ライプニッツ級数の導出【四分円を使う方法】

ライプニッツ級数とは「分子が1で分母を奇数とする分数を、プラスマイナスの符号を交互に変えて加えて行くと円周率の1/4に収束する」という無限級数を指します。

この無限級数の導出方法はいくつか存在し、ここでは図形的な考察をもとにした式変形と定積分の計算、それと幾何級数展開を使った導出方法を説明します。

ライプニッツ級数の導出方法はここで説明するものだけではなく、いくつか方法があります。例えば、逆正接関数のマクローリン展開から導出する方法や、連分数展開によって得る方法などがあります。

数学史的には、π/4=1ー1/3+1/5-1/7+・・・という式自体はライプニッツ以外の学者によっても独立に得られていた事が知られています。
また、この記事内でも後述しますが
「ライプニッツ級数1ー1/3+1/5-1/7+・・・がπ/4という値に収束する事」と
「ライプニッツ級数が収束するか否かの判定」は、実は別々に考察できます。
ライプニッツ級数は交代級数(交項級数)という種類の無限級数の1つです。 備考として、一般の交代級数が収束する十分条件を提示する命題は「ライプニッツの定理」と呼ばれる事があります。

ライプニッツ級数とは

まず、ライプニッツ級数の具体的な表式は次のようになります。

ライプニッツ級数

次の式で表される無限級数がライプニッツ級数です。\(\pi\) は円周率です。 $$\frac{\pi}{4}=1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\frac{1}{11}+\cdots$$ $$\left(≒0.785398\cdots\right)$$ この値は無理数になります。

無理数を「有理数で表せる」?

ライプニッツ級数の左辺は無理数ですが右辺は「各項が有理数である無限級数」となっています。

これについては、右辺が表す無限級数は「π/4という無理数に収束するという事」すなわち 「項数を増やせばπ/4という無理数との差をいくらでも小さくできる事」を意味しています。

ですので、ライプニッツ級数の式において「無理数≠有理数」という当然の関係式は崩れてはいません。どこか有限の項数で計算をやめたら、 その値はπ/4には一致しない事になります。しかし項数を増やせばπ/4との差はいくらでも縮まります。それが、ライプニッツ級数が数式的に表すものです。

ライプニッツ級数は特徴的な式の形をしているため、「奇数だけを用いて円周率を表せる」というキャッチ―な表現が使われる事があります。 その表現自体は誤っているわけではありませんが、「無限級数が収束する値として円周率を表せる」という事を踏まえておく必要があります。

ライプニッツ級数が「無限級数」でありπ/4が「極限値」である事を、より明確に表すのであれば次のようになります。 $$\frac{\pi}{4}=\lim_{n \to \infty}\sum_{k=0}^n\frac{(-1)^k}{2k+1}=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{(-1)^n}{2n+1}$$ 但し、多くの場合はライプニッツ級数は「円周率と奇数」の関係を強調して
1-1/3+1/5-・・・の形で書かれます。

3.141592・・・をライプニッツ級数で出せる?

円周率の 3.141592・・・の値を計算する式としては、実はライプニッツ級数はあまり優れた式ではありません。無限級数の収束の速さが遅く、 項数を非常に多く増やさないと3.14・・・の値に近付いて行かないためです。(円周率の数値計算用として優れた式としては、 複数のマチン型の公式が知られています。逆三角関数の記事で解説。) 変更なし:

円周率の 3.141592・・・の値を計算する式としては、 実はライプニッツ級数はあまり優れた式ではありません。無限級数の収束の速さが遅く、項数を非常に多く増やさないと3.14・・・の値に近付いて行かないためです。 (円周率の数値計算用として優れた式としては、複数のマチン型の公式が知られています。逆三角関数の記事で解説。)

もし整数だけを準備して円周率計算が手計算で簡単にできるなら何とも便利そうですが、 式として興味深い形をしている事と色々な意味での実用性や有用性は残念な事に必ずしも重ならないという例になっています。

「奇数」が得られる根拠

ライプニッツ級数において、「奇数」以前に「整数」が得られるのはなぜでしょう。それは具体的には、単項式の微分法を根拠にしています。

の微分(「導関数」)は3xになります。積分を行う場合は逆の演算です。
の原始関数はx/3です。 この関係によって1/3,1/5,1/7といった「分母が整数である分数」が式中に発生します。

ライプニッツ級数に限らず、計算式中の「整数」の出所が微分法や積分法であるという場合は少なからずあります。

次に、ライプニッツ級数の各項において「偶数が欠けている」理由は幾何級数展開(等比級数展開)を使う時の公比の形に由来しています。

具体的には、-zという公比による幾何級数展開を考えて1ーz+z-z+・・・という式を得て、 さらにそれにzを乗じてzーz+z-z+・・・の形を作ります。 そして、その各項を積分(項別積分)する事でz/3ーz/5+z/7-z/9+・・・の形の式を得ます。 これがライプニッツ級数の形を作っているわけです。無限級数の項別積分を実行可能であるには条件がありますが、ここではそれを満たします。

具体的には、-zという公比による幾何級数展開を考えて1ーz+z-z+・・・という式を得て、 さらにそれにzを乗じてzーz+z-z+・・・の形を作ります。 そして、その各項を積分(項別積分)する事でz/3ーz/5+z/7-z/9+・・・の形の式を得ます。 これがライプニッツ級数の形を作っているわけです。無限級数の項別積分を実行可能であるには条件がありますが、ここではそれを満たします。

ライプニッツ級数において幾何級数展開が使われる部分は正確には「1/3」以降の項からであり、最初の「1」は出所が異なる事になります。

幾何級数展開の式を使用する事は「無限級数が得られる事」と「プラスとマイナスが交互に出てくる事」の根拠でもあります。 そのため、次に述べて行くライプニッツ級数の導出方法では微積分の基本計算と並んで幾何級数展開が非常に重要な要素となっています。但し、 この幾何級数展開を使用するには「公比の絶対値が1未満である」という条件があるので注意が必要です。

導出に使う式や考え方
  • 円とその接線の式、面積の関係などから得る式変形と変数変換(円周率は円の面積から)
  • 単項式(xなど)の積分計算(「奇数」が分母にある根拠)
  • 幾何級数展開(無限級数の形となる根拠)
ライプニッツ級数の「奇数」の出所
この図の式の積分区間は開区間(0,1)内の2つの値εとδを使った [ε,δ] として、 最後にε→0,δ→1の極限を考えるものとしています。その理由は、円の式の導関数の不連続点を除くためと、 幾何級数展開が可能な範囲内で式を考えるためです。厳密性にこだわらないなら、最初から積分区間を[0,1] として計算してもライプニッツ級数の導出は可能です。 (積分する関数は円の式なので、端点を含めたからといって面積としての定積分の値が発散する事はありません。)

証明と導出【四分円の面積を利用する方法】

全体の流れ

大きく分けて記すと次のようになります。

$$四分円y=\sqrt{2x-x^2}に対してy=\frac{dy}{dx}x+zという式変形を考えるとx=\frac{2z^2}{1+z^2}$$

$$|z|<1のもとで幾何級数展開により\frac{1}{1+z^2}=1-z^2+z^4-z^6+\cdots$$

$$部分積分と置換積分により\int \left(\frac{dy}{dx}x+z\right) dx=\frac{1}{2}\left(xy+zx-\int x dz\right)と変形できる。$$

その後、幾何級数展開した箇所について項別積分を行い積分区間の端点の極限を考慮したうえで計算を進め、 得られる無限級数の収束値が半径1の四分円の面積π/4に等しいという形でライプニッツ級数を導出できます。

$$\lim_{\epsilon \to 0, \delta \to 1}\int_\epsilon^\delta y dx=1-\lim_{\epsilon \to 0, \delta \to 1} \left[\frac{z^3}{3}-\frac{z^5}{5}+\frac{z^7}{7}-\frac{z^9}{9}+\cdots\right]_\epsilon^\delta$$

$$=1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\cdots$$

$$これが半径1の四分円の面積\int _0^1y dx=\frac{\pi}{4}に等しい。$$

以下、各過程を詳しく見て行きます。

  1. 円の式と導関数
  2. 円の接線の式を利用して関係式を作る
  3. 積分においてyの形を変形する(面積変換定理)
  4. 幾何級数展開を適用
  5. 定積分の計算と極限の考察
  6. 参考:(アーベルの)連続性定理

①円の式と導関数

具体的な計算としては半径が1の四分円(半円のさらに半分)の面積を定積分で計算します。
しかし円を表す式を使って普通に定積分の計算をする (置換積分か逆三角関数を使用)と、π/4という値は出ますが1-1/3+1/5-・・・という無限級数の式は出てきません。

使う式:四分円(半円のさらに半分)

閉区間 [0, 1] およびy≧0の範囲における、中心座標(1,0)半径1の円の式を使います。 $$y^2 +(x-1)^2=1\hspace{3pt}$$ $$\Leftrightarrow y^2 +x^2 -2x=0$$ $$y≧0においては、y=\sqrt{2x-x^2}$$ $$y>0の時、\frac{dy}{dx}=\frac{1-x}{\sqrt{2x-x^2}}\left(=\frac{1-x}{y}\right)$$ 微分により得られる導関数dy/dxはこの後で積分計算に使用しますが、x=0の時に無限大になってしまう (図形的に接線はx軸に垂直でy軸に平行となる)ので、厳密にはx=0は積分区間に含める事ができず極限値を考える必要があります。導関数を考えないなら普通に原点を積分区間に含める事ができます。

微分の計算は次のようにしています。合成関数の微分法を使います。(ここでの場合は、後述する図形的考察でもこの導関数は導出可能です。)

$$\frac{dy}{dx}=\frac{d}{dx}\sqrt{2x-x^2}=\frac{d}{dx}\left(2x-x^2\right)^{\frac{1}{2}}=\frac{1}{2}\left(2x-x^2\right)^{-\frac{1}{2}}\cdot (2-2x)=\frac{1-x}{\sqrt{2x-x^2}}$$

半径1の円の面積は1×1×π=πです。その1/4である四分円の面積はπ/4です。この値が無限級数1ー1/3+1/5-1/7+・・・の収束値である事を積分を使って証明して行きます。

しかしy≧0における円の式をそのままxで定積分するとπ/4の値は得られますが無限級数の式は得られません。何か別の方法で円の面積を計算する必要があります。

四分円の式と導関数
ライプニッツ級数の導出に使う積分計算で「厳密には」積分区間からx=0を除いて考えるのは、計算に使う導関数の式がx=0 (この時にy=0)において無限大に発散してしまう事によります。

②円の接線の式を利用して関係式を作る

そこで、実は「円の接線の式」を利用すると通常とは異なる形で面積の積分計算ができます。

但し積分を行う対象の関数は円の式なので、接線上の点を考えるわけではなく「円周上の点(x,y)に対して成立する関係式」を接線の式を利用して作ります。

円周上の点(x,y)における接線の傾きはdy/dxで表される導関数です。そして、接線のy切片(接線とy軸の交点)をzとします。この時にy=(dy/dx)x+zが成立します。

この時にzはxの関数です。そのようなz=z(x)という関数がxの開区間(1,0)の範囲内において円周上の点(x,y)に対して必ず存在できます。 このzの値が存在できる事は図形的に見ても確認できますが、式でも確かに示せます。

$$y>0においてy=\frac{dy}{dx}x+zとすると、\frac{dy}{dx}=\frac{1-x}{y}であるので$$

$$y=\frac{x-x^2}{y}+z\Leftrightarrow zy=y^2-(x-x^2)=y^2-x+x^2$$

$$円の式y^2 +x^2 -2x=0より、zy=x$$

$$y>0であればz=\frac{x}{y}=\frac{x}{\sqrt{2x-x^2}}$$

ここで考えているy=(dy/dx)x+zという式は、 あくまで円周上の点(x,y)に対して成立する式です。接線自体の式として考える場合はxとyを接線上の点の座標として考えるわけですから、円周上の点を別の文字で例えば(a,b)として表し、 その点における微分係数f’(a)を使う必要があります。その時に接線の式はy=f’(a)x+z(a)であり、これは接線上の点(x,y)に対して成立する関係式です。

接線の式を利用した変換
y>0の範囲で円の接線のy切片をzとすると、円周上の点(x,y)に対してy=(dy/dx)x+zを満たすz=z(x)が存在します。

この時にxをzで表す事もでき、後の計算で重要です。

$$z=\frac{x}{\sqrt{2x-x^2}}=\sqrt{\frac{x}{2-x}}から、z^2(2-x)=x$$

$$\Leftrightarrow x=\frac{2z^2}{1+z^2}$$

この後の計算では、このzを変数として四分円の面積を積分計算する事を考えて行きます。xをzで表した式を見ると分母が1+z2となっており、これが幾何級数展開可能な式の形になっています。

後の計算で重要な関係式

0<z<1の範囲においてはzで表したxの式は、公比を-z2とした幾何級数展開が可能です。 $$x=\frac{2z^2}{1+z^2}=2z^2(1-z^2+z^4-z^6+\cdots)$$

(補足)図形的にy切片と導関数を計算する場合

上記の計算でzの具体的な形としてz=x/yが得られましたが、この関係は平面幾何的にも導出できます。ここで考えている円はy軸が原点における接線となっているので、「接線のy切片と接点と円の中心」で作られる三角形を考えて合同関係に着目すれば三平方の定理によってzとxおよびyとの関係式を作る事ができます。

接線のy切片(0,z)から接点(x,y)までの距離は三角形の合同関係からzです。また、接線のy切片からx軸方向にx進み、y軸方向にy-z進めば接点(x,y)にたどり着きます。

同じく図形的考察からy>0において接線の傾きは(yーz)/x=(yーx)/(xy)です。そしてyをxで表すと、微分により得る導関数と同じ式を得ます。

$$y>0の時、接線の傾きは\frac{y-z}{x}=\frac{y-\frac{x}{y}}{x}=\frac{y^2-x}{xy}$$

$$=\frac{2x-x^2-x}{x\sqrt{2x-x^2}}=\frac{x-x^2}{x\sqrt{2x-x^2}}=\frac{1-x}{\sqrt{2x-x^2}}\left(=\frac{dy}{dx}\right)$$

③積分においてyの形を変形する(面積変換定理)

次に四分円の面積を積分によって考えます。この時に、積分変数xでyを積分する計算において
y=(dy/dx)x+zの式変形をしてzを積分計算に持ち込みます。以下、まず積分区間に依存せずに不定積分で可能なところまで式変形の計算を進めて行きます。

$$\int ydx=\int\left(\frac{dy}{dx}x+z\right)dx$$

この段階では積分変数の変換を行ったわけではありません。
(dy/dx)x+z={(1-x)/y}・x+x/y
=(2x-x)/y
=y/y=y
という関係を使ってyを表しているだけとなります。

次に2つの項のそれぞれについて積分変数の変換を考えます。

まず(dy/dx)xの項については部分積分の公式を適用して変形をします。

$$\int\frac{dy}{dx}xdx=xy-\int y\left(\frac{d}{dx}x\right)dx=xy-\int ydx$$

この部分積分による式変形は、定積分で計算した時には長方形領域の面積を曲線で分割した時の関係を表す意味を持ちます。

置換積分を行ってから(d/dy)y=1が乗じられていると見て部分積分を行い、積分の項に対して再度置換積分を行って積分変数をxに戻す事でも同じ式を得ます。$$最初に置換積分を行うと、\int\frac{dy}{dx}xdx=\int xdy$$ $$次に積分変数yで部分積分を行うと\int x dy=\int x \left(\frac{d}{dy}y\right)dy=xy-\int\frac{dx}{dy}ydy$$ $$置換積分を再度適用してxy-\int\frac{dx}{dy}ydy=xy-\int y dx$$ 但し、定積分を行う時にはxでの積分であったかyでの積分であったか注意も必要です。(ここでの四分円に対する計算ではx=0の時y=0でx=1の時y=1なので結果的にそれほど問題は起こらない。)

積分の変形と面積の関係
置換積分を最初に行った場合、ここでの変数変換は相似な三角形の辺の比に対応しています。この図では原点を通る曲線に対して原点からの定積分を考えていますが、任意の積分区間で考えた場合も同様に面積を分割する図形的意味を持ちます。

同様の部分積分の適用の仕方でzの項についても式変形し、
さらに置換積分によって「積分変数zでxを積分する」形に変形します。

$$\int z dx=\int z \left(\frac{d}{dx}x\right)dx=zx-\int\frac{dz}{dx}xdx=zx-\int x dz$$

置換積分と部分積分の順序を入れ換えて、置換積分を先に実行して積分変数をxからzに変える 事もできます。定積分する時には積分変数に注意。 $$単純に置換積分を行った場合は、\int zdx=\int z\frac{dx}{dz}dz$$ $$=zx-\int\left(\frac{d}{dz}z\right)xdz=zx-\int xdz$$

式を整理すると、積分変数xによるyの積分の項が2つあるのでまとめる事ができます。

$$\int y dx=xy-\int y dx+zx-\int x dz$$

$$\Leftrightarrow 2\int y dx=xy+zx-\int x dz$$

$$\Leftrightarrow \int y dx=\frac{1}{2}\left(xy+zx-\int x dz\right)$$

ここで式中のxyととzxは積分変数をxとして考えた時の原始関数です。但し上記の補足説明のように積分変数をyやzで計算した場合はyやzの原始関数として端点の値を代入する必要があります。

$$\int y dx=\frac{1}{2}\left(xy+zx-\int x dz\right)$$この関係式を定積分で考えたもの(あるいはzに関する計算をする前の段階のもの)はライプニッツの面積変換定理と呼ばれる事があり、円の式に限らず積分可能な一般の1変数関数に対して成立します。図形的な意味としては積分における面積計算の領域を2つに分けて、そのうちの1つを接線のy切片であるzによって積分計算しているものになります。
尚、この式の右辺をxで微分するとyに等しくなる「はず」ですが、
具体的にチェックをしてみると次のようになります。 $$zはxだけの関数で表せる事と、\int x dz=\int x\frac{dz}{dx}dxに注意して、$$ $$\frac{d}{dx}\frac{1}{2}\left(xy+zx-\int x dz\right)=\frac{1}{2}\left(y+x\frac{dy}{dx}+z+x\frac{dz}{dx}-x\frac{dz}{dx}\right)$$ $$=\frac{1}{2}\left(y+x\frac{dy}{dx}+z\right)=\frac{1}{2}\left(y+y\right)=y$$

④幾何級数展開を適用

「xを積分変数zで積分する」項について、0<x<1の時に0<z<1であるので1/(1+z)の部分に対して幾何級数展開を適用できます。公比は-zです。

$$\int y dx=\frac{1}{2}\left(xy+zx-\int x dz\right)において、$$

$$\int x dz=\int \frac{2z^2}{1+z^2}dz=2\int z^2\cdot\frac{1}{1+z^2}dz$$

$$=2\int z^2(1-z^2+z^4-z^6+\cdots)dz=2\int(z^2-z^4+z^6-z^8+\cdots)dz$$

$$=2\left(\frac{z^3}{3}-\frac{z^5}{5}+\frac{z^7}{7}-\frac{z^9}{9}+\cdots\right)$$

これを項別積分するには関数列が一様収束するという条件が必要ですが、ここではその条件は満たされています。(収束する整級数が一様収束する事の証明は、連続性定理の証明の一部として後述。級数変化法による計算と、コーシー列に関する考察を含みます。)

よって、次式が成立します。

$$\int y dx=\frac{1}{2}\left(xy+zx-\int x dz\right)=\frac{1}{2}\left(xy+zx\right)-\left(\frac{z^3}{3}-\frac{z^5}{5}+\frac{z^7}{7}-\frac{z^9}{9}+\cdots\right)+C$$

(この段階ではまだ不定積分で考えているので、積分定数Cを加えた形にしています。)

ここで行われた式変形を細かく表現すると
「0<x<1の範囲内で0<z<1であり、
その範囲の任意のzに対して公比を-zとして1/(1+z)を幾何級数展開できる」
という事になります。
幾何級数(等比級数)は公比の絶対値が1未満である時は公式を適用できます。 $$|r|<1の時、1+r+r^2+r^3+\cdots=\frac{1}{1-r}$$ (導出:第n項までの和をSとして、S-rS=(1-r)Sを計算して(1-r)で割り、n→∞)
逆に、|r|<1の時に1/(1ーr)の形の項は幾何級数の形に展開できます。1/(1+r)の形の場合は公比が-rになります。ここでは展開後の結果にzを乗じていますが、初項がzであるとしてz/(1+z)に対して幾何級数展開を適用しても最終的な計算結果は同じになります。

⑤定積分の計算と極限の考察

ライプニッツ級数は「四分円の面積π/4が無限級数1ー1/3+1/5-・・・に等しい」という式であり、四分円の面積は円の上半分の式\(y=\sqrt{2x-x^2}\)をx=0からx=1まで定積分すれば得られます。そのため本来は、上記で得られた積分の変形式でも積分変数xに対して積分区間を [0,1] としたいところです。簡易的な方法としてはそれでライプニッツ級数を導出可能です。

すなわち、x=0の時にy=z=0,x=1の時にy=z=1の関係から、得られている不定積分を定積分に変える事でライプニッツ級数を得ます。(積分中のxy,zxは共に積分変数をxとしている原始関数であり、例えばx=1を代入してyについてもその時にy=1なのでxy=1という計算。)

$$\frac{1}{2}\left([xy]_0^1+[zx]_0^1\right)-\left[\frac{z^3}{3}-\frac{z^5}{5}+\frac{z^7}{7}-\frac{z^9}{9}+\cdots\right]_0^1=\frac{1}{2}\left(1+1\right)-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\cdots$$

$$=1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\cdots$$

$$これが\int_0^1 y dx=\frac{\pi}{4}に等しいとすると\frac{\pi}{4}=1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\cdots$$

しかしここでは一応、積分区間にx=0とx=1を含める事はできないとした場合の計算も記します。

  • x=0を含めないのは、式変形で使用したdy/dxがx=0で無限大となるため
  • x=1を含めないのは、幾何級数展開時に|z|<1の条件が必要なため

0<ε<δ<1であるεとδを考え、積分区間を[ε,δ]と置きます。そして計算結果においてε→0,δ→1の極限を考えます。ε→0の時y→0およびz→0であり、δ→1の時y→1およびz→1です。

ライプニッツ級数自体がπ/4に収束する「無限級数」なので、積分区間の極限を考えた時にも等式は問題なく成立します。四分円を普通に定積分した時に積分区間[ε,δ]に対してε→0,δ→1とすればπ/4に収束するので、「2つの式の極限値が同じ値に収束する」という事でライプニッツ級数の等式が成立します。

$$\int_\epsilon^\delta y dx=\frac{1}{2}\left([xy]_\epsilon^\delta+[zx]_\epsilon^\delta\right)-\left[\frac{z^3}{3}-\frac{z^5}{5}+\frac{z^7}{7}-\frac{z^9}{9}+\cdots\right]_\epsilon^\delta$$

$$\lim_{\epsilon \to 0, \delta \to 1}[xy]_\epsilon^\delta=1\cdot1-0\cdot0=1,\hspace{7pt}\lim_{\epsilon \to 0, \delta \to 1}[xy]_\epsilon^\delta=1\cdot1-0\cdot0=1$$

幾何級数展開した部分についての極限については、何が問題なのかを整理しておきます。

  • 幾何級数が収束する事が保証されるのは|z|<1の範囲(0<x<1)であり、級数が収束しないなら項別積分もできない。
  • z=0(x=0)の時には幾何級数展開自体は可能で、1/(1+z)に対して初項1だけが残り、z=0を乗じて全体が0になる。従って、ε→0の時の全体の極限値も0。

つまり、考察が複雑になるのは積分区間の端点を1に近付けて行く場合です。より具体的には
/3ーz/5+z/7+・・・に「z=1を代入してみた場合の式」が収束するかどうかの判定が曖昧になっています。

この時にz/3ーz/5+z/7ー・・・の形の無限級数が収束するかどうかは、実は独立に確かめる方法があります。z=1を代入してみた時の形1/3ー1/5+1/7ー・・・は収束する事を確認できます。(但し、その方法では1ー1/3+1/5ー・・・がπ/4に収束するかどうかは判定できません。)

(交代級数に関する)ライプニッツの定理

数列{a}について
・数列{|a|}が単調減少 かつ
・n→∞でa→0ならば
交代級数aーa+aーa+・・・は収束する。
(但しこの逆は真ではなく、交代級数が収束しても上記2条件が満たされるとは限らない。)
※微分に関する同名の「ライプニッツの定理」も存在し、状況によっては使用を避けたほうが良い名称です。

この判定方法によれば、1/3ー1/5+1/7ー・・・は「収束する」事が分かります。

■参考:交代級数の収束性の検証(1/3ー1/5+1/7ー・・・の場合。逆三角関数によるライプニッツ級数の導出過程にて。)

このような時にz/3ーz/5+z/ー・・・はz→1の時に収束し、
その極限値は1/3ー1/5+1/7ー・・・の極限値に等しくなる事を保証する定理(連続性定理)がまた別に存在します。そのため、幾何級数展開した部分の極限は次のようになります。

$$\lim_{\epsilon \to 0, \delta \to 1}\left[\frac{z^3}{3}-\frac{z^5}{5}+\frac{z^7}{7}-\frac{z^9}{9}+\cdots\right]_\epsilon^\delta=\left(\frac{1}{3}-\frac{1}{5}+\frac{1}{7}-\frac{1}{9}+\cdots\right)-0$$

$$=\frac{1}{3}-\frac{1}{5}+\frac{1}{7}-\frac{1}{9}+\cdots$$

$$よって、\lim_{\epsilon \to 0, \delta \to 1}\int_\epsilon^\delta y dx=\frac{1}{2}\left([xy]_\epsilon^\delta+[zx]_\epsilon^\delta\right)-\left[\frac{z^3}{3}-\frac{z^5}{5}+\frac{z^7}{7}-\frac{z^9}{9}+\cdots\right]_\epsilon^\delta$$

$$=\frac{1}{2}(1+1)-\left(\frac{1}{3}-\frac{1}{5}+\frac{1}{7}-\frac{1}{9}+\cdots\right)=1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\cdots$$

$$同時に、\lim_{\epsilon \to 0, \delta \to 1}\int_\epsilon^\delta y dx=\int_0^1 y dx=\frac{\pi}{4}であるから$$

$$\frac{\pi}{4}=1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\cdots$$

ライプニッツ級数の導出で使う式や計算をまとめるとこのようになります。置換積分と部分積分を行う箇所については順序を入れ換える事もできます。端点の極限を厳密に考える時には交代級数の収束性と連続性定理を考える必要があります。

■参考:(アーベルの)連続性定理

積分区間の端点の極限の考察で使用した連続性定理は次のようなものです。

連続性定理

x=0を中心とする整級数において収束半径がρ(>0)の時、 $$x=\rhoにおいて\sum_{n=0}^\infty a_nx^nが収束する\Rightarrow \lim_{x\to\rho -0}\sum_{n=0}^\infty a_nx^n=a_n\rho^n$$ $$\left(x=\rhoにおいて\sum_{n=0}^\infty a_nx^nが収束する\Rightarrow f(x)はx=\rho において左側連続\right)$$ xはρよりも小さい側からの極限を考えるものとしています。(「x→ρー0」の意味)
x=0を中心とする整級数(以下、単に「整級数」と呼びます)において収束円が(-ρ, ρ)であるという事は、|x|>|ρ|で収束しない事を意味します。
この時にもしx=ρにおいては整級数が収束する時に、その条件下で整級数が収束する範囲内でxを動かしてx→ρの極限を考えるとx=ρでの整級数(のnに関するxの極限関数)の連続性が保証されるというのが連続性定理の内容です。
この定理の表現方法はいくつか存在します。
例えば$$\sum_{n=0}^\infty a_nx^nが収束円の1つの端で収束する\Rightarrow\sum_{n=0}^\infty a_nx^nはその端において連続である$$と言っても同じ事です。
また、連続である事を表す極限については、例えば0以上1未満のtを使って\(\sum_{n=0}^\infty a_n(\rho t)^n\)に対してt→1の極限を考えても同じ事になります。
整級数の中には収束円の端点の片側だけで収束して、もう片方の端点では発散するというものが存在します。連続性定理もx=ρで整級数が収束する時にx=ρ側だけで連続性を保証し、
x=ーρの連続性は分からないものになります。

■連続性定理の証明

まず、各xでの整級数の極限関数がL(x)であるとします。
x=ρで収束するので $$\sum_{k=0}^{\infty}a_k\rho^k =L(\rho)として、$$ $$任意の\epsilon>0に対して、n>Nであれば\left|\sum_{k=0}^na_k\rho^k -L(\rho)\right|<\epsilonとなる自然数Nが存在$$ $$b_0=a_0-L(\rho),\hspace{5pt}n\neq0の時はb_n=a_nとするとn>Nであれば\left|\sum_{k=0}^nb_k\rho^k\right|<\epsilon$$ 次に|x|<|ρ|の任意のxに対しても、n>Nであれば一律に任意の同一のプラスの実数値以下(あるいは未満)にできるかを調べます。【εごとにxに依存しないで1つの値Nを決定できるかどうかを調べたい。】 $$n>M>Nに対して|S_n|=\left|\sum_{k=M+1}^nb_k\rho^k\right|=\left|\sum_{k=0}^nb_k\rho^k-\sum_{k=0}^Mb_k\rho^k\right|<2\epsilon\hspace{5pt}\cdots(*)$$ $$n> M+1の時S_n-S_{n-1}=b_n\rho^n\hspace{10pt}n=M+1の時、S_{M+1}=b_{M+1}\rho^{M+1}$$ $$x=\rho tとすると、\sum_{k=M+1}^nb_kx^k=\sum_{k=M+1}^nb_k\rho^kt^k=S_{M+1}t^{M+1}+\sum_{k=M+2}^n(S_k-S_{k-1})t^k$$ $$=S_{M+1}t^{M+1}+(S_{M+2}-S_{M+1})t^{M+2}+\cdots+(S_{n-1}-S_{n-2})t^{n-1}+(S_{n}-S_{n-1})t^n$$ $$=S_{M+1}(t^{M+1}-t^{M+2})+S_{M+2}(t^{M+2}-t^{M+3})+\cdots+S_{n-1}(t^{n-1}-t^n)+S_nt^n$$ |t|<1(すなわち|x|<|ρ|)の時はtk+1-tk>0であり、
削除: かつn>M>NであればSに関して上記(*)式が成立するので次の不等式が成立します。 $$\small{\left|\sum_{k=M+1}^nb_kx^k\right|≦|S_{M+1}|(t^{M+1}-t^{M+2})+|S_{M+2}|(t^{M+2}-t^{M+3})+\cdots+|S_{n-1}|(t^{n-1}-t^n)+|S_n|t^n}$$ $$<2\epsilon(t^{M+1}-t^{M+2})+2\epsilon(t^{M+2}-t^{M+3})+2\epsilon(t^{M+3}-t^{M+4})+\cdots$$ $$+2\epsilon(t^{n-2}-t^{n-1})+2\epsilon(t^{n-1}-t^n)+2\epsilon t^n$$ $$=2\epsilon t^{M+1}<2\epsilon$$ 【以上の不等式の組み立て方は級数変化法と呼ばれ、より一般的な形の命題が存在します。】
$$|x|<|\rho|である任意のxに対して、任意の2\epsilon>0を考えた時に$$ $$n>M(>N)であれば\left|\sum_{k=M+1}^nb_kx^k\right|=\left|\sum_{k=0}^nb_kx^k-\sum_{k=0}^Mb_kx^k\right|<2\epsilon$$ $$\left|\sum_{k=M+1}^nb_kx^k\right|=\left|\sum_{k=M+1}^na_kx^k\right|であるから【初項a_0,b_0がないので】、$$ $$n>M>Nであれば\left|\sum_{k=M+1}^na_kx^k\right|=\left|\sum_{k=0}^na_kx^k-\sum_{k=0}^Ma_kx^k\right|<2\epsilonでもある。\cdots(**)$$ 今、整級数を関数列{f}として見た時に、集合Fを{fn, fn+1, fn+2, ・・・}として考えて、
Fに対する上限と下限B=supFおよびA=infFを考えます。
各xに対してn>Nの時、
任意のδ>0に対してB-δ<fとなる自然数p>Nがあり【上限の定義から】、
2ε=ε>0に対して別の自然数q>Nを考えて上記(**)式でn=p,M=qとすると
|f-f|<εであり、-ε<f-f<ε
もしp<qならn=q,M=pとして考えて、成立する不等式は結果的に同じになります。
すると、B-δ<f<ε+fとなり、B-f<ε+δ
1つのqとεに対してδは0より大きい範囲で任意であるので、
B-f<εは成立し、B-f=εもあり得るけれども
B-f>εは成立しないので
B-f≦ε・・・(***)
下限については任意のδA>0に対してA+δA>fとなる自然数j>Nがあり【定義から】、
先ほどの(***)式はq=jの時でも成立し、B-f≦ε⇔f≧B-εとなるので
+δA>f≧B-εであり、
+δA>B-ε⇔B-A<δA+ε
δAは0より大きい範囲で任意なのでB-A≦ε
これはn→∞とした時にB→Aを意味して、閉区間 [B,A] は1つの点{c}に収束します。
さらに、n>Nの範囲でB≧c≧Aであるから、この時に任意のn>Nに対して|f-c|≦ε
(この範囲内でB=Aでなければ|f-c|<ε
よってcは整級数fの極限値でもあり、各xに対してc=L(x)であり、
n>Nであれば|x|<|ρ|の範囲内の任意のxについて一律に|f-L(x)|≦ε=2εとなります。
またx=ρの時はn>Nでε未満になるので、2ε以下という不等式も満たします。
【この事は整級数が|x|<|ρ|およびx=ρにおいて一様収束する事を表しています。
また、(**)式を示した後の証明はコーシー列に関する考察の一部です。整級数に限らず一般の数列に対して成立する事も含んでいます。】
次にx=ρでの連続性を見るためにx→ρの極限を連続性の定義の式から考えると、
三角不等式の考え方を利用して $$\small{\left|\sum_{k=0}^\infty a_kx^k-\sum_{k=0}^\infty a_k\rho^k \right|≦\left|\sum_{k=0}^\infty a_kx^k-\sum_{k=0}^na_kx^k \right|+\left|\sum_{k=0}^n a_kx^k-\sum_{k=0}^na_k\rho^k \right|+\left|\sum_{k=0}^n a_k\rho^k-\sum_{k=0}^\infty a_k\rho^k \right|}$$ 右辺の絶対値記号内の3項はnの値やxの範囲により、それぞれがε未満か2ε以下になります。
【特にnについて考える時に、上記で示したようにxの値に関わらずn>Nであれば一律に不等式が成立する事が重要です。】
①右辺第1項について、整級数の一様収束性よりn>Nの時。(Nの値はxに依存しない。)
②右辺第2項について、有限の次数の多項式はx=ρで連続なので、x=ρを含む十分小さな開区間U内の任意のxに対して。【この項はx→ρの極限で、nの値は任意で成立。】
③右辺第3項について、x=ρにおいても整級数は収束するのでn>Nの時。
そこで、nが①と③を満たすように十分大きく、
xが②を満たす開区間U内の範囲にあり、かつ|x|<|ρ|であれば $$\left|\sum_{k=0}^\infty a_kx^k-\sum_{k=0}^\infty a_k\rho^k \right|<2\epsilon+\epsilon+\epsilon=4\epsilon$$ $$\epsilonおよび4\epsilonは任意の小さな実数であるので、xの関数\sum_{k=0}^\infty a_kx^kはx=\rhoで左側連続。$$ ここでは(-ρ,ρ)の区間内でx=ρにおいて左側連続である事が示されています。もしマイナス側のx=-ρでも整級数が収束するなら、同様にx=-ρで右側連続である事を示せます。
【以上の証明は、いくつかの命題や補題に分けて説明される事もあります。】

立体角の定義と使われ方

立体角(solid angle)は、平面上の角度を空間的な広がりに拡張したものであり、球の表面積を利用して表されます。通常の平面の角度の事は、この記事では主に「平面角」と表記します。

立体角の単位は無単位とする事もありますが【sr】(steradian) という単位も一応あります。この記事では平面角のラジアン【rad】と区別する目的で、立体角に対して単位を付けて表記している事があります。

平面角はθで表される事が多いのに対して立体角はΩあるいはω(いずれも「オメガ」)で表記される事が多く、この記事でもその文字を使用します。Ωという文字は、電気抵抗の単位でも使われてその時は「オーム」と読みますが、ここではその意味ではなく文字の1つである「オメガ」として使用します。

立体角の定義と「錐面」

あまり聞き慣れない語かもしれませんが立体角の定義には錐面(「すいめん」)という言葉を使うと表現的に便利です。(使わなくても定義はできますがここでは使用する事にします。)

立体角は1つの点を基準として球面(範囲は任意)に対して錐面が囲む領域の表面積でとして定義されます。「錐面」とは円錐や三角錐などをより一般的に表した立体的な図形の側面の部分を表します。

錐面(「すいめん」)とは

錐面とは空間内の「1点」から伸びて1つの閉曲線を通過する直線の集まりによって形成される曲面を指します。(三角錐の側面のように平面状である物も含みます。)
1点を通過する直線の集まりとしても考えられますが、立体角を考える」場合には普通は半直線の集まりとしての錐面を考えます。
錐面を形成する閉曲線が円であればそれが「底面」を成して全体を構成する立体(錐体) は円錐であり、三角形であれば三角錐、四角形であれば四角錐となるといった具合になります。
立体角を考える時には模式的に円錐状の広がりを考える事も多いですが(分かりやすいので)、考える錐面は理論上は色々なものがあってよい事になります。

平面では三角形の一部に対して通常の角度(平面角)を考えますが、空間では円錐などの錐体を一般化したものの側面である錐面によって空間的な広がり(立体角)を考える事ができます。この図では円錐などの「底面」を敢えて上側に持ってきて描いています。
立体角の定義

立体角Ω【sr】はある1点Oからの3次元空間的な広がりを定量的に表します。
Oを中心とする半径rの球面において
「Oを頂点とした錐面で囲まれる領域」の面積をSωとした時に、次式で表されます。 $$\Omega=\frac{S_{\omega}}{r^2}$$ ところで球の表面積は \(4\pi r^2\) で表されるので、実はこの式は
考えている球の半径の具体的な値に関わらず立体角は同じ値になる定義となっています。
そこで、錐面で囲まれる球面上の領域の面積を「球面全体の面積のK倍」とすると次式で考える事もできます。 $$S_{\omega}=4\pi r^2Kと置く時、$$ $$\Omega=\frac{S_{\omega}}{r^2}=4\pi K$$ つまり立体角は4πの倍数(任意の実数倍ですが普通は1以下の有理数)で表され、
半球全体の広がり(空間全体の2分割)を表す立体角は2π【sr】です。(K=1/2)

次に見て行くように立体角は考えている球面(あるいは任意の曲面)がプラスとマイナスの符号の違いがあり、さらに任意の実数の値を考える事ができます。

球の表面積を表す記号としてはSでもAでも他の文字でも何でもよいのですが、ここでは一般の閉曲面の表面積も考えていくので球面上の領域の面積には添え字を付して区別しています。

平面で通常の角度である平面角θを考える時も実は同じような考え方がなされています。
原点から伸びる2直線と、原点を中心とするてきとうな半径rの円との交点を考えて、その円弧の長さLを半径rで割った値が弧度法での角度θであると言えます。つまりθ=L/r【rad】と考えていて、L=2πrkとおくならθ=2πk【rad】であり、すなわち
「2πの何倍か」によって平面上の1点から伸びる2直線の広がりを角度θで表している
というわけです。
ただし平面角の場合、その倍率であるkは任意の実数値ですが普通は敢えて無理数では考えずに有理数を使う事が多いわけです。
90°であれば2π/4=π/2【rad】
60°であれば2π/6=π/3【rad】
45°であれば2π/8=π/4【rad】のようにしている事の
拡張が立体角の考え方であると言えます。
ただし立体角の場合は、同じ立体角の値となる広がりの錐面の形状は一般的に1つとは限らず様々な形状があり得ます。

立体角の大きさの範囲

立体角を0【sr】から2π【sr】に増加させると、広がりとしては半球の大きさ分になります。
図形的に見るとそこから先も半球分に立体角を加えていく事は可能に見えるわけで、実際そこからさらに立体角を増やす事は可能です。

立体角が2π【sr】を超える時には図形的には錐面は球面の反対側の領域を切りとっていく事になるはずです。この時に錐面と球面の交わりで作られる閉曲線の「内側」と「外側」の関係を統一的に考えて、0【sr】から始めて「閉曲線の内側」と考えていた向きを2π【sr】から先も保つとします。

すると、錐面が切り取る球面上の領域の表面積は2π【sr】にさらに値が追加されていく事になります。それを続けると立体角は「球の内側から見た球面全体に対する広がり」(すなわち「空間全体」に対する広がりと同じ)を表す4π【sr】まで増加します。

つまり通常の3次元空間での立体的な広がりを表すには、立体角の「大きさ」は0≦Ω≦4πの範囲で考えれば十分という事になります。球全体の表面積に対する倍率では0≦K≦1を考えています。
ただし後述するように、曲面に対する表裏の関係で立体角を符号も含めて考える時は
マイナスの値も含まれるようになって範囲が-4π≦Ω≦4πとなります。(さらにその範囲外の場合も立体角は定義されますが、ここでは原則として除いて考える事にします。)

