置換積分の公式

置換積分は「ちかんせきぶん」と読みます。
「置換積分の公式」「置換積分法」とも言い、1変数の積分における公式の1つです。定積分にも不定積分にも、どちらにも使えます。微積分学の基本定理および部分積分と並んで、置換積分は定積分の計算法としてよく使われる公式です。

積分の理論全般について言える事ですが、積分の逆演算である微分のほうについて計算をある程度知っておくと分かりやすくて便利です。また、この記事の説明では三角関数や対数関数の公式なども比較的多く使用します。

置換積分は「1変数での定積分」に対して適用できる公式です。すなわち「2変数以上で積分を行う重積分においては適用できない」ので、その点は注意が必要です。
ただし、物理等での応用では一般論としては2変数・3変数の関数を扱っても具体的な事例を考察する時にはモデルを工夫して「計算は1変数で実行できる」ようにする事も少なくないのです。ですから1変数の定積分に関する公式も、初歩的だからといって役に立たないという事では無く、むしろ可能であれば積極的に使用される性質のものではあります。

公式の内容と意味

置換積分の「置換(ちかん)」とは「置き換える」という意味で、
被積分関数(積分の対象となっている関数)の「積分変数を別の変数に変換する」という事を意味します。つまり置換積分とは、積分における積分変数に対する変数変換を行う時に成立する公式です。

置換積分の公式は不定積分に対しても定積分に対しても成立します。

置換積分の公式(不定積分)

連続関数f(x)に対してx=g(w)がwで微分可能である時、
その積分区間でのf(x)のxを積分変数とする定積分はxをwで変数変換し、
積分変数をwとして次式で計算できます。 $$\int f(x)dx=\int f(g(w))\frac{dx}{dw}dw$$ この時、普通はあまり気にする必要はないですが\(\Large{\frac{dx}{dw}}\)は連続関数になっている必要があります。

この式で\(\Large{\frac{dx}{dw}}\)はx=g(w)をwで微分して得られる導関数を表します。

ここでは変数変換を行う対象をwとしてますが、文字としてはtでもsでも、変数だと分かるもので何かの誤解を生じないものであれば何でも構いません。後述する具体例では、xを角度θに変数変換して置換積分を行う場合の計算例を説明しています。

「覚え方」としては見かけ上「dx=(dx/dw)・dw」としたようになっており、微分の元々の意味から言うと必ずしも間違った捉え方でもありませんから、そのように理解してもよいと思います。ただし、1変数の時以外ではその考え方は一般的には使えませんので注意も必要です。
(特別な場合では、多変数でも同様の考え方を適用できます。)
数学上の定義では(dx/dw)はひとまとまりで微分により得られる導関数を表し、
「積分と一緒に使うdxやdwという記号」はあくまで積分変数を表す記号になります。

代入操作以外に「微分」がかならずくっついてきます。

次に、定積分の場合です。
この場合には変数変換をする時に、積分区間も変換される事に注意が必要となります。
その時に普通は2つの端点だけを変換すれば十分で、
例えばx=w+2のような変換の場合には、xに関する [0,1] の閉区間はwに関する [2.3] の閉区間となって積分区間が変更されるのです。(そうしないと計算の結果は合いません。)

置換積分の公式(定積分)

連続関数f(x)に対してx=g(w)がwで微分可能であり、
xに関する積分区間 [α,β] をwによって [a,b] = [g(p),g(q)] で表せるとします。
(つまりwでの積分区間は [p, q] となる。)
その積分区間でのf(x)に対するxを積分変数とする定積分は、
xをwで変数変換し、積分変数をwとして次式で計算できます。 $$\int_a^bf(x)dx=\int_{g(p)}^{g(q)}f(x)dx=\int_p^qf(g(w))\frac{dx}{dw}dw$$ 不定積分の時同様に、普通はそんなに気にする必要はないですが
\(\Large{\frac{dx}{dw}}\)は考えている区間において連続関数になっている必要があります。
例えばxに関する閉区間 [-1,1]が積分区間の時に、x=1/wのような変換をしたいと思ったら(あまりそういう変換はしないのですが)x=0となるwの値は存在せず、不連続点が発生するわけです。そういった変換をしてしまうと計算が変になります。
(x=1/wのような場合、w→∞での極限ではx→0に収束するので、強いて言えば積分区間を分けて端点での極限を考える「広義積分」として捉える事自体は可能です。しかしそういった場合にはまた別の数学的な考察も必要になります。)

置換積分の公式を適用する時に行う操作を整理し、列挙すると次の事です。

  1. y=f(x)に対してx=g(w)である時、
    wで表される式をf(x)に代入してy=f(g(w))の形にする。
  2. x=g(w)について、xをwで微分する。
    (なので、微分可能な関数による変換でないと公式は使えません。)
  3. 積分の中のy=f(g(w))に対してxに対するwによる微分(導関数)を掛け算し、積分変数をxからwに変える(dxからdwに変える)。それからwで積分をする。
  4. 特に定積分の場合にはxでの積分区間が [a, b] であったら、
    a =g(p),b=g(q) となるようなw=pとw=qを見つけて、積分区間を [p, q]に変更する。
    一応、不連続点が発生するような変換をしていないかどうかに少し注意。
  5. 不定積分の場合は、wで出された結果をxに戻す事も多い。
    (定積分であれば結果は基本的には数値の事が多いです。)

ただしこの手順の2番目でx=g(w)と考える事については、後述する具体例で見るようにw=h(x)の形で置き換えをしてから、その逆関数としてx=g(w)を考えるような場合もあります。(微分については、公式dw/dx=1/(dx/dw)を使えます。)ただしそのような変数変換のパターンでも、逆関数を考えずに積分を計算できるといった場合もあります。それらの事については、具体例を見たほうが多分分かりやすいでしょう。

「置換」という言葉は数学で単独の意味で使われる事もあって、それは順序を持つ集合の要素を「並べ替える」事を指します。1つの順列を、別の順列に変換する事であると言っても大体同じです。もう少し詳しく言うとそのような「写像」を指して「置換」と呼ぶことがあります。
他方で、1変数の定積分での「置換積分」はあくまで「変数変換」という意味での「置き換え」を行う時に成立する公式を指しています。ですので「置換積分」という呼び名は基本的にはその言葉全体でひとまとまりの意味を持っています。

公式の証明

置換積分の公式は、覚え方や理解の仕方としては「dx=(dx/dw)dw」と考える事に差し支えはないけれども、それを数学的な証明とする事はできません。ですのであのような公式が成立する事は自明な事であるとは言えず、証明が必要となります。

証明は、微積分学の基本定理および合成関数の微分法などの微分の演算を組み合わせる事で行えます。(これは数学の解析学的に見た場合も同じで、極限や積分の大元の定義に戻って考える必要はありません。微分の演算等を利用して「解析学的に見ても厳密な証明」になっています。)

最初に不定積分のほうの置換積分の公式を証明します。

まず、「微分すればf(x)になる」という意味でのf(x)の「原始関数」を考えます。この原始関数自体は、任意定数(微分すると0)を加える事で一意的に定まらず無数に存在しますが、そのうちの特定の1つをF(x)とおきます。原始関数全体が不定積分に該当します。(不定積分は、1つの原始関数があった時にはそれに定数を加えたF(x)+Cの形しかとり得ないという定理があります。)

$$Cを任意の実数定数として\int f(x)dx=F(x)+C$$

$$この時、\frac{d}{dx}\int f(x)dx=\frac{d}{dx}\left(C+F(x)\right)=f(x)が成立$$

今、x=g(w) がwで微分可能とすると f(x) の原始関数F(x) はwでも微分可能で、合成関数の微分公式により F(x) をwで微分して得られる導関数は次のように書けます。

$$\frac{d}{dw}F(x)=\frac{dF(x)}{dx}\frac{dx}{dw}=f(x)\frac{dx}{dw}=f(g(w))\frac{dx}{dw}$$

という事は、最右辺の形の関数に対するwに関する原始関数の1つはF(x)である事になります。あるいは、微分方程式を解くと捉えてwで積分すると考えても同じです。

$$Cを任意定数として、\int f(g(w))\frac{dx}{dw}dw=F(x)+C$$

$$\int f(x)dx=F(x)+Cであったから、\int f(g(w))\frac{dx}{dw}dw=\int f(x)dx$$

定積分の場合は、「不定積分の場合とほぼ同じ」としてもそんなに問題はないのですが、積分区間に関して「端点の部分だけ対応させればよい」事を明確にするために次のような形で証明を行います。

x=g(w)のもとで、g(p)= a でありg(q)= bであるとして、F(x)を先ほどと同じくf(x)の原始関数の1つであるとします。F(x)をwの関数として見る(wだけの式で書く)事を強調するならF(x)=F(g(w))です。不定積分の時の結果は得られているというもとでwに関してf(g(w))(dx/dw)の定積分を計算すると次式になります。

$$\int_p^qf(g(w))\frac{dx}{dw}dw=\large{[F(g(w)) ]}_p^q=F(g(q))-F(g(p))$$

$$=F(b)-F(a)=\int_a^bf(x)dx=\int_{g(p)}^{g(q)}f(x)dx$$

つまり、定積分を行う時には不定積分の時の結果と合わせて、積分区間の端点についてだけxとwとで対応させれば確かに同じ計算結果を得るという事が言えるわけです。

計算例1:円と楕円の面積計算

おそらく、置換積分が「計算に有効な事もある」という事が非常に分かりやすい例の1つは
円や楕円の面積を定積分で計算する場合ではないかと思われます。

円の面積に関しては平面幾何的な考察で「半径×円周率」という事が分かるほかに、積分を使うにしても実は円周の長さを表す「半径×2×円周率」の式で半径rに関して積分すればよいという方法もあるのですが、ここでは直交座標上でxに関して積分する場合を見てみます。

原点を中心とする円を考えて、半径はrであるとします。(r>0)
そして、xとyがともにプラスの範囲における4分円(円の1/4の部分だけ考えたもの)の面積についてだけ考えてみます。円全体の面積はその4倍です。

円を表す式はx+y=rです。yについて解くとy≧0のほうの解は\(y=\sqrt{r^2-x^2}\)となります。これをxに関して0からrまで積分すれば「πr/4になるはず」ですが、実際のところは一体どうなのだろうという話です。

そのタイプの関数の不定積分は実は直接的に逆三角関数を使っても表せるのですが、置換積分を使うと計算がより簡単であり、「角度」を使って積分できるようになるので図形的なイメージがしやすくなる利点があります。
(参考:逆三角関数を使う方法は、部分積分による計算です。)

そこで、x=rcosθという変数変換をします。rは定数(円の半径)でθは変数です。この変数変換は「極座標変換」でもありますが、置換積分を行うという積分の計算だけに着目する場合には、変数変換は図形的な意味を持つ必要は必ずしもありません。
例えば、ここでの計算ではx=rsinθとする事も可能で、同じ積分の結果を得ます。(ただし、図形上の考察であれば図と対応させたほうが分かりやすい場合というのはあります。)

この変換のもとで置換積分を考えると、三角関数の公式 sinθ+cosθ =1により平方根を除いて計算できるようになるので積分の見通しが良くなるのです。積分区間はxについて の[0,r]をθについての [π/2,0]に変えます。数の大小について一見妙に見えるかもしれませんが、余弦が0から1に増える時は角度は小さくなっていきます。それをそのまま公式に当てはめて計算します。

$$x=r\cos\theta および\frac{dx}{d\theta}=-r\sin\theta を置換積分の公式に当てはめると、$$

$$\int_0^r\sqrt{r^2-x^2}dx=\int_{\large{\frac{\pi}{2}}}^0\sqrt{r^2-r^2\cos^2\theta}\frac{dx}{d\theta}d\theta$$

$$=\int_{\large{\frac{\pi}{2}}}^0r\sin\theta(-r\sin\theta)d\theta =-r^2\int_{\large{\frac{\pi}{2}}}^0\sin^2\theta d\theta=r^2\int_0^{\large{\frac{\pi}{2}}}\sin^2\theta d\theta$$

$$=r^2\int_0^{\large{\frac{\pi}{2}}}\frac{1-\cos 2\theta}{2}d\theta(加法定理か倍角の公式より)$$

$$=\frac{r^2}{2}\large{\left[\theta -\frac{1}{2}\sin 2\theta\right]_0^{\large{\frac{\pi}{2}}}}=\frac{r^2}{2}\cdot\large{\frac{\pi}{2}}=\frac{\pi r^2}{4}$$

つまり、確かに円の4分の1の面積を表す結果となりました。(最後の部分で原始関数に値を代入する箇所では、1次式の θ にπ/2を代入した項以外は全て0となります。)
途中計算での sinθの積分を行う時には余弦関数の加法定理を変形して(もしくは倍角の公式を適用)計算を行っています。

楕円の場合も同様に原点を中心としてx≧0,y≧0の範囲で全体の1/4を考えて計算できます。
楕円を表す式はx/a+y/b=1です。aもbもプラスの数であるとします。この式をyについて解くとy≧0のほうの解は次のようになります。

$$y=\sqrt{b^2-\frac{b^2x^2}{a^2}}=\frac{b}{a}\sqrt{a^2-x^2}$$

この式の形を見ると、円の時の式でr=aとして全体をb/a倍にしたものになっています。
ですので円の場合と同様に置換積分で計算する事ができますが、
楕円(の4分の1)において積分する区間もxについて[0, a]なので
「半径aの円の、積分によって導出した面積のb/a倍」を考えても同じ結果になります。

$$楕円全体で計算すると、4\cdot\frac{\pi a^2}{4}\cdot\frac{b}{a}=\pi ab$$

これが楕円の面積を表す式になります。図形的には、2aおよび2bはどちらが長いか短いかで「長径」と「短径」を表します。また、a=bであれば円になりますが、面積の式もきちんとそれに対応している事が分かります。さらに円を「縦や横の一方向にだけ拡大縮小した場合」にはその倍率の分だけ面積も増加または減少する事が、数式的に見れるわけです。(a=bの状態から例えばa=2bとすれば面積もa=bの時の2倍になります。)

計算例2:物理・電磁気学での使用例

物理での計算で、考察の対象によっては置換積分が計算に使える事があります。

例えば電磁気における特定の場合などです。ここでは電気のほうで例を見てみましょう。
静電気力と電場に関する1つの計算例です。
長さが2L[m]の直線状の棒が、線密度λ[C/m]で一様に帯電している(1mあたりの電荷がλ[C])とします。この棒の中心から棒に対して垂直にr[m]の位置において、電場の大きさ(1[C]の電気量の電荷が受ける力)はいくらになるでしょうか。

棒の中心を原点にとり、そこからの距離を向きを含めてx[m]とします。それぞれの微小な区間における電気量はλdx[C]で、電場を考える位置までの距離は三平方の定理を使って(x+r)1/2[m]です。クーロン力が働くと考えるとそれの逆2乗に比例するので(x+r)-1が式に乗じられます。

棒に帯電している電荷が対称的な分布である事を考えると、棒の中心を通る垂線上では電場のベクトルの「合計」の向きは棒に対して垂直です。(棒の平行な向きの成分はプラスマイナスで打ち消して0です。1つ1つの電場ベクトルの向きは基本的に斜め方向。)そこで、成分の比率を考えると棒に対する垂直方向成分の割合は図形的な関係からr/(x+r)1/2になります。比例定数をkとすると、電場は微小区間による帯電が作る電場(ベクトル)の合計なので、棒に対する垂直成分の合計は積分で考える事ができて次のようになります。(ここで変数はxのみです。)

$$E=\int_{-L}^{L}\frac{k\lambda}{(x^2+r^2)}\frac{r}{\sqrt{x^2+r^2}}dx=k\lambda r\int_{-L}^{L}\frac{1}{\large{(x^2+r^2)^{\frac{3}{2}}}}dx$$

それで、この積分は原始関数を探す事で計算できるのかという話なのですが、
これは実は置換積分を行う事で計算できる部類の式です。

図で、x=rtanθとなるように角度θをとります。棒の端点ではθ=θLおよび-θLであるとします。これはx=Lとx=-Lに対応するわけです。すると、dx/dθ=r/cosθである事を使って置換積分を行うと次のようになります。

$$\frac{dx}{d\theta}=\frac{d}{d\theta}(r\tan\theta)=\frac{r}{\cos^2\theta}であり、$$

$$x^2+r^2=r^2(\tan^2\theta +1)=r^2\frac{1}{\cos^2\theta}にも注意して$$

$$E=k\lambda r\int_{-\theta_L}^{\theta_L}\frac{1}{\large{(r^2\tan^2\theta+r^2)^{\frac{3}{2}}}}\frac{dx}{d\theta}d\theta=k\lambda r\int_{-\theta_L}^{\theta_L}\left(r^2\frac{1}{\cos^2\theta}\right)^{\large{-\frac{3}{2}}}\frac{r}{\cos^2\theta}d\theta$$

$$=k\lambda r\int_{-\theta_L}^{\theta_L}r^{-3}\cos^3\theta\frac{r}{\cos^2\theta}d\theta=\frac{k\lambda}{r}\int_{-\theta_L}^{\theta_L}\cos\theta d\theta=\frac{k\lambda}{r}\{\sin\theta_L-\sin(-\theta_L)\}$$

$$=\frac{2k\lambda}{r}\sin\theta_L=\frac{2kL\lambda}{r\sqrt{r^2+L^2}}$$

電場の大きさの単位は [N/C] になります。最後の変形は図形的に見て正弦を辺の比で表しています。物理的な考察としては、単独の点電荷の場合とは距離の影響が異なってくる事や、L→∞とした場合はどうなるかといった事を見れます。

少し長ったらしい計算ではありますが、このように結果を出せるわけです。一見複雑な積分でも置換積分を行うと、角度θでの積分だと意外と単純な定積分計算に変わった事が分かります。この例では、置換積分で使う変数変換を図の関係にも合わせる事によって、図で平面幾何的に成立する関係も使えるようになっています。(例えば三角関数を辺の比で表す事など。)このように上手く行く事ばかりではないのですが、置換積分の公式を応用計算に使える事もあるという例の1つです。

力のベクトルを2方向に分解して考える事はこの例の状況に限らず、どんな時でもできます。ここでの例の状況下では、棒の中央に引いた垂線上では静電気力の「帯電した棒に対して平行な成分」は常に0であり、棒に対する垂直方向の成分のみを考えればいいという事です。

似た計算は磁場に関しても可能で、ソレノイドが作る磁場や、直線電流が作るビオ・サバールの磁場を具体的に計算する時なども似た感じの積分計算を行います。

計算例3:数学上の色々な不定積分の計算

微分に関しては多少複雑な形の関数であっても、公式を組み合わせて丁寧に計算すれば導関数を計算できるのが普通です。しかし、積分のほうに関してはそれほど複雑でない形の関数に対してでも原始関数の具体的な形を直接見つける事は難しい場合のほうが多いのです。そこで、部分積分や置換積分を使うと原始関数が分かる場合があります。

以下の例はどちらかというと数学上の理論的な計算が中心になりますが、一部は応用にも使えます、

具体的な積分に対して置換積分を使える場合というのは、実際のところは2パターンあります。

  • x=g(w) の形で置き換えをすると式が簡単になる場合
  • xで表される式についてh(x)=wとおいてから逆関数としてx=g(w)を計算して公式を適用するか、もしくはdw/dxを計算した式を使うという場合

前者の場合は公式通りの使い方です。前述の円の面積を積分で計算する方法や、電場の大きさを計算する過程での置換積分の使用においてはこちらのパターンです。すなわち例えばx=rcosθ やx=rtanθのように変数変換をしたのでした。

他方で後者のほうは、一般的には面倒な形になっているxの式を別の1つの変数としてしまってから、何らかの方法で置換積分ができるところまで持って行くというものです。
これは例えば、w=xであるとかw=tanxとする事を指しており、それでもあくまでxの代わりにwによる変数変換で置換積分を行うという例です。多少分かりにくいと思うので後ほどw=tan(x/2)とする例などで具体的に説明していきます。

原始関数がいくつかの和や差の項に分離するパターン

まず、「微妙に定数分だけ値がずれた項を含む」関数の原始関数を計算する場合です。
例えば\(x\sqrt{x+2}\) などの積分です。

もしこれが\(x\sqrt{x}\)であれば、平方根の部分はx1/2ですので
全体をx3/2として考えて原始関数は(2/5)x5/2+Cとなるわけです。

この考え方のみでも一応計算はできて、
それは\(x\sqrt{x+2}=(x+2)\sqrt{x+2}-2\sqrt{x+2}\) とする事で可能になるのです。

$$\int x\sqrt{x+2}dx=\int\{(x+2)\sqrt{x+2}-2\sqrt{x+2}\}dx$$

$$=\int(x+2)^{\frac{3}{2}}dx-\int2(x+2)^{\frac{1}{2}}dx$$

$$=\frac{2}{5}(x+2)^{\frac{5}{2}}-\frac{4}{3}(x+2)^{\frac{3}{2}}+C$$

この積分は実は置換積分で考えてもよくて、x=w-2と置く事で、置換積分の公式を使えます。
\(x\sqrt{x+2}=(w-2)\sqrt{w}=w\sqrt{w}-2\sqrt{w}\) となります。つまり、若干の違いではありますが「差で表される2つの項に分離する」事が少しばかり自然な形で計算されます。置換積分を行う時にはさらに微分の計算も必要なわけですが、この場合はdx/dw=1ですので簡単に済みます。

$$\frac{dx}{dw}=\frac{d}{dw}(w-2)=1に注意して、$$

$$\int x\sqrt{x+2}dx=\int(w-2)\sqrt{w}\frac{dx}{dw}dw=\int(w\sqrt{w}-2\sqrt{w})dw$$

$$=\frac{2}{5}w^{\frac{5}{2}}-\frac{4}{3}w^{\frac{3}{2}}+C=\frac{2}{5}(x+2)^{\frac{5}{2}}-\frac{4}{3}(x+2)^{\frac{3}{2}}+C$$

最後にwをxに戻す操作ではx=w-2 ⇔ w=x+2を使っています。

置換積分を行う時に、まずw=x+2とおいてから計算を進めても結果は同じです。
この場合は、どちらの方法で最初に考えてもそんなに手間は変わらないと思います。
他方で、平方根の部分を丸ごとwに置き換えて\(\sqrt{x+2}=w(\Rightarrow x+2=w^2)\)と考えてもこの場合は計算は可能で、同じ結果を得ます。

いずれにしても、このようなちょっとした初等関数を組み合わせた関数に対してでも、原始関数は結構面倒な形である事が分かります。計算はやりやすい方法でやればよいのですが、2通り以上のやり方を知っておくと片方を検算用に使えるというちょっとした利点はあります。

三角関数に変換すると上手く計算できるパターン

「見事に上手く行く」例は限られていますが、
xを三角関数に変数変換すると原始関数が分かり、積分を計算できる場合があります。

例えば、1+xという項が含まれる関数では、
x= tanwと変数変換すると上手く計算できる場合があります。
というのも、(d/dw)tanw=1+tanw=1/(cosx)といった計算ができるためです。
前述の電磁気学での電場の計算例で使用した変数変換は、このパターンに属する置換積分です。
被積分関数の分母に含まれる式が1+xではなくr+xでしたから、変数変換はx= rtanθとする事によって、代入するとr(1+tanw)のようにできる工夫をしていたわけです。

また、同じく前述の円の面積計算のところで考察した (1-x)1/2などの式の場合は
x=coswとすれば(1-cosw)1/2=(sinw)1/2=|sinw|などとできます。
【wの範囲によっては(sinw)1/2=sinwで、前述の例では定積分の積分区間がその範囲です。】

x= tanwと変数変換して上手く行く他の例は、例えば次のようなものです。不連続点が発生しないようにするために-π/2<w<π/2の範囲で考えるものとします。(その範囲では cosw>0です。)
(1+x)1/2=(1+tanw)1/2={1/(cosw)}1/2=1/cosw
1+tanw=1/(cosw) ⇔ cosw=1/(1+tanw)
およびdx/dw=1/coswの計算を使います。

$$\int\frac{x}{(1+x^2)\sqrt{1+x^2}}dx=\int\frac{\sin w\cos^3w}{\cos w}\frac{dx}{dw}dw=\int\frac{\sin w\cos^3w}{\cos w}\frac{1}{\cos^2w}dw$$

$$=\int\sin wdw=-\cos w+C=-\frac{1}{\sqrt{1+\tan^2 w}}+C=-\frac{1}{\sqrt{1+x^2}}+C$$

この積分に関しては、計算に慣れていると置換積分を行わなくても直接計算で最後の式を最初から出せるかもしれません。

三角関数による有理関数の積分

xをwによる変数変換で置換積分する時に変数変換として「wをxで表すパターン」には、例えばw=tan(x/2)という形の変数変換があります。
その変換のもとでは
dw/dx=1/{2cos(x/2)}={1+tan(x/2)}/2=(1+w)/2により
dx/dw=2/(1+w)
【※普通、逆関数の微分公式を使うと計算後に変数の入れ替えが必要ですが、ここではdw/dxの結果をxではなく「wで表せる」のでそのまま逆数としたものがdx/dwを表す式になります。】
さらに、加法定理や倍角の公式にも注意すると正弦、余弦、正接のいずれをも、
wの有理関数(分子と分母が多項式の形の分数で表される関数)で表す事ができます。

三角関数を置換積分で有理関数として計算する方法

三角関数の有理関数となっている関数の積分を考える時には、
w=tan(x/2)による変数変換を行って置換積分を行うと有理関数の積分の形に必ずできます。 $$w=\tan \frac{x}{2}とする事により、$$ $$\sin x=\frac{2w}{1+w^2}\hspace{15pt} \cos x =\frac{1-w^2}{1+w^2}\hspace{15pt}\tan x =\frac{2w}{1-w^2}$$ $$\frac{dw}{dx}=\frac{1+w^2}{2}\hspace{15pt}\frac{dx}{dw}=\frac{2}{1+w^2}$$ 変数変換を行った後でも、tanθ=(sinθ)/(cosθ)の基本的な三角関数の関係は成立し続けます。

そして有理関数は部分分数展開などをする事により、「(別の)有理関数」「lnx」「Arctanx(逆正接関数)」およびそれらの合成関数のみで表せるという定理が実は存在します。そのため、三角関数の有理関数(つまり三角関数のベキ乗と係数で作られる多項式)は理論上は有限回の操作で原始関数を導出できるという事になるのです。

w=tan(x/2)の変数変換のもとで、正接・正弦・余弦のうち2つを計算すると、もう1つは三角関数の基本的な関係から変数変換後の形を得る事もできます。これを使った置換積分によって、一応理論上は「三角関数による有理関数」の積分は、全て通常の有理関数の積分に置き換える事が可能です。

ただし有限回の操作で計算の実行が可能という事と、
その具体的な計算の効率が良いかどうかは別問題ですので一応注意は必要です。
しかし、比較的単純な三角関数の有理関数の積分であれば、
w=tan(x/2)の形の変数変換による置換積分は積分の計算に活用できます。
例えば1/cosx=(1+w)/(1-w)のようになるので、
これはdx/dw=2/(1+w)と掛け合わせると
(1/cosx)(dx/dw)=2/(1-w)=2/{(1+w)(1-w)}となります。
この形の式は実は部分分数展開で2項の和に分ける事ができるパターンなので、
原始関数を対数関数と三角関数(最後にwをxに戻す)の組み合わせで表す事ができます。

$$\int\frac{1}{\cos x}dx=\int\frac{1+w^2}{1-w^2}\frac{dx}{dw}dw=\int\frac{1+w^2}{1-w^2}\frac{2}{1+w^2}dw$$

$$=\int\frac{2}{(1+w)(1-w)}dw=\int\frac{1}{1+w}dw+\int \frac{1}{1-w}dw$$

$$=\mathrm{ln}\left|1+\tan\frac{x}{2}\right|-\mathrm{ln}\left|1-\tan\frac{x}{2}\right|+C=\mathrm{ln}\large{\left|\frac{1+\tan\frac{x}{2}}{1-\tan\frac{x}{2}}\right|}+C$$

このように、三角関数の逆数を積分すると原始関数には対数関数が含まれて来る事が分かります。
置換積分なしでこの結果を予想するのは少し難しいと言えそうです。

ここで使っている対数は自然対数です。
lnx=logexで、\(\large{\frac{d}{dx}\mathrm{ln}x=\frac{1}{x}}\)であり、
x<0のとき\(\large{\frac{d}{dx}\mathrm{ln}(-x)=\frac{1}{x}}\)なのでまとめて\(\large{\frac{d}{dx}\mathrm{ln}|x|=\frac{1}{x}}\)とも書きます。

1/sinxの不定積分も同じように計算できて、計算はより簡単です。

$$\int\frac{1}{\sin x}dx=\int\frac{1+w^2}{2w}\frac{dx}{dw}dw=\int\frac{1+w^2}{2w}\frac{2}{1+w^2}dw$$

$$=\int\frac{1}{w}dw=\mathrm{ln}|w|+C=\mathrm{ln}\left|\tan\frac{x}{2}\right|+C$$

合成関数の利用によっても原始関数が分かるパターン

ある形をしている関数の積分は、原始関数を直接見つける事は可能だけれども、
もし分かりにくければ置換積分を使うとよいという部類のものです。

具体的には、\(\large{xe^{x^2}}\)や、\(\Large{\frac{1}{x\mathrm{ln}x}}\) などの関数です。
あるいは、正接関数 tanxの原始関数も実は同じ部類のものです。
これらは置換積分で計算する事もできますが、もし合成関数の微分に慣れていると原始関数は直接計算でも導出可能と言える部類の関数です。

1.合成関数の微分を考慮して直接計算で積分する場合

上記の関数の積分を直接計算する時には、例えば次のようにします。

$$\frac{d}{dx}\large{e^{x^2}}=2x\large{e^{x^2}}なので\int\large{xe^{x^2}}dx=\frac{1}{2}\large{e^{x^2}}+C$$

$$\frac{d}{dx}\mathrm{ln}(|\mathrm{ln}x|)= \frac{1}{x}\frac{1}{\mathrm{ln}x}=\frac{1}{x\mathrm{ln}x}なので\int\frac{1}{x\mathrm{ln}x}dx=\mathrm{ln}(|\mathrm{ln}x|)+C$$

正接関数 tanxについても、実は対数関数を使って原始関数を導出できます。

$$\frac{d}{dx}\mathrm{ln}|\cos x|=-\frac{\sin x}{\cos x}=-\tan xであるから\int\tan x dx=-\mathrm{ln}|\cos x|+C$$

つまり、(dg/dx)f(g(x))の形になっている関数は、
合成関数の微分を考える事で原始関数を見つけて積分を直接計算できるわけです。

ところで(dg/dx)f(g(x))という関数の形は、変数を取り換えると(dg/dw)f(g(w))となり、x=g(w)とすれば(dg/dw)f(g(w))=(dx/dw)f(g(w))です。
つまり、置換積分の公式の「積分の中身」の形になっています。
その事が、置換積分によっても計算が可能である事と関係しています。

2.置換積分を使う場合

直接計算が少し分かりにくければ置換積分を使う事もできます。
ただし、ここでの例のような場合はいずれもw=h(x)の形をまず考えるタイプの計算になります。

例えば、上記の指数関数の例ではw=x,対数関数の例ではw=lnx、
正接関数の場合はw=cosxと置きます。

ここでx=g(w)の形の逆関数を考えると、例えばlnx=wに対してはx=eですが、逆三角関数などを考えるのは微分の計算もある事を考えるとちょっと面倒そうです。

このような場合、微分に関してはxに関して行ったほうが最初の計算は簡単です。

$$\frac{d}{dx}x^2=2x\hspace{15pt}\frac{d}{dx}\mathrm{ln}x=\frac{1}{x}\hspace{15pt}\frac{d}{dx}\cos x=-\sin x$$

すると、ここでの例は「特別な場合」である事は強調される必要はありますが、
xでの微分の結果(つまりdw/dx)が原始関数を導出したい関数の一部に実は含まれています。
例えば\(\large{xe^{x^2}}\)において、xはxの微分を定数係数を乗じた形です。
(※そこまで分かると前述の直接計算も可能になます。)
さらに、逆関数の微分公式によりdw/dx=1/(dx/dw)ですから、
置換積分を行う時に「掛け算で1にする」事ができます。

上記の指数関数が含まれる例では次のようになります。

$$\large{w=x^2 とおくとxe^{x^2}}=\frac{1}{2}\frac{dw}{dx}e^wなので、$$

$$\int\large{xe^{x^2}}dx=\frac{1}{2}\int\frac{dw}{dx}e^w\frac{dx}{dw}dw=\frac{1}{2}\int e^wdw=\frac{1}{2}e^w+C=\frac{1}{2}\large{e^{x^2}}+C$$

式の途中計算で分かるように、置換積分の公式で使用するdx/dwがdw/dxに乗じられる事で1になって積分計算が簡単になっているわけです。もちろん、この関数はそのようになる「特別な形」をしているのでそのようにできます。

対数関数の逆数が含まれる例では次の通りです。

$$\large{w=\mathrm{ln}x とおくと\frac{1}{x\mathrm{ln}x}}=\frac{dw}{dx}\frac{1}{w}なので、$$

$$\int\frac{1}{x\mathrm{ln}x}dx=\int\frac{dw}{dx}\frac{1}{w}\frac{dx}{dw}dw=\int\frac{1}{w}dw=\mathrm{ln}|w|+C=\mathrm{ln}(|\mathrm{ln}x|)+C$$

正接関数では次のようになります。

$$w=\cos x とおくと\tan x=\frac{\sin x}{\cos x}=-\frac{dw}{dx}\frac{1}{w}なので、$$

$$\int\tan x dx=-\int\frac{dw}{dx}\frac{1}{w}\frac{dx}{dw}dw=-\mathrm{ln}|w|+C=-\mathrm{ln}|\cos x|+C$$

これらの場合においては、置換積分を使ったほうが分かりやすいかどうかは人によって感じ方が違うでしょう。分かりやすいほうで理解したほうがよいと思われます。

ビオ・サバールの法則【電流素片が作る磁場の式】

ビオ・サバールの法則とは電流が作る磁場の大きさと向きを表す法則です。
電流が作る磁場を表現する法則としてはアンペールの法則もありますが、特定の条件下でビオ・サバールの法則とアンペールの法則は等価である法則となります。

数式的には外積ベクトル(ベクトル積)を使って表現されるものであり、向きも含めて電流の向きと発生する磁場の関係が表現されます。(電流・磁場・力の関係を表す「ローレンツの力」も同様に外積ベクトルを使って表現されます。そしてその事は、ビオ・サバールの法則と無関係では無いという物理学的な見方があります。)

※ビオ・サバールの法則で表されるBという量は、電磁気学では
「磁束密度」と考える方式と、「磁場」と考える方式の2つが混在しています。
当サイトでは、後者の「磁場」と捉える方式で説明しています。
これは電場や磁場等の「場」を力として定義する考え方に由来しています。
前者のBを磁束密度とする方式では、真空中の「磁場」をH=B/μと定義します。(ベクトルの場合も同じです。)

電磁気学での位置付け

ビオ・サバールの法則は磁場に関する法則ですが、電場で言えばクーロンの法則に対応する法則です。

磁場についてもクーロンの法則というのは実はあるのですが(後述します)、磁場に関する法則としてはビオ・サバールの法則が基本的な法則であると考えられる事が多いです。

しかしビオ・サバールの法則は、クーロンの法則(電場、磁場に関して共に)と比較すると式の形が複雑でなかなか計算もしづらいともよく言われます。実際、数式としての表され方も外積ベクトルを含む形になっており、他の電磁気学の諸法則と比べると直接的には少し扱いにくい面はあると言えます。
しかしビオ・サバールの法則には、直線電流に限らず「任意の形状」の電流が作る回路による磁場を向きも含めて表現するという意味合いががあります。

それに対して、アンペールの法則も磁場に関する法則ですが「磁場の回転(および閉曲線上での接線線積分)と電流の関係」を表す式になります。ビオ・サバールの法則そのものには回転の情報は入っておらず。むしろ「ベクトルとしての磁場を電流を使って直接計算する形」をしています。また、磁場に関するガウスの法則もやはり磁場についての法則ですが、そちらは磁場の「発散(div)」に関する法則です。

磁気と磁場に関する諸法則の中での位置付け
  • 磁場に関するクーロンの法則:磁気を帯びた物体同士に働く力を記述
  • アンペールの法則:磁場の回転および閉曲線の接線線積分と、電流との関係を表す
  • 磁場に関するガウスの法則:磁場(静磁場)の発散を表現(ゼロになる)
  • ビオ・サバールの法則:任意の形状の電流が作る回路による磁場を、向きも含めてベクトルとして表現する

これらの他に磁場に関係する重要な法則の例としては磁場中で動く電荷に働くローレンツ力や、磁場の変化により起電力が生じる電磁誘導などがあります。
ビオ・サバールの法則に特に関連が深いのはアンペールの法則です。
ただし他の法則に対しては全く無関係かというとそうではなく、つながりは持っています。
例えば磁場に関するクーロンの法則とビオ・サバールの法則の間接的な関係は、数式的に考察する事が可能です。

ビオ・サバールの法則は物理学での「法則」ですので、本質的にはそれを1つの「事実」と考えて必要に応じて使えばよいという性質のものです。
ただし、この法則は単独で実験データのみから得られる式であるというよりは、別の実験事実や理論を数式的に整理して改めて1つの法則と考える見方もできます。

そこで、この記事の後半ではビオ・サバールの法則を「導出」する2つの考え方も紹介します。そこではローレンツ力、磁場に関するクーロンの法則、ベクトルポテンシャル(間接的にアンペールの法則とガウスの法則)とビオ・サバールの法則との関係を物理学的な見方も含めて数式で説明します。

ビオ・サバールの法則の式

ビオ・サバールの法則とは数式としては次のように電流とそれによって作られる磁場(基本的には静磁場)の定量的な関係を、外積ベクトルを使って表現したものです。

ビオ・サバールの法則(基本の形)

大きさ\(I\)[A]の定常電流と、
向きも含めた導線の微小部分の長さ\(d\overrightarrow{l}\)による「電流素片」\(Id\overrightarrow{l}\)を考えます。
電流素片から磁場を考える位置(x,y,z)までの距離と大きさを表す\(\overrightarrow{r}\)、
および(x,y,z)に作られる磁場\(d\overrightarrow{B}\)の関係は次のように表される事が分かっています。 $$d\overrightarrow{B}=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{Id\overrightarrow{l}\times \overrightarrow{r}}{r^3}$$ 電流密度ベクトル\(\overrightarrow{j}\)(大きさの単位は[A/m2])および
体積要素dvを使っても書けて、次のようになります。 $$\overrightarrow{j}dv=Id\overrightarrow{l}\hspace{5pt}により、$$ $$d\overrightarrow{B}=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{\overrightarrow{j}\times \overrightarrow{r}dv}{r^3}$$ $$\left(いずれの場合も\left|\overrightarrow{r}\right| =r\hspace{5pt}と表記しています。\right)$$

電流素片\(Id\overrightarrow{l}\)の事は「電流要素」と呼ぶ事もあります。

ビオ・サバールの法則には見かけ上分母に距離の3乗が入っていますが、1つは位置ベクトルを「方向だけを表す単位ベクトル」として表すために付けているだけなので本質はrの「2乗」です。もしベクトルの大きさ(「強度」とも言う)だけに着目するなら、電流素片のベクトルと位置ベクトルのなす角をΘとして次の形になります。

$$\left| \frac{\overrightarrow{r}}{r}\right|=1\hspace{5pt}に注意して、\hspace{5pt}\left|d\overrightarrow{l}\times \frac{\overrightarrow{r}}{r}\right|=dl\sin\theta\hspace{5pt}であるから$$

$$dB=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{Idl\sin\theta}{r^2}=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{j\sin\theta dv}{r^2}$$

参考1:外積ベクトル(「ベクトル積」「クロス積」)の図での位置関係
参考2:平行四辺形の面積をベクトルで表したときの式

また、後述する事にも関係しますがビオ・サバールの法則の係数μ/(4π)は磁場に関するクーロンの法則の比例定数や、静磁場のベクトルポテンシャルを積分で表した式における係数と同じものになっています。

実際にこの法則を使って具体的な計算をする時には基本的に積分の形にします。
電流素片を集めて積分にする場合には
「曲線状の積分路に対して外積を微小量とした積分(内積ではなく)」を考えて、
電流密度を使った式の場合には体積積分を考えます。

いずれの場合も、ビオ・サバールの法則の基本の形に積分を付けて考えればよいのですが積分変数が何であるかには注意する必要もあります。磁場を考える座標は基本的には「積分の中では定数扱い」です。積分変数として考えるのは、積分の経路となる導線等における接線ベクトル(あるいはその始点の座標)を区別する必要があります。

混乱しやすい点をあらかじめ整理しておくと次のようになります。

  • 磁場に関しては「磁場を表すベクトル場」と、
    その始点となっている位置座標の2つを考えている。
  • 電流が生じている導線等においても「電流素片のベクトル」(向きは導線の接線ベクトル)と、
    その始点となっている位置座標の2つを考えている。電流密度ベクトルを考えている場合も同じです。
ビオ・サバールの法則(積分にした形)

考える磁場\(\overrightarrow{B}\)の始点となる位置を\(\overrightarrow{R_B}=(x,y,z)\)とおき、
\(d\overrightarrow{l}\)および\(\overrightarrow{j}\)の始点となる位置を\(\overrightarrow{R_L}=(X,Y,Z)\)として
積分変数を\(X,Y,Z\)とする時、\(\overrightarrow{r}=\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_L}\) であるもとで
ビオサバールの法則に対する積分は次式で書けます。 $$\overrightarrow{B}(x,y,z)= \frac{\mu_0I}{4\pi}\int_C \frac{d\overrightarrow{l}\times \overrightarrow{r}} {r^3}$$ 電流密度ベクトルを使った場合の式も、\(dv=dXdYdZ\) のもとで次のように積分を書けます。 $$\overrightarrow{B}(x,y,z)= \frac{\mu_0}{4\pi}\int_V \frac{\overrightarrow{j}\times \overrightarrow{r}} {r^3}dv$$ $$\left(\left|\overrightarrow{r}\right| =\left|\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_L}\right|=r\hspace{5pt}と表記しています。\right)$$ 電流は大きさがI[A]で一定の定常電流であるとしています。
電流密度ベクトルは各位置で異なるベクトルになります。
前者の電流素片から作ったほうの積分(積分の経路をCとしているほう)は、
「接線線積分ではない」のでストークスの定理による直接変形はできないので注意。

変数の表記については\(\overrightarrow{B}(x,y,z)=\overrightarrow{B}\left(\overrightarrow{R_B}\right)\)のようにも書けます。

多少煩雑になりますが変数などをより明確にして書くなら次のようになります。

$$\overrightarrow{B}\left(\overrightarrow{R_B}\right)=\overrightarrow{B}(x,y,z)=
\frac{\mu_0I}{4\pi }\int_C
\frac{d\overrightarrow{l}\left(\overrightarrow{R_L}\right)\times \left(\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_B}\right)}
{\left|\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_L}\right|^3}$$

$$=\frac{\mu_0I}{4\pi }\int_C
\frac{d\overrightarrow{l}(X,Y,Z)\times \left(x-X,y-Y,z-Z\right)}
{\left(\sqrt{(x-X)^2+(y-Y)^2+(z-Z)^2}\right)^3}$$

(※ただし、もしこの形の積分を普通の定積分として具体的に計算するなら基本的に3変数としてではなく曲線Cの各位置に対応するパラメーターとしての1つの実変数が必要になります。)

電流密度を使った場合も、「敢えて書くと」次式です。
(積分の区間の端点についてはてきとうな文字で置いています。)

$$\overrightarrow{B}(x,y,z)=
\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V
\frac{\overrightarrow{j}\left(\overrightarrow{R_L}\right)\times \left(\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_B}\right)dv}
{\left|\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_L}\right|^3}$$

$$=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_a^b\int_c^d\int_u^w
\frac{\overrightarrow{j}(X,Y,Z)\times \left(x-X,y-Y,z-Z\right)}
{\left(\sqrt{(x-X)^2+(y-Y)^2+(z-Z)^2}\right)^3}dXdYdZ$$

しかし次に具体例で説明するように、なるべく簡単なモデルを考えて変数の撮り方も工夫する事によって積分は3変数ではなく1変数で計算できる事もあります。

具体的にビオ・サバールの法則で計算をする例

実際問題としてビオ・サバールの法則から積分で直接的に磁場のベクトルを計算する場合には、できるだけ分かりやすい図のモデルを用意して「方向」と「大きさ」も分けて考えて、角度を変数として考えれるように変数変換する事で(1変数の積分で)計算をするといった工夫をしたりします。

比較的簡単な例として、直線状の導線上における定常電流が導線の周囲に作る磁場をビオ・サバールの法則を使って計算してみます。積分する範囲も「曲線」ではなくて直線で考えて、さらに電流も当然それに沿った向きなので、積分に関してはベクトルではなくて1変数の積分区間として考えてしまうわけです。(図での位置関係に関してはベクトル的な関係も考慮する必要があります。)

積分をする前に、法則の基本となる形のほうで状況を整理します。電流の向きを画面上の左から右に向かう方向にとると、ビオ・サバールの法則が言うには磁場の方向は「電流素片のベクトル×導線から磁場の位置までのベクトル」という外積ベクトルの方向であるから、「画面奥から画面手前」の向きです。そこで、向きは確定したので次は大きさだけを見るという流れになるのです。

  1. まず磁場の「向き」を確定させます。(ビオ・サバールの法則により外積ベクトルの向き。)
  2. 次に、磁場の大きさだけを積分で計算します。

磁場を考える位置から導線に向かって垂線をおろして、その足(交点)を原点とします。そして、そこから磁場を考える位置までの距離をRとします。このRは定数です。

大きさだけに着目すると、平面幾何的な角度の関係に注意すると次の式が成立します。これは前述の、ベクトルの大きさだけに着目した場合のビオ・サバールの法則の式です。法則の外積ベクトルに由来する角度をΘとして、計算をしやすくするために補足的に考えた「原点・磁場を考える位置・電流素片(の始点)の位置」で作られる角度ωとしています。

$$dB=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{Idl\sin\theta}{r^2}=\frac{\mu_0I}{4\pi r^2}\sin\left(\omega+\frac{\pi}{2}\right) dl=\frac{\mu_0I}{4\pi r^2}\cos\omega\hspace{3pt} dl$$

途中計算には三角関数の公式を使用しています。

この電流の向きと磁場を考える位置(画面において直線電流の上側)を決めると、磁場の向きがまず「画面に対して垂直に、画面奥から画面手前」に確定します。
残りの積分計算は磁場ベクトルの「大きさ」に関してだけ考察する事になります。

ここで、積分する時の変数は導線の長さを表す位置ですが、これは1変数として扱えます。しかし図の位置関係から、ωやrは変数\(l\)に対して独立ではないので定数扱いはできない事になります。
この場合では、ωやrを\(l\)に変換するよりも、統一してωの関数に変換して積分をするほうが簡単です。ただし、この変換をする時は最初から微小量で考えるのではなく、普通の関数として考えてから微分をする必要がありますので注意。

定積分を\(l\)=aからbまで行うとして、対応するωをω1 とω2とします。

\(\left|\overrightarrow{B}\right|=B\) とすると、計算は次のようになります。

$$\cos\omega=\frac{R_0}{r}\Leftrightarrow \frac{1}{r}=\frac{\cos\omega}{R_0}\hspace{15pt}l=R_0\tan\omega\hspace{15pt}\frac{dl}{d\omega}=\frac{R_0}{\cos^2\omega}\hspace{3pt}であるので、$$

$$B=\int_a^bdB=\int_a^b\frac{\mu_0I}{4\pi r^2}\cos\omega dl=\frac{\mu_0I}{4\pi }\int_{\omega 1}^{\omega 2}\frac{\cos^2\omega}{R_0\hspace{1pt}^2}\cos\omega\frac{dl}{d\omega}d\omega$$

$$=\frac{\mu_0I}{4\pi }\int_{\omega 1}^{\omega 2}\frac{\cos^3\omega}{R_0\hspace{1pt}^2}\frac{R_0}{\cos^2\omega}d\omega=\frac{\mu_0I}{4\pi R_0}\int_{\omega 1}^{\omega 2}\cos\omega d\omega$$

$$=\frac{\mu_0I}{4\pi R_0}(\sin\omega_2 -\sin\omega_1)$$

使用した微分に関する公式等は次の2つです。

式が一見込み入るようですが丁寧に計算すると単独の余弦関数を積分すればよいだけになり、このように結果を出せるわけです。この結果でω→-π/2とω→π/2の極限を考えると、
「導線が無限に(十分に)長いとみなせる場合」の結果となり、またアンペールの法則から計算した結果にも一致するようになります。

このように、想定するモデルを工夫すると一見複雑であるビオ・サバールの法則の式の計算を、通常の1変数の定積分にまで簡略化できたりするわけです。こういった手法は電磁気学で(あるいは物理学全般で)使用され、物理現象の考察に活用されます。

法則の由来①:ローレンツ力や磁場に関するクーロンの法則等の組み合わせによる帰結と解釈する方法

電流と磁場の関係については次のような事実が実験によって知られています。

  • 直線電流の周りには環状の磁場が作られる。(エールステッドによる実験)
  • 電流が生じている2本の平行導線には互いに力が働く。
    2つの導線の電流が同じ向きなら引力であり、
    向きが互いに逆なら力は斥力(反発する力)。(アンペールなどによる実験)
  • 磁場の中で運動している電荷は力を受ける。(「ローレンツの力」)
  • 磁気を帯びた物体同士には電気を帯びた物体同士同様の力が働く。
    (磁場に関するクーロンの法則)

直線電流が作る環状の磁場は、アンペールの法則から得られる結果の1つと捉える事が可能です。

これらの実験事実やその理論の組み合わせの帰結としてビオ・サバールの法則の式が得られるという物理学的な解釈の方法があります。ここではその導出過程を詳しく見ます。

電流が生じている平行な導線(以下、簡単のために「平行電流」と書きます)の相互に働く力は、2つの電流の大きさのそれぞれに比例し、導線の長さにも比例し、さらに平行電流間の距離dに反比例するというデータが得られていました。

平行電流に働く力は、電流による環状磁場とローレンツの力の組み合わせで生じるという見方ができます。さらに、そこに磁場に関するクーロンの法則を組み合わせて少し考察するとビオ・サバールの法則を積分したものと同じ形の式ができます。そしてそれがビオ・サバールの法則の電流素片による表記の由来となっていて、法則が成立する理論的な裏付けの1つであるという見方も可能であるわけです。

平行電流に互いに働く力(実験事実)

大きさ\(I_1\)[A]の\(I_2\)[A]の定常電流が2本の平行導線にそれぞれ生じている。
(片方の向きの電流をプラス、その逆方向の電流をマイナスとします。)
これらの平行電流の間隔をR[m] とする時、それぞれの導線のdl[m] 部分に働く力 dF[N] は次のようになります。 $$dF=\frac{\mu_0}{2\pi}\frac{I_1I_2dl}{R}\left(=\frac{\mu_0}{4\pi}\frac{2I_1I_2dl}{R}\right)$$ 2つの電流の符号が同じなら力はプラス(引力)、異符号なら力はマイナス(斥力)です。
これは電荷に働く電気力(クーロン力)と同じ考えです。
比例定数については他の法則等との整合性等の理由でこのような形になっていますが、もちろん実験値がもとになっています。

ローレンツの力

磁場中の電気量\(q\)[C]の電荷が速度\(v\)[m/s]で動いている時には電荷は力を受け、次式で表されます。 $$\overrightarrow{F}=q\overrightarrow{v}\times\overrightarrow{B}$$ 電荷は電場からも力を受けるので、より一般的には次式で書けます。 $$より一般的な形:\overrightarrow{F}=q\left(\overrightarrow{E}+\overrightarrow{v}\times\overrightarrow{B}\right)$$ 電場と磁場を「力」によって定義するやり方は、このローレンツの力を基本に場を定義していく方法です。

磁場に関するクーロンの法則

磁気量\(q_1\)[Wb]および\(q_2\)[Wb]の磁気を帯びた2つの物体に働く力の大きさfは互いの距離r[m]の2乗に反比例し、次のように書けます。 $$大きさ:f=\frac{kq_1q_2}{r^2}=\frac{\mu_0q_1q_2}{4\pi r^2}$$ 1[Wb]の仮想的な「磁荷」がq[wb]の磁気量の磁気から受ける力(=磁場)は、ベクトルで書くと次のようになります。 $$\overrightarrow{F}=\frac{kq\overrightarrow{r}}{r^3}=\frac{\mu_0q\overrightarrow{r}}{4\pi r^3}$$ 磁気量の単位は、ここでのビオ・サバールの法則に関する考察ではそれほど重要ではありませんが「ウェーバー」[Wb]になります。

まず電荷密度ρがある速度で動いている時に、これを電流密度として解釈します。ローレンツの力は磁場中で導線自体が動いている時に働く力でもありますが、導線に沿って電荷が動いて流れになっている(すなわち電流が発生している)時にも同様に成立すると見るわけです。

$$\overrightarrow{j}=\rho\overrightarrow{v}$$

これを、単位体積(1m)当たりで考えたローレンツの力の磁場だけの式に代入します。

$$\overrightarrow{F}=\rho\overrightarrow{v}\times\overrightarrow{B}=\overrightarrow{j}\times\overrightarrow{B}$$

これは1mの式なので、S [m]×dl[m]=Sdl[m](これは外積ではなく普通の掛け算)の場合を書きます。ここではSdlという量はスカラー扱いになりますから、特に順番も気にせずに単に乗じれば良い事になります。その場合の力を\(d\overrightarrow{F}\)とします。

$$d\overrightarrow{F}=\overrightarrow{j}\times\overrightarrow{B}Sdl=\left(S\overrightarrow{j}\right)\times\overrightarrow{B}dl$$

ここでの電流密度は「電荷密度×速度」で最初考えましたが、これを「電流ベクトル×面積」で表します。普通、電流はベクトルでは考えませんがここでは敢えて電流密度ベクトルに合わせたものを考えるという事です。

$$\overrightarrow{j}=\frac{\overrightarrow{I}}{S}\Leftrightarrow \overrightarrow{I}=S\overrightarrow{j}により、$$

$$d\overrightarrow{F}=\left(S\overrightarrow{j}\right)\times\overrightarrow{B}dl=\overrightarrow{I}\times\overrightarrow{B}dl$$

ここでdlはスカラーとしてきたわけですが「大きさはdlで方向は電流ベクトルに等しいベクトル」を改めて\(d\overrightarrow{l}\)とします。これを使うと「電流ベクトル」の向きはそのベクトルに含めてしまって、電流をスカラーとして扱えます。

$$d\overrightarrow{F}=\overrightarrow{I}\times\overrightarrow{B}dl=\left(dl\overrightarrow{I}\right)\times\overrightarrow{B}ですが、$$

$$dl\overrightarrow{I}=Id\overrightarrow{l}となるd\overrightarrow{l}を考える事ができるので$$

$$d\overrightarrow{F}=\left(dl\overrightarrow{I}\right)\times\overrightarrow{B}=Id\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{B}$$

この式は、途中で考えていた「断面積S」が小さい値であるとすると一般的な導線における状況と解釈する事ができて、「電流素片が磁場から受ける力」と捉える事ができます。

次に、これを磁場に関するクーロンの法則と組み合わせます。

電流が生じている導線があって、曲線Cの形をしているとします。そこから離れた位置に磁気量q[Wb] の磁気を帯びた小さな物体があるとして、近似的に点とみなせるとします。この物体は周囲に磁場を作り、大きさ等は磁場に関するクーロンの法則を使うとします。そこで物体から曲線C上のある電流素片の位置までのベクトルを\(\overrightarrow{R}\)とすると、電流素片が受ける力は次のように書けます。

$$d\overrightarrow{F}=Id\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{B}=Id\overrightarrow{l}\times\frac{kq\overrightarrow{r}}{R^3}=kqI\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{R}}{R^3}$$

$$曲線C全体では、積分して\overrightarrow{F}=kqI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{R}}{R^3}$$

形としてはかなりビオ・サバールの法則に近くなったように見えます。しかし、ここで考えている磁場は磁気を帯びた物体が作る磁場であって、電流が作る磁場ではないので注意。また、得られている式が表す量も「磁場によって電流素片が受ける力」です。磁場は、1[Wb] の磁気量を持つ試験磁荷(仮想的ですが)が他の物体由来の磁気から受けるです。

では次にどのように考えるのかというと、電流が磁場を発生させる事はエールステッドの実験や平行電流に関する考察から事実と受け取れるので、曲線C上の電流素片もまた周囲に磁場を作ると考えられます。さらにその磁場は、磁気を帯びた物体に力を及ぼすはずです。

ここで、数学ではなく物理的な見方になりますが力学の作用反作用の法則が、ここでも成立するはずだと見ると「電流素片がq[wb]の磁気量の物体に及ぼす力」は「q[wb]の磁気量の物体が電流素片に及ぼす力」と大きさは同じで向きが逆の力ベクトル(数式ではマイナス符号が付く)になっていると予想できます。電流素片が作る磁場を\(\overrightarrow{B_I}\)とすると、磁気を帯びた物体が受ける力は\(q\overrightarrow{B_I}\)となります。そこで、これがさきほどの「q[wb]の磁気量の物体が電流素片に及ぼす力」にマイナス符号を付けたものだとして式を作ると次式です。

$$q\overrightarrow{B_I}=-kqI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{R}}{R^3}$$

$$\Leftrightarrow \overrightarrow{B_I}=-kI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{R}}{R^3}$$

さらに、\(\overrightarrow{R}\)は「物体から電流素片」へのベクトルでしたから、「電流素片から物体」に向けてのベクトルとして\(\overrightarrow{r}=-\overrightarrow{R}\)に置き換えます。

$$ \overrightarrow{B_I}=-kI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{R}}{R^3}=-kI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\left(-\overrightarrow{r}\right)}{r^3}=kI\int_C\frac{d\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{r}}{r^3}$$

$$=k\int_C\frac{Id\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{r}}{r^3}=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_C\frac{Id\overrightarrow{l}\times\overrightarrow{r}}{r^3}$$

つまり、電流素片に関するビオ・サバールの法則を曲線Cに関して積分した式と全く同じものが得られました。この事から、もとのビオ・サバールの法則の式が成立する事の「理論的根拠」も得られたと捉える事もできるわけです。

この捉え方のもとでは、ビオ・サバールの法則の「距離の2乗に反比例」(ベクトル表記の時に書かれる3乗というのは形式上なので本質は2乗)という部分は磁場におけるクーロンの法則と同じ由来のものであり、外積の形になっている事はローレンツの力に由来すると考える事ができます。

ところで、この考察のもとで得られた「ビオ・サバールの法則の式」に含まれる比例定数は磁場に関するクーロンの法則における比例定数由来のものです。他方で、ビオ・サバールの法則を使うと直線電流が作る磁場の理論値を計算できて、実験によって得られた定量的な数値を再現できます。
そしてこの事から、磁場に関するクーロンの法則の比例定数と直線電流が作る磁場の比例定数は偶然にも値が等しくなるというよりは、そのようになる理論的な根拠もあるという解釈もできるようになります。

法則の由来②:ベクトルポテンシャルから導出する方法

他方で、アンペールの法則のほうがまず成立していると考えて、静磁場のベクトルポテンシャルからビオ・サバールの法則の式を導出するという事もできます。電流密度を使ったほうのビオ・サバールの法則を積分で書いた式は、ベクトルポテンシャルを表す式に何となく形が似ています。そしてそれは偶然ではなくきちんと関係があると解釈できるという事です。

まず(静磁場の)ベクトルポテンシャルの式は次のような形です。

$$\overrightarrow{A}(x,y,z)=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j}}
{r}dv$$

$$\left(\overrightarrow{R_B}=(x,y,z),\hspace{5pt}\overrightarrow{j}の各始点\overrightarrow{R_L}=(X,Y,Z)\hspace{3pt}のもとで\hspace{3pt}r=\left|\overrightarrow{r}\right| =\left|\overrightarrow{R_B}-\overrightarrow{R_L}\right|\right)$$

次に「ベクトルポテンシャルの回転が静磁場になる」ので、回転 rot を考えます。ただし、偏微分を行う対象はベクトルポテンシャルのほうですからここでの変数で言うと(x,y,z)のほうです。積分変数として考えている(X,Y,Z)ではありません。
そこで、ここではその事を強調して回転の記号を rotA と書いておきます。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}であり、x,y,zでの偏微分を行う事を強調し回転を\mathrm{rot_A}と書くと$$

$$\overrightarrow{B}=\mathrm{rot_A}\overrightarrow{A}=\mathrm{rot_A}\left(\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j} }{r}dv\right)$$

$$\mathrm{rot_A}=\left( \frac{\partial A_3}{\partial y}-\frac{\partial A_2}{\partial z},\hspace{3pt}\frac{\partial A_1}{\partial z}-\frac{\partial A_3}{\partial x},\hspace{3pt}\frac{\partial A_2}{\partial x}-\frac{\partial A_1}{\partial y}\right)\hspace{10pt}dv=dXdYdZ$$

前述のように、回転における偏微分を行う変数は積分変数ではなく「ベクトルポテンシャルを考えている位置を表す3変数」です。
そこで、積分を考える範囲で電流密度の分布と関数形が連続的なものであれば、積分変数でない変数で「積分の中身」を微分しても結果に影響を与えません。(※数学の解析学的な補足説明は後述。)

$$\overrightarrow{B}=\mathrm{rot_A}\left(\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j} }{r}dv\right)=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\mathrm{rot_A}\frac{\overrightarrow{j} }{r}dv$$

さてそこで、ベクトル解析における簡単な公式を2つほど使用して変形を行います。

使う公式2つ

スカラー場φ(x,y,z)と定ベクトル\(\overrightarrow{c}\)の積に対する回転に対して次式が成立します。 $$\mathrm{rot}\left(\phi\overrightarrow{c}\right)=\mathrm{grad}\phi\times\overrightarrow{c}=-\overrightarrow{c}\times\mathrm{grad}\phi$$ $$ナブラを使うなら\nabla\times\left(\phi\overrightarrow{c}\right)=\nabla\phi\times\overrightarrow{c}=-\overrightarrow{c}\times\left(\nabla\phi\right)$$ この公式における右辺側のクロス「×」は外積(ベクトル積)であり、
ナブラ記号を使った場合には左辺のクロスはあくまで「回転の意味」の記号の一部です。
また、外積の計算では順序を入れ換えると符号が反転する事に注意。

そしてもう1つの公式として、\(\overrightarrow{R}=(x,y,z)\)で\(r=\left|\overrightarrow{r}\right|\)とする時、次式が成立します。 $$\mathrm{grad}\frac{1}{R}=-\frac{\overrightarrow{R}}{R^3}$$ $$あるいは\nabla\frac{1}{R}=-\frac{\overrightarrow{R}}{R^3}$$ この公式は、各変数に定数を加えた形の\(\overrightarrow{r}=(x+c_1,y+c_2,z+c_3)\)に対しても成立します。
証明に関しては、いずれも丁寧に直接計算をすれば結果の式を得ます。
またこれら2つの公式はいずれも、もう少し一般的な別の特別な場合とみなす事もできます。

公式の証明では、外積ベクトルを成分で書く時の順番に注意。

さきほどの計算に戻ると、まず電流密度ベクトルは定ベクトルとみなせます(変数はX,Y,Zであり、これらはx,y,zから見ると定数とみなせるので。)そして分母のrについては計算上x,y,zに関するスカラー場と見なせますので1つ目の公式を適用できます。この時の外積の順序は電流密度ベクトルを先にしておきます。つまり公式で言うとマイナス符号が付いたほうを使います。

$$\mathrm{rot_A}\frac{\overrightarrow{j} }{r}dv=-\overrightarrow{j}\times\mathrm{grad}\frac{1}{r}$$

つまり、式の演算としては回転がなくなって外積に変わっているわけです。

ビオ・サバールの法則の式の形に近づいていますが、代わりに勾配 grad が入ってしまっています。
そこで\(\overrightarrow{r}=(x-X,y-Y,z-Z)\)において同じくX,Y,Zを定数とみなせば、公式を適用できて次式が成立します。

$$\mathrm{grad}\frac{1}{r}=-\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}$$

これによって数式上、勾配もなくなります。
整理すると、磁場が電流密度を用いたビオ・サバールの法則を積分で書いた形で表せる事になります。

$$\overrightarrow{B}=\mathrm{rot_A}\overrightarrow{A}=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\mathrm{rot_A}\frac{\overrightarrow{j} }{r}dv$$

$$=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V- \overrightarrow{j}\times \mathrm{grad}\frac{1}{r}dv= \frac{\mu_0}{4\pi}\int_V- \overrightarrow{j}\times \left(-\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}\right)dv$$

$$=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V \overrightarrow{j}\times \frac{\overrightarrow{r}}{r^3}dv= \frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j}\times\overrightarrow{r}}{r^3}dv$$

この式で表される磁場はベクトルポテンシャルと同じくx,y,zによるベクトル場です。
つまり\(\overrightarrow{B}=\overrightarrow{B}(x,y,z)\)です。

以上の事は、アンペールの法則(変位電流を含まない形)が成立する→静磁場のベクトルポテンシャルを放射ゲージ条件のもとで式で表せる→ビオ・サバールの法則を積分した形の式が成立するという流れです。そのため、ビオ・サバールの法則をアンペールの法則から導出するという見方とも言えます。
また、ベクトルポテンシャルを考えるうえでは磁場に関するガウスの法則も前提条件でしたから、上記の導出方法によれば磁場に関するガウスの法則も間接的に関わっていると言えます。

【※数学の解析学的な事項に関する補足】
「積分変数でない変数に関する微分は、積分全体で行っても積分の中身でも行っても結果に影響しない」という命題は数学では積分記号下の微分とかパラメータを含む積分に関する微分とか呼び名がいくつかありますが、数学的には自明な事ではなく本来はちょっとした考察が必要です。
これは基本的には2変数の場合の次の命題がもとになっています。
■命題:
xの定義域が閉区間[a,b]であり、yの定義域が[u,w]であるとする。
その領域内の任意の点(x,y)で関数f(x,y)が多変数における意味で連続であるならば
(その時関数は領域内で一様連続でもあって)次式が成立する。 $$\frac{\partial }{\partial y}\int_a^bf(x,y)dx=\int_a^b\frac{\partial }{\partial y}f(x,y)dx$$ より本質的にはこの命題は、
「有界な(=有限の範囲にある)閉集合内で連続な関数 は、その閉集合内で一様連続でもある」
という別の定理から得られる帰結になっています。
この定理は1変数でも多変数でも成立し、より一般的な線形変換の写像に対しても成立します。
同じ数学的議論は変数が増えた場合でも同様です。全ての変数に関して数学的な領域が有界閉集合であり、その任意の点において関数が連続であればよい事になります。(ただし、積分する範囲の端点に無限大などの不連続点がある広義積分の場合はさらに考察が必要になります。)
ところでベクトルポテンシャルの関数の形を見ると、分母に関してはベクトルポテンシャルの位置(x,y,z)と電流密度の分布(X,Y,Z)は重ならないように考えるのが普通ですから、
そのようにすればまず分母由来の不連続点はありません。そして電流密度の分布と関数形についても、領域内で連続であるものを想定する限りにおいては問題が発生しないという事になります。

静磁場のベクトルポテンシャル

静磁場では電場の場合のようにスカラーポテンシャルに相当する量を考えても統一的な物理的意味を与える事が難しくなります。(特に静磁場が電流により作られる場合。)

しかしその代わりに静磁場は発散が0になります(磁場に関するガウスの法則)。
そのため、任意の「ベクトル場の回転」の発散は0になるという公式と合わせて「回転が静磁場になるようなベクトル場」を考える事ができます。一般にそれをベクトルポテンシャルと呼びます。これはスカラーポテンシャルに対する用語というわけです。

■サイト内関連記事:

磁場に関するベクトルポテンシャルは計算を便利にするという意味合いもありますが、量子論などのように物理量としてポテンシャルのほうが重要になる場合などには本質的な重要性も持つようになったりします。

ベクトルポテンシャルとスカラーポテンシャルの関係

静磁場に対するベクトルポテンシャルを作れる数式的根拠

静電場の場合は、電位という「スカラーポテンシャル」を考えて「+1[C]の電気量の試験電荷の位置エネルギー」として物理的な意味付けもする事ができます。

それに対して静磁場の場合はポテンシャルを考える場合には普通、次のように考えます。

磁場に関するガウスの法則の微分形と、「任意のベクトル場の回転に対する発散は0になる」という公式をそれぞれ書きますと次のようになります。

$$(磁場に関するガウスの法則)\mathrm{div}\overrightarrow{B}=0$$

$$(公式)\mathrm{div}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{A}\right)=0$$

これらの式を見比べて、「回転が静磁場に等しくなるようなベクトル場」を考えます。それをベクトルポテンシャルと呼びます。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}となるような「ベクトルポテンシャル」\overrightarrow{A}を考えます。$$

「回転の発散はゼロになる」公式の証明

上記で使った公式の証明はベクトル場\(\overrightarrow{F}=(F_1,F_2,F_3)\) の回転と発散を直接計算すると得られます。ただし、F1, F2, F3 は対象の領域でそれぞれ2階まで偏微分可能であるとします(偏微分の順序を入れ換えてよい条件。通常の関数であればあまり気にしなくて問題無し)。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{F}=\left(\frac{\partial F_3}{\partial y}-\frac{\partial F_2}{\partial z},\frac{\partial F_1}{\partial z}-\frac{\partial F_3}{\partial x},\frac{\partial F_2}{\partial x}-\frac{\partial F_1}{\partial y}\right) なので$$

$$\mathrm{div}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\right)=\frac{\partial^2 F_3}{\partial x\partial y}-\frac{\partial^2 F_2}{\partial x\partial z}+\frac{\partial^2 F_1}{\partial y \partial z}-\frac{\partial^2 F_3}{\partial y\partial x}+\frac{\partial^2 F_2}{\partial z\partial x}-\frac{\partial^2 F_1}{\partial z\partial y}=0$$

静磁場に対するベクトルポテンシャルを考える場合は、偏微分を行う対象はベクトルポテンシャルのほうなので多価関数などの通常と異なる関数などを考えない限りは問題なくこの公式も成立します。

ベクトルポテンシャルの任意性(ゲージ不変性)

ところで、上記のように想定したベクトルポテンシャルは1つだけに定まるとは限らず、むしろ何の制限もなければ非常に多くのものが存在できるのです。

例えば次のようなものです。
あるベクトル \(\overrightarrow{A}\)が静磁場のベクトルポテンシャルになる事が分かったとしましょう。次に、そのベクトル場に渦無しの条件を満たす(つまり回転が0となる)別のベクトル場\(\overrightarrow{P}\)を加えます。すると、両者の合計\(\overrightarrow{A}+\overrightarrow{P}\)もまた「回転が静磁場を表す」ベクトル場となります。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}かつ\mathrm{rot}\overrightarrow{P}=0である時$$

$$\mathrm{rot}(\overrightarrow{A}+\overrightarrow{P})=\mathrm{rot}\overrightarrow{A}+\mathrm{rot}\overrightarrow{P}=\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}$$

すなわち、\(\overrightarrow{A}\) はベクトルポテンシャルであるけれども
\(\overrightarrow{A}+\overrightarrow{P}\)もまたベクトルポテンシャルであると言えるわけです。

「回転が0になる」ベクトル場の具体例は意外と簡単に見つける事ができます。普通の3変数関数を使う限りスカラー場に対しては公式 rot(gradφ)=0が成立するためです。(証明は成分ごとの直接計算により可能で、偏微分の順序入れ換えを使用。)「渦無し」の条件を満たすベクトル場としてはスカラー場の勾配と考えたほうが見通しがよくなる場合があります。

このようにベクトルポテンシャルを考えた時には複数の多くのベクトル場がそれに該当し得るわけで、言い換えると無条件では1つに限定できないという事も意味します。

上記の例のようにベクトルポテンシャルに対し1つのベクトル場を付け加える「自由度」がある時(回転=0となるものを加える場合は実質的に1つのスカラー場)、その事を指して「ゲージ不変性」と呼ぶ事があります。また、一定の条件のもとでゲージ不変性を利用してベクトルポテンシャルの変換を行う事をゲージ変換と呼びます。

$$「ゲージ変換」の1つ:\mathrm{rot}\overrightarrow{A}→\overrightarrow{A}+\mathrm{grad}\phi$$

$$(変換前と変換後とで、どちらも回転をとる操作で同じ静磁場を表します。)$$

関連して、ベクトルポテンシャルそのものに対して\(\overrightarrow{B}=\mathrm{rot}\overrightarrow{A}\) 以外に課す具体的な条件をゲージ条件と呼ぶ事があります(後述の「放射ゲージ条件」のように名前を付けて使う事が多い)。普通は、ゲージ条件を課す事によってゲージ変換の自由度が制限され、ベクトルポテンシャルも特定の形に制限されるようになります。

放射ゲージ条件(発散が0の条件)

様々なベクトル場がポテンシャルとしてあり得てしまうと理論的にかえって扱いにくくなる事もあるので、静磁場の理論においては「発散が0である」というゲージ条件を課します。
この条件を放射ゲージ条件、あるいはクーロンゲージ条件などと言います。
(「クーロンゲージの条件」のように言う事も。)

放射ゲージ条件(クーロンゲージ条件)

ベクトルポテンシャルに対して課す「発散が0である」という条件を
「放射ゲージ条件」または「クーロンゲージ条件」と言います。$$放射ゲージ条件:\mathrm{div}\overrightarrow{A}=0$$普通、静磁場のベクトルポテンシャルを考える場合にはこの放射ゲージ条件を付けて考えます。

放射ゲージ条件を考える場合もそうですが、基本的にはそれ以外の場合でもベクトルポテンシャルに対しては「回転が0」という条件は付けません。「ベクトルポテンシャルの回転が静磁場に等しい」という条件をまず大前提として考えていますから、ベクトルポテンシャルの回転が0であったらそれは「磁場が無い(ゼロベクトルである)」事を表すものでしかないためです。

$$静磁場においては\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}の条件も、そもそも存在します。$$

静磁場に対しては発散が常に0(静磁場に関するガウスの法則)であるわけですが、放射ゲージ条件は静磁場と同じ条件をベクトルポテンシャルに対しても考えていると見る事もできます。尚、大元の静磁場の発散が0になるという条件(物理的には「湧き出しを持たない事」)は数学上は実は重要で、ベクトルポテンシャルがベクトルとして存在できる事を保証する条件になっています。

放射ゲージ条件のもとでのベクトルポテンシャルの式

放射ゲージ条件を課した状態でベクトルポテンシャルに関する式を作ると、各法則による条件等から解を出せる微分方程式を作る事ができ、その解としてベクトルポテンシャルを具体的な式で表せます。(ただしそれでも式に積分が入ってしまいます。)

電流の周囲に同心円ごとに一定の静磁場ができる事を表すアンペールの法則を考えます。これは微分形で書くと磁場の回転が電流密度ベクトルに等しいという式になります。マクスウェル方程式全体を考える時には変位電場を考える必要がありますがそれは0であるものを考えます。

$$アンペールの法則(微分形):\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}$$

電流密度ベクトルとは、定量的には「単位面積当たり」の電流を
向きも含めて考えたベクトルです。【大きさで言うとj=I/S[A/m]】
普通、電気回路などでは電流の向きは電線に沿った1方向とその逆だけをプラスマイナスで表現すればよいのですが、電磁場も含めて電流を扱う場合にはまずは一般の3次元ベクトルとします。

アンペールの法則の式に、静磁場をベクトルポテンシャルで表した式を代入します。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{B}=\mu_0\overrightarrow{j}に\mathrm{rot}\overrightarrow{A}=\overrightarrow{B}を代入すると$$

$$\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{A}\right)=\mu_0\overrightarrow{j}$$

ところで、この場合においてはナブラを使って式を書いたほうが左辺を展開するうえで見通しがよくなります。「『ベクトル場の回転』の回転」に対する公式は存在するのですが、実は外積ベクトルの計算「『ベクトル同士の外積』との別のベクトルとの外積」に対する公式と形が一致するのです。
(ただし計算の順番に注意。\(\overrightarrow{P}\times\left(\overrightarrow{Q}\times\overrightarrow{R}\right)\) の順番での場合の公式に対応します。)

外積ベクトル(ベクトル積、クロス積)とベクトル場の回転の対応

ベクトル場の回転に対して、次の公式が成立します。 $$\nabla\times(\nabla\times\overrightarrow{A})=\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{A}\right)-\nabla^2\overrightarrow{A}$$ $$\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{A}\right)=\mathrm{grad}(\mathrm{div}\overrightarrow{A})\hspace{20pt}\nabla^2\overrightarrow{A}= \frac{\partial^2\overrightarrow{A}}{\partial x^2}+ \frac{\partial^2\overrightarrow{A}}{\partial y^2}+ \frac{\partial^2\overrightarrow{A}}{\partial z^2} $$ 対応する外積ベクトルの公式は次のようになります。 $$\overrightarrow{P}\times\left(\overrightarrow{Q}\times\overrightarrow{R}\right)=\overrightarrow{Q}\left(\overrightarrow{P}\cdot\overrightarrow{R}\right)-\left(\overrightarrow{P}\cdot\overrightarrow{Q}\right)\overrightarrow{R}$$ $$\overrightarrow{P}=\overrightarrow{Q}の時には\overrightarrow{P}\times\left(\overrightarrow{P}\times\overrightarrow{R}\right)=\overrightarrow{P}\left(\overrightarrow{P}\cdot\overrightarrow{R}\right)-\left|\overrightarrow{P}\right|^2\overrightarrow{R}$$

※「ベクトルであるという状態を保ちながら」各成分に対して
「2階の偏微分を3変数で行い和をとる」操作を表す記号は慣例としては∇しかなく、無理に grad, div 等で表す事も不可能ではないですがかえって式が複雑になります。
ただし、もし計算対象がスカラー場であれば∇φ= div(gradφ) として書けます。ベクトル場についても、成分ごとに見るなら例えば∇A= div(grad A1)のように書けるのです。

そこでナブラ記号を使って計算を進めると次のようになります。

$$\mathrm{rot}\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{A}\right)=\nabla\times(\nabla\times\overrightarrow{A})=\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{A}\right)-\nabla^2\overrightarrow{A}=-\nabla^2\overrightarrow{A}$$

$$\left( 放射ゲージ条件\nabla\cdot\overrightarrow{A}=0により\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{A}\right)=0\right)$$

$$よって、-\nabla^2\overrightarrow{A}=\mu_0\overrightarrow{j}\Leftrightarrow\nabla^2\overrightarrow{A}=-\mu_0\overrightarrow{j}$$

この式は成分ごとに見れば3つの偏微分方程式です。
これを数学的に解析する手段はありますが、物理学的に考える時はむしろ次のように解釈します。

今は静磁場について考えていますが、静電場のスカラーポテンシャル(電位)についても実は同じ形の式が成立するのです。具体的には、電場が電位の勾配を使って表される式をガウスの法則の微分形に代入します。

$$\overrightarrow{E}=-\mathrm{grad}\phi\hspace{5pt}かつ\hspace{5pt}\mathrm{div}\overrightarrow{E}=\frac{\rho}{\epsilon_0}\hspace{5pt}により、$$

$$-\mathrm{div}(\mathrm{grad}\phi)=\frac{\rho}{\epsilon_0}\Leftrightarrow\nabla^2\phi=-\frac{\rho}{\epsilon_0}$$

$$\left(\mathrm{div}(\mathrm{grad}\phi)=\mathrm{div}\left(\frac{\partial\phi}{\partial x},\frac{\partial\phi}{\partial y},\frac{\partial\phi}{\partial z}\right)=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+
\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+
\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}=\nabla^2\phi\right)$$

ところで無限遠(電荷から十分離れた位置)を基準にすれば電位φは点電荷に対して普通に計算ができて次のようになります。

$$\phi=\int_0^{\infty}\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{r}=\int_0^{\infty}\left|\overrightarrow{E}\right|dr=\frac{kQ}{r}$$

接線線積分の段階で見れば、点電荷が複数あってそれらが作る電場の合計\(\overrightarrow{E_1}+\overrightarrow{E_2}+\overrightarrow{E_3}+\cdots\) を考えたとしても項別の積分を行って加えれば良い事が分かります。つまり複数の点電荷による電位は個々の点電荷による電位の「重ね合わせ」(スカラーの和)で計算して良い事になります。そこで、電荷が連続的に分布しているとみなせて電荷密度ρで表せるとすると次のように積分を使って書けます。

$$\phi=k\int_V\frac{\rho}{R}dv$$

この積分において R は「電位を考える点(x,y,z)」と個々の微小領域dv(=dXdYdZ)の座標との距離です。

さて、そのように電位が表せるわけですが、
この直接計算によるφは同時に先ほどの微分方程式∇φ=-ρ/εを満たすわけです。
言い換えると「微分方程式の解になっている」という事になります。そして静磁場のベクトルポテンシャルに関しても成分ごとに見れば∇A=-jμという形であるわけですから、定数の違いを除くと「同じ形の微分方程式」であり、解も「電位を電荷密度で表す式と同じ形になる」と見るのです。
(これらのような∇u(x,y,z)=-v(x,y,z) の型の微分方程式を総称して「ポアソン型の微分方程式」とか「ポアソン方程式」などと呼ぶ事もあります。)

$$ベクトルポテンシャルの成分ごとにA_1=K\int_V\frac{j_1}{R}dvの形になるはずであり、$$

$$ベクトルでは\overrightarrow{A}=K\int_V\frac{\overrightarrow{j}}{R}dv$$

これが放射ゲージ条件のもとでの静磁場のベクトルポテンシャルを表す式になります。より具体的な関数形は、電流密度の関数形と分布領域によって変わってきます。
(数式だけでポアソン型の微分方程式を解く場合には、ガウスの発散定理から証明できる「(実関数についての)グリーンの定理」を使用します。)

上式では比例定数はkおよびKなどと書きましたが、真空の誘電率と透磁率を使って改めて書いて整理すると次のようになります。

静磁場のベクトルポテンシャルと静電場のスカラーポテンシャル

静電場がスカラーポテンシャル(電位)を持つのに対して、
静磁場はベクトルポテンシャルを持ち、それぞれの式は次のように書けます。 $$静電場のスカラーポテンシャル:\phi=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_V\frac{\rho}{R}dv$$ $$静磁場のベクトルポテンシャル:\overrightarrow{A}=\frac{\mu_0}{4\pi}\int_V\frac{\overrightarrow{j}}{R}dv$$ εは真空の誘電率、μは真空の誘磁率です。 ρは電荷密度、\(\overrightarrow{j}\)は電流密度ベクトルでいずれも「分布」の意味での位置の関数(x,y,zの3変数関数)です。
Rはポテンシャル(スカラー・ベクトルともに)を考える位置と
微小領域dv(dxdydzと考えても同じ)を代表する位置との距離で、より数式的にそれを明示するならそれぞれの位置を\(\overrightarrow{r}\)および\(\overrightarrow{R}\) として\(R=\left|\overrightarrow{r}-\overrightarrow{R}\right|\) のように書きます。それぞれの位置を表す座標は、式に積分が含まれている事に由来して上式では互いに独立した3変数の組として扱うので注意。例えば(x,y,z)と(X,Y,Z)のように何らかの表記で区別します。(その場合 dv =dXdYdZ として計算し、積分の結果は x, y, z の関数になります。)

静電場の渦無しの法則

静止した電荷あるいは電荷の分布が作る静電場(時間による値の変動がない電場)についてはクーロンの法則と、その一般的な形であるガウスの法則が成立します。そしてもう一つ、「渦無しの法則」というものも成立します。

渦無しの法則とは

ここで言う電場の「渦」というのは数式としては流体力学等で想定されるものと同じ形の式です。すなわち、数式的にはベクトル場の「回転」(「カール」「ローテーション」とも)によって表す量です。

静電場を構成するものが静電荷あるいはその分布であるときには、電場が定義される任意の位置において電場の回転\(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\)はゼロベクトルになる事が数式的に証明できます。それが静電場の渦無しの法則と呼ばれるものです。

また、それと同時に循環と呼ばれる量も0になる事が示されて、それを静電場の渦無しの法則と呼ぶ事もあります。この循環という量は、数式的にはベクトル場の閉曲線に対する接線線積分です。2つの事実関係はストークスの定理によって結び付けられるので、どちらの事を渦無しの法則と呼んでも同じ事になります。

静電場の渦無しの法則

静止した電荷(またはその分布)がある時、
それによる電場が定義できる任意の位置で次式が成立します。 $$\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=0$$ ナブラ記号を使って書けば次のようになります。 $$\nabla×\overrightarrow{E}=0$$

また、同じく静止した電荷が作る電場の循環(circulation)について
電場が定義される範囲で任意の閉曲線Cに対して次式が成立します。$$\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=0$$

実は電場の循環は、閉曲線Cに沿って単位電荷が1周分する時の「電場が行った仕事」です。渦無しの法則は、静電荷が作る静電場においてはそれが任意の閉曲線で0になる事を言っています。その事は電磁誘導によって回路等に起電力と誘導電場が生じる時には渦無しの法則が成立しない事との関係が大いにあります。

また、後述する事に関係しますが定電流によって作られる静磁場の場合には回転も循環も0にはなりません。つまり点電荷による静電場では渦無しの法則が成立し、逆に定電流による静磁場では渦無しの法則は成立せず「渦」がある状態になります。

渦無しの法則における回転と循環の関係

渦無しの法則における回転と循環の関係について先に示しておきましょう。
ストークスの定理により次式が成立します。

$$\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}$$

ここで、まず回転に関して渦無しの法則が成立するならストークスの定理の右辺(法線面積分の項)は0ですから、左辺の循環もそのまま0になるわけです。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=0であるとき\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=0$$

次に循環に関して渦無しの法則が成立する時にはストークスの定理の右辺が0という事になりますが、これは法線面積分が0という事であって積分対象の\(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\)が0という事を直ちには示しません。しかし、渦無しの法則が意味するところは閉曲線Cが特定のものではなく「任意」であるという事なので、積分対象の関数が高等的に0である事を意味します。

$$\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=0の時には\oint_C\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=0$$

$$この式は「任意の」閉曲線Cで成立するので\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=0$$

(ストークスの定理における曲面Sは、閉曲線Cを外縁に持つ任意の開曲線。)

この論法はガウスの発散定理を使って静磁場の発散について積分形から微分形を導出する時のやり方に似ています。

これにより、点電荷が作る静電場の回転が0である事と、循環が0である事のどちらを指して渦無しの法則と呼んでも数式的には同じであると言えるわけです。

静電場の回転の直接計算による導出

静止した点電荷が作る電場について渦無しの法則が成立すれば電荷が複数あってもベクトル場は重ね合わせ(ベクトルの和)で計算されるので同じく渦無しの法則が成立する事になります。

考え方や導出・証明方法はたくさんあるのですが、実は電場の回転を定義に従って普通に計算しても意外に簡単に結果が出ます。そこで、まず偏微分の直接計算によって回転が0になる事を示し、次にそれが「偶然なのか必然だったのか」について考察してみましょう。

点電荷の電気量をQ【C】、比例定数はまとめてkとして、座標を使った電場ベクトルを成分で書きます。見やすくするようにkで割ったものを考えると次のようになります。

$$\frac{1}{k}\overrightarrow{E}=\left(\frac{x}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{3}{2}}},\frac{y}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{3}{2}}},\frac{z}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{3}{2}}}\right)$$

他方、電場の回転\(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}\)は次のようなベクトルです。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=\left( \frac{\partial E_3}{\partial y}-\frac{\partial E_2}{\partial z} ,\hspace{5pt} \frac{\partial E_1}{\partial z}-\frac{\partial E_3}{\partial x} ,\hspace{5pt} \frac{\partial E_2}{\partial x}-\frac{\partial E_1}{\partial y} \right)$$

一見計算するにならないかもしれませんが、商の微分公式と合成関数の微分公式を使って回転の第3成分を計算してみると次のようになります。上記と同じく比例定数kで割った状態で計算します。

$$\frac{1}{k}\mathrm{rot}\overrightarrow{E}の第3成分\frac{\partial E_2}{\partial x}-\frac{\partial E_1}{\partial y}$$

$$=\frac{-2x\cdot\frac{3}{2}\cdot(x^2+y^2+z^2)^{\frac{1}{2} } y}{(x^2+y^2+z^2)^3}+\frac{2y\cdot\frac{3}{2}\cdot(x^2+y^2+z^2)^{\frac{1}{2} } x}{(x^2+y^2+z^2)^3}$$

$$=\frac{-3xy}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{5}{2}}}+\frac{3xy}{(x^2+y^2+z^2)^{\frac{5}{2}}}=0$$

このように、意外にそこまで複雑というわけでもなく第3成分は0になると言う結果を得ます。
全く同じように計算すると第1成分と第2成分も0になるので、渦無しの法則の式 \(\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=0\) が導出されます。

勾配と回転の関係からの導出

さて「計算したら上手い具合に0になった」というのは偶然でしょうか?

実の所、「ある程度は必然の結果であった」と言えるのです。これは、スカラー場の勾配ベクトルに対する回転は必ず0(ゼロベクトル)になるという公式が存在するためです。

公式:条件を満たした「スカラー場の勾配」の回転は0になる

勾配が定義できるスカラー場について、
3変数のそれぞれで2階までの連続な偏導関数が存在する時には次式が成立します。$$\mathrm{rot}(\mathrm{grad}\phi)=0$$

この公式の証明は直接計算でできます。これも、意外と複雑ではないのです。

$$\mathrm{grad}\phi=\left(\frac{\partial \phi}{\partial x},\frac{\partial \phi}{\partial y},\frac{\partial \phi}{\partial z}\right)なので$$

$$\mathrm{rot}(\mathrm{grad}\phi)= \left( \frac{\partial^2 \phi}{\partial y\partial z}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial z\partial y} , \frac{\partial^2 \phi}{\partial z\partial x}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial x\partial z} , \frac{\partial^2 \phi}{\partial x\partial y}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial y\partial x} \right)$$

$$= \left( \frac{\partial^2 \phi}{\partial y\partial z}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial y\partial z} , \frac{\partial^2 \phi}{\partial z\partial x}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial z\partial x} , \frac{\partial^2 \phi}{\partial x\partial y}- \frac{\partial^2 \phi}{\partial x\partial y} \right)=(0,0,0)$$

つまり、回転ベクトルの成分の構成が規則的である事と、偏微分を複数回行う時には順序によらず同じ結果となるという条件のもとで公式が成立するわけです。

偏微分の順序については「なめらかな関数」に対しては普通はあまり気にしないでよいのですが、特定の点や領域で微分可能性が怪しくなる場合には注意が必要な事があります。
複数の変数での偏微分において順序によらず同じ偏導関数が得られる保証があるのは
「偏微分を行う階数Nに対していずれの変数でもN階以下の連続な偏導関数が全て存在する事」になります。
このNは、例えばxとyで1回ずつ偏微分する場合には「2回」と数えます。

さて、公式 rot(gradφ)=0の意味を考えてみると、
あるベクトル場が「何らかのスカラー場の勾配ベクトルになっていて偏微分に関する条件も満たす」のであれば回転ベクトルは0になるという事になります。さらに言い換えると、そのようなスカラー場が存在するならば\(\mathrm{rot}\overrightarrow{F}=0\) が成立すると言えるのです。

静電場の渦無しの法則に戻ると、点電荷が作る電場に対してはそのようなスカラー場が存在する事ができて、それがいわゆる「電位」です。静電場においては電位は「単位電気量(1[C])の電荷の位置エネルギー」であるという意味付けができます。(2地点の電位の差である「電位差」がいわゆる「電圧」です。)

静電場から電位を計算する時には接線線積分を考えますが、無限遠を基準にとれば点電荷からの距離を変数とする変数の定積分として計算ができます。その結果として得られるスカラー場の勾配ベクトルを考えると、それはもとの静電場に戻るのです。ですので、実は成分の直接計算をしなくても、点電荷が作る静電場には電位が存在する事から渦無しの法則も成立すると言う事もできるのです。

$$\mathrm{grad}V=\overrightarrow{E}となる電位Vが存在し、これは所定の条件を満たすので\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=0$$

また、静止した点電荷に対する電位を具体的に計算すると点電荷からの距離r【m】に反比例する形になりますので、その関数は点電荷自身の位置を除けば任意の点で何回でも偏微分可能ですから先ほど少し触れた「偏微分の順序」についても気にしなくてよい事になります。

電磁場で「渦」がある場合

逆に渦無しの法則が成立しない状況は電磁場においてどのようなものがあるかというと、ここでは簡単にだけまとめておくと代表的なものとして次のようなものがあります。

  • 磁場の時間変動がある場合のおける電場(電磁誘導の法則により起電力が発生します。)
  • 定常電流および変位電流が作る静磁場(アンペールの法則によります。特に電流が生じている導線を囲む閉曲線に対して。)

まず磁場の時間変動がある場合には電場にの回転はゼロではなくなります。これが電磁誘導の法則の内容であり、起電力が生じる事を意味しています。

次に、定電流が作る静磁場についても電流が生じている導線まわりの閉曲線においてはアンペールの法則により接線線積分の値はゼロにならず、渦ができていると考えられます。(ただし、この時の回転ベクトルと接線線積分に関する数学的な扱いには少し注意する必要もあります。)この場合には、アンペールの法則の意味としては電流もそうですが電場の時間変化(変位電流)にも起因して磁場の回転が発生する事を意味します。その事を指して起磁力と言う言葉が使われる事もあります。(起電力に対応する語)。

つまりごく簡単に言うと電場の時間変動(あるいは電流)によって磁場が作られて、磁場の時間変動によって電場(あるいは電流)が作られる関係があります。そしてその時に、循環の形の接線線積分で表される「渦」が生じるという体系になっていると言えます。

また電流の種類で「渦電流」というものも存在しますが、それはまた別の扱いが必要になってきます。

ナブラ記号の使い方

ベクトル解析などで使う grad, div, rot (または curl) の代わりに∇(「ナブラ」nabla, del)という記号を演算子として使って表記する方法があります。

この記事ではそれらの書き換えの方法と、ナブラ記号を使って作られる別の2つの演算子について詳しく説明します。

■サイト内参考記事(主に応用・ナブラを使う例など)
物理学全般で使用され、例として電磁気学で使う事ができます。

ナブラを使う利点は何か?

grad, div, rot の代わりにナブラ記号を使う利点は、特に式が複雑になる時などです。記述する文字数が少なくなるので比較的見やすくるといった事などの利点があります。

また数式の記述に統一性が出るために意味で好んで使われる場合もあるのです。後述していくように、grad, div, rot などの計算はベクトルの演算に類似性が見られるのでそれをナブラ記号によって統一的に整理する事も可能になるからです。

ただし grad, div, rot の置き換えとしての使用ではあくまで記号の「書き換え」なので数学的な意味が変わってしまうという事ではありません。

ナブラ記号を使わない grad, div, rot の表記法ではイメージ的な意味がつかみやすいという利点があります。言い換えると、一度イメージがつかめたのであれば数式的な形の簡便さや統一性を重視してナブラ記号での表記を行うという考え方もあると言えるでしょう。

尚「ナブラ」という言葉自体は元々楽器の「竪琴」の意味らしく、逆三角形の記号の形∇として見立てたというのが通説のようです。

ナブラを使うと、記述量が減るという利点の他に計算方法の統一性を見れるという利点もあります。他方で図形的なイメージはあらかじめ知っておかないと捉えにくいものとなります。

勾配(grad)の書き換え

まずスカラー場に対して「勾配」を表す grad の書き換えです。

スカラー関数f(x,y,z)に対して gradfの代わりに∇fと書いても同じ意味を表す約束になっています。

gradf=∇fはベクトルなので成分を持ちますが、個々の成分を表す時には下に添え字を付けて表記する時があります。すなわち、∇fのx成分は∇f,y成分は∇f,z成分は∇fのように書いたりします。

$$\large{\mathrm{grad}f(x,y,z) =\nabla f=(\nabla_x f,\nabla_y f,\nabla_z f)}$$

例としては、ベクトル場がポテンシャル(スカラーポテンシャル、位置エネルギー)の勾配で表される式を書く時には記号として grad の代わりに∇を使えるわけです。

$$\overrightarrow{F}=-\mathrm{grad}\phiの代わりに\overrightarrow{F}=-\nabla\phiとも書けます。$$

この意味で使うナブラ記号はハミルトン演算子と呼ばれる時もあり、
形式的には「ベクトルとスカラーの積」として捉えられます。
※これは量子力学におけるハミルトン演算子もしくはハミルトニアンとは別物です。

あくまで形としての話ですが∇を数式上ベクトルとみなし(ベクトルそのものではない)、スカラー場との「積」のように考えるわけです。この考え方は、次に見るように発散や回転の書き換え時には「内積」や「外積」との数式上な類似性に着目する事との統一性を持っています。

$$形式的に、\nabla=\left(\frac{\partial}{\partial x},\frac{\partial}{\partial y},\frac{\partial}{\partial z}\right)ともみなせます。$$

あるいは
xyz直交座標における基本ベクトル(軸方向の単位ベクトル)である
\(\overrightarrow{e_x}\)=(1,0,0)
\(\overrightarrow{e_y}\)=(0,1,0)
\(\overrightarrow{e_z}\)=(0,0,1)
を使う事によって、 $$\nabla=\overrightarrow{e_x}\frac{\partial}{\partial x}+ \overrightarrow{e_y}\frac{\partial}{\partial y}+ \overrightarrow{e_z}\frac{\partial}{\partial z}$$と書く事もできます。
この場合においてもナブラはあくまで「演算子」であるという考え方になります。

発散(div)の書き換え

次に、ハミルトン演算子としてのナブラ記号を使ってベクトル場の「発散」div を書き換える方法を見ます。(※極限における「無限大への発散」は別物です。)

この場合には、発散 div がハミルトン演算子とベクトル場との「内積」のような形をとる事に着目します。そこで形式上の「∇とベクトル場の内積」を考えてベクトル場の発散を表すものと約束します。

$$\mathrm{div}\overrightarrow{F}の代わりに\nabla\cdot\overrightarrow{F}とも書けます。$$

$$\mathrm{div}\overrightarrow{F}=\nabla\cdot\overrightarrow{F}=\frac{\partial F_1}{\partial x}+\frac{\partial F_2}{\partial y}+\frac{\partial F_3}{\partial z}$$

形式上という事は強調されるべきですが
勾配 grad は「スカラー場からベクトル場を作る」操作であり、
発散は逆に「ベクトル場からスカラー量を作る」操作である事を考えると
「ベクトルとスカラーの積はベクトル」であり
「ベクトルとベクトルの内積はスカラー」という、ベクトルの基本演算との類似性や統一性を見れるわけです。

例としてはガウスの発散定理は次のように書いてもよいわけです。

$$\int_V\nabla\cdot\overrightarrow{F}dv=\int_S \overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{s}$$

ここで、左辺の積分の中身は\(\mathrm{div}\overrightarrow{F}\)であり、それに対して右辺の内積記号は図形的にも内積を考えますので数式的な形は同じでも意味が異なるわけです。この事に対して意味的に紛らわしいと見るか、数式上の統一性があって好ましいと見るかは人それぞれの考え方によるでしょう。

規則性に類似点は見られるとはいえ勾配と発散は異なる数学的な操作を表しますから、単独のナブラ「∇」とドットがついた「∇・」はそれぞれ意味としては別々の操作を表す事になります。

また、後述しますが少し紛らわしい表記として「∇・」ではなくナブラ記号とベクトル場の「内積の順序を変えたもの」は別の意味を表す演算子とみなす場合があります。通常のベクトルの場合は内積は順序を変えても同じスカラーになりますが、ナブラ記号を演算子として考えた場合には「∇・」の順番で書いて「発散 div」の意味になります。

$$\nabla\cdot\overrightarrow{F}=\mathrm{div}\overrightarrow{F}ですが、\overrightarrow{F}\cdot\nablaは別の演算子です。$$

回転(rot, curl)の書き換え

ベクトル場の回転をハミルトン演算子としてのナブラ記号で書き換える場合には3次元ベクトルの外積(クロス積、ベクトル積)の記号を使います。
つまり\(\nabla\times\overrightarrow{F}\)のように書くわけです。

$$\mathrm{rot}\overrightarrow{F}=\nabla\times\overrightarrow{F}$$

3次元ベクトルの外積はまた1つの3次元ベクトルですが、ベクトル場の回転もまた別のベクトル場ですから記述上の統一性があります。

通常のベクトルの場合、外積あるいはクロス積の成分での計算は次のようになります。

$$\overrightarrow{E}\times\overrightarrow{F}=(E_2F_3-E_3F_2,\hspace{5pt}E_3F_2-E_2F_3,\hspace{5pt}E_1F_2-E_2F_1)$$

この外積における最初のベクトル\(\left(\overrightarrow{E}のほう\right)\)をハミルトン演算子としてのナブラ記号で置き換えると、数式の形としてはベクトル場の回転になるわけです。

$$\nabla=\left(\frac{\partial}{\partial x},\frac{\partial}{\partial y},\frac{\partial}{\partial z}\right)のもとで$$

$$\nabla\times\overrightarrow{F}=\left( \frac{\partial F_3}{\partial y}-\frac{\partial F_2}{\partial z} ,\hspace{5pt} \frac{\partial F_1}{\partial z}-\frac{\partial F_3}{\partial x} ,\hspace{5pt} \frac{\partial F_2}{\partial x}-\frac{\partial F_1}{\partial y} \right)$$

見た目としては、∇を先に書いて偏微分する変数が「下側」に書かれますので順番を間違えないように注意。「偏微分の演算子」をベクトル場の各成分に付けると考えたほうが順番的には通常のクロス積との見た目の整合性が取れます。

$$\frac{\partial }{\partial y}F_3=\frac{\partial F_3}{\partial y}に注意して$$

$$\nabla\times\overrightarrow{F}の第1成分は\frac{\partial }{\partial y}F_3-\frac{\partial }{\partial z}F_2と考えます。$$

使用例としてストークスの定理をナブラ記号で書くと次のようになります。

$$\oint_C\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\left(\nabla\times\overrightarrow{F}\right)\cdot d\overrightarrow{s}$$

この式の右辺のように、ベクトル場の回転に「内積」が続くような場合には括弧をつけて\(\left(\nabla\times\overrightarrow{F}\right)\) のように書く事が多いです。そのまとまりで1つのベクトルである事を強調するわけです。括弧を付けないで内積を書く事もありますが、意味としては「ベクトル場の回転」と別のベクトルとの内積です。式の形から紛らわしい場合には括弧を付けておいたほうが無難かとは思われます。

「外積」という用語やその計算規則についてはベクトル場の回転を含む事項(例えばストークスの定理)を純粋に数学の解析学的に取り扱う場合にも重要になってきます。

2階の偏微分を扱う「ラプラス演算子」

以上の3例の他に「3変数の各々により2階の偏微分を行い加え合わせる」という操作が行われる時があります。つまり、ベクトル場の発散を1階ではなく2階の偏微分で行うような場合です。これは、スカラー場に対して行う場合とベクトル場に対して行う2つの場合があるので区別して説明します。

いずれの場合もナブラ記号を使って書く方法があります。
あるいは∇・∇と書いて1つの演算子としてみなし、「ナブラ2乗」と読むかラプラス演算子と呼びます。∇φのようにスカラー場やベクトル場に作用させて使います。

スカラー場に対する場合の例は次のようなものです。

$$\nabla^2\phi=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}のような量を考えます。$$

ラプラス演算子の表記上の注意点

ラプラス演算子について∇という記号の代わりに、単独の三角形の記号「△」を使う事もあるので注意する必要があります。つまり、ナブラ記号を使わず、grad, div のような名称を元にした記号とも異なった、全く別の記号が改めて使われる事もあるという事です。

$$例:\nabla^2\phi=△\phi=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}$$

さらにはラプラス演算子としての△記号は、書籍によっては微小量を表す「デルタ」Δ(これはギリシャ文字の1つ)との表記上の区別もつけられない場合もあります。そのため、書籍によっては記号の意味をきちんと押さえていないと数式の読み取りが非常に難しくなる場合があります。

デルタとラプラス演算子の記号が区別されない表記方法の場合、基本的にデルタはΔx(デルタエックス)などのように「変数」に付ける事が多く、ラプラス演算子は3変数の関数に付ける事からおおよその区別は可能です。つまり微小量の議論の文脈が無い箇所で唐突に3変数関数に対して△φなどと式に書かれたらそれは普通はラプラス演算子による計算を表します。

スカラー場に対するラプラス演算子

スカラー場の各成分に対して「2階の偏微分を行って加え合わせる」量は、スカラー場から始めて発散と勾配を組み合わせて作る事ができます。すなわち、あるスカラー場φに対してgradφを考え、その発散をとればよい事になります。

$$\mathrm{div}(\mathrm{grad}\phi)=\mathrm{div}\left(\frac{\partial\phi}{\partial x},\frac{\partial\phi}{\partial y},\frac{\partial\phi}{\partial z}\right)=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}$$

この事自体をナブラ記号で書く事もできるのです。

$$\nabla\cdot(\nabla\phi)=\nabla\cdot\left(\frac{\partial\phi}{\partial x},\frac{\partial\phi}{\partial y},\frac{\partial\phi}{\partial z}\right)=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}$$

そこで、ナブラ記号による演算の組み合わせである∇・∇を考えます。注意点として、これは∇・(∇φ)のナブラをくっつけてしまうというよりは、ハミルトン演算子同士の形式上の「内積」を考えて、それをスカラーのように考えてスカラー場φに乗じるという考え方に近いものです。(後述するスカラー演算子と同じ考え方です。)

また、そのように考えた∇・∇を∇と書く事もあります。いずれにしてもこれを1つの演算子とみなしてラプラス演算子と呼ぶわけです。

$$\nabla=\left(\frac{\partial}{\partial x},\frac{\partial}{\partial y},\frac{\partial}{\partial z}\right)同士の形式上の「内積」を考えます。$$

$$\nabla\cdot\nabla=\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}$$

$$あるいは\nabla\cdot\nablaを\nabla^2と表記して\nabla^2=\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}$$

∇・∇と∇を同じ意味で使う事に関しては、普通のベクトル同士の内積をとる時にはそれは「自乗」とはみなしませんので注意は必要です。(ベクトル同士の内積は「ベクトルの絶対値」の2乗にはなります。また、細かい点ではありますが曲線座標をもし考える場合には∇・∇と∇は同一視しません。)

このスカラー的な演算子(内積はスカラーである事にも注意)をスカラー場φに乗じるように作用させる事で∇・(∇φ)と同じ結果を得るというわけです。

$$\nabla^2\phi=\left(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}\right)\phi=\frac{\partial^2\phi}{\partial x^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial y^2}+\frac{\partial^2\phi}{\partial z^2}$$

スカラー場に対してラプラス演算子を作用させる例としては微分方程式としての波動方程式があります。(解が周期関数のような「波動」になる。)また、演算子の部分だけをとって波動演算子と呼ぶ事もあり、そこにラプラス演算子が使われるというパターンもあります。

$$例:\left(\nabla^2-\frac{1}{c^2}\frac{\partial^2}{\partial t^2} \right)\phi=-\frac{\rho}{\epsilon_0}$$

$$\left(\Leftrightarrow \nabla^2\phi-\frac{1}{c^2}\frac{\partial^2\phi}{\partial t^2} =-\frac{\rho}{\epsilon_0}\right)$$

この例は、電場に関するガウスの法則で電場の代わりにスカラーポテンシャル(これはスカラー場)を使って変形したものです。c は光の速さでtは時間、右辺の記号は電荷密度と真空の誘電率。
ポテンシャルを使わず電場のままでも同様の式を導出できますが項などが増えて少しばかり複雑さが増します。同じ型の式を磁場についても導出できて、合わせて電磁波の式を導出できます。

ベクトル場に対するラプラス演算子

ラプラス演算子∇は、スカラー場だけでなくベクトル場にも作用させる事ができます。勾配はスカラー場に対して、発散と回転はベクトル場に対して必ず作用させるものである事と比較すると少し特殊であるとは言えます。しかし、通常の微分や偏微分の操作を演算子として考えると同じくスカラー場にもベクトル場にも作用させる事ができますからそれほど不思議な考え方ではないとも言えます。

そして、考え方自体はラプラス演算子をスカラー場に作用させる時と同じなのです。つまり、∇あるいは∇・∇はスカラー的な演算子と言えるからベクトル場にも作用できると考えるのです。そのため、ラプラス演算子をベクトル場に作用させたものもまたベクトル場になります。演算子がスカラー量の乗法のように「ベクトルの各成分に対して作用する」と考えるためです。

計算上は演算子の作用により一度3つのベクトルができて、合計して結果的に1つのベクトルになると考える事も可能です。いずれにしても最終的にはベクトル場の成分に対して作用する計算です。具体的には次のようになります。

$$\nabla^2\overrightarrow{F}=\left(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}\right)\overrightarrow{F}=\frac{\partial^2}{\partial x^2}\overrightarrow{F}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}\overrightarrow{F}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}\overrightarrow{F}$$

$$=\small{\left( \frac{\partial^2F_1}{\partial x^2}+\frac{\partial^2F_1}{\partial y^2}+\frac{\partial^2F_1}{\partial z^2},\hspace{5pt} \frac{\partial^2F_2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2F_2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2F_2}{\partial z^2},\hspace{5pt} \frac{\partial^2F_3}{\partial x^2}+\frac{\partial^2F_3}{\partial y^2}+\frac{\partial^2F_3}{\partial z^2} \right)}$$

$$=\left(\nabla^2F_1,\hspace{5pt}\nabla^2F_2,\nabla^2F_3\hspace{5pt}\right)$$

ここで最後の式の各成分については∇Fなどはスカラー場に対してラプラス演算子が作用する形をとっています。

ベクトル場に対してラプラス演算子を作用させる場合には注意点もあります。
=∇・∇と考える事には問題ありませんが、
例えば\(\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{F}\right)\neq(\nabla\cdot\nabla)\overrightarrow{F}\)です。

ベクトル場の発散はスカラー場になりますから、それに対してハミルトン演算子を作用させると結果は再びベクトル場になります。
しかし結果は、\(\nabla\left(\nabla\cdot\overrightarrow{F}\right)\)の例えば第1成分には「Fをxとyで偏微分した関数」が生じるのです。これは∇\(\overrightarrow{F}\) の結果とは異なるものになっています。

この事はスカラー場に対するラプラス演算子の作用の考察において結果的には
「∇=∇・(∇φ)」として扱うけれども単純に括弧を外してナブラをくっつけるのとは違うと考えられる事に関連しています。

通常のベクトルの場合でも、3つのベクトル対して
\(\overrightarrow{C}\left(\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{B}\right)と\left(\overrightarrow{C}\cdot\overrightarrow{A}\right)\overrightarrow{B}\) は一般的に異なるベクトルです。
そのように、演算の結果同士で等号で結べるものとそうでないものがある事には注意が必要となります。

ナブラで作る「スカラー演算子」

最後に、ナブラ記号を使って発散を表した時の「内積の順番」を入れ換えた形の演算子についても触れておきます。これはスカラー演算子などと呼ばれる事もあります。あるベクトル場とナブラ記号が結び付いて「1つの演算子」として機能します。

$$スカラー演算子:\overrightarrow{A}\cdot\nabla(これでまとめて演算子扱い。)$$

$$\left(\nabla\cdot\overrightarrow{A}であれば\mathrm{div}\overrightarrow{A}の事\right)$$

スカラー演算子はラプラス演算子と似ていてスカラー場とベクトル場の両方に作用させる事ができます。(ラプラス演算子はスカラー演算子の1つであるという見方をする場合もあります。)

より具体的には、ハミルトン演算子(スカラー場に作用する単独の∇)との内積的な計算はしますが偏微分の操作自体はいじらず、3つの偏微分に対して1つのベクトル場の対応する成分が乗じられているというものです。例えば次のようになります。

$$\overrightarrow{A}\cdot\nabla=A_1\frac{\partial}{\partial x}+A_2\frac{\partial}{\partial y}+A_3\frac{\partial}{\partial z}$$

これをスカラー場に演算子として作用させると、別のスカラー場になります。次のようになります。

$$\left(\overrightarrow{A}\cdot\nabla\right)\phi=A_1\frac{\partial\phi}{\partial x}+A_2\frac{\partial\phi}{\partial y}+A_3\frac{\partial\phi}{\partial z}$$

ベクトル場に作用させる場合にはラプラス演算子と考え方は同じで、それぞれの成分に対して演算子が作用するという計算になります。計算結果はベクトルのままです。

$$\left(\overrightarrow{A}\cdot\nabla\right)\overrightarrow{B}=\left(A_1\frac{\partial\phi}{\partial x}+A_2\frac{\partial\phi}{\partial y}+A_3\frac{\partial\phi}{\partial z}\right)\overrightarrow{B}$$

$$=\small{\left( \frac{\partial B_1}{\partial x}+\frac{\partial B_1}{\partial y}+\frac{\partial B_1}{\partial z},\hspace{5pt} \frac{\partial B_2}{\partial x}+\frac{\partial B_2}{\partial y}+\frac{\partial B_2}{\partial z},\hspace{5pt} \frac{\partial B_3}{\partial x}+\frac{\partial B_3}{\partial y}+\frac{\partial B_3}{\partial z} \right)}$$

ラプラス演算子の時と同様に、まず3つのベクトル場ができてから合わさるという考えでも、ベクトル場の各成分にスカラー演算子が作用すると考えても結果は同じです。

このようなスカラー演算子を作用させる例としては、実は3変数関数(スカラー場としてみなせる)に対する全微分がその形を作っています。(2変数の全微分でも考え方自体は同じです。)

スカラー場を3変数のそれぞれによって偏微分し、各項にはdx,dy,dzが乗じられている形ですから(dx,dy,dz)というベクトルとナブラ記号を組み合わせたスカラー演算子を考えれば全微分の形になるわけです。

$$\overrightarrow{R}=(dx,dy,dz)によるスカラー演算子\overrightarrow{R}\cdot\nablaを考えると$$

$$\overrightarrow{R}\cdot\nabla=dx\frac{\partial}{\partial x}+dy\frac{\partial}{\partial y}+dz\frac{\partial}{\partial z}であり、$$

$$スカラー場の全微分d\phi=dx\frac{\partial\phi}{\partial x}+dy\frac{\partial\phi}{\partial y}+dz\frac{\partial\phi}{\partial z}=\left(\overrightarrow{R}\cdot\nabla\right)\phi$$

スカラー場に対して全微分を作る演算子をベクトル場に対して作用させた場合には各成分が全微分の形になり、これをベクトルの全微分と呼ぶ事があります。

$$同じく\overrightarrow{R}=(dx,dy,dz)によるスカラー演算子\overrightarrow{R}\cdot\nablaを考えて$$

$$ベクトル場の全微分d\overrightarrow{F}=(dF_1, dF_2,dF_3)=\left(\overrightarrow{R}\cdot\nabla\right)\overrightarrow{F}$$

$$第1成分だけ記すとdF_1=dx\frac{\partial F_1}{\partial x}+dy\frac{\partial F_1}{\partial y}+dz\frac{\partial F_1}{\partial z}$$

ストークスの定理【内容と証明】

電磁気学や流体力学、数学のベクトル解析の分野で、ガウスの発散定理と並んで重要な定理とも言えるストークスの定理について、その内容・使い方・証明を詳しく説明します。

ストークスの定理はベクトル場に対する数学上の定理です。
スートクスの公式と呼ばれる事もあります。

ストークスの定理とは?内容とイメージ

ストークスの定理は、ベクトル場の接線線積分と、ベクトル場の回転に対する法線面積分を等式で結びつける事ができるという数学上の定理です。その内容と証明について詳しく説明します。

定理の内容と表記

ベクトル場の変数x、y、zは独立変数で、ベクトル場の回転の計算(偏微分含む)もまずその条件下で行われます。次に、対象となる関数を積分する時点で曲面上あるいは曲線上という制約がつく…すなわちz=z(x,y)といった形の式が一部の変数に代入されて互いに独立ではなくなるとします。

$$ベクトル場は\overrightarrow{F}=(F_1(x,y,z),F_2(x,y,z),F_3(x,y,z))であるとします。$$

$$曲面S上でz=z(x,y)という制約がつく時は$$

$$F_1(x,y,z)=F_1(x,y,z(x,y))のように記す事にします。$$

ストークスの定理

空間内の閉曲線 C に対して、
そのCを外周として共有する任意の開曲面 S に対して
ベクトル場の接線線積分と法線面積分についての次の式が成立します。 $$\oint_C\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{s}$$ ただし右辺のベクトル場の回転の計算はx、y、zが独立変数であるという条件下で行われ、
法線面積分を考えた時点で「\(\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\)」という関数全体に対して曲面S上という制約がつきます。
接線線積分を考える C は閉曲線ですが、曲面 S は閉曲面ではなく開曲面を考えます。 開曲面Sの表裏は、接線線積分の積分方向に合わせて決まります。

\(d\overrightarrow{s}\) =(ds,ds,ds)のもとで、
曲面Sのyz平面、xz平面、xy平面への射影をそれぞれSyz, Sxz, Sxy とします。
上式の左辺のベクトル場に対する接線線積分をスカラー場(ここではベクトル場の成分)に対する線積分に分解した場合には、次の3式が成立します。
【左辺はそれぞれxのみの関数、yのみの関数、zのみの関数とします。】 $$\int_C F_1(x)dx=\int_{Sxz}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}ds_y-\int_{Sxy}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial y}ds_z $$ $$\int_C F_2(y)dy=\int_{Sxy}\frac{\partial F_2(x,y,z)}{\partial x}ds_z-\int_{Syz}\frac{\partial F_2(x,y,z)}{\partial z}ds_x $$ $$\int_C F_3(z)dz=\int_{Syz}\frac{\partial F_3(x,y,z)}{\partial x}ds_x-\int_{Sxz}\frac{\partial F_3(x,y,z)}{\partial z}ds_y $$ これらスカラー関数の線積分に関する3式の右辺は、
ベクトル場の回転のx成分そのものではなくて、「ベクトル場の回転の各成分に含まれる項を組み合わせた式」です。
例えばxに関する偏微分はベクトル場の回転の第2成分と第3成分に含まれていて、そこから取ってきて組み合わせています。
また、これら3式の両辺を加え合わせると、もとのベクトル場の接線線積分に対するストークスの定理の形になります。

ベクトル場の回転 rot (あるいは curl)とは?

「ベクトル場の回転」はベクトルです。次のように偏微分を使って表されます。
「ベクトル場の発散」はスカラーである事との違いに少し注意。$$\mathrm{rot}\overrightarrow{F}=\left( \frac{\partial F_3}{\partial y}-\frac{\partial F_2}{\partial z} ,\hspace{5pt} \frac{\partial F_1}{\partial z}-\frac{\partial F_3}{\partial x} ,\hspace{5pt} \frac{\partial F_2}{\partial x}-\frac{\partial F_1}{\partial y} \right)$$ ストークスの定理を適用する事で、ベクトル場の回転は「閉曲線の接線線積分」という文字通りの「回転」するイメージの図形的な意味を持つと解釈する事が可能になります。

のちの証明での計算のための注意点を挙げますと、ベクトル場の「回転」における偏微分は3変数x,y,zを独立変数として扱って計算をするものです。つまり、xで偏微分するならyとzは単純に定数扱いするという意味です。

それに対して、「曲面上のベクトル場」「曲線上のベクトル場」という条件が付くと3変数は独立では無く、曲面上であれば2変数だけが独立、曲線上であれば3変数とも従属関係という事になります。これが証明の1つにおける計算では重要になります。

積分の表記方法についての注記

ストークスの定理は、ガウスの発散定理と比較すると数学的な内容は少し込み入っています。

積分の表記方法は書籍などによって異なる事がありますが、この記事では数式の表現を明確にするために1つの表記方法に統一をします。

この記事では、紛らわしさを避けるために「プライスマイナスの符号がついた面積要素」を考える面積分(法線面積分およびその成分によるスカラー関数の積分)を表すときには積分記号は1つだけつけて、二重積分として累次積分(1変数の場合の定積分計算の繰り返し)によって計算してよい事を表すときには積分記号を2つ付けています。積分する領域全体を表すSなどの記号はどちらの場合でも適宜使用しています。$$面積分(面積要素に符号がある):\int_{Sxz}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}ds_y$$ $$二重積分(累次積分が可能):\int\int_{Sxz}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}dxdz$$ この例ではSは曲面上の領域で、Sxzはxz平面上の領域です。
面積要素を積分変数とする場合には、曲面の場所によってプラスマイナスの符号が入れ替わる事があります。そのため、法線ベクトルの成分を積分変数とする時でも領域は曲面であると記すようにしています。
二重積分を累次積分で計算できる形で書いた時には、平面上の点に対応するスカラー関数の積分を行えばよいという事で領域を平面と考えて問題ない事になります。

書籍によっては面積分に対しても積分記号を2つ付けている事もあり、表記方法は一定していませんがこの記事では混同を避けるために表記方法を統一するという事です。

面積分の積分変数のプラスマイナスの符号の扱いについても表記方法をここで明確にしておきます。面積分の場合は表面と裏面とで面積要素ベクトルの向きが逆であり、つまり「プラスマイナスの符号が異なる」事になります。

累次積分(1変数の定積分計算を続けて行う)として二重積分を計算する場合には、
最終的な積分の結果が領域の分割の方法には依存しない事から
|ds|=|dydz|
|ds|=|dxdz|
|ds|=|dxdy|
と考えて、積分の中で置き換える事ができます。
ここで絶対値記号をつけているのは、状況によって符号の違いがある事を表しています。
曲面の表側と裏側の設定等により、例えばds=dxdyで計算できる場合と、
ds=-dxdyとする必要がある場合があります。$$ds_y=dxdzの場合:$$ $$\int_{Sxz}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}ds_y=\int\int_{Sxz}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}dxdz$$ $$ds_y=-dxdzの場合:$$ $$\int_{Sxz}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}ds_y=-\int\int_{Sxz}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}dxdz$$

図形的なイメージ

ストークスの定理の図形的なイメージは次のような感じです。


まずループ状に閉じた閉曲線 C があります。
その内側に膜が張ってあって、「閉曲面にはしない」という条件で任意の曲面の形に変形させる事ができるとします。
その時に「どんな形の曲面 S についてもストークスの定理の形の式が成立する」・・という事です。

では、開曲面Sには穴のような破れがあった場合はどうでしょうか。

実はその場合でもストークスの定理は成立します。穴を作る閉曲線と元の閉曲線を1本の線で結ぶと大きな1つの閉曲線が作られるためです。付け足してしまった線については、その線を向きだけが異なる2つの線が重なっていると考えるとその線上での接線線積分の合計は「プラスマイナスが打ち消して」ゼロになって積分の値に影響しません。

ただし、そのような場合には「穴」を構成する部分について接線線積分の向きを全体の接線線積分の向きに合わせる必要があります。例えば「穴」が1つだけある場合には元々の外側の接線線積分の向きが1つの方向から見て反時計回りであれば、内側の「穴」を作る閉曲線では逆向きの時計回りで考えないとストークスの定理は成立しません。

また「穴」がある場合の考察から、ストークスの定理は1つの閉曲線に対して任意の「分割」を行える事も理解できます。

曲面として「閉曲面」を考えてしまうとどうなる?

ストークスの定理において曲面は「開曲面」を考えます。

では、曲面として「閉曲面」を考えてしまうとどうなるのでしょうか?閉曲面とは球面のような閉じた曲面です。(トーラスのような図形も含めます。)

閉曲線Cを境にして2つの開曲面に分割すると、その両方に対してストークスの定理が成立します。簡単な図形的考察と計算によって、もし曲面の表側を閉曲面に対して一貫して「内側から外側に向かう向き」と決めるなら、「閉曲面全体を積分領域とした時の、ベクトル場の回転の法線面積分の値は必ず0になる」という別の公式が得られます。

証明その1:積分と偏微分の計算を直接進める方法

ストークスの定理を数学の解析学的に「厳密に」証明する方法もありますが、考え方が非常に複雑で物理学等への応用とのつながりも見えにくいものです。そこで、ここでは比較的シンプルに考える2つの証明方法を説明します。

証明時の偏微分の計算の扱い方

ストークスの定理の証明を考える時には偏微分の扱いに特に注意する必要があります。
例えば、「偏微分をしてできた偏導関数」を積分する場合には、x、y、zが独立変数であるという条件下で計算した偏導関数がまずあります。
ベクトル場の各成分であるスカラー関数についての偏微分です。
もしyで偏微分するなら、xとzは定数扱いになります。 $$F_1(x,y,z)に対して\frac{\partial F_1}{\partial y}=\frac{\partial }{\partial y}F_1(x,y,z)=\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial y}$$ そのような偏導関数があるなかで、
特定の曲面S上での法線面積分を考える時に初めてz=z(x,y)という従属関係ができます。
つまり、計算としては「偏微分を行った後の関数に対して、積分をする時点でz=z(x,y)を代入する」といった形になります。

変数をどのように考えるのかを敢えて強調して書くなら、積分時には次のようになります。 $$偏導関数\frac{\partial F_1}{\partial z}(x,y,z)に対してz=z(x,y)を代入して\hspace{5pt}\frac{\partial F_1}{\partial z}(x,y,z(x,y))$$

他方、F(x,y,z)に対して
「曲面S上にあるという条件」を初めから課すとします。
具体的には1つの変数がz=z(x,y)という関数の形になり、
スカラー関数全体は F(x,y,z(x,y))のように書けます。
そこで例えばyによる偏微分を行うとどうなるでしょうか?
この場合には、先ほどの場合とは計算結果が変わるのです。
偏導関数は異なる形になるのです。
その場合には、yの変化によるFの第3成分(z成分)の変化も生じ、
それによるF全体の変化も変わってしまうという事です。
しかし、実はその事がまさにストークスの定理の数式的な意味の1つになっています。

分かりやすくするために、具体的なスカラー関数をてきとうに考えてみます。

例えばF(x,y,z) =x+y+zであったとしましょう。3変数が互いに独立なら、これを例えばyで偏微分すれば偏導関数は2yになります。xとzは定数扱いです。

それに対して、同じ関数に対してz=3yという条件がついたとしましょう。この時にはF(x,y,z) =F(x,y,z(y))=x+y+(3y)=x+10yですから、yで偏微分すれば偏導関数は20yになりますから全く異なる結果です。その違いが生じるのは、z=3yという条件によりyを変化させるとzも変化するためです。その違いが計算結果に現れます。

合成関数の偏微分公式で考えても同じになります。
z=3yという条件下ではF(x,y,z)を偏微分すると次のようになります。

$$\frac{\partial F}{\partial y}=\frac{\partial }{\partial y}F(x,y,z(y))$$

$$=\frac{\partial F(x,y,z)}{\partial y}\frac{\partial y}{\partial y}+\frac{\partial F(x,y,z)}{\partial z}\frac{\partial z(y)}{\partial y}$$

$$=\frac{\partial F(x,y,z)}{\partial y}+\frac{\partial F(x,y,z)}{\partial z}\frac{\partial }{\partial y}(3y)$$

$$=2y+2z\cdot 3=2y+2\cdot 3y\cdot 3y=2y+18y=20y$$

この式で、F(x, y, z) と書いた部分は3変数が互いに独立である場合の関数という意味です。その部分においては、yで偏微分するならxとzは定数扱いになるという事です。

スカラー関数の線積分の計算

ベクトル場の第1成分(x成分)であるF(x,y,z)を考えます。これはスカラー関数で、スカラー場とみなせます。まず、接線線積分において内積をとってスカラー場の線積分の形にした積分についてまず考えます。

閉曲線Cは凹凸のない形状を考え、閉曲面Sはxy平面上の1点に対してz座標が1つ決まるような形状で、表側の面からの法線ベクトルはz軸のプラス方向の向きに対して鋭角になるものとします。

次に曲面の「xy平面への射影」を考えます。これは積分領域の射影を考えるのであって、ベクトル場の射影(つまりz成分を無視する)では無い事に注意。

ベクトル場に関しては、zに対して「積分領域の曲面の式」であるz=z(x,y)を代入する事で見かけ上zを消去します。のちに偏微分の計算をする時にはこのzの式は重要になってきます。

具体的な定積分(1変数の定積分)を考えようとする時、全体の射影された積分の経路に対してxについての異なる形の2つの関数が必ず存在します。これは、元々の曲線として必ず「閉曲線」を考えるためです。

xy平面で考えると、「上半分」と「下半分」に分かれる事になります。

ここでは経路を表す曲線を表す関数に対して、
xy平面上で見た閉曲線の上半分を表す場合には添え字のU、
下半分を表す場合には添え字のLをつける事にします。
また、射影されたxy平面上の閉曲線をCxy(ベクトル場の第1成分 F1 を F1xy(x,y,z(xy)) とします。)
その上半分の経路をCxU(そこではF1 を F1xyU(x,y,z(xy)) とします)
下半分の経路をCxL(そこではF1 を F1xyL(x,y,z(xy)) とします)
という名前にしておきます。
積分変数xの積分区間は [a, b] (=CxP)であるとして、線積分を行う時には反時計回りに回るようにして「行き」と「帰り」があるので往復を考えた便宜的な長方形状の経路をCxPRとしてます。

  • Cxy:閉曲線 C をxy平面上に射影してできた閉曲線上 F1 =F1xy
  • CxU:閉曲線Cxyの「上半分」(積分の方向は b→a)F1 =F1xyU
  • CxL:閉曲線Cxyの「下半分」(積分の方向は a→b)F1 =F1xyL
  • CxP:xに関する積分区間 [a, b] (閉曲線Cxyのx軸への射影)

ストークスの定理においては「閉曲線内」も計算上考えますが、その場合も平面(例えばxとy)の位置における「閉曲面上」のベクトル場だけを考えます。そのため、元々のベクトル場F1(x,y,z)において互いに独立になり得る変数は1つだけです。最初に想定した曲面の形では例えばxy平面上の点を指定すればzの値も定まるので、曲面上の値を考える時にはF1=F1(x,y,z(z,y))の形になっています。
偏微分の計算上、3変数を独立したものとして扱う場合にはF1=F1(x,y,z)と書く事にします。

現在考えている条件下では、xy平面を上から見て反時計回りに回る方向が接線線積分の向きです。
そのため、閉曲線Cをxy平面に射影した曲線の下側が「xが増加する向きで積分する部分」であり、
上半分側が「xが減少する向きで積分する部分」になります。

まずはxy平面で考えるわけですが、1変数による線積分を行う場合に限っていえば積分変数がxであればxz平面への射影でも同じ事になります。つまり3次元空間内に閉曲線がある時、積分経路としては元の閉曲線が指定されていれば1変数の線積分の積分区間は確定します。そのため、1変数の線積分の積分経路に関しては統一的に元の閉曲線Cで表記する事にします。

$$\int_{Cxy} F_{1xy}(x,y(x),z(x,y))dx=\int_C F_{1xy}(x,y(x),z(x,y))dx$$

次に、開曲面Sに対して、xy平面上でz=(x,y)と考えます。
さらにx軸上の区間では曲線の「上半分」と「下半分」に分ければそれぞれに対してy=y(x)の関係を考える事はできますからベクトル場の第1成分Fはxだけの式で表現できる事になります。

「上半分」と「下半分」でy=y(x)の式の形も違いますから
それを強調してここでは上半分に関してはy=yU(x)などと書き、
下半分に関してはy=yL(x)のように書く事にします。

$$\int_C F_{1xy}(x,y(x),z(x,y))dx$$

$$=\int_a^bF_{1xyL}(x,y_L(x),z_L(x))dx+\int_b^aF_{1xyU}(x,y_U(x),z_U(x))dx$$

$$=\int_a^bF_{1xyL}(x,y_L(x),z_L(x))dx-\int_a^bF_{1xyU}(x,y_U(x),z_U(x))dx$$

$$=-\int_a^b\left(F_{1xyU}(x,y_U(x),z_U(x))-F_{1xyL}(x,y_L(x),z_L(x))\right)dx$$

積分区間をa→bの向きに統一して1つの積分記号に収めて、次の計算のために「上半分」のほうが前に来るように順序を変えています。

閉曲線としてまとめて積分経路を考えている時(ここで言えばCxyなど)には積分の方向が変わる時点でxの関数としての形も変わるものとして考えています。

「偏導関数の定積分」を考える

次に積分の中身で差の形になっている部分を、引き算の形である事に注目して
yに関する偏微分を使った「偏導関数の定積分」で表す事を考えます。
(※「偏微分の定積分」と言っても同じ意味になりますが、ここでは関数である事を強調して「偏導関数の…」と表現しています。)

発想的にはガウスの発散定理での証明と同じになります。

数式の意味が分かっていれば省略可能ですが「xだけの関数」と「互いに独立であるxとyが変数の関数」である事を区別するために、ここでは前者の場合のアルファベットをキャピタルで、後者を小文字で書く事にします。
つまりF1xyU(x,y(x),z(x))=f1xyU(x,y,z(x,y))であり、F1xyL(x,y(x),z(x))=f1xyL(x,y,z(x,y)) であるとします。

さきほど計算を進めた積分の中身だけで考えると次のようになります。積分区間はそれぞれのxによって定まる2つのyなので、便宜的にY1(x)からY2(x)までであるとします。yが閉曲線の内部を動く事になり、そこではF=F1xyS(x,y,z(x,y))と書く事にします。

$$【前述の式の積分の中身】F_{1xyU}(x,y_U(x),z_U(x))-F_{1xyL}(x,y_L(x),z_L(x))$$

$$=\int_{Y2(x)}^{Y1(x)}\frac{\partial}{\partial y}\left\{f_{1xyU}(x,y,z_U(x,y))-f_{1xyL}(x,y,z_L(x,y))\right\}dy$$

$$=\int_{Y2(x)}^{Y1(x)}\frac{\partial}{\partial y}F_1(x,y,z_(x,y))dy$$

※ここでのyによる積分の計算は、閉曲線上ではなく「閉曲線の内側」を横断する形です。
(ただしベクトル場は曲面上にあります。)
yの値によって変化するFを積分するので。xとyは従属では無く独立の関係です。xによって定まるのは「yによる積分区間の端点」だけになります。積分変数はあくまでyですから、定積分の値を直接計算するならxとzを定数扱いにしてyで偏微分したのちzにz=z(x,y)を代入して計算し、定積分の値の結果は「xだけの関数」という事になります。

これを、既に導出している線積分の計算式に当てはめます。最初の式から考えて書き直し計算を進めると、次のようになります。偏微分の計算および面積要素の変換公式を使用します。
【偏微分については、ここではF1(x,y,z)のように書かれていたら3変数を独立変数的に扱うものと考えます。つまりyで偏微分するなら残りの変数は定数扱いという意味での計算式になります。】

$$\int_C F_{1xy}(x,y(x),z(x))dx$$

$$=-\int_a^b\left(\int_{Y2(x)}^{Y1(x)}\frac{\partial}{\partial y}F_1(x,y,z(x,y))dy)\right)dx$$

$$=-\int_a^b\int_{Y2(x)}^{Y1(x)}\left(\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial y}\frac{\partial y}{\partial y}+\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}\frac{\partial z(x,y)}{\partial y}\right)dxdy$$

$$=-\int_{Sxy}\left(\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial y}+\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}\frac{\partial z(x,y)}{\partial y}\right)ds_z$$

$$=-\int_{Sxy}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial y}ds_z -\int_{Sxy}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}\frac{\partial z(x,y)}{\partial y}ds_z$$

$$=-\int_{Sxy}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial y}ds_z +\int_{Sxz}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}ds_y【∵面積要素の変換公式】$$

ここで使った面積要素の変換公式はあまり使う機会のない公式ですが次のような形のものです。【※重積分の変数変換の公式とは別物なので注意。】

$$面積要素の変換公式:ds_y=-\frac{\partial z(x,y)}{\partial y}ds_z$$

xy平面とxz平面の面積要素がこの式に従って1対1に対応するので積分領域もxy平面からxz平面に移る事になります。

まとめると次のようになります。

$$\int_C F_1(x,y(x),z(x))dx$$

$$=-\int_{Sxy}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial y}ds_z +\int_{Sxy}\frac{\partial F_1(x,y,z)}{\partial z}ds_y$$

これは、接線線積分の側から見た時の内積の項の1つを表す式になっています。同様の手順でyとzによる線積分からも同様の結果が得られ、全て加え合わせる事でここでの閉曲面の設定におけるストークスの定理が導出されます。

(示すべき式の再掲)

証明の計算の流れのまとめを図示すると次のようになります。

zに関して変数を省略している部分はz=z(x,y)の関係があるものです。

この証明では積分の領域は開曲面Sに依存するのではなく、閉曲線Cに依存するものとなっています。しかも、より正確には閉曲線Cのxy平面等への「射影」の領域に依存しています。つまり定理において開曲面Sの形状は任意でよい事も示せています。

曲面が変化すればその曲面上のベクトル場の具体的な関数形は当然一般的には変化しますが、式の形自体は閉曲線Cの形状に縛られず自由であるという事になります。(最初は変数に従属関係があったのが、最後はあたかも独立変数として扱う計算となったのはこの事に関係があります。)

もちろんここではまだ特定のタイプの曲面に限っての話です。次に、開曲面がここで考察したもの以外の別の形状でも成立する事を見ます。

曲面の形状が変わった時

では、閉曲面Sが最初に設定したもの以外の場合はどうでしょうか。

まず、「開曲面Sの表裏が入れ替わった場合」です。

その場合、まず接線線積分の積分方向が逆回りになるので、内積で分解した時の線積分も計算結果の符号が入れ替わったものになります。

他方でその場合には例えばxy平面への射影を考える時に、元々は曲面Sの1つの方向から出る法線ベクトルが逆向きになります。つまり、元々がds=+dxdyであれば、曲面の裏表を入れ替えた時にはds=-dxdyという変換になります。

すると前述の証明と比較した場合、証明の過程で符号の反転が2回起こるので、「結果は同じになる」という事になります。

また、先に「穴がある場合」でも定理が成立する事は既に見ましたが、そこで考察した分割の方法によって、曲面が任意の形状であっても既に証明済みのタイプに細かく分割して積分値を合計する事で定理が成立する事を示せます。

じゅうたんを折り畳んだような複雑な曲面によって、面積要素ベクトルが他の場所と符号が変わる場合も定理は成立します。この場合には面積要素ベクトルは依然として「表」から出ている事にはなりますが、分割をすると裏表を変えた時のように接線線積分の向きが逆になる事が分かります。従って、裏表を変えた時と同様に定理は成立します。

折れ曲がるような複雑な形状であっても裏表が逆転する場合と同様に符号の入れ替えが2階起こり、ストークスの定理の式の形は保たれます。

証明その2:微小長方形領域で回転を計算する方法

別の証明方法として、ベクトル場の「回転」をより図形的な回転のイメージに合わせたやり方があります。

この方法では閉曲線のxy平面等への射影領域を、軸に平行な線でメッシュのように「細かい長方形に分割する事」で証明を行います。ただし、それは斜めの線を長方形に強引に近似できるという意味ではありません。そうではなくて、接線線積分や法線面積分の内積を利用した計算によって「結果的に長方形領域の組み合わせで計算ができる」という事です。

まず最初に、少し奇妙に思えるかもしれませんが閉曲線のxy平面を最初にメッシュ状に細かく分割してしまって、それから1つの微小な長方形領域ΔCに対してベクトル場との「接線線積分を行うかのような和」を考えます。つまり、積分の方向を決めたうえで各辺をベクトルと考えた時のベクトル場との内積をとり、合計するという事です。ただし、微小領域なので1つの辺につきベクトル場の値は1つだけで代表できると考えます。

この時に、ベクトル場は3成分ともx,y,zのプラスの方向を向いている条件であるとします。すると、長方形領域ΔCはxy平面上の図形であるわけですからz成分は0です。さらには軸に平行な線で作られた長方形ですから辺をベクトルとみなせば成分はx成分のみかy成分のみという事になります。

長方形領域ΔC辺の長さをdxとdyとすると、
4つの「接線ベクトル」はz成分を省略してそれぞれ
(dx,0),(0,dy),(-dx,0),(0,-dy)です。
長方形の左端にベクトル場があって、微小の長さを進んで偏微分を使った一次近似の量だけ増えるものとします。少し奇妙なようですが、ベクトル場との内積をとって合計すると次のようになります。

$$\oint_{\Delta C}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=F_1dx+\left(F_2+\frac{\partial F_2}{\partial x}dx\right)dy-\left(F_1+\frac{\partial F_1}{\partial x}dy\right)-F_2dy$$

$$=\left(\frac{\partial F_2}{\partial x}-\frac{\partial F_1}{\partial x}\right)dxdy=\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\right)_3dxdy$$

$$\left(\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\right)_3はベクトル場の回転の第3成分$$

つまり、回転するように「接線線積分もどき」のようなものを考えると、「ベクトル場の回転」の成分(ここでは第3成分)に面積要素を乗じた量になったわけです。このように最初から「回転のイメージ」が現れるところが先ほどの証明方法と異なる点です。

xとyについて積分すれば、ベクトル場の回転の法線面積分の第3成分を得ます。同様の方法で残りの成分も得る事ができます。それで、ストークスの定理の法線面積分側の式ができあがるわけです。

$$3成分について積分して合計すると\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{s}を得る。$$

さてそれでは接線線積分側はどうでしょうか。

メッシュ状に細かく分割した長方形に対してさきほどの式を合計すると、隣り合う辺においては値が打ち消し合って消えます。領域の分割の逆のパターンで、積分する領域の合成が行われるわけです。

すると、長方形を全部合成すると外部の周に相当する部分だけが残ります。これで接線線積分を内積計算した時の1変数の線積分が出てきます。

しかし、じつは単純に計算するとxy平面に対してxの線積分とyの線積分が生じて、xz平面でもxの線積分とzの線積分の両方が生じてしまい謎の「過剰な量」が出てきてしまいます。

ですが注意深く見てみると、xの線積分を行う場所は合計で4箇所できますがそのうちの2つは「同じ線分上で向きだけが異なる線積分」となるので合計すると0になります。そして残り2つで、xに関する線積分の「行き」と「帰り」を表現できているのです。

つまり、一見すると線積分の項が6つできて往復を考えると12項ができてしまいますが半分は打ち消して0になるので1変数の線積分の項が3つでそれぞれに積分区間の往復がある形になります。これで接線線積分側の式も得られてストークスの定理を導出できる事になります。

$$\oint_{Cxy}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}+\oint_{Cxz}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}+\oint_{Cxy}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}$$

$$=\int_CF_1dx+\int_CF_2dy+\int_CF_3dz=\oint_C\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}$$

$$\oint_{Cxy}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}+\oint_{Cxz}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}+\oint_{Cxy}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{s}により$$

$$\oint_C\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{s}$$

xy平面への射影とxz平面への射影は共通辺を持ち、積分が打ち消し合う。xに関する線積分ではベクトル場の第1成分だけを積分するので、積分する辺のz座標の位置は影響しません。

設定した形状のタイプ以外の開曲面に対しても成立する事を調べるのは最初の証明と同じです。この2番目の証明では、閉曲線Cの射影となる領域だけで考えて定理を導出しています。言い換えると必要な射影を与える開曲面であれば形状は任意でも定理が成立するので1つの閉曲線を外縁とする開曲面は任意で良いという事になります。

面積要素の変換公式

積分変数としての面積要素dSと、x、y、zで積分した時に使うdx、dy、dzを偏微分を使って結びつける公式について説明します。
積分変数に関する公式ですからもちろん積分に関係しますが、ベクトルとも関連します。
この公式はやや特殊で、使われる場面はベクトル解析の分野のごく一部分に限定されるとも言えます。しかし特定の定理の証明・考察において重要である場合があるので、詳しく解説しておきます。

■より初歩的な内容(内部リンク):

面積要素とは

法線面積分においては曲面上の微小な領域に対する法線ベクトルを考えて、その法線ベクトルの大きさはその微小領域の面積であるとします。
そして、その面積にプラスマイナスの符号があると考えた量を特に面積要素(あるいは面積元素)と呼ぶ事があります。面積要素はdSなどの記号で書かれます。

面積元素dSを大きさとする法線ベクトル(面積要素ベクトル)

式で書くと次のようになります。
各成分は対象の曲面上の微小領域をyz平面、xz平面、xy平面へ射影した領域の面積です。$$d\overrightarrow{S}=(ds_x,ds_y,ds_z)$$ この法線ベクトル\(d\overrightarrow{S}\) の事を特に指して「面積要素ベクトル」と呼ぶ事もあります。
面積要素の絶対値は、このベクトルの大きさに等しいものとします。 \(|dS|=|d\overrightarrow{S}|\)

※「面積ベクトル」という用語は、曲面全体に対する単位ベクトルの法線面積分の事を指す場合があります。
また、法線面積分を考える時には「ベクトル場と単位法線ベクトルの内積を考え、それに面積要素を乗じるという形の形で書く」という形式もあります。ここで言う単位法線ベクトルとは「大きさが1」の法線ベクトルという事です。

法線面積分の計算を進める時には、内積を計算する形で成分ごとに分解した積分を考える事がありますが、その時に考える「スカラー場に対して、yz平面、xz平面、xy平面内の領域の面積要素を積分変数とする」形の積分を単に「面積分」と呼ぶ事もあります。

変換の公式

面積要素dSと、面積要素ベクトルの成分ds、ds、dsの間には実は変換の公式が存在し、それは曲面を表す関数に対する偏微分を使って表されます。

今、曲面を表す関数としてzがz=g(x,y)のような形で表されているとします。(これはベクトル場の成分を表す関数ではなくて、曲面を表す式です。)

面積要素ベクトルの成分dsx, dsy, dszと面積要素dSの変換公式

$$dS=ds_z\sqrt{1+\left(\frac{\partial z}{\partial x}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial y}\right)^2}$$ $$ds_y=-\frac{\partial z}{\partial y}ds_z$$ $$ds_x=-\frac{\partial z}{\partial x}ds_z$$ この公式を使う時には、曲面を多面体とみなした時に微小な三角形(あるいは平行四辺形)の2辺がそれぞれxz平面上およびyz平面上にあるような分割を考えています。 (法線面積分および面積分の値は分割の仕方には依存しません。)

上記の式を組み合わせて、dsとdsについても面積要素dSとの関係式を作る事が可能です。

これらは決して使いやすい形の公式とは言えないかとは思いますが、ベクトル解析における特定の定理の証明等で使える場合もあります。

法線面積分を行う時の積分をする時の分割の仕方は任意ですが、
偏微分を使った面積要素の変換公式を考える時には
座標軸に平行な直線で区切った長方形の分割を行っています。
曲線上になっている部分は折れ線で近似して直角三角形の分割として考えます。

◆! 注意点・・・
これらの公式はあくまで
「法線面積分およびスカラー場に対する面積分における、
積分変数としての面積要素に対して成立する変換公式」であり、
通常の二重積分等での積分変数の変換(極座標変換など)では使う事はできません。
二重積分や多重積分で積分変数の変換を行う時には、関数行列式を使った変換が必要です。

また、ds/dS,ds/dS,ds/dSは図形的に余弦とみなす事ができて、方向余弦とも呼ばれます。(方向余弦は面積要素ベクトルに対してだけでなく、ベクトル一般に対して考える事ができます。)これらの面積要素ベクトルの方向余弦は、分割の方法を合わせるという前提のもとで上記の公式中の係数で表す事ができます。

余弦とは三角関数の「コーサイン」「cos」の事です。

面積要素ベクトルの方向余弦を偏微分で表す方法

角度は鋭角の場合であるとします。 $$\frac{ds_x}{dS}=\cos\alpha,\hspace{10pt}\frac{ds_y}{dS}=\cos\beta,\hspace{10pt}\frac{ds_z}{dS}=\cos\gamma \hspace{10pt}と置いた時、$$ (※これらは導関数の記号ではなく、普通の「割り算」あるいは「比」を考えています。) $$\cos\alpha=-\Large{\frac{\frac{\partial z}{\partial x}}{ \sqrt{1+\left(\frac{\partial z}{\partial x}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial y}\right)^2} }}$$ $$\cos\beta=-\Large{ \frac{\frac{\partial z}{\partial y}}{ \sqrt{1+\left(\frac{\partial z}{\partial x}\right)^2+ \left(\frac{\partial z}{\partial y}\right)^2} } }$$ $$\cos\gamma=\frac{1}{\Large{ \sqrt{1+\left(\frac{\partial z}{\partial x}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial y}\right)^2} }}$$ 曲面の分割は、前述の変換の公式を適用する時と同じであるとしています。
また、\(dS\cos\alpha=ds_x\), \(dS\cos\beta=ds_y\), \(dS\cos\gamma=ds_z\) でもあります。
角度が鈍角の場合にはプラスマイナスの符号が変わります。

公式の導出および証明

上記の公式の証明においてはベクトル場の事は考えず、曲面の事だけを考えます。

面積要素と、面積要素ベクトルの第3成分との関係式の証明

曲面Sの領域の分割が、xy平面への射影を考えた時に辺がx軸とy軸に平行な長方形になるように考えます。曲面の外周部分に関しては長方形を対角線で区切った直角三角形を考えます。

この時に分割された各領域は、1つの共有点を始点(原点と考えます)に持つxz平面上のベクトルと、yz平面上のベクトルを2辺として構成されていると考える事ができます。

それらの2つのベクトルを \(\overrightarrow{a}\) および \(\overrightarrow{b}\) とおきます。
(位置関係は、dxとdyの符号がともにプラスである時に外積ベクトルがz軸のプラス方向を向くようにします。その側が面の表側で、面積要素ベクトルが出る側として考えます。)
今、曲面の各点のz座標はz=g(x,y)のような関数で表せる事に注意すると、
2つのベクトルはzに対するxとyでの偏微分を使って表せます。
\(\overrightarrow{a}\) の(終点の)x座標をdxとして、\(\overrightarrow{b}\) のy座標をdyとすると、次のように書けます。

$$\overrightarrow{a}=\left(dx,0,\frac{\partial z}{\partial x}dx\right),\hspace{15pt}\overrightarrow{b}=\left(0,dy,\frac{\partial z}{\partial x}dy\right)$$

2つのベクトルはそれぞれx軸上およびy軸上にあります。
そのため、1つのベクトルはy成分が0で、もう片方のベクトルはx成分が0です。
曲面を表すz=g(x,y)に対する偏微分は、図形的には座標軸に平行な直線上での近似一次式の傾きを意味します。

この時にこれら2つのベクトルにより構成される平行四辺形の面積(|dS|に等しい)は、公式を使って次のように表されます。対角線で区切った三角形の面積ならその半分になります。

$$dS=\sqrt{|\overrightarrow{a}|^2|\overrightarrow{b}|^2-(\overrightarrow{a}\cdot\overrightarrow{b})^2}$$

$$|ds|=\sqrt{ \left\{dx^2+\left(\frac{\partial z}{\partial x}\right)^2dx^2\right\} \left\{dy^2+\left(\frac{\partial z}{\partial y}\right)^2dy^2\right\} -\left(\frac{\partial z}{\partial x}\right)^2 \left(\frac{\partial z}{\partial y}\right)^2dx^2dy^2 }$$

【平方根の中の2つの項がちょうど同じ値で引き算されて0になります。】

$$=\sqrt{dx^2dy^2+dx^2dy^2\left(\frac{\partial z}{\partial y}\right)^2+dx^2dy^2\left(\frac{\partial z}{\partial x}\right)^2}$$

ここで、平方根の中のdxdyについて2乗した形が共通してどの項にもあるのでdxdyを平方根の外に出す事もできますが、敢えてひとまずこのままにしておきます。

面積要素ベクトルの第3成分(z成分)のdsの絶対値は、微小領域をxy平面に射影した領域の面積になります。【その証明は外積ベクトルの定義からの計算と、平面上のベクトルを使った平行四辺形の面積公式から行います。】

今、微小領域をxy平面に射影すると長方形になるように分割を考えています。
よって、|ds| = |dxdy| と書けます。【外積ベクトルのz成分を考えても同じ事です。】
すると ds = dxdy という事にもなるので、
これをさきほどの計算式に代入します。

$$|dS|=\sqrt{ds_z^2+ds_z^2\left(\frac{\partial z}{\partial y}\right)^2+ds_z^2\left(\frac{\partial z}{\partial x}\right)^2}$$

ここで、dsはプラスとマイナスの両方の符号の場合があり得ます。これは図形的には、実は単純な話です。面積要素ベクトルがz軸のプラス方向側に向いていればそのz成分であるdsの符号もプラスで、逆に面積要素ベクトルがz軸のマイナス方向側に向いていればそのz成分であるdsの符号もマイナスという事になります。

すると、上式ではdsを平方根の外に出す事ができますが、それが式の右辺のプラスマイナスの符号を決める唯一の量になります。よって、面積要素dSの符号はdsによって決定する事になります。式で書けば次のようになります。これで証明完了です。

$$dS=ds_z\sqrt{1+\left(\frac{\partial z}{\partial y}\right)^2+\left(\frac{\partial z}{\partial x}\right)^2}$$

ここでの符号の問題についてはdxとdyを基準に考える事もできます。
外積ベクトル \(\overrightarrow{a}\times \overrightarrow{b}\) が面積要素ベクトルに等しいと考えると、
そのz成分はds=dxdyー0・0=dxdyで、符号まで一致している事になります。
この時、仮にdxとdyのどちらかがマイナスになると位置関係的にも、
外積ベクトル \(\overrightarrow{a}\times \overrightarrow{b}\) はz軸のマイナス側を向く事になります。

もともと符号はプラスと考えた dx と dy の符号を入れ替えた場合の3パターン。
片側だけ符号を反転させた場合のみ、外積ベクトルの方向も反転します。
この外積ベクトルが面積要素ベクトルに等しいと考えれば、
面積要素ベクトルの第3成分とdxdyの符号が一致するようになります。

面積要素ベクトルの第1成分と第2成分についての式の証明

次に、面積要素ベクトルの第1成分(x成分)と第2成分についての式も考えます。

それらを表すには外積ベクトルとして成分を計算したほうが簡単で、次のようになります。

$$再度記すと\overrightarrow{a}=\left(dx,0,\frac{\partial z}{\partial x}dx\right),\hspace{15pt}\overrightarrow{b}=\left(0,dy,\frac{\partial z}{\partial x}dy\right)としているので、$$

$$ds_x=0\cdot\frac{\partial z}{\partial y}dy- \frac{\partial z}{\partial x}dx\cdot dy=-dxdy\frac{\partial z}{\partial x}$$

ここで使っている公式は次のものです。 $$\overrightarrow{a}=(a_1,a_2,a_3),\hspace{10pt}\overrightarrow{b}=(b_1,b_2,b_3)\hspace{10pt}のもとで$$ $$\overrightarrow{a}\times \overrightarrow{b}=(a_2b_3-a_3b_2,\hspace{5pt}a_3b_1-a_1b_3,\hspace{5pt}a_1b_2-a_2b_1)$$ 外積ベクトルの各成分の絶対値は、2つのベクトルを2辺とする平行四辺形を
yz平面、xz平面、xy平面に射影した領域(それも平行四辺形。この記事内での例では長方形)の面積に等しくなっています。

ここで、先ほどの証明の最後で触れましたが面積要素ベクトルを外積ベクトルとして表した場合には符号まで一致してds=dxdyと表す事ができるので、それをそのまま代入する事ができます。すると次のようになって、示すべき式が得られます。

$$ds_x=-\frac{\partial z}{\partial x}ds_z$$

面積要素ベクトルの第2成分についても同様に、
外積ベクトルの成分として計算すると次のように示すべき式を得ます。

$$ds_y=\frac{\partial z}{\partial x}dx\cdot 0\hspace{3pt} – dx\cdot\frac{\partial z}{\partial y}dy=-dxdy\frac{\partial z}{\partial y}$$

$$よって、ds_y=-\frac{\partial z}{\partial y}ds_z$$

この面積要素の変換公式は、ストークスの定理に対する証明の1つの過程で使用する事ができます。

スカラー場に対する線積分【定義と積分の仕方】

線積分という言葉は、ベクトル場に対する接線線積分と、スカラー場に対する線積分の両方に対して使われます。ここでは、スカラー場に対する線積分についての定義と積分の考え方について説明します。

接線線積分と同様に、スカラー場に対する線積分も電磁気学等での理論計算に使われます。

接線線積分の内積計算を行う過程で、
座標変数であるx、y、zを積分変数とする線積分を考える事もあります。

基本的な考え方

スカラー場 f(x, y, z) に対する「線積分」の基本的な考え方は、次のようになります。

基本的な考え方:スカラー場に対する「線積分」
  • 積分の対象となる関数がスカラー場(座標成分を変数とするスカラー関数)
  • 積分範囲が平面上または空間内の曲線上の経路

積分経路の表記は、ベクトル場に対する接線線積分と同じで、曲線上の2点PとQを決めてPQと書いたり、経路をCなどの名称で表したりします。(その書き方は、積分変数が座標変数が弧長の場合でも座標変数の場合でも、どちらでも同じです。) $$積分変数が弧長の場合:\int_{PQ}f(x,y,z)dl$$ $$積分変数がxの場合:\int_{PQ}f(x,y,z)dx$$ $$積分変数がyの場合:\int_{PQ}f(x,y,z)dy$$ $$積分変数がzの場合:\int_{PQ}f(x,y,z)dz$$

積分変数となる変数は弧長(曲線の長さ)であるとする場合と、
x,y,zの座標成分である場合があります。
どちらの場合でも線積分という語が使われる事が一般的です。
ただし、後述しますように両者で積分方向と積分の符号に関する規定に相違点があります。

積分対象の関数がスカラー場の場合には、
積分変数が弧長の場合と、座標変数x,y,zの場合の両方に対して「線積分」が定義できます。

積分変数が弧長の場合

積分変数が弧長である場合には、積分経路が曲線上の点Pから点Qまでの経路である時に、点Pにおいて弧長が0、点Qにおいてある長さLであるとして積分を行います。

弧長とは「曲線の長さ」の事です。基本的に、折れ線で近似した時の極限値を指しています。

$$\int_{PQ}f(x,y,z)dl=\int_0^Lf(x,y,z)dl$$

ただし、右辺のように表して具体的に原始関数を探して計算するといった場合には、後述するようにスカラー場は \(l\) の関数の形になっている必要があります。

弧長を表す文字としては、sやtが使われる事もあります。

弧長(曲線の長さ)を積分変数として線積分を考える事ができます。
折れ線で近似をして合計し、極限を考えて積分するという考え方です。

この時に弧長は点Pから測って決めているので、
同じスカラー場に対して点Pからではなくて
「点Qから線積分を行う場合」には、積分全体の符号が変わります。
積分の向きと積分全体の符号の関係の考え方は、接線線積分の場合と同様になっています。

$$\int_{QP}f(x,y,z)dl=\int_L^0A(x,y,z)dl=-\int_0^Lf(x,y,z)dl=-\int_{PQ}f(x,y,z)dl$$

このように書けるわけですが、
線積分を具体的な定積分として計算する場合にはx、y、zが弧長を変数とした関数で表されている事が必要な場合が多いです。
すなわち、指定された曲線上の経路では特定の点からの弧長によって点が一意に確定するわけですから、具体的に容易に書けるかは別問題として、理論上は座標変数を弧長の1変数関数として表せるはずであるという事です。

$$x=x(l), \hspace{5pt}y=y(l),\hspace{5pt}z=z(l)\hspace{5pt}であれば$$

$$f(x,y,z)=f(x(l),y(l),z(l))となり、$$

$$\int_{PQ}f(x,y,z)dl=\int_0^Lf(x(l),y(l),z(l))dlとして計算可能になる場合もあります。$$

積分変数が座標変数の場合

積分変数が座標変数x、y、zの場合でも、曲線を経路とする積分を指して「線積分」と呼びます。
この場合には、弧長を変数とする場合やベクトル場に対する接線線積分とは少し考え方が変わります。

まず、積分変数がxの場合を考えてみます。yやzに対しても考え方は同じです。

積分の元々の和としての定義を考えてみると、積分変数をxとするという事は「対象となる関数の値と分割された区間の長さΔxとの積」を合計して極限値をとるはずであり、実際その場合の線積分もそのように定義されるのです。

つまり、曲線上の各点において「曲線の分割された(微小な)経路分のx軸への射影」を考えてスカラー場との積を合計して積分するといった形になります。

$$積分変数がxの場合の線積分の表記:\int_{PQ}f(x,y,z)dx$$

ただし、具体的にxに関する原始関数を探して定積分したい場合には、yとzがxだけの関数で表されている必要があります。

$$具体的な計算をするには、y=y(x),\hspace{5pt}z=z(x)\hspace{5pt}として表されて、$$

$$\int_{PQ}f(x,y(x),z(x))dxの形にする必要があります。$$

◆特定の曲線上の点という条件がある事によって、このようなxだけで表されるy=y(x),z=z(x)のような関数は必ず、存在はします。ただし、そのような関数が簡単な形で書けるかどうかは別の問題になります。特定の曲線上の点を考えるという条件のもとで、x、y、zは独立な変数ではなく、互いに従属の関係にあります。

この時に、曲線の形状によっては単純に1つの積分区間でのxによる定積分としては書けない場合があり、積分をいくつかに分割する必要がある場合があります。

例えば円等の閉曲線では、ある所まではxが増加するように曲線が進んでいき、あるところで逆にxが減少する方向に曲がる事になります。xが減少する方向に積分していく場合には積分の符号も逆向きになりますが、それは通常の1変数の定積分の考え方で符号を考えればよい事になります。

その場合には例えばPQの間にいくつかの適切な点、
例えばAやBを決めて次のように積分を分割します。

$$\int_{PQ}f(x,y,z)dx=\int_{PA}f(x,y,z)dx+\int_{AB}f(x,y,z)dx+\int_{BQ}f(x,y,z)dx$$

この時に、例えばP→Aまではxが増加する方向で、A→Bはxが減少する方向、B→Qで再びxが増加する方向であるなら、yとzがxの関数として表されている前提で、各点のx座標を使って線積分は次のようにも書けます。

積分変数をx、y、z等の座標変数とする場合で具体的な定積分をしようとする時には、
積分する向きと符号に気を付ける必要がある場合もあります。

具体例としてPのx座標が0、Aのx座標が3、Bのx座標が1、Qのx座標が5である場合で線積分を書いてみます。

$$\int_{PQ}f(x,y,z)dx=\int_0^3f(x,y,z)dx+\int_3^1f(x,y,z)dx+\int_1^5f(x,y,z)dx$$

この例の右辺の2項目の定積分は、通常のxが増える方向へのx=1からx=3までの定積分とは符号が逆向きになっているわけです。

$$\int_3^1f(x)dx=-\int_1^3f(x)dx\hspace{5pt}です。$$

これらの符号の扱いについては、分割された区間の(微小な)長さΔxについて、プラスとマイナスの符号を持っていると解釈して定義しておく方法も存在します。

弧長と座標成分の、余弦を使った積分変数の変換

曲線上で積分する方向(弧長が0から何かの値Lまで伸びる方向)を決めたうえで、
「曲線上の各点の接線ベクトルと座標軸のなす角\(\theta\)」の余弦を考えると、
弧長と座標変数との関係を余弦で結ぶ事ができます。

$$角度を\theta として、例えばdx=ds\cos\theta$$

考えているこの角度\(\theta\)は一般的に当然一定値ではなくて曲線上の位置によって異なりますから、
それを明確にするなら例えば \(\theta (l)\) のように書くことになります。

このような考え方は、
積分変数を「座標成分から弧長に変換する」ような場合に使う事になります。

$$例えば、\int_{PQ}f(x,y,z)dx=\int_{PQ}f(x,y,z)\cos(\theta (l))ds$$

この時に、xで線積分するのであれば、曲線の形状によっては
通常のxが増加する向きでの積分に対して符号を入れ替える必要も出てくるわけですが、
弧長を積分変数とする場合には、
点P→点Qに向かう経路である限り一貫して弧長が増加していく方向で積分が行われます。
そこで、上記の余弦を乗じる事によって符号も一致するように調整されるという事になるわけです。

x、y、zを積分変数とするスカラー場に対する線積分は、ベクトル場に対する接線線積分のように内積を計算する事はありませんが、弧長を変数とする場合のスカラー場の線積分からの変換と考える場合には分割した積分の符号の扱いに関しては内積の符号の扱いと同じ考え方をしています。

接線ベクトルと軸のなす角を使った余弦 cos Θによって、
積分変数としての弧長と座標変数の関係を考える事もできます。
この時の余弦の取り方は、内積の計算に似ています。
この考え方のもとでスカラー場に対する2つの線積分の定義の、積分の符号の考え方の整合性が取れます。

ベクトル場に対する接線線積分の定義

接線線積分は曲線を積分経路とする積分で、
ベクトル場(座標成分を変数とするベクトル関数)に対して定義されます。

☆接線線積分の事を、ベクトル場に対する「線積分」と呼ぶ事もあります。 これに対して、スカラー場(座標変数を変数とするスカラー関数)に対する「線積分」の定義も別途に存在します。
その場合には積分の仕方および積分の方向に対する定義の仕方が、ベクトルに対する接線線積分とは少し異なります。

「ベクトル場に対する接線線積分」と「スカラー場に対する線積分」のいずれも、積分経路を平面または空間内の曲線とする定積分という事は共通します。また、後述しますように、両者は座標成分による内積計算によって関連し合っています。

☆サイト内リンク:参考・より初歩的な内容

接線線積分の英名は、 curvilinear integral と表記される事が多いです。
(「線積分」は line integral 。ただし英名表記でもこの語が接線線積分を指す事もあります。)

ベクトル場に対する接線線積分は、曲線が開曲線である場合と、閉曲線である場合とで、基本的な考え方は同じですが表記方法や積分方向に関する定義が微妙に異なります。

開曲線(open curve)と閉曲線(closed curve)とで、接線線積分の積分の方向に関して定義が微妙に変わります。基本的・本質的な考え方自体は両者で同じです。

開曲線に対する接線線積分
【定義・考え方・表記方法】

まず、積分経路が閉じていない曲線(開曲線)の場合を考えます。
開曲線とは、図形的には単純に両端がどこにも結び付けられていない曲線の事で、例えば2次関数のグラフのような曲線です。(曲線と言いますが直線も含みます。)

そこで、ベクトル場を\(\overrightarrow{F}\)として、
ある曲線の点Pから点Qまでの接線線積分を考えるとします。
また、各点での接線ベクトル\(d\overrightarrow{l}\)を考えます。
接線ベクトルの大きさは、曲線上の微小な弧状の区間の長さであるとします。
(※各点での接線ベクトル自体は互いに逆向きの2方向がありますが、
PからQに向かう方向を考えます。)

経路における孤状の各区間についてベクトル場と接線ベクトルとの内積を考え、その総和を考えます。経路の分割を増やしていった時の極限値が接線線積分です。

接線線積分の定義と表記法

曲線上の各点でのベクトル場と接線ベクトルの内積とその合計を考え、
経路の分割を増やした極限値を曲線に沿った点PからQまでの
ベクトル場\(\overrightarrow{F}\)の接線線積分と呼びます。 $$曲線上のPからQまでの接線線積分$$ $$\int_{PQ}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}$$

あるいは、PやQは点(位置としてのベクトルと考えても同じ)という事をことわったうえで、通常の積分のように積分記号の上下に積分範囲の端点を分けて記す場合もあります。
また、曲線の範囲を指定して名前をつけて(例えばL)、
それを積分経路の範囲として記す事もあります。 $$P,Qを点として\int_P^Q\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}と書く場合もあります。$$ $$端点をベクトルとした場合:\int_{\overrightarrow{P}}^\overrightarrow{Q}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}$$ $$L を曲線上の特定の部分として\int_L\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}と書く場合もあります。$$

接線ベクトルに使う文字自体は何でもよく、
l(エル)ではなくr,s,t等を使う事もあります。

また、接線単位ベクトル(大きさが1の接線ベクトル。\(\overrightarrow{l}\)とします。)と
微小な弧長(\(ds\)とします)を分けて、次のように書く事もあります。 $$接線線積分の別表記:\int_{PQ}\overrightarrow{F}\cdot \overrightarrow{l}ds$$

ここで、各微小区間の弧において考えている内積は通常のベクトルに対して考えるものと同じであり、それぞれのベクトルの大きさと、なす角の余弦との積を考えます。

曲線上に沿ったベクトル場の接線線積分は、微小区間での内積を考えて合計した定積分です。

尚、曲線上の各点を結んだ折れ線が、点の数を無限に増やした時に極限値を持つ事は三角不等式を使って確かめる事ができます。基本的には円周率の値を極限値として図形的に計算するやり方と考え方は同じです。

通常はそのままの形では接線線積分の具体的な値は計算できない事が多いので、余弦の値が確定するようなモデルを考えるか、積分を変形して計算できる形にして考える場合があります。

開曲線に対する接線線積分の基本となる考え方をまとめると次のようになります。

  • 積分経路となる曲線の端点を決める(例えば点Pと点Q)
  • 積分の方向を決める(例えばP→Q,あるいはQ→P)
  • 曲線上の接線ベクトルは、積分の方向を向くと約束する
    【曲線上のある点での接線は、
    ある1つの方向とその逆向きの2方向があり得る → 片方に定める。】
  • 曲線を、微小な区間で構成される折れ線であると考える
  • 各区間で、ベクトル場と「微小区間の長さを大きさとする接線ベクトル」との内積を考え、積分経路全体での合計を接線線積分と定義

後述しますように、接線線積分の内積の部分を座標成分によって計算して、全体としてはスカラー関数の線積分として計算を進める方法もあります。

閉曲線に対する接線線積分

曲線が閉曲線(例えば円や楕円など)の場合にも、基本的な積分の方法は開曲線の場合と同じです。
ただし、積分方向に関する約束が開曲線の場合と異なるのです。

接線線積分の積分経路が閉曲線全体の場合、積分の「方向」が問題になります。

問題となるのは閉曲線に対して1周回転する形で接線線積分を行う場合であり、2通り存在する向きを1通りに確定させるための定義の仕方が存在します。

閉曲線全体が積分区間の場合には、ある点Pから積分を始めて同じ点Pに戻ってくる時に向きが2通りあり得ます。そのため閉曲線上の接線線積分を考える時には、積分の方向を約束して1通りに確定させておく必要があるわけです。

☆なお、閉曲線上であっても積分区間が閉曲線全体ではなく部分的な弧である場合には積分区間を開曲線とみなせばよいので、向きに関する約束は必要なく2点PとQに対してP→QなのかQ→Pなのかを決めておけば良い事になります。

周回積分と組み合わせた表記法

積分区間となる曲線が閉曲線(長方形や多角形も含みます)の全経路である場合、周回積分の記号と組み合わせて次のように接線線積分を書く表記法があります。

閉曲線に対する接線線積分の表記

閉曲線をCとして、1周まわる形でC全体を経路として接線線積分を行う場合は、
次の表記をする事があります。 $$\oint_{C}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}あるいは\oint_{C}\overrightarrow{F}\cdot \overrightarrow{l}ds$$

閉曲線上を積分する向きは、次のように約束します。

  • 平面上の場合:接線線積分の向きは、反時計回りと約束。
  • 空間内の場合:接線線積分の向きは、
    「閉曲線で構成される面の法線ベクトルのプラス方向側(どちらがその方向か決めておく)から閉曲線を見た時に、『閉曲線の内側が左に来る向き』」と約束。

閉曲線を表す記号としてCを使う事が多いですが、これは英名 closed curve 等の頭文字を意味する事が多いと思われます。

周回積分である事を表す記号は省略される事もありますが、その場合でも閉曲線全体の接線線積分を考えているのであれば、積分の方向に関する約束は同様に適用されます。

接線積分の方向の約束①:平面上の閉曲線の場合

平面上だけで周回積分として接線線積分を考える時には、
積分する向きは反時計回りとして約束します。
この場合の「平面上」とは、
例えば、数学上のxy平面を考えて、そこでの閉曲線を考える場合などです。

$$周回積分の記号を省略して\int_{C}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}と書いても向きに関する約束は同じ$$

平面上で閉曲線全体を積分する場合には、積分の向きは反時計回りとして約束し、ベクトル場と接線ベクトルとの内積を考えます。

平面上で閉曲線を考える場合のこの考え方は、図形が描かれている画面を見ている構図で考えると、空間内の場合での約束の仕方を理解する時に便利です。

接線積分の方向の約束②:空間内の閉曲線の場合

空間内での閉曲線を考える場合、閉曲線で構成される面の表側から見るか裏側から見るかによって、時計回りか反時計回りなのかが逆になってしまいます。

そのため、その場合にはまず、閉曲線で構成される面の「表側」(法線面積分において法線ベクトルがプラスになる側の面)を決めておきます。

そして、
「曲面の表側から曲面を見て、曲線上をたどった時に『閉曲線の内側が左側になる』向き」
を、接線線積分の積分方向であると約束します。

その方向を閉曲線Cの「正方向」とも言います。

この考え方のもとで、平面だけで考える場合の閉曲線上の積分方向は、
「図が描かれた画面を面の表側であると考えた場合」であると言う事もできます。

接線線積分の積分方向を考えるうえでの曲面は、閉曲面を考えずに開いた形の曲面を必ず考えます。

「右ねじ」の考え方

上記の、閉曲線に対する接線線積分の積分方向の約束は、より直感的な理解の方法もあります。

それは工具の「ねじまわし(ドライバー)」を使った考え方です。

まず、曲面の表面から出るベクトル(例えば法線ベクトル)の矢印の先を「一般的なねじまわしの先端」と考えます。そして、「『ねじを締める方向』が接線線積分の積分する向き」であると捉えると、これは前述の定義の仕方と一致するのです。

ねじ回しを上に向けて締める場合に上から見ると反時計回りで、
逆にねじ回しを下に向けて締める場合に上から見ると時計回りであり、
空間内の任意の閉曲線に対してこの考え方は適用できます。
これは一種の例えによる表現ですが、物理学で多く使われます。「右ねじの方向」「右ねじをまわす方向」など、いくつか呼び方があります。

一般的なネジは、ネジまわしを時計回りに回す事で締まるように作られています。
その事を、回転の向きを表すものとして比ゆ的ですが数学や物理学でも使用する場合があります。

接線線積分の座標成分による内積計算
【スカラー場に対する線積分との関係】

さて、接線線積分の表記の中における内積で表されている部分については座標成分によって表す事もできます。これは、法線面積分における考え方と似ています。
この時に、ベクトル場の個々の座標成分はスカラー関数ですから、そのように表記した時には接線線積分は、「x,y,zを変数とするスカラー関数に対する線積分」に変化します。

まず、接線ベクトルを座標成分で次のように書きます。

$$d\overrightarrow{l}=(dx,dy,dz)$$

そこで、ベクトル場に対する内積の計算をすると次のようになります。

$$\large{A_1=A_1(x,y,z),\hspace{5pt}A_2=A_2(x,y,z),\hspace{5pt}A_3=A_3(x,y,z)\hspace{5pt}}のもとで$$

$$\overrightarrow{A}=\large{(A_1,A_2,A_3)}\hspace{5pt}である時、$$

$$\large{\overrightarrow{A}\cdot\overrightarrow{dl}=A_1dx+A_2dy+A_3dz}$$

さてしかし、じつはこのように表記した時には積分をする時に、
どういった積分変数で積分を行うのかといった問題が起こる事があります。
この段階ではベクトル場の成分はx,y,zに関する多変数関数であるという前提があります。
そのため、それらをそのままの形で、例えばx単独で積分してしまうと問題が発生するのです。

また、この内積の計算は、曲線上の各点における接線ベクトルごとに行っています。
従って、積分変数を単独のx,y,zとしようとする時に、もともとの積分経路が閉曲線である場合や、開曲線であっても例えば曲がりくねって1つのx座標に対して対応するy座標が2つ以上ある場合には、全体の積分経路を個々の積分変数ごとに1つの積分区間で表せないという問題もあります。

この段階では、ベクトル場のx成分、y成分、z成分はそれぞれ、
x,y,zに関する多変数のスカラー関数として考えています。
従って、これらをx,y,zで積分しようとする時には注意が必要になります。

そこで、次のように考えます。
曲線という積分経路が指定されている場合には適切に経路を区切る事によって、その区切られた経路の範囲においては1つの変数の値を定めると1つの曲線上の点が定まる事を利用します。
その区切られた経路ごとにA,A2,Aのそれぞれを、
xのみ、yのみ、zのみの関数として表します。

$$適切に区切った経路ごとに次の形で表現:\large{A_1=A_x(x),\hspace{5pt}A_2=A_y(y),\hspace{5pt}A_3=A_z(z)\hspace{5pt}}$$

※特に空間においての場合は、曲線上の特定の経路間という条件のもとで、スカラー場の関数を1変数のみで表す事ができます。

これによって、経路の区切り方に注意したうえで接線線積分をx,y,zそれぞれの1変数関数の積分の合計として表す事が可能になります。もちろん、具体的な値を1変数の定積分の合計値として計算するには、具体的な関数の形が明らかである事が必要です。

例として、平面上で接線線積分の積分経路が原点を中心とした半径1の円である場合に、内積を計算してから積分する事を考えてみましょう。

この例では、積分経路を区切って分割したうえで、2つの経路のそれぞれについて、
ベクトル場のx成分を「xのみの変数で表した関数」として考えて積分を行っています。
この場合、y成分について同様の事を考える場合には、別の区切り方が必要になります。

この時に、x方向の通常の定積分をしようとすると [-1,1] という1つの積分区間だけでは、元々の全体の積分経路である円周の半分についてしか内積のx成分についての項の合計を表せません。
そこで、xに関する定積分を2つに分けます。
まず点(1,0)から始めて(※)、
「x=1からx=-1に向かう」積分区間について、xを積分変数とする定積分をします。
この区間は、ここで考えている円の上半分に該当します。

※どこの点から積分を行っても、最終的に積分経路の全体に渡って積分を行っているなら同じ結果を得ます。

$$式で書くと\large{\int_1^{-1}A_xdx}を計算します。$$

そして次に、今度は(-1,0)から始めて(1,0)に戻る積分区間 [-1,1] の積分をします。この区間は、ここで考えている円の下半分に該当します。
同じ経路をたどって戻るのではなく、別の経路をたどって戻っています。

$$式で書くと\large{\int_{-1}^1A^{\prime}_xdx}を計算します。$$

ここで、元々の接線線積分の積分対象となっているベクトル場は円の上半分と下半分の経路上で一般的には異なるベクトルになっていますから、
その座標成分も一般的に異なるスカラー関数で構成されているわけです。
そのために、上記の積分の中ではAx とA’ xという形で、異なるスカラー関数である事を強調して書いています。(ここでは後者は微分という意味ではありません。)
xに関して「1→+1」の積分区間と「-1→+1」の積分区間の積分は、xに関して陽に表される関数(y=f(x)の形で表される関数。陽関数とも言います)としては異なるものに対する積分です。

ここでの例では具体的には、
\(\large{A_x}=\sqrt{1-x^2}\)
\(\large{A^{\prime}_x}=-\sqrt{1-x^2}\) として表せます。

y成分についても同じように考えます。

このように、接線線積分を内積計算によって「スカラー場に対する線積分」の計算にする時には、場合によっては積分する範囲等について注意が必要となります。ただしその事は、スカラー場に対する線積分の定義に組み込まれているものになります。

積分する範囲ごとの関数の形の混同を避けるために、スカラー場に対する線積分においても、接線線積分における積分経路をPQのように端点で表す表記方法もあります。

例えば上記の例の円において、(1,0)を点Aとして、(-1,0)を点Bとしたときに、ベクトル場の成分であるスカラー関数は共通のAおよびAyで表して、線積分を次のように書く事もできます。

$$\large{\oint_{C}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_{AB}A_xdx+\int_{BA}A_xdx+\int_{AB}A_ydy+\int_{BA}A_ydy}$$

この場合には、平面上の閉曲線(ここでは円)を反時計回りに回る約束で積分をする時に
A→BとB→Aの経路は異なる曲線(異なる2つの開曲線)と考えられるので、
「同一の1変数関数を同じ積分区間で行って戻って積分して合計は0 ??」・・・といった事には、一般的にはならない事を表現できるわけです。

接線線積分に関する定理とその応用

応用例として、ベクトル場に対する接線線積分は物理学の力学や電磁気学で使われます。特に、数学上成立する定理で応用でも重要なものとして、ストークスの定理と呼ばれる関係式が存在します。

応用例①:積分経路が開曲線の場合…仕事と位置エネルギー

力学における「仕事量」は、接線線積分として定義されます。積分の対象となる関数は力ベクトルです。接線線積分による定義と計算から、別途に運動エネルギー、力学的エネルギーなどの概念が理論的に定義されます。

$$力\overrightarrow{F}によるPからQまでの「仕事量」:W=\int_{PQ}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}$$

(「仕事」\(\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}\) の合計が「仕事量」)

◆補足:Fという記号は、数学では function(関数) の頭文字という意味合いで使う事が多いですが、力学では force(力)の頭文字という意味合いにする事が多いです。

この場合の積分経路は基本的には任意ですが、特に必要がなければ開曲線として考える場合が多いのです。これは、単純に「位置Pから位置Qまで物体が移動したとき」といった場合をモデルとして考えるためです。

力ベクトルの向きと物体の変位ベクトルとの向きは異なる事を踏まえ、内積を考えます。それを(微小な)各区間で考えて合計した接線線積分が仕事量になります。

力のうち、保存力がなす事が可能な「仕事」は、特に位置エネルギーポテンシャルエネルギー)とも呼ばれます。これも「仕事」ですから、数式的には接線線積分を考えるわけです。

静電場(時間変動の無い電場)による位置エネルギーは特に電位とも呼ばれ、これは「仕事」ですから力学におけるものと同じく接線線積分で表されるのです。ただし、位置エネルギーの積分範囲は基本的には「『無限遠』からある点まで」とする事が多いです。

$$静電場\overrightarrow{E}による点Pにおける「電位」:V_P=-\int_{\infty}^P\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}$$

それに対して、無限遠でない特定の2点間PとQの電位の差(QからPまで単位電荷を運ぶのに必要な電場の仕事量)を電位差あるいは電圧と言い、こちらは2点間の接線線積分として書かれます。

$$静電場\overrightarrow{E}による点Pと点Q間の「電圧」:V_{PQ}=\int_P^Q\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}\left(=-\int_Q^P\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{l}\right)$$

この「電圧」という語は、電線や電池、発電機等に対して使われる「電圧」と同じものです。
ただし、接線線積分で表される電圧の式は「電場をもとに計算する場合の式」ですから、別の要素によって電圧を決定できるか、あるいはそのように決定できるように状況を整えた場合には積分計算は不要になります。後述で簡単に触れている電磁誘導の法則はその例です。

応用例②:積分経路が閉曲線の場合…電磁気学、流体力学におけるストークスの定理

閉曲線に対する接線線積分に関する数学上の定理で、物理学・工学への応用上も重要なものとしてはストークスの定理があり、流体力学や電磁気学の理論計算で使われます。

ストークスの定理は、閉曲線に対する接線線積分と法線面積分を結びつける事ができる定理として知られています。ベクトル場の「回転」(記号では rot あるいは curl)を使用し、その回転という名称をつけている由来にも関係します。

ストークスの定理

閉曲線をCとし、Cで囲まれるS(閉曲面では無い)に対して次の関係が必ず成立します。 $$\oint_C \overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{l}=\int_S\mathrm{rot}\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{s}$$ 左辺は接線線積分、右辺は法線面積分です。 ※空間内の任意の閉曲線Cに対して、
「それぞれのCに対して定まる任意の『閉曲面では無い』曲面S」についてこの式が成立する
という事です。

つまり、閉曲線自身と閉曲線で囲まれる面を考えると、数学上定義される「ベクトル場の『回転』」の法線面積分の値は、面の縁に相当する閉曲線を文字通り「回転」するように接線線積分した値に必ず等しくなる、という事です。

ストークスの定理は、例えばアンペールの法則の積分形(「アンペールの周回積分の法則」とも。電流によって発生する環状の磁場を記述)を微分形に変換できる数学的な根拠となります。
逆に、アンペールの法則の微分形を積分形に変換できる事もストークスの定理により証明できます。

また、同様に電磁誘導の法則の微分形と積分形の変換もストークスの定理によって証明できます。電磁誘導の法則の積分形は、前述の「電圧」を発生させる状況を記述するものになります(※)。

(※)補足:電磁誘導の法則の積分形は電場の仕事量を接線線積分で計算するという形をとりますが、それは「磁場の時間変化によって決定できる」というのが法則の内容です。
従って、工学等で応用する場合には磁場の変化から計算するほうが簡単で電場から計算する必要は無い場合もあるわけです。

ストークスの定理は、もちろん自明に成立しているとは言えません。その証明方法はガウスの発散定理の証明に似ていて、関数をその偏微分の定積分とみなす事で証明を行います。定理の内容はベクトルの成分に関する3式の組み合わせになりますが、それら3式のそれぞれについて個別でも成立するという点でも似ています。

ガウスの法則【電場と磁場の数学】

ガウスの発散定理およびガウスの積分と直接的な関わりを持つ物理学での応用例としては、
電磁気学における「ガウスの法則」が存在します。
ここでは特に、
数学と電磁気学との、ベクトル解析・微積分的な関わりの観点からの法則の説明をします。

◆関連:法線面積分の定義

◆ガウスの法則には「電場に関するもの」と「磁場に関するもの」の2つがあり、
数式的には積分の形で書いたもの(積分形)と、微分の形で書いたもの(微分形)の2つの形があります。積分形と微分形は同等の式です。

ベクトルの基本的な考え方も使用します。

ガウスの法則とは?電場と磁場に関する法則

4つの「マクスウェル方程式」のうちの2つを指す
電場に関するガウスの法則 ◆磁場に関するガウスの法則
クーロンの法則の一般形という解釈

マクスウェル方程式
(電場と磁場に関するのガウスの法則・電磁誘導・アンペールの法則)
Eは電場、Bは磁場(「磁束密度」とする考え方も)です。
ρ:電荷密度 j:電流密度 t:時間 
ε:誘電率 μ:透磁率 添え字の0は「真空の」の意味でここでは使っています。
div:ベクトル場の「発散」 rot(curl):ベクトル場の「回転」  ∂:偏微分の記号
∇(ナブラ)記号と内積・外積の記号を組み合わせて div は「∇・」 rot は「∇×」のように書く事もあります。

4つの「マクスウェル方程式」のうちの2つを指す

電磁気学における「ガウスの法則」とは、
電磁気学の基本式である4つの「マクスウェル(Maxwell)方程式」のうち2つを指しており、
静電場(時間変動しない電場)と静磁場(時間変動しない磁場)に関する記述を行う式です。

★ただし時間変動がある場合にも、「ある瞬間について電場や磁場を考察した場合」には、任意の時刻についてガウスの法則が電場と磁場の両方に対して成立します。
他方で、電場や磁場の時間変動そのもの、つまり数式的に言えば電場や磁場の「時間微分」に関しては、マクスウェル方程式の残り2つの式によって考察を行う事になるのです。

4つのマクスウェル方程式

2つのガウスの法則がこの記事内での話です。

ガウスの法則は、微分方程式でも積分方程式でも、どちらの形でも書かれます。(積分方程式とは、積分を含んだ形で書かれる方程式。)
どちらの形でも互いに変形が可能な、数学的に同等な式になります。

微分方程式で書かれた場合を微分形、積分方程式で書かれた場合を積分形とも言います。
数学の「ガウスの積分」との直接的な関わりがすぐに分かるのは積分形です。

電場に関するガウスの法則

電場に関するガウスの法則を式で書くと次のようになります。数学の定理と区別される「法則」なので、変数や定数は何でもよいわけではなく、電気と磁気に関連する量になります。

\(\overrightarrow{E}\) は電場(+1[C]の電荷が他の電荷から受ける電気力。ベクトルです)、
Qは点電荷の電気量、ρは電荷が連続的に分布している場合の電荷密度です。

ガウスの法則(静電場、積分形)

$$点電荷に対して:\int_S\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=\large{\frac{Q}{\epsilon_0}}$$ $$電荷密度に対して:\int_S\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=\large{\frac{1}{\epsilon_0}}\int_V\rho dv$$ ※左辺は、法線面積分です。Sは閉曲面、Vは閉曲面内の空間領域です。
※補足:電荷密度を使った式の右辺の積分は、電荷の電気量を合計しているという意味です。
閉曲面Sは、電荷あるいは電荷分布を囲む領域とします。
電荷密度は、空間の各位置によって大きさが定まるスカラー関数として考えています。
電磁気学では \(\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}\) を「電気力束」と呼ぶ事があります。

ガウスの法則(静電場、微分形)

$$\mathrm{div}\overrightarrow{E}=\large{\frac{\rho}{\epsilon_0}}$$ ※div はベクトル解析における「発散」です。
ガウスの法則の微分形は、基本的に電荷密度に対する式になります。
電荷が分布しない位置(ρ=0)では電場の発散はゼロ(クーロン電場は直接計算でも同じ)、
つまり物理的には「湧き出しが無い」事を表します。

ナブラ記号を使って書けば電場に関するガウスの法則の微分形は次のようになります。

$$\nabla\cdot\overrightarrow{E}=\large{\frac{\rho}{\epsilon_0}}$$

補足:ガウスの法則と数学上の「ガウスの発散定理」の違いについて、電場に関するガウスの法則の積分形は「法線面積分」の形で書かれていますがその事が重要です。ガウスの発散定理によればこれは「電場の発散\(\mathrm{div}\overrightarrow{E}\)」の体積分で表現できますが、点電荷を原点とする時に電場が定義できませんから(あるいはデルタ関数という超関数で定義する必要がある)、点電荷を囲む「任意の閉曲面」を考える事はいくらでもできるけれども、閉曲面内の空間「全体」の体積積分を通常の意味での積分として実行はできないわけです。電場の発散を考える時はガウスの法則は必ず微分形で考える必要があり、積分形の場合は電場の法線面積分を必ず考えないといけないわけです。
電場に関するガウスの法則を積分形で考える場合には法線面積分を「発散による体積積分として書き換えて積分領域を閉曲面S内『全域』とする事はできない」(微分不可能である点を除いた領域であれば可)のです。

◆電場に関するガウスの法則の積分方程式あるいは微分方程式としての「解き方」については、
「具体的な電荷の分布の状況や閉曲面」を設定して、電場ベクトルの向きも最初から決定できるような状況のもとで解くというのが1つの例です。
閉曲面は、球、円柱、立方体など、対称性のある図形や分かりやすい図形で考察する事が多いと言えます。(※球面のような任意の点で滑らかな閉曲面だけでなく、円柱などへの適用も可能です。)

電場に関するガウスの法則(積分形)
電磁気学・静電場に関するガウスの法則(積分形):点電荷あるいは電荷が分布する領域を閉曲面で囲った時、その閉曲面の形状に関わらず法線面積分の値は、じつは閉曲面内部の電気量(の総和)に必ず比例するというものです。
静磁場に関しても似た形のガウスの法則が存在します。

微分形で書いた場合には、マクスウェル方程式全体に言える事ですが、電場の2式と磁場の2式のそれぞれについて、「発散(div)」の式と「回転(rot)」の式に分類する事もできます。【回転は curl とも書きます。】

点電荷で考えた場合、原点に関する整合性はデルタ関数を使って表現する事もあります。電荷が複数ある時は単独の点電荷の重ね合わせ(積分音結果の単純なスカラー和)を考えて、連続文武の時は電荷密度による積分で電気量を合わせます。

磁場に関するガウスの法則

静磁場の場合にも、電場の場合と似た形の式が成立し、
それも同じくガウスの法則と呼ばれる事が多いです。

ただし、磁場に場合には電場の場合と異なって、「単独の『磁荷』」(「磁気単極子」)が存在しない(磁石で言うと、N極やS極が必ずセットになっていて単独で取り出せない)という事自体が1つの基本法則であると考えられています。

その事に由来して、
「電場の場合の式の右辺に相当する部分がゼロになっている形」が、磁場の場合のガウスの法則になります。

ガウスの法則(静磁場、積分形)

$$\int_S\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{s}=0$$ \(\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{s}\) は「磁束」と呼ばれる事があります。
\(\overrightarrow{B}\) は「磁束密度」と呼ばれる事があり、そこから別途に「磁場」\(\overrightarrow{H}\) を定義する事もありますが、\(\overrightarrow{B}\) を「磁場」と呼んでしまう事もあります。細かく言うと、それらの違いは「場」を力によって定義するかどうかという事によって生じます。

ガウスの法則(静磁場、微分形)

$$\mathrm{div}\overrightarrow{B}=0$$ 電場の時と同様に、ナブラを使って書くなら次のようになります。 $$\nabla\cdot\overrightarrow{B}=0$$

静磁場は一定の量の電流の周りに対し、同心円(一定の半径の円)の周上に一定の大きさで発生します(向きは各場所で異なりますが)。
静磁場が同じ大きさで、磁力線がループを作る形で必ず閉じているわけで、この事から「磁場の発散 div\(B\) は必ずゼロになる」つまりガウスの法則の微分形が成立する」という事が実は言えます。
(ベクトル場の「発散」は、ベクトル場の各成分の成分座標による偏微分の合計で、図形的にはある点に流入・流出する何かの量を表します。そのため電磁気学だけではなく流体力学の理論などでも使われるものです。)

具体的な数式変形は後述しますが、数学的には、ガウスの法則の積分形の式を数学上の「ガウスの発散定理」を使って変形する事でガウスの法則の微分形が得られるという関係があります。

クーロンの法則の一般形という解釈

静電場を表す式としてはいわゆるクーロンの法則というものもあり、それは静電気による力と電気量との定量的な関係を表す式です。
ここで「静電気」とは、冬場などでパチパチとしたり、紙片やビニールがくっついたりしてしまう、あの静電気の事です。

ガウスの法則は、クーロンの法則を一般化した形であるという解釈も成立します。
その事を数式的に説明するには数学公式である「ガウスの積分」を使います。

ガウスの法則の1段階前の式とも言えるクーロンの法則の比例定数kは、
一見すると奇怪な形で書かれる事があります。
それは、比例定数が分母に円周率を伴った形で書かれるというものです。

$$k=\large{\frac{1}{4\pi\epsilon_0}}\hspace{10pt}\left(≒8.988×10^9\right)$$

ここでさらに\(\epsilon\)0 という比例定数が登場していますが、
これは電磁気に関する別の現象を表す時にも使う「真空の誘電率」です。

$$\large{\epsilon_0=8.8543×10^{-12}≒ \frac{1}{36\pi}×10^{-9}}$$

さてここで、なぜ円周率が出てくるのか?という話ですが、
これは数学公式のガウスの積分との直接的な関係があるのです。
数式によって後述しますが、実はガウスの法則をクーロンの法則から導出する方法を見る事で理由が分かるのです。

また、ガウスの積分は図形の「球」との直接的な関係がありますから、
上記の「円周率」は、最終的には図形の球に由来するものであるとも言えます。

クーロンの法則

r[m]離れた2つの物体があり、q[C]、q[C]の電気量を持っているという。この時に2つの物体間に働く力の大きさは、実験によれば次のようになります。 $$力の大きさ:F=\large{\frac{kq_1q_2}{r^2}}=\large{\frac{q_1q_2}{4\pi\epsilon_0r^2}}$$ $$ベクトルの場合:\overrightarrow{F}=\large{\frac{q_1q_2}{4\pi\epsilon_0r^2}}\cdot\frac{\overrightarrow{r}}{r}=\large{\frac{q_1q_2}{4\pi\epsilon_0r^3}}\overrightarrow{r}$$

クーロンの法則の比例定数をなぜか「円周率」を使って表す事があります。
その意味は、ガウスの積分を使ってクーロンの法則からガウスの法則を数学的に導出して考察してみると分かりやすいものになります。4という数字に関しては球の表面積の公式が間接的に関わっています。

導出:微分形と積分形の数式変換

電場の場合 ■ 磁場の場合

ガウスの法則の積分形と微分形の式は、数学的にはガウスの発散定理によって変換できます。

ガウスの発散定理

任意のベクトル場\(F\)について【※これは電場でなくともよく、数学的な任意の連続的なベクトル場に関して成立します。】 $$\int_S\overrightarrow{F}\cdot d\overrightarrow{s}=\int_V \mathrm{div}\overrightarrow{F}dv$$ ◆この定理で言う空間領域Vは「閉曲面内の空間領域」です。ただし、微分不可能である点が含まれている場合にはそこを除外して考える必要があるので注意。

これを使用して、積分形から微分形、および微分形から積分形への変換を数式で行う事ができます。

ガウスの法則の積分形と微分形
数学的には、ガウスの発散定理によってガウスの法則の積分形と微分形の変形を行う事ができます。
法則として、より物理的な解釈も可網です。※点電荷に対して電荷分布がない位置で電場の発散を計算すると必ず0ですが、ガウスの法則の微分形でも「電荷密度が0の場所では電場の発散は0」であるという結果ですから一致しています。

電場の場合

ガウスの法則の積分形の左辺は、発散定理の左辺の形をしています。ここで、電荷密度を考えた場合の式を見ると、領域内を体積分した形が右辺にあります。
(※補足:細かい事を言うと、ここで領域Vは個々の点電荷の周囲の微小領域を除いたものを考えます。電荷密度の積分は閉曲面内の「電荷の電気量の合計」の意味ですが現に点電荷が存在した時にまさにその位置では計算上微分不可能な点であるためです。)

$$電荷密度に対するガウスの法則:\int_S\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=\large{\frac{1}{\epsilon_0}}\int_V\rho dv$$

$$ガウスの発散定理により\int_S\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=\int_V \mathrm{div}\overrightarrow{E}dv$$

左辺が同一ですから、右辺同士を等号で結びます。

$$\int_V \mathrm{div}\overrightarrow{E}dv=\large{\frac{1}{\epsilon_0}}\int_V\rho dv=\int_V \large{\frac{\rho}{\epsilon_0}}dv$$

$$\Leftrightarrow \int_V \mathrm{div}\overrightarrow{E}dv=\int_V \large{\frac{\rho}{\epsilon_0}}dv$$

計算の結果を見ると
「2つの関数について、領域Vで体積分すると同じ値」という式になっています。

ここで、「定積分した値が同じ」であるからといって、積分対象になっている関数が同一のものとは限らない事に注意は必要です。簡単な例を挙げると、y=xと、y=-x+1は、xについて0から1まで積分すれば同じ1/2という値ですが、当然積分の中身の関数は別物ですね。

しかしここでの場合は、積分する領域Vが、特定のVではなくて空間上の「任意の領域」です。
1変数関数の積分で言うと「任意の積分区間で」という事になります。
グラフを考えてみると分かりやすいかと思いますが、2つの異なる関数についてある積分区間で偶然定積分の値が等しくなったとしても、区間を変えればすぐに値は変わってしまいます。あらゆる区間で例外なく積分値が同じになるには、そもそも同一の関数でなければならないのです。
その理由により、上記の体積分の関係式についても積分する対象が等しくなければならないのです。

整理しますと次のようになります。

$$\int_V \mathrm{div}\overrightarrow{E}=\int_V \large{\frac{\rho}{\epsilon_0}}dvであり、「積分領域Vは任意であるから」\mathrm{div}\overrightarrow{E}=\large{\frac{\rho}{\epsilon_0}}$$

と言える事になります。
これは電場に関するガウスの法則の微分形に他なりません。【導出終わり】

逆に微分形から積分形を導出するには、微分形の両辺を領域Vで体積分し、
ガウスの発散定理によって法線面積分と結びつければよい事になります。

ガウスの法則の積分形から微分形を数式的に導出する時の、最後の段階の箇所。
任意の領域Vで成立している事が結論を数学的に導出できる根拠になります。

微分形と積分形の変換の方法は他にも幾つかあります。例えば、より物理学的な手法の1つとして、辺の長さが dx, dy, dz の微小な直方体を考えてガウスの法則の積分形を適用する方法があります。
この方法では dv=dxdydz として、その直方体内では電荷密度ρは「ほぼ一定」と考えます。
直方体の面は座標軸に平行であるとし、原点に一番近い頂点を基準として、面における電場ベクトルと法線ベクトル(大きさは微小面積)との内積を成分で考えます。
直方体の向き合う2つの面について、
法線ベクトルの向きは互いに逆向き(領域の外側を向く)事にも注意すると
例えばx軸に垂直な面の面積としてds=dydzを考えると、次のようになります。$$\large{\left(E_x+\frac{\partial E_x}{\partial x}dx\right)dydz-E_xdydz=E_xdxdydz=E_xdv}$$【Exは原点に最も近い頂点での電場ベクトルのx成分。この考え方では、微分および偏微分は「関数の近似一次式の傾き」という解釈を使っています。】
電場ベクトルと面の法線ベクトルとの内積計算を成分で具体的にすると、
例えば $$\large{(E_x, E_y, E_z)\cdot (-dydz, 0, 0 )=-E_x dydz}$$
残り4面(2組)についても同様の式を立て、合計します。
そして「ほぼ一定」とみなしたρを使って体積分の値は ρdvであると考えて、電場に関するガウスの法則の積分形に適用すると微分形が得られる――という考え方もあったりします。

ガウスの法則の微分形を、より物理学的な考察で導出する方法の1つ。微分係数および偏微分係数は関数の近似一次式の比例定数とみなせるとの解釈を使用します。
直方体の互いに向き合う面において法線面積分で使用する法線ベクトル(外側を向く)を内積の具体的な成分計算で使う時には符号がプラスマイナスで互いに逆になります。【例えば単位法線ベクトルなら(1,0,0)と(-1, 0, 0)、法線ベクトルの大きさを面積元素とすれば(dydz, 0, 0)と(-dydz, 0 ,0)】
直方体は微小であり、1つの面での電場ベクトルは1つに代表させています。

磁場の場合

磁場の場合もやり方は同じです。

$$ガウスの発散定理により\int_S\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{s}=\int_V \mathrm{div}\overrightarrow{B}$$

$$\int_S\overrightarrow{B}\cdot d\overrightarrow{s}=0 より、\int_V \mathrm{div}\overrightarrow{B}=0$$

この場合も、「任意の積分領域Vに対して」積分するとゼロという式なので、
積分する前からの話として div\(\overrightarrow{B}\)=0 でなければそれは起こり得ない事になります。
(※磁場が恒等的にゼロなのではなくて、「静磁場としてあり得る任意の形に対して、ベクトル場の発散を考えると必ずゼロになる」という意味です。)

ガウスの法則をクーロンの法則から導出する(電場の場合)

ガウスの積分と発散定理からの導出 
逆にガウスの法則からクーロンの法則は導出可能?の問題 
磁場の場合にもガウスの法則を導出可能?の問題

ガウスの積分と発散定理からの導出

電場とは「+1[C]の電荷が他の電荷から受ける力」と定義して定めた量ですので、クーロンの法則で片方の電荷の電気量を1としたものとして式で表せます。

$$電場の大きさ:E=\large{\frac{kQ}{r^2}}=\large{\frac{Q}{4\pi\epsilon_0r^2}}$$

$$ベクトルの場合:\overrightarrow{E}=\large{\frac{Q}{4\pi\epsilon_0r^2}}\cdot\frac{\overrightarrow{r}}{r}=\large{\frac{Q}{4\pi\epsilon_0r^3}}\overrightarrow{r}$$

さてこれを見ると、「距離の逆2乗に比例するベクトル場」ですから、
法線面積分を考えれば「ガウスの積分」の公式を使用できます。

ここでの場合、電荷を囲む閉曲面を考えますから、公式で言うと「原点が閉曲面の内側にある場合」です。この時にガウスの積分の値は、極限値として\(4\pi\) になります。

ところで、上記の電場ベクトルでは、Q/(\(4\pi \epsilon\)0) という部分は比例定数です。そこで、残りの部分がガウスの積分におけるベクトル場と同じ形という事になります。

という事は、上記の電場ベクトルを電荷を囲む閉曲面で法線面積分すると、次の計算結果になります。

$$\int_S\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=\large{\frac{Q}{4\pi\epsilon_0}\frac{\overrightarrow{r}}{r^3}}\cdot d\overrightarrow{s}=\large{\frac{Q}{4\pi\epsilon_0}}\cdot 4\pi=\large{\frac{Q}{\epsilon_0}}$$

つまり、電場に関するガウスの法則の積分形になります。【導出終わり】

尚、閉曲面の外に電荷があるような場合を考えたとして、同じように法線面積分を考えたとすると、ガウスの積分の公式により、法線面積分の値は0になります。
ただしその場合にはむしろ、物理的には「閉曲面内に電荷は存在しない」という解釈になるでしょう。

★ガウスの積分の公式においては「基準とする原点で関数を定義できない」という事で極限値を考えるわけですが、これはどちらかというと数学的な捉え方であり、
物理学では敢えてそのようには考えずに「デルタ関数」という特殊な関数を使う事で、
原点における電場の扱いの理論的整合性をとるという考え方をする場合もあります。

★「立体角」を使って電場に関するガウスの法則を説明・導出する方法もあります。ただし立体角の数学的な定義は、ガウスの発散定理の成立を前提にしています。その点には注意が必要です。

ガウスの積分の値を計算する公式の証明では、ベクトル場の発散の具体的な計算と、球の表面積の公式を使用します。

逆にガウスの法則からクーロンの法則は理論的に導出可能?の問題

上記の説明は電場に関して「クーロンの法則が成立→ガウスの法則が成立」という事が数学的には導出可能である事を述べたものですが、
物理学的にも数学的にも、もう少しだけ詳しく言うとクーロンの法則は理論的には、
①電場に関するガウスの法則
②静電場の渦無しの法則(電場の「回転」が0、数式だと rot\(\overrightarrow{E}\)=0)
③無限遠でベクトル場の大きさが距離の逆2乗の程度の収束の速さで0に近づく
という3条件が全て成立している事と等価である式になります。

つまり、逆に「ガウスの法則が成立するならクーロンの法則も直ちに成立すると理論的に言えるか?」という問題に関しては、「渦無しの法則と、無限遠での条件を課せばそうである」という事になります。

※静電場に関する渦無しの法則の形は、磁場の時間変動がある場合には電場の回転はゼロ以外の値になるという式に変わります。それは発電機で電気を発生させる原理である電磁誘導の法則であり、マクスウェル方程式の1つになります。$$磁場の時間変動がある場合(電磁誘導):\mathrm{rot}\overrightarrow{E}=-\frac{\partial \overrightarrow{B}}{\partial t}$$この式で静磁場の場合(時間による偏微分がゼロ)であれば、静電場の渦無しの法則と同じ式です。

磁場の場合にもガウスの法則を導出可能?の問題

では磁場の場合はどうでしょうか。
実は磁場に関しても、その大きさが距離の逆2乗に比例するという実験結果があります(それもクーロンの法則とも呼ばれます)。

しかし磁場の場合には実は話が少し変わってきて、
静電場におけるクーロンの法則に対応するものは、ビオ・サバールの法則と言って外積(クロス積)を使って表された形をしており、接線線積分で書かれます(あるいは微小部分に対する形式でも書かれます)。
これは磁石ではなく電流により発生する磁場を記述したものです。(別途にアンペールの法則というものもあります。)
磁場に関するガウスの法則の積分形は、「ビオ・サバールの法則から導出できる」というのが磁場の場合の一般的な理論になっています。

上記でも少し触れましたが、電流により発生する磁場は軸対称(ここで言う軸とは電流の向きを表す直線)で同心円上にて等しい値になる事から、磁場の発散 div\(\overrightarrow{B}\) がゼロになる事、つまり磁場に関するガウスの法則の微分形のほうを先に述べるという事もあります。
磁場の大きさが電流の向きに対して軸対称になる事を使うのは、ビオ・サバールの法則を基本に考える場合も実は同じです。

磁石による磁場を考える場合には、単独の電荷に相当する「磁荷」を実験的に見出せず、
N極とS極の対(「磁気双極子」)が必ず現れるというのが基本認識になっています。
ところで、その磁気双極子が板状の磁石に一様に分布していると仮定すると、
実は「磁石が作る磁場も(微小な)環状電流が作る磁場と同じ形になる」という事を理論的に示せるのです。そこで、磁石が作る磁場に関しても同様に、
磁場に関するガウスの法則が成立する、という理論的な流れがあります。

磁石に関しては、物質の磁性の観点から理論的に話を突き詰めようとすると実は話が結構面倒で、電磁気学だけでなく量子力学の理論もどうしても必要になるというのが物理学の理論の現在の見解になっています。

ガウスの法則が成立する由来に関する、数式的な考察。
理論的には、電場の場合と磁場の場合とでは少しだけ話が違ってくると考えられています。
磁場のほうに関して、この図で、i:電流 l(エル):電線の長さ ×:外積(ベクトル積)の記号
静磁場を囲む閉曲面での法線面積分がゼロになるのは「磁気単極子は単独で存在せず、必ず磁気双極子の形で現れる」という事を表すとも解釈できます。

真空の誘電率に関わる円周率とガウスの法則との関係

さて、最後にクーロンの法則の比例定数を円周率を含んだ形で表す事がある事について、ガウスの法則との関連からの理由を考察してみましょう。

前述の「クーロンの法則からガウスの法則を導出する方法」を見ると、
途中で使っている「ガウスの積分」の公式には球の表面積由来の円周率が含まれていますが、
結果のガウスの法則の式には円周率は含まれていません。

これはもちろん、クーロンの法則のほうの比例定数を「円周率の逆数と別の比例定数の積」の形で表していたので、式の中で円周率が分子と分母で約分されて「1になって消えた」ためです。

逆に、もしクーロンの法則の比例定数を一括でkで表した場合には、ガウスの法則には見かけ上、円周率がくっついて来るわけです。(もちろん、定数の数値的な値自体はどちらの場合でも同じです。)

◆比例定数に円周率を含まなかった場合のガウスの法則の形

$$\int_S\overrightarrow{E}\cdot d\overrightarrow{s}=\int_S\large{\frac{kQ\overrightarrow{r}}{r^3}}\cdot d\overrightarrow{s}=kQ\cdot 4\pi=4\pi kQ$$ 尚、この結果の状態でk=1/(4\(\pi\epsilon_0\)) を代入しても、もちろん一般的なガウスの法則の形になります。

つまり、敢えて「円周率を含んだ比例定数」を考える事により、クーロンの法則からガウスの法則を導出した時に、逆に「円周率を定数として含まない形で記述できる」という、ちょっとした数式上のカラクリがあるわけです。
図形的な球や球面に由来して、円周率が隠れた形で物理学の理論に関わってくる例の1つになります。