を位置の関数としての「密度」で表し、それに体積要素を乗じる事で表現します。それを領域全体で積分する事で「全角運動量」を計算するという形の理論になっています。

$$微小領域の質量:m=\rho dv【mと\rhoは\overrightarrow{r}の関数】$$

$$微小領域の角運動量ベクトル:\overrightarrow{r}×(\rho dv\overrightarrow{v})=\rho(\overrightarrow{r}×\overrightarrow{v}) dv$$

ここでは自転的な運動、つまり回転軸の方向が不変である場合を考えます。
その場合は、速度ベクトル\(\overrightarrow{v}\)は「角速度ベクトル」\(\overrightarrow{\omega}\)と位置ベクトル\(\overrightarrow{r}\)の外積として表せるという公式を使えるので、角運動量ベクトルの式を変形できます。

$$公式:\overrightarrow{v}=\frac{d\overrightarrow{r}}{dt}=\overrightarrow{\omega}×\overrightarrow{r}を使えるので、$$

$$\rho(\overrightarrow{r}×\overrightarrow{v}) dv=\rho\left(\overrightarrow{r}×(\overrightarrow{\omega}×\overrightarrow{r})\right) dv$$

この関係式は、より一般的に角速度ベクトルが定ベクトルではなく時間的に変化する関数になっている場合でも成立します。

角速度ベクトルの公式
原点を回転軸上にとった時、角速度ベクトルと位置ベクトルが作る平面と、速度ベクトルとは常に垂直になっています。

外積ベクトルの公式(「ベクトル三重積」)を使うと、もう少し計算を進められます。

$$\rho\left(\overrightarrow{r}×(\overrightarrow{\omega}×\overrightarrow{r})\right) dv=\rho\left(|\overrightarrow{r}|^2\overrightarrow{\omega}-(\overrightarrow{\omega}\cdot\overrightarrow{r})\overrightarrow{r}\right) dv$$

これを領域内で積分(体積分)したものが、剛体全体での角運動量の合計(全角運動量)になります。
積分する領域はVと置いておきます。
◆参考:ガウスの発散定理(体積分の考え方と公式)

$$全角運動量:\overrightarrow{L}=\int_V\rho(\overrightarrow{r}×\overrightarrow{v}) dv=\int_V\rho\left(|\overrightarrow{r}|^2\overrightarrow{\omega}-(\overrightarrow{\omega}\cdot\overrightarrow{r})\overrightarrow{r}\right) dv$$

内積はスカラーである事に注意して、位置ベクトルの成分表示を(x,y,z)とし、角速度ベクトルの成分表示を(ω,ω,ω)とするとさらに次のように書けます。

$$\overrightarrow{L}=\int_V\rho(x^2+y^2+z^2)\overrightarrow{\omega}dv+\int_V\rho(x\omega_x+y\omega_y+z\omega_z)\overrightarrow{r}dv$$

ここで全角運動量のベクトルも成分ごとに分けると、それら各成分は角速度ベクトルの成分の線型結合で表せるという、ちょっとした規則性を見出せます。全角運動量ベクトルのx成分を例として書いてみると、次のようになります。

$$\overrightarrow{L}のx成分:L_x=\int_V\rho\omega_x(x^2+y^2+z^2)dv-x\int_V\rho(x\omega_x+y\omega_y+z\omega_z)dv$$

$$=\omega_x\int_V\rho(x^2+y^2+z^2)dv-\int_V\rho(x^2\omega_x+xy\omega_y+xz\omega_z)dv$$

$$=\omega_x\int_V(y^2+z^2)\rho dv-\omega_y\int_Vxy\rho dv-\omega_z\int_Vxz\rho dv$$

【xの項が引き算で消える形になっています。】

全角運動量ベクトルのy成分とz成分についても同様の形の式になり、全角運動量はある正方行列Iと角速度ベクトルの積で表現できる事が言えます。その行列の成分Iijの事を「慣性テンソル」と呼び、その対角成分【I11,22,I33】は特に「慣性能率」とも呼ばれます。

$$ある3×3行列Iを使って、\overrightarrow{L}=I\overrightarrow{\omega}とも書ける。$$

一様な材質でできた対称性のある剛体の場合(球、円柱、円盤等)、具体的な積分の計算を手計算でも実行する事ができて、慣性能率は比較的簡単な形で表す事ができます。

これらの事は、物理学を専攻する学生さん以外にも、ベクトルやベクトルの外積の応用例を見るのに非常に良い題材の1つになっていると思います。

外積ベクトル(ベクトル積、クロス積)【定義と公式】

3次元ベクトルに対しては、「外積」と呼ばれるベクトルが定義されます。
ベクトル積」「クロス積」とも呼ばれます。

◆「微分形式」という数学分野の演算でも「外積代数」という用語を使います。その3次元版では確かに「外積ベクトル」との共通性がありますが、一般には区別されており、微分形式の外積代数で使う記号【∧】による演算を「ウェッジ積」と呼び、
3次元ベクトルに対して外積ベクトルを作る時の記号【×】による演算は「クロス積」もしくは「べクトル積」と呼ぶ事もあります。
(英語の場合、3次元ベクトルの外積ベクトルを指す語としては、「べクトル積」に該当する vector product という表現を使う事が多いです。)

高校では数学でも物理でも外積を直接計算する事はほとんどないと思いますが、力と磁場と電流の向きの関係などで間接的に関わっています。そういった関係を、数学的にもう少し詳しく定式化したものが外積ベクトルになります。

定義と考え方

外積ベクトルは、3次元空間内の2つのベクトルから作られる別のもう1つのベクトルの事で、次のような定義のもとで使用します。

外積ベクトルの定義

3次元の空間ベクトル \(\overrightarrow{a}と\overrightarrow{b}\) とから作られる外積ベクトル(あるいは単に「外積」)は、次のように$$\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}$$と書き、向きと大きさを次のように定義します:

  • 大きさ:\(\overrightarrow{a}と\overrightarrow{b}\) が作る平行四辺形の面積に等しいとする
  • 向き:\(\overrightarrow{a}と\overrightarrow{b}\) が作る平面に対して垂直
    【\(\overrightarrow{a}から\overrightarrow{b}\)に向けてより小さい角度で「右ねじ」を締める時のネジ回しの先端の方向】
外積(ベクトル積、クロス積)の定義

通常のスカラー値やスカラー関数の場合、掛け算の記号はA×B、A・B、ABのいずれでも同じ計算を表すと約束しますが、ベクトルの場合には、「\(\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b}\)は必ず内積」「\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}\)は必ず外積」を表すものと定義します。

外積ベクトルの大きさに関しては、2つのベクトルが作る平行四辺形の面積ですから、ベクトルの成分さえ分かれば一応計算できる事になります。

外積ベクトルの「向き」については、2ベクトルが作る平面(平行四辺形も含めて)に「垂直」という定義ですが、この時に表側の方向への垂直なのか、裏側の方向への垂直なのか2パターン存在します。
そのどちらかに必ず1つに決めるための基準が「右ネジを回す方向」というわけです。(これは少し直感的な説明の仕方ではあるのですが、物理学でもよくなされます。)

ネジを締める時に、時計回りにネジ回しを回せば締まっていくタイプのネジを考えます。
(反時計回りに回すと締まる「逆ネジ」も存在しますが、それは考えない。)
普通は上から見下ろしてネジを回しますが、仮に天井に向けてネジを回して締める時には「下から見れば時計回り」ですが、「上から見ると反時計回り」に見える事に注意します。

右ねじと外積ベクトルの向き①

外積ベクトル\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}\)の始めに書かれているほう(ここでは\(\overrightarrow{a}\)のほう)から、「時計回りに回せば『より小さい角度で』もう1つのベクトルに辿り着く」視線の方向を考えます。2つベクトルが作る平面の「表」から見るか、「裏」から見るかという事です。z軸のプラスマイナスを基準として上側(プラス方向)から見るか、下側(マイナス方向)から見るかの違いとも言えます。

z軸を基準にした時に上から見た時に、\(\overrightarrow{a}\)から時計回りに(ネジを締める方向に)回して「より小さい角度」で\(\overrightarrow{b}\)に至る状況だったとしましょう。この時は、外積ベクトル\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}\)の向きは、斜めになりながらもz軸の上から下に向かう方向に向いています。(実際、外積ベクトルのz成分の符号はマイナスになります。)

右ねじと外積ベクトルの向き②
画面や紙面に対して「奥→手前」「手前→奥」を表す記号は、
弓矢の「矢」の矢先が眼前に飛んでくるイメージで「丸に点・」の記号で「奥→手前」を表し、
矢の後部についている「羽」が後ろから見えているイメージで「丸にバツ×」の記号で「手前→奥」の向きを表します。

演算と基本公式

外積ベクトルに関しては、幾つかの簡単な公式が成立します。

公式
  • \(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{a}=0\) 【一応「ゼロベクトル」。平行四辺形が潰れてしまうので】
  • 2つのベクトルが平行であれば\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}=0\) 
  • 2つのベクトルが直角であれば \(|\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}|=|\overrightarrow{a}||\overrightarrow{b}|\) 【平行四辺形が長方形となるためです。】
  • k を実数として、\((k\overrightarrow{a})×\overrightarrow{b}=\overrightarrow{a}×(k\overrightarrow{b})=k(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b})\) 【ベクトルの定数倍に対する扱い】
  • \(\overrightarrow{a}×(\overrightarrow{b}+\overrightarrow{c})=\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}+\overrightarrow{a}×\overrightarrow{c}\) 【分配則】
  • \(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}=-\overrightarrow{b}×\overrightarrow{a}\) 【交代性。可換でない(交換則が成立しない)事に注意】

これらのうちの交代性と分配則については、もう少し詳しく述べます。

外積ベクトルの交代性

外積ベクトル\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}\) に対して、外積を構成するベクトルの配置は全く同じで式の中の順番だけ入れ替えた\(\overrightarrow{b}×\overrightarrow{a}\) という外積を考えると考えるとどうなるでしょうか?

この場合は、下から見て時計回りにネジを締めようとする事で条件を満たすので、向きは\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}\)と同一直線にあって「逆向き」になります。

言い換えると、ベクトルの外積は、演算に使う2つのベクトルの順番を変えると符号が逆転します。【内積は2つのベクトルの順序はどちらでもよい事に注意。】

公式:外積ベクトルの交代性

$$\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}=-\overrightarrow{b}×\overrightarrow{a}$$

この時に外積ベクトルの成分も各々符号が反転します。
例えば簡単な例で言うと、\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}\)=(1,-2,5)であったとしたら、
\(\overrightarrow{b}×\overrightarrow{a}\)=-\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}\)=(-1,2,-5)になるという事です。

外積ベクトルの分配則【証明】

分配則については、一見「当たり前」のようですが、外積ベクトルの定義が多少込み入ったものである事や、可換性については成立していない(代わりに交代性が成立)事から、実はそれほど自明な事ではないとも言えます。

証明は、空間の幾何を考える方法があります。

まず、\(\overrightarrow{b}と\overrightarrow{c}と(\overrightarrow{b}+\overrightarrow{c})\) の3つのベクトルで作られる三角形を考えます。そして、その三角形の各点から\(\overrightarrow{a}\) が伸びているような図を考えます。

次に、\(\overrightarrow{b}の始点から伸びる\overrightarrow{a}\)に対して\(\overrightarrow{b}\) の終点から垂線を引き、その足となる点をHとします。
同様に、\(\overrightarrow{c}の終点から伸びる\overrightarrow{a}\)に対して\(\overrightarrow{b}\) の終点(\(\overrightarrow{c}\) の始点)から垂線を引き、
その足となる点をHとします。
また、\(\overrightarrow{b}\) の終点であり\(\overrightarrow{c}\) の始点でもある点をAと置きます。

外積ベクトルの分配則

この時、AH、AH、Hはそれぞれ平行四辺形の高さになっています。
は\((\overrightarrow{b}+\overrightarrow{c})と\overrightarrow{a}\)が作る平行四辺形の高さです。
(\(\overrightarrow{AH_B}と\overrightarrow{AH_C}がともに\overrightarrow{a}\)に垂直なので辺Hも\(\overrightarrow{a}\)に垂直です。内積を考えると少し分かりやすい。)

そこで、3つの外積ベクトルの「大きさ」をそれらの辺の長さで表す事ができます。
(単純に「平行四辺形の面積=底辺×高さ」で計算します。)

  • \(|\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}|=|\overrightarrow{a}||AH_B|\)
  • \(|\overrightarrow{a}×\overrightarrow{c}|=|\overrightarrow{a}||AH_C|\)
  • \(|\overrightarrow{a}×(\overrightarrow{b}+\overrightarrow{c})|=|\overrightarrow{a}||H_BH_C|\)

ここで、これら3つの外積ベクトルがぴったり「三角形」を作れるかが実は自明ではありません。
しかしこの計算結果から、3つの外積ベクトルの大きさの比は、三角形AHの辺の比に全く等しい事になります。つまりそれらは互いに相似な三角形になっている事を意味し、従って3つの外積ベクトルはきちんと「三角形」を形成する事になります。
さらに、\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}\)と\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{c}\)の2つのベクトルに対する斜辺は\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}+\overrightarrow{a}×\overrightarrow{c}\)と(常に)表せるので、\(\overrightarrow{a}×(\overrightarrow{b}+\overrightarrow{c})=\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}+\overrightarrow{a}×\overrightarrow{c}\) という事になります。【証明終り】

成分表示の方法(外積ベクトルの成分と射影面積の関係)

外積ベクトルはベクトルですので【内積はスカラー】、通常のベクトルと同様にx、y、z座標の成分を持ちます。そして2つの空間ベクトル\(\overrightarrow{a}と\overrightarrow{b}\) の成分が分かっていれば、外積ベクトル\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}\)の成分も一意的に決定します。

まず結論は、次のようになります。

外積ベクトルの成分表示

$$\overrightarrow{a}=(a_1,a_2,a_3),\hspace{10pt}\overrightarrow{b}=(b_1,b_2,b_3)である時$$ $$\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}=(a_2b_3-b_2a_3,\hspace{5pt}a_3b_1-a_1b_3,\hspace{5pt}a_1b_2-b_1a_2)$$ ここで、
第1成分の絶対値は平行四辺形のyz平面への射影面積、
第2成分の絶対値は平行四辺形のxz平面への射影面積、
第3成分の絶対値は平行四辺形のxy平面への射影面積
になります。
(※絶対値が「面積」に必ず等しいという事であり、外積ベクトルの各成分の符号はプラスの場合もマイナスの場合もある事には注意。各成分の符号が外積ベクトルの向きも決定します。)

外積ベクトルの成分と射影面積の関係について、空間上の平行四辺形の各平面への射影もまた「平行四辺形」になっている事は、ベクトルによる平行四辺形の面積公式の形から分かります。
例えば外積ベクトルのz成分 a-aは、xy平面上の平面ベクトルが作る平行四辺形の面積公式の形そのものです。

平行四辺形の射影面積

外積ベクトルの交代制から、外積を構成するベクトルの順序を入れ替えると(ベクトルの配置自体は同じ)、次のような差の順番が入れ替わったような形の成分表示になります。$$\overrightarrow{b}×\overrightarrow{a}=(b_2a_3-a_2b_3,a_1b_3-a_3b_1,a_2b_1-b_2a_1)$$

成分表示についての証明

このように成分表示できる事の証明は、単位ベクトルによるベクトル表記と分配則を使うと意外と簡単に済みます。

$$\overrightarrow{e_1}=(1,0,0),\hspace{5pt}\overrightarrow{e_2}=(0,1,0),\hspace{5pt}\overrightarrow{e_3}=(0,0,1)\hspace{5pt}のもとで$$

$$\overrightarrow{a}=a_1\overrightarrow{e_1}+a_2\overrightarrow{e_2}+a_3\overrightarrow{e_3},\hspace{10pt}\overrightarrow{b}=b_1\overrightarrow{e_1}+b_2\overrightarrow{e_2}+b_3\overrightarrow{e_3}\hspace{10pt}と書けます。$$

このような表された形のもとで外積の公式を使いながら計算して整理すると、外積ベクトルの成分表示が確かに得られます。

使う公式と性質は次の通りです。

  • 「分配則」を使って、通常の展開式のように計算していきます。
    添え字の順番を変えると外積の符号が変わってしまうので注意。
  • 「同じベクトル同士の外積は0」つまり\(\overrightarrow{e_1}×\overrightarrow{e_1}=0\) のようになる事を使うと幾つかの項が0になって消えます。
  • 分配則に従って展開した後で、「交代性」\(\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}=-\overrightarrow{b}×\overrightarrow{a}\)も使用して式を整理します。
  • 異なる単位ベクトル同士は、成す角度が直角であり、作る平行四辺形は正方形であって大きさは1です。さらに単位ベクトル同士の位置関係にも注意して、
    \(\overrightarrow{e_1}×\overrightarrow{e_2}=\overrightarrow{e_3}\)
    \(\overrightarrow{e_2}×\overrightarrow{e_3}=\overrightarrow{e_1}\)
    \(\overrightarrow{e_3}×\overrightarrow{e_1}=\overrightarrow{e_1}\hspace{5pt}\) となる事を最後に使います。
単位ベクトルの外積
通常使われる直交座標の「座標軸の向き」は、外積ベクトルの向きの決まり方を把握するうえでも意外と便利です。3つの単位ベクトルの1つ1つは他の2つの単位ベクトルの外積として表せます。

$$\overrightarrow{a}×\overrightarrow{b}=(a_1\overrightarrow{e_1}+a_2\overrightarrow{e_2}+a_3\overrightarrow{e_3})×\overrightarrow{b}=b_1\overrightarrow{e_1}+b_2\overrightarrow{e_2}+b_3\overrightarrow{e_3}$$

$$=a_1b_2(\overrightarrow{e_1}×\overrightarrow{e_2})+a_1b_3(\overrightarrow{e_1}×\overrightarrow{e_3})+a_2b_1(\overrightarrow{e_2}×\overrightarrow{e_1})+a_2b_3(\overrightarrow{e_2}×\overrightarrow{e_3})+a_3b_1(\overrightarrow{e_3}×\overrightarrow{e_1})+a_3b_2(\overrightarrow{e_3}×\overrightarrow{e_2})$$

$$=(a_2b_3-a_3b_2)(\overrightarrow{e_2}×\overrightarrow{e_3})+(a_3b_1-a_1b_3)(\overrightarrow{e_3}×\overrightarrow{e_1})+(a_1b_2-a_2b_1)(\overrightarrow{e_1}×\overrightarrow{e_2})$$

$$=(a_2b_3-a_3b_2)\overrightarrow{e_1}+(a_3b_1-a_1b_3)\overrightarrow{e_2}+(a_1b_2-a_2b_1)\overrightarrow{e_3}$$

$$=
(a_2b_3-b_2a_3,\hspace{5pt}a_3b_1-a_1b_3,\hspace{5pt}a_1b_2-b_1a_2)【証明終り】$$

外積ベクトルの成分表示は、次のように証明する事もできます。
外積ベクトルの成分を(X,Y,Z)とおいて計算してみます。これらの未知数を算出する計算になります。 まず、次のように置いておきます。$$a_2b_3-a_3b_2=S_1,\hspace{5pt}a_3b_1-a_1b_3=S_2,\hspace{5pt}a_1b_2-a_2b_1=S_3$$ 外積ベクトルの定義から、構成する2つのベクトルとの直交性(内積の値が0)と、3次元の場合の平行四辺形の面積公式の3式を書きます。 $$①\overrightarrow{a}との直交性:a_1X+a_2Y+a_3Z=0$$ $$②\overrightarrow{b}との直交性:b_1X+b_2Y+b_3Z=0$$ $$③面積【2乗を計算】:X^2+Y^2+Z^2=(a_2b_3-b_2a_3)^2+(a_3b_1-a_1b_3)^2+(a_1b_2-a_2b_1)^2$$ $$\Leftrightarrow X^2+Y^2+Z^2=S_1\hspace{1pt}^2+S_2\hspace{1pt}^2+S_3\hspace{1pt}^2$$ ①式に\(b_1\)、②式に\(b_1\) を掛けて2つの式を引き算すると、
\((a_1b_2-a_2b_1)Y=(a_3b_1-a_1b_3)Z \Leftrightarrow S_3Y=S_2Z\) となります。
同じ手順で1つの変数を消去する方法を使うと、
\(S_1Y=S_2X\)および\(S_3X=S_1Z\) となります。
ここで、面積のほうの式③の両辺に\(S_1\hspace{1pt}^2\) を掛けると、次のようになります。 $$S_1\hspace{1pt}^2X^2+S_1\hspace{1pt}^2Y^2+S_1\hspace{1pt}^2Z^2=S_1\hspace{1pt}^2(S_1\hspace{1pt}^2+S_2\hspace{1pt}^2+S_3\hspace{1pt}^2)$$ $$\Leftrightarrow S_1\hspace{1pt}^2X^2+S_2\hspace{1pt}^2X^2+S_3\hspace{1pt}^2X^2=S_1\hspace{1pt}^2(S_1\hspace{1pt}^2+S_2\hspace{1pt}^2+S_3\hspace{1pt}^2)$$ $$\Leftrightarrow (S_1\hspace{1pt}^2+S_2\hspace{1pt}^2+S_3\hspace{1pt}^2)X^2=S_1\hspace{1pt}^2(S_1\hspace{1pt}^2+S_2\hspace{1pt}^2+S_3\hspace{1pt}^2)\Leftrightarrow X^2=S_1\hspace{1pt}^2$$ 同様に計算すると、\(Y^2=S_2\hspace{1pt}^2およびZ^2=S_3\hspace{1pt}^2\)となります。
X、Y、Zの値としてそれぞれプラスとマイナスの2つ候補が出てきますが、既に得られているX、Y、Zの関係式と、外積ベクトルの向きの定義に合う組み合わせから、ここでの計算の場合では「全てプラス符号」です。(具体的な値を代入して試してみると分かりやすいです。)
それにより、\(X=S_1=a_2b_3-b_2a_3,\hspace{5pt}Y=S_2=a_3b_1-a_1b_3,\hspace{5pt}Z=S_3=a_1b_2-a_2b_1\) となります。

ベクトル三重積

外積はベクトルなので、
「あるベクトルと、別の外積ベクトルとの『外積』」というのも計算としてはあり得ます。

つまり、\(\overrightarrow{A}\)×(\(\overrightarrow{B}\)×\(\overrightarrow{C}\)) のような計算も可能であるわけです。
このタイプの計算を「ベクトル三重積」と呼ぶ事があります。次の形の計算が可能です。

(公式)ベクトル三重積の計算

$$\overrightarrow{A}×(\overrightarrow{B}×\overrightarrow{C})=(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{C})\overrightarrow{B}-(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B})\overrightarrow{C}$$ また、外積ベクトルを作る順番を変えると計算結果も変わり、次式になります。 $$(\overrightarrow{A}×\overrightarrow{B})×\overrightarrow{C}=-(\overrightarrow{B}\cdot\overrightarrow{C})\overrightarrow{A}+(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{C})\overrightarrow{B}$$

この公式中で、内積はスカラーなので、\((\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{C})\overrightarrow{B}\) などは例えば\(3\overrightarrow{B}\) のようなベクトルの定数倍のようなものを表します。(スカラー関数倍という場合もあり得ます。)

◆ベクトルの「内積」の場合は、ベクトルとベクトルからスカラーを作る演算なので、3つ以上のベクトルに対する内積の演算は存在しないわけです。

ベクトル三重積の公式を証明するには、外積ベクトルの成分表示を使うと比較的簡単です。(少しの計算は必要ですが。)

まず、\(\overrightarrow{A}\)×(\(\overrightarrow{B}\)×\(\overrightarrow{C}\)) のx成分から計算すると次のようになります。

$$x成分:a_2(b_1c_2-c_1b_2)-a_3(b_3c_1-c_3b_1)=b_1(a_2c_2+a_3c_3)-c_1(a_2b_2+a_3b_3)$$

$$=b_1(a_1c_1+a_2c_2+a_3c_3)-c_1(a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3)=(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{C})b_1-(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B})c_1$$

途中の計算で、a111-a111(=0)を式に加えています。

同様の計算で、y成分とz成分は次のようになります。

$$y成分:(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{C})b_2-(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B})c_2\hspace{10pt}z成分:(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{C})b_3-(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B})c_3$$

よって、全て合わせると公式の形になるわけです。

ベクトル三重積の括弧の順番を変えたものは、前述の交代性の性質により証明できます。まず、括弧の部分と次の部分を入れ替えてしまいます。すると、既に得られている結果を使えます。

$$(\overrightarrow{A}×\overrightarrow{B})×\overrightarrow{C}=-\overrightarrow{C}×(\overrightarrow{A}×\overrightarrow{B})=-\{(\overrightarrow{C}\cdot\overrightarrow{B})\overrightarrow{A}-(\overrightarrow{C}\cdot\overrightarrow{A})\overrightarrow{B}\}$$

$$=-(\overrightarrow{B}\cdot\overrightarrow{C})\overrightarrow{A}+(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{C})\overrightarrow{B}$$

ここで、内積の順序に関しては可換なので、書く文字の順番の入れ替えをしただけです。外積の順序の入れ替えをする時には符号が入れ替わります。

外積ベクトルに対する微分

外積ベクトルを微分すると、通常のスカラー関数の積に対する微分公式と似た形の式が成立します。この微分操作は、物理学などでの「時間微分」として使われる事があります。

(公式)外積ベクトルに対する微分演算

$$\frac{d}{dt}(\overrightarrow{A}×\overrightarrow{B})=\frac{d\overrightarrow{A}}{dt}×\overrightarrow{B}+\overrightarrow{A}×\frac{d\overrightarrow{B}}{dt}$$ 外積ベクトルの部分の順番に注意。逆にすると符号が変わってしまいます。
足し算の部分は逆にしても大丈夫。

この式は自明ではないので(スカラー関数の積の微分公式を知っていたとしても)、証明が必要になります。

この公式も、外積ベクトルの成分表示を使う事で示すことができます。ベクトルの微分は、各々の成分に対する微分として定義されます。ここでは、ベクトルの成分は全てスカラー関数であるとします。計算としては通常の積の微分公式を使用します。

$$x成分の微分:\frac{d}{dt}(a_2b_3-a_3b_2)=\left(\frac{da_2}{dt}b_3+\frac{db_3}{dt}a_2\right)-\left(\frac{da_3}{dt}b_2+\frac{db_2}{dt}a_3\right)$$

$$=\left(\frac{da_2}{dt}b_3-\frac{da_3}{dt}b_2\right)+\left(\frac{db_3}{dt}a_2-\frac{db_2}{dt}a_3\right)=\left(\frac{da_2}{dt}b_3-\frac{da_3}{dt}b_2\right)+\left(a_2\frac{db_3}{dt}-a_3\frac{db_2}{dt}\right)$$

これは確かに公式の外積ベクトルの和の形になっています。最後の変形は、外積ベクトルの成分となる事を明確にするために積の部分の順番を入れ替えただけです。(この式中に出てくるのは全てスカラー量なので、積の順序に関して可換です。)

同様にして、y成分とz成分についても示せます。

$$y成分の微分:\frac{d}{dt}(a_3b_1-a_1b_3)=\left(\frac{da_3}{dt}b_1-\frac{da_1}{dt}b_3\right)+\left(a_3\frac{db_1}{dt}-a_1\frac{db_3}{dt}\right)$$

$$z成分の微分:\frac{d}{dt}(a_1b_2-a_2b_1)=\left(\frac{da_1}{dt}b_2-\frac{da_2}{dt}b_1\right)+\left(a_1\frac{db_2}{dt}-a_2\frac{db_1}{dt}\right)$$

このようにして証明ができるわけです。

慣性の法則

慣性の法則とは、古典力学で考えられている運動の3法則の1つです。
一般的には第1番目の前提条件となる法則として挙げられています。

運動の3法則の第1法則

慣性の法則とは?

物体に力が働いていない場合、次のいずれかになる:

  1. 物体は静止し続ける
  2. 等速『直線』運動をする

この事が成立する座標系が存在する事を「慣性の法則」と呼びます。

慣性とは例えば氷の上を滑るような時は、何か「力」が働いて動いているというよりは惰性で動いていると捉えようという意味です。そして、何かの「力」が働いている事とそうでない事の区別は定量的に「『速度の変化』があるかないか」で考えようというのが力学の理論で、その事は特に運動方程式で表現されています。「速度の変化がない」場合とは物体が止まっている場合も含みますし、滑る場合のように惰性で動いてる場合も両方含んでいます。

慣性の法則は3法則の2番目の運動方程式が成立する「前提条件」となります。
力学では、慣性の法則が成立していなければ運動方程式も成立しないという考え方をします。

運動方程式とは正確にはベクトルを使用した式ですが、
1直線上の運動(1次元の運動)を考える時は次の1式で表されます。$$F=m\frac{d^2x(t)}{dt^2}$$

その前提のもとで、運動方程式からも慣性の法則についての記述を得る事もできます。

※「慣性の法則」自体が運動方程式から証明されるわけではなく、運動方程式によっても慣性の法則の内容が「矛盾なく表現できる」という事であり、理論としての一貫性を持つという事です。

物体が静止または等速運動する事の表現

運動方程式で力がゼロという場合を考えてみましょう。

そうであれば、「加速度もゼロ」という事になります。この時 m は1kgや2kgといった物体の質量で、これは特別な条件を課さない限りは一定値です。

それを踏まえて、微分方程式を所定の計算で解きます。

$$0=m\frac{d^2x(t)}{dt^2}\Leftrightarrow \frac{d^2x(t)}{dt^2}=0\Leftrightarrow \frac{d}{dt}\left(\frac{dx}{dt}\right)=0から、$$

$$\frac{dx}{dt}=C【定数】$$

これは1階微分=0という形の微分方程式で、考え方自体はじつに単純です。一直線上でも物体の速さは、確かに「力が働いていない」時には一定であるという結果になっています。必ずしも速さがゼロ(静止している場合)だけでなく、等速で動いている場合もあり得るという事が数学的な微分方程式の解ともきちんと対応しているので理論としての一貫性を持つという事です。

上記のように定量的な立場で考えてみる時は、氷の上かそうでないかというよりは「速度の変化があるかないか」が重要な要素という事になります。普通の地面や床の上では物を押してもすぐ止まってしまいますが、これも速度の変化と捉えて「摩擦力」を定量的な意味で導入し考察します。
これは物体が接する表面の状態に大きさが依存する力で、氷の場合には摩擦力がごく少ない値でしか発生しないと考えます。

「力が働いていない」という時には、本当に何も力が存在してないと場合と、逆方向に働く力がつり合っている(正確には力ベクトルの補合計がゼロベクトルになる)場合の両方を含みます。もっとも、物理学では何か物体の質量が存在すれば微小であっても力が働くと考えますから、物体の速度が変化しないという場合は厳密にはほとんどの場合後者という事になります。しかしどちらの場合でも、運動方程式上では力が働いていないという事は共通してゼロベクトルで表せます。

直線運動をする事の表現

さて「1階微分=0」という微分方程式として運動方程式を考えた場合、確かに「等速」になるという事の表現はできたわけですが、「軌道の形」についてはまだ何も表していません。
「直線運動」であるかという事については「2階微分=0」のタイプの微分方程式を解く必要があります。

式自体は先ほどと同じです。しかし先ほどは、速さを表すdx/dt=Cという形のままで計算を止めていました。これをさらにx=x(t)で表す事で時間ごとの位置を知る事ができ、物体の「軌跡」を計算できます。

$$0=m\frac{d^2x(t)}{dt^2}\Leftrightarrow \frac{dx}{dt}=Cから、$$

$$x=Ct+B$$

ここでCとBというのは何らかの定数です。この具体的な値を知るには、ある時刻での物体の具体的な位置と速度を知る必要があります(多くの場合t=0の時を考えるのでそれらを「初期値条件」とも言います。)
尚、定数関数も何回微分してもゼロになるので解ですが、これは1次関数で C = 0 の場合と見なせるので、定数 C の値に制限を設けなければ定数関数の場合も1次関数に含める事ができます。

1次関数が得られたのでいかにも「直線」っぽいですが、この段階ではそもそも一次元の「直線上」の運動しか考えていないので、これではまだ示した事にはなりません。

そこでどうするかというと、少なくとも平面上の運動として考えて、微分方程式をx軸方向とy軸方向の2方向について立てる必要があります。空間内の運動なら3方向です。このとき、xやyという直交座標成分は x(t) と y(t)という時間についての関数になります。

$$F_{\Large{x}}=m\frac{d^2x(t)}{dt^2}\hspace{10pt}F_{\Large{y}}=m\frac{d^2y(t)}{dt^2}\hspace{10pt}F_{\Large{z}}=m\frac{d^2z(t)}{dt^2}$$

空間での運動を考える時は、正確には運動方程式を3つ作って分析を行うという事です。力が働いていない時は、「2階微分=ゼロ」という式が、3つできます。変数はそれぞれ時間 t であり、x,y, z がそれぞれ関数 x(t), y(t), z(t) である事に注意。

3つも微分方程式があるといかにも面倒そうですが(実際、一般論としては厄介です)、
ここでは「力が働いていない」場合を考えるだけなので3式とも力の部分に0を入れるだけです。
つまり次のように、3つの「2階微分=0」という式を考えるだけで済みます。
しかもこれら3式は全く同じ形で文字を変えてるだけなのでまとめて解く事ができるわけです。

$$0=m\frac{d^2x(t)}{dt^2}\hspace{10pt}0=m\frac{d^2y(t)}{dt^2}\hspace{10pt}0=m\frac{d^2z(t)}{dt^2}$$

$$ \Leftrightarrow \hspace{10pt} 0=\frac{d^2x(t)}{dt^2}\hspace{10pt}0=\frac{d^2y(t)}{dt^2}\hspace{10pt}0=\frac{d^2z(t)}{dt^2}$$

これらを(まとめて)解く事で、次の3つの通常の連立方程式を得ます。

$$x(t) = b_1t+c_1,\hspace{10pt} y(t) = b_2t+c_2 ,\hspace{10pt} z(t) = b_3t+c_3 $$

3式ともtに関する1次式ですから、通常の連立1次方程式と同じく
「tを消去するか、あるいは代入する」方法で、座標成分同士の関係式を作れます。

例えば x と y の関係式は、b1≠0の条件のもとで次のようになります。$$b_2x-b_1y=c_1b_2-c_2b_1\Leftrightarrow y=\frac{b_2}{b_1}x+\frac{c_2b_1-c_1b_2}{b_1}$$
もっとも、あまり具体的な関係式を出す事よりも、ここでは y = Ax + B のような
「1次関数(グラフで言うと直線)」の関係になっているかを見ればじゅうぶんです。
ここではまず、xy平面で物体の軌道は確かに「直線」になる事が示された事になります。

すると全く同じ要領で考えて、
x と z 、y と z の関係も同様にお互いに1次関数の関係にある事が分かります。
また、z = Ax + By + C の形の「3次元での直線」を表す関係式も成立する事も分かります。
(※例えば x + y を考えたうえで t を x, y で表し z の式の t に代入。)

いずれにしても、x, y, z 同士の関係を直交座標(=現実の空間のモデル)上のグラフに描けば直線という事になり、「軌道は直線である」事を意味します。
逆に、もし物体の運動の軌道が曲がっているとすれば、軌道を直線からそらすような何らかの力が働いているという事も意味するという理屈になります。

※物体が「静止」している場合、もちろん軌道は直線にはなりませんが、これは微分方程式の解から考察すると、例えば x 座標成分について x = bt + c で b = 0 の場合、x = c となり、任意の時刻でその位置という事ですから、少なくとも x 軸方向には一切動いていない事を示しています。
y と z についても同様に時間に対して定数であるとすると、結局物体の位置座標は任意の時刻で必ず1点にある=「静止している」という事になります。そのような場合を除くと、物体の位置座標同士の間で必ず1次式の関係を作る事ができ、直線軌道ができるという事です。
つまり、物体に力が働いていなければ物体は静止したままか、「等速」で「直線」運動するという事が運動方程式からも確かに式で表せるという事になります。

まとめ:解法の手順 運動方程式を作るまで

運動方程式を「2階」の微分方程式として扱える事から始まり、結論を得る流れを見ましょう。

  1. 「速度の(1階の)時間微分=加速度」$$\frac{d}{dt}v(t)=a(t)【加速度】$$
  2. 「位置の(1階の)時間微分=速度」(※位置とはx 座標、y 座標等の事)$$\frac{d}{dt}x(t)=v(t)【速度】$$
  3. これら2つを合わせると: 「位置の時間による2階微分=加速度」$$\frac{d^2}{dt^2}x(t)=a(t)$$
  4. 一次元運動の場合、(1直線上の)座標を x(t) とすると
    「物体に働く力は、物体の質量と加速度に比例する」という運動方程式は、
    $$F=ma(t)\hspace{5pt}\Leftrightarrow \hspace{5pt}F=m\frac{d^2x(t)}{dt^2} と書ける$$
  5. 平面運動の場合は x(t)、y(t) ごとに、
    空間運動の場合、同じく直交座標成分 x(t)、y(t)、z(t) ごとに運動方程式を立てます。
    座標成分ごとに3つ作ります。$$F_{\Large{x}}=m\frac{d^2x(t)}{dt^2}\hspace{10pt}F_{\Large{y}}=m\frac{d^2y(t)}{dt^2}\hspace{10pt}F_{\Large{z}}=m\frac{d^2z(t)}{dt^2}$$
  6. 力が働いていない場合は、力の各成分に0を代入する:
    $$0=m\frac{d^2x(t)}{dt^2}\hspace{10pt}0=m\frac{d^2y(t)}{dt^2}\hspace{10pt}0=m\frac{d^2z(t)}{dt^2}$$ 質量mは、両辺で割る事により消去できます。(解に影響を与えないという事です。)
手順の後半 微分方程式の解を出した後の処理
  1. という事は、「『2階微分=0』という式が3つできる」
    → 時間変数の1次関数が解になる式が3つできる
    式で書くなら:\(x(t) = b_1t+c_1,\hspace{10pt} y(t) = b_2t+c_2 ,\hspace{10pt} z(t) = b_3t+c_3\)
    t を変数とする1次関数が3つできます
  2. 連立方程式を解く要領で「t を消去」して「x と y」「x と z」「z と x と y」などの関係式を作る。
    →すると、x, y, z のそれぞれ同士の関係も「1次関数」になる。
    y = Ax + B, z = Ax + By + C のような形になります。これらは「直線」の関係です。
    (簡単な計算作業で示せます。)
  3. すると結局次の事が癒えます。

    → 「力が働いていない(ゼロ)」という条件のもとで運動方程式を解き、
     物体の位置座標(x, y, z)を空間に描くと、その軌道は「直線になる」
    →「静止してない物体に力が働かない時、物体は等速の『直線』運動をする」
    という慣性の法則の内容がこの段階で、確かに表現される。

    • 「等速である」事については、加速度を「速度の1階微分」と考えて「1階微分=0」の微分方程式の解から出せます。それを各成分について考えても同じ事で、空間の中の軌道を等速で運動している事になります。
    • 等速の「直線運動」とは逆に、軌道が少しでも「曲がっていたら」、それは何らかの力が働いている事も意味します。
      力は、多くの場合は物体の速さを変えますが、中には「速さはそのままで『軌道を、直線形からそらす』」というものもあるのです(等速円運動の中心力など)。

このように運動方程式からも「慣性の法則」の内容がきちんと表現できるわけです。

「1階微分=0」「2階微分=0」という微分方程式は数学的にはとても簡単な微分方程式に属するのは間違いありませんが、物理で使う場合に物理的な意味を考えると、考察する事が意外と多くあります。(逆のパターンもあります。物理的に重要ではないけれど、数学的に考察する余地が多くある場合です。)

仕事と運動エネルギーとの関係

このページでは古典力学での「仕事」と、運動エネルギーとの関係について述べます。
数学的には、ベクトルの微積分の応用であり、ベクトルの内積の応用でもあります。

内積と「仕事」

平面や空間での物体の運動を考える時、力のベクトルの向きと、現に運動している物体の運動の方向・・・つまり速度ベクトルの方向は、互いに異なるという事も普通にあります。

例えば、床に置かれた重い物に紐を付けて斜めに引っ張ったところ床に対して引きずるように水平に動いたとすれば、力ベクトルは斜め上方向、速度ベクトルは水平方向という事になります。

このような時に力ベクトルと速度ベクトルとの「内積」を考えます。
そしてそこから、「仕事」という量を積分を使って定義します。

☆詳しくは、ここで使う積分は接線線積分と呼ばれるものです。

\(\overrightarrow{F}\cdot \overrightarrow{dx}(または \overrightarrow{F}\cdot \overrightarrow{\Delta x})\) を、物理学では「仕事」と呼びます。
これを経路に沿って合計した量(積分値)を「仕事量」と呼ぶ事があります。

◆仕事はベクトルの内積ですので、
\(\overrightarrow{F}\cdot \overrightarrow{dx}=|\overrightarrow{F}|\hspace{2pt} |\overrightarrow{dx}|\cos\theta\) のようにも書く事ができます。
マイナスの値になる事もあり、その場合にも物理的な意味を持ち、角度とその余弦も力と物体の運動に対応したものになります。

この「仕事」を考える事により、じつは「『力』と『物体の運動』と『エネルギー』」を数式的に関連付ける事ができるのです。

運動方程式が成立しているとすれば、その事は数学的に導出できます。結論の関係式は次のようになります。

仕事とエネルギーの関係

関係式は次のようなものです。 $$\int_{t_1}^{t_2}\overrightarrow{F}\cdot \frac{d\overrightarrow{x}}{dt}dt=\frac{1}{2}m{v_2}^2-\frac{1}{2}m{v_1}^2$$ 左辺の積分は仕事量、右辺は時間の区間の始まりと終わりでの運動エネルギーの差です。
左辺と右辺とで物理学的な単位は等しく、ともに[J](ジュール)です。

意味としては、なされた「仕事」の量と運動エネルギーの増減の量は等しいという事です。

この関係式の数学的な導出には、微分の基本公式とベクトルの微積分が直接的に関係しています。

仕事と運動エネルギー
運動エネルギーの増減は仕事の合計(積分値であり、「仕事量」と言います)で計算されます。そして仕事とは、内積によって表せる量です。物体の移動方向に対して働いている力ベクトルの向きがななめ方向である場合には、物体が移動する向きに対する力ベクトルの成分だけが運動エネルギーの増減に寄与するという事を言っています。

仕事と運動エネルギーの関係式の導出

まず運動方程式をベクトルの形で書いて、両辺に対して速度ベクトルとの内積を考えます。

$$【運動方程式】 \overrightarrow {F}=m\frac{d^2\overrightarrow{x}}{dt^2} $$ $$【速度ベクトルとの内積】 \overrightarrow {F}\cdot \frac{d\overrightarrow{x}}{dt}=m\frac{d^2\overrightarrow{x}}{dt^2}\cdot \frac{d\overrightarrow{x}}{dt}$$

運動方程式の加速度を含む側について、加速度は位置座標を表すベクトルの時間による2階微分である事に注意します。この部分と、速度ベクトルの内積を考えると、「2階微分と1階微分の積」という、一見わけの分からないものが出てきます。これは一体何でしょう?

それについての数式的な解釈は次のように行います。
合成関数に対する微分公式を用いると、「関数の2乗」を微分すると1階微分が積の形でくっついてくる事が分かります。
すると、「1階微分の2乗」を(1回)微分すると、 「2階微分と1階微分の積」 が出てくるのです。この時、2という係数も出てきますから1/2を乗じて係数調整を行います。

計算を進めると、じつは次のように変形できます。

$$ \overrightarrow {F}\cdot \frac{d\overrightarrow{x}}{dt}=\frac{d}{dt}\frac{m}{2}\left|\frac{d\overrightarrow{x}}{dt} \right|^2$$

計算

具体的な数式を見てみましょう。
まず、ベクトルではなくてtを変数とする1変数関数x=x(t) について考えてみます。 $$\frac{dx}{dt}\frac{d^2x}{dt^2} などは、異なる導関数同士の「積」です。$$ $$\frac{d}{dt}\left\{\frac{m}{2}\left(\frac{dx}{dt}\right)^2\right\}=2\cdot\frac{m}{2}\frac{dx}{dt}\frac{d^2x}{dt^2}=m\frac{dx}{dt}\frac{d^2x}{dt^2}$$ 2乗の部分の微分については、合成関数の微分公式を使っています。
質量mは定数扱いです。
これがベクトルの各成分\(x_1, x_2, x_3\) (それぞれ時間tの関数)について言えます。
そこで、次のように内積を考えるのです。 $$m\frac{d^2\overrightarrow{x}}{dt^2}\cdot \frac{d\overrightarrow{x}}{dt}=m\frac{dx}{dt}\frac{d^2x_1}{dt^2}+m\frac{dx}{dt}\frac{d^2x_2}{dt^2}+m\frac{dx}{dt}\frac{d^2x_3}{dt^2}$$ $$=\frac{d}{dt}\frac{m}{2}\left(\frac{dx_1}{dt}\right)^2+\frac{d}{dt}\frac{m}{2}\left(\frac{dx_2}{dt}\right)^2+\frac{d}{dt}\frac{m}{2}\left(\frac{dx_3}{dt}\right)^2$$ $$=\frac{d}{dt}\frac{m}{2}\left\{ \left(\frac{dx_1}{dt}\right)^2+\left(\frac{dx_2}{dt}\right)^2+\left(\frac{dx_3}{dt}\right)^2 \right\} $$ $$=\frac{d}{dt}\frac{m}{2}\left|\frac{d\overrightarrow{x}}{dt} \right|^2$$ 最後のところは、$$\frac{d\overrightarrow{x}}{dt}=\left(\frac{dx_1}{dt},\frac{dx_2}{dt},\frac{dx_3}{dt} \right) というベクトルの「大きさの2乗」$$を考えているのです。物理的な意味としては、これは物体の速度ベクトルの大きさの2乗、つまり「速さ」の2乗を意味します。内積の計算によって各成分を含む項の和が出てきて、うまい具合に「速さ」になっている事に注意してみてください。

「速度ベクトルのx成分の2乗」を時間tで微分すると、
「速度ベクトルのx成分の2乗」の2倍と、「加速度ベクトルのx成分」との積になります。
数学の合成関数の微分公式を使用しています。

変形して得られた式の両辺をてきとうな時間 \(t_1,t_2\) で定積分したものを考える事で、仕事量と運動エネルギーの関係式が得られます。

$$\int_{t_1}^{t_2}\overrightarrow {F}\cdot \frac{d\overrightarrow{x}}{dt}dt= \int_{t_1}^{t_2}\frac{d}{dt}\frac{m}{2}\left|\frac{d\overrightarrow{x}}{dt} \right|^2dt= \frac{1}{2}m{v_2}^2-\frac{1}{2}m{v_1}^2$$

運動エネルギー」は次式で定義します。記号は、Tを使う事が多いです。

$$T=\frac{1}{2}mv^2\left(=\frac{m}{2}\left|\frac{d\overrightarrow{x}}{dt} \right|^2\right)$$

この量は正の仕事がなされれば増加し、負の仕事がなされれば減少します。また、仕事がなされなければ運動エネルギーは変化しない、という事も意味します。
(※数学的な定義においても内積は正の値だけでなくゼロや負の値も取り得るものであり、図形的な意味も持つわけです。)

この運動エネルギーに加えて、さらに「位置エネルギー」というものを考え、両者の和を「力学的エネルギー」と呼びます。重力等の「保存力」のみが働いている場合、力学的エネルギーの保存則が成立します。

また、実験・観測から定量的(※)な意味でのエネルギーの等価性が確認されています。運動エネルギーは量としては熱エネルギーや電気エネルギーに変換されると見なす事ができて、物理学だけでなく種々の工学等での理論計算に用いられています。

(※)「定量的に」と言うのは、例えば「力学的エネルギーの『入力』が電気エネルギーと熱エネルギーの『出力』に等しい」といった計算ができるという意味になります。発生する熱エネルギーに関しては、望んでいるものでなければ「損失」と呼ぶ事も多いです。

熱なども含めて考えると、一般的にエネルギー全体についての保存則が成立します。
例えば摩擦によって物体が停止すれば当然ですが運動エネルギーはゼロになりますが、この時にエネルギーの量自体はどこかに消えたというよりは、同じ量の熱エネルギーに変換されたと考えて考察が行われます。

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偏微分の応用の例:位置エネルギーと保存力の関係

合成関数に関する偏微分の公式の物理での使用例を、ここでは1つ述べます。

★ このページではベクトル解析で使用する「勾配」という考え方を使用します。
これは、多変数関数(多変数のスカラー関数)に対する偏微分によって表されるものです。

参考(サイト内リンク):接線線積分の定義と考え方

保存力の力ベクトルは、位置エネルギーの勾配ベクトルで表せる

先に結論の式を書きますと、力が「保存力」である場合に、位置エネルギーのxでの偏微分をx成分、yでの偏微分をy成分、zでの偏微分をz成分に持つベクトルは、保存力の力ベクトルに等しいという関係式があります。【※保存力で無い場合は成立しませんので注意。】

保存力の力ベクトルは、位置エネルギーの勾配ベクトルで表せる

まず、「位置エネルギー」(あるいはポテンシャルエネルギー)U(x,y,z) を次のように定義します。これはベクトルでは無く、スカラー関数です。 $$\large U(x,y,z)=-\int_{\overrightarrow{R_O}}^{\overrightarrow{R}}\overrightarrow{F}(x,y,z)\cdot d\overrightarrow{r}$$ $$\large \mathrm{grad} U(x,y,z)=\left(\frac{\partial U}{\partial x},\frac{\partial U}{\partial y},\frac{\partial U}{\partial z}\right)$$ 力ベクトル F(x,y,z) が保存力である場合、次式が成立します:$$\large -\mathrm{grad} U(x,y,z)=\overrightarrow{F}(x,y,z) $$

★ プラスマイナスの符号の関係が、ちょっとごちゃごちゃするので注意。

「勾配」grad (または∇「ナブラ」)については、詳しくはベクトル解析という分野で説明されます。

この関係式は、古典力学の理論としては仕事とエネルギーの関係の話の延長線上にあります。

これは要するに数学的には、
接線線積分の形の多変数関数の勾配ベクトルは、もとのベクトル関数と同じ形になる」
という事を言っています。通常の不定積分(あるいは積分区間に変数が入った定積分)は、通常の微分を考える事で元の関数に戻るという「微積分学の基本定理」がありました。それと似た形の式という事になります。

この関係式の証明のポイントは、合成関数の偏微分公式です。
ベクトルの内積の計算も直接的に関わります。

\(-\mathrm{gradU(x,y,z)}= \overrightarrow{F}(x,y,z)\) の証明

まず通常の微積分学の基本定理を用いたうえで、ベクトルの内積と合成関数の偏微分の公式をうまくかみ合わせます。

位置座標は全て「物体の位置」であるとして、位置座標に対応する時間成分tを考えます。
力ベクトルの成分についても同様に tの関数であると考えます。

$$\large \overrightarrow{F}(t)=(F_X(t),F_Y(t),F_Z(t))$$

$$\large 点\overrightarrow{R} での時刻をt、点\overrightarrow{R_O} での時刻を t_O とします。$$

最初のステップ $$\large -U(x,y,z)=\int_{ \overrightarrow{R_O}}^{\overrightarrow{R}} \overrightarrow {F} (x,y,z) \cdot d\overrightarrow{r}=\int_{t_O}^{t} \overrightarrow {F} (\tau) \cdot \frac{d \overrightarrow{r} }{d\tau}d\tau$$ $$\large =\int_{t_O}^{t}F_X(\tau) \frac{dx}{d\tau} d \tau + \int_{t_O}^{t}F_Y(\tau) \frac{dy}{d \tau } d \tau + \int_{t_O}^{t} F_Z(\tau) \frac{dz}{d \tau } d \tau $$ $$★ 時間についての積分変数の表記はt → \tau (タウ)に変えています。$$

Uの定義(力学での定義です)にマイナス符号があるので、
ここでは最初から「-U」を考えて、積分での表記をプラス符号で考えています。

★ 後述しますが、力が「保存力」であるという条件がないと、じつはまずこの式変形ができません。なぜかというと一般の接線線積分は、2つの端点だけでなく、その2点を結ぶ経路によって値が変わってしまうからです。力が保存力であるという条件は、この値が経路によらず一定の値であるとしてよいという条件です。

★ 古典力学の理論の中では、もともとは一般の力に対して時間で表したほうの式が先にあって、次に「保存力」という位置座標のみで決定するものを考えます。

★ 積分区間にベクトルが入っている部分は、次の意味になります。 $$\large \int_{ \overrightarrow{R_O} }^{\overrightarrow{R}} \overrightarrow {F} (x,y,z) \cdot{d\overrightarrow{r}} $$ $$\large =\int_{x_O}^{x}F_X(x,y,z)dx+ \int_{y_O}^{y}F_Y(x,y,z)dy+ \int_{z_O}^{z}F_Z(x,y,z)dz $$ $$\large \overrightarrow {F}=(F_X,F_Y,F_Z),\hspace{10pt}\overrightarrow{R_O}=(x_O,y_O,z_O),\hspace{10pt}\overrightarrow{R}=(x,y,z)$$ dx の部分は x に関してだけ積分し、yやzは定数同様に扱います。つまり、偏微分と同じような考え方をするわけです。この場合の微積分学の基本定理は、積分と「偏微分」との関係になります。

次に、時間成分tで U(x,y,z) = U(x(t), y(t), z(t)) を微分します。
内積計算で3つの項の和にした部分は共通の積分変数tでの積分になっているので、通常の微積分学の基本定理がそのまま使えます。

この時、積分する対象として $$\large F_X(t) \frac{dx}{dt}$$ を1つの関数と捉える事がポイントです。
積分中の表記では$$\large {F_X( \tau ) \frac{dx}{d\tau}}$$ にしています。

成立する式:その①

$$\large\frac{dU}{dt}= \frac{d}{dt}\left(\int_{t_O}^{t}F_X( \tau ) \frac{dx}{d\tau} d \tau + \int_{t_O}^{t}F_Y( \tau ) \frac{dy}{d \tau } d \tau + \int_{t_O}^{t} F_Z( \tau ) \frac{dz}{d \tau } d \tau \right)$$

$$\large = F_X(t) \frac{dx}{dt} + F_Y(t) \frac{dy}{dt} + F_Z(t) \frac{dz}{dt}=\overrightarrow{F}(x,y,z)\cdot \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt} $$

他方で、合成関数の偏微分公式を使うと U の時間微分の計算を別途に表現できるのです。
この場合、多変数 x、y、z が1つだけの変数tの合成関数になっているという事なので、表記としては$$\large \frac{\partial U}{\partial t}=\frac{dU}{dt}です。$$

ただし、もとの関数が U(x,y,z) という多変数関数なので、偏微分のほうの合成関数の微分公式を使う点に注意しましょう。

成立する式:その②

$$\large \frac{\partial U}{\partial t}=\frac{dU}{dt}= \frac{\partial U}{\partial x} \frac{\partial x}{\partial t}+ \frac{\partial U}{\partial y} \frac{\partial y}{\partial t} + \frac{\partial U}{\partial z} \frac{\partial z}{\partial t} $$ $$\large = \frac{\partial U}{\partial x} \frac{dx}{dt}+ \frac{\partial U}{\partial y} \frac{dy}{dt} + \frac{\partial U}{\partial z} \frac{dz}{dt} =(\mathrm{gradU})\cdot \left( \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt}\right) $$

最後の結果は「Uの勾配ベクトル」と「速度ベクトル」との内積です。
内積はスカラーであり、勾配はスカラー関数をベクトルの関数変換する演算である事を意識すると分かりやすいと思います。

同じものを2通りの数式で表せる事になるので、等号で結ぶ事ができます。
これによって、次の関係式が成立する事になります。

$$\large – \overrightarrow{F}(x,y,z)\cdot \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt} = \mathrm{gradU}\cdot \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt} $$

$$これは、\overrightarrow{A}\cdot \overrightarrow {C} = \overrightarrow{B}\cdot \overrightarrow {C} という関係になっています。 $$

これが証明の根拠になるわけですが、数学的には
\(\overrightarrow{A}\cdot \overrightarrow {C} = \overrightarrow{B}\cdot \overrightarrow {C} \) から直ちに\(\overrightarrow{A}= \overrightarrow{B}\) とは言えない事には注意しましょう。
そうならない場合もあるのです。
しかし、この場合は \(\overrightarrow {R}\) が特定の座標点では無くて「任意の座標点」です
特定の点だけではなく、どんな座標の点を考えたとしてもこの関係式は成り立つ、という意味です。
ですから、\(\overrightarrow {R}\) に対して内積をとると等しい値になる2つのベクトル\(– \overrightarrow{F}(x,y,z)と\mathrm{gradU(x,y,z)}\) は、全く同じ関数でなければならないのです。

$$ つまり 、- \overrightarrow{F}(x,y,z)\cdot \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt} = \mathrm{gradU}\cdot \frac{ d\overrightarrow {R}}{dt} かつ 「\overrightarrow {R} は任意の(実)ベクトル」なので、$$

$$-\overrightarrow{F}(x,y,z)=\mathrm{gradU}(x,y,z)\Leftrightarrow -\mathrm{gradU}(x,y,z)= \overrightarrow{F}(x,y,z) という事です。【証明終り】$$

「保存力」の物理的な意味

保存力とは力がなす仕事が経路に依存せず、始点と終点の位置だけに依存する力を言います。これは結構強い条件が課されている事になりますが、万有引力、重力(地表面での万有引力を近似したもの)、ばねの力、クーロン力などは保存力になるので、物理の理論の中では結構使い物になります。

逆に、保存力でない力の簡単な例は摩擦力などです。

一般の力ベクトルに対しては、少しだけ上述でも触れましたが、
次の形の時間変数による積分が先にあります。

$$\large T(t)-T(t_O)=\int_{t_O}^{t} \overrightarrow {F} (\tau) \cdot \frac{d \overrightarrow{r} }{d\tau}d\tau$$

ここで、1変数の通常の積分であれば積分変数をtからxに変換できます。

しかし、この場合は「接線線積分」なので、経路は1通りでは無く様々なものがあるのです。

経路によって値が異なりますから、同じ値の定積分になるという意味での積分変数の変換は無条件にはできない・・という事です。

ベクトルに対する一般の接線線積分の場合、値が始点と終点だけでは決定しないので次のように表記します:

$$一般の接線線積分の表記:\int_C \overrightarrow {F} \cdot d \overrightarrow {r}\hspace{10pt}Cは特定の関数で表される経路 $$

ここで、経路によらず「経路の始点と終点だけをしていれば値が定まる」という条件をつけると、もちろん数学的な扱いは簡単になります。
そのような条件がつけられた種類の力が保存力であり、上記のように具体的に当てはまる力も存在するというわけです。

保存力がなす仕事の値(仕事量)は始点と終点の位置だけで決まります。これを「位置エネルギー」あるいは「ポテンシャルエネルギー」などと呼びます。
これは運動エネルギーに対する用語です。位置エネルギーと運動エネルギーの合計を、力学的エネルギーと呼びます。
尚、保存力ではない摩擦力などの力に対しては、位置エネルギーは考えないのです。

これを数学的に取り扱った場合、上述いたしましたように、合成関数に対する偏微分の公式などが重要な役割を担っているというわけです。

ベクトルの微積分(力学での例)

ベクトルに対する微分と積分について、古典力学での使われ方を例に具体的に見て行きます。

ベクトルの基本事項(高校数学)や、逆にこのページの内容の発展事項であるベクトル解析については別途に述べています。

物理で重要な事は、2つの方向への力同士の「合力」は、ベクトルの加算・減算によって計算すればうまく行く事が「実験で」確かめられているという事です。運動方程式により加速度は力に比例しますから、加速度の加算・減算もベクトルで行う事ができます。(また、速度に関しても同じようにベクトルで考えてよい事になります。)

ベクトルの微分と積分の定義

では、ベクトルの微分の定義を説明いたします。定義自体は、簡単です。
それぞれの成分を微分したものを考えるという、それだけです。

表記に慣れなかったりするかもしれませんが、「考え方はシンプルで簡単」という事が、このページで一番知っていただきたい事です。ベクトルの微分や積分は、要するに計算の方法としては「成分ごとに計算すると」いうものです。ですので、1つ1つ丁寧に整理して計算すれば済む話であるわけです。

位置座標を表すベクトルの各成分をある1つの変数で微分したものを、ベクトルの微分と呼び、ベクトルに対して微分操作の記号をつけた \(\frac{d}{dt}\overrightarrow{X}(t)\) という表記を行います。 \(\frac{d \overrightarrow{X}(t) }{dt}\) などと書いても同じです。

ベクトルの微分の定義(1つの共通変数による微分)

3次元の空間ベクトルの場合を記しますが、何次元ベクトルでも同じです。 $$\frac{d}{dt}\overrightarrow{X}(t)=\left(\frac{dx}{dt},\frac{dy}{dt},\frac{dz}{dt}\right)$$ $$x,y,z はtの関数:x=x(t), y=y(t), z=z(t)$$ この共通の変数の事を、数学的には「パラメータ」または「媒介変数」と言います。

ベクトルの微分などと言うと一見わけがわからないように思えるかもしれませんが、このように意味と定義を丁寧に見ると、それほど難しくはないのではないでしょうか?表記については確かに慣れないと扱いにくさを感じるかもしれませんが、少しずつ触れていけば慣れると思います。

ただし、何で微分するかには少しだけ注意すべきで、力学などで物体の「位置」と時間の関係を分析する場合は、時間tで微分します。この時、各成分は時間の関数で表すものとします。(そうでなければ、当然tでの微分はできません。)

具体的な微分の考え方

ベクトルの微積分を1つの変数tで行う時は、
ベクトル(x, y, z)の各成分 x, y, z が「tの関数」x(t), y(t), z(t) である場合を考えます。
例えば、\(x(t)=2t, y(t)=3t, z(t)=t^2\) などです。
この成分を持つベクトルをtで微分するのであれば、
それぞれの成分をtで微分すればそれでよいというわけです。

例えば、運動する物体の位置座標を(x, y , z)とした時、この座標が時間ごとに変化するので x, y, z は「時間tの関数で表せるはず」と考えるわけです。しかも、物体は連続的に動くはずなので、その時間変数 t で「微分も可能である」と考えるわけです。物体の位置座標を表すベクトルの時間微分を、物理では特に速度ベクトルと呼びます。

ベクトルの高階微分についても考え方は同じで、各成分を2階微分したものを、そのベクトルの2階微分として表記します。位置座標を表すベクトルの時間変数tによる2階微分は、加速度ベクトルと呼ばれます。

微分が可能であるという事は、積分も可能です。

ベクトルに対する積分も基本的に同じ考えであり、ベクトルの各成分を同じ変数で積分したものを、1つのベクトルに対する積分として表示します。

ベクトルの積分(1つの共通変数による積分)

不定積分で記しますが、定積分でも同じです。 $$\int \overrightarrow{X}(t)dt=\left(\int x(t)dt,\int y(t)dt,\int z(t)dt \right)$$ また、微分されたベクトルを積分すれば、「各成分の微分」の積分ですから、もとのベクトルに戻ります。つまり表記上、ベクトルに関しても「微積分学の基本定理」が成立します。 $$\int \frac{d}{dt}\overrightarrow{X}(t)dt=\left(\int \frac{d}{dt}x(t)dt,\int \frac{d}{dt}y(t)dt,\int \frac{d}{dt}z(t)dt \right) $$ $$=\left(x(t)+C_1,y(t)+C_2,z(t)+C_3 \right)= \left(x(t),y(t),z(t) \right)+(C_1,C_2,C_3)=\overrightarrow{X}(t)+\overrightarrow{C}$$ $$\overrightarrow{C}は定ベクトルで、\overrightarrow{C}=(C_1,C_2,C_3)$$

ベクトルの積分に関しては、後述しますように、「内積の計算をしてから積分する」というものもあります。これは接線線積分や面積分の考え方であり、物理への応用で重要な考え方になります。

応用例:ベクトルの微分による等速円運動の考察

力学の基本的な例の1つとして、等速円運動というものがあります。これは、その名の通り、同じ「速さ」で円運動を延々とぐるぐるしている運動を言います。

ここで「等速円運動」とは「速さ」が同じである運動を指していて、「速度」は各位置ごとに異なります。なぜかというと、円運動なので向きが常に変化しているためです。
ベクトルで言うと速度ベクトルの「大きさ」だけが一定で、向きは各位置ごとに常に変化するという運動である事を指します。

そのように物体が等速円運動をしている時、「いったいどのような力が物体に働けば、そのような運動が生じるだろう?」という問題があります。

これは、結論を先に言うと「円の中心に向かって同じ大きさの力が働けばよい」というのが答えです。これを数学的にどのように導出するのか?と言うと、まず運動方程式を考える必要があります。それと、べクトルを考える事がポイントです。以下、具体的に見ていきましょう。

三角関数は別名「円関数」とも言います。座標またはベクトルの考え方を用いれば、円運動の分析に用いる事もできるわけです。微分する時には、合成関数の微分法を用いる事にだけ注意しましょう。

少し数学的に込み入る話ですが、
座標成分自体を極座標に変換して運動方程式を考える事もできます。
すなわち、速度ベクトル、加速度ベクトル、力ベクトルの成分を「x成分」と「y成分」ではなく「r成分」と「θ成分」で表す方法です。
ただしここではその考え方をする必要は無く、ベクトル自体の成分は直交座標系のx,y,zの成分で考えれば良い事になります。

空間上の運動に対して運動方程式を作る時は、ベクトルのそれぞれの成分に対して運動方程式を作ります。つまり、1つの運動に対して運動方程式は「3つ」できるのです。その3式を解く事で、運動の分析ができるというのが、初歩的な力学での一般論です。

運動方程式

$$\overrightarrow{F}=m\frac{d^2 \overrightarrow{X}}{dt^2}$$ $$\overrightarrow{F}=(F_x,F_y,F_z),\hspace{5pt}\overrightarrow{X}=(x(t),y(t),z(t))$$ つまり(最大で)3つの微分方程式ができます。 $$①F_x=m\frac{d^2x}{dt^2},\hspace{10pt}②F_y=m\frac{d^2y}{dt^2},\hspace{10pt}③F_z=m\frac{d^2z}{dt^2}$$ (初歩的な微分方程式の解き方については以前の記事で詳しく記しています。)

ただし、この等速円運動の分析の場合では、じつは式は「2つ」でよいのです。その理由は次の通りです。

同じ円運動といっても、空間上であらゆる角度に傾いた平面上の円運動が考えられます。しかし、物理ではこのような時、「座標系のほうを物体の運動に合わせてあげる」ということをやります。実際に物体が運動している平面に、xy平面を合わせてあげるのです。

すると、z軸方向には物体は運動しておらず、どんな時刻でも位置座標のz成分は0ですから、あってもなくても同じ事であって、考察の対象から除外します。こういう事は、物理でよくやります。

ですので、運動方程式をベクトルの各成分に対して作る時も、
z成分については\(F_z=m\cdot 0=0[N]\) 「力は一切働いてません」という、数式で考察するまでもない結果が出るだけなので、「考えなくてよい」とするわけです。

というわけで、平面ベクトルで表される運動として、分析をします。

この時、極座標を使うと話は単純になり、計算も楽です。等速でぐるぐる回っているという条件から、一定の角速度\(\omega\)[rad/s]【rad:ラジアン(これは省略する事もできます)s:秒】で運動していると捉えます。

すると、物体の位置座標はどのように表せるかというと、三角関数を用いればよいのです。円の半径をR[m] 【m:メートル】とすると、x座標は R cos(ω t)、y座標はR sin (ω t) になります。

ベクトルで書くなら、\(\overrightarrow{X}=(R \cos (\omega t),R \sin (\omega t))\)

この場合は、位置座標の成分が時間の関数として明確になっているので、これを時間tで2階微分して加速度にして、質量mを掛け算すれば「力」になります。ですから、ここでは微分方程式を解く必要はありません。

x = R cos(ω t) と y = R sin (ω t) を、tで2階微分しましょう。これは、合成関数の微分になっているので1回の微分ごとに ω が掛け算される事に注意する以外は、初歩的な微分計算ですので結果はすぐに出ます。結論は次の通りです。

$$\frac{d^2x}{dt^2}=-R\omega^2 \cos (ω t) ,\hspace{10pt} \frac{d^2y}{dt^2}=-R\omega^2 \sin (ω t) $$

$$ \overrightarrow{F} =m\frac{d^2 \overrightarrow{X}}{dt^2}=( -R\omega^2 \cos (ω t) , -R\omega^2 \sin (ω t) )=-mR\omega^2( \cos(ω t), \sin(ω t) )= -mR\omega^2 \overrightarrow{X} $$

この結果から、考察できる事はいくつかあります。

計算結果から考察できる事
  1. 力の「向き」は常に中心方向を向いている:
    結果を見ると、元の位置座標の定数倍で、しかもマイナスがついています。これは、物体から見ると、力のベクトルが原点を向いている事を意味するのです。
    (★位置座標のベクトルは原点から物体に向かう向きのベクトルである事に注意。)
  2. 力の大きさは、時間によらず定数:
    力の大きさは、「力ベクトルの『大きさ』」を計算すればよいのです。
    この時、\(\cos^2(ω t)+\sin^2(ω t)=1 \) である事に注意します。時間を含む部分は、1になって「消えてしまう」わけです。
    すると、\(|\overrightarrow{F}|=mR\omega^2\) となります。
  3. 力の大きさの計算から、
    力の大きさは質量、半径、「角速度の2乗」のそれぞれに比例する事が分かります。

等速円運動のように、力ベクトルが常に中心方向を向いているとき、
物理ではそのような力を「中心力」と呼びます。

さらなる学習・ベクトル解析に向けて

今回はこれで終わりますが、ベクトルの微積分の話自体は、じつはまだ続きます。
今回主に扱ったのは、ベクトルの3つの成分が共通の変数の関数、時間tで表される場合でした。
これに対して、物理ではさらに、「位置によって力等が変化する」場合を考えます。 力の種類で言うと、重力や電磁力が該当します。
その場合、ベクトルの各成分が位置座標x、y、zの関数であると考えるのです。
このようなベクトルを「ベクトル場」と言い、それについての種々の微積分を考える領域を、「ベクトル解析」と言います。(このページで扱った内容や、ベクトルの初歩の内容も含めてベクトル解析と呼ぶ事もあります。)
このベクトル解析の考え方は、電磁気学や流体力学で使う他に、物理学一般でも使います。
このベクトル解析の領域は、初見だと多分かなり分かりづらいかと思います。しかし基本的には、今回のページで述べたような、ベクトルを成分ごとに分けて丁寧に考える事、内積の定義に従って丁寧な計算を進める事によって理解できるような体系になっています。