後述するように、あるいは図形的に考えて閉曲面内に立体角を考える点を設置して閉曲面全域に対して立体角を考える場合にはその立体角のは符号も含めて4π【sr】です。逆に閉曲面の外側から閉曲面全域についての立体角を考えると、その立体角は0【sr】になります。(閉曲面の外側から閉曲面全域の立体角を考える場合、閉曲面を2に分割して同じ大きさのプラスマイナスの符号だけ異なる立体角を合計する事で0になります。)

動く点から1つの曲面に対して立体角を考える場合には
点が曲面の外を通って1周した後に曲面を通過してもとの位置に戻る時に、
曲面通過時に立体角が4π【sr】または-4π【sr】変化するという事が起こります。
ただし通常の図形的な考察ではその場合を考えなくてもよいので、
以下ではその場合を除いて考えていきます。

立体角が負の数である時の定義

立体角Ωが0≦Ω≦4πの範囲の時、
立体角を考える基準の点は球面(半径に関わらず)の内側にあります。

そこで、空間内のてきとうな位置から何かの曲面に対して立体角を考える時には
曲面に表と裏がある時には次のように立体角の符号を決める定義をします。

立体角のプラスとマイナスの符号の定義
  • 基準点が曲面の裏側にある時:立体角の値の符号はプラス+
  • 基準点が曲面の表側にある時:立体角の値の符号はマイナス-

ここでの曲面の表裏の関係は、法線面積分等を考える時の意味での曲面の表裏と同じです。
符号の関係をここでの場合とは逆にしても定義は可能ですが、ここでは混乱を避けるためにこの定義のもとで話を進めます。

ここでの「表側」「裏側」という事をより具体的に言えば、
曲面の外縁となっている閉曲線の各点から基準点に向けての錐面を構成する線分が曲面の表面側から出る方向を向いているか、裏面側から出る方向を向いてるかの違いになります。

この定義とは逆の方法で、立体角の符号を逆に考える定義もあります、ただし以下ではこの図の位置関係での定義として立体角の符号を考えます。

法線面積分およびガウスの積分との関係式

立体角は前述の符号も含めた関係の定義のもとで、
てきとうな曲面Sがあった時にその曲面上の法線面積分で表す事ができます。

さらに立体角を法線面積分で表す時、被積分関数はガウスの積分【位置ベクトル(x,y,z)を距離の3乗で割ったものに対する「閉曲面」上の法線面積分】での被積分関数になります。
そのため、特にSが閉曲面の時には立体角は-4π≦Ω≦4πの範囲においてガウスの積分として値が3通りに決まります。

法線面積分による立体角を表す式

原点をOとして\(\overrightarrow{r}=(x,y,z)\) として、その大きさはrで書きます。
ある曲面Sの外縁となっている閉曲線の各点から原点に直線を引いて錐面を作った時、 原点Oから見た立体角は次のように符号も含めて法線面積分で表されます。 $$\Omega=\int_S\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\cdot d\overrightarrow{s}$$ ■右辺を勾配で表した時 $$\Omega=-\int_S\left\{\mathrm{grad}\left(\frac{1}{r}\right)\right\}\cdot d\overrightarrow{s}$$ ■特に曲面Sが閉曲面である時
上記の積分はガウスの積分であり、
値は原点OとSの位置関係によって次の値になります。

原点Oの位置立体角Ωの値(およびガウスの積分の値)
閉曲面Sの内部\(\Omega =4\pi\)
閉曲面Sの外部\(\Omega =0\)
閉曲面S上\(\Omega =2\pi\)

閉曲面を考える場合には閉曲面に対して立体角を考える点が
「内部にあれば裏側」「外部にあれば表側」という事が確定するので、
-4π≦Ω≦4πの範囲で立体角が符号も含めてこれらの3通りに決まります。
ある点から曲面あるいは閉曲線に向けての立体角を考える時、その立体角を曲面等から点に向けて「張る」立体角であると表現される事もあります。

立体角を法線面積分で表す関係式を導出する方法としては、
曲面を細かい平面に分割して角度(平面角)の関係から微小面積に対する関係式を考えるか、もしくは最初から積分で考えてみてガウスの発散定理を適用する方法があります。

曲面が閉曲面の時にはガウスの積分そのままの計算であり、値の導出の計算にはガウスの発散定理を使うと導出する事ができます。

立体角の定義から考えると、外縁となる閉曲線を共有する複数の開曲面に対して錐面の延長をはみ出さない限りは「立体角は1つだけの値として決まるはず」です。
その事は、立体角を考える点から見て「曲面の表裏の関係が同じであれば」成立します。

【積分の表記の場合でもガウスの発散定理を使う事でそれが成立する事を確認できます。下記の2番目の方法でも触れるように、\(\overrightarrow{r}\)/(r)の発散は0である事を使用します。】

この場合、錐面から曲面がはみでている場合でもはみ出た部分によって閉曲面を考えると、その部分の符号も含めた立体角はガウスの積分で表せることから0となって消えるので立体角の大きさに影響しない事になります。

他方で、立体角を考えている点Oに向けて閉曲線から曲面を引っ張ってきたような場合には話が変わってきます。例えばそれで1つの曲面が点Oに重なる場合には積分の表記で考えると実は2つの曲面に対する立体角には2πの差ができます。さらに、閉曲線を共有する1つの曲面ともう1つの曲面が1つの閉曲面として点Oを内部に含むようになると、2つの曲面に対する立体角には4πの差が生じます。【その時に2つの立体角についてΩ=Ω+4πという関係になります。立体角は4πを超える事もありますが、ここでの場合に限定して言うと片方の曲面の表裏の関係を保ったまま動かしているのでΩ2はマイナスの値の立体角となり、Ω<4πとなります。】

微小面積で考える場合の導出

立体角を考える基準点の原点Оは開曲面Sの裏側のほうに位置しているとします。

まず球面の領域の表面積から立体角を考える定義のもとで1つの立体角は球面の領域を分割して考える事ができて、さらに考える球面の半径は任意でよい事から分割した微小領域ごとに立体角を考えるための球の半径を自由に設定できます。

ここで球面を微小な平面領域で近似する場合には一般的に半径が大きい球のほうが細かい分割が必要なので、大きい半径を考える時ほどさらに細かく分割を行うものとします。

分割は球面上および曲面上の3点をつないで三角形領域で行うとして、
曲面Sの分割領域の頂点から原点Оに向けて直線を引き、球面に対しても微小領域の頂点がその直線上にあるように分割を行います。必要に応じて分割はより細かくします。

\(\overrightarrow{r}=(x,y,z)\)を考えて、球面の微小領域がその点を含むように位置で球の半径を調整します。(積分をする時にはS上の微小領域上にベクトルを平行移動させるとして考えます。)
\(\overrightarrow{r}\)は原点から(x,y,z)に向かうベクトルであり、原点を中心とする球の球面に対して垂直です。

次に微小領域同士がなす角度θ(平面角の意味)は、
図の位置関係から\(\overrightarrow{r}\)と曲面S上の面積要素ベクトル\(d\overrightarrow{s}\)のなす角に等しくなります。
(面積要素ベクトルは曲面上の微小領域に垂直です。)

曲面S上の微小領域の面積を\(|d\overrightarrow{s}|\) =dsとして
球面上の微小領域の面積をdAとおくと、dA=dscosθです。

他方で\(\overrightarrow{r}\)と\(d\overrightarrow{s}\)の内積を計算すると\(\overrightarrow{r}\cdot d\overrightarrow{s}\)=r ds cosθ=r(ds cosθ)=rdAです。
そのため、今考えている微小領域に対する立体角の微小量をdΩの定義式から計算すると次のようになります。【途中で分子に対してr(ds cosθ)の形を作る変形をしています。】

$$d\Omega =\frac{dA}{r^2}=\frac{rdA}{r^3}=\frac{rds\cos\theta}{r^3}=\frac{\overrightarrow{r}\cdot d\overrightarrow{s}}{r^3}$$

そこで、曲面Sの領域全体に対して微小領域を合計して分割の極限をとる事で法線面積分の形になります。(dΩを同じ領域で積分すると、曲面S上の分割と球面上の分割は1つ1つ対応させているので全体の立体角Ωとなります。)

$$\Omega=\int_S\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\cdot d\overrightarrow{s}$$

\(\overrightarrow{r}\)/(r)は、-1/rに対する勾配ベクトルを使って-grad(1/r)とも書けます。

閉曲面の場合には開曲面を2つ考えてつなぎ合わせる事により、
表と裏の関係による符号にだけ注意すれば同じように関係式が成立します。

微小面積に対する立体角の式

同時に、ここでの導出での途中式で得られている関係式も
物理的な考察に使える事があります。 $$d\Omega =\frac{dA}{r^2}=\frac{ds\cos\theta}{r^2}$$ 導出ではこれを内積として考えて法線面積分ができる形にしていますが、
これをそのまま使える場合というのもあります。

発散定理から考える方法

曲面Sの外縁の閉曲線の各点から原点Оに向かって直線を引いて錐面を作り、原点は曲面Sの裏側のほうに位置しているとします。球面は原点を中心とします。原点と曲面の間のてきとうなところで球面を考えて、「開曲面Sと錐面と球面上領域S」で構成される閉曲面Sを考えます。

すると原点から向かう位置ベクトル\(\overrightarrow{r}\)は、その閉曲面上では曲面S上で表側を向き、球面上では裏側を向きます。つまり同じ被積分関数\(\overrightarrow{r}\)/(r)に対する法線面積分は符号が互いに逆になります。

原点を中心とする球面上では球面に対して\(\overrightarrow{r}\)は垂直なので各微小領域で\(\overrightarrow{r}\)/(r)と面積要素ベクトルとの内積は1/(r)とdsの積です。球面上で1/(r)は一定値である事に注意すると、法線面積分は定数をS=0から「表面積の値」まで積分したものになります。
そこで球面上領域Sの面積を4πrkとおくと、S上の法線面積分は、閉曲面Sでは裏側で行う事にも注意して-4πk(=-Ω)となります。

$$\int_{Sc}\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\cdot d\overrightarrow{s}=\int_{Sc}\left|\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\right|ds=\int_{Sc}\frac{1}{r^2}ds=\frac{1}{r^2}\int_{Sc}ds【S_c 上でrは一定値なので】$$

$$=-4\pi r^2k\cdot\frac{1}{r^2}=-4\pi k$$

また錐面は\(\overrightarrow{r}\)の定数倍の線分で構成される微小平面の集まりなので、各微小領域で面積要素ベクトルは\(\overrightarrow{r}\)に垂直です。よって、錐面での\(\overrightarrow{r}\)/(r)の法線面積分は0になります。

ここで、ガウスの発散定理を使うために
\(\overrightarrow{r}\)/(r)に対する発散(無限大の発散ではなく div のほう)を考えると次の公式がつかえます。

使用している公式

ベクトル場に対する発散 div の直接計算により次式が成立します。 $$\mathrm{div}\left(\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\right)=0$$ ベクトル場の発散 div\(\overrightarrow{F}\) はスカラー量です。

そこで、ガウスの発散定理を使うと次式が成立します。

$$\int_{S0}\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\cdot d\overrightarrow{s}=\int_V\mathrm{div}\left(\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\right)dv=0【発散定理より】$$

$$他方で、\int_{S0}\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\cdot d\overrightarrow{s}=\int_{S}\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\cdot d\overrightarrow{s}-4\pi k$$

$$よって、\int_{S}\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\cdot d\overrightarrow{s}-4\pi k=0\Leftrightarrow\int_{S}\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\cdot d\overrightarrow{s}=4\pi k=\Omega$$

Sを閉曲面として考える場合には原点ОからSに向かって引いた直線でSに接するものを考えます。接点で構成される閉曲線によりSを2分割して錐面と球面上の領域を含めた全体の領域を考えれば、その内部にある開曲面上の法線面積分は表と裏で合計するとプラスマイナスが打ち消して0になるので上記と同じく開曲面Sに対しての考察で関係式を導出できます。

\(\overrightarrow{r}\)/(r)に対する発散の計算は上図のようになります。当サイト他記事より内容を引用。

円錐の半頂角と立体角の関係式

円錐があった時に、円錐の頂点から見た時の円錐の広がりを表す立体角はどれほどになるでしょうか。これは「底面の中心を含む円錐の断面に等しい三角形を考えた時に、斜辺を半径として円錐の頂点を原点とする球が円錐の底面の周によって切り取られる領域の表面積はいくらですか」という問題です。

円錐の場合には立体角以外にも半頂角(これは平面角)を使う事でも広がりを表現できます。
半頂角とは、
「円錐の頂点と底面の中心を含む断面の三角形における円錐の頂点を含む角度の半分」です。
半頂角の大きさを弧度法で表してφ【rad】であるとして、立体角との関係式を作る事ができます。

円錐の半頂角と円錐の頂点から見た立体角の関係

底面の中心を含む円錐の断面に等しい三角形を考えた時に、
斜辺の長さをrとして、半頂角の大きさをφ【rad】とすると
円錐の頂点から見た立体角は次のように表されます。 $$\Omega=2\pi (1-\cos\varphi)【sr】$$ rは円錐の底面の円周上の点から頂点までの距離でもあり、また円錐の頂点から見た立体角を考える時の球の半径としても特に扱います。(立体角を考える球の半径は任意ですが、一番計算しやすい半径としてここでのrを使います。)
この式でφ=π/2(これは半頂角の値で、2倍するとπです)とおくと
半球分の表面積をrで割った値となり、半球分の立体角を表します。

この式は図形的な考察と積分(1変数の)によって導出します。

底面の中心から球面上に直線を引き、円錐の高さとなっている線分とのなす平面角をθとします。底面の中心から球面上までの長さを保ったまま直線を回転させると球面上に円ができます。この時に円錐の頂点と底面の中心を含む断面ではθの値は同じです。円錐の頂点からその円までの範囲の面積をSとするとそれはθの1変数関数S(θ)です。円錐が作る立体角はΩ=S(φ)/(r)です。

ΔS=S(θ+Δθ)-S(θ)とすると、
図形的な考察によりΔS≒(rΔθ)・(2πrsinθ)であり、
ΔS/ΔθはΔθ→0の極限でr・(2πrsinθ)=2πrsinθと表せます。
そこで、逆に2πrsinθを積分すればS(θ)が得られるはずで、
定積分すればS(φ)が得られるはずであるという流れです。
【より詳しくは (rΔθ)・2πrsinθ ≦ ΔS(θ) ≦ (rΔθ)・2πrsin(θ+Δθ) となり、
変形すると2πrsinθ ≦ ΔS(θ)/Δθ ≦2πrsin(θ+Δθ) となるのでΔθ→0として、
sin(θ+Δθ)→sinθとなる事に注意して導関数(微分)がdS/dθ=2πrsinθのように表せると考えます。すなわち、1変数の定積分および微積分学の基本定理の考え方です。】
rΔθは円弧の長さ(直線状の線分の長さに近似)を計算していて、
ΔSの面積の部分の「幅」でもあります。
2πrsinθはS(θ)の表面積の領域の外周である円周の長さです。

この時にはθを積分変数として区間を[0,φ]のもとで積分をすると表面積に等しくなります。(この場合はこの計算で球の表面積の一部分を表せるという事であり、一般の曲面の表面積はより複雑です。)この積分でθの関数になっているのはsinθの部分だけになります。

$$S(\varphi)=\int_0^{\varphi}2\pi r^2\sin\theta d\theta=-2\pi r^2\large{[\cos\theta]_0^{\varphi}}=2\pi r^2(1-\cos\varphi)$$

立体角はS(φ)/(r)なので式からはrが消えて次式になります。
(Ωはrに依存しないはずなので、その事とも合っています。)

$$\Omega=\frac{S(\varphi)}{r^2}=\frac{2\pi r^2(1-\cos\varphi)}{r^2}=2\pi (1-\cos\varphi)$$

例1:立体角による電場に関するガウスの法則の理解

電場に関するガウスの法則(ガウスの発散定理とは関係はあるけれども別物)は、電荷が作る電場の大きさが距離の2乗に反比例する事に由来して数式的にはガウスの積分の形をしています。さらに法線面積分を考える対象が閉曲面であり、電荷が閉曲面の内部に含まれる考え方としては「立体角は4πになるので」という事で直ちに法則の結果を得るというわけです。

電場に関するガウスの法則の立体角による説明

Q【C】の電荷を囲む閉曲面Sに対して、電荷が作る電場に関して次の法則が成立します。
(εは真空の誘電率) $$\int_S\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=\frac{Q}{\epsilon_0}$$ この式は「法則」なので(定理ではなく)そのまま受け取ればいいのですが、
この法則の場合は数式的に左辺が右辺に等しい事を見るために考察ができます。
電場ベクトルは大きさがQ/(4πε)【1/(4πε)はクーロン力の比例定数】であり、
向きは電荷の位置を原点とした時の単位位置ベクトル\(\overrightarrow{r}/r\)です。
【\(\overrightarrow{r}/r\)は、ベクトル(x.y,z)をrで割って大きさを1としたもの】
それをもとに書き直すと、法則の左辺は立体角に対する定数倍の形で表せます。

具体的に法則の左辺をQやrの形にすると次のようになります。

$$\int_S\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=\frac{Q}{4\pi\epsilon_0}\int_S\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\cdot d\overrightarrow{s}$$

つまりガウスの積分の定数倍という事になりますが、前述の考察によりそれは閉曲面に対する立体角と同一視する事もできるわけです。

そしてここでは電荷の位置(原点)は閉曲面の内部にあるので「積分の値は4π」であると考えれば、定数であるQ/(4πε)に乗じる事で法則の右辺の形Q/εを直ちに得れるという見方もできます。

$$\int_S\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=\frac{Q}{4\pi\epsilon}\int_S\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\cdot d\overrightarrow{s}=\frac{Q}{4\pi\epsilon_0}\cdot4\pi=\frac{Q}{\epsilon_0}$$

これは計算としてはガウスの積分を使った場合と同じになります。

例2:電気二重層が作る電位

薄い導体板の片側に一様プラスの静電荷が一様な大きさで分布していて、その裏側ではマイナスの静電荷が一様な大きさで分布している電気二重層が作る電位は立体角を使って表現できます。

電気二重層が作る電位

導体板の厚さがb【m】で、板の表側の表面電荷密度がσ【C/m】(>0)であり
裏側の表面電荷密度が-σ【C/m】であるとして、
導体板内には電荷は存在せず、真空の誘電率はεとします。
この時に板から離れた点(板の厚さに比べて十分離れた位置)Pから板に向けて考えた立体角をΩとすると、点Pでの電位は次のように表されます。 $$V=\frac{b\hspace{1pt}\sigma\hspace{1pt}\Omega }{4\pi\epsilon_0}【V】$$ この式で、より具体的にはΩは別途に計算される必要があります。
考え方としては板磁石や、環状電流が作る磁場で電流が作る磁場の渦が十分弱いとみなせる位置において便宜的な量である「磁位」の計算する事にも使えます。

この関係式は板の表と裏に電気双極子(互いにわずかに離れた位置にある同じ大きさの電気量で存在するプラスとマイナスの電荷)が分布していると考えて、板の微小な部分が作る電位を計算すると点Pから見た微小面積に対する立体角の定数倍となる事から導出されます。

電気双極子が作る電位

互いにb【m】離れている+Q【C】と-Q【C】があり、 電荷の中点からr【m】離れていて2つの電荷を通る直線とのなす平面角がθの 位置Pでの電位を考えると、bに比べてrが大きければ次の近似式が成立します。 $$V=\frac{b\hspace{1pt}Q\hspace{1pt}\cos\theta}{4\pi\epsilon_0r^2}【V】$$ 単独の点電荷が作る電位はrに反比例するという結果なので、電気双極子の場合にはrの2乗に反比例するという結果が得られる所が異なります。
この式は単独の電荷が作る電位を合計して(差の形になりますが)、rがbに比べて十分大きいという近似のもとで平方根を一般二項定理により展開する事で得られます。

板の微小面積がdsの部分による点Pに作る電位dVを、電気双極子が作る電位とみなして計算します。プラスとマイナスの電荷の大きさはσdsで、電荷の距離は板の幅でdです。

$$dV=\frac{b\hspace{1pt}\sigma \hspace{1pt}ds\cos\theta}{4\pi\epsilon_0r^2}=\frac{b\hspace{1pt}\sigma}{4\pi\epsilon_0}\cdot\frac{ds\cos\theta}{r^2}=\frac{b\hspace{1pt}\sigma}{4\pi\epsilon_0}d\Omega$$

ここで行ったのは定数となる部分と立体角の微小部分dscosθ/(r)を見やすくするために分けた事と、前述の考察による微小面積部分におけるdΩ=dscosθ/(r)を代入した事になります。

ところで分割を十分細かくとったうえでdΩの合計をとると立体角Ωとなるわけですが、ここで考えている電位はスカラー量であり単純に加える事で合計の電位となるのでdV=kdΩの形の量を十分細かい分割のもとで合計すればVが得られます。すると板全体では、ここでは実はV=kΩを意味します。

$$分割を十分細かくした極限で合計してV=\frac{b\hspace{1pt}\sigma\hspace{1pt}\Omega}{4\pi\epsilon_0}$$

ただし先ほど触れた通り、より具体的に計算をするには板の形状などを指定したうえでΩの具体的な値の計算が必要です。

微分の定義と接線

微分の定義とイメージを、図形的な意味と数式の両方の観点から説明します。

微分は積分の逆演算でもありますが、ここでは「関数のグラフの接線の傾き」という図形的な意味に特に着目して説明をします。

■サイト内関連記事:各種の微分に関する公式の証明等です。

微分のイメージと接線

接線の傾き

例えばy=sinxを微分すると、その計算結果の公式としてy’=cosxが得られますが、
実はこれは定義域内のy=sinxのグラフ上の任意の点における接線の傾きを表す関数です。
y’=cosxにx=0を代入すると計算結果は1ですがそれは
「x=0におけるy=sinxのグラフの接線の傾き」に一致するのです。

微分のイメージは「曲線の接線の傾き」であり、
実際にその計算による値は関数を表すグラフ上の特定の点での接線の傾きに一致します。
正弦関数以外の三角関数やy=xやy=x等の関数、あるいは円を式で表した関数も微分する事が可能で、各点での接線の傾きを計算する事ができます。

微分を表す記号は、後述するようにy’ f’(x) dy/dxなどです。
ただしそれらは関数として統一的に考えている接線の傾きであり、
x=0での具体的な接線の傾きを知りたい場合にはx=0の値を代入する必要があります。

正弦関数y=sinxにおいてx=π/2の部分をグラフ上で見ると、
その部分の接線はx軸に平行で「傾きは0」なのではないかと予想ができます。そして実際にそれは正しくて、微分演算により得るy’=cosxにx=π/2を代入するとy’=0であり、それがx=π/2におけるy=sinxの接線の傾きです。

他方で円を座標上に描いたような時には左右に2箇所、接線がy軸に平行になる部分が存在します。そのような時には接線の傾きは∞(無限大)であるとみなす事もできますが、微分によっては傾きを数値として表せないと考える事が多いです。

微分演算(計算)・導関数・微分係数の関係と使い分け

微分を式で考える場合には、
少しややこしいようですが「微分という演算(計算)」と、
演算の結果として得られる「関数」(各点での接線の傾きを表現)と、
それに変数の値を代入した「数値」(具体的な接線の傾き)があります。

接線の傾きを表す関数は数学的には導関数(「どうかんすう」)と呼ばれ、
導関数に具体的な値を代入して得る値(=具体的な接線の傾き)は微分係数と呼ばれます。
微分係数は「x=0における微分係数」とか「x=1における微分係数」といった形で表現されます。

y=sinxに対して微分演算を行う
導関数y’=cosxを公式として得る事になり、
導関数y’=cosxにx=0を代入した時の
cos0=1がx=0における微分係数です。

関数導関数x=0における
微分係数
x=1における
微分係数
x=πにおける
微分係数
y=sinxy’=cosxcos1-1
y=xy’=2x2π
y=xy’=3x3π

「微分」という語の使われ方

ところで導関数の事を指して単に「微分」と呼ぶ事もあります。
例えば「y=sinxの微分はy’=cosxであるから・・・」などといった具合です。
ただしこれは数学よりもむしろ日本語の用法上の問題であるとも考えられて、
「微分する」事を「・・の微分」と言っているとも見れます。いずれにしても「微分」という言葉の使い方は数学上においてもそれほど厳密ではなく、多少緩く扱ってもよい事になっているのが実情と思われます。実質的には「微分」という語は演算を指す事を基本としながらも、便宜的に「導関数」と同義の語としても使われています。

しかし「導関数は関数」であり「微分係数は定数」であるため、
「導関数」と「微分係数」の2つの語の使い分けは必要であり重要であるとも言えます。

ところで接線の傾きが分かれば「接線を表す直線の式」も関数として分かる事になります。
x=aにおける微分係数をf'(a)と書くとするとその点での接線の式は
f(x)-f(a)=(x-a)f'(a)であり、
本来「微分」とはむしろそのような接線の式を指して呼ぶという考え方もあります。
この考え方のもとでは、
接線の式の左辺をdyと書き右辺のx-a の部分をdxと書く事があります。
すると接線の式はdy=dxf’ (a)のようになります。
つまり接線の式を指して微分と呼ぶ考え方は、接点を原点とした新たな1次式(直線の式)においてxの変化分dxに対するyの変化分dyを指して「微分」と呼んでいるわけです。
(この場合、置き換えをしているだけなのでdyやdxは必ずしも微小量とは限りません。)
この考え方のもとでは「割り算としてのdy/dx」は微分係数f'(a)に等しい事になり、物理等では微小量においての考察でこれにかなり近い考え方が使われる事があります。
ただしその考え方のもとでも「dy/dx」という記号は1つの塊として導関数f'(x)を指し、「微分する」と言えば微分演算の事を指します。
微小なxとyの変化分の割り算を考えて、極限をとる事で微分演算とする考え方は微分の定義式の1つでもあります。しかし、記号としては割り算を行う時にdyやdxを使う事はなるべく避けられて、代わりにΔy(「デルタy」)やΔxの記号が使用される事が多いです。

微分の定義式

微分の定義式は、次のように極限の形式になっています。
この定義式を使う事により、各種の微分公式を導出する事ができます。

微分の定義式(3パターン)

■2点間の変化率(傾き)の極限値としての微分の定義
【次式の極限値が存在する時、それが f(x) の導関数。】 $$f^{\prime}(x)=\lim_{a \to x}\frac{f(x)-f(a)}{x-a}$$ ■x-a=hとおいた表記
【各種の微分の公式を導出する時にはこれが便利です。】 $$f^{\prime}(x)=\lim_{h \to 0}\frac{f(x+h)-f(x)}{h}$$ ■x-a =Δxと書いて,f(x)-f(a)=Δyと書いた時の表記
【文章中で表記を簡易的に済ませたい時に便利な事もあります。】 $$f^{\prime}(x)=\lim_{\Delta x \to 0}\frac{\Delta y}{\Delta x}$$ ΔxとΔyを「増分」と呼ぶ事もありますが、マイナスの値の時もあります
特にΔyは、xの増加に対して減少して行く関数では普通にマイナスの値を取り得ます。
また、ΔxとΔyという記号は「微小な変化量」の意味で使われる事も多いです。

また、微分係数は導関数が存在する場合にxに具体的な値を当てはめる事でも計算できますが、上記の定義式とほぼ同じ形を使って書く事も一応可能です。
例えば関数y=f(x)のx=xにおける微分係数は次の式で書く事もできます。

$$x=x_1における微分係数:f^{\prime}(x_1)==\lim_{a \to x_1}\frac{f(x_1)-f(a)}{x_1-a}$$

微分の定義式の極限を考える対象の式は、一般的にはxy平面での座標上の任意の2点を通る直線の傾きを表す式です。その片方の点を、もう片方に一致する寸前まで限りなく近づけて行く事で接線の傾きを算出するというのが微分演算のイメージです。この図では微分を考えている点に向けて左側から近づけて行く形ですが、右側から近付けて考える事もできます。(ただし、対象の関数によってはどちら側から近付けるかで接線の傾きの値が変わってしまい「微分不可能」の判定になる事もあります。)

微分の定義式において、極限を考えている対象の式{f(x)-f(a)}/(x-a) を関数y=f(x)の「平均変化率」と呼ぶ事もあります。その観点からは微分は、平均変化率を限りなく短い区間で考えた極限値であると言う事もできます。

微分の表記方法

微分を表す記号は大きく分けて3種類が使われていて、
①関数を表す文字の右上に「 ’ 」の記号【プライムあるいはダッシュ】を付けるか、
微分演算子 \(\frac{\Large d}{\Large dx}\)(文章中での略記:d/dx)を関数に作用させるか、
③あるいは関数を表す文字の上に「・」【ドット】を付けるかで表します。

具体的にy=sinxやy=x+xといった関数や、より一般的にy=f(x)で表される関数に対する微分は次のような表記で書かれます。

微分の表記方法の例
関数表記の例(いずれも意味は同じ)備考
y=sinx\(y^{\prime}\) \((\sin x)^{\prime}\) \(\frac{\Large dy}{\Large dx}\) \(\frac{\Large d}{\Large dx}(\sin x)\) \(\dot{y}\)y’ 表記は「xによる微分」
である事が明確な時に使用。
+x\((x^2+x)^{\prime}\) \(\frac{\Large d}{\Large dx}(x^2+x)\)\((x^2)^{\prime}+x^{\prime}\)および
\(\frac{\large d}{\large dx}(x^2)+\frac{\large d}{\large dx}x\)に等しい
y=f(x)\(f^{\prime}(x)\) \(\frac{\Large df}{\Large dx}\) \(\frac{\Large df(x)}{\Large dx}\) \(\frac{\Large d}{\Large dx}f(x)\)f(x)に対するドット表記\(\dot{f}\)や\(\dot{f}(x)\)
は、あまり使われない。
微分演算子を使用する時の文章中の略記はdy/dxや(d/dx) (sinx)などです。

f’(x)は「fプライムx」「fダッシュx」のように読んだりします。
dy/dxなどの記号はそのまま「ディーワイディーエックス」などと読まれて、
\(\dot{y}\) は「ワイドット」のように読まれる事があります。
数学史的にはdy/dx型の表記はライプニッツが使っていたとされる表記で、
ドットによる表記はニュートンが使用していたというのが通説です。

導関数をy’ あるいはf’(x)で表す表記は「y=f(x)というxを変数とする関数があり、xで微分演算を行う」という事が明確である場合に便利な表記です。

微分演算子を使う表記では、変数がxではない場合には変数の部分の記号を変えて使用します。例えばtによる関数y=tを微分する時にはxではなくtで微分するのでdy/dt,d/dt(t)のように表記します。言い換えると、微分演算子による微分の表記は「何の変数で微分しているのか」を明確にできます。

ドットを使った表記は主に物理で使用されて、微分した後にさらに2乗するだとか、その他式が複雑になる時に表記上便利です。例えば導関数の2乗を使う式の場合、(dy/dx)といった表記を長い式の中で何度も繰り返すのは大変ですが、\(\dot{y}^2\) の表記なら比較的簡単に済む場合があります。

微分の表記としてドットを使う場合の使用例としては、サイト内記事で取り扱っている例としては少々複雑な計算ですが古典力学における運動方程式を極座標系の成分で書き直すための計算などがあります。その例では時間tを変数とした微分を考えています。

微分の四則演算

2つの関数f(x)とg(x)をそれぞれf,gと略記します。またcは定数であるとします。

定義式から、
f+g【関数の和】,f-g【関数の差】、cf【関数の定数倍】に対する微分は
それぞれ次のように計算できます。

  • (f+g) ‘=f’+g’
  • (f-g) ‘=f’-g’
  • (cf) ‘=cf’

あるいは、3式をまとめて
(cf±cg) ‘=cf’±cg’
のようにも表現できます。

これらの演算は、定義式に当てはめて丁寧に計算すると証明する事ができます。
(証明は比較的容易ですが、「自明」な事実では無い事に注意は必要です。)

具体的には、例えばx+x+1のような多項式の微分は
+x+1) ‘=(x) ‘+(x) ‘+(1) ‘=2x+1+0=2x+1
のように計算してよい事を意味します。
これは地味ですが微分を利用していくうえで非常に重要な公式であるとも言えます。

他方で、関数同士の積fgや商f/gに対する微分は少し妙な形の公式である
(fg) ‘=f’g+fg’ および (f/g) ‘=(f’g-fg’ )/(g)
が成立します。これら2式も微分の定義式から証明できます。

微分不可能な場合とは

微分の定義式を見ると極限の形になっています。その極限値が存在するなら導関数として扱えるという事であり、極限値が存在しない(収束しない)場合には導関数を表せません。
そのような時、関数は微分不可能であると言います。

また、極限の計算自体は一応できても導関数や微分係数が1つの形に定まらない場合も同様に微分不可能とみなす事が普通です。

逆に導関数が存在する時には微分可能である(もしくは可微分である)と言います。

定義域内のほとんどの点では微分可能であっても、ある特定の点でだけ微分不可能という場合もあります。そのような場合には「例えばx=0では微分不可能」といったようにその特定の点での微分係数を式で表現できない事を表します。

微分可能であるか微分不可能であるかどうかという事を指して微分可能性とも言います。用語としては「x=0における微分可能性を調べてみると、・・・」のように使います。

初等関数では定義域内のほとんどの点で微分可能であり、
一部の点が微分不可能になっている場合があります。

そもそも定義されていない点

関数y=1/xの「x=0の点」や、正接関数y=tanxの「x=π/2の点」のように、そもそも関数を定義できない点では図形的に接線を引く事もできず、数式的に微分をする事もできません。

それらの点に対して導関数の極限を考える事は可能ですが、反比例の関数や正接関数ではその極限も無限大に発散します。図形的には、そのような点に向かって接線は限りなくy軸に平行な直線に近付いていく事になります。

関数は定義できても導関数だと定義できなくなる領域

考えている点で関数が定義されていても微分できない点が存在する場合もあります。

そのような場合の1つは、もとの関数では定義が可能であっても導関数を計算すると不連続点が発生して微分係数が無限大に発散する場合です。図形的に見ると、大抵はその点での接線はx軸に垂直でy軸に平行になっています。つまり傾きで言うと「無限大」になっている状況です。

この状況を「微分係数が∞(無限大)である」と考える事はできなくは無いですが、基本的にはその時には微分の定義式で極限が収束せず無限大に発散するので微分係数は存在しないと考えます。

具体的には、円を座標上の関数として考えた場合や、xの平方根に対してそのような点が存在します。例えばxの平方根は、もとの関数ではx=0での関数値が存在します。しかし微分して得られる導関数はx=0で無限大になり定義できない事が分かります。

関数導関数微分可能性
\(y=\sqrt{x}\)
【定義域:x≧0】
\(y=\frac{\Large 1}{\Large 2\sqrt{x}}\)
【定義域:x>0】
x=0:微分不可能
x>0:微分可能
\(y=\sqrt{r^2-x^2}\)
【-r≦x≦r】
(原点が中心の半円)
\(y=-\frac{\Large x}{\Large \sqrt{r^2-x^2}}\)
【定義域:-r<x<r】
x=±r:微分不可能
-r<x<r:微分可能
円のほうの式の微分計算には合成関数の微分公式を使用しています。

同じ点で微分係数が2つの異なる値をとる場合

微分の定義式を計算すると極限値が有限の値として存在するけれども、詳しく見ると「値が2通り存在してしまい、1つの値に定まらない」という場合があります。このような場合にもその点では微分不可能であると考えるのが一般的です。

具体的にはy=|x|のような関数が該当します。
これはx≧0の時y=x,x<0の時y=-xという関数であり、
場合分けをして定義するような種類の関数です。
この関数は「x=0で微分不可能、その他の区間では微分可能」になります。

これは図形的に見れば直線を組み合わせた形をしているので微分の定義から計算をしなくても「接線」の傾きはそのまま直線の傾きになります。

そこでx=0での微分可能性を見てみると、「接線」は引く事ができてしかも有限の値であるけれども、傾きは+1と-1の両方があり得てしまう事が分かります。このような時には、x=0での微分係数は「値が1つに定まらない」という意味で微分不可能であると考える事が一般的なのです。

この事は、極限一般の観点から言うとh→0の極限は「hをプラスの値に保ったまま0に近付ける」時と「hをマイナスの値に保ったまま0に近付ける」時とで極限値が変わってしまう事がある場合に該当します。前者を右側極限と呼び、後者を左側極限と呼ぶ事もあります。

  • 右側極限:hをプラスの値に保ったまま0に近付ける。「h→+0」とも書く
  • 左側極限:hをマイナスの値に保ったまま0に近付ける。「h→-0」とも書く
  • y=|x| では、x=0における微分の計算で右側極限と左側極限の値が一致しない。

一般的に「微分可能である」という事は微分の定義式の極限において右側極限と左側極限の値が一致する場合のみ、という判定をします。y=|x|のような場合分けを含まない初等関数では、定義できない点がある場合は除外して考える限りにおいては、右側極限と左側極限の一致・不一致の問題は微分計算でそれほど気にする必要は無いと言えます。

y=|x| に対するx=0における微分については、右側極限と左側極限のそれぞれが無限大に発散するわけでは無い事を考慮して「右側微分可能」かつ「左側微分可能」であるけれども「微分は不可能」であると表現する事もあります。

電磁場の波動方程式と真空中の電磁波の式

4つのマクスウェル方程式からは電磁波の式を得るための波動方程式およびそのもとになっている一般形の方程式の導出されます。

■関連サイト内記事

個々のマクスウェル方程式の性質や数式的な解析は他記事で詳しく説明しています。

電場と磁場の波動方程式

結論を先に述べると、マクスウェル方程式からは
次のような電場と磁場のそれぞれについての波動方程式を導出できます。

真空中での電場と磁場の波動方程式

真空中でρ=0および\(\overrightarrow{j}\)=0である条件では
電場と磁場のそれぞれについて成立する式は、
微分方程式としては次のように3次元の場合の波動方程式になります。

真空中における
電場の波動方程式
\(\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\overrightarrow{E}=0\hspace{5pt}\)
真空中における
磁場の波動方程式
\(\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\overrightarrow{B}=0\hspace{5pt}\)

εは真空の誘電率、μは真空の透磁率です。
係数については光の速さc=1/\(\sqrt{\epsilon_0\mu_0}\)を使って書いても同じです。
また、方程式を左辺と右辺に分けて書いても同じ微分方程式を表します。

別の書き方左辺と右辺を分けた式光の速さを使った時
電場\(\nabla^2\overrightarrow{E} =\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2} {\Large\partial t^2}\overrightarrow{E}\) \(\left(\nabla^2-\frac{\Large 1}{\Large c^2} \frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\overrightarrow{E}=0\)
磁場 \(\nabla^2\overrightarrow{B}=\epsilon_0\mu_0 \frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2} \overrightarrow{B}\) \(\left(\nabla^2-\frac{\Large 1}{\Large c^2}\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\overrightarrow{B}=0\hspace{5pt}\)

このように電場と磁場のそれぞれについて全く同じ形の式がマクスウェル方程式から導出されるわけですが、「真空中」という条件がついています。

これらの波動方程式には、もとになっている形があります。

マクスウェル方程式から法則と数学的な変形だけで直接的に導出される式は、
真空中に限らず一般の場合に成立する式です。

もとの形の式(真空中とは限らず一般の場合)

マクスウェル方程式から導出されるもとの形の式は次の通りです。 $$\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2}{\partial t^2}\right)\overrightarrow{E}=\frac{1}{\epsilon_0}\mathrm{grad}\rho+\mu_0\frac{\partial\overrightarrow{j}}{\partial t}$$ $$\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2}{\partial t^2}\right)\overrightarrow{B}=-\mu_0\mathrm{rot}\overrightarrow{j}$$ 一般の場合では電場と磁場の両方の式に電流密度が関係してくる事になります。

また、電場に対するスカラーポテンシャル(時間変動も含めた一般的な形)と磁場に対するベクトルポテンシャルを使った形の波動方程式と、そのもとになっている関係式もあります。

ポテンシャルを使った場合の波動方程式(一般形)
一般形εμを使って書いた時光の速さを使った時
電場の式\(\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\phi=-\frac{\Large\rho}{\Large\epsilon_0}\)\(\left(\nabla^2-\frac{\Large 1}{\Large c^2}\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\phi=-\frac{\Large\rho}{\Large\epsilon_0}\)
磁場の式\(\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial}{\Large\partial t^2}\right)\overrightarrow{A}=-\mu_0\overrightarrow{j}\)\(\left(\nabla^2-\frac{\Large 1}{\Large c^2}\frac{\Large\partial}{\Large\partial t^2}\right)\overrightarrow{A}=-\mu_0\overrightarrow{j}\)

右辺を0とみなせる状況下では普通の波動方程式の形になります。
ただし、後述するこの式の解は右辺の電荷密度と電流密度が0でない場合も含んだ形の解です。

電磁波と光の関係

真空中の光の速さをcとすると実は数値的にεμ=1/(c2) が成立しています。

ε=8.8542×10-12
μ=1.2566×10-6
c=2.9979×10です。

1/(εμ)≒1/(11.126187×10-18)≒8.9878×1016で、この平方根を考えると確かに真空中の光の速さとほぼ同じになります。
(物質中では光の速さは変わります。また、同じく誘電率と透磁率の値も物質中では変わります。)

さらに、波動方程式の解から分かる波(電磁波)が進行する速さは1/\(\sqrt{\epsilon_0\mu_0}\) です。

これは電磁現象に限らず一般の波動について言える事で、
例えば速さvで「波形」が進行するsin(kx-ωt)のような形の関数はω/k=vのもとで
\(\left(\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial x^2}-\frac{\Large k^2}{\Large \omega^2}\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\sin(kx-\omega t)=0\) を満たします。
この時に時間で偏微分する項の係数の逆数の平方根(プラスの値)はω/kで、
ωは角速度または角周波数で周期Tとω=2π/Tの関係があります。
またkは波数で波長λとk=2π/λの関係があるのでω/k=(2π/T){λ/(2π)}=λ/Tです。
ここで波の進行の速さvはv=λ/Tで表されるので、ω/k=vとなっています。
正弦波に限らず波動に対しては速さを考える事ができ、また正弦波でない波動を正弦波の重ね合わせとして考える方法もあります。

εμ=1/(c2) からc=1/\(\sqrt{\epsilon_0\mu_0}\) なので、
電磁波が真空中を伝わる速さは光の速さに等しいという結果が得られます。

ところで光はマクロで見ると波なので、
物理学的には電磁波と光は波動として同じものであると捉えられています。
上記の関係式は、偶然にもほぼ一致するという事では無くて
「理論的にも実験的にも必ず成立する式である」
というのが物理学における解釈であるわけです。

いわゆる「目に見える光」は可視光とも呼ばれ、光の波長によって見える範囲が限定されている事が分かっています。(人と動物ではその範囲が違っていたりします。)

電磁波が光であるというのは基本的には「波動としては」という事であり、光は粒子(光子)でもあります。より詳しく言うと光は1つ1つは粒子として振る舞うけれども、それが多数集まると波として振る舞うようになります(干渉などの現象を起こすようになる)。ただし、電磁波と光を同一視できる関係は通常のマクロなスケールにおいてだけでなく、ミクロのスケールにおいても電場と磁場(のポテンシャル)から考えて光を量子力学的に考察する事がなされます。

導出に必要な式および法則・記号・公式等

まず、マクスウェル方程式のうち時間微分を含む2式であるアンペールの法則と電磁誘導の法則の式に着目します。それらは、発散と回転の分類から言うと膜ウェル方程式の中で電場と磁場の回転に関する2式でもあります。

マクスウェル方程式の微分形
マクスウェル方程式
(微分形)
時間微分を含まない式
(電磁場の発散)
時間微分を含む式
(電磁場の回転)
電場の式電場に関するガウスの法則
\(\mathrm{div}\overrightarrow{E}=\frac{\Large\rho}{\Large\epsilon_0}\)
アンペールの法則
\(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{E}}{\Large\partial t}\right)\)
磁場の式磁場に関するガウスの法則
\(\mathrm{div}\overrightarrow{B}=0\)
電磁誘導の法則
\(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=-\frac{\Large\partial\overrightarrow{B}}{\Large\partial t}\)

「ベクトル場の回転に対する回転」はベクトル解析での公式によりラプラス演算子(x,y,zでの2階偏微分を内積的な計算で作用させる演算子)を含む形になり、さらに途中計算で出てくる発散の項をガウスの法則(電場と磁場両方を使用)によって変形する事で波動方程式の形の微分方程式が得られる、というのが基本的な理論の流れです。

さらに「真空中」という条件を付ける事で電流密度の項を無視できるとすると比較的見やすい形の微分方程式となります。また、電場に対するスカラーポテンシャル(=電位)と磁場に対するベクトルポテンシャルからも同じく波動方程式を作る事ができて、特定の解を導出するにはそちらを使う方が簡単である場合もあります。

ナブラを使って書いた場合は次のようになります。

ナブラで書いた時
マクスウェル方程式
(微分形・ナブラ表示)
時間微分を含まない式
(電磁場の発散)
時間微分を含む式
(電磁場の回転)
電場の式電場に関するガウスの法則
\(\nabla\cdot\overrightarrow{E}=\frac{\Large\rho}{\Large\epsilon_0}\)
電磁誘導の法則
\(\nabla\times\overrightarrow{E}=-\frac{\Large\partial\overrightarrow{B}}{\Large\partial t}\)
磁場の式磁場に関するガウスの法則
\(\nabla\cdot\overrightarrow{B}=0\)
アンペールの法則
\(\nabla\times\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{E}}{\Large\partial t}\right)\)

電磁波の式の導出の時には2階の時間微分を使うのでラプラス演算子を使うと表記が便利です。
これはナブラによって表記できますがベクトルに対してはdiv, rot, grad の簡単な組み合わせでは書けません。
ただしスカラー場に対しては∇φ = div(gradφ) の関係は成立します。

使う公式

■「ベクトル場の回転」に回転をさらに作用させた時の式

通常表示$$\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\right)=\mathrm{grad}\left(\mathrm{div}\overrightarrow{F}\right)-\nabla^2\overrightarrow{F}$$
ナブラ使用時$$\nabla\times\left(\nabla\times\overrightarrow{F}\right)=\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{F}\right)-\nabla^2\overrightarrow{F}$$

■ラプラス演算子(∇または△)
【これは記号として定義するものです。スカラーに対してもベクトルに対しても使えます。】 $$\nabla^2\overrightarrow{F}=△\overrightarrow{F}= \left(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}\right)\overrightarrow{F}$$ $$=\frac{\partial^2\overrightarrow{F}}{\partial x^2}+\frac{\partial^2\overrightarrow{F}}{\partial y^2}+\frac{\partial^2\overrightarrow{F}}{\partial z^2}$$ ■勾配ベクトルや発散に対する時間による偏微分
勾配や発散で使われる偏微分は座標変数によるものであり、
微分可能(ここでは2階まで)な関数であれば偏微分の順序は入れ換える事ができるので $$\frac{\partial}{\partial t}(\mathrm{grad}\phi)=\mathrm{grad}\left(\frac{\partial\phi}{\partial t}\right)$$ $$\frac{\partial}{\partial t}\left(\mathrm{div}\overrightarrow{F}\right)=\mathrm{div}\left(\frac{\partial\overrightarrow{F}}{\partial t}\right)$$ のように式を変形できます。
■その他のベクトル解析の公式

  • スカラー場φに対して、∇φ=div (gradφ)
  • \(r=\sqrt{(x-a_1)^2+(y-a_2)^2+(z-a_3)^2}\)に対して、
    r≠0の時 ∇(1/r)=div {grad(1/r)}=0
  • \(\overrightarrow{r}=(x-a_1,\hspace{2pt}y-a_2,\hspace{2pt}z-a_3)\)
    \(\overrightarrow{R}=\frac{\Large 1}{\Large r}(x-a_1,\hspace{2pt}y-a_2,\hspace{2pt}z-a_3)\) の時、
    grad(φ/r)=φgrad(1/r)+(1/r)gradφ
    =\(-\frac{\Large\varphi}{\Large r^2}\overrightarrow{R}+\frac{\Large 1}{\Large r}\mathrm{grad}\varphi\)
  • grad(1/r)=-{1/(r)} \overrightarrow{r}
  • \(\mathrm{div}(r^n\overrightarrow{r})=(n+3)r^3\)
    特にn=-1の時、\(\mathrm{div}\overrightarrow{R}=\mathrm{div}\left(\frac{\Large 1}{\Large r}\overrightarrow{r}\right)=2r^{-1}=\frac{\Large 2}{\Large r}\)
  • (∂/∂x)r= (x―a)/r
  • φ)=∇φ+2(gradφ)・(gradφ)+∇φ
    (積の微分公式を2回使う事に由来。第2項は内積です。)
  • div(φ\(\overrightarrow{F}\))=(gradφ)・\(\overrightarrow{F}\)+φdiv\(\overrightarrow{F}\)

以下ではラプラス演算子のみナブラ記号による∇を使用し、
その他は div, grad 等の表記を使います。それらは全てナブラ記号で表現する事は可能です。

電場についての波動方程式の導出

電場と磁場の両方についてかなり似た操作でそれぞれについての波動方程式を導出できます。電磁誘導の法則とアンペールの法則をそれぞれ使いますが、実は計算の過程において電場と磁場の場合の両方でマクスウェル方程式のうち3つを使う事になります。

電場についての波動方程式を導出する時には、まず電磁誘導の法則の式から始めます。

電磁誘導の法則の微分形\(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=-\frac{\Large\partial\overrightarrow{B}}{\Large\partial t}\)
両辺に回転を作用させる

右辺は磁場の回転に対する
時間微分として書ける
\(\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\right)=-\mathrm{rot}\left(\frac{\Large\partial\overrightarrow{B}}{\Large\partial t}\right)\)

\(\Leftrightarrow\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\right)=-\frac{\Large\partial}{\Large\partial t}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\)
アンペールの法則
右辺に代入して
電場だけの式にする
◆時間による2階微分は
ここで生じます。
\(\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\right)=-\frac{\Large\partial}{\Large\partial t}\left\{\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{E}}{\Large\partial t}\right)\right\}\)
\(=-\mu_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{j}}{\Large\partial t}-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{E}}{\Large\partial t^2}\)
左辺に公式を適用して変形\(\mathrm{grad}\left(\mathrm{div}\overrightarrow{E}\right)-\nabla^2\overrightarrow{E}=-\mu_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{j}}{\Large\partial t}-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{E}}{\Large\partial t^2}\)
電場に関する
ガウスの法則
を左辺に代入
\(\mathrm{grad}\left(\frac{\Large\rho}{\Large\epsilon_0}\right)-\nabla^2\overrightarrow{E}=-\mu_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{j}}{\Large\partial t}-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{E}}{\Large\partial t^2}\)
\(\Leftrightarrow\frac{\Large 1}{\Large\epsilon_0}\mathrm{grad}\rho-\nabla^2\overrightarrow{E}=-\mu_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{j}}{\Large\partial t}-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{E}}{\Large\partial t^2}\)
電場の項とその他を
左辺と右辺に分けて整理
\(\Leftrightarrow\frac{\Large 1}{\Large\epsilon_0}\mathrm{grad}\rho+\mu_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{j}}{\Large\partial t}=\nabla^2\overrightarrow{E}-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{E}}{\Large\partial t^2}\)
\(\Leftrightarrow\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\overrightarrow{E}=\frac{\Large 1}{\Large\epsilon_0}\mathrm{grad}\rho+\mu_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{j}}{\Large\partial t}\)
真空中で電荷密度と
電流密度が0であると
すると、
3次元の波動方程式
の形になる
真空中を想定してρ=0および\(\overrightarrow{j}\)=0であるとすると

\(\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\overrightarrow{E}=0\)
\(\left(\Leftrightarrow\nabla^2\overrightarrow{E}=\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\overrightarrow{E}としても可\right)\)

以上の式では、εμの項が出てきた時点で
光の速さcを使った形である1/(c)に直して計算を進める事もできます。結果は同じです。

磁場についての波動方程式の導出

磁場についてもアンペールの法則から始めて。同様の手順でやれば波動方程式を導出できます。

アンペール法則の微分形\(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{E}}{\Large\partial t}\right)\)
両辺に回転を作用させる

右辺は電場の回転に対する
時間微分として書ける
\(\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)=\mathrm{rot}\left\{\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{E}}{\Large\partial t}\right)\right\}\)

\(\Leftrightarrow\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)=\mu_0\mathrm{rot}\overrightarrow{j}+\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial}{\Large\partial t}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\right)\)
電磁誘導の法則
右辺に代入して
磁場だけの式にする
◆時間による2階微分は
先ほどと同じく
ここで生じます。
\(\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)=\mu_0\mathrm{rot}\overrightarrow{j}+\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial}{\Large\partial t}\left(-\frac{\Large\partial\overrightarrow{B}}{\Large\partial t}\right)\)
\(=\mu_0\mathrm{rot}\overrightarrow{j}-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{B}}{\Large\partial t^2}\)
左辺に公式を適用して変形\(\mathrm{grad}\left(\mathrm{div}\overrightarrow{B}\right)-\nabla^2\overrightarrow{B}=\mu_0\mathrm{rot}\overrightarrow{j}-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{B}}{\Large\partial t^2}\)
磁場に関する
ガウスの法則
を左辺に代入
(勾配の項は0になる。)
\(\mathrm{grad}0-\nabla^2\overrightarrow{B}=\mu_0\mathrm{rot}\overrightarrow{j}-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{B}}{\Large\partial t^2}\)
\(\Leftrightarrow-\nabla^2\overrightarrow{B}=\mu_0\mathrm{rot}\overrightarrow{j}-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{B}}{\Large\partial t^2}\)
磁場だけの項と
それ以外を分けて
式を整理
\(\Leftrightarrow-\nabla^2\overrightarrow{B}+\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{B}}{\Large\partial t^2}=\mu_0\mathrm{rot}\overrightarrow{j}\)
\(\Leftrightarrow\nabla^2\overrightarrow{B}-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{B}}{\Large\partial t^2}=-\mu_0\mathrm{rot}\overrightarrow{j}\)
真空中で電荷密度と
電流密度が0であると
すると、
3次元の波動方程式
の形になる
真空中を想定して\(\overrightarrow{j}\)=0であるとすると

\(\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\overrightarrow{B}=0\)
\(\left(\Leftrightarrow\nabla^2\overrightarrow{B}=\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\overrightarrow{B}としても可\right)\)

ポテンシャルによる電磁場の波動方程式の導出

電場のスカラーポテンシャルと磁場のベクトルポテンシャルから波動方程式(および一般の形の方程式)を作る事もできます。

この場合、まず電磁誘導の法則の微分形をベクトルポテンシャルを使った形にします。

ベクトルポテンシャルで
表した磁場
電磁誘導の法則の微分形ベクトルポテンシャルで
表した電磁誘導の法則
\(\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}\)\(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=-\frac{\Large\partial\overrightarrow{B}}{\Large\partial t}\)\(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}= -\frac{\Large\partial}{\Large\partial t}\mathrm{rot}\overrightarrow{A}\)
\(\Leftrightarrow\hspace{2pt} \mathrm{rot} \left(\overrightarrow{E}+\ \frac{\Large\partial\overrightarrow{A}}{\Large\partial t}\right)=0\)

ここで、静電場に対する渦無しの法則を考えた時と同様に
「回転が0であるベクトル場」は何かのスカラー場の勾配として書けます。

そのスカラー場を考えて磁場の時間変化が無い時は電位に等しくなるように-Φとします。そのようにおいた式の両辺の発散を考えると式をラプラス演算子で表せます。

スカラー場Φを考えます。
(一般の場合の電場に対する
スカラーポテンシャル)
\(-\mathrm{grad}\phi=\overrightarrow{E}+ \frac{\Large\partial\overrightarrow{A}}{\Large\partial t}\)となるΦが存在する。
両辺の発散を考えます。
すると、左辺は
ラプラス演算子∇
表す事ができます。
\(-\mathrm{div}\left(\mathrm{grad}\phi\right)=\mathrm{div}\left(\overrightarrow{E}+\frac{\Large\partial\overrightarrow{A}}{\Large\partial t}\right)\)
\(\Leftrightarrow -\nabla^2\phi=\mathrm{div}\left(\overrightarrow{E}+\ \frac{\Large\partial\overrightarrow{A}}{\Large\partial t}\right)\)
(※スカラー場に対しては∇Φ=div(gradΦ)が成立。
ベクトルに対しては同様の簡単な関係式は作れません。)

ところでベクトルポテンシャルのゲージ条件はまだ何も決めていないので、少し唐突で無理やり感もあるように見えるかもしれませんが次のゲージ条件を課します。

ここで使うゲージ条件

このゲージ条件を特に「ローレンツ条件」と呼ぶ事があります。 $$\mathrm{div}\overrightarrow{A}+\epsilon_0\mu_0\frac{\partial\phi}{\partial t}=0$$ $$\left(あるいは光の速さcを使って\mathrm{div}\overrightarrow{A}+\frac{1}{c^2}\frac{\partial\phi}{\partial t}=0\right)$$ 下記では、この式の時間微分を考えたものと、勾配を考えたものも使用します。
■時間微分をしたもの $$\frac{\partial}{\partial t}\mathrm{div}\overrightarrow{A}+\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2\phi}{\partial t^2}=0$$ $$\Leftrightarrow\mathrm{div}\frac{\partial\overrightarrow{A}}{\partial t}+\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2\phi}{\partial t^2}=0$$ $$\Leftrightarrow\mathrm{div}\frac{\partial\overrightarrow{A}}{\partial t}=-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2\phi}{\partial t^2}$$ ■勾配を考えたもの $$\mathrm{grad}\left(\mathrm{div}\overrightarrow{A}\right)+\mathrm{grad}\left(\epsilon_0\mu_0\frac{\partial\phi}{\partial t}\right)=0$$ $$\Leftrightarrow\mathrm{grad}\left(\mathrm{div}\overrightarrow{A}\right)=-\left(\epsilon_0\mu_0\frac{\partial}{\partial t}\mathrm{grad\phi}\right)$$ $$電磁誘導の法則に由来する-\mathrm{grad}\phi=\overrightarrow{E}+\frac{\partial\overrightarrow{A}}{\partial t}を使って、$$ $$\mathrm{grad}\left(\mathrm{div}\overrightarrow{A}\right)= \epsilon_0\mu_0\frac{\partial}{\partial t}\left(\overrightarrow{E}+\frac{\partial}{\partial t}\overrightarrow{A}\right) = \epsilon_0\mu_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}+\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2\overrightarrow{A}}{\partial t^2}$$

磁場に関するガウスの法則はベクトルポテンシャルを考える事自体に使っている事に注意すると、先ほどの電磁誘導の法則をポテンシャルで考えた式を考えた時点でまだ使っていないマクスウェル方程式は電場に関するガウスの法則とアンペールの法則です。

そこで電磁誘導の法則から得られたベクトルポテンシャルとスカラーポテンシャルの関係式を、同じくポテンシャルで表した電場に関するガウスの法則とアンペールの法則に代入して上記のゲージ条件を適用すると波動方程式が得られます。

電場のスカラーポテンシャルの場合

電場に関するガウスの法則(微分形)\(\mathrm{div}\overrightarrow{E}=\frac{\Large\rho}{\Large\epsilon_0}\)
一般形のスカラーポテンシャルで表した
電場に関するガウスの法則
\(-\mathrm{div}\left(\mathrm{grad}\phi+\frac{\Large\partial\overrightarrow{A}}{\Large\partial t}\right)=\frac{\Large\rho}{\Large\epsilon_0}\)
【ゲージ条件から】
\(\mathrm{div}\frac{\Large\partial\overrightarrow{A}}{\Large\partial t}=-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\phi}{\Large\partial t^2}\)
【スカラー場で成立する式】
Φ=div(gradΦ)
\(-\nabla^2\phi+\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\phi}{\Large\partial t^2}=\frac{\Large\rho}{\Large\epsilon_0}\)
\(\Leftrightarrow\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\phi=-\frac{\Large\rho}{\Large\epsilon_0}\)
電荷密度を0とみなせる
場合には波動方程式の形
\(\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)\phi=0\)

この結果は、ベクトルではなくスカラー場の波動方程式になっています。

また、ポテンシャルで考える場合には電磁場を考える地点での電荷密度を0と考えずに一般形のまま計算をする事がよくあります。さらに、後述するこの微分方程式の解となる式においては電磁場およびポテンシャルを考えている地点とは別の領域に存在する電荷密度の分布を考えます。
それは電位やベクトルポテンシャルを考える時にも使う考え方ではありますが、紛らわしい事もあり注意が必要な点とも言えます。

磁場のベクトルポテンシャルの場合

磁場の場合はアンペールの法則の微分形から始めて、計算式が一見少し複雑になりますが波動方程式の形に変形できます。

アンペールの法則の微分形\(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{E}}{\Large\partial t}\right)\)
\(\overrightarrow{B}=\mathrm{rot}\overrightarrow{A}\)を代入
回転に関する公式により変形
\(\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{A}\right)=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{E}}{\Large\partial t}\right)\)
\(\Leftrightarrow\mathrm{grad}\left(\mathrm{div}\overrightarrow{A}\right)-\nabla^2\overrightarrow{A}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{E}}{\Large\partial t}\right)\)
【ゲージ条件から】
\(\mathrm{grad}\left(\mathrm{div}\overrightarrow{A}\right)\)
\(=\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{E}}{\Large\partial t}+\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{A}}{\Large\partial t^2}\)
代入すると電場の項
(変位電流の部分)
が消えます。
\(\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{E}}{\Large\partial t}+\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{A}}{\Large\partial t^2}-\nabla^2\overrightarrow{A}\)
\(=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\Large\partial\overrightarrow{E}}{\Large\partial t}\right)\)
両辺に同じ係数の変位電流の項があり、消える。
\(\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2\overrightarrow{A}}{\Large\partial t^2}-\nabla^2\overrightarrow{A}=\mu_0\overrightarrow{j}\)
整理するとこの形\(\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial}{\Large\partial t^2}\right)\overrightarrow{A}=-\mu_0\overrightarrow{j}\)
電流密度を0とみなせる
場合には波動方程式の形
\(\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial}{\Large\partial t^2}\right)\overrightarrow{A}=0\)

ここでは静電場に限定せず一般の電場を考えているので、
電場のスカラーポテンシャルは\(\overrightarrow{E}=-\mathrm{grad}\phi\)(静電場の場合)ではなく、
上記の
\(-\mathrm{grad}\phi=\overrightarrow{E}+\frac{\Large\partial\overrightarrow{A}}{\Large\partial t}\)
\( \Leftrightarrow\overrightarrow{E}=-\mathrm{grad}\phi-\frac{\Large\partial\overrightarrow{A}}{\Large\partial t}\)を使用しています。

平面波解として得られる電磁波の式

ベクトルに対する偏微分方程式も、
成分ごとに見ればスカラー関数に対する偏微分方程式になります。例えば、
\(\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\Large\partial^2}{\Large\partial t^2}\right)E_x=0\)などです。

これの解の1つとして比較的簡単で代表的なものは次のような平面波です。
(以下、c=1/\(\sqrt{\epsilon_0\mu_0}\)であるとします。)

平面電磁波の式【電場のx成分についての波動方程式の解の1つ】

2階まで微分可能である任意の2つの関数U(u)とW(w)を使って、
変数をz-ctとz+ctとして電場のx成分について
=U(z-ct)+W(z+ct)
のような関数形を考えます。(xとyに関しては変数ではない関数。)
すると、実はこれは真空中の電場に関する波動方程式の解になっており、
平面電磁波あるいは単に平面波を表すものになります。

これは一体何を言っているのかという話ですが、U(z-ct)は進行波でW(z+ct)が反射波を表します。さらにxとyは変数ではないという関数形である事は「z軸方向に進行していく」事を表します。

※この段階では「波」と言っても周期関数に限らず、何らかの「波形」の関数が時間ごとに進行していくものです。また、zだけが特別扱いというわけではなく、U(y-ct)+W(y+ct)のような関数を考えればこれはy方向に進行していく「波」を表します。
いずれにしても、定数cはそれが進行していく速さを表すわけで、εμ=1/(c2)の関係式によって「電磁波が進行する速さは光の速さに等しい」という事を表しています。
最初のほうで少し触れたように、具体的な正弦波などの関数を想定する場合には波としての速さと関数に対する変数の部分(位相)との間に関係式を作る必要な事があります。
例えばここでの場合で進行波としての正弦関数を考える時には、
振幅E0と波数 k に対してE0sin(ku)の形の式にu=zーctを代入して
E0sin(kz-kct)=E0sin(kz-ωt)のようにします。

上記の式が確かに波動方程式の解になっているかどうかについては直接計算すればよいのですが、意外と少し面倒くさくて変数と微分の関係などに注意する必要があります。(微分をしていくだけの計算問題になるので、記述は後回しにします。)

電場のx成分とy成分が平面電磁波を表す形であるとして、
磁場に関してもx瀬尾文とy成分が同様の形であるとします。
∂E/∂x=0と∂E/∂y=0および∂E/∂x=0と∂E/∂y=0などの関係をマクスウェル方程式に戻って当てはめていくと、他の成分についても決定するものが複数あります。
それらを整理すると次のようになります。

平面電磁波における電場と磁場の成分の関係式
=U(z-ct)+W(z+ct)および
=U(z-ct)+W(z+ct)から
∂E/∂x=∂E/∂y=0
∂E/∂x=∂E/∂y=0
磁場に関しても波動方程式は
同じ形なのでBとB
zとtのみの関数だとして
∂B/∂x=∂B/∂y=0
∂B/∂x=∂B/∂y=0
電場に関するガウスの法則で
電荷密度ρが0のもとで
∂E/∂x+∂E/∂y+E/∂z=0
により∂E/∂z=0
磁場に関するガウスの法則より∂B/∂x+∂B/∂y+B/∂z=0
により∂B/∂z=0
/∂z=0を波動方程式に当てはめて∂E/∂t=0
電磁誘導の法則の微分形の
z成分を考えると
∂E/∂x-∂E/∂y=-∂B/∂tより
∂B/∂t=0

∂E/∂z=0である事を踏まえて、
さらにEがxとyに関しても定数だとしても波動方程式を満たすのでそのようなものを考えます。
つまりその場合は∂E/∂x=∂E/∂y=0です。

その条件下では、電磁誘導の法則のx成分とy成分から
∂E/∂z=∂B/∂t
∂E/∂z=-∂B/∂t
という関係が得られます。

その事から、その条件下で電場と磁場のx成分とy成分の関係は次のようになります。


=U(z-ct)+W(z+ct)
B
=(1/c){-U(z-ct)+W(z+ct)}
∂E/∂z
=∂B/∂t

=U(z-ct)+W(z+ct)
B
=(1/c){U(z-ct)-W(z+ct)}
∂E/∂z
=-∂B/∂t

もし進行波と反射波が別々のベクトルであるとするなら、電磁波の進行方向に対して垂直な平面内で進行波における電場と磁場は直交し、反射波における電場と磁場も直交する事になります。

進行波と反射波が
別々のベクトル
という仮定
電場磁場進行方向に垂直な
平面内での電場と磁場の内積
入射波Ex1=U
Ey1=U
Bx1=-U/c
By1=U/c
(1/c)(-UU+UU)=0
反射波Ex2=W
Ey2=W
Bx2=W/c
By2=-W/c
(1/c)(WW-WW)=0

電磁波における電場と磁場の成分が正弦波あるいはその重ね合わせであると考えると、平面電磁波の電場と磁場の成分が進行方向に垂直である事は「波数ベクトル」との内積が0になる事でも示せます。

=U(z-ct)+W(z+ct)が波動方程式の解である事を見るには次にようにします。
Z=z-ct,Z=z+ctとするとE=U(Z)+W(Z)であり,
(∂/∂t)E=(dU/dZ) (∂Z/∂t)+(dW/dZ) (∂Z/∂t)
=-c(dU/dZ)+(dW/dZ)

【※もしU(P(z,t),Q(z,t))のような関数なら
∂U/∂t=(∂U/∂P)(∂P/∂t)+(∂U/∂Q)(∂Q/∂t)のような計算になります。
ここでは∂z/∂t=0なので見かけ上はその項が無い形になっています。 】
さらに計算すると、
(∂/∂t)E=-c(dU/dZ) (∂Z/∂t)+c(dU/dZ) (∂Z/∂t)
=-c(dU/dZ)+c(dU/dZ)

同様にして、
(∂/∂z)E=(∂/∂z){(dU/dZ) (∂Z/∂z)+(dW/dZ) (∂Z/∂z)}
=(∂/∂z){(dU/dZ)+(dW/dZ)}
=(dU/dZ) (∂Z/∂z)+(dU/dZ) (∂Z/∂t)
=(dU/dZ)+(dU/dZ)

よって、{∂/∂z-(1/c) (∂/∂t)}E=0であり、
=U(Z)+W(Z)はzとtだけの関数という設定なので
xとyによる偏微分は0である事に注意すると
{∇-(1/c) (∂/∂t)}E=0
を満たす事が分かります。
y成分についても同じ変数の形Z,Zと、異なる関数形U,Wを考えて
=U(Z)+W(Z)
というzとtだけの関数として計算すれば波動方程式を満たします。

ポテンシャルによる計算から得られる電磁波の式

ポテンシャルを使ったほうの波動方程式を解くと、少し別の形の数式での電磁波の式を得ます。

スカラーポテンシャルにしてもベクトルポテンシャルにしても、静電場と静磁場の場合には積分の形はとるけれども一応微分方程式の解としてポテンシャルを数式で表す事は可能です。

そして前述のポテンシャルの波動方程式および一般の形の式(ρ≠0等の場合)でも、実はかなり似た形の式が解になります。

静電場や静磁場に限定した時と異なる点は、電荷密度と電流密度に変数として加わる「時間」の部分です。そしてその時間変数は、空間中で電磁波による電磁場を考えている地点と、電磁場を作っている電荷や電流がある領域との時間変化における「時刻」のずれが反映された形にする必要がある事が知られています。

具体的には、まず平面波を表す解で得られた電磁波の速さc=\(\sqrt{\epsilon_0\mu_0}\)が一般に適用できるものだと仮定して、電荷や電流の各位置から電磁場を考える位置までの距離をrとします(これは関数)。

そして、電荷や電流の時間変数をtとした時に、その変数をt-r/cに置き換えたものを考えます。
これはrという位置座標の関数を含むのでx,y,z,tの関数です。
そこでT(x,y,z,t)=t-r/cとおいておきます。

前述のポテンシャルで表した場合の真空中の波動方程式、および電荷密度あるいは電流密度が0でない場合の式における解の1つは次式で表されます。

ポテンシャルによる波動方程式(ρ≠0の場合等の一般形含む)の解

ポテンシャルであるΦと\(\overrightarrow{A}\),および積分していないρや\(\overrightarrow{j}\)は
x,y,zおよびtの関数であるとします。
電荷あるいは電流密度が分布する領域をVとして、
dv=dXdYdXのもとで
(x,y,z)と(X,Y.Z)の距離をrとおき、 T=t-r/c のもとで
積分中の電荷密度ρと電流密度\(\overrightarrow{j}\)はX,Y,Z,T(=t-r/c)の関数であるとします。

式と解もとの式(波動方程式を含む一般形)解となるポテンシャル
電場$$\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2}{\partial t^2}\right)\phi=-\frac{\rho}{\epsilon_0}\hspace{20pt}$$$$\phi=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_V\frac{\rho}{r}dv$$
磁場 $$\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial}{\partial t^2}\right)\overrightarrow{A}=-\mu_0\overrightarrow{j}$$$$\overrightarrow{A}=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j}}{r}dv$$

これらの解は遅延ポテンシャル(retarded potential)とも呼ばれます。
積分の中身とそれ以外の部分で関数が何の変数であるかを整理すると次のようになります。

◆x,y,z,tの関数
電場や磁場を考える位置と時間
◆X,Y,Z,Tの関数【積分の中身】
電荷密度や電流密度の分布内の位置
\(\phi=\phi(x,y,z,t)\)
\(\overrightarrow{A}=\overrightarrow{A}(x,y,z,t)\)
\(\rho=\rho(X,Y,Z,T)\)
\(\overrightarrow{j}=\overrightarrow{j}(X,Y,Z,T)\)

時間変数に関しては T=T(x,y,z,X,Y,Z,t)であり、x,y,z,X,Y,Z,t は互いに独立な変数です。
また、\(r=r(x,y,z,X,Y,Z)\) であり、積分に関してはx,y,zは定数扱いです。

また、ポテンシャルから計算できる電場と磁場は次のようになります。

遅延ポテンシャルから計算される電場と磁場

■電場
\(-\mathrm{grad}\phi=\overrightarrow{E}+ \frac{\Large\partial\overrightarrow{A}}{\Large\partial t}\Leftrightarrow\overrightarrow{E}=-\mathrm{grad}\phi-\frac{\Large\partial\overrightarrow{A}}{\Large\partial t}\)である事と、
電荷密度の分布は領域内で微分可能(従って連続)である関数形である事
(X,Y,Zが積分変数の被積分関数をx,y,zやtで偏微分してから積分可能)、
ベクトルポテンシャルの項は静磁場の時の式を使ってεμ=1/(c )の関係に注意します。
積分内で電荷密度と電流密度は先ほどと同じくX,Y,Z,Tの関数とします。
電場と磁場はx,y,z,tの関数です。また、\(\overrightarrow{R}=\frac{\Large 1}{\Large r}(x-X,\hspace{2pt}y-Y,\hspace{2pt}z-Z)\)とします。 $$\overrightarrow{A}=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j}}{r}dv=\frac{1}{4\pi\epsilon_0c^2}\int_V\frac{\overrightarrow{j}}{r}dvに注意して、$$ $$\overrightarrow{E}=-\mathrm{grad}\left(\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_V \frac{\rho}{r}dv\right)-\frac{\partial\overrightarrow{A}}{\partial t}$$ $$=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_V\left(\frac{\rho}{r^2}\overrightarrow{R}+\frac{\rho}{cr}\overrightarrow{R}-\frac{\partial }{\partial t}\frac{\overrightarrow{j}}{c^2r}\right)dv$$ ■磁場
回転と外積ベクトルの関係に注意して計算すると\(\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}\)により、次式になります。
積分中のクロス「×」記号は外積の意味です。 $$\overrightarrow{B}=\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\left(\frac{\overrightarrow{j}}{r^2}\times\overrightarrow{R}+\frac{\overrightarrow{j}}{cr}\times\overrightarrow{R}\right)dv$$ これらの式は、時間変化する電荷密度や電流密度(具体的には周波数の高い交流電流など)によって電磁波を形成する電場と磁場の関数形を具体的に表せる事を意味しています。
また、電磁波が正弦波のような周期関数になるかどうかも、領域Vに分布する電荷密度や電流密度の形で決まる事になります。
式に積分が含まれている事を見ると分かる通り、実際に詳しく考察する時には工夫が必要です。
これらの式においてrが十分大きい時には1、/rに比例する項に比べて他の項をほぼ0とみなして近似する事ができます。

遅延ポテンシャルが解となっている事の確認計算

先ほどの「遅延ポテンシャル」が波動方程式を作るポテンシャルの式を満たすのかどうかは、少々長ったらしい計算が必要ですが確認する事ができます。

まず、スカラーポテンシャルのほうを見ます。ベクトルポテンシャルについても、成分ごとに見ればスカラーポテンシャルの時と同様に計算ができます。

と発散、勾配はいずれもx,y,zの変数での偏微分を行うものとします。

必要な計算
何を計算していくのか?電場のスカラーポテンシャルについて
電磁場に関する
波動方程式の一般形となるこの式に対して
$$\left(\nabla^2-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2}{\partial t^2}\right)\phi=-\frac{\rho}{\epsilon_0}$$
このように表されるΦを代入して
式が満たされるのかを検証。
$$\phi=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_V\frac{\rho}{ r}dv$$

積分の中身ρ/rについてラプラス演算子を作用させると、公式を使って
(ρ/r)=∇ρ+2{grad(1/r)}・(gradρ)+ρ∇(1/r)

ここでρ∇(1/r)の項に関してはr≠0であれば∇(1/r)=0になります。【ただし、電磁波の電場を考える点(x,y,z)が領域V内にあるような状況(r=0という事)があっても、極限値として考えれば実はこの項は積分をした時に有限の値になります。】
そこで、計算が必要なのは残りの2項になります。

  • ρ
  • 2{grad(1/r)}・(gradρ)

ρとrは積分の中にあり、
ρ=ρ(X,Y,Z,T) と r=r(x,y,z,X,Y,Z) の変数に注意して計算します。

勾配ベクトルの内積部分の計算

勾配ベクトルの内積部分の計算を先に見ます。

積分内のρの変数であるX,Y,Z,Tのうち
x,y,zの関数であるのはTだけです。
∂ρ/∂x=(∂ρ/∂T) (∂T/∂x)
【本来、数学的な計算としては∂ρ/∂x=(∂ρ/∂T) (∂T/∂x)+(∂ρ/∂X) (∂X/∂x)+・・・で、
∂X/∂x=0,∂Y/∂x=0,∂Z/∂x=0なので(∂ρ/∂X)(∂X/∂x)等の項は0】

ここでT=t-r/cなので、
∂T/∂x=-(∂/∂x) (r/c)=-(x-X)/(rc) であり、
∂ρ/∂x=(∂ρ/∂T) (∂T/∂x)=-{(x-X)/(rc)}(∂ρ/∂T)

他方でT=t-r/cをtで偏微分すると∂T/∂t=1であり、
∂x/∂tや∂X/∂t等は0なので
∂ρ/∂t=(∂ρ/∂T) (∂T/∂t)+(∂ρ/∂x) (∂x/∂t)+(∂ρ/∂y) (∂y/∂t)+・・・
=(∂ρ/∂T) (∂T/∂t)
=∂ρ/∂T

独立変数の関係にあるのはx,y,z,X,Y,Z,tであるので
【考えている位置自体は運動していないのでx=x(t)等の関係は無く、xとtは定数の関係。】
x,y,z,X,Y,Zに対するtの偏微分は0(例えば∂x/∂t=0など)

つまり∂ρ/∂t=∂ρ/∂Tの関係があるので
先ほどの式は
∂ρ/∂x=-{(x-X)/(rc)}(∂ρ/∂t)と書けます。
【Tによる偏微分ではなくtによる偏微分でも同じ結果になるという事。】

これらの事はyやzについても同様の計算で、時間変数による偏微分はtで書けます。
∂ρ/∂y=-(y-Y)(∂ρ/∂t)/(rc)
∂ρ/∂z=-(z-Z)(∂ρ/∂t)/(rc)となるので
\(\overrightarrow{R}=\frac{\Large 1}{\Large r}(x-X,y-Y,z-Z)\) とすると、
gradρ=-(1/c) (∂ρ/∂t)\(\overrightarrow{R}\)

ここで、grad(1/r)=-\(\overrightarrow{R}\)/(r)であり、
\(\overrightarrow{R}\)の大きさは1である事に注意すると∇(Φ/r)の式中の内積計算は
2{grad(1/r) }・(gradρ)={-2/(r) } {-(1/c) (∂ρ/∂t) }
={2/(cr) } (∂ρ/∂t)

【この項は、あとで消えます。】

電荷密度に対する∇ρの部分の計算

また、スカラー関数についてはρ=div(gradρ)なので、div(gradρ)を計算します。
grad(∂ρ/∂t)については先ほどのgradρ=-(1/c) (∂ρ/∂t)\(\overrightarrow{R}\)と同じ形の計算が可能で、
grad(∂ρ/∂t)gradρ=-(1/c) (∂ρ/∂t)\(\overrightarrow{R}\)

\(\overrightarrow{R}\) の大きさはr/r=1である事に注意して、
公式div(φ\(\overrightarrow{F}\))=(gradφ)・\(\overrightarrow{F}\)+Φdiv\(\overrightarrow{F}\) および
div\(\overrightarrow{R}\)=2/rも使用すると次のようになります。

$$\nabla^2\left(\mathrm{grad}\rho\right)=\mathrm{div}\left(\mathrm{grad}\rho\right)$$

$$=\mathrm{div}\left\{-\frac{1}{c}\frac{\partial \rho}{\partial t}\overrightarrow{R}\right\}=-\frac{1}{c}\left\{\left(\mathrm{grad}\frac{\partial \rho}{\partial t}\right)\cdot\overrightarrow{R}+\frac{\partial \rho}{\partial t}\mathrm{div}\overrightarrow{R}\right\}$$

$$=-\frac{1}{c}\left\{-\frac{1}{c}\left(\frac{\partial^2 \rho}{\partial t^2}\overrightarrow{R}\right)\cdot\overrightarrow{R}+\frac{2}{r}\frac{\partial \rho}{\partial t}\right\}$$

$$=\frac{1}{c^2}\frac{\partial^2 \rho}{\partial t^2}-\frac{2}{cr}\frac{\partial \rho}{\partial t}$$

これを見ると、式の最後の形の2項目の-{2/(cr)} (∂ρ/∂t)に1/rを乗じると
先ほどの2{grad(1/r)}・(gradρ)={2/(cr)} (∂ρ/∂t)に加えれば0になる事が分かります。

よって、ここで式を一度整理すると次式になります。

$$\nabla^2\left(\frac{\rho}{r}\right)=\frac{1}{r}\nabla^2\left(\mathrm{grad}\rho\right)+2\left\{\mathrm{grad}\left(\frac{1}{r}\right)\right\}\cdot(\mathrm{grad}\rho)+\rho\nabla^2\left(\frac{1}{r}\right)$$

$$=\frac{1}{c^2r}\frac{\partial^2 \rho}{\partial t^2}+\rho\nabla^2\left(\frac{1}{r}\right)$$

この式に1/(4πε)を乗じて領域Vで体積積分します。
【ベクトルポテンシャルの成分の時には、ここでμ/(4π)を乗じます。】

$$\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_V\nabla^2\left(\frac{\rho}{r}\right)dv=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_V\left\{\frac{1}{c^2r}\frac{\partial^2 \rho}{\partial t^2}+\rho\nabla^2\left(\frac{1}{r}\right)\right\}dv$$

$$整理すると、\left(\nabla^2-\frac{1}{c^2}\frac{\partial^2}{\partial t^2}\right)\left(\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_V\frac{\rho}{r}dv\right)=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_V\rho\nabla^2\left(\frac{1}{r}\right)dv$$

r≠0の時はρ∇(1/r)=0なので波動方程式の形を満たす事が分かります。

$$r\neq 0であるなら、\left(\nabla^2-\frac{1}{c^2}\frac{\partial^2}{\partial t^2}\right)\left(\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_V\frac{\rho}{r}dv\right)=0$$

ではr=0になるような点を含む場合ではどうかというと、その場合でも遅延ポテンシャルの形の式は積分をした時に極限を考える形でρ≠0の場合の方程式を満たします。(デルタ関数で考える事も多い。)また、遅延ポテンシャルによる解は実はかなり一般性を持った形の解でもあります。

直交曲線座標系の成分にベクトルを変換する方法

物理学などでは、微分方程式を座標変換して考える時があります。
例えば極座標における運動方程式や波動方程式を考えてみるといった事です。

そのような場合で特にベクトルを含む微分方程式を考える時には、
x=rcosθ等の関係の代入だけでなくベクトルの基本ベクトルを変更する事まで行う事があります。
普通はベクトルを成分で表す時には(x座標,y座標,z座標)で考えるわけですが、
それを(r座標,θ座標,φ座標)で表す事を意味します。
例えば運動方程式であれば加速度ベクトルや力ベクトルをそのように扱うという事です。

以下、微分も使いながら具体的な変換の方法などを詳しく説明します。

■この記事に特に関連が深い数学的な事項は方向余弦に関する内容と、極座標および球面座標に関する内容です。その他、記事の後半では微分に関する基本公式のいくつかを使用しています。ベクトルと三角関数に関する基本的な事項も使います。

基本ベクトルの変更をする必要がある場合と無い場合

極座標変換等をする場合の微分方程式については、
基本ベクトルを変更する必要がある場合と無い場合があります。

まず、変更の必要が無い場合を見てみましょう。

例えば「等速円運動をしている物体には常に中心力が働いている」という事を
運動方程式を使って示そうとするような場合です。
この時には物体の座標に対して極座標変換を行ってから時間微分を2回行って、
普通に運動方程式に当てはめて力ベクトルを計算する事には何の問題もありません。
このような場合は、極座標変換を使っていても基本ベクトルの変更が必要ない場合です。

少しややこしいようですがそのような場合には、
x=rcos(ωt) のような極座標変換は確かに行ってはいるけれども、
ベクトルの座標成分としては直交座標によるものを考えている
」のです。
ですので極座標による値によって計算をするとしても、
その結果は「xyz直交座標系のx軸で測った値」を出しているわけです。

もう少し詳しく見ると、そのような場合には極座標変換を使用していますがベクトルとして考えている加速度ベクトルや力ベクトルは成分を「x成分」「y成分」「z成分」として考えています。図的にはx軸、y軸、z軸に平行なベクトルの合計として1つの加速度ベクトルや力ベクトルを構成します。

では、加速度や力のベクトルを直交座標ではない成分表示で「r成分」「θ成分」「φ成分」のように表して、図的にも「ある点での曲線の接線方向」を向いたベクトルの合計として1つの加速度ベクトルや力ベクトルを構成できるのか?
という事を考えると、結論を言うと「それは可能である」という事になるのです。

そのような場合の運動方程式は「力が質量と加速度に比例する」という関係は直交座標の時と同じですが、成分ごとに見るとある曲線の接線方向の加速度成分と力の成分を考える事になるわけです。

そのように考える時の具体的なベクトルの成分の変換方法を以下述べていきますが、
一般の曲線座標系への変換は話が複雑過ぎるので、物理学等で使われる事があって数学的にも比較的話が穏やかで済む直交曲線座標系への変換に限定して話を進めていきます。
(と言っても、それでも多少複雑になります。)

直交曲線座標とは、聞き慣れない事も多いかと思いますが
具体的には極座標や球面座標、円柱座標のようなものを指します。
これらの座標系では、座標軸に相当する「座標曲線」が任意の点で直交します。
通常のxyzの直交座標系も、直交曲線座標系の特別な場合であるという見方もできます。

他方で、物理の法則を数式で表す時に座標系ごとに形を変換しないといけないというのでは一般論として議論する時に不便であるという考え方があります。
その考え方のもとで、変分原理による計算で導出する「座標系に依存しない運動方程式等の形」というものも存在します。(ラグランジュ型の運動方程式などとも呼ばれます。)
力学の分野である「解析力学」では、そのような考察を計算によって行います。

基本ベクトルと成分の直交曲線座標系への変換方法

ベクトルを含む微分方程式を座標系ごとの形に変換する時に、まず第一に重要となるのがベクトルを構成する基本ベクトルに対する成分の変換方法です。ここではその具体的な方法について説明します。

直交座標上のベクトルは、
(1,0,0)と(0,1,0)と(0,0,1)という
3つの基本ベクトルの線形結合で表す事ができます。
それらをそれぞれ\(\overrightarrow{e_x}\),\(\overrightarrow{e_y}\),\(\overrightarrow{e_z}\) と表す事にすると
任意のベクトルは実数a,b,cを使って\(\overrightarrow{A}=a\overrightarrow{e_x}+b\overrightarrow{e_y}+c\overrightarrow{e_z}\)と書けます。
そして、ここで使った実数a,b,cはそれぞれベクトルの成分であるわけです。
(数学の理論上はこれらの成分は複素数を使っても可です。)

曲線座標でも実は同じような考え方ができて、直交座標からの変換を考える時は基本ベクトルは「向きが座標曲線の勾配ベクトルである単位ベクトル」であり、ここで言う勾配ベクトルはx,y,zで考えたものを指しています。
【■参考:ベクトル解析の概論の記事(勾配ベクトルの微分による定義など)】

より具体的には1つの座標曲線をxyz直交座標でu=F(x,y,z)で表せるとして grad u により表されますが、実際に直交曲線座標で考える時には「r方向」「θ方向」「φ方向」といった形で図形的に把握していればよい事も多いと言えます。そこで、曲線座標における基本ベクトル \(\overrightarrow{e_r}\),\(\overrightarrow{e_\theta}\),\(\overrightarrow{e_{φ}}\) は分かっているものとして次に成分のほうを考えます。

直交座標系曲線座標系
$$\large{\overrightarrow{A}=A_x\overrightarrow{e_x}+A_y\overrightarrow{e_y}+A_z\overrightarrow{e_z}}$$$$\large{\overrightarrow{A}=A_r\overrightarrow{e_r}+A_{\theta}\overrightarrow{e_\theta}+A_{φ}\overrightarrow{e_φ}}$$

ここで、曲線座標系が直交曲線座標であるならば
ベクトルの成分の変換は局所的には方向余弦を使った線形結合の形で表す事ができます。

方向余弦とはその名の通り三角関数の cosθの形で表される量ですが、ここでは角度の値はあまり重要でないのでCの文字と添え字を使って表す事にします。
直交曲線座標系の3つの各基本ベクトルからの、直交座標系のx軸、y軸、z軸への9つの方向余弦を次のようにここでは表記します。

ここでの方向余弦の
記号の表
x軸に対してy軸に対してz軸に対する
r曲線の基本ベクトル
\(\overrightarrow{e_r}\)から
CrxCryCrz
θ曲線の基本ベクトル
\(\overrightarrow{e_\theta}\)から
CθxCθyCθz
φ曲線の基本ベクトル
\(\overrightarrow{e_{φ}}\)から
CφxCφyCφz

これらの方向余弦を使う事で、各点における基本ベクトルと個々のベクトルの成分を直交曲線座標系のものに変換できます。

方向余弦を使ったベクトル成分の変換公式

上記の9つの方向余弦と、xyz直交座標系での成分を使う事で
直交曲線座標系でのベクトルの3つの成分は次のように表されます。 $$\large{A_r=C_{rx}A_x+C_{ry}A_y+C_{rz}A_z}$$ $$\large{A_{\theta} =C_{\theta x}A_x+C_{\theta y}A_y+C_{\theta z}A_z}$$ $$\large{A_φ=C_{φx}A_x+C_{φy}A_y+C_{φz}A_z}$$ この式は、元々は「原点を共有する2つの直交座標におけるベクトルの成分の変換公式」です。
ただし直交曲線座標では基本ベクトルとなる3つのベクトルが互いに直交するので、
各点での方向余弦を関数として表すという前提のもと、同じ変換公式を適用できます。

そこで次は、これらの方向余弦は具体的にどのような数式で表されるのかが問題になります。
それが分れば一般の変換公式を作れるわけです。

変換で使う「方向余弦」を微分により表す公式

方向余弦とは基本的には「余弦」なので「底辺/斜辺」の関係を使います。ただし基本ベクトルは座標曲線の接線ベクトルとして考えていますから方向余弦も微分偏微分で考える必要があります。また、直交曲線座標系の基本ベクトルからxyz直交座標系の軸への方向余弦の表し方は実は2つあって、どちらを使っても同じ結果を得ます。

直交曲線座標系におけるxyz軸への方向余弦の2つの表現方法

座標曲線をu,v,wとして、u=u(x,y,z)に対する
j軸(x,y,z軸のいずれか)の方向余弦は、 u の弧長をl(u)とした時に
次の2通りの表し方があります。
■勾配ベクトル(xyz直交座標系で表したもの)を使う方法
勾配ベクトルは grad u=(∂u/∂x,∂u/∂y,∂u/∂z)で表されるベクトルであり
(ナブラ記号を使うと grad u=∇u)、gradj uは勾配ベクトルのj成分で∂u/∂jの事です。
直交曲線座標系で成立する|gradu|=du/dlの関係式も使っています(証明と説明は後述)。lはu曲線の弧長で、「u増加する向き」にlが増える方向で考えます。(その時du/dl≧0) $$ C_{uj}=\frac{\mathrm{grad}_ju}{|\mathrm{grad}u|}=\frac{dl}{du}\frac{\partial u }{\partial j} $$ ■弧長を斜辺とする方法
(u曲線上では、他の座標曲線の変数は一定でdv/dl=0およびdw/dl=0) $$ C_{uj}=\frac{dj}{dl}=\frac{\partial j}{\partial u}\frac{du}{dl}+\frac{\partial j}{\partial v}\frac{dv}{dl}+\frac{\partial j}{\partial w}\frac{dw}{dl}$$ $$ =\frac{\partial j}{\partial u}\frac{du}{dl}$$ 弧長に対するuによる微分での導関数dl/duは次のように表されます。 $$\frac{dl}{du}=\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial u}\right)^2}$$ また、dl/duは1変数の導関数なのでdu/dlを次のように表せます。
逆関数の微分公式によります。) $$\frac{du}{dl}=\frac{1}{\Large{\frac{dl}{du}}}=\frac{1}{\large{\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial u}\right)^2}}}$$

極座標や球面座標への基本ベクトルおよび成分の変換を行う時には
具体的にはx=rcosθなどと表す事から∂x/∂θなどが計算しやすい場合が多くあります。その時には上記の「弧長を斜辺とする方法」を使ったほうが比較的分かりやすくなります。(この記事の後半でもそちらの形の公式を使用。)

dl/dθ や dθ/dlを表す事になる弧長の式については、次に見て行くように球面座標であればr,θ,φの3つ分計算しておく必要があります。平面の極座標であればrとθの2つ分です。

勾配を使った表す方は、直交曲線座標系で成立する |grad θ|=dθ/dlの関係を使ってさらに変形できます。ただし、
曲線の弧長を表す式の元の形

曲線の弧長については元々は定積分で次のように書く事ができて、
上記ではそれを微分した導関数を使用しています。$$l(u)=\int_0^u\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial u}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial u}\right)^2}dt$$ 微分は、ここでの変数で言うとuで行います。 この式は曲線を折れ線に近似して図的に見る事でも理解可能ですが、解析学的に証明もできる式です。

同じ方向余弦の表し方が2つ存在する事と、
|grad u|=du/dlの関係式についての証明と説明

勾配ベクトルについて一般的に成立するのは、スカラー場の値が一定値となっている「等位面」に対して必ず垂直であるというものです。(以下、等位面に含まれる曲線を「等位線」と呼んでおきます。)
極座標のθ曲線である「原点を中心とする同心円」の円周上では
半径が一定であり同心円は「rが一定値である等位線」を構成しています。
球面座標ではrが一定値の球面が等位面として存在します。
スカラー関数F(x,y,z)と弧長がlで表される曲線があるとして、曲線上の座標を成分とするベクトルを\(\overrightarrow{r}=(x(l),y(l),z(l))\)とします。
曲線上でdF/dlを計算すると次式になります。(合成関数に対する偏微分の公式を使用。)$$\frac{dF}{dl}=\frac{\partial F}{\partial x}\frac{dx}{dl}+\frac{\partial F}{\partial y}\frac{dy}{dl}+\frac{\partial F}{\partial z}\frac{dz}{dl}=(\mathrm{grad}F)\cdot\frac{d\overrightarrow{r}}{dl}$$ $$ここでもし\frac{dF}{dl}=0であるなら、(\mathrm{grad}F)\cdot\frac{d\overrightarrow{r}}{dl}=0$$ つまり「Fの値が変化しない曲線」=「Fの等位線」においては
「Fの勾配ベクトルは曲線の接線ベクトルに常に垂直」という事になります。
ところで、直交曲線座標においては1つの座標曲線上では他の変数の値が一定であり、r曲線とφ曲線上でθは一定値です。
また、θ曲線上の任意の点ではr曲線およびφ曲線との交点が存在します。
【より詳しく言えばこれらの曲線は「曲面」を構成しています。】
ところで直交曲線座標系であればr曲線およびφ曲線はθ曲線との交点で直交します。
これは具体的には任意の点での「曲線の接線ベクトル」同士が直交するという意味です。
先ほどの考察から、勾配ベクトル gradθ は
「θが一定値であるφ曲線およびθ曲線上の任意の点」での接線ベクトルに直交します。
よって、gradθ はu曲線上の任意の点において、その点でu曲線と交わるφ曲線およびθ曲線に直交しています。
そして、u曲線自体もφ曲線およびθ曲線に直交しているのでした。 という事はその点においてu曲線の接線ベクトルとgradθは平行なベクトルである事になり、それはすなわちgradθがその点におけるθ曲線の接するベクトルの1つである事を示しています。
先ほどのdF/dlの式においてFの代わりにθを考えると $$\frac{d\theta}{dl}=\frac{\partial \theta}{\partial x}\frac{dx}{dl}+\frac{\partial \theta}{\partial y}\frac{dy}{dl}+\frac{\partial \theta}{\partial z}\frac{dz}{dl}=(\mathrm{grad}\theta)\cdot\left(\frac{dx}{dl},\hspace{2pt}\frac{dy}{dl},\hspace{2pt}\frac{dz}{dl}\right)$$ と表せるわけですが
dx/dl等は、大きさがΔlであるベクトル(Δx,Δy,Δz)における
方向余弦 であるΔx/ΔlのΔl→0の極限値でもあります。
すると、方向余弦についての関係式により、
θ曲線の接線ベクトル(dx/dl,dy/dl.dz/dl)方向の
gradθの成分はdθ/dlである事になります。
よって、何らかの余弦cosω()を使って|gradθ|cosω=dθ/dlと表せる事になりますが、
θ曲線の接線ベクトルと gradθは同じ点でθ曲線に接するのでcosωの値は1か-1です。
上式でF=u(x,y,z)で表す場合【より正確にはこれは曲面を表します】には、弧長であるlは「u増加する向きにlが増えて行く方向」で考えます。
そのためdu/dl ≧0であるので、
cosω=1であり(-1ではなく、という意味)|gradθ|=dθ/dl
するとgradθとθ曲線の接線ベクトルは同じ向きのベクトルであるのでx軸,y軸,z軸への方向余弦は「直角三角形の底辺/斜辺」=「直交座標系でのベクトルの成分/ベクトルの大きさ」として同じ値を持ちます。
(向きは同じでも、ベクトルの大きさは異なります。|gradθ|=dθ/dlですがこれは接線ベクトルの大きさとは一般的に異なります。)
以上の事は直交曲線座標系の任意のu曲線で成立します。

補足として、ベクトルの「方向余弦」自体は余弦 cosθ であるので、軸に対する向きが同じであれば大きさはどのようなベクトルであっても底辺/斜辺の関係で方向余弦を表す事ができます。
つまり数学的には1つの方向余弦の表し方は無限にあるわけですが、ここでの一般的な変換に使えるような微分による方向余弦の表し方の方法としては上記の2通りがあるという事になります。

変換の具体例1(平面の極座標変換の場合)

ベクトルの基本ベクトルと成分に対して具体的に平面での極座標変換をしてみます。平面なので必要な方向余弦は4つで、それを表すために偏微分が4つと弧長の式が2つ必要になります。

まず、xとyに対するrとθの偏微分です。

極座標変換の時∂/∂r∂/∂θ
x=rcosθcosθ-rsinθ
y=rsinθsinθ rcosθ

次に弧長の計算です。∂x/∂rなどを計算してあるので、公式に代入します。
dr/dlなどを使う事になりますが、まずはdl/drの形で記しておきます。

$$\frac{dl}{dr}=\sqrt{(\cos\theta)^2+(\sin\theta)^2}=1$$

$$\frac{dl}{d\theta}=\sqrt{(-r\sin\theta)^2+(-\cos\theta)^2}=\sqrt{r^2}=r$$

このように意外と簡単な式になります。
さらに、θのほうの弧長の式で出てきたrは∂x/∂θの式にあるrと打ち消して方向余弦の値には含まれなくなります。(そのように計算が簡単になる事は一般的に保証されるわけではありませんが、球面座標の場合でも同じ事が起こります。)

方向余弦はCrx=(∂x/∂r)・(dr/dl)=cosθ のように計算します。
θについては例えばCθx=(∂x/∂θ)・(dr/dl)=(-rsinθ)・(1/r)=-sinθです。
先ほど述べたようにrは打ち消して式から無くなるわけです。

4つの方向余弦は具体的には次のような形になります。

  • Crx=(∂x/∂r)・(dr/dl)=cosθ
  • Cry=(∂x/∂r)・(dr/dl)=sinθ
  • Cθx=(∂x/∂r)・(dr/dl)=-sinθ
  • Cθy=(∂x/∂r)・(dr/dl)=cosθ

よってrθ極座標系での基本ベクトルでの\(\overrightarrow{A}\)の成分は
=CrxA+Cry=Acosθ-Asinθ
θ=CθxA+Cθy=Asinθ+Acosθ であり、

\(\overrightarrow{A}\)=(Acosθ-AsinθAθ ,Asinθ+Acosθ)となります。

ところでこれらについて運動方程式等に適用するために微分を考える場合などはどうなるのか?という事については後述します。時間微分に関しては得られた変換の結果の式をそのままtで微分すればよいのですが、元の座標系の値であるAに関する処理が必要となります。

極座標による基本ベクトルと成分の変換公式

xy直交座標系からrθ極座標系に基本ベクトルと成分を変換する式は次のようになります。 $$A_r=\hspace{7pt}A_x\cos\theta+A_y\sin\theta$$ $$A_{\theta}=-A_x\sin\theta+A_y\cos\theta$$ 平面極座標への変換の場合には、直交座標を原点回りに回転させる形で
各点での局所的な変換を行うものとして図から導出する事もできます。

変換の具体例2(球面座標変換の場合)

次に球面座標の場合を見てみます。角度のとりかたはθとφの2箇所がありますが、ここでは平面極座標との関連を見やすくするためにθをxy平面での角度にとり、Φをr曲線(と言っても直線ですが)とz軸のなす角にとって考えます。

9つの偏微分と3つの弧長をまとめると次の通りです。

球面座標変換の時∂/∂r∂/∂θ∂/∂φ
x=rsinφcosθsinφcosθ-rsinφsinθrcosφcosθ
y=rsinφsinθsinφsinθrsinφcosθrcosφsinθ
z=rcosφcosφ-rsinφ
弧長逆数(dr/dlなど)
dl/dr
dl/dθrsinφ1/(rsinφ)
dl/dΦ1/r

弧長の式に関する具体的な計算は次のようになります。 $$\frac{dl}{dr}=\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial r}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial r}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial r}\right)^2}=\sqrt{(\sin φ\cos\theta)^2+(\sinφ\sin\theta)^2+(\cos φ)^2}$$ $$=\sqrt{\sin^2φ(\cos^2\theta+\sin^2\theta)+\cos^2φ}=\sqrt{\sin^2φ+\cos^2φ}=1\hspace{60pt}$$ $$\frac{dl}{d\theta}=\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial \theta}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial \theta}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial \theta}\right)^2} =\sqrt{(r\sin φ\sin\theta)^2+(r\sinφ\cos\theta)^2+0^2}\hspace{15pt}$$ $$=\sqrt{r^2\sin^2φ(\sin^2\theta+\cos^2\theta)}=\sqrt{r^2\sin^2φ}=r\sin φ\hspace{105pt}$$ $$\frac{dl}{dφ}=\sqrt{\left(\frac{\partial x}{\partial φ}\right)^2+\left(\frac{\partial y}{\partial φ}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial φ}\right)^2}\hspace{200pt}$$ $$ =\sqrt{(r\cos φ\cos\theta)^2+(r\cosφ\sin\theta)^2+(r\sin φ)^2}\hspace{115pt}$$ $$=\sqrt{r^2\cos^2φ(\cos^2\theta+\sin^2\theta)+r^2\sin^2 φ}=\sqrt{r^2(\cos^2φ+\sin^2φ)}=\sqrt{r^2}=r\hspace{0pt}$$ dl/dθの計算では、角度φは正弦sinφが0以上の値をとる範囲で考えるとします。それは0≦φ≦πの範囲になりますが、図的に見てもその範囲だけで考えても十分である事になります。それは球面座標においてはθの変化もあるからです。

以下、上記の結果と公式を適用して計算をしていく事で
基本ベクトルを直交座標から球面座標に変換した時のベクトルの変換の公式を得ます。

$$
方向余弦の式\hspace{5pt}C_{uj}=\frac{\partial j}{\partial u}\frac{du}{dl}\hspace{5pt}【u=r,\theta,φ\hspace{3pt}j=x,y,z】$$ $$(具体例)C_{\theta y}=\frac{\partial y}{\partial \theta}\frac{d\theta}{dl}=(r\sinφ\cos\theta)\cdot\frac{1}{r\sinφ}=r\cos\theta$$

方向余弦x軸y軸z軸
r 曲線Crx=sinφcosθCry=sinφsinθCrz=cosφ
θ 曲線Cθx=-sinθCθy=cosθCθz=0
φ 曲線Cφx=cosφcosθCφy=cosφsinθCφz=-sinφ
球面座標による基本ベクトルと成分の変換公式
r 成分 ACrxAx+CryAy+CrzAz= Axsinφcosθ+Aysinφsinθ+Azcosφ
θ 成分 AθCθxAx+CθyAy+CθzAz=-Axsinθ+Aycosθ
φ 成分 AφCφxAx+CφyAy+CφzAz= Axcosφcosθ+Aycosφsinθ-Azsinφ
θはxy平面での角度、φはz軸とr曲線のなす角です。

φ=π/2の時、すなわちr曲線が常にxy平面にある時には
sinφ=1および cosφ=0を代入し、
さらにもとの直交座標でz成分A=0とすれば平面極座標の時の変換公式になります。
(θ成分への変換式はφもAも含んでおらず、実は極座標の時と同じ式です。)

これらの式は
「xy平面での角度をΦとしてz軸とr曲線のなす角をθとした場合」には、
θとφを入れ換える事になります。

「xy平面での角度をΦ、z軸とr曲線のなす角をθとした場合」の変換公式
r 成分 A CrxAx+CryAy+CrzAz = Axsinθcosφ +Aysinθsinφ +Azcosθ
φ 成分 Aφ CφxAx+CφyAy+CφzAz =-Axsinφ+Aycosφ
θ 成分  AθCθxAx+CθyAy+CθzAz = Axcosθcosφ+Aycosθsinφ-Azsinθ

これらの式は単なるθとφの文字の置き換えをしただけであり、
何か新しい変換を行ったという事ではありません。

球面座標の特別な場合として平面の極座標を考える時に、運動方程式におけるような場合では
図のφ=π/2と合わせて「ベクトルのφ成分の時間微分が0である」という条件も考えると一般論としての球面座標から移行を考える事ができます。

運動方程式の球面座標系での成分表示の導出

各成分に対する時間微分を考える時には、直交座標での「ベクトルの時間微分」を1つのベクトルと考えて上記の変換公式を適用します。考え方は、1階の微分でも2階の微分でも同じになります。

  1. 直交座標の成分に対する時間微分dA/dtなどを計算します。
    (2階微分をする時はd/dtを計算します。)
    ただし、計算結果は変換後の変数であるrやθで表す必要があります。
  2. ベクトルの時間微分(d/dt)\(\overrightarrow{A}\) は1つのベクトルであるので、変換の公式を適用して基本ベクトルの変換を行います。
  3. 変換の式に含まれる「直交座標で考えた時の成分」に、直交座標で考えた時間微分dA/dtなどを代入します。

一番簡単な例(と言っても多少複雑ですが)で、
尚且つ重要なベクトルは物体の位置を表す\(\overrightarrow{r}\)=(x,y,z)です。
何の断り書きもなければ直交座標の成分で表されています。

次に、\(\overrightarrow{r}\)=(x,y,z)に対する
1階の時間微分を表す速度ベクトル\({\overrightarrow{v}=\Large\frac{d\overrightarrow{r}}{dt}}\)=(v,v,v)と、
2階の時間微分である加速度ベクトル\(\overrightarrow{a}=\Large{\frac{d^2\overrightarrow{r}}{dt^2}}\)=(a,a,a)について
基本ベクトルを球面座標系に変化した場合の成分はどうなるかを見てみます。
(その特別な場合として平面極座標への変換も分かります。)

=dx/dt,v=dy/dt,v=dz/dtおよび
a=dx/dt,a=dy/dt,a=dz/dt
r,θ,φの時間微分については2階微分のほうの式が少し複雑なので「ドット」で表すのがここでは便利です。ドットが2つ付いていたら2階での時間微分を意味します。
dr/dt=\(\dot{r}\)dθ/dt=\(\dot{\theta}\)dφ/dt=\(\dot{\varphi}\)
r/dt=\(\ddot{r}\)θ/dt=\(\ddot{\theta}\)φ/dt=\(\ddot{\varphi}\)
の表記で式を整理します。

xとyについては積の微分公式を2回使う形で計算をします。
また、θやφをtの関数として考えているので
合成関数の微分公式も同時に使っていく事になります。
例えば sinθやcosφなどの項の時間微分は
(d/dt)sinθ=(dθ/dt)cosθ=\(\dot{\theta}\cos\theta\)
(d/dt)cosφ=-(dφ/dt)sinφ=\(-\dot{\varphi}\sin\varphi\) のようになります。

等速円運動の時のようにx=Rcos(ωt)などとする例ではr=Rは定数であり、θ=ωtの時間微分だけを考えれば良い事になります。(また、平面運動なのでφは式に含まれません。)
しかしここではr,θ,φがいずれもtの関数であるとして一般的な式の形を書きます。

\(\overrightarrow{r}\)=(x,y,z)d/dt
x=rsinφcosθ\(\dot{r}\sin\varphi\cos\theta+\dot{\varphi}r\cos\varphi\cos\theta-\dot{\theta}r\sin\varphi\sin\theta\)
y=rsinφsinθ\(\dot{r}\sin\varphi\sin\theta+\dot{\varphi}r\cos\varphi\sin\theta+\dot{\theta}r\sin\varphi\cos\theta\)
z=rcosφ\(\dot{r}\cos\varphi-\dot{\varphi}r\sin\varphi\)

次に、理論的には1階微分をさらに時間微分する形で2階微分を計算して変換の公式に当てはめれば良い事になりますが、その直接計算は実はかなり面倒です。

具体的な計算式は補足・参考用の資料として記事の最後に載せるとして、計算結果の式は次のようになります。

基本ベクトルを球面座標系に変更した時の加速度ベクトル

2階の時間微分を計算後、
加速度ベクトルに変更の公式を適用するとr,θ,φ成分は次のようになります。 $$a_r=\ddot{r}-\dot{\varphi}^2r-\dot{\theta}^2r\sin^2\varphi$$ $$a_{\theta}=2\dot{r}\dot{\theta}\sin\varphi+2r\dot{\varphi}\dot{\theta}\cos\varphi+r\ddot{\theta}\sin\varphi$$ $$a_{\varphi}=2\dot{r}\dot{\varphi}+r\ddot{\varphi}-r\dot{\theta}^2\sin\varphi\cos\varphi$$ また、θ成分に関しては次のようにも書けます。 $$a_{\theta}=\frac{1}{r\sin\varphi}\frac{d}{dt}\left(r^2\dot{\theta}\sin^2\varphi\right)$$ ここではxy平面の角度をθとしているので、
もしその角度をφとおくなら上式はθとφの文字を入れ替えた形になります。

上式でφ=π/2とおき、時間によるφの変化はないなら平面の極座標での変換を表します。
φ成分がなくなり、r成分とθ成分の式中でsinφ=1となるので式は比較的簡単になります。

平面の極座標の場合

球面座標系への加速度ベクトルの変換の式においてφ=π/2かつdφ/dt=0であれば
平面における極座標での加速度ベクトルの変換の式になります。 $$a_r=\ddot{r}-\dot{\theta}^2r$$ $$a_{\theta}=2\dot{r}\dot{\theta}+r\ddot{\theta}=\frac{1}{r}\frac{d}{dt}\left(r^2\dot{\theta}\right)$$ ここではxy平面の角度をθとしているので、
もしその角度をφとおくなら上式はθとφの文字を入れ替えた形になります。

これらの結果から、球面座標系での運動方程式を作る事ができます。

運動方程式は「力ベクトル=加速度ベクトルと質量の積」という形です。そこで、成分に分けた時に加速度ベクトルの成分として上記の式を使えばよいわけです。それらの成分とはx成分やy成分ではなく、r成分やθ成分であるわけです。

球面座標系における運動方程式の成分表示

球面座標系で運動方程式はr成分、θ成分、φ成分ごとに次のように表されます。 加速度ベクトルに変更の公式を適用するとr,θ,φ成分は次のようになります。 $$F_r=m\left(\ddot{r}-\dot{\varphi}^2r-\dot{\theta}^2r\sin^2\varphi\right)\hspace{5pt}(=ma_r)$$ $$F_{\theta}=m\left(2\dot{r}\dot{\theta}\sin\varphi+2r\dot{\varphi}\dot{\theta}\cos\varphi+r\ddot{\theta}\sin\varphi\right)\hspace{5pt}(=ma_\theta)$$ $$F_{\varphi}=m\left(a_{\varphi}=2\dot{r}\dot{\varphi}+r\ddot{\varphi}-r\dot{\theta}^2\sin\varphi\cos\varphi\right)\hspace{5pt}(=ma_\theta)$$ 平面の極座標においては次のようになります。 $$F_r=m\left(\ddot{r}-\dot{\theta}^2r\right)$$ $$F_{\theta}=m\left(2\dot{r}\dot{\theta}+r\ddot{\theta}\right)=\frac{m}{r}\frac{d}{dt}\left(r^2\dot{\theta}\right)$$ このように運動方程式を書く時には、
力ベクトルの成分も加速度ベクトル同様にr成分、θ成分、φ成分として表されます。
「力」は任意の方向にベクトルと同じ規則で分解できるので(実験で示されます)、
自由な方向での成分を考える事ができます。

これを見ると、一応そのように表せるといっても結構複雑です。直交曲線座標の中では比較的構造が単純で分かりやすい球面座標系であっても、加速度ベクトルや運動方程式をその座標系で考えるとなると直交座標系からの基本ベクトルと成分の変換はそれほど容易でない事が分かります。

平面上の極座標で見れば比較的形は簡単にはなりますが、直交座標での形と比べるとやはり複雑さは増しています。運動方程式の極座標系での成分表示は、回転を伴う運動の一部の解析では有効に機能します(例えば万有引力だけが働く物体の軌道を調べる時など)。

参考:球面座標に変換後の加速度ベクトルの成分計算

参考資料として、非常に地味ですが
速度ベクトルの加速度ベクトルの各成分を直接計算した場合の式を記します。

ここでの計算では、積の微分の規則から式全体は \(\ddot{r}\)の項や\(\dot{r}\dot{\theta}\)の項に分けて、変換の公式を適用までした値を1つずつ計算して最後に合計値を出します。それら自体は単なる微分と三角関数の計算問題なので、「確かに結果の式が直接計算でも得られる」という事を見るための参考用資料です。

(再掲)球面座標における基本ベクトルと成分の変換
r 成分 ACrxAx+CryAy+CrzAz= Axsinφcosθ+Aysinφsinθ+Azcosφ
θ 成分 AθCθxAx+CθyAy+CθzAz=-Axsinθ+Aycosθ
φ 成分 AφCφxAx+CφyAy+CφzAz= Axcosφcosθ+Aycosφsinθ-Azsinφ
θはxy平面での角度、φはz軸とr曲線のなす角
\(\overrightarrow{r}\)=(x,y,z)d/dt(1階微分)
x=rsinφcosθ\(\dot{r}\sin\varphi\cos\theta+\dot{\varphi}r\cos\varphi\cos\theta-\dot{\theta}r\sin\varphi\sin\theta\)
y=rsinφsinθ\(\dot{r}\sin\varphi\sin\theta+\dot{\varphi}r\cos\varphi\sin\theta+\dot{\theta}r\sin\varphi\cos\theta\)
z=rcosφ\(\dot{r}\cos\varphi-\dot{\varphi}r\sin\varphi\)

具体的なr,θ,φ成分の計算

tによる2階導関数(2階微分)はr,θ,φ成分のいずれにも共通して使えます。
異なるのは変換公式における方向余弦になります。
この表は、例えば式中の\(\ddot{r}\)の項の係数は
2階微分を行った時点の変換前でxにおいては\(\ddot{r}\)sinφcosθであり、
r成分への変換用の方向余弦sinφcosθを乗じるとsinφcosθとなっている事を記しています。
yとzについても同様に計算し、例として\(\ddot{r}\)の項については合計すると係数の値は1になります。

sinθ+cosθ=1の関係などで三角関数の大部分は式から消えて、
プラスマイナスで打ち消して無くなる項も多くあるために
最終的な結果で残る項は比較的少なくなります。

\(\ddot{r}\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来sinφcosθsinφcosθ-sinφsinθcosθsinφcosφcosθ
y由来sinφsinθsinφsinθsinφsinθcosθsinφcosφsinθ
z由来cosφcosφ-sinφcosφ
合計・・・
\(\dot{r}\dot{\theta}\)係数r成分θ成分φ成分
x由来-2sinφsinθ-2sinφsinθcosθ-2sinφsinθ-2sinφcosφ
sinθcosθ
y由来2sinφcosθ2sinφsinθcosθ2sinφcosθ2sinφcosφ
sinθcosθ
z由来なしなしなしなし
合計・・・2sinφ
\(\dot{r}\dot{\varphi}\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来2cosφcosθ2cosφsinφcosθ-2cosφcosθsinθ2cosφcosθ
y由来2cosφsinθ2cosφsinφsinθ2cosφcosθsinθ2cosφsinθ
z由来-2sinφ-2cosφsinφ2sinφ
合計・・・
\(\ddot{\varphi}\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来rcosφcosθrsinφcosφcosθ-rcosφcosθsinθrcosφcosθ
y由来rcosφsinθrsinφcosφsinθrcosφcosθsinθrcosφsinθ
z由来-rsinφ-rsinφcosφrsinφ
合計・・・
\(\dot{\varphi}^2\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来-rsinφcosθ-rsinφcosθrsinφcosθsinθ-rcosφsinφcosθ
y由来-rsinφsinθ-sinφsinθ-rsinφcosθsinθ-rcosφsinφsinθ
z由来rcosφ-rcosφrcosφsinφ
合計・・・-r
\(\ddot{\theta}\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来-rsinφsinθ-rsinφcosθsinφrsinφsinθ-rcosφsinφ
cosθsinθ
y由来rsinφcosθrsinφcosθsinφrsinφcosθrcosφsinφ
cosθsinθ
z由来なしなしなしなし
合計・・・rsinφ
\(\dot{\theta}^2\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来-rsinφcosθ-rsinφcosθrsinφcosθsinθ-rcosφsinφ
cosθ
y由来-rsinφsinθ-rsinφsinθ-rsinφcosθsinθ-rcosφsinφ
sinθ
z由来なしなしなしなし
合計・・・-rsinφ-rcosφsinφ
\(\dot{\theta}\dot{\varphi}\)変換前r成分θ成分φ成分
x由来-2rcosφsinθ-2cosφsinφcosθsinθ2rcosφsinθ-2rcosφ
cosθsinθ
y由来2rcosφcosθ2cosφsinφosθsinθ2rcosφcosθ2rcosφ
cosθsinθ
z由来なしなしなしなし
合計・・・2rcosφ

成分ごとに合計すると、加速度ベクトルの変換後の各成分は
\(a_r=\dot{r}-\dot{\varphi}^2r-\ddot{\theta}^2r\sin^2\varphi\)
\(a_{\theta}=2\dot{r}\dot{\theta}\sin\varphi+2\dot{\theta}\dot{\varphi}r\cos\varphi+\ddot{\theta}r\sin\varphi\)
\(a_{\varphi}=2\dot{r}\dot{\varphi}+\ddot{\varphi}r-\dot{\theta}^2r\cos\varphi\)
になります。

他の計算の仕方としては、変換の公式を先に使って例えばv=vxsinφcosθ+vysinφsinθ+vzcosφの形で表して、その式の時間微分をするという方法もあります。その場合でも計算式は多少長くなります。

電磁誘導の法則

電磁誘導(「でんじゆうどう」)は「磁場が変化する事で起電力が生じる」事を表す現象で、発電機や変圧器の原理です。電磁誘導の法則はマクスウェル方程式の1つで、数式的には磁場の時間変化と電場の回転を含む式になっています。

電磁誘導の法則は、アンペールの法則と組み合わせて電磁波を表す式を導出するための法則でもあります。また、電磁誘導の法則はマクスウェル方程式の中では電気回路論との直接的な関係が強い法則であるとも言えます。そのため、この記事では電磁誘導に関連した回路論の事項もいくつか含まれます。

電磁誘導を考えるにあたって重要となる「誘導起電力」について、記号はVでもEでもεでも何でもよいのですが、この記事では統一してVeという記号で書いておきます、(それほど深い意味はなく、電場等との記号と混同しないようにという意味合いです。)

この法則はいくつか呼ばれ方があって、
「ファラデーの(電磁誘導)法則」「ノイマンの(電磁誘導)法則」「ファラデー・ノイマンの(電磁誘導)法則」あるいは単に「誘導法則」・・・などとも言います。
このサイトでは「電磁誘導の法則」の名称で統一します。
科学史的には、電磁誘導に関する詳しい実験と基本的なアイデアの提唱を行ったのはファラデーであり、その結果を整理して定式化したのはノイマンだとされています。

電磁誘導という現象

直流電源(起電力の向きが一定)をつないだ回路と電源が無い回路を用意して、電源を入れると電源が無いほうの回路にも一瞬だけ電流が発生します。この現象が電磁誘導です。

この現象は、電源をつないでいない回路に磁石を近づけたり遠ざけたりする時にも起こります。つまり磁場が関係している事が分かります。1つの回路が別の回路に電流を発生させているのは、片方の回路の電流によって発生した磁場であると言えます。

ただし磁場さえあれば同じ現象が起きるかというと実はそうではなく、
磁場の変化」(つまり増加か減少)があるとそのような事が起きます。また、電源をつないでいない回路に発生する電流の大きさは回路の導線の長さ・断面積・材質で変化します。つまり回路の抵抗に依存します。そのため、磁場の変化によって誘起されるのは電流を生じさせる「起電力」(電源としての電位差)であると考えられるわけです。

  • 電磁誘導が起きるのは「磁場の変化」が起きる時
  • 磁場の変化によって誘導されるのは回路全体に電位差を作る「起電力」(回路全体の電圧)

電磁誘導は1つの回路の電流による磁場が、電気的には絶縁されている他の回路に対して誘電起電力および結果としての電流を生じさせています。これについては、切り離された2つの電気回路が磁気回路によって接続されているという見方もできます。確かに直流電流が発生させる誘導起電力は「電源を入れた時と切った時だけ」の一瞬ですが、交流電流であれば継続的な交流の誘導起電力を発生し続ける事ができます。

しかも、次に見て行くように発生する誘導起電力は「磁場の変化」の大小で決定し、直接的には電流の大きさには依存しません。すると、何らかの方法で局所的に磁場の変化量を増やせば回路の電圧の調整が可能になります。(具体的には導線をコイル状にして、さらに中に鉄心を入れます。)それを実用化しているのが変電所等に設置されている変圧器です。電磁誘導は発電機の原理でもありますが、変圧器の原理でもあるわけです。

電流が作る磁場を表すアンペールの法則やビオ・サバールの法則は電磁石の原理です。また、磁場中の電荷や電流が生じている導線が受ける電磁力あるいはローレンツの力は電動機(モーター)の原理です。電動機と発電機は実は構造的には基本的にほぼ同じか非常に似た機械であり、電動と発電という用途の違いで区別がされています。

電磁誘導の法則は数式的には複数の表現方法があり、用途によって使い分けられます。

法則の積分形(固定回路で磁場の時間変動がある時)

電磁誘導の法則は、磁束誘導起電力との関係を表した式です。磁束とは磁場の法線面積分で表される量を言います。(\(\overrightarrow{B}\) を「磁束密度」として考える事があるのは磁束の定義に由来します。ただし当サイトではそれを磁場として扱う方式で記述をしています。)

そして誘電起電力を「電気回路一周分で電荷が受ける事になる仕事」として捉えると、電磁誘導の法則は「電場の回転」と「磁場の時間変化」の関係を表す式であるとみなす事ができます。

他の3つのマクスウェル方程式同様に、電磁誘導の法則にも積分形微分形が存在します。法則の直接的な意味が分かりやすいのは積分形であり、次のようになります。

電磁誘導の法則(積分形・誘電起電力で表す式)

曲面Sに発生する誘電起電力は、磁束の時間変化で表されます。
誘電起電力や磁束はベクトルではなく、スカラー量です。 $$V_e=-\frac{d\Phi}{dt}=-\frac{d}{dt}\int_S \overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{s}$$ $$\left(V_e=-\frac{\partial\Phi}{\partial t}=-\frac{d\Phi}{dt}と考えても同じです。\right)$$ 特に回路が固定されている時は、
回路が固定されている時には特に磁場の時間変化で表す事ができます。 $$V_e=-\int_S \frac{\partial\overrightarrow{B}}{\partial t}\cdot d\overrightarrow{s}$$ 曲面としては基本的には開曲面を考えます。
磁場の関数形は領域で不連続点が無いものとします。
(数学的に\(\large{\frac{d}{dt}\int_S \overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{s}=\int_S \frac{\partial\overrightarrow{B}}{\partial t}\cdot d\overrightarrow{s}}\) となるための条件。)

また1変数の微分なのか偏微分なのかの問題については、磁束は曲面に対して想定される量なので「時間だけの関数」であり、1変数の微分で扱えます。積分のほうで見ても、積分した結果を考えれば座標成分の変数は残っていない事になるので時間だけの関数です。
面積分は変数としては座標成分だけが関係するので、被積分関数が領域内で連続であれば時間微分(これは偏微分になります)を積分しても同じ結果を得ます。
また、時間微分というのは基本的に偏微分を考えるものであり、
1変数に関しては∂/∂tもd/dtも同じ事なので∂/∂tで統一しても同じ事になります。

磁束に関しては「閉曲面」に関して任意のものを考えてもよいのですが、それは
「時間変動する磁場の任意の時刻においては静磁場同様に磁場に関するガウスの法則が成立する」のであれば、確かにそう言える事が分かります。
閉曲線Cを外縁として共有する任意の2つの開曲面を考えて、
それらで囲まれる閉曲面内ではどの位置でも磁場の発散が0です。
式で書くと\(\mathrm{div}\overrightarrow{B}=0\) であり、物理的には「湧き出しを持たない」事を意味します。
すると、ガウスの発散定理によって2つの閉曲面上の磁場の法線面積分は等しい値になる事が言えます。すなわち1つの閉曲線Cを外縁として共有している限り、開曲面Sは任意のものを考えても「磁束」\(\large{\int_S\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{S}}\) は同じ値になる事が数式的にも保証される事になります。
磁束を考える開曲面の任意性については、てきとうな閉曲面を考える事もできますが磁力線が通過する回路の任意の形状を表すという捉え方もできます。(どちらの捉え方にも意味があります。)

電磁誘導の法則について、発生する誘電起電力の「向き」に着目したものを特にレンツの法則と呼ぶ事もあります。

電磁誘導で発生する誘導起電力の「向き」の規則(レンツの法則)

電磁誘導における誘導起電力は、
「回路を通過する磁束の変化を妨げるような電流を発生させる向き」に生じます。
つまり磁束が増えるなら減らすような磁場を作る電流を発生させる向きに誘電起電力が発生し、磁束が減るなら増やす方向に誘導起電力が発生します。
(ただし、それで実際に電流がどれだけ多く発生するかはまた別問題となります。)

起電力の発生とは回路全体に電位差が生じる事です。その結果として回路には電流が発生します。この時に回路の導線に沿って電場が発生していると考えて、それを特に誘導電場と呼ぶ事があります。

この時に、+1 [C]の電荷を置いてみた時に誘導電場から受ける仕事が「回路全体に生じている電位差」(=起電力)であるので、それは回路1周分の電場(=+1 [C]の電荷が受ける電気力)の接線線積分で表す事ができます。

電磁誘導の法則(積分形・電場で表す形の式)

$$\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=-\frac{\partial\Phi}{\partial t}\left(=-\frac{d\Phi}{dt}\right)$$ 特に回路が固定されている時は次式です。
マクスウェル方程式の1つとして見る場合は基本的にこの形のものを指します。 $$\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=-\int_S \frac{\partial\overrightarrow{B}}{\partial t}\cdot d\overrightarrow{s}$$

閉曲線Cは導線でできた回路を考えてもいいし、空間内のてきとうな任意の閉曲線を考えても良い事になります。導線の回路とは無関係に閉曲線を考えた場合でも、磁場の時間変動(および磁束の時間変動)があるなら起電力に相当する電位差は発生していると見るわけです。

回路として導体でできたものを指定しなくても閉曲線として形状さえ指定すればよいという意味では、確かに物理的には「より一般的な式」であるという事は言えそうです。

空間中に導線の回路ではなくてきとうな閉曲線を考える時には、
その空間というのが空気などの電気的に絶縁性の高い物質中であるか、あるいは真空中という事を想定するなら「電位差(=電圧)は発生していても電流は生じない」事になります。(電位が0でない場所には「電場」は発生しています。)
その事は回路論においての電圧と電流の違いという意味でも重要ですし、電磁波が絶縁物中や真空中であっても伝わって進行していくという点でも大事であると思われます。
ただし絶縁物中や真空中で電流は基本的に発生しないという事は、敢えて「誘導起電力」を考える必然性も無い事も意味すると言えます。そのため、そのような場合には電場と磁場の関係で表したほうが良いという捉え方もできそうです。

法則の微分形

電場と磁場の関係で表した電磁誘導の法則の積分形にストークスの定理を適用すると、法則の微分形を得る事ができます。

ストークスの定理を適用するのは、電場のほうの項です。それが循環(周回の接線線積分)の形になっているので、「電場の回転」の法線面積分として書けます。

$$\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_{S_0}\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}$$

開曲面をSとしていますがこれは磁場のほうに対する開曲面と同じである必然性がないので予めそう書いただけであり、本質的にはあまり関係ありません。

$$電磁誘導の法則により\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=-\int_S \frac{\partial\overrightarrow{B}}{\partial t}\cdot d\overrightarrow{s}であるから$$

$$\int_{S_0}\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=-\int_S \frac{\partial\overrightarrow{B}}{\partial t}\cdot d\overrightarrow{s}$$

開曲面SとSは任意にとれるので、式が成立するには被積分関数が同一でなければなりません。
よって、電磁誘導の法則の微分形が成立する事になります。

これは他のマクスウェル方程式の積分形から微分形への変形の時と同じやり方です。

電磁誘導の法則(微分形)

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=-\frac{\partial\overrightarrow{B}}{\partial t}$$ ナブラで書くと次のようになります。 $$\nabla\times\overrightarrow{E}=-\frac{\partial\overrightarrow{B}}{\partial t}$$ この式の形は、マクスウェル方程式の中で言うとアンペールの法則と対になっています。

電磁誘導の法則の微分形は、
磁場の直接的な時間変化と「電場の回転」を関連付ける式です。
少し妙な結果にも思えるかもしれませんが、この微分形の式は物理的には「局所的には磁場の時間変化により電場の渦ができ、回路全体では誘導起電力の発生を意味する」という解釈ができます。
「渦」のイメージは微小な領域に対して積分形を考えてみると比較的分かりやすいかもしれません。それを1点で考えて数式で表すとこのような微分形の式になるわけです。

電磁波の式を導出する時にマクスウェル方程式を組み合わせる時には、基本的に微分形のほうの式を使います。電磁誘導の法則と組み合わせるのはアンペールの法則の微分形です。

時間変動しない磁場中で回路が動く時の法則の形

ところで各位置における磁場が時間的に一定である時に、回路自体を動かしても「回路を通過する磁束」は変化する事になります。(磁場の分布と運動の仕方によっては変化しない事もありますが、一般的に言えば変化をします。)

実際、そのような場合でも電磁誘導は起きます。ただし、その時に電磁誘導の積分形の見た目が違った形で書かれる事があります。

それは接線線積分で書かれる事になりますが、上述の電磁誘導の法則の積分形をストークスの定理等を使って変換したものとは異なります。

電磁誘導の法則(積分形・時間変動の無い磁場中で回路が動く場合)

時間変動しない磁場中で閉曲線Cを作る回路が運動する時に、
回路の各位置の速度ベクトル(位置の時間変化)を\(\overrightarrow{v}\)とすると $$V_e=\oint_C \left(\overrightarrow{v}\times\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{l}$$ $$=-\oint_C \overrightarrow{B}\cdot\left(\overrightarrow{v}\times d\overrightarrow{l}\right)$$ ここで言う回路の運動とは直線運動でも曲線運動でも良くて(瞬間の位置の変化=速度を考えているので)、回転運動も含みます。また、理論的には閉曲線の形状自体が微小変化する場合も含めて成立する式になっています。
式の1段目から2段目の変形は外積ベクトルの公式によります。
2段目の式は法線面積分としても捉える事ができます。ただし実質的にはそれを閉曲線の周に沿ってだけ考えれば十分であるという意味です。

この法則の形は回路が動く場合に必ず適用しないといけないかというと実はそうではなく、磁束の変化を直接計算できるならそっちで考えたほうが早い場合もあります。
例えば交流の起電力を発生させるために回路を回転させる場合などは上記の式で考える事もできますが、最初から磁束を計算したほうが早いです。
(実際の発電機では、回路を回転させるタイプと磁場を発生させる電磁石部分等を回転させるタイプの両方が存在して使い分けられています。)

電磁誘導の法則の積分形の元の形に即して言えば考え方自体は固定された回路において磁場が時間変動する時と同じで、回路を周・外縁とする開曲面の磁束の変化を計算していると見る事ができます。

回路を閉曲線Cとして、それを外縁とする開曲面Sを考えます。

回路が移動あるいは変形すると、そもそもの閉曲線が変わるので開曲面に対する磁束も変化します。(平行移動や回転で開曲面の形状を変えていなくても。)

1つの閉曲線Cに対しては開曲面Sは任意に選べるので、なるべく大きくならないものを選びます。例えば閉曲線の各点を直線で結ぶ事で形成される曲面などです。

最初に存在する閉曲面Sと、移動後の閉曲面Sを考えて、
それと移動の軌跡で作られる側面の閉曲面Sも考えます。
次に、速度ベクトルがSの表面とのなす角が180°以下の時を見てみます。これは速度ベクトルがSの表面側を向いている状況です。

任意の時刻で静磁場に関するガウスの法則が成立しているとすれば、
閉曲面全体での磁場の法線面積分(=磁束)の合計は0です。
(この事は、電磁誘導の積分形のところで触れた「磁束は1つの閉曲線を外縁として共有している条件のもと任意の開曲面で考えても同じ値になる」という話と同じです。)

その内訳を見ると、最初のS1の表面が「閉曲面の裏面」になる事に由来してSに対する磁束Φ1とSに対する磁束Φが互いに異符号で存在します。それと軌跡で作られた側面Sにおける速度ベクトルと接線ベクトルの外積が閉曲線の内側を向いています。

するとΦ-Φ-Φ=0 ⇔ Φ-Φ=Φ です。

非常に短い時間では、Φは「速度ベクトル(どの位置でも同じ)と接線ベクトルが作る平行四辺形」を面積に持つ面積要素ベクトルと、磁場との内積を考えた法線面積分です。

しかしこの時の面積要素ベクトルは「速度ベクトルと接線ベクトルの外積ベクトル」に等しく、それを閉曲線C(最初の位置での閉曲線)において周回ですればよい事になります。上記の式で言う2段目の形です。その式をさらにベクトルの外積の公式で変形すると上記の1段目の形が得られます。

$$移動の軌跡で作られる面の磁束\Phi_d=\int_{S2} \overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{s}=-\oint_C \overrightarrow{B}\cdot\left(\overrightarrow{v}\times d\overrightarrow{l}\right)$$

$$=\oint_C \left(\overrightarrow{v}\times\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{l}$$

曲線の一部だけが移動すると考えれば、
回路の形状が微小に変化する場合にも同様に考える事ができます。

次に、Sの表面と速度ベクトルのなす角が180°を超える時、つまり速度ベクトルがSの裏面側に伸びている状況を考えます。この時は、閉曲面を考える事で表が裏に転じるのはSのほうになります。さらに、速度ベクトルと接線ベクトルの外積は今度は閉曲面の外側(=表側)を向くようになります。

従ってその場合はΦ-Φ+Φ=0となり、
Φ-Φ=-Φ ⇔ Φ-Φ=Φ となって
先ほどと同じ関係式になったので同様に考える事ができます。

この式は物理的には単位電荷が受ける仕事の変化という観点からも見れます
すなわち、導線中に電荷を持った自由電子があるとしてそれを動かす事になるので生じる電磁力(ローレンツの力)が1[C]あたりの電気量で見ると\(\overrightarrow{v}\times\overrightarrow{B}\) となりますが、この力自体は電荷の速度に垂直に生じるので「生じた電磁力がする仕事はゼロ」です。
しかし実際は、何らかの外力で導線の回路を動かした事による仕事はゼロではありません。(導線の質量を考えた通常の力学的な仕事を抜きにして。)
ここで、電磁誘導によって起電力と電流が回路に生じるとすると、その誘導起電力に由来する電流に働く電磁力\(Id\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{B}\) が生じます。
(これは電流を電荷の電気量とその速度に分けて、大きさはQv=Idl で回路の接線ベクトルと電荷の速度ベクトルが等しいと考える事によります。)
この電磁誘導に由来する電磁力は、回路の移動を妨げる方向に働きます。
言い換えると、現に回路を動かせたとすれば電磁力に逆らって外力が仕事をした事になり、その仕事が電気エネルギーに変換されたと見る事ができます。
しかし外力と電磁誘導による電磁力は方向は一般的に一致しないので
外力が「単位時間あたりに電磁力に逆らってした仕事」(つまり仕事率)は内積で考えると
\(-\left(Id\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{B}\right)\cdot\overrightarrow{v}=I\left(\overrightarrow{v}\times\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{l}\)
右辺は左辺を変形したもので、誘電起電力を外積で表した式の微小量にに電流を乗じたものです。
また電流と電圧を乗した量は実は「電力」であって、電気的な「仕事率」の事です。
積分を行うと両辺共に回路全体での「仕事率」です。(左辺は外力、右辺は電荷によるもの。) $$-\oint_C\left(Id\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{B}\right)\cdot\overrightarrow{v}=I\oint_C\left(\overrightarrow{v}\times\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{l}$$ つまり電流も含めて考えると
「外力が電磁力に逆らって行う仕事率」=「誘電起電力が消費できる電力」
という関係式ができます。
磁場の時間変動がある時と時間変動がない磁場中を回路が動く時とでは、結果は同じでも物理的に誘電起電力の発生の機構が違うという見方と、回路の速度は相対的なものである事も含めて本質的にも同じものであるという見方の両方が存在しているようです。

自己インダクタンスと逆起電力

「1つの回路による電流による磁場の変化が、もう1つの回路に誘導起電力を発生させる」という理論をよく考えてみると、磁場を生じている元の回路を通過する磁場も変化しているはずではないのか?と思えるかもしれません。

そして実はそれは正しくて、一般的に電気回路は
「それ自身に発生している電流による磁場の変化があった時」
にはそれに由来する誘導起電力が発生するのです。
そしてその部類の誘電起電力は特に逆起電力と呼ばれます。
それは直流回路で電源を入れた時などは無視できる大きさですが、交流電気回路では考慮に入れる必要があります。特にコイルがある場合には基本的に無視する事はできない事が多いです。

電磁誘導の法則を思い返してみると、磁束の変化を妨げるような向きに誘導起電力が発生するのでした。
つまり、回路の電流がその回路自体に対して及ぼす誘導起電力はまさに「磁場の発生源である電流を減らそうとする向き」に発生します。それは一般的に電源の起電力によってかかる電圧と逆向きであるので「逆起電力」と呼ぶわけです。

直流回路なら逆起電力は大きさも小さくすぐに消えるので無視できますが、交流回路では逆起電力が継続し続けて大きさも無視できない場合があります。

実験によって(あるいはアンペールの法則やビオ・サバールの法則から)直線電流によって生じる磁場は電流の大きさに比例します。これは交流電流のように電流が時間変化する場合でも、各時刻で考えると同じ事が言えます。

※アンペールの法則で考える変位電流の影響については、コンデンサーにおける場合などは考える意味がありますがここでの考察のようにコイルなどでは無視できる大きさであるとします。

そこで主に逆起電力を考える場合に特に多く使う考え方として、
比例定数Lを使って磁束をΦ=L I と表現する事が多くあります。
この比例定数Lを、考えている回路の自己インダクタンスと呼びます。
この形の磁束の式を使って逆起電力を表す場合の電磁誘導の法則の式を書くと、
Ve=-(dΦ/dt)=-L (dI/dt)となります。

その形の式は、電気回路に限定した議論のように空間的な電場や磁場のベクトルを考えなくてもよい場合によく使われます。回路で考えている場合の電流は時間に依存する事はあっても、空間的な位置座標には依存しません。

逆起電力を表す場合の電磁誘導の法則の式

電気回路中において、誘電起電力として逆起電力を表す場合には
比例定数である自己インダクタンスLを使って次のように書く事ができます。 $$\Phi=LI\hspace{5pt}と電磁誘導の法則を組み合わせる事で、$$ $$V_e=-\frac{d\Phi}{dt}=-L\frac{dI}{dt}$$ ここでのマイナス符号は、回路における電流や電圧の「2方向の向き」を表すものです。
電流の方向と逆向きに逆起電力が発生する事を表します。
この電流や電圧の向きはベクトル的な空間的な電流等の向きにも対応していますが、回路だけを考えるならベクトルとして考えなくても同じ形の式が使えます。
微分については「電位回路中の電流」という条件のもとでは電流は空間的な位置座標の関数ではなく、交流回路において時間のみの関数と考える事がでます。そのため、微分は1変数の微分として考えれば十分です。

他回路に対しても同様に考える時には「相互インダクタンス」を考える時もあります。
ただし、考えているのが1つの回路である事が明確な時には
自己インダクタンスを単に「インダクタンス」と言う事も多くあります。
(「自己」と「相互」をまとめて指す意味でインダクタンスとも言います。)
また、無視できない大きさの自己インダクタンスを持つコイルのような部分を回路素子とみなす時には、それをインダクタと呼ぶことがあります。

自己インダクタンスを使った考え方は回路論以外で使ってはいけないわけでは無いですが、
基本的に「電流が作っている磁場が、その電流が生じている回路に及ぼす誘電起電力(=逆起電力)」
を考えているので必然的に電気回路で使う事が多くなるわけです。

ここで、回路にV sin(ωt)で表される交流電源があって、回路素子としては無視できないインダクタンスを持つコイルだけがある状況を考えてみます。
(全ての導線にもコイルにも抵抗成分は必ずありますが、ここでは簡単のためにそれらは無視できる大きさとして考えます。)

すると、キルヒホッフの法則(回路の電圧降下の合計は起電力に等しいというもの)を考えると
「電源の起電力=逆起電力の大きさ」という事になってV sin(ωt)=L (dI/dt)です。
(向きまで含めて考えれば電源の起電力とここでの逆起電力は符号が異なります。)
このtに関する微分方程式は比較的簡単に解く事ができます。
任意定数が0になるように初期条件を考えると、I=-{1/(Lω)}cos(ωt) となります。
合成関数の微分を考えて(d/dt){cos(ωt)}=-ωsin(ωt)となる事に注意。】

-cos(ωt)=-sin(π/2-ωt)=sin(ωt-π/2)でもあるので、
コイルの端子間電圧(ここでは電源電圧に等しい)V sin(ωt)に対して
コイルに生じている電流は「位相がπ/2遅れている」という表現もされます。これは交流回路論においては割と重要です。

その条件のもとでは電源の起電力と回路の電流の最大値の絶対値だけで関係を見ると
|V|=|I|/(Lω)となっています。
(交流回路では電圧や電流の最大値を2の平方根で割った「実効値」が使われますが、実効値で考えても同じ関係が成立します。)これは交流回路を分析する時に実は便利な関係です。
そこで、角速度(回路論や通信工学などでは角周波数とも言います)も含めたLωという値を改めて誘導リアクタンスと呼ぶ事もあります。
この誘導リアクタンスを使用する場合には、位相の変化も含めて考える必要がある事も多いです。
実はコンデンサーについても同様の考察ができます。一般的に、コイルに対するLωという量と、コンデンサの容量を使って表される1/(Cω)という量を共にまとめて「リアクタンス」と呼び、さらに抵抗成分と合わせたものをインピーダンスと呼びます。

使われ方:1発電機における電磁誘導

電磁誘導を利用して発電を行う発電機にはいくつか種類がありますが、
実はいずれも電動機(モーター)と対になった分類になっています。発電所で従来から使われてきた発電機で多いものは同期発電機(synchronous generator)と呼ばれます。以下、積分などの計算はありませんがいわゆる電気機器・電気機械の理論独特の多少込み入ったな話も一部含まれます。

  • 同期発電機:発電所で多く使われてきた発電機。火力発電などでは一般的に巨大。
  • 直流発電機:交流ではなく直流の電源として使える発電機。
  • 誘導発電機:誘導電動機という種類の電動機を発電機として使ったもの。やや稀なタイプ。

原理的には交流の電源を作るには磁場を回転させてもよいし,

磁場を固定して回路の一部であるコイルのほうを回してもよいのですが、火力発電に使われるような大型の同期発電機では磁場を発生させる電磁石(以下、「磁極」と呼びます)のほうをタービンの軸に接続して回転させます。

発電所の発電機で誘起する電圧は多くの場合には高圧以上の電圧です。
(規格では3300[V], 6600[V]や、それを超えるものなど)
しかも発電所の発電機では、送電の都合上の理由等から位相(正弦波の角度)が異なる3つの交流起電力を発生させる事が多いです。その方式の電線路は三相三線式と呼ばれます。
そしてそのようなものを高速で回すような事はできればしたくないといった事情や、電磁石側のほうが機械的に丈夫に作りやすいといった理由により、容量の大きい同期発電機では多くの場合に電磁石のほうを回転させます。電磁石を作るほうの電源は一般的に低圧です。
電磁誘導の法則を使って発電機という「機械」を作って運用するとなると、電気と磁気に関する事が特に重要ではありますがその他の力学的・機械的な事も多く関わってきます。例えば電磁石を回転させるタイプのものでは、遠心力を抑えるために直径はなるべく小さく抑えて長い円筒形の形状にするといった事です。
また、発電を行っていると「損失としての熱」も多く発生するので冷却という事も考慮に入れる必要が出てきます。

この場合、誘電起電力を発生させるコイルは回転する磁極を囲むようにして固定されます。
磁極は通常の磁石のようにNとSに相当する部分が対になりますが、この対を複数設置して同時回転させる事もできます。火力発電では2極(つまりNとSの1対だけ)の事が多く、小規模の水力発電などでは多くの極(例えば多いものでは48極)などが使われる傾向があります。

発生する起電力の計算に使うのは、
電磁誘導の法則において「磁束の時間変化」を直接使うパターンです。

磁極を回転させる時にはコイル面に対する磁場の垂直成分が理想的には時間を変数として正弦関数と嬉しいのですが、実はコイルの配置などを工夫しないと歪んだ台形のような波形になってしまいます。(周期関数を正弦波の和で表す考え方だと「高調波」成分が多くなる事を意味します。)
ここではそのような工夫が既にされているとして、誘導起電力を発生させるコイルにおける磁場の波形が正弦波に近似できるものとします。また、磁束を考える面は長方形状のコイルの平らな面であるとして、その面積をSとします。

さてそのような時には考察は比較的簡単で、
コイルの面の面積要素ベクトルと磁場のなす角度が回転磁極の角速度ωと時間tの積ωtで表せる事になります。

今、磁場ベクトルの大きさが一定でBであるとします。
コイル面に対する垂直成分Bが正弦波で表されるとすると
=Bsin(ωt)で、ωt=π/2の時に最大値です。
(磁場とコイル面の面積要素ベクトルとのなす角θを使えばB=Bcosθであり、
位置関係としてはθ+ωt=π/2です。)

よってこの時のコイル1巻き分の磁束はΦ=SBsin(ωt)で、1巻きのコイルに対する誘電起電力は
Ve=-(dΦ/dt)=-ωSBcos(ωt)=ωSBsin(π/2-ωt)です。
自己インダクタンスを使った計算時のように合成関数の微分になります。

$$合成関数の微分である事に注意して、V_e=-\frac{d\Phi}{dt}=-\frac{d}{dt}\left\{SB\sin (\omega t)\right\}=-\omega SB\cos (\omega t)$$

速度ではなく周波数f[Hz] で考えるならω=2πfなのでVe=-2πfSBcos(ωt)です。
実効値で考えるのであれば最大値(つまり正弦または余弦が1の時)の絶対値を\(\sqrt{2}\)で割って
V =\(\sqrt{2}\pi\)fSB です。
(SもBも定数であるのでまとめて\(\phi\)=SBとおいてしまう事もあります。)

以上の結果はコイル1巻きに対してなので、n回巻かれていればn倍になります。
その他、導線の結線方法やコイルの巻き方に由来して所定の値や係数が乗じられます。
ただし発電機の誘電起電力は高ければ高いほど良いというものでも無いので、用途に応じて所定の電圧の電源になるように構造が決定されています。

  • 磁場の大きさの波形を正弦波に近付けるために1箇所にコイルの巻きを集中させない方式(分布巻、短節巻等)を使った場合は誘電起電力が理論値より少し減るので巻線係数kを乗じます。
    kは基本的におおよそ0.87~1未満の値です。
    さらに細かく見るとこの巻線係数は別の2つの係数の積です。
  • 3つの正弦波の位相が互いに120°ずれた「三相三線」の線路として出力する場合は、
    2本の導線の「線間電圧」は1相で考えた場合の\(\sqrt{3}\)倍になります。
2極の同期発電機の誘導起電力(実効値)

2極の同期発電機において周波数がf、1つのコイルの巻き数がn、巻き線係数がkであり
コイル面を通過する磁束の最大値\(\phi\)=BSが一定値である時には、
1相ごとの誘導起電力の実効値は次のように表されます。 $$V_e=\sqrt{2}\pi knf\phi\hspace{3pt}≒\hspace{3pt}4.44knf\phi$$ 比例定数の一部を「4.44」という数字でも書いたのはちょっとしたオマケで、
「たまたまそのように特徴的で覚えやすい値である」という意味です。
この式の導出方法は他にもありますが、
ここでは電磁誘導の法則に即して一番簡単と思われる方法での導出を説明しました。

同期発電機にもいくつかタイプがあり、また製造元によっても作りが変わってきたりもします。この図は一例の簡単な説明図です。

使われ方2:変圧器における電磁誘導

変圧器は変電所に設置されている装置であり、電柱の上にも設置されています。
2つの電気回路を接続し、それぞれの接続部分にコイルがあります。電柱に張り巡らされた電線の2線間の電圧は高圧の6600[V] であり、それを家庭で使う100Vに下げます(降圧)。逆に、発電所から鉄塔の送電線に向けては特別高圧の範囲の1万~50万[V] にまで電圧を上げます(昇圧)。

変圧器の原理は発電機と同じく電磁誘導であり、交流回路においてのみ機能します。理論的には前述の逆起電力の考え方が重要な部分の1つでもありますが、変圧に関する結果の式は非常に簡単で2つのコイルの電圧の比は「コイルの巻き数の比に等しい」というものです。

変圧器による変圧について成立する式

変圧器で接続された2つの電気回路のうち電源側のほうの量である事を指して「1次」と言い、もう片方の回路の量である事を指して「2次」と呼ぶ事があります。
今、変圧器の1次側のコイルの巻き数がNで2次側のコイルの巻き数がMである時、1次側のコイルの端子間電圧と2次側の端子間電圧の実効値は次式で表されます。 $$\frac{E_2}{E_1}=\frac{M}{N}$$ これはつまり、例えば電圧を2倍にしたいなら2次側のコイルの巻き数を1次側の巻き数の2倍にすればよいし、逆に降圧を行うのであれば2次側よりも1次側の巻き数を多くすれば良い事になります。

コイルに巻かれた隣り合う導線や導線と鉄心の間は絶縁物による電気的な絶縁を行います。

結果の式は簡単ですが、導出する時には実は少し注意が必要な点もいくつかあります。
以下、導出の概略について説明します。

1次側のコイルによる電誘誘導によって2次側の回路に誘導起電力が生じるわけですが、この時に実は2次側のコイルによる磁束の変化が1次側に逆に影響を及ぼします。
ただし1次側に変化があるのは実は電圧ではなく電流のほうで、2次側からの電磁誘導に由来する電流が逆起電力を発生させて結果的に1次側の電圧の変化を打ち消す仕組みになっています。

そのため、変圧器で2つの回路を接続した時には1次側には2種類の電流があると考えます。「励磁電流」はであり、「1次負荷電流」は2次側のコイルからの電磁誘導に由来する電流です。しかし大きさ的には一般的に後者のほうが大きくなります。

  • 「励磁電流」:2次側の回路に誘導起電力を発生させる電流。大きさ的には小さい。
  • 「1次負荷電流」:2次側のコイルからの電磁誘導に由来する電流。
    ただし逆起電力によって、結果的に1次側のコイルの端子間電圧に基本的に影響を与えない。

1次側の励磁電流によって、1次側のコイルには巻き数Nに比例する磁場が発生します。
そこで、この励磁電流による磁束は励磁電流の大きさと1次コイルの巻き数に比例するとして
Φ=kNI とおけます。

ビオ・サバールの法則を使ってコイルで発生する磁場が「巻き数と電流に比例する事」を比較的簡単に(と言っても割と面倒ですが)導出できるのは、円筒に導線を均一に巻いた模式的なソレノイドにおいてです。
他方で、実際の変圧器の多くは断面が四角形です。
しかし近似的にはソレノイドのように考える事ができます。

ここで、自己インダクタンスLの定義は
「電流が発生させた磁束について」Φ=LIとなるような定数の事でしたが、
電流がコイルの1つ1つの輪に作用して逆起電力を発生させている事を考えると
実はこの場合の磁束は「ΦのN個分の合計」として考える必要があります。
そのために1次コイルのに対して励磁電流が発生させた磁束の合計は Φ=kNI であり、
自己インダクタンスはL=kNとなるのです。

この時に回路の抵抗成分は小さいとすると、逆起電力Vの大きさは電源電圧とほぼ同じになります。(向きは互いに逆です。)
電源の起電力をVsin(ωt)とすると、
Vsin(ωt)=-L(dI/dt)により(あるいはリアクタンスLωを使って)
励磁電流は I=-{Vcos(ωt)}/(Lω)=-V{cos(ωt)}/(kNω)です。
つまり、少し妙な感じもするかもしれませんが
「励磁電流の大きさは1次コイルの巻き数の2乗に反比例する」というわけです。
【逆起電力は、ここでは大きさが電源の起電力に等しく向きが逆でV=-Vsin(ωt)です。】

変圧器回路の一次側の励磁電流の特徴

励磁電流の大きさは変圧器回路の1次コイルの巻き数の2乗に反比例します。

  • 1次コイルの自己インダクタンスを計算するとN(巻き数の2乗)に比例する。
  • 抵抗分が少ないとしてキルヒホッフの法則(ここではオームの法則でも同じ)から励磁電流を計算すると、励磁電流の大きさは1次コイルの自己インダクタンスに反比例する
  • よって、励磁電流の大きさはNに反比例する事になります。

ここで改めて1次コイルが近似的にソレノイド同様の磁場を作ると考えると、先ほどと同じように考えてΦ=kNI=-V{cos(ωt)}/(Nω)の磁束が発生しますが今度はこれは1次コイルではなく2次コイルのほうに作用している状況を考えます。

2次コイルでの誘電起電力Vは電磁誘導の法則により -(dΦ/dt)を計算する式で考えます。
1巻きではNに反比例し、2次コイルでM巻きの導線の輪があるのでM倍します。

つまり、Φ=-V{cos(ωt)}/(Nω)をtで微分して符号を変えてからM倍する事によって、
V=-M(dΦ/dt)=-VM{sin(ωt)}/Nです。
(結果的にωは式から無くなります。)

よって、V≒-VのもとでV/V={-VM{sin(ωt)}/N}/{-V{sin(ωt)}=M/Nとなります。
(実効値をEおよびEとして、E/Eで考えたとしても同じようにE/E=M/Nとなります。)
以上の事は、交流回路における複素数法(交流の電流と電圧は複素数として直流回路同様に計算しても正しい結果を得る)を使うと少しだけ計算は見やすくなります。

ところで磁気的に接続されていても、電気的には接続されていない2つの回路間の電流や電圧についてプラスマイナスの符号での「向き」を比べる意味があるのかという話にもなりますが、これは正弦波の位相で考えると比較的分かりやすいかもしれません。
マイナス符号が付いているという事は正弦波では
「位相が180°(弧度法でπ)ずれている波形」としても表せます。
そのため、交流回路においては電気的には直接接続されていない2つの回路間でも位相の観点からはプラスマイナスの符号の関係も意味を持ち得る事になります。ある時刻で1次側の何らかの量の位相がθの時に、2次側のある量の位相はθ-πで表されるといった事が分かるからです。
1次側・2次側単独で見た場合はプラスマイナスの符号は通常通りの「向き」として見れます。

逆三角関数

逆三角関数とは「三角関数の逆関数」で、正弦、余弦、正接のそれぞれに対して存在し、
それぞれ「逆正弦関数」「逆余弦関数」「逆正接関数」と呼んで Arcsinx,Arccosx,Arctanx
もしくは sin-1x,cos-1x,tan-1x のように書きます。
あるいは arcsinx,arccosxのように書く事もできますが、
それらは記述法によっては Arcsinx等と区別して意味を持たせる事もあります。

逆三角関数が使われる事が比較的多いのは微積分においてです。そのため、この記事の後半では微積分的な内容がやや多くなります。また、どちらかというと数学的な内容が中心になりますが逆三角関数のいくつかの使用例についても説明します。

※三角関数のベキ乗は、習慣的に(sinx)2=sin2xのように書かれます。
しかし、一般的にはsin-1xは逆正弦関数(=正弦関数の逆関数)であって、
1/(sinx)を意味しない事が多いです。
一般的に、三角関数の逆数に関しては1/(sinx)=(sinx)-1(=cosecx) と書き、
負のベキ乗(あるいは逆数のベキ乗)に関しては
{1/(sinx)}2=1/(sin2x)=(sinx)-2(=cosec2x)などのように書きます。
一般的に、f(x)の逆関数はf-1(x)と記します。
表記体系としては一応 sin-1xを1/sinxと勘違いしないようにはなっていますが、
当サイトでは基本的に逆三角関数は Arcsinxや Arccosxの表記を使用しています。

また、「余接(cot)」「正割(sec)」「余割(cosec)」などは三角関数の「逆数」です。
例えばsecθ=1/(cosθ)であって、それらは「逆三角関数」とは別物になります。
余接関数等にも逆関数を考える事はできますが、正弦・余弦・正接の逆三角関数と比べると使用頻度は低いと言えます。

種類と基本的性質

通常の正弦関数y=sinxに対してはxの値を決めればyが定まるわけですが、理論的にはyに対してxの値も計算できるというふうにも見れます。つまりx=f(y) のように考えるわけです。これが一般的な逆関数の考え方ですが、それを三角関数について考えたものが逆三角関数です。

逆三角関数(三角関数の逆関数)
  • y=sin xの時、x=Arcsiny(もしくはsin -1y)と書き、逆正弦関数と呼びます。
  • y=cosxの時、x=Arccosy(もしくはcos-1y)と書き、逆余弦関数と呼びます。
  • y=tanxの時、x=Arctany(もしくはtan-1y)と書き、逆正接関数と呼びます。

Arcsinxと書く場合は、「アークサインエックス」のようにも読む事があります。
同様にArccos, Arctan は「アークコーサイン」「アークタンジェント」と読みます。

例えばy=sinxに対して
x=π/2の時にはy=sin(π/2)=1であるので、π/2=Arcsin1のようになります。
同様に、例えばx=π/4の時にtanx=1なので π/4=Arctan1のようになります。
つまり「三角関数あるいは三角比のある値を与える角度は何か?」
という事を表したのが逆三角関数です。

逆三角関数は通常の三角関数と違って、微積分に関して以外の関係式は多くありません。
例えば加法定理のような関係式は基本的に考えないわけです。(ただし通常の三角関数の加法定理と組み合わせて計算をする事はあります。)
積分の時に一応覚えていると良いかもしれない関係式としては
Arcsinx+Arccosx=π/2があります。
ただしこれは後述するように
逆三角関数の値として「主値」を採用する場合において成立するものです。
すなわち、Arcsinxの値域を [-π/2,π/2]として
Arccosxの値域を [0,π]とした場合に成立する関係式です。

ですので具体的な意味としては実は難しくないのですが、
数学的には注意点は2つほどあります。

逆三角関数についての数学上の重要な注意点
  • 逆三角関数を単独の関数として扱う時は、他の関数と同じく「xを変数として
    y=Arcsinxのように書くのが普通です。(その時、siny=xです。)
    通常の三角関数y=sinxに対して逆正弦関数を考えるならx=Arcsinyとも書きます。
    ただし文字自体は変数をxとしてもyとしても、本質的にはどちらでも変わりません。
  • 三角関数は周期関数なので
    y=sinxなどにおいてyの値に対して複数の(無限個の)xの値があり得ます。
    例えばx=π/4の時にtanx=1となるのは「x=π/4もそうだがx=9π/4もそうである」といった話にもなるという事です。
    そのために逆三角関数を考える時には通常、1周期分だけを考えて
    特に0を含む値域(三角関数で言えば定義域)を単調関数になるように選んで使うのが普通です。逆三角関数がその範囲の値である事を指して主値と呼びます。

yとxの文字の使い分けの関係は混乱を生じやすいかもしれませんが、
何の文字を使っているかに関わらずに Arcsin 等の逆三角関数を使う時には
変数とその定義域は「通常の三角関数の値」であり、
逆三角関数の値とその値域は「角度」を考えています。

多くの場合、三角関数y=sinxなどを使っている中で逆三角関数を考える場合には
変数と関数を表す文字を区別するためにx=Arcsinyのように書いて、
微積分などで単独で逆三角関数を最初から使う時にはy=Arcsinxのように書いたりします。
(後述で少し触れますが同じく逆関数の関係にある指数関数と対数関数の関係と同じように捉えると分かりやすいかもしれません。)

文字としてはxでなくてもθなどを使っても同じです。

逆三角関数の「主値」について

逆三角関数の変数の定義域および値域としての「三角関数の1周期分」については無限個の区間からどこを切り取っても同じですが、普通は逆三角関数が単調増加または単調減少となるように考えます。
例えば sinx に対しては [-π/2,π/2]で考えれば十分とするわけです。(これは三角関数の定義域で、逆三角関数から見れば値域になります。)

また、普通は三角関数の1周期分を0を含む範囲で考えて、先ほども触れましたが逆三角関数の値がそこに含まれる事を指して主値と呼ぶ事があります。例えば sinx=0となるxは0,π、2π、・・・のように無限にあり得るわけですが、主値を使うなら Arcsin0=0です。
何のことわり書きも無ければ、普通は逆三角関数は主値で考えられています。

逆三角関数として「主値以外の一般の値」も含めている場合は 「arcsinx」のように書くと決めている表記法もあります。
ただし逆三角関数と言えば普通は主値を考えるので、どの表記法が正しい間違っているの問題ではありませんが、当サイトでは「断り書きがなければ逆三角関数は主値を考える」ものとして、表記方法は特別な意味をこめずArcsinxのように書くという事にします。

逆三角関数の値域の制限(主値で考えた時)
  • 逆正弦関数 Arcsinx の値域:[-π/2,π/2]
  • 逆正弦関数 Arccosxの値域:[0,π]
  • 逆正接関数 Arctanxの値域:[-π/2,π/2]

他方で、定義域では Arcsinx と Arccosx については [-1,1]であり。

Arctanxの定義域は (-∞,+∞)です。

3つの逆三角関数で共通して主値で値を考える場合には、
同じ三角関数の値x(これは変数ではなく関数値)に対するArcsinxとArccosxについて
sin(Arcsinx)=cos(Arccosx)=sin(π/2-Arccosx)であり、
Arcsinx=π/2-Arccosx ⇔ Arcsinx+Arccosx=π/2の関係式が成立します。
ここで主値におけるArccosxの値域は [0,π]、でArcsinxの値域が [-π/2,π/2]なので
範囲の整合性はとれているわけです。

主値で値域を考える時に成立する式

主値で考える時には次式が成立します。$$\mathrm{Arcsin}x+\mathrm{Arccos}x=\frac{\pi}{2}$$

初等関数としての逆三角関数の位置付け

逆三角関数は、分類としては実は初等関数に含まれます。
少し妙に思えるかもしれませんが、一応それには理由があります。

初等関数とは、程度の低い関数という意味では無くて数学において基礎となっていて非常に多く使う種類の関数をまとめて呼ぶ総称です。そこに実は逆三角関数も含まれるわけです。(初等関数に対する語は「特殊関数」です。多くは積分や級数で表され、ベータ関数、ガンマ関数、ゼータ関数など多数あります。)

具体的には、次の関数およびその四則演算(平方根なども含む)と逆関数、合成関数を指します。

  • 単項式xa(aは実数)
  • 三角関数 sinxなど
  • 指数関数 eなど

さてここで「対数関数」lnx=logexを敢えて入れませんでしたが、対数関数も初等関数の1つです。ただし、対数関数は指数関数の逆関数です。(指数関数が対数関数の逆関数であると言っても正しい。)そのため、同じ初等関数の中でそれら2つは対になっているわけです。
【双曲線関数 sinhxなども初等関数の1つですが、指数関数によって定義されます。】

また、単項式についてもxaとx1/aが互いに逆関数の関係になっています。
例えばx≧0におけるy=xの逆関数はy=x1/2=\(\sqrt{x}\) です。

「逆数」と「逆関数」の違いに注意すると、逆三角関数での話との関連が見えるでしょうか。
y=xの逆数はy=1/x=x-1ですが、逆関数は全く同じ形のy=xです。y=xの逆関数はx≧0の範囲でy=x1/2になりますが、それに対してy=x-2=1/(x)です。
また逆三角関数の値域の話と同様に、
何の条件もなくy=xに対してxについて解くとx=\(\pm\sqrt{y}\) であり、解が2つがあり得るわけですがx≧0のような制限があるとプラスの値だけに決まります。

そこで「じゃあ三角関数の逆関数ってどういうものか?」というところにつながるわけです。

指数関数にも単項式にも逆関数を考える事ができて、それではつまり、初等関数という枠組みで見ると三角関数だけ逆関数を敢えて考えない数学的な理由は無くて、むしろ考えておいたほうが整合性が色々ととれる事になります。

ただし、指数関数と対数関数の関係のように逆三角関数にも単独で積極的に活用できる性質があるのかというと、他の初等関数と比べるとそういう面は「やや弱い」と言えそうです。

確かに逆三角関数の性質として「角度が値として分かる」というのはあるのですが、そもそも角度というものが特別ないくつかの値以外は把握も測定もしづらいところがあるから三角比や三角関数を考えているのでもあります。

しかし次に見るように、微分と積分について考えると少なくとも数学上の活用方法は出てきます。

逆三角関数の微分の公式

値域を主値で考えた時の逆三角関数の微分公式を挙げておきます。(ただし、微分そのものが積極的に使われるというよりは、むしろその逆演算である積分のほうでの使い道がやや多いです。)

Arcsinxの微分などと聞くといかにも面倒くさそうですが、実は三角関数の微分に対して逆関数の微分公式を適用するとすぐに導出できるのです。xやyの変数の扱いにだけ注意すれば意外と難しくないのではないかと思います。

通常の三角関数の微分によって得られる導関数はそれぞれ次のようになります。

  • (d/dx)sinx =cosx
  • (d/dx)cosx=-sinx
  • (d/dx)tanx =1+tanx=1/(cosx)

これらに対して逆関数の微分公式を使うと、変数の表記方法に注意して3つの逆三角関数の微分公式を導出する事ができます。

逆三角関数の微分公式

逆三角関数の値を主値で考えた時、微分による導関数は次のようになります。
■逆正弦関数 Arcsinx の導関数
$$\frac{d}{dx}\mathrm{Arcsin}x=\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}$$ ■逆余弦関数 Arccosx の導関数
$$\frac{d}{dx}\mathrm{Arccos}x=-\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}$$ ■逆正接関数 Arctanx の導関数
$$\frac{d}{dx}\mathrm{Arctan}x=\frac{1}{1+x^2}$$ ArcsinxとArccosxに関してはx≠-1かつx≠1のもとで考えます。

Arcsinx と Arccosx については定義域は [-1,1]ですが
微分を考える時はx=±1を除いて (-1,1)の範囲だけで考えます。
その範囲内では平方根の中身は必ずプラスの値になります。
また、よく見ると導関数が定義できる範囲でArcsinx と Arctanx の導関数は常にプラスの値で
Arccosx の導関数は逆に常にマイナスの値です。
実際 Arcsinx と Arctanxは主値を考える時の値域[-π/2,π/2]で単調増加関数であり、
逆に Arccosx は主値を考える時の値域[0,π]において単調減少関数です。

これらの公式は比較的簡単な計算により導出できます。
Arcsinx と Arccosxの導関数が符号だけの違いである理由も導出の過程を見ると分かるでしょう。
計算の注意点としては例えば逆正弦関数ではy=Arcsinxとした時、siny=xであるので逆関数の微分公式にもそれを当てはめる必要があるといった事です。

$$\frac{d}{dx}\mathrm{Arcsin}x=\frac{1}{\frac{d}{dy}\sin y}=\frac{1}{\cos y}=\frac{1}{\sqrt{1-\sin ^2y}}=\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}$$

$$\frac{d}{dx}\mathrm{Arccos}x=\frac{1}{\frac{d}{dy}\cos y}=-\frac{1}{\sin y}=\frac{1}{\sqrt{1-\cos ^2y}}=\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}$$

$$\frac{d}{dx}\mathrm{Arctan}x=\frac{1}{\frac{d}{dy}\tan y}=\frac{1}{1+\tan^2y}=\frac{1}{1+x^2}$$

ArcsinxとArccosxの微分の途中の計算では sinx+cosx=1の関係を使っています。
Arctanxの微分においては、途中計算では微分の公式以外には特に何も使わずに
y=Arctanx から tany=xであるという関係だけを使っています。

この導出の過程でArcsinxの導関数については cosy=\(+\sqrt{1-\sin^2y}\)のように考えています。(マイナスではなくプラスの値としています。)これはArcsinxを主値で考えており、
値域(三角関数から見れば定義域)を [-π/2,π/2]として考えているためです。
その範囲ではcosy≧0となります。(ただしここではxosy=0となる端点を除いています。)
他方でArccosxについては値域を [0,π]として考えているのでその範囲ではsiny≧0です。
(先ほどと同じく実質はsiny>0で考えます。)
ゆえにsiny=\(+\sqrt{1-\cos^2y}\)としています。

逆関数の微分公式

逆三角関数に限らず、逆関数一般について次の関係式が成立します。 $$\frac{dy}{dx}=\frac{1}{\Large{\frac{dx}{dy}}}$$ この式を実際の計算で使う時にはyとxの関係について注意が必要です。
y=Arcsinxの時にはx=sinyですから、yをxで微分した時に逆関数の微分公式での分母は「x=sinyをyで微分した導関数」つまり cosyが入ります。

逆三角関数の積分の公式

さて、微分が分かれば積分のほうも分かる事になりますが、逆三角関数の導関数は意外にも「式としては三角関数が全然関係ない」という形になっています。ですので図形問題や三角関数を考えているわけではなくても積分に使える場合があるのです。

原始関数が逆三角関数で表される不定積分

平方根の中身が0より大きくなる定義域において、次の積分公式が成立します。 $$\int \frac{1}{\sqrt{1-x^2}}dx=\mathrm{Arcsin}x+C$$ $$\int -\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}dx=\mathrm{Arccos}x+C$$ $$\int \frac{1}{1+x^2}dx=\mathrm{Arctan}x+C$$ $$\int \sqrt{a^2-x^2}dx=\frac{1}{2}\left(x\sqrt{a^2-x^2}+a^2\mathrm{Arcsin}\frac{x}{a}\right)+C$$ Cは任意の実数定数です。
4番目の式については部分積分の公式を使って導出するもので、実用性は別問題として
「逆三角関数を使って原始関数を表せる」という例です。(置換積分でも計算は可能。)

このような形の関数の積分を考える時には置換積分や部分積分を考える必要はなくて、そのまま逆三角関数を当てはめる事ができます。

これらの積分の式について原始関数が Arcsinxと Arccosxになる2式を特に見比べると、
被積分関数が符号だけの違いとなっています。
ここで「符号が違うだけで積分の結果が変わるものか?」と妙に思えるかもしれませんが、
Arcsinx=-Arccosx+π/2の関係があるので、Arcsinxと Arccosxは互いに変換が可能です。
不定積分においてはπ/2は任意定数に含める事ができるので、Arcsinxのほうの不定積分の式の両辺に-1を乗じた場合には式としてはArccosxのほうの不定積分の式に変える事はできます。

例1:逆正接関数のマクローリン展開と角度計算

逆三角関数はある三角関数の値から角度を逆算できる関数ではありますが、関数としての実態が分からないと結局特別な値以外は簡単には計算できない事になってしまいます。

「それでも別に支障ない」と言ってしまえばそれまでですが一応、マクローリン展開(x=0におけるテイラー展開)を使えば逆三角関数の近似値をxから直接計算する事は可能です。

ただし、計算しやすい形になっているのは逆正接関数Arctanxのマクローリン展開ですので、
それについて説明をします。

展開式(無限級数展開)の内容

Arctanxのマクローリン展開は、意外かもしれませんが正弦関数や余弦関数のマクローリン展開に形は似ていて、式自体はそれほど複雑ではありません。

逆正接関数Arctanxのマクローリン展開

逆正接関数Arctanxはマクローリン展開可能(x=0でテイラー展開可能)であり、
|x|<1において次式で表す事ができます。 $$\mathrm{Arctan}x=x-\frac{x^3}{3}+\frac{x^5}{5}-\frac{x^7}{7}+\frac{x^9}{9}-\frac{x^{11}}{11}+\cdots$$ (x=1においても一応この式は収束します。)

この式で、てきとうにx=1/5などどしてみると、
Arctanx=1/5-1/(5・3)+1/(5・5)-・・・
4項目以降はほぼ0であると考えると、
Arctanx=1/5-1/375+1/15625-・・・≒0.1974≒0.0628π
これは度数法で言うとおおよそですが180×0.06358≒11.3°です。

このような数値の計算は、計算ソフトや関数電卓で直接的に計算できるならそれを使えばよいという話でもあるのですが、一応このように計算もできるという事です。(また、ソフト等を使うにしても逆三角関数によって「角度」を計算できる事は理系の人であれば一応知っておいてもよいのではないかと思います。)参考までにおおよその値の例をいくつか挙げておきます。

tanxArctanx(=弧度法での角度)\(a\pi\)の形で表す時度数法での角度 [ °]
0.990.7800.248\(\pi\)44.71
0.90.7330.233\(\pi\)41.99
0.80.6740.215\(\pi\)38.66
0.70.6110.194\(\pi\)34.99
0.50.4640.148\(\pi\)26.57
0.30.2910.093\(\pi\)16.70
0.10.09970.032\(\pi\)5.711

尚、tan(π/4)=1ですので Arctan1=π/4≒0.786[rad]で、度数法では45°です。

また、0に近い角度であればArctanx≒xとも言えます。
ただし同じくマクローリン展開からsinx≒xも同様に分かるので、0に近い角度であれば通常の正弦関数で考えたほうがむしろ早い事にはなります。

参考までに、Arcsinxのマクローリン展開は |x|<1の範囲で次式のようになります。
これはArcsinxの導関数を2項定理によって展開する事で得られますが、Arctanxと比較して結構面倒な形だと言えそうです。$$\mathrm{Arcsin}x=x+\sum_{n=1}^{\infty}\left(\frac{1\cdot3\cdot5\cdots(2n-1)}{2\cdot4\cdot8\cdots(2n)}\frac{\large{x^{2n+1}}}{2n+1}\right)$$

Arctanxのマクローリン展開の導出

この式は、前述の微分公式を使って普通にマクローリン展開を考えて導出しようとすると、実は結構大変です。というのも、1階と2階の微分はよいとしても、3階、4階・・・と高階微分を計算していくと形が複雑になるためです。

しかし実は、1階の微分後に幾何級数展開(等比級数による展開)する事でArctanxのマクローリン展開は導出できるのです。また、それによって各高階導関数のx=0における微分係数も判明する事になります。(これは、そのように考えてよいという定理があります。)

まず(d/dx)Arctanx=1/(1+x)であるわけですが、
|x|<1であればこれは幾何級数が収束する値として考える事ができて、
具体的には次のようになります。
1-x+x-x+・・・=1+(-x)+(-x)+(-x)+(-x)+・・・
これは、「公比が-xである等比級数」「公比が-xである等比数列の項数を無限大にした極限」と言っても同じです。

よって、|x|<1の範囲では(d/dx)Arctanx=1-x+x-x+・・・

そこで、この関数については項別積分が可能なので(※無限級数に対して項別積分が可能であるのは「収束円の内部においてだけ」という条件が必要なので注意)、|x|<1のもとで各項を積分すると次のようになります。積分変数をtとして、0からxまでの定積分という形にします。

$$\int_0^x\left(\frac{d}{dt}\mathrm{Arctan}t\right)dt=\int_0^x\left(1-t^2+t^4-t^6+\cdots\right)dt$$

$$\mathrm{Arctan}0=0に注意すると\int_0^x\left(\frac{d}{dt}\mathrm{Arctan}t\right)dt=\mathrm{Arctan}xであるので$$

$$\mathrm{Arctan}x=x-\frac{x^3}{3}+\frac{x^5}{5}-\frac{x^7}{7}+\cdots$$

このようにして得られた級数は、実はマクローリン展開に等しくなります。
(無条件にではなく、ここでの場合はそうなります。)

無限級数に対して項別積分が可能であるかの数学的な問題を避けたい場合には、有限の和に対して積分をする方法もここでは適用できます。
S=1+(-x)+(-x)+(-x)+(-x)+・・・+(-x) 
両辺に-xを乗じると次式です。
-xS=(-x)+(-x)+(-x)+(-x)+(-x)5+・・・+(-x)+(-x)n+1
両辺について1式目から2式目を引くと次式です。
(1+x)S=1-(-x)n+1
⇔S=1/(1+x)-(-x)n+1/(1+x)
【そのため、|x|<1であればn→∞でS→1/(1+x)】
ここで、敢えて極限を考えずに式を整理すると有限のnに対して
S+(-x)n+1/(1+x)=1/(1+x)です。
そしてSに対して元の式を代入すると、
1/(1+x)=1+(-x)+(-x)+(-x)+・・・+(-x)+(-x)n+1/(1+x)
これは有限の項の和ですので、項別積分は可能です。
そこで項別積分を実施すると、有限の範囲でのマクローリン公式(x=0におけるテイラー公式)を作れます。その後で、積分型の剰余項の収束について考える必要があります。(結果は剰余項はn→∞で0に収束します。)

例2:ライプニッツ級数の導出

ライプニッツ級数とは、数学的に成立するという事以上の意味はそれほど無いとも言われますが円周率を無限級数で表す式です。さらに、各項は簡単な有理数で表されているという「不思議な式」です。

ライプニッツ級数を導出する方法は複数ありますが、実は逆正接関数を使う方法がその1つです。

ライプニッツ級数

次の無限級数は収束し、値は円周率の1/4倍になります。
$$1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\frac{1}{11}+\cdots=\frac{\pi}{4}$$ これは「近似値」とは少し違うもので、「π/4を極限値として持つ」という意味において成立する「等式」になります。

ところで、この式に非常に似た形の式をこの記事内で先ほど考察していて、
それが逆正接関数 Arctanxのマクローリン展開です。実の所、Arctanxのマクローリン展開で
「x=1と置いたもの」はライプニッツ級数に他なりません。

それは偶然ではなく、きちんと証明できます。ただし Arctanxのマクローリン展開を幾何級数から導出する時には |x|<1の条件をつけていましたから、単純に「x=1を代入」するのは少し危ない操作であると言えます。もしかしたら、x=1では無限級数は無限大に発散するかもしれないからです。

しかし実際は、x→1とした時にもx-x/3+x/5-x/7+・・・は収束します。

ライプニッツ級数が収束する事自体は実は比較的簡単な考察により分かる事で、n項目までの和Sについて奇数番目と偶数番目を分けて考える事で証明できます。

S2n-1に対してS2nはマイナスの項が加わって少し減りますが、S2n+1でまた少し増えます。しかし項の絶対値自体は減り続けるため、S2n-1の値までは戻りません。
よってS2n-1>S2n+1です。
すなわち奇数番目までの和だけに着目すると{S2n-1}は単調減少数列となっています。
逆に遇数番目までの和S2nに着目すると{S2n}は単調増加数列となります。
さらに、プラスとマイナスが交互に現れるので必ずS2n-1>S2nでもある事から
任意の自然数nに対してS2n<S2n-1<S=1により{S2n}は上に有界であり、
S2n-1>S2n>S=2/3であり、{S2n-1}は下に有界です。
つまり両者ともに有界な単調数列なので{S2n-1}と{S2n}はそれぞれ収束し、
さらにS2n-S2n-1を考えてみると各項の絶対値は0に近づいて行くので
n→∞でS2n-S2n-1→0です。
つまりn→∞で{S2n-1}と{S2n}は同じ値に収束します。
すなわち、級数全体も収束する事になります。(ただし、極限値はまだ不明です。)
この事は実はライプニッツ級数に限らず、プラスマイナスが交互に現れる交代級数について「項の絶対値が単調減少でn→∞で0に収束する」という条件があれば級数も収束するという定理があります。(ライプニッツの定理と呼ばれる事があります。)

Arctanx自体はx=1以上でも全実数において値を持ちます。Arctan1=π/4です。
(π/4は度数法で言えば45°の角度です。)

そこで|a| <1に対してπ/4-(a-a/3+a/5-a/7+・・・)を考えます。
Arctan1=π/4であり、
|a| <1に対してはマクローリン展開により、
Arctan a=a-a/3+a/5-a/7+・・・です。
よって、π/4-(a-a/3+a/5-a/7+・・・)=Arctan1-Arctan a となります。

ここでa→1の極限を考えますが、
Arctanxは連続関数なのでa→1の極限ではArctan a→Arctan1です。
それは当然と言えば当然の関係ではあるのですが、
それによってマクローリン展開の式もArctan1に収束する事が分かります。
つまりはa→1で a-a/3+a/5-a/7+・・・→π/4となるわけです。

「Arctanxが連続関数である事」の部分を少し詳しく見ると次のようになります。
まずtanxが連続関数であり、「狭義単調増加(x<wに対してf(x)<f(w)となる)または狭義単調減少であればその逆関数もまた連続であり、x=1においても連続」となります。
今、f(x)=Arctanxとするとx=1で連続であるから
「1を含むある開区間Uがあって、任意の実数ε>0に対してUの区間の長さを十分小さくすれば、Uに含まれる任意の実数xに対して |f(1)-f(x)|<εとなるようにできる」
という事になります。
つまり先ほどの|a| <1であるaについて任意の実数ε>0に対して
|f(1)-f(x)|<εとなる「1を含む開区間U」に含まれているものを選べば、
任意の実数ε>0に対して|f(1)-f(a)|
=|Arctan1-Arctan a|= |π/4-(a-a/3+a/5-a/7+・・・)|< ε
よって、a→1の極限では
a-a/3+a/5-a/7+・・・→ π/4という事になります。

さてここで、「aを1に置き換えて1-1/3+1/5-1/7+・・・=π/4」としても大体合っているのですが、より正確にやるのであればここでは概略だけに留めますが次の定理を使います。おそらく聞き慣れないかもしれませんが、連続性定理とかアーベルの連続性定理などと呼ばれます。

連続性定理

$$(-\rho,\rho)で収束する\sum_{n=0}^{\infty}a_nx^nがある時$$ $$\sum_{n=0}^{\infty}a_n\rho^nも収束する\Rightarrow\lim_{x\to{\rho -0}}\sum_{n=0}^{\infty}a_nx^n=\sum_{n=0}^{\infty}a_n\rho^n$$ ρ( >0)は「収束半径」、開区間(-ρ,ρ)は「収束円」とも言います。
極限「x→ρ-0」は「左極限」(もしくは「左側極限」)を表し、
「ρよりも小さい値として近づく」という意味を持ちます。

この定理は一体何を言っているのかというと、ここでの話で具体的に言うと
まず|x|<1でマクローリン展開により
Arctanx=x-x/3+x/5-x/7+・・・となるのでこの級数は収束しています。
次にx=1の時に相当する式である1-1/3+1/5-1/7+・・・は
収束する事が個別の考察で分かっている状況です。しかし極限値は不明です。
そこで連続性定理によれば
1-1/3+1/5-1/7+・・・の極限値は
x-x/3+x/5-x/7+・・・
の左側極限x→1-0の極限値に等しいという事になります。
そして、x-x/3+x/5-x/7+・・・のx→1-0の時の極限値は
Arctanxの連続性によりArctan1=π/4という事が分かっているので、
1-1/3+1/5-1/7+・・・=π/4という結果を得るという流れです。 $$|x|<1 で\mathrm{Arctan}x=x-\frac{x^3}{3}+\frac{x^5}{5}-\frac{x^7}{7}+\cdotsであり、収束する。$$ $$x=1に相当する1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\frac{1}{11}+\cdotsは収束する事が示されている。$$ $$今、\mathrm{Arctan}xの連続性により\lim_{x\to{1-0}}\left(x-\frac{x^3}{3}+\frac{x^5}{5}-\frac{x^7}{7}+\cdots\right)=\mathrm{Arctan}1=\frac{\pi}{4}$$ $$連続性定理により1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\cdots=\lim_{x\to{1-0}}\left(x-\frac{x^3}{3}+\frac{x^5}{5}-\frac{x^7}{7}+\cdots\right)$$ $$=\mathrm{Arctan}1=\frac{\pi}{4}$$

ライプニッツ級数を導出する他の方法としては、4分円(円の1/4)の面積を積分で計算する方法があります。ただし通常のx軸方向の積分ではなく、y軸を利用した少し工夫が凝らされた計算になります。実はその場合でもArctanxのマクローリン展開を考えた時と同様に幾何級数展開による計算を行います。

例3:マチンの公式による円周率の表現

再び数学的な話ではありますが、円周率を表す式は実は1つではなくたくさんあります。ライプニッツ級数は「その1つ」であり、不思議な式ではありますが「収束の速さが遅い」事でも実は知られています。収束の速さが遅いという事は、直接計算してもなかなか「3.14・・・」が出てこない事を意味します。

他方で収束が速い円周率の公式も知られていて、その1つがマチンの公式という逆三角関数で表されるものです。ここでは通常の三角関数における正接の加法定理を使った証明方法を簡単に説明します。

マチンの公式

次の式で円周率を表せるという事が知られています。 $$4\mathrm{Arctan}\left(\frac{1}{5}\right)-\mathrm{Arctan}\left(\frac{1}{239}\right)=\frac{\pi}{4}$$ これもライプニッツ級数同様に「等式」として成立する関係式であり、
さらにこの式に関しては極限の計算などは特に必要としません。

ここではこの奇怪な式が「確かにπ/4に一致する」事の確認を優先する形で証明を述べます。

最初に結論を言うと、マチンの公式の左辺は正接関数に対する「角度」であり、その角度を持つ正接の値が1になる事で「角度=π/4」という事が言えます。

$$示すべき式:\tan\left(4\mathrm{Arctan}\left(\frac{1}{5}\right)-\mathrm{Arctan}\left(\frac{1}{239}\right)\right)=1$$

普通の角度で考えるなら tan(4θ+θ)=1となる事を証明する事になります。

加法定理を使うと、tan(4θ+θ)={tan(4θ)-tanθ}/[1+{tan(4θ)}(tanθ)}ここで、少し面倒ですが4θに対して倍角の公式(加法定理でも同じ)を2回使います。
tanθ=1/5とすると上手く行くのでその値を代入します。

$$\tan(2\theta_1)=\frac{2\tan\theta_1}{1-\tan^2\theta_1}=\frac{2}{5}\cdot\frac{25}{24}=\frac{5}{12}$$

再度、倍角の公式を使います。具体的な数値を入れます。

$$\tan(4\theta_1)=\frac{2\cdot\frac{5}{12}}{1-\left(\frac{5}{12}\right)}=\frac{5}{6}\cdot\frac{144}{119}=\frac{120}{119}$$

これを、最初のtan(4θ+θ)={tan(4θ)-tanθ}/[1+{tan(4θ)}(tanθ)}に代入します。
θの値は結論から言えば1/239ですが、ちょっとここでは「確かにその値にすればよい」という事を式を解く形で見てみる事にしましょう。
tanθ=Xとおきます。

$$\frac{\frac{120}{119}-X}{1+X\frac{120}{119}}=1\Leftrightarrow\frac{120}{119}-X=1+X\frac{120}{119}$$

$$\Leftrightarrow X\frac{239}{119}=\frac{1}{119}\Leftrightarrow X=\frac{1}{239}$$

これを見ると、「239」という謎の半端な数字が120+119である事が分かります。以上から、結論が完全に分かっている前提での証明でしたが確かにマチンの公式が成立している事が分かります。

$$\frac{\frac{120}{119}-\frac{1}{239}}{1+\frac{1}{239}\frac{120}{119}}=\frac{28680-119}{28441+120}=\frac{28561}{28561}=1$$

$$よって、\tan\left(4\mathrm{Arctan}\left(\frac{1}{5}\right)-\mathrm{Arctan}\left(\frac{1}{239}\right)\right)=1なので$$

$$4\mathrm{Arctan}\left(\frac{1}{5}\right)-\mathrm{Arctan}\left(\frac{1}{239}\right)=\frac{\pi}{4}$$

Arctanxのマクローリン展開からマチンの公式の左辺を計算すると、
おおよそ4×0.1974-1/239≒0.785≒π/4となり、確かに公式の内容が成立している事を見れます。【Arctan(1/239)≒1/239としました。】
しかし上式を見れば分かるようにマチンの公式自体は近似式ではなく「等式」であり、しかも極限を含んでいない事が特徴です。

実は円周率を表す式としては「マチン型」というタイプのものが複数あって、比較的有名なものだとオイラーによるものとガウスによるものがあります。いずれもπ/4を逆正接関数の具体的な値の和や差で表す公式です。

例4:有理関数の積分に関する定理

これもまた数学の理論的な話ではありますが、間接的には応用にも関わる問題として
有理関数(多項式の分数で表される関数)の一般的な積分は原始関数としてどのように表せるか」
というものがあります。

実はそれは初等関数のみで表す事ができ、しかも有理関数、対数関数、逆正接関数とそれらの合成関数さえあれば(理論上は)足りる」という結果を述べる定理があります。
意外かもしれませんが「逆正接関数Arctanx」が必要な関数として入っているわけです。

有理関数の積分

2つの多項式P(x)とQ(x)がある時、P(x)/Q(x)で表される有理関数の不定積分は理論上、次の関数によって表す事ができます。

  • (別の)有理関数V(x)/W(x)
  • 対数関数(底は e)
  • 逆正接関数 Arctanx
  • これら3つの合成関数
また、置換積分を行う事で三角関数で構成される有理関数も。S(t)/T(t)の形の積分にできるので有限回の操作で原始関数を見つける事が理論上は可能です。

ここで「理論上」という語を付したのは「数学的に可能であるという事」と「それが便利であるか・使いやすいか」という事は別の問題である事も多いからです。

しかし理論上の話ではあっても、「原始関数を探す形で積分はどこまで計算できるのか?」という疑問に対して「三角関数の使用も含めて有理関数の範囲では、原始関数は初等関数の組み合わせで必ず導出する事が一応可能である」という一定の答えを述べている定理でもあります。

有理関数とは

有理関数とは例えば次のようなものです。 $$\frac{P(x)}{Q(x)}=\frac{p_0+p_1x+p_2x^2+p_3x^3}{q_0+q_1x+q_2x^2+q_3x^3+q_4x^4}$$ $$具体例:\hspace{5pt}\frac{P(x)}{Q(x)}=\frac{2-x+3x^2+x^3}{1+x+2x^3-x^4}$$ 三角関数の有理関数の例 $$\frac{1-\tan^2x}{1+\tan^2 x}$$

定理の証明の概略を記すと、まず分子の次数のほうが分母よりも大きい場合には多項式の割り算をして、分母の次数のほうが大きい状態にします。

次に分母の多項式を因数分解して、そこから部分分数展開をする事を考えます。

「因数分解と言うができないような多項式だったらどうするのか」と思われるかもしれませんが、実は任意の多項式は何かしらの複素数(実数を含めて)を用いて理論上は因数分解できる事が知られています。それはいわゆる代数学の基本定理による帰結です。

計算をすると、任意の多項式は次の3つの項に分類して分ける事ができます。

  • 分母が定数である(1を含めて)多項式
  • 分母が1次式のベキ乗で分子は定数である項
  • 分母が2次式のベキ乗で分子は1次式である項

因数分解をした時に実数以外の複素数が含まれている場合には共役を上手く使って虚数単位が式に現れないように工夫します。分母が2次式のベキ乗の項にはその意味があります。

さてその段階に至ると原始関数を探す形で積分ができます。この時に、使用する初等関数の種類は理論上3つであるという事が言えるのです。

  • 単項式と多項式および有理関数:
    分母に分母に定数以外が含まれない多項式および1/{(x-a)}【n≧2】、
    分母が2次の項に由来するx/{(x+1)}【n≧2】
  • 対数関数:1/(x-a)および分母が2次の項に由来するx/(1+x)の項
  • 逆正接関数:2次の項に由来する1/(1+x)の項

こうして見ると積分をする時に問題が生じるのが「分母の式」であって、1/(1+x)の項を処理する時にどうしても必要なのが逆正接関数という事になります。
その項の不定積分は前述のように Arctanx+Cです。

アンペールの法則

アンペールの法則は電流と磁場の関係を表す式であり、マクスウェル方程式の1つです。マクスウェル方程式の他の3式のように積分形と微分形の両方があり、数式的には微分形は磁場の回転(rot)で含む形をしています。また、時間変動(時間による偏微分)の観点からは電場の時間変動を含む式です。

この記事では、他の電磁場の法則や数学の定理との関係を中心にアンペールの法則の内容と性質について整理してまとめています。

アンペールの法則は、いくつかの条件のもとでビオ・サバールの法則と等価である事が知られています。アンペールの法則は磁場の循環(周回の接線線積分)および磁場の回転と、電流・電流密度・変位電流との関係を表す式ですが、ビオ・サバールの法則は電流または電流密度からベクトル場としての磁場を直接表す形をした法則です。

法則の内容

アンペールの法則の積分形は基本的には磁場の接線線積分(ここでは周回積分であり、循環とも言う)で書かれて、それはストークスの定理によって磁場の回転の法線面積分でも書ける事になります。それに関連して、アンペールの法則の微分形は数式的には磁場の回転を表す式です。

アンペールの法則における閉曲線Cと開曲面S(閉曲面では無く)の関係は、ある閉曲線Cがあった時にそれを外縁(外周)に持つ「任意の開曲線S」になります。つまり閉曲線Cのところで切れて開曲面になっている事を条件に、曲面Sは形状を問わないという事です。ですから1つのCに対してS1とかS2とかのたくさんの開曲面があり得ます。ただしここでは、左辺と右辺の両方に法線面積分の項がある時は積分領域の曲面Sは両辺で同じものを指しています。

以下、\(\overrightarrow{B}\)は磁場、\(\overrightarrow{E}\)は電場、\(\overrightarrow{j}\)は電流密度、\(I\)は電流の大きさ\(\left(=\left|\overrightarrow{j}\right|\right)\)です。

アンペールの法則(積分形)

■一般の形 $$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$ ■特に電場の時間変化が無い時
(これは電流の時間変化が無い時でもあります。) $$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0I$$ これらの式はいずれもストークスの定理を使って、
左辺(周回積分の項)を変形して次のようにも書けます。 $$一般の形\hspace{3pt}\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$ $$\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}=0の時、\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s} =\mu_0\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0I$$ 電場\(\overrightarrow{E}\)の時間微分の項\(\Large\epsilon_0{\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}}\)は変位電流と呼ばれますが、
それは導線に生じている電荷の流れとしての「電流」とは別物なので注意も必要です。
電流に相当するのは、電流を向き付きで単位面積あたりで表した電流密度\(\overrightarrow{j}\)のほうです。
ただし後述するように変位電流とは電荷保存則に由来する量でもあり、具体例によっては電流との関係も確かに深い事が伺えます。

ストークスの定理によって法線面積分で表した形の式を見ると、左辺と右辺がともに法線面積分となっています。先ほど触れたように積分領域の曲面Sは閉曲線Cを外縁とする条件のもとで任意の形状なので、式が成立するには積分の中身が一致していないといけません。そしてそれがアンペールの法則の微分形になります。

アンペールの法則(微分形)

◆一般の形 $$\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)$$ ◆電場の時間変化が無い時または電流の時 $$\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$

これらをナブラを使って書くなら次のようになります。

ナブラを使った場合のアンペールの法則の記述

アンペールの法則には、多くの式にベクトル場の 「回転」が含まれている事が分かります。そこで回転を「∇×」の記号で書いた場合は次のようになります。 $$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\left(\nabla\times\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0I$$ ◆電場の時間変化が無い時または電流の時 $$\nabla\times\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$

定電流の時のアンペールの法則の修正版として一般形を考える場合

アンペールの法則は、基本的に電流が作る磁場の回転についての関係式です。実際、実験から元々分かっていた事は電流がその周囲に環状の磁場を作るという事でした。

上記の一般形の式を見てもらえば分かるように、定常電流(=時間変化が無い電流)の時のほうがもちろん式が簡単で使いやすいものになります。
そのため、電流が作る静磁場を考える時には普通は定常電流の時の形を指してアンペールの法則と呼んでいるわけです。

しかし定常電流である時の式を、時間変動がある場合にそのまま当てはめると理論的に見ておかしいという事が発生します。

そのため、時間変動がある場合も含めたアンペールの法則は定常電流の場合の法則の式を「修正」したものであるとよく表現されます。

定電流の時のアンペールの法則

❖定電流の時の積分形(循環と法線戦面積分の2つの形式) $$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0I$$ $$\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s} =\mu_0I$$ ❖定電流の時の微分形(一般の場合と同じ導出方法) $$\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$

ストークスの定理

ベクトル場(磁場に限らず)に対しては次の関係式が数学的に成立します。 $$\oint_C\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

電流と電流密度の関係式

$$I=\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}$$ この関係式は電流密度ベクトルと電流の定義に深くかかわっています。

この時、微分形のほうの発散を考えると

$$\mathrm{div}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)=0\hspace{5pt}なので\hspace{5pt}\mathrm{div}\overrightarrow{j}=0$$

他方、電荷保存則の微分形に対する発散を考えて、さらに電場に関するガウスの法則の微分形を適用すると次式です。

$$\mathrm{div}\overrightarrow{j}=-\frac{\partial \rho}{\partial t}=\frac{\partial}{\partial t}\left(\epsilon_0\mathrm{div}\overrightarrow{E}\right)=\mathrm{div}\left(-\epsilon_0\frac{\partial}{\partial t}\mathrm{div}\overrightarrow{E}\right)$$

$$\Leftrightarrow\mathrm{div}\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)=0$$

この発散を全体で考えた時の第2項の\(\Large\epsilon_0{\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}}\)を「変位電流」と呼ぶわけですが、話を整理するとこれは電荷保存則から出てきた量です。そのため、この時点ではアンペールの法則に無関係に考える事ができる量であると言えます。

変位電流とは何か?

変位電流とは次の式で表される量です。 $$\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}$$

  • 電荷保存則という基本前提が成立する限りにおいて、
    変位電流は「電荷密度の時間変化」に由来する量として必ず考える事ができる。
  • 変位電流に対して成立する関係式は、発散に対して成立する次式。

$$\mathrm{div}\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)=0$$

電荷保存則

微分形 $$\mathrm{div}\overrightarrow{j}=-\frac{\partial \rho}{\partial t}$$ 電荷密度の時間変化率が0の時(=電流の時間変化率が0) $$\mathrm{div}\overrightarrow{j}=0$$ 電流を電荷の流れと考えた時に基本前提として積分形が存在すると考えて、
ガウスの発散定理を適用すると微分形を導出できます。積分形は次の通りです。 $$ \int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}=-\int_V\frac{\partial \rho}{\partial t}dv\left(=-\frac{\partial }{\partial t}\int_V\rho dv\right) $$ (ここでのSとVは「閉曲面」およびその内部の領域です。)

電場に関するガウスの法則(微分形)

$$\mathrm{div}\overrightarrow{E}=\frac{\rho}{\epsilon_0}\hspace{5pt}\Leftrightarrow\hspace{5pt}\rho=\epsilon_0\mathrm{div}\overrightarrow{E}$$ ρは電荷密度です。

他方で「磁場の回転」の発散は0(これは数学的にベクトル場であれば何でも瀬成立)なので、定常電流におけるアンペールの法則によればそれは電流密度の定数倍です。

ところで電流が定常電流では無い時でも、磁場の回転自体は発散をとると数学的に0になるわけですから、\(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\)を電流に関係する何かで表すとすると、とりあえず「アンペールの法則とは無関係に成立している」\(\mathrm{div}\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)=0\) の関係式は、いかにも関係がありそうであるというわけです。

そこで、定常電流の場合のアンペールの法則の電流側の項に変位電流も加わるとすれば、定常電流の時は「電荷密度の時間変化が無い⇒変位電流は0」なので元々の形の式はそのまま使えて、電流の時間変化がある時は発散を考えた時にも整合性がとれる式ができます。しかもてきとうな項を付け加えたというのではなく、電荷保存則に由来する関係式を使っています。

それで、その形を定常電流の時のアンペールの法則を「修正」したものとして、変位電流の項を加えたものが一般の場合のアンペールの法則の式の形であると考えられているわけです。

話の整理
  • \(\mathrm{div}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)=0\) は電流の時間変化のある無しに関わらず数学的に成立
  • \(\mathrm{div}\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)=0\) も電流の時間変化のある無しに関わらず成立(電荷保存則より)
  • 電流の時間変化が無い場合、
    電荷保存則由来の式では変位電流の項が0で
    \(\mathrm{div}\overrightarrow{j}=0\)
  • 電流の時間変化が無い場合、定常電流に対するアンペールの法則により
    \(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}\)であるので
    \(\mathrm{div}\overrightarrow{j}=0\)(これは電流の時間変動がある場合には電荷保存則により成立しない。)
  • そこでもし、
    \(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\)だとしても
    電流の時間変化があるか無いかに関わらず
    左辺の発散は数学的に0、
    右辺の発散は電荷保存則により0なので、 「矛盾が生じない」式になります。

そのため、アンペールの法則の微分形の一般形を変位電流を加えた形で考える事にすると、定常電流の時の法則の積分形から微分形を導出した時の逆算で磁場の法線面積分を書くと積分形のほうの一般形になります。

$$\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

$$ストークスの定理により\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}なので$$

$$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

ストークスの定理を使っていますので、この時にSは開曲面であるとして閉曲線Cを外縁に持つものとします。アンペールの法則の一般形がまずあると考えてそこから微分形を導出する時と同じです。

コンデンサーにおける変位電流

前述の通り、定常電流におけるアンペールの法則に付け加わる「変位電流」自体は、電荷保存則の成立を前提とする限りはアンペールの法則とは無関係に量として想定できる性質のものです。

そこで、ここでは変位電流とは電荷の流れとしての電流そのものではないけれども「確かに物理的な意味を持つ量である」という事をより明確にするために、交流回路におけるコンデンサーの極板間の電場の時間変化(その1/ε倍が変位電流)を例に考えてみます。

電気回路におけるコンデンサーに電圧をかけると、
極板には電圧(=電位差)に比例する量で電荷がたまり、極板間には電場が生じます。直流電気回路では導線に短時間だけ充電電流・放電電流が発生し、交流電気回路ではそれが短い周期で繰り返されて導線中に常に交流電流が発生します。

1つの極板上の極板間の電圧をV、電荷をQとすると、Q=CVの比例関係があります。
交流回路で V=CVsin(ωt)とするとQ=CVsin(ωt)
【Cは比例定数で、電気容量とかキャパシタンスなどと呼ばれます。】

また、極板間距離が十分距離が小さくて電場の方向がほぼ一定とみなせるとすると、
電場に関するガウスの法則を使って
「電場の大きさEは極板間におけるどの位置でも同じである」と考える事ができます。
(コンデンサーにおいて電場は極板間で「一様である」とも表現されます。)

さらに同じく電場に関するガウスの法則によれば、
その電場の大きさは極板の表面にする分布する電荷の1/ε倍の電気量に等しい事になります。
すると、E=Q/ε=(CV/ε)sin(ωt)です。
【ガウスの法則は時間変化がある場合でも1つ1つの任意の時刻で考える限り成立します。】

「コンデンサーの極板間において電場は一様である」という事

2枚の極板同士の間隔が十分小さいコンデンサーについて、
「無限に広い導体平板」に近似できると考える事で「表面上に一様に分布した電荷が表面から近い位置に作る電場」を計算します。
電荷は表面に1mあたりσ [C]で分布するとします。一般的に導体の内部では電場が0であると考えられ、表面から近い場所で電場の方向は合成されて表面に垂直である事に注意します。閉曲面として平板に垂直な底面積Sの柱体を考えた時に(円柱でも直方体でも何でも可)電場に関するガウスの法則において法線面積分が0にならないのは平板に平行で導体外部にある1つの面だけです。
電場はそれに垂直なのでE S=σS/ε ⇔ E=σ/εつまり、少し妙に思えるかもしれませんが電場の大きさは「平板からの距離に依存しない」という事になります。コンデンサーにおいても極板間の距離が十分小さければ同じ状況に近似できるとする事が「極板間で電場は一様である」と考える理論的な根拠の1つです。
【尚、これがもし平板ではなく直線状の棒であったら、それが無限に長いとみなせても軸の周りに同じ大きさの電場が同心円に垂直な形でできるので、無限に広い平板の時と同じような結果にはなりません。クーロン力から積分で直接計算してもガウスの法則を使っても、電場の大きさは棒からの距離に反比例するという結果を得ます。】

無限に広い平板に電荷が一様に分布している場合は対称性から電場のベクトルの向きが面に垂直になります。コンデンサーの極版も、同じような状況として近似します。

ところでこの場合での「変位電流」については、まず向きが一定である事から大きさだけを考えます。
そして変数は時間tだけである事も考慮すると、変位電流の大きさは次のようになります。
ε(dE/dt)=ε(CV/ε)sin(ωt)=CVcos(ωt)

他方で、電気回路における電流は実測できるものでもありますが、コンデンサーの極板に出入りする電流を理論的にはどのように考えるかというと、実は「電荷の流れ」を電荷の時間変化と考えて、
dQ/dtとして表すのです。すると、Q=CVsin(ωt)でしたので極板に出入りする電流は、
I=dQ/dt=CVcos(ωt)

という事は、ε(dE/dt)=I=CVcos(ωt)となり(※)、
コンデンサーを含む部分については「導線中の電流」と「極板間(絶縁部分)の変位電流」が全く同じ値で計算できる事を意味します。つまり、交流電気回路の平板コンデンサーという特別な場合である事を強調しておく必要はありますが「通常の電流と変位電流とで実質的に1つの閉回路が作られ、各時刻で同じ値として表せる」という物理的な意味を変位電流が持つ例となっています。

(※)ここでの計算は、変位電流とε(dE/dt)と交流電流Iが結果としては「この条件下では同じ値で表せる」という事であって、一般的には同じものではないので注意も必要です。物理的に見ても、極板間には電流は生じておらず表面を除いて電荷も存在しない(つまりQ=0)から電場の時間変化を代わりに考えたわけであって、ε(dE/dt)とI=dQ/dtを一般的に同じ量であるとはみなせません。電荷保存則を考えてみても、電流密度と変位電流の間に所定の関係式は常に成り立つけれども「同じ物理量ではない」わけです。

ここでは極版のプラスの電荷が減少していくので、電場の時間変化としての変位電流をベクトルとして見た時には極板間の電場とは逆向きで、これは極板から電気回路側への放電電流と同じ向きになります。

変位電流と磁場の関係(マクスウェル方程式での意味)

ところで、変位電流をアンペールの法則に組み込む事に関しては確かに数式的な強い関連性は伺えるものの、他の法則と比較すると少々無理やり感もあると言えるかもしれません。

疑問が残るとすれば、やはり「変位電流が、通常の電流と同じように磁場を発生させるのか」という点ではないでしょうか。前述のコンデンサーの例においても、確かに変位電流と通常の電流の数式上の強い関連性について示すものではありますが発生する磁場については何も分かるものではありません。

実の所、単独の変位電流を実験で扱う事はなかなか難しいようで少々うやむやにされている面もあると言えます。「通常の電流を完全に抜きにして、変位電流だけでアンペールの法則が記述する磁場は本当に発生するのか」という問いの解答をはっきりと実測結果で示す研究はあまり多くないようです。

ただし、間接的には変位電流を含んだアンペールの法則の一般的な形が法則として正しい事を示す実験結果は既に存在します。それが電磁波の存在と、その応用および実用です。

マクスウェル方程式から電磁波の定量的な関係式を導出する時には、実はアンペールの法則において変位電流の項がないと上手くいきません。

ここでは簡単にだけ述べますが、アンペールの法則の微分形に対してさらに回転を考えて、電磁誘導の式の微分形を代入する事で電場を含まない形に変形できます。

$$\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)=\mathrm{rot}\left\{\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\right\}$$

$$電磁誘導の式の微分形\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=-\frac{\partial \overrightarrow{B}}{\partial t}を代入して整理すると、$$

$$\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)=\mu_0\mathrm{rot}\overrightarrow{j}-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2\overrightarrow{B}}{\partial t^2}$$

ナブラを使って書いた場合

ここでの式をナブラ記号を使って書いた場合は次の通りです。
どっちの方法が見やすいかは人によって違うと思います。 $$\nabla\times\left(\nabla\times\overrightarrow{B}\right)=\nabla\times\left\{\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\right\}$$ $$\nabla\times\overrightarrow{E}=\frac{\partial \overrightarrow{B}}{\partial t}により、$$ $$\nabla\times\left(\nabla\times\overrightarrow{B}\right)=\mu_0\nabla\times\overrightarrow{j}-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2\overrightarrow{B}}{\partial t^2} $$

計算の続きとしては、今度は左辺のほうを回転に対して成立する式で置き換えて磁場に演算子が作用する形の微分方程式を作ります。

これに相当する式をベクトルポテンシャルで表す方法もありますが、その場合もやはりアンペールの法則の一般形の式は必要です。

アンペールの法則の微分形における「磁場の回転」に対してさらにもう1回「回転」を作用させる式は、実は定常電流が作る静磁場においてベクトルポテンシャルを考える時にも使う式です。
ただし、その場合は変位電流の項が0であると考えますから右辺は電流密度ベクトルだけを考えます。
また、電磁波を導出するためにベクトルポテンシャルを考える時には静磁場の時に使う放射ゲージ条件ではなく、別の条件を使います。

電磁波の式を導出するための式は実は別の式も必要で、それは電磁誘導のほうの微分形の式の回転を考えてから、そこにアンペールの法則の微分形を代入するというものです。参考までに初めの形だけ記しておくと次のようになります。

$$\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\right)=-\mathrm{rot}\left(\frac{\partial \overrightarrow{B}}{\partial t}\right)=-\frac{\partial }{\partial t}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)$$

$$ナブラを使って書くなら、\nabla\times\left(\nabla\times\overrightarrow{E}\right)=-\nabla\times\left(\frac{\partial \overrightarrow{B}}{\partial t}\right)=-\frac{\partial }{\partial t}\left(\nabla\times\overrightarrow{B}\right)$$

アンペールの法則の微分形は最右辺の磁場の回転の部分に代入します。
すると、左辺も右辺も磁場を含まない形の式になるわけです。ここでも、変位電流の項がもし無かったらこの先の計算は上手く行きません。

このような理論のもとで得られる電磁波の定量的な性質と電磁波の実測における性質がよく合っているので、アンペールの法則を変位電流も加えた形で記述した一般形の式も正しいはずであると考えられているわけです。

アンペールの法則による磁場の計算例

アンペールの法則によって磁場を計算できる簡単な例をいくつか挙げます。
(電流が定常電流であるか、変位電流を無視できる状況だけを考えます。)

アンペールの法則を使って磁場を計算する例に多く見られる特徴は、大体が次のようなものです。

  • 経路を単純なものに選ぶことで接線線積分を簡単にする事が多い
  • 話を単純にする仮定や前提が必要な事が多い(長さを無限とする事や、対称性など)
  • より詳細を調べるにはビオ・サバールの法則のほうが適している事がある

直線定常電流が作る磁場

まず、一番簡単な例として直線状の定常電流が作る磁場です。
導線の長さは十分に長い(無限とみなせる)とします。

電流が環状の磁場(導線に対する同心円上で同じ大きさ)を作る事は実験によって知られていたわけですが、その事実も使って計算します。あるいは、磁場の大きさに関しては対称性から同心円上で等しいと仮定します。

磁場が導線を中心とする半径rの円に常に接する方向を向いているとします。
接線線積分において内積はBdlとなり、lを0から2πrまで変化するパラメータとして捉えるか、dl/dθ=r【半径×弧度法の角度=円弧の長さより】と考えると計算ができます。

$$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_0^{2\pi}Brd\theta=[Br\theta]_0^{2\pi}=2\pi Br$$

$$アンペールの法則により\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0 Iなので2\pi Br=\mu_0 I\Leftrightarrow B=\frac{\mu_0I}{2\pi r}$$

同じ結果はビオ・サバールの法則による計算によっても得る事ができますが、いくつかの条件が分かっていればアンペールの法則を使ったほうが計算が簡単になります。いずれにしても十分に長いとみなせる直線電流が作る磁場の大きさは「導線からの距離に反比例する」という事になります。

断面積を持つ導線の場合の定常電流による磁場

同じ事は、導線が無視できない断面積Sを持っていても形状が円柱状で、定常電流である限りは導線の外側においては中心からの半径で測ると同じ結果になります。

他方で、その場合は「導体内部」の磁場を考える事もできます。

今、導体断面における電流密度ベクトルが一様であるとします。
アンペールの法則においては閉曲線の内部を通過する電流だけを考えればよい事になります。
導線の半径をR、考えている半径をr<Rとすると半径rの円内の電流は全体のr/R倍なので導線の断面積全体の電流をIとすれば
2πBr=μI(r/R) ⇔ B=μrI/(2πR) 

つまり、rを増やしていくと導体内では磁場は大きくなっていく計算です。
また、r=Rになった時点でB=μI/(2πr)という導線外部の時の式と同じになり、
そこからは磁場の大きさは距離ごとに減っていく事になります。

この結果は導線外部の磁場の大きさB=μI/(2πr)を考えた時に、
rを減らしていっても実際の所は磁場はそこまで大きくならない事も示しています。反比例の関係という事はrが0に近ければ値はやたらと大きくなり得るわけですが、実際は導線の表面にぶつかる時点からはrを減らすと磁場も小さくなっていくと考えられるわけです。

断面積を持つ場合の、直線定常電流が作る磁場の大きさ

導線の内側(導線の半径:R r≦Rの範囲) $$B=\frac{\mu_0rI}{2\pi R^2}$$ 導体の外側(断面積が無視できる導線の場合と同じ。 r≧Rの範囲) $$B=\frac{\mu_0I}{2\pi r}$$

トロイダルコイル(環状ソレノイド)

トロイダルコイルとは、食べ物のドーナツのような立体的な形(トーラス)をしたコイルです。
環状ソレノイド」と呼ぶこともあります。一見複雑そうにも思えますが、アンペールの法則を適用すると意外に考察がしやすい例の1つとなっています。

トロイダルコイル(環状ソレノイド)が作る磁場

てきとうな半径の円が断面であるトーラスに導線が一様かつ密に巻かれており、 巻数の合計がNで、トーラス全体の中心から断面の中心までの距離がRである隙間が無いトロイダルコイルになっているとします。
巻線に定常電流Iが生じている時、断面の中心における磁場の大きさは次のようになります。 $$B=\frac{\mu_0NI}{2\pi R}$$ また、断面中心を原点とした極座標(r,θ)で、トーラスの外側に向けて基線(角度を0に考える線)を考えると、
断面内における断面中心以外の場所での磁場の大きさは次のように表せます。 $$B=\frac{\mu_0NI}{2\pi (R +r\cos\theta)}$$ また、理想的なトロイダルコイルでは外部の磁場は0である事を示せます。

断面の半径の値は、ここでの計算では使用しない事になります。

トロイダルコイルの断面の中心を結んだ円を考えて、これをアンペールの法則で周回の接線線積分を考える閉曲線Cとします。

すると、閉曲線C内を通過する電流は巻数の合計Nと1本の導線ごとの電流の大きさの積という簡単な式で表せます。つまり電流の合計をISとすると、 IS=NIです。

形状の対称性と、円状の電流は面に垂直な磁場を作る事(これはビオ・サバールの法則で導出するのが普通です)により、磁場の向きは考えている円(閉曲線C)に接する方向であり大きさはその円周上でどの位置でも同じと考えられます。

コイルの1巻き分以外の部分からの影響にも注意する必要がありますが、両隣の電流の向きに注意すると断面に平行な成分はプラスマイナスで打ち消し合って、断面に垂直な成分だけが残る事になります。つまり、閉曲線として考えている円に磁場の向きが接する事は保たれるわけです。

そこで、直線定常電流が作る磁場と同じく、lが0から2πdまでの通常の積分として磁場の大きさが計算ができます。(変数変換して角度で考えても同じです。)

$$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_0^{2\pi R}Bdl=2\pi BR$$

$$定常電流の時のアンペールの法則により2\pi BR=\mu_0NI\Leftrightarrow B=\frac{\mu_0NI}{2\pi R}$$

断面内の任意の位置の場合は、角度のとり方に注意すると閉曲線として半径R+rcosθの円を考えればよい事になります。(断面の中心よりも少し外側であればθが-90°から+90°の範囲、断面の中心よりも少し内側であればθが90°から270°の範囲で、Rに対してrcosθの分だけ少し大きいか小さいかの値になります。)

この場合に磁場ベクトルが常に円に接するかどうかには気を付ける必要がありますが、ビオ・サバールの法則を考えると円電流が作る磁場は円の中心の位置では無くても円の面に垂直になる事が分かります。(磁場を考える点が円と同じ平面にあれば、円の接線ベクトルと円周上から磁場を考える点までのベクトルとの外積ベクトルは円の平面に対して垂直。)

そこでトロイダルコイル全体が持つ対称性も合わせて考えると、接線線積分も断面中心を通る円で考えた時と同様に行う事ができます。

$$2\pi B(R+r\cos \theta)=\mu_0NI\Leftrightarrow B=\frac{\mu_0NI}{2\pi R}(R+r\cos \theta)$$

トロイダルコイルの外部についても接線線積分は同じように考える事ができます。電流に関しては全巻き数について逆向きの電流が加わるので、円として考える閉曲線の半径をRとすると
2πBR=μ(NI-NI)=0より、B=0
この結果は、トーラスの内側の空間に対して適用しても同じ事が言えます。

部分積分の公式

部分積分の公式は「部分積分法」もしくは単に「部分積分」とも言い、置換積分と同じく積分において関数の原始関数(=微分するとその関数が得られる)を探すのに使われる基本公式の1つです。
英語名:integration by parts

公式の内容

関数が次の形をしている時には部分積分の公式を適用して積分の計算ができます。
この公式は不定積分でも定積分でもどちらでも使えて、
具体的な例に適用して計算していく場合はどちらの場合の形も使用します。

部分積分の公式(部分積分法)

不定積分の場合は次式です。 $$\int \left(\frac{d}{dx}f(x)\right)g(x)dx=f(x)g(x)-\int f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$ 定積分の場合は次式になります。 $$\int_a^b \left(\frac{d}{dx}f(x)\right)g(x)dx=\large{[f(x)g(x)]}_a^b-\int_a^b f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$ $$=f(b)g(b)-f(a)g(a)-\int_a^b f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$ 定積分のほうの形は、1つ前の段階として(d/dx){f(x)g(x)} に対する
積分区間 [a, b] での定積分を考えているのでこのような形の式になっています。

部分積分の公式を適用する事を指して「部分積分する」というふうにもよく言います。
文章の表現としては例えば「左辺を部分積分すると次のようになる」などといった具合に使います。

証明については次に述べますが、積の微分公式を変形したものを積分して公式が得られます。

また具体例についても後述しますが、部分積分の公式を実際の計算で適用する時には
まずてきとうなh(x)g(x)の形の関数に対する積分があって、
何か別の関数f(x)を考えると「h(x)=(d/dx)f(x)となるようだ」と気付く事で部分積分の公式を適用してみるといった流れになる事が多いと言えます。

$$計算で使う時は主に、\int h(x)g(x)dxの形の式に対して、$$

$$h(x)=\frac{d}{dx}f(x)となるようなf(x)を見つけて公式を適用します。$$

導出・証明

実は、部分積分の公式を導出する方法は微分の公式を知っていれば非常に簡単です。

置換積分法が合成関数の微分公式を根拠に成立しているのに対して、
部分積分法は積の微分公式を根拠に成立しています。

積の微分公式を書くと次のようになります。

$$\frac{d}{dx}(f(x)g(x))=\left(\frac{d}{dx}f(x)\right)g(x)+f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)$$

微分の書き方が複数ある事などに由来して、例えば次のように書いても同じです。 $$\frac{d}{dx}(f(x)g(x))=\frac{df}{dx}g(x)+f(x)\frac{dg}{dx}$$ $$(f(x)g(x))^{\prime}=f^{\prime}(x)g(x)+f(x)g^{\prime}(x)$$ f(x)=f、g(x)=gと略記するなら次のようにも書けます。 $$(fg)^{\prime}=f^{\prime}g+fg^{\prime}$$

積の微分公式において、
右辺の片方の項(ここでは第2項)を左辺に移行します。

$$\left(\frac{d}{dx}f(x)g(x)\right)-f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)=\frac{d}{dx}(f(x)g(x))$$

これを右辺=左辺の形に入れ換えます。

$$\frac{d}{dx}(f(x)g(x))=\left(\frac{d}{dx}f(x)g(x)\right)-f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)$$

次に両辺をxに関して積分し、(d/dx){f(x)g(x)}のところは積分するとf(x)g(x)になります。

$$\int \left(\frac{d}{dx}f(x)\right)g(x)dx=\int\frac{d}{dx}(f(x)g(x))dx-\int f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$

$$=f(x)g(x)-\int f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$

すると、全体を見ると部分積分の公式になっています。(不定積分の項が残っているので任意定数はここではつけていません。)
ですので、積の微分公式を知っていれば非常に簡単な成り立ちの積分公式であると言えます。

定積分の場合も同じように部分積分の公式の内容を得られます。
不定積分の場合の最後から1つ前の式から考えると比較的分かりやすいかと思います。

$$\int_a^b \left(\frac{d}{dx}f(x)\right)g(x)dx=\int_a^b\frac{d}{dx}(f(x)g(x))dx-\int_a^b f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$

$$=\large{[f(x)g(x)]}_a^b-\int_a^b f(x)\left(\frac{d}{dx}g(x)\right)dx$$

部分積分によって計算できる積分の例

初等関数の簡単な組み合わせであっても、
原始関数を直接探す事で積分を計算する事は一般的に非常に難しい事が知られています。

ですが、一部の関数については部分積分や置換積分によって原始関数が分かる場合があります。ここでは、部分積分の公式が使える代表的な例をいくつか挙げて説明します。

指数関数や三角関数との積になった関数

以下、指数関数と言ったら自然対数の底 e に対する eを考えるとします。
これは単独では(d/dx)e=eなので積分も直接計算できますが、別の関数がくっついていると話が変わってきます。三角関数についても似た事が言えます。

例えば次のような関数です。

  • xe
  • e
  • xsinx
  • esinx

こういった形の関数の積分は、部分積分の公式を使う事によって原始関数が分かるようになり、それで積分を計算する事ができます。

1つ1つ具体的に見て行きますが、基本的な考え方は「積を構成している個々の関数に着目し、微分を上手く使って原始関数が明らかに分かるような形に変形していく」事になります。

まずxeという関数について見てみましょう。これは部分積分の公式を適用して計算ができます。まず(d/dx)e=eである事から部分積分の公式を使える形である事に着目します。具体的に不定積分を計算すると次の通りです。(最後の結果に加えてあるCは任意定数です。)

$$\int xe^xdx=\int x\left(\frac{d}{dx}e^x\right)dx=xe^x-\int \left(\frac{d}{dx}x\right)e^xdx$$

$$=xe^x-\int e^xdx=xe^x -e^x +C$$

得られた結果が本当にxeの原始関数なのかを確かめると、
(d/dx)(xe-e)=e+xe-e=xe となっていますので大丈夫という事になります。

部分積分の公式自体が積の微分に由来にする関係式であるわけですが、
結果の式も「積の形」の項をを含むものになっています。
部分積分を使って府定積分を計算すると必ずそうなるというわけではありませんが、
元々の積分対象が積の形である時に部分積分法によって原始関数を導出すると、結果の式も積の形を含む場合も少なからずあるという事です。また、公式の形に由来して結果が2項以上の和や差になる事も多いのが特徴です。

定積分の場合は、例えば積分区間が [0, 1] であれば次のようにします。

$$\int_0^1 xe^xdx=\int_0^1 x\left(\frac{d}{dx}e^x\right)dx=\left[xe^x\right]_0^1-\int_0^1 \left(\frac{d}{dx}x\right)e^xdx$$

$$=e–\int_0^1 e^xdx=e-\left[e^x\right]_0^1=e-(e-1)=1$$

不定積分で最後の結果の原始関数を出してから、積分区間の端点を代入して計算しても同じ結果です。
(任意定数の部分は定積分では必ずC-C=0になって無くなります。)

次にxeの不定積分は、部分積分の公式を2回使って計算をします。
あるいは、xeの不定積分が分かっている前提なら、それも途中で直接的に計算に出てくるので結果を利用できます。ここではそれで計算します。もしxeの不定積分の結果が不明な状態であればそこで2度目の部分積分を行うわけです。

$$\int x^2e^2dx=\int x^2\left(\frac{d}{dx}e^x\right)dx=x^2e^x-\int \left(\frac{d}{dx}x^2\right)e^xdx$$

$$x^2e^x-2\int xe^xdx=x^2e^x-2(xe^x -e^x)+C$$

$$=(x^2-2x+2)e^x+C$$

このように見ると、xsinxなども同様に部分積分の公式で計算できる事が分かります。
その場合は、sinx=(d/dx)(-cosx)のように考えます。

$$\int x\sin xdx=\int x\left(-\frac{d}{dx}\cos x\right)dx=x(-\cos x)-\int \left(\frac{d}{dx}x\right)(-\cos x)dx$$

$$=-x\cos x+\int \cos x dx=–x\cos x+\sin x +C$$

結果が合っているか確かめると、
(d/dx)(-xcosx+ sinx)=-cosx+xsinx+cosx=xsinx となります。
よって、大丈夫という事になります。

では、esinxのような場合はどうでしょうか。これに関しては、実は部分積分を複数回行っても原始関数が直接的に分かる形には変形ができません。しかし、sinxとcosxに対して微分を行うとsinx→cosx→-sinx→-cosx→sinxのように周期的に同じ形になるので、部分積分で計算を進めた後に簡単な方程式を解く形で原始関数を導出できます。

$$\int e^x\sin x dx=\int \left(-\frac{d}{dx}\cos x\right)e^xdx=-e^x\cos x-\int (-\cos x)\left(\frac{d}{dx}e^x\right)dx$$

$$=-e^x\cos x+\int e^x\cos xdx=-e^x\cos x+\int e^x\left(\frac{d}{dx}\sin x\right)dx$$

$$=-e^x\cos x+e^x\sin x-\int \sin x\left(\frac{d}{dx}e^x\right)dx$$

$$=-e^x\cos x+e^x\sin x-\int e^x\sin xdx$$

この段階でまだ残っている不定積分の項は「最初の不定積分の符号だけ変えたもの」なので、
「方程式を解く形」で原始関数が分かる形になるパターンなのです。

これを不定積分の項に関して解いて、任意定数(CおよびC)も加えると次のようになります。

$$\int e^x\sin x dx=-e^x\cos x+e^x\sin x-\int e^x\sin xdx\hspace{2pt}となっているので$$

$$2\int e^x\sin x dx=-e^x\cos x+e^x\sin x +C_0$$

$$よって、\int e^x\sin x dx=\frac{e^x}{2}\left(-\cos x+\sin x\right)+C$$

ここでの任意定数の扱い方についてはそんなに気にしなくていい程度の事項ではありますが、
一応詳しく見るのであれば考えている関数の原始関数の1つをF(x)として、
2つの任意定数 CとC(別々の値を取り得る)を考えます。すると、
F(x)+C=-ecosx+esinx+F(x)+Cで、
―Cとおけばそれ自体が任意の実数を表し得る、つまり任意定数となるので
2F(x)=e(-cosx+ sinx)+C というようになります。
また、同じくそれ程気にする事項ではありませんが、最後にC=C/2と考えて
F(x)=(e/2)(-cosx+ sinx)+Cとしています。

結果が合っているか確かめると、
(d/dx){(e/2)(-cosx+ sinx)}=(e/2)(-cosx+ sinx)+(e/2)(sinx+cosx )=esinxとなっていて大丈夫である事が分かります。

「xの微分」が1として隠れている例

同じように部分積分の公式を使って原始関数を探す形で積分を計算する例として、ある関数に「xの微分」つまり(d/dx)x=1が乗じられていると見て部分積分の公式を適用する事があります。

これは一見すると数学上だけの技巧的な手段に思えるかもしれませんが、対数関数などの基本的な初等関数の原始関数を見つけるにあたっても重要な計算ですので知っておくと便利です。

比較的重要な次の2つの例で計算をしてみます。
2つのうち後者のほうの例は、置換積分によっても積分を計算できます。

  • ln x(=logex)
  • \(\sqrt{a^2-x^2}\) (定義域は|a| ≧ |x|の範囲)

ここで扱う対数関数は自然対数として考える対数であり、自然対数関数とも呼びます。
「ログナチュラル」と読む事もある lnxと書く表記方法をここでは使います。

まずln xについて、これをln x={(d/dx)x} lnxと考えるなら。対数関数の微分のほうについては(d/dx)ln x=1/xですので積分は部分積分法により上手く行きそうだと予想するわけです。

$$\int \mathrm{ln}x \hspace{1pt}dx=\int\left(\frac{d}{dx}x\right)\mathrm{ln}x \hspace{1pt}dx$$

$$=x\mathrm{ln}x-\int x\left(\frac{d}{dx}\mathrm{ln}x\right)dx=x\mathrm{ln}x-\int x\cdot\frac{1}{x}dx$$

$$=x\mathrm{ln}x-\int dx=x\mathrm{ln}x-x+C$$

$$\left(\int dx\hspace{2pt}は\hspace{2pt}\int 1 dx\hspace{2pt}の事です。\right)$$

結果が正しいか微分して確認すると、
(d/dx)(xlnx-x)=lnx+x・(1/x)-1=lnx+1-1=lnxとなり、
合っている事が分かります。

次に、比較的計算は込み入りますが後者のほうの例\(\sqrt{a^2-x^2}\) の積分についてです。置換積分でも積分を計算できますが、部分積分を使うと実は一般的な原始関数の形が分かります。結論を先に言うと、この関数の積分は逆正弦関数 Arcsinxを含んだ形で表されます。(逆三角関数の1つです。)
|x| <1のもとで
(d/dx)Arcsinx=1/\(\sqrt{1-x^2}\)であり、
(d/dx)Arcsin(x/a)=1/\(\sqrt{a^2-x^2}\)(a≠0の時)なので、
その形を作れないかどうかを考えると計算が理解しやすくなります。

自然対数関数に対する積分の時と同じく、xの微分としての「1」が隠れていると見ます。

$$\int \sqrt{a^2-x^2}dx=\int \left(\frac{d}{dx}x\right)\sqrt{a^2-x^2}dx=x\sqrt{a^2-x^2}-\int x\left(\frac{d}{dx}\sqrt{a^2-x^2}\right)dx$$

$$=x\sqrt{a^2-x^2}-\int x\left(-2x\cdot\frac{1}{2}\frac{1}{\sqrt{a^2-x^2}}\right)dx$$

$$=x\sqrt{a^2-x^2}+\int \frac{x^2}{\sqrt{a^2-x^2}}dx=x\sqrt{a^2-x^2}+\int \frac{x^2-a^2+a^2}{\sqrt{a^2-x^2}}dx$$

$$=x\sqrt{a^2-x^2}+\int \left(\frac{a^2}{\sqrt{a^2-x^2}}-\sqrt{a^2-x^2}\right)dx$$

a≠0の時は、積分の中の第1項をx/a を変数とする Arcsin(x/a)で表せます。
また、その段階で式を整理すると実は「積分の項に関して移項して解く」タイプの形になっている事が分かるので積分の結果が分かります。

$$a\neq 0 の時、\int \sqrt{a^2-x^2}dx=x\sqrt{a^2-x^2}+a^2\mathrm{Arcsin}\frac{x}{a}-\int \sqrt{a^2-x^2}dxであるので$$

$$2\int \sqrt{a^2-x^2}dx=x\sqrt{a^2-x^2}+a^2\mathrm{Arcsin}\frac{x}{a}+C_0$$

$$よって、\int \sqrt{a^2-x^2}dx=\frac{1}{2}\left(x\sqrt{a^2-x^2}+a^2\mathrm{Arcsin}\frac{x}{a}\right)+C$$

細かい事ですがもしa=0であれば定義域は|a| ≧ |x|でしたから、定義域はx=0となり関数の値も0です。従って、もしそれをxで積分をするとしてもその値も0となります。ですので積分を考える場合には最初から|a|>0として考える、という事もできます。

以上の2例については一応結果をまとめておきましょう。
(結果を覚える必要があるというよりは、「部分積分法を使えばこのように結果を出せる」という事のほうが重要と思われます。)

自然対数関数と\(\sqrt{a^2-x^2}\) の不定積分

自然対数関数の不定積分は次のようになります。 $$\int \mathrm{ln}x \hspace{1pt}dx=x\mathrm{ln}x -x +C$$ \(\sqrt{a^2-x^2}\) の不定積分は a≠0 の時は次のようになります。
(a=0 の時はxも関数値も0となるので、不定積分も0) $$\int \sqrt{a^2-x^2}dx=\frac{1}{2}\left(x\sqrt{a^2-x^2}+a^2\mathrm{Arcsin}\frac{x}{a}\right)+C$$ $$\left(例えばa=1の場合は\int \sqrt{1-x^2}dx=\frac{1}{2}\left(x\sqrt{1-x^2}+\mathrm{Arcsin}x\right)+C\right)$$ これらはいずれも「隠れた1」が関数に乗じられていると見て、
部分積分の公式を適用して計算すると結果が得られるタイプの不定積分です。

\(\sqrt{a^2-x^2}\) の不定積分の結果について、
計算が合っているかの検証用に結果の式を微分するのは少し面倒ですが
最初の項が積の微分で2項に分離し、全体の合計が元の関数になる事を確認できます。 $$\frac{d}{dx}\left\{\frac{1}{2}\left(x\sqrt{a^2-x^2}+a^2\mathrm{Arcsin}\frac{x}{a}\right)\right\}$$ $$=\frac{1}{2}\left(\sqrt{a^2-x^2}+x\cdot(-2x)\cdot\frac{1}{2} \frac{1}{\sqrt{a^2-x^2}}+\frac{a^2}{\sqrt{a^2-\frac{x^2}{a^2}}}\right)$$ $$=\frac{1}{2}\left(\sqrt{a^2-x^2}-\frac{x^2}{\sqrt{a^2-x^2}}+\frac{a^2}{\sqrt{a^2-x^2}}\right)$$ $$=\frac{1}{2}\left(\sqrt{a^2-x^2}+\frac{a^2-x^2}{\sqrt{a^2-x^2}}\right)$$ $$=\frac{1}{2}\left(\sqrt{a^2-x^2}+\sqrt{a^2-x^2}\right)=\frac{1}{2}\cdot 2\sqrt{a^2-x^2}=\sqrt{a^2-x^2}$$

応用例1:テイラー展開を部分積分から導出する方法

関数のテイラー展開と、その特別な場合であるマクローリン展開は微分係数を使った多項式の形により関数を近似する関係式で、数学上も物理等での応用においても非常に有用でよく使われる式です。

例えば自然対数の底による指数関数exのマクローリン展開(「x=0における」テイラー展開)は次のような無限級数になります。(この無限級数は収束します。)

$$e^x=1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\frac{x^4}{4!}+\cdots+\frac{x^n}{n!}+\cdots$$

この式の出し方は色々あるのですが、実は部分積分の公式を使って導出可能です。exの式を見ると3!とか4!とかの階乗の部分が一体なぜ出て来るのか疑問に思われるかもしれませんが、部分積分の観点から言うとその部分の根拠は関数xの微分です。正確に言えばその積分をする事で出てくるので自然数の係数は全て分母についています。

少し工夫は必要ですが、ex =「x=0の値」+「x=0での微分係数」x+「x=0での2階導関数の微分係数」x+「x=0での3階導関数の微分係数」x+・・・のような形にする事を考えます。
つまり、積分の計算をするために部分積分の公式を使う時と違って、式の項をどんどん増やしていきます。以下、少し詳しく丁寧に見ていきます。

まず、e0=1である事を踏まえて次のようにします。

$$e^x=1+\int_0^xe^td=\hspace{5pt}\left(=1+\large{\left[e^t \right]_0^x}=1+e^x-1\right)$$

ここで、積分の項は「xの関数」として扱いたいので変数xと「積分変数t」を敢えて分けて考えています。(この考え方は元々の定積分や不定積分を定義dする段階で実は存在します。)

次に定積分の項に関して部分積分の結果を考えながら、「t=xを代入すると0になり、t=0を代入すると-xになる関数」を考えます。ちょっと妙な気もするかもしれませんが、これはt-xという関数が該当します。これにeが乗じられた(t-x)eが部分積分の結果として出てくる事を予想します。

そこで、積分変数tに関して1=(d/dt)(t-x)が乗じられていると見ます。
ここで、xをtに関する定数とするので(d/dt)x=0です。対数関数の積分を部分積分によって計算する時と同じ考え方です。

「積分に関してはxを定数と考える」というのは少し分かりにくいかもしれませんが、
まずxが「定数」だと考えて積分の結果を出してから
「そのxの値がどの実数値でも成立するので変数としてみなせる」と考える事もできます。
例えばx=3とか7とかいったてきとうな定数を考えてみて、
「0から7までの定積分」などを計算してみるとよいかもしれません。
その場合、定数に対する微分の結果は0ですから、
(d/dt)(t-7)=(d/dt)t=1というふうに確実に計算の過程を見れます。

「隠れた1がある」として考えた時、計算は次のようになります。

$$e^x=1+\int_0^xe^td=1+\int_0^x\left\{\frac{d}{dt}(t-x)\right\}e^tdt$$

$$=1+\large{\left[(t-x)e^t\right]_0^x}-\int_0^x(t-x)\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt$$

$$\large{=1+\{0-(-x)e^0\}-\int_0^x(t-x)e^tdt}$$

$$\large{=1+x+\int_0^x(x-t)e^tdt}$$

さらに、この後も同じような部分積分を続けて項を増やします。
ただし、ここから先は次のように考えます。

  • 部分積分の2項目で必ずマイナス符号が出てくる事をあらかじめ予測する
  • 操作を続けて行くにあたり、「最後の項が0に収束する」事を期待する

そこで、部分積分の操作を続けて行くと「分母の値が大きくなる」事を期待してtではなくtの微分が乗じられている形の項を考えます。そのような項の条件を整理しておきます。

  • xを定数としてtで微分すると-(t-x)=x-tになる
  • t=xで0になる
  • t=0でxの関数になる

すると、具体的には-(x-t)/2の形を考えると、
xを定数扱いとしてtで微分すると
-{-2(x-t)}/2=x-tとなるので、まず微分に関する条件は満たします。
また t=xでは-(x-t)/2=0であり、
t=0としてマイナス符号を付けると-{-(x-0)/2}=x/2です。
そこで、上記の積分の項において
-(x-t)/2のtによる微分とeが乗じられていると見て部分積分を続けます。

$$\large{e^x=1+x-\int_0^x(x-t)e^tdt=1+xe^x+\int_0^x\left\{\frac{d}{dt}\frac{-(x-t)^2}{2}\right\}e^tdt}$$

$$=1+x+\large{\left[-\frac{(x-t)^2}{2}e^t\right]_0^x}-\int_0^x\frac{-(x-t)^2}{2}\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt$$

$$\large{=1+x-\left\{\frac{-(x-0)^2}{2}e^0\right\}-\int_0^x\frac{-(x-t)^2}{2}e^tdt}$$

$$\large{=1+x+\frac{x^2}{2}+\int_0^x\frac{(x-t)^2}{2}e^tdt}$$

定積分の項に対してさらに部分積分を続けます。
微分して(x-t)/2になる関数を考えると-(x-t)/(2・3)が該当するので、
eに対して(d/dt){-(x-t)/(2・3)}=(d/dt){-(x-t)/(3!)}
が乗じられていると見ます。
そしてその次は、eに対して
(x-t)/(3!)=(d/dt){-(x-t)/(4!)}が乗じられていると見ると、
部分積分によりx/(4!)の項が付け加わります。

$$\large{e^x=1+x+\frac{x^2}{2}+\int_0^x\frac{(x-t)^2}{2}e^tdt}$$

$$\large{=1+x+\frac{x^2}{2}+\int_0^x\left\{\frac{d}{dt}\frac{-(x-t)^3}{3!}\right\}e^tdt}$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\left[\frac{-(x-t)^3}{3!}e^t\right]_0^x-\int_0^x\frac{-(x-t)^3}{3!}\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt }$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}-\left\{\frac{-(x-0)^3}{3!}e^0\right\}-\int_0^x\frac{-(x-t)^3}{3!}e^tdt }$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\int_0^x\frac{(x-t)^3}{3!}e^tdt }$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\int_0^x\left\{\frac{d}{dt}\frac{-(x-t)^4}{4!}\right\}e^tdt }$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\left[\frac{-(x-t)^4}{4!}e^t\right]_0^x-\int_0^x\frac{-(x-t)^4}{4!}\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt }$$

$$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\frac{x^4}{4!}+\int_0^x\frac{(x-t)^4}{4!}e^tdt }$$

ここでは計算を少し詳しく書いていますが、要所以外は省略してももちろん可です。

これの次は eに (x-t)/(4!)=(d/dt){-(x-t)/(5!)}が乗じられていると見て
これまで同様にしてx/(5!)の項が付け加わります。
その後も部分積分の計算をずっと繰り返していきます。

このようにして
e=1+x+x/2+x/(3!)+x/(4!)+x/(5!)+・・・+「最後の項」
が出てくるわけです。結果だけ見ると不思議な事ですが指数関数を多項式の形に変形できています。
この、有限の値の「最後の項」を含む段階の関係式をテイラー公式と言います。

部分積分法により導出した e の指数関数のテイラー公式

e の x= 0における eのテイラー公式は次式です。$$e^x=1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\frac{x^4}{4!}+\cdots+\frac{x^n}{n!}+\int_0^x\frac{(x-t)^n}{n!}e^tdt $$(他の方法でもテイラー公式を導出した時は最後の項の形だけ異なる形になります。)
部分積分を行う積分範囲をt=aからt=xとした場合は、eの微分は何階の導関数でも形が変わらずeであり、部分積分をした時にt=aを代入した(xーa)ea/k!の形の項が残る事に注意すると、次式です。$$e^x=e^a+e^a(x-a)+e^a\frac{x^2}{2}+e^a\frac{(x-a)^3}{3!}+\cdots+e^a\frac{(x-a)^n}{n!}+\int_0^x\frac{(x-t)^n}{n!}e^tdt $$ $$=e^a\left\{1+(x-a)+\frac{x^2}{2}+\frac{(x-a)^3}{3!}+\cdots+\frac{(x-a)^n}{n!} \right\}+\int_0^x\frac{(x-t)^n}{n!}e^tdt $$ 指数関数以外でも同様の式を作れます。
関数f(x)のx=aにおけるテイラー公式を部分積分で計算すると次式です。 $$f(x)=f(a)+f^{\prime}(a)(x-a)+\frac{f^{\prime\prime}(a)}{2!}(x-a)^2+\cdots+\int_a^x\frac{(x-t)^n}{n!}\frac{d^nf(t)}{dt^n}dt$$ $$\left(\frac{df}{dx}= f^{\prime}(x) \hspace{10pt} \frac{d^2f}{dx^2}=f^{\prime\prime}(x) \hspace{2pt}と表記されます。\right)$$ 最後の項(剰余項)がn→∞で0に収束する時には式全体は収束する無限級数となって、それが関数のテイラー展開と呼ばれ、「x=0におけるテイラー展開」はマクローリン展開とも呼ばれます。指数関数や三角関数は、どの実数の値においても剰余項がn→∞で0に収束するので全実数の範囲でテイラー展開が可能である事を証明できます。

ここでの導出方法における定積分の項の扱いについては、
より正確に 数学的帰納法として証明を書くなら次のようになります。
示すべき命題は任意の自然数nに対して次式が成立する事です。 $$e^x=\left(\sum_{k=0}^n\frac{x^k}{k!}\right)+\int_0^x\frac{(x-t)^n}{n!}e^tdt$$ $$ \left(=1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\frac{x^4}{4!}+\cdots+\frac{x^n}{n!}+\int_0^x\frac{(x-t)^n}{n!}e^tdt\right)$$ シグマ記号で書いた部分について、階乗の定義により0!=1です。
n=1の時には次のようになるので成立しています。(n=0の時から考えても可です。) $$e^x=1+e^x-1=1+\int_0^xe^tdt=1+\int_0^x\left\{\frac{d}{dt}(t-x)\right\}e^tdt$$ $$=1+\large{\left[(t-x)e^t\right]_0^x}-\int_0^x(t-x)\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt$$ $$=1+\frac{x}{1!}+\int_0^x\frac{(x-t)}{1!}e^tdt$$ (n=0から始める場合は\(\large{e^x=1+\int_0^xe^tdt=\frac{x^0}{0!}+\int_0^x\frac{(x-t)^0}{0!}e^tdt}\) であり、証明すべき式は成立しています。 ですが、分かりやすさのためにここではn=1から始めています。)
n=kの時に証明すべき式が成立すると仮定し、
定積分の項に対して部分積分の公式を適用すると次のようになります。 $$\large{ e^k=1+x+\frac{x^2}{2}+\cdots+\frac{x^k}{k!}+\int_0^x\frac{(x-t)^k}{k!}e^tdt }$$ $$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\cdots+\frac{x^k}{k!}+\int_0^x\left[\frac{d}{dt}\left\{\frac{-(x-t)^{k+1}}{(k+1)!}\right\}\right]e^tdt }$$ $$\large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\cdots+\frac{x^k}{k!}+\left[\frac{-(x-t)^{k+1}}{(k+1)!}e^t\right]_0^x}$$ $$\large{-\int_0^x\frac{-(x-t)^{k+1}}{(k+1)!}\left(\frac{d}{dt}e^t\right)dt }$$ $$ \large{ =1+x+\frac{x^2}{2}+\cdots+\frac{x^k}{k!}+\frac{x^{k+1}}{(k+1)!}+\int_0^x\frac{(x-t)^{k+1}}{(k+1)!}e^tdt }$$ よってn=k+1の時も確かに成立するので、
任意の自然数nに対して証明すべき式(x=0におけるeのテイラー公式)が成立します。

指数関数に限らず、n階までの微分が可能な関数は同じ計算でテイラー公式を導出可能です。
また、部分積分法を使う計算以外にもテイラー公式を導出する方法は存在します。その場合は最後の剰余項が異なる形になりますが、指数関数や三角関数においてはその時の剰余項もn→∞で0に収束し、部分積分で計算した時と同じく全実数の範囲でテイラー展開が可能です。

応用例2:近似式の導出(スターリングの公式での例)

スターリングの公式は、十分大きい自然数に対する階乗N!についての
自然対数 ln(N!)に対する近似式です。

この近似式の導出過程には主に2つあって1つはガンマ関数を使う方法ですが、
もう1つは階乗に対する対数を近似的な「面積」と見て、自然対数関数の積分で近似する方法です。

ところで前述のように、e を底とする単独の自然対数関数の積分は部分積分によって計算するやり方が見やすいのでした。ここでの使用例は、割と普通に定積分の計算を普通にするために部分積分の公式を使うというものになります。

そこで、積分を考えたところから部分積分を使って具体的に導出過程を見てみます。積分区間は、十分大きい自然数Nと、何か小さい実数 a( >0)を使って [a, N +a]で考えます。

$$\mathrm{ln}(N!)≒\int_a^{N+a}\mathrm{ln}x\hspace{2pt}dx=\int_a^{N+a}\left(\frac{d}{dx}x\right)\mathrm{ln}x\hspace{2pt}dx$$

$$=\large{[x\mathrm{ln}x]_a^{N+a}}-\int_a^{N+a}x\cdot\frac{1}{x}\hspace{2pt}dx$$

$$=\large{[x\mathrm{ln}x]_a^{N+a}}-\int_a^{N+a}dx=\large{[x\mathrm{ln}x+x]_a^{N+a}}$$

$$=(N+a)\mathrm{ln}(N+a)+(N+a)-a\mathrm{ln}a-a=(N+a)\mathrm{ln}(N+a)+N-a\mathrm{ln}a$$

ここで、a が小さくてNは十分大きいとするとN+a ≒N と考えて、
また a ln a の項も他項に比べて小さく無視できるとします。

実際の近似ではNをそれほどを大きくとらなくても十分である時もあるのですが、
例えば分かりやすくNが1万で、aが0.1としましょう。
すると、 10000と10000.1の比較になりますが、
このような時には両者の差は十分小さいと見れるわけです。

すると、残った項により式を次のように近似できます。

$$\mathrm{ln}(N!)≒(N+a)\mathrm{ln}(N+a)-a\mathrm{ln}a+N≒N\mathrm{ln}N +N$$

これがスターリングの公式あるいはスターリングの近似式と呼ばれる近似式です。
主に統計力学などで使用されます。

応用例3:変分問題での例
(オイラー・ラグランジュ方程式)

理論物理学で非常に重要となる変分に関する基本的な問題(と言っても決して易しくありませんが)であるオイラー・ラグランジュ方程式(あるいは「オイラー方程式」)の導出過程では、実は計算としては部分積分を使います。しかも、使うと計算が便利というだけでなく関係式を導出するにあたって肝心となる式の変形を担っています。これは数学の問題でもありますが、むしろ物理学等のほうに関連が深い話となります。

部分積分を使う箇所に絞って取り上げると、次のような計算問題です。

積分の計算問題(オイラー・ラグランジュ方程式の導出過程)

xについての閉区間 [a, b]があり、η(a)=η(b)=0を満たす任意の関数η(x)がある。
また、xについての関数F(x) と F2(x)があり、 次の式が成立しているという。 $$\int_a^b\left\{\eta(x)F_1(x)+\frac{d\eta(x)}{dx}F_2(x)\right\}dx=0$$ この時、実はη(x)を含まない形でF(x) と F2(x)に関する微分方程式が成立しますが、
それは具体的にどのような関係式となりますか。

具体的な関数の形が一部の条件以外は何もありませんから、普通に定積分をこのまま計算するという事はできません。しかし、定積分の中身にη(x)という関数の導関数dη(x)/dxと、別の関数F(x)の積の形が含まれている事に注意すると、部分積分の公式を使う事ができるのです。

そこで、(dη(x)/dx)F(x) の項について部分積分の公式に当てはめて計算を進めてみます。

$$\int_a^b\frac{d\eta(x)}{dx}F_2(x)dx=\large{[\eta(x)F_2(x)]_a^b}-\int_a^b\eta(x)\frac{dF_2(x)}{dx}dx$$

$$=\eta(b)F_2(b)-\eta(a)F_2(a)–\int_a^b\eta(x)\frac{dF_2(x)}{dx}dx$$

$$\eta(a)=\eta(b)=0の条件により、\int_a^b\frac{d\eta(x)}{dx}F_2(x)dx=-\int_a^b\eta(x)\frac{dF_2(x)}{dx}dx$$

つまり、積分区間の端点における条件η(a)=η(b)=0がありましたから、
部分積分の行った後の第1項(値を代入する部分)は0となって「消える」わけです。
すると、実質的には元の定積分の中身に対して符号を入れ換えたうえで「微分する対象を入れ換える」
という変形ができた事も意味します。

物理等での部分積分法の活用方法

このようにできたりする事が、物理等で部分積分が要所の計算で意外に活用される大きな理由の1つです。つまり、0になってしまう項や0に近似できる項を分離して「消してしまう」事で、関数の全体の形を変形する手段として部分積分法が使われる事があります。
ここでの例は閉区間内の定積分ですが、無限大で関数が0に収束する条件を使う事で部分積分法を適用した時の1つの項を「消す」という場合もあります。後述の量子力学での波動関数などはその例です。

部分積分を行っていない項と合わせると、次のようになります。

$$\int_a^b\left\{\eta(x)F_1(x)+\frac{d\eta(x)}{dx}F_2(x)\right\}dx=\int_a^b\left\{\eta(x)F_1(x)-\eta(x)\frac{dF_2(x)}{dx}\right\}dx$$

$$=\int_a^b\eta(x)\left(F_1(x)-\frac{dF_2(x)}{dx}\right)dx$$

$$今、\int_a^b\left\{\eta(x)F_1(x)+\frac{d\eta(x)}{dx}F_2(x)\right\}dx=0という条件であり、$$

$$\eta(x)は端点での条件を満たす「任意」の関数形なのでF_1(x)-\frac{dF_2(x)}{dx}=0$$

つまり、F(x)-(d/dx)F(x)=0が、η(x)を含まない形でのF(x)とF(x)が満たす微分方程式である、という事になります。(※η(x)が「任意」でなかったら、積分全体が0であるからといって被積分関数またはその一部が0だとは言えませんので注意も必要です。)

変分問題とオイラー・ラグランジュ方程式

上記の問題の元の形を一応記しておくと次のようになります。
比較関数η(x)を使わないで内容としては同じ問題を考える場合もあります。
■問題:
閉区間 [a, b] において関数y=y(x)があって、sを実数としてy(x)にsη(x)という関数を付け加えたものを考える。(関数形自体を自由に変形するという事。)
y(a) および y(b) は定数で、η(a)=η(b)=0の条件のもと、 x,y,y’(=dy/dx)を変数として表される別の関数F(x,y,y’)があるという。
その条件下で [a, b] におけるF(x,y,y’)に対するxでの定積分I[y]を最小にするyの関数形が存在する時、F(x,y,y’)についてη(x)を含まない形で成立する式は何ですか。
【答え:微分方程式 ∂F/∂y-d/dx(∂F/∂y’)=0】 $$y(a)およびy(b)が定数であり、\eta (a)=\eta (b)=0の条件のもと、$$ $$I[y]=\int_a^bF(x,y,y^{\prime})dxを最小にするy(x)の関数形に対して次式が成立します。$$ $$\frac{\partial F}{\partial y}- \frac{d}{dx}\left(\frac{\partial F}{\partial y^{\prime}}\right)=0$$ この「オイラー・ラグランジュ方程式」は式に偏微分を含みますが、微分方程式としてはxに関する「常微分方程式」になります。yもdy/dxも、最終的にはxの関数として表せるためです。ただし実際問題としてはyなどをそのままの形で残して扱う場合も多いです。

応用例4:遠方で0になる関数の積分(量子力学など)

変分問題と同部類の部分積分の応用例としては、他にも
無限遠で0に収束する関数の積に対する(-∞,+∞)の範囲で行う積分などがあります。
量子力学で扱う波動関数(あるいは「状態」を表す関数)に対する積分計算はその例です。

波動関数の場合で言うと、無限遠と言っても正確には「ミクロのスケールから見て十分遠方の位置」を指しており、つまりメートル単位の遠方はそのような「十分な遠方」に該当します。ただし数式的にはとりあえず、それを無限大として扱うわけです。

そのような時、2つの波動関数ΨとΨがあるとします。(あるいは波動関数でなくても、遠方での条件が類似するような関数。)そのうちの片方の位置による微分(偏微分)による導関数と、もう片方の積(∂Ψ/∂x)Ψを考えて積分を(-∞,+∞)で行うとしましょう。部分積分に関しては積の微分を根拠にした公式ですので、偏微分で行っても1変数の微分でも同じ形になります。また、量子力学では波動関数は一般的には複素数関数ですが、やはり部分積分は適用可能です。

(∂Ψ/∂x)Ψに対する積分を、部分積分によって変形すると次のようになります。

$$\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\partial \psi_1}{\partial x}\psi_2 dx=\large{[\psi_1\psi_2]_{-\infty}^{\infty}}-\int_{-\infty}^{\infty}\psi_1\frac{\partial \psi_2}{\partial x} dx$$

$$=-\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\partial \psi_2}{\partial x} \psi_1dx$$

無限遠方でΨとΨは0と考えているので、部分積分を行った後の第1項は0になって「消える」わけです。すると、符号の入れ替えはありますが「微分する対象が入れ替わった積分」として式を変形できるという結果を得ます。

これを利用して近似式を考えたり、微分を含む演算子の作用の関係を考察できたりします。
量子力学における波動関数でなくても、類似の条件の関数に対する積分を計算する時は部分積分による近似計算は全く同じように可能となります。ただしそういった条件の関数に対して上記のような積分を行う典型例としては、量子力学の波動関数を挙げる事ができるという事です。

ここでは簡単のために上記のような例で考えましたが、先ほど触れたように波動関数は一般に複素数関数ですので多くの場合では波動関数Ψに対する「共役」\(\overline{\psi}\)(概略としてはいわゆる複素共役)も考えて理論を展開します。

応用例5:ガンマ関数の関係式の導出

より数学的な話ですが、ガンマ関数(特殊関数の1つ)に対して成立する関係式
Γ(x+1)=xΓ(x)は、実は部分積分の公式を使った比較的簡単な直接計算によって導出されます。

ガンマ関数は次のようにそもそもが積分で表される関数です。定義域はx>0として必ず考えます。
そのため、積分区間の端点の「0」のほうも「0への極限を考える」という意味になります。

$$\Gamma(x)=\int_{0}^{\infty}t^{x-1}e^{-t}dt$$

ガンマ関数に対して成立する関係式

定義域であるx>0における任意の実数xに対して、次の関係式が必ず成立します。$$\Gamma(x+1)=x\Gamma(x)$$ この関係式においてxが自然数である場合を敢えて考えて少し計算をすると、自然数に対するガンマ関数の値は階乗の形で表される事が分かります。

変数をx+1に置き換えたΓ(x+1)について、積分中の指数関数のほうに対して部分積分を考える事で変形ができます。(前述のxeのような関数の積分に対して部分積分を行う時と同じ考え方です。)

$$\Gamma(x+1)=\int_{0}^{\infty}t^xe^{-t}dt=\int_{0}^{\infty}t^x\left(\frac{d}{dt}-e^{-t}\right)dt$$

$$=\large{\left[-e^{-t}t^x\right]_0^{\infty}}-\int_{0}^{\infty}\left(\frac{d}{dt}t^x\right)\left(-e^{-t}\right)dt$$

$$=-\lim_{t\to\infty}\frac{t^x}{e^t}+\lim_{t\to 0}\frac{t^x}{e^t}+\int_{0}^{\infty}xt^{x-1}e^{-t}dt$$

$$\lim_{t\to\infty}\frac{t^x}{e^t}=0\hspace{2pt}であり、\hspace{2pt}\lim_{t\to 0}\frac{t^x}{e^t}=0\hspace{2pt}なので$$

$$\Gamma(x+1)=\int_{0}^{\infty}xt^{x-1}e^{-t}dt=x\int_{0}^{\infty}t^{x-1}e^{-t}dt=x\Gamma(x)$$

最後の箇所では、xはここでの積分においては定数扱いとなるので積分全体に乗じられる定数としています。(テイラー公式を部分積分で導出した計算と同じ考え方です。)

このような計算によって導出がされるわけで、Γ(x+1)=xΓ(x)の関係において
「1」という自然数がどこから出てくるのかというと、xを定数扱いする時に
「tによる微分計算でtの指数が1減る事」つまり(d/dt)t=tx-1という、微分の計算方法を知っていれば非常に単純な式に由来する事が分かります。

ここでも「xは定数扱い」としている事が重要で、
(d/dt)t は (d/dx)tとは異なるのです。
(d/dx)t をもし計算するなら、それは指数関数の微分になるので異なる結果となります。 $$\frac{d}{dt}t^a=t^{a-1}の計算をしていて、これは\frac{d}{dx}a^x=\mathrm{log}_ea^xとは異なります。$$

また、この計算では部分積分の公式を適用した時の第1項が0になる事(ここでは極限値として0)を利用しているとも言えるので、広い意味では前述の変分問題や波動関数に対する積分での部分積分法の使い方と同部類のものであるとも言えるでしょう。

上記の計算で少し分かりにくい所は、途中の極限の項が0に収束するという箇所でしょうか。
t→∞(無限大)だけでなくt→0の極限も考えている(定義域がx>0でt>0でもあるので)わけですが、いずれの場合も、t/e(=te-t)という関数についての
「任意の実数x>0に対する」t→0とt→∞の極限を考えています。
ただし、t→0の極限のほうは実質的に「tに0を代入」で済む話となり、xがいかなる値であっても極限値は0であるとすぐに分かります。
他方でt→∞の極限のほうも結論から言うと極限値は0となりますが、
数式的にはt/e(=te-t)という関数において
任意の実数x>0に対してt→∞の時 t/e →0かどうか?を少し考える必要があります。
これは例えばx=2でもx=100でも、
t→∞の時に t/e →0でありt100/e →0であるかという問題です。
この極限は、直感的にはtに対する指数がいかに大きくても、分母の指数関数のほうが最終的には圧倒的に大きくなるので「t→∞で0に収束する」と理解できます。
数式でそれを明確にする方法はいくつかありますが、例えばロピタルの定理という微積分での計算法を使うと、比較的簡単な計算によって任意のx>0についてt/e のt→∞での極限が0になる事を示せます。

電流密度ベクトル

電流は向きを持っていますが、電磁気学において3次元の空間の中での向きを持つベクトルとして扱う時にはむしろ電流密度ベクトルが扱われる場合が多いと言えます。「電流密度ベクトル」あるいは単に「電流密度」とも言われますが、いずれにしてもベクトルで表される量です。

電流は \(I\) の記号で書く事が多いですが、電流密度ベクトルは一般的に\(\overrightarrow{j}\) で表され、空間内の位置ごとに各成分がx,y,zの関数で表されるベクトル場です。(従って電流密度ベクトルに対する発散や回転も考える事ができ、成立する諸式が存在します。)

※電流の記号との紛らわしさを避ける目的で複素数の虚数単位 i をjで書く場合もありますが、ここで扱う\(\overrightarrow{j}\)は電流密度を表すので別物です。電流密度ベクトルの「大きさ」を表す時にはこのサイトでは\(|\overrightarrow{j}|\)として表記するか、もしくは\(J\)の文字を使う事にします。

電磁気学の中での位置付け

普通、電気回路における電流の向きは導線に沿って「片方向とその逆」だけを考えてプラスとマイナスで表します。これは、電圧との関係や電気エネルギーの消費に関して「導線の空間的な向き」というものが一般的にはほとんど影響しないためです。そのため、電気回路を考えるうえでは普通は電流を空間的な意味でのベクトルとしては扱わず、スカラー量として扱うのが基本です。

例外はあります。例えばコイルのように非常に狭い範囲でぐるぐる巻きになった形状の導線は交流の電気回路においてインダクタンスを持ち逆起電力を発生させる「素子」として扱われます。
しかし通常の導線部分に関しては、電線を地面に対して水平に設置しても垂直に設置しても斜めにしても、電流や電圧の量に基本的に影響しないのです。(これが水などが流れる流体回路であれば重力の影響がありますから話が変わってきます。)
また、あくまで数式的な問題ですが電気回路においても交流電流で位相(正弦関数の角度)と実効値の関係を模式的に表す方法として「ベクトル」を使用する事はあります。しかしそれは空間的な方向を表すベクトルではないのです。

他方で、より電磁気学的に見た時には電流も「空間的な意味での向き」を持つものとして扱う事は可能であるし、理論的な整合性のために必要な事でもあります。電場や磁場などと同じく、電流もベクトル場として扱う事は可能という事です。

ただし電磁気学では普通は「電流のベクトル」は敢えて考えずに、
代わりに「大きさが単位面積当たりの電流」であり、
向きは空間的な意味での電流の向きに等しい「電流密度ベクトル」を考えます。
(電流「密度」と言いますが大きさは「単位面積あたり」で考えます。)
この「電流密度ベクトル」は、電磁気学においては特に電荷保存則の式とアンペールの法則の微分形において重要です。それら2つについてはこの記事内でも解説をします。

電流密度ベクトルは、どちらかというと電気だけの考察ではなく、磁気のほうも合わせて考える事項に対して使われる事が比較的多いと言ってもよいかもしれません。

「電流をベクトルとして扱う方法」としては電流密度ベクトルを使う以外に、空間内の導線の接線ベクトルと電流の大きさを合わせた「電流要素」または「電流素片」をベクトルとして扱う事もあります。電流が作る磁場をベクトルとして直接表すビオ・サバールの法則では電流素片と電流密度ベクトルの両方での形が存在します。

電流密度ベクトルの定義と意味

電流密度ベクトルには一見すると2つの捉え方がありますが、それらは互いに無関係では無く、電磁気学では両方の考え方を組み合わせて考察がされます。

「単位面積あたりの電流」としての電流密度ベクトル

まず向きが空間的な意味で電流と同じで、
大きさが単位面積あたりの電流になるものを「電流密度ベクトル」と呼ぶ考え方から見てみます。

電流密度ベクトルの意味

ある位置における電流密度ベクトル(あるいは単に「電流密度」)\(\overrightarrow{j}\)は
次のようなベクトル場です。

  • 向き :電流の空間的な向き
  • 大きさ:電流の空間的な向きに対して垂直な平面 での単位面積あたりの電流の大きさ

ただし、その面積を考える平面についてなのですが
電流の空間的な向きに対して「垂直な平面」で考えるというのは、要するに電流の向きに対して断面積を考えるという事です。電気回路での考察でもそうですが普通は導線の「断面積」と言ったら導線の向きに対して真っすぐ切れ目を入れて面積を考えるわけで、斜めに切って考えてはいけないわけです。ですからここでは、電流の向き空間的に対して斜めの平面ではなく「垂直な平面」である事を強調しています。この事は、のちの考察でも重要となります。
(※考えている面が電流密度ベクトルの向きに対して「斜め」になっている場合の考察も重要で、計算の考え方は後述します。)

後述しますように、電流密度ベクトルは「法線面積分」を考えたいので使っているというところもあり、さらにそれによって「電流」に対して電流密度ベクトルの形で発散や回転を考えていく事も可能になるという計算上の利点が生じます。

電流を電荷の流れとして考えた時の電流密度ベクトル

電流密度ベクトルには上記の意味はあるのですが
他方で電流が「電荷の流れ」であると考えると、
電流密度ベクトルは次のように表す事もできます。

電流密度ベクトルの別の表し方:電荷密度と速度を使う方法

電荷密度がρ[C/m3]で、分布する電荷全体の速度ベクトル\(\overrightarrow{v}\)がである場合には
電流密度ベクトルは次のようにも表せます。 $$\overrightarrow{j}=\rho\overrightarrow{v}$$ この捉え方での電流密度ベクトルは、実は次のようなベクトルです。

  • 大きさ: ある面を単位面積あたり、単位時間あたりに通過する電荷の電気量
  • 向き :空間的な意味での電流の向き(前述の定義と同じ)
この電流密度ベクトルの捉え方は、
電流の大きさとは「ある面を単位時間に通過する電荷の電気量」であるという考え方がもとになっています。
その観点から考察すると、実は上記の式で表した電流密度ベクトルの大きさに「ベクトルに垂直な面の面積」を乗じると「電流」になるという関係が成立します。これは、最初に考えた「単位面積あたりの電流」として電流密度ベクトルの大きさを考えた事と同じになっています。

このように電荷密度と速度で考えた場合には電流密度の単位に時間(秒[s])が含まれるはずですが、単位の決め方としてはむしろ電流のほうにそれが含まれると考えます。
すなわち、電流の単位について [A]=[C/s]と考えて、
電流密度の大きさの単位は [A/m2]で表します。[A/m2]=[C/(m2・s)]と変換はできます。
ところで、そもそも「電流」と呼んでいる量が何かの「流れ」である根拠は何か?という事については、後述にて簡単に触れます。

この考え方はある電荷密度の分布に存在する電荷の塊が動くという感じなのですが、一定の質量や体積を持った物体の運動と違って少しイメージが沸きにくいかもしれません。
そこで、次に見るように1つの位置の面(電流密度ベクトルに垂直とします)を基準にして
「1秒間で電荷の塊が、電気量の合計に換算してどれほどがそこを通過したか」という捉え方をすると少しは分かりやすくなります。

今、速度ベクトルの大きさ(=速さ)をvとします。
考えたい「面」はこの速度ベクトルに対しても垂直なものとしています。

そして面積Sの面のすぐ後ろに接した形で控えている電荷の分布が、
塊として面に対し垂直に「面を貫通する方向」に動くとします。
すると、1秒当たりに面を境に反対側に移動する電荷の電気量(これがすなわち電流です)は
「電荷密度ρ × 体積(vS)」としてρvSとなるわけです。
(単位は「1秒当たり」まで単位に含めれば [C/s]です。)

1秒間だけ電荷の塊を動かして、
止めた後に塊の先端がどこまで移動したかを計る事で「電荷密度×体積」の計算によって
面を通過した電気量の合計」を電流は表していると捉える事ができます。

話を整理しますと、まず電流密度ベクトルを改めて次のように考えたわけです。

$$\overrightarrow{j}=\rho\overrightarrow{v}$$

この式のもとで、電流密度ベクトルの大きさは次のようになります。

$$\left|\overrightarrow{j}\right|=\rho v$$

そしてこの式の右辺ρvは先ほどの考察により、速度ベクトル面積を乗じる事により「電流」を表すと考える事ができるのでした。そこで上式の両辺に面積Sを乗じると次のようになります。

$$\left|\overrightarrow{j}\right|S=\rho vS$$

つまり「電流密度ベクトルの大きさ」×「ベクトルに垂直な平面における面積」=「電流
の関係であり、最初に考えた電流密度ベクトルの定義の場合と同じ関係式が成立しているわけです。

面が速度ベクトルに対して斜めの時

ところで、そのように考えた時には
実は面に対して斜め方向に速度ベクトルが向いている時も同様に考える事ができます。

ややこしいようですが、
「電流密度ベクトルの大きさ」×「面積」=「電流」と考える時の面積は
電流密度ベクトルに対して垂直な面のものを考えますが、
電流の定義として「面を通過する電気量」と言う時は必ずしも垂直でなくてもよいと考えます。

その場合には、面に分布している電荷が一斉に次々にそこから斜め方向に移動していくと考えます。
すると、その場合は移動した電荷の電気量は「電荷密度×面積S×斜めの立体の高さ」です。
電荷密度ρと速度ベクトルの大きさ(=速さ)vの情報は電流密度ベクトルに含まれている事に注意すると、1秒間に面を通過した電荷の電気量は実は面積要素ベクトルと電流密度ベクトルとの内積で表す事ができます。「面積要素ベクトル」とは「微小領域の面に垂直で、大きさは微小面積dSである」というベクトルです。

これは、内積で使う余弦 cosθを速さvに乗じる事により1秒後に電荷の塊が通過してできる体積の「高さ」が計算できて、さらに底面積のdSに乗じれば体積が計算されるためです。
そして、体積が分かれば電荷密度ρを乗じて「1秒当たりに面を通過した電気量」すなわち電流が分かる事になります。

面を単位時間あたりに「通過」する電荷の電気量(=電流)

電荷密度ρで分布する電荷が一斉に速度\(\overrightarrow{v}\)で運動しているとします。
この時に面積がdSの微小面を1秒あたりに通過する電荷の電気量(つまり電流)は、
面の向きに関わらず電流密度ベクトルと面積要素ベクトルの内積を使って次式で表せます。 $$Q=\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{S}=\left|\overrightarrow{j}\right|\hspace{2pt}\left|d\overrightarrow{S}\right|\cos\theta$$ $$=\rho (v\cos\theta)dS$$ 面積要素ベクトルは微小面に対して「垂直」なベクトルなので、角度θの位置関係には注意。
この式は電流密度ベクトル(および速度ベクトル)が面に垂直な場合も含めて使えるので、
一般に微小面を単位時間当たりに通過する電荷の電気量(=電流)を表す式になります。

ここで、内積計算では余弦を電流密度の大きさと面積要素のどちらに乗じても結果は同じです。

すると上式は数式上、
「電流密度ベクトルの、面に対する垂直成分とdSの積をとる(面に垂直な体積として計算)」
「面を電流密度ベクトルに対して垂直な平面に射影して、その射影面積とvρの積をとる」
といった解釈をしてもよい事になります。

$$Q=\left|\overrightarrow{j}\right|\hspace{2pt}\left|d\overrightarrow{S}\right|\cos\theta=
\left(\left|\overrightarrow{j}\right|\cos\theta\right)
\left|d\overrightarrow{S}\right|
$$

$$=\left|\overrightarrow{j}\right|
\left(\left|d\overrightarrow{S}\right|\cos\theta\right)
$$

電流とはそもそも何なのか?「電荷の流れ」とみなせる根拠は

ここで、そもそも電流とは「電荷の流れ」なのか?という疑問も生じるかもしれません。その話はまた長くなりますが興味深い議論でもあります。ここではそのように見なせる事を支持する実験事実や理論的根拠をいくつか列挙しておくに留めます。

  • 陰極線の実験:真空中でつながっていない電極間に高電圧をかけると、光の筋が見える。この光の筋は電場をかけると曲がり、磁場によっても曲がる(ローレンツの力を受ける)ので「電荷を持った運動する」であると解釈できる。正確にはこれは電極から飛び出した電子線の流れだが「電荷を持つ粒子の流れ」の実例となっている。
  • コンデンサーの放電電流:静電気を帯びた物体は、短い時間だけだが電流が生じさせる事ができ、電流発生後では物体が帯びていたはずの静電気が無くなっている。
    これは蓄えられていた電荷が「流れ出た」のではないかと見れる。コンデンサーとは2枚の電極で薄い絶縁物を挟んだ電気回路の素子で、電荷を蓄えたり放出したりする。
  • 導線中の電流は導線の空間的向き以外の「導線に沿った一方向とその逆向き」の2方向の「向き」を持つ。電流の向きが異なれば発生する磁場の向きも逆転する、また、電流を発生させる電源につなぐ2つの端子を入れ換える事で、電流の向きが逆になる事が確認できる。
    水などの流体も管の中での流れは一方向とその逆向きの2方向ある。
  • 電気回路においてはキルヒホッフの法則として、導線の分岐があった場合には電流も「分岐前の電流=分岐後の電流の総和」となる事が確認できる。これは水などの「流体の流れ」で見られる性質。(電流の量は発生する磁場の大きさから確認可能。一般的な電流計もそのようにして電流を測定しています。)
  • 化学電池では化学反応が必ず起きていて、電荷の流れが「電子の流れ」に由来するものであると捉えると、化学反応における理論との整合性もとれる。

電流密度の法線面積分と、電流の総和との関係の式

特定の曲面を通過する電流の総和を考える時、
電流密度ベクトルによる法線面積分を使う方法があります。

これは、曲面上のある微小領域を通過する電流は、電流密度ベクトルと面積要素ベクトル(微小領域に垂直な向き)との内積で表せるという事を根拠にしています。ここでの微小領域は電流密度ベクトルに対して一般的には垂直ではなく「斜め」になっている事に注意が必要となります。

電流及び電流密度ベクトルが曲面上で連続的に分布しているとして、曲面全体で法線面積分を考える事によって曲面を通過する電流の総和を表す事ができます。

曲面を通過する電流の総和と電流密度ベクトルの関係

ある曲面Sを「通過する」(=貫通する)電流が連続的に分布している時、
その電流の総和は電流密度ベクトルの法線面積分によって表す事ができます。 $$I_S=\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}$$ この式を考える曲面は開曲面でも閉曲面でも可です。
「電流が連続的に分布している」と書きましたが、
「電荷の流れが生じている」と考えても同じです。
(ここでは渦電流のように表面上をまわるような電流ではなく、「面を貫通する向き」の電流の分布を想定しています。曲面に接する向きの電流も考える事はできますが、その分の量に関してはここでは内積計算により0として扱われます。)
法線面積分では、面積要素ベクトルは大きさは微小領域の面積であり、向きは微小領域に対して垂直な向きのベクトルとして考えます。

この式は、内積の見方によって2つの見方ができます。

すなわち余弦を微小面積に乗じて射影面積を考えていると見るか、電流密度ベクトルの大きさに乗じると見るかの違いですがどちらで考えても結果は同じというのが本質です。

どちらにしても、\(\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}\) という量は微小領域における電流を表します。

まず、積分を行う曲面を多数の微小平面に分割します。(例えば曲面上の3点を結ぶと確実に三角形状の微小な平面領域ができるので多数の点を考えて分割します。)

微小領域の射影を考える場合

微小領域において一般的には面が電流密度ベクトルに対して垂直ではないので、単純に微小面積を乗じても正しい電流の値が出ません。しかし、前述の考察で見たように内積を考える事で、
位置関係的に微小面積dscosθは電流密度ベクトルに垂直な平面への射影面積になります。

よって、\(\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{S}==\left|\overrightarrow{j}\right|
\left(\left|d\overrightarrow{S}\right|\cos\theta\right)\)は曲面上の微小領域あたりの電流を表します。

ただし、曲面の領域の分割を十分多くしないと微小領域を平面に近似する事はできませんから、極限をとって積分として考える必要があります。それによって曲面上に分布する(ベクトルの向きを考えれば「通過する」)電流の総和を得るわけです。

面を通過する電気量として考える場合

次に、電流密度ベクトルに対して垂直ではなく斜めになっている面に対して
「単位時間あたりに通過する電荷の電気量」を考えても同じ結果を得ます。

前述の「電流を電荷の流れと考える」時の考察により、
電流密度ベクトルと面積要素ベクトルの内積は「微小面(角度を問わず)を単位時間あたりに通過する電荷の電気量」です。すなわちそれはその微小領域における電流の大きさだと考えられるわけです。

$$\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{S}=\left|\overrightarrow{j}\right|\hspace{2pt}\left|d\overrightarrow{S}\right|\cos\theta$$

$$=
\left(\left|\overrightarrow{j}\right|\cos\theta\right)
\left|d\overrightarrow{S}\right|=\rho (v\cos\theta)dS$$

法線面積分の内積の部分については「余弦が電流密度ベクトルの大きさに乗じられている」と見ます。
さらに、余弦が速度ベクトルの大きさ(速さ)に乗じられていると見れば、\(v\cos\theta\) が1秒あたりの電荷が通過した体積の「高さ」になっています。さらに電荷密度と面積を乗じれば電流になるわけです。

曲面全体で微小領域における電流の合計を考えて、分割を十分多くとった極限として積分を考える必要があるのは先ほどと同じです。

このようにして、\(I_S=\large{\int_S}\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}\)が成立します。

電荷保存則の式

電流を電流密度ベクトルの法線面積分で表す方法において、閉曲面を考えます。
そこで、電流を電荷の流れの量として見る時には曲面の外に出ていく電気量もあるけれども内側に入って行く電気量もあり得るわけです。

いずれにしても、単位時間あたりに曲面の内側の領域全体の電荷の量には変化が生じます。
(その変化が「合計すると0」という事もあり得ますが、それも含めて「変化」としておきます。)

そこで、曲面の内側の全電荷を電荷密度で表します。
(これは電場に関するガウスの法則で行うやり方と同じです。)

$$閉曲面S内部の全領域Vの電荷の合計値は、Q_S=\int_V\rho dv$$

その量の単位時間当たりの変化量を微分によって考えます。
これは偏微分になりますが、積分変数(dv=dxdydz)とは異なる変数なので、「積分全体」を微分したものと「微分したものを積分」したものは同じ結果になります。(※積分領域に関数の不連続点が無ければ、これは数学的にやってよい計算です。領域の形や電荷密度の分布と関数形については不連続点が生じるような変なものを考えない必要はあります。)

$$\frac{\partial }{\partial t}Q_S=\frac{\partial }{\partial t}\int_V\rho dv=\int_V\frac{\partial \rho}{\partial t}dv$$

この式は「曲面の内部で電荷が増えたらプラス」としています。他方、電流密度の法線面積分で電流を表す方法では「曲面の外部で電荷が増えたらプラス」としています。
そのため、両者は「符合を入れ換えて」から等号で結ぶ事ができます。

$$\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}=-\int_V\frac{\partial \rho}{\partial t}dv$$

これは電荷の保存を表す式であり、「電荷保存則」のように呼ぶ事もあります。
要するに、内部で減ったものは外部では増えており、逆に内部で増えたものは外部では減っており、
「内部と外部の合計では一定値が保たれる」事を意味します。

もっとも、この「電荷の保存」自体(つまり2式を等号で結んだ事)に関しては何かから導出したというよりは、基本法則として考えて式で表したという性質のものと言えます。

次に、ガウスの発散定理を使って電荷保存則の式を書き替えます。(これは「ガウスの法則」ではなく、法線面積分と体積分の関係を表す「ガウスの発散定理」です。単に「ガウスの定理」「発散定理」とも言います。)ここでの曲面は「閉曲面」としているので定理が適用できる事に注意。

$$ガウスの発散定理により、\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}=\int_V \mathrm{div}\overrightarrow{j}dv$$

よって電荷保存則は次のようにも書けます。

$$\int_V \mathrm{div}\overrightarrow{j}dv=-\int_V\frac{\partial \rho}{\partial t}dv=\int_V\left(-\frac{\partial \rho}{\partial t}\right)dv$$

ここで、領域Vは条件を満たす範囲で(先ほどの連続に関する事など)任意の形状であり得るので、積分の中身も一致する事になります。よって、電荷保存則の微分形の形が得られます。

$$\mathrm{div}\overrightarrow{j}=-\frac{\partial \rho}{\partial t}$$

この形の式は流体力学でも使われ、一般的に「連続の方程式」とも言います。

閉曲面内部の電荷の時間変化が無い場合、すなわち∂ρ/∂t=0の時(外部への電流の出入りについても大きさに時間変化が無いので定常電流の時)には電流密度ベクトルの発散も0です。
つまり電流が定常電流である時には、電流密度ベクトルはベクトル場としては「湧き出しが無い」事が式で表現されます。

アンペールの法則で使う電流密度ベクトル

アンペールの法則は、マクスウェル方程式の中でも電流密度ベクトルとの関係が深い式です。それは元々、電流と磁場の関係を表す法則である事に由来するのですが、ベクトルとしては「電流」をそのまま扱うのではなく、「電流密度ベクトル」で考えたほうが都合が良い事が式を表しやすいのです。

アンペールの法則の微分形の導出の概要

アンペールの法則の周回積分の形を変形して、
法則の微分形を導出する過程で電流密度ベクトルを考える方法があります。まず、時間変化しない定常電流の範囲でアンペールの法則の周回積分側の式をストークスの定理で書き換えます。

$$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}(=\mu_0 I)$$

Sは開曲面で、閉曲線Cを外縁に持つ条件のもと「任意の開曲面」になります。このような形になるので、法則の微分形を得るために電流を「何かの法線面積分で書けないか」と考えるわけですが、ここで電流を電流密度ベクトルの法線面積分で表す式が使えます。

$$I=\int_S\overrightarrow{j}\cdot d\overrightarrow{s}であるので、$$

$$\int_S\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{B}\right)\cdot d\overrightarrow{s}=\mu_0 I=\int_S\left(\mu_0\overrightarrow{j}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

$$Sは任意の開曲面なので\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$

このように、静磁場の回転が電流密度ベクトル定数倍に等しいという結果が得られました。
これが「定常電流における」アンペールの法則の微分形です。

この場合に発生する静磁場は直線電流に垂直な平面にだけ成分を持ちますが、
実際に具体的な計算をすると\(\overrightarrow{B}\cdot \overrightarrow{j}=0\) となる事や、電流の向きをz軸にとった時には磁場の回転がz成分以外の成分が0になる事などが確かめられます。

電荷保存則にしてもアンペールの法則の微分形にしても、電流をベクトルとして直接的に扱うよりも「電流密度ベクトル」で考えたほうが計算がしやすいという事情が見えてくるのではないでしょうか。

電流の時間変化がある時のアンペールの法則の概要

ところで電流の時間変化がある時のアンペールの法則はどうなるのかというと、電場の時間変化を含む項(変位電流)が加わります。アンペールの法則の「修正」ともよく言われます。

この変位電流とは電場の変化であって「電荷の流れ」ではないので普通の電流とは区別されるものではありますが、例えば電気回路でコンデンサーによって電流としては絶縁部分になっているところの電場の変化などを指します。

簡単にだけ述べると、まず先ほどの電荷保存則の微分形において、電荷密度の部分をガウスの法則の微分形によって電場に書き換えます。(これは「ガウスの発散定理」ではなく「ガウスの法則」です。)

$$\mathrm{div}\overrightarrow{j}=-\frac{\partial \rho}{\partial t}=–\frac{\partial}{\partial t}\left(\epsilon_0\mathrm{div}\overrightarrow{E}\right)$$

最右辺を左辺に移行して、発散を2つの項に作用させると考えると次式です。

$$\mathrm{div}\overrightarrow{j}+\frac{\partial}{\partial t}\left(\epsilon_0\mathrm{div}\overrightarrow{E}\right)=0\Leftrightarrow \mathrm{div}\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)=0$$

「磁場の回転」に対する発散は必ず0である事に注意して、定常電流におけるアンペールの法則の微分形にこの式を使い、さらに積分形のほうもこの式で書き直したものが電流の時間変化がある時のアンペールの法則の式です。

電流の時間変化がある時のアンペールの法則の微分形と積分形を書くと次のようになります。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)$$

$$\oint_C\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{l}=\mu_0\int_S\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

積分形のほうに関しては、電流密度ベクトルの部分を積分すると電流の大きさになるのでその項が定常電流の場合のアンペールの法則の電流の部分になります。

補足事項

説明した式の一部のナブラ表記

以上で説明した電流密度ベクトルを含む式で、
div, rot の記号の代わりにナブラ記号で書いたものを補足としてまとめておきます。

電荷保存則の式(微分形)

電荷保存則の微分形 $$\nabla\cdot\overrightarrow{j}=-\frac{\partial \rho}{\partial t}$$ 特に、領域内の電荷の変化が無い場合(電荷の流れ=電流は一定値)には
電流密度ベクトルは発散が0で、湧き出しがありません。 $$\nabla\cdot\overrightarrow{j}=0$$ 定常電流の場合において\(\nabla\cdot\overrightarrow{j}=0\)である事は、アンペールの法則からも導出可能です。

アンペールの法則の微分形

電流の時間変化が無い時 $$\nabla\times\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$ 電流の時間変化がある時 $$\nabla\times\overrightarrow{B}=\mu_0\left(\overrightarrow{j}+\epsilon_0\frac{\partial\overrightarrow{E}}{\partial t}\right)$$

マクスウェル方程式から電磁波の式を導出する過程などでは、電流密度ベクトルの回転を考える事もあります。それは回転を含む式であるアンペールの法則と電磁誘導の式に対して改めて回転を考える計算に由来します。

補足2:その他の電流密度ベクトルの使用例

この記事では扱っていませんが、
静磁場のベクトルポテンシャルは電流密度ベクトルを使って表されます。

また同じく、磁場に関する法則のビオ・サバールの法則は電流を使った形と
電流密度ベクトルを使った2つの形があります。

(参考)その他の電流密度ベクトルの使用例

静磁場のベクトルポテンシャル(発散が0の条件のもとでの式) $$\overrightarrow{A}=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j}}{R}dv$$ ビオ・サバールの法則の形の1つ
(積分の中の「×」記号は「回転」ではなく外積ベクトルを表す記号) $$d\overrightarrow{B}=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{\overrightarrow{j}\times \overrightarrow{r}dv}{r^3}$$

これら2つの関係式・法則はいずれもアンペールの法則との関わりがあります